モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ三

 ――炎天の砂原にユウの叫び声が響き渡る。

 

 地表のあらゆるものを破砕しようと、ディアブロスが地形を変えていく。

 

「くそっ!」

 

 ユウが翔蟲の糸を引き、切り立った壁面を駆ける。

 岩の側面を撫でるように、巨角が迫ってきた。

 

 あと少し。

……ここだ!

 

 ユウは糸から手を離し、中空で身を捻じりながらディアブロスの背へと、体重を乗せた一撃を入れる。

 

 だが、固い表皮に阻まれ、ユウは身体ごと放り出される。

 直後に、槌のような尾に薙ぎ払われる。

 

 地面へと叩きつけられ、二転三転と転がり回る。

 

 ディアブロスの巨体が、ユウを踏み砕こうと迫る。

 

 ユウは咄嗟に翔蟲の糸を引いて、距離を取る。

 去り際にマキムシをばら撒き、砂漠の暴君の猛追を食い止めた。

 

 口に入った砂を吐き出し、剣斧を構える。

 荒い呼吸を治めるように、深く呼吸を整えた。

 

 大丈夫。やれる。

 ――やれている。

 

 そう己を鼓舞しながら、打開の策の算段を付ける。

 遠くではアカメが勇ましく吠えている。

 ユウの下へ行きたいが、脚がすくむ。

 

 岩肌を爪でカチカチならしながら。

 恐怖で、震えながら。

 

 ――ユウは、アカメを最初から戦力として換算していなかった。

 

■■

 

「――えーっ! ガルクの申請を取り下げたって!?」

 

 まだユウが、ハンターになったばかりのある日。

 

 ユウの素っ頓狂な声が自宅に響いた。

 

「なんでさ、ミイ!」

 

 ユウがミイの左足に縋る。

 それを鬱陶しそうにミイが引きずり、台所へと向かう。

 

「はーなーれーて! もう!」

 

 ユウはミイの右足で背中を踏みつけられ、空気が抜けたように手を離した。

 

「大体! ガルクなんて便利なものに頼っていると、肝心な局面で判断を間違えるんだって、前にも言ったじゃん!」

「でーもー」

 

 畳の上で駄々をこねる弟を無視して、白玉粉が入った袋から適量を取り出し、瓶に溜めていた水を少量ずつ混ぜていく。

 ミイのうさ団子は、ここに上新粉を混ぜ、コシと歯ごたえを加えていく。

 

「……それに、いざっていう時、結局頼りになるのは、自分自身なんだから」

 

 ミイが少し寂しそうな呟きに、ユウはそれ以上何も言い返す事が出来なかった。

 

 あの頃は、それも一理あるのかと思っていた。

 

 だが、ソロになってからしばらく。

 その真意を知る事となる。

 

 何てことはない。

 ただ過保護な理由だった。

 

 ――目の届く範囲にユウを置いておきたかった。

 

 それを歪んだ愛情とは思わない。

 確かにそのおかげでミイには何度も救われた。

 

 今はただ、自分がそれだけ半人前。

 それ以下だったと思えるようになった。

 

 百竜夜行以降、ハンターは当然として、オトモアイルーもガルクも不足。

 中々支給される事はなかった。

 

 ようやく訓練を終えたガルク。

 訓練では優秀であるという評価だった。

 

 だが、致命的なまでに臆病な性格だった。

 

 黒毛に、自分の髪と同じ、赤の瞳。

 その目を見た時、自然と。

 

 ――アカメと、名付けていた。

 

■■

 

 再びディアブロスの殺意がユウの肌先を掠める。

 

 舞う砂埃。

 熱を帯びた空気が、容赦なく体力と判断力を奪う。

 ――いざっていう時、結局頼りになるのは、自分自身。

 誰かのせいにしてはいけない。

 

 ミイの言う通りだったよ。

 

 自然とその言葉が脳裏を掠めた。

 

 砂を噛むような唸りが鼓膜を震わす。

 左右に揺れる巨角は、明らかに苛立ちを示していた。

 

 ディアブロスの代謝が上がり、体温が上昇。

 吐息が黒くなるのを見て、ユウの表情に緊張が走る。

 

 怒り状態。

 

 その威を示すように、周囲を割らんばかりの咆哮を上げ、暴れるように地中へと姿を消す。

 

 音が、消えた。

 

 余程深く潜ったのだろう。

 ディアブロスの気配は完全に消え、ただ有るのは風の音のみ。

 

 遠くではアカメの声が聞こえる。

 

 それすら、静寂と思える程の、時間。

 

 ディアブロスは、もうこの場を去ったのだろうか。

 そんな気すら覚える。

 

 ユウの鼓動が緊張で、高鳴る。

 

 確実に来る。

 だが、どこから?

