モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――炎天の砂原にユウの叫び声が響き渡る。
地表のあらゆるものを破砕しようと、ディアブロスが地形を変えていく。
「くそっ!」
ユウが翔蟲の糸を引き、切り立った壁面を駆ける。
岩の側面を撫でるように、巨角が迫ってきた。
あと少し。
……ここだ!
ユウは糸から手を離し、中空で身を捻じりながらディアブロスの背へと、体重を乗せた一撃を入れる。
だが、固い表皮に阻まれ、ユウは身体ごと放り出される。
直後に、槌のような尾に薙ぎ払われる。
地面へと叩きつけられ、二転三転と転がり回る。
ディアブロスの巨体が、ユウを踏み砕こうと迫る。
ユウは咄嗟に翔蟲の糸を引いて、距離を取る。
去り際にマキムシをばら撒き、砂漠の暴君の猛追を食い止めた。
口に入った砂を吐き出し、剣斧を構える。
荒い呼吸を治めるように、深く呼吸を整えた。
大丈夫。やれる。
――やれている。
そう己を鼓舞しながら、打開の策の算段を付ける。
遠くではアカメが勇ましく吠えている。
ユウの下へ行きたいが、脚がすくむ。
岩肌を爪でカチカチならしながら。
恐怖で、震えながら。
――ユウは、アカメを最初から戦力として換算していなかった。
■■
「――えーっ! ガルクの申請を取り下げたって!?」
まだユウが、ハンターになったばかりのある日。
ユウの素っ頓狂な声が自宅に響いた。
「なんでさ、ミイ!」
ユウがミイの左足に縋る。
それを鬱陶しそうにミイが引きずり、台所へと向かう。
「はーなーれーて! もう!」
ユウはミイの右足で背中を踏みつけられ、空気が抜けたように手を離した。
「大体! ガルクなんて便利なものに頼っていると、肝心な局面で判断を間違えるんだって、前にも言ったじゃん!」
「でーもー」
畳の上で駄々をこねる弟を無視して、白玉粉が入った袋から適量を取り出し、瓶に溜めていた水を少量ずつ混ぜていく。
ミイのうさ団子は、ここに上新粉を混ぜ、コシと歯ごたえを加えていく。
「……それに、いざっていう時、結局頼りになるのは、自分自身なんだから」
ミイが少し寂しそうな呟きに、ユウはそれ以上何も言い返す事が出来なかった。
あの頃は、それも一理あるのかと思っていた。
だが、ソロになってからしばらく。
その真意を知る事となる。
何てことはない。
ただ過保護な理由だった。
――目の届く範囲にユウを置いておきたかった。
それを歪んだ愛情とは思わない。
確かにそのおかげでミイには何度も救われた。
今はただ、自分がそれだけ半人前。
それ以下だったと思えるようになった。
百竜夜行以降、ハンターは当然として、オトモアイルーもガルクも不足。
中々支給される事はなかった。
ようやく訓練を終えたガルク。
訓練では優秀であるという評価だった。
だが、致命的なまでに臆病な性格だった。
黒毛に、自分の髪と同じ、赤の瞳。
その目を見た時、自然と。
――アカメと、名付けていた。
■■
再びディアブロスの殺意がユウの肌先を掠める。
舞う砂埃。
熱を帯びた空気が、容赦なく体力と判断力を奪う。
――いざっていう時、結局頼りになるのは、自分自身。
誰かのせいにしてはいけない。
ミイの言う通りだったよ。
自然とその言葉が脳裏を掠めた。
砂を噛むような唸りが鼓膜を震わす。
左右に揺れる巨角は、明らかに苛立ちを示していた。
ディアブロスの代謝が上がり、体温が上昇。
吐息が黒くなるのを見て、ユウの表情に緊張が走る。
怒り状態。
その威を示すように、周囲を割らんばかりの咆哮を上げ、暴れるように地中へと姿を消す。
音が、消えた。
余程深く潜ったのだろう。
ディアブロスの気配は完全に消え、ただ有るのは風の音のみ。
遠くではアカメの声が聞こえる。
それすら、静寂と思える程の、時間。
ディアブロスは、もうこの場を去ったのだろうか。
そんな気すら覚える。
ユウの鼓動が緊張で、高鳴る。
確実に来る。
だが、どこから?
