モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
——アカヌコ爆誕より少し前。
砂原のキャンプ地にて。
「そういえば、これはクエストになるのかにゃ? ――あ」
古びてはいるが、手入れが行き届いた装備を着こむ最中。
ふと沸いた疑問をルルカに問う。
だが自分で聞いておいて重要な事に気付き、ヌコヌコの口が、がらんと開く。
ユウは今、ルルカの護衛のクエストを受けている。
救援の時とは違い、モンスターを勝手に狩る権限は無い。
下手すれば密猟……。
それは重罪。
ヌコヌコは今更ながら、自分のやらかしを認識した。
「さ、先ほどのハンターは、クエスト失敗と……なりました」
ルルカは潤んだ瞳を袖で拭い、鞄から何やら書類を取り出す。
あれでもない、これでもないと色々な道具が出ては、再び鞄の中へと納まっていく。
その鞄はどうなっているのか。
ルルカの様子をいぶかし気に見ていると、目的の書類をようやく発見。
大きな目を輝かせ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「な、なので、私がこの場でクエストを再発行致します」
「でもそれは、ハンター本人が受注しないとダメだと思っていたんだがにゃ……」
これ以上、ユウに罪が重ねるのは気が引ける。
自分の撒いた種である事をすっかり忘れたヌコヌコが、今更ながらユウの心配をしだす。
ルルカは赤い鼻をすすりながら、頼もしそうに胸を張る。
「あなたが代わりに受注すればいいんですよ」
ヌコヌコさん。
と言いかけたところで言葉を閉じ、一つ咳払いをする。
「いえ、アイルー ヌコヌコ」
久しぶりの言い方に、ヌコヌコも思わず釣られてニヤリとする。
「……おめえも悪だにゃ」
ルルカの覚悟が伝わり、いぶし銀の件を背中に差す。
「はい。私の権限で今。あなたをハンターユウのパーティへ登録いたしました」
――思う存分、暴れて下さい。
その言葉を背に、ヌコヌコは走り出した。
「……お願いします。ハンターユウを、導いてください」
それは願いか祈りか。
流れた涙は砂原の風に消えていた。
■■
きりっ!
ヌコヌコを乗せたアカメの顔が凛々しい。
以前の水没林でのアカメの変貌はこれかと、ユウは納得した。
まるで別人(狼)のように、軽やかに砂地に着地する。
その勢いを保ったまま、流れるような速度で砂漠の暴君へと立ち向かっていく。
一人ではないと思うだけで、こんなにも――。
頼もしい背中に、ユウの口角が上がる。
ユウはディアブロスの注意を逸らす為に、傷付けた巨角へと正面から剣斧を叩きつける。
同時にアカヌコが、ディアブロスの足元をジグザグに駆け回る。
アカメにまたがったヌコヌコは、道すがら笑いながら、ディアブロスの脚をきりつけた。
その姿たるや、豪快、豪胆。
その笑い声たるや、愉快、痛快。
まるでこの場こそが、自らの戦場であると示さんばかりの攻撃。
文字通り猫狼が一体となった、一人のハンターのようだった。
――見惚れて遅れるなよ。
いぶし銀の剣の軌跡で、ユウに囁きかける。
ディアブロスが、目の前のユウよりもアカヌコの攻撃を嫌う。
鬱陶しいものをのけるように、脚下の異物を蹴ろうとする。
右か左か。
ディアブロスの僅かな迷い。
そこに、アカヌコによる軸を崩す一撃。
ついに砂漠の暴君の重心が、――ぶれた。
「今にゃ! 小僧!」
アカヌコの声がするより早く、ユウが呼吸を細くする。
力の流れを見極めるように。
ユウへと倒れ込むディアブロスの翼を、剣斧の刃を傾ける事でいなす。
音を立てながら、ディアブロスが地に伏した。
乾いた風が撒き上がった砂煙を空へと運ぶ。
舞い上がった砂に、視界を歪めるユウが重なる。
体重を乗せた、斧モードによる全霊の一閃。
ついに、首元の硬い甲殻に刃が通った。
両手に痺れを感じながら、背に左足を付き、もう一度――。
それを感じたディアブロスは身をよじり、ユウを振り落とそうとする。
ユウは左足で、ディアブロスの背を蹴り上げ、剣斧を剣モードへ