 

 慎重に呼吸をしながら武器を構え、精神を研ぎ澄ます。

 

 乾いた風が砂を纏い頬に当たる。

 小竜の群れ。

 鳥の鳴き声。

 

 上半身が心臓の鼓動で波を打つ。

 

 ——大地が、揺れた。

 

 地を割る轟音と共にユウの身体が影に覆われる。

 まるで巨岩が覆いかぶさるようにディアブロスが姿を現した。

 

 ユウは歯を食いしばり、剣斧で圧倒的な質量へと斬りこんだ。

 

 角を通して刃から鈍い音が響き渡る。

 

「——気焔!」

 

 ユウが踏み込むより早く、ディアブロスの太い脚が大地を掴む。

 

 極限のつば競り合いに全身が軋み上げる。

 

 ユウの身体は競り負け、岩肌へと吹き飛ばされた。

 

 僅かとはいえ角に傷をつけられ、砂漠の暴君の怒りが高まる。

 

 ユウへの圧が高まり、呼吸が詰まる。

 ディアブロスは殺意に満ちた咆哮を響かせた。

 

 当たり所が悪かったのか、視界が白と黒を行き来する。

 

 アカメが吠えている。

 臆病なくせに。

 

 ディアブロスの近くまで来て、必死に吠えているのが聞こえた。

 

 恐怖と勇気の間で、アカメなりに必死である事が伝わる。

 

 アカメの赤い瞳を見た時、自分と同じだと感じた。

 生きる為に、必死になる活力。

 

 きっと、この子は自分の力を信じ切れていないだけ。

 

 なぜ、それが解ったのか。

 

 だって。

 自分も同じだったから。

 

 ——アカメの声が。

 

 暴君の巨体が灼熱の陽を遮る。

 

 ——アカメの。

 

 大きな脚が、鋭い爪が。

 ユウを、踏み潰す。

 

 瞬間、ディアブロスの背中が爆ぜ、苦しみ悶えだした。

 

 高台から力強い声が、砂礫の大地に響き渡る。

 

「待たせたにゃ! 小僧!」

 

 大タル爆弾を抱えたヌコヌコが、腕を組んで砂漠の暴君を見下ろしていた。

 

「——もういっちょにゃ!」

 

 残りの大タル爆弾を気前よく全弾投下。

 

 立ち上る爆炎。

 炎に混乱した暴君が悲鳴のような声を上げる。

 

 ディアブロスが動揺しているうちにアカメがユウを回収。

 ヌコヌコの下へとたどり着く。

 

「た、助かりました、ヌコヌコさん!」

「話はあとにゃ。坊主、お前の代わりにこのクエストを受注しておいたにゃ!」

「なんで!?」

 

 思った通りのユウの反応に満足そうな笑みを浮かべる。

 

「俺が来たのにゃ。ならば問題ないのにゃ!」

「うえぇ……?」

 

 ユウは困惑しながらも、アカメから降りる。

 問題が無いというなら、問題がないのだろう。

 

 悩んでいる時間は無い。

そうさっさと結論付けて剣斧を構える。

 

「いくのにゃ! 着いてこい!」

 

 そう暴君へと立ち向かう小さな背中が頼もしく見えた。

 ユウの頭の中にあった迷いも晴れ、ユウの瞳に覚悟の焔が宿る。

 

 ユウはヌコヌコに遅れて平地へ着地。

 ヌコヌコとは反対方向へと回りこむ。

 

 そして気合と共に、ディアブロスへと斬りかかった。

 

「……んにゃ?」

 

 高台でアカメが震えている事に気づく。

 耳と尾を伏せながら小さく吠え、行きたいが怖いと言った様子が伺えた。

 

 ディアブロスの咆哮に更に姿勢を低くする。

 怯えているのは誰の目にも明らかだ。

 しかし、その目は確かに砂漠の暴君へと向けられていた。

 

 巨大な角の振り回しを避けながら距離を取り、ヌコヌコがアカメに叫ぶ。

 

「アカメ! 来い! 合体にゃ!」

 

 ――合体!?

 

 その言葉にユウが反応し、なぜかディアブロスまでも反応した。

 

 勇気を振り絞り、耳をぴんと立てヌコヌコへと駆け寄るアカメ。

 

 太陽を背景に、二つの影が交差——。

 

 そして、着地。

 

 灼熱。

 砂を纏った風が吹き荒れる。

 

 炎天が求め、乾いた大地が叫ぶ。

 仰ぎ見よ、我が姿。

 我こそは――。

 

「完成! アカヌコにゃ!」

 

 熱砂の高台に、猫狼一体の狩人が爆誕した。

 

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