慎重に呼吸をしながら武器を構え、精神を研ぎ澄ます。
乾いた風が砂を纏い頬に当たる。
小竜の群れ。
鳥の鳴き声。
上半身が心臓の鼓動で波を打つ。
——大地が、揺れた。
地を割る轟音と共にユウの身体が影に覆われる。
まるで巨岩が覆いかぶさるようにディアブロスが姿を現した。
ユウは歯を食いしばり、剣斧で圧倒的な質量へと斬りこんだ。
角を通して刃から鈍い音が響き渡る。
「——気焔!」
ユウが踏み込むより早く、ディアブロスの太い脚が大地を掴む。
極限のつば競り合いに全身が軋み上げる。
ユウの身体は競り負け、岩肌へと吹き飛ばされた。
僅かとはいえ角に傷をつけられ、砂漠の暴君の怒りが高まる。
ユウへの圧が高まり、呼吸が詰まる。
ディアブロスは殺意に満ちた咆哮を響かせた。
当たり所が悪かったのか、視界が白と黒を行き来する。
アカメが吠えている。
臆病なくせに。
ディアブロスの近くまで来て、必死に吠えているのが聞こえた。
恐怖と勇気の間で、アカメなりに必死である事が伝わる。
アカメの赤い瞳を見た時、自分と同じだと感じた。
生きる為に、必死になる活力。
きっと、この子は自分の力を信じ切れていないだけ。
なぜ、それが解ったのか。
だって。
自分も同じだったから。
——アカメの声が。
暴君の巨体が灼熱の陽を遮る。
——アカメの。
大きな脚が、鋭い爪が。
ユウを、踏み潰す。
瞬間、ディアブロスの背中が爆ぜ、苦しみ悶えだした。
高台から力強い声が、砂礫の大地に響き渡る。
「待たせたにゃ! 小僧!」
大タル爆弾を抱えたヌコヌコが、腕を組んで砂漠の暴君を見下ろしていた。
「——もういっちょにゃ!」
残りの大タル爆弾を気前よく全弾投下。
立ち上る爆炎。
炎に混乱した暴君が悲鳴のような声を上げる。
ディアブロスが動揺しているうちにアカメがユウを回収。
ヌコヌコの下へとたどり着く。
「た、助かりました、ヌコヌコさん!」
「話はあとにゃ。坊主、お前の代わりにこのクエストを受注しておいたにゃ!」
「なんで!?」
思った通りのユウの反応に満足そうな笑みを浮かべる。
「俺が来たのにゃ。ならば問題ないのにゃ!」
「うえぇ……?」
ユウは困惑しながらも、アカメから降りる。
問題が無いというなら、問題がないのだろう。
悩んでいる時間は無い。
そうさっさと結論付けて剣斧を構える。
「いくのにゃ! 着いてこい!」
そう暴君へと立ち向かう小さな背中が頼もしく見えた。
ユウの頭の中にあった迷いも晴れ、ユウの瞳に覚悟の焔が宿る。
ユウはヌコヌコに遅れて平地へ着地。
ヌコヌコとは反対方向へと回りこむ。
そして気合と共に、ディアブロスへと斬りかかった。
「……んにゃ?」
高台でアカメが震えている事に気づく。
耳と尾を伏せながら小さく吠え、行きたいが怖いと言った様子が伺えた。
ディアブロスの咆哮に更に姿勢を低くする。
怯えているのは誰の目にも明らかだ。
しかし、その目は確かに砂漠の暴君へと向けられていた。
巨大な角の振り回しを避けながら距離を取り、ヌコヌコがアカメに叫ぶ。
「アカメ! 来い! 合体にゃ!」
――合体!?
その言葉にユウが反応し、なぜかディアブロスまでも反応した。
勇気を振り絞り、耳をぴんと立てヌコヌコへと駆け寄るアカメ。
太陽を背景に、二つの影が交差——。
そして、着地。
灼熱。
砂を纏った風が吹き荒れる。
炎天が求め、乾いた大地が叫ぶ。
仰ぎ見よ、我が姿。
我こそは――。
「完成! アカヌコにゃ!」
熱砂の高台に、猫狼一体の狩人が爆誕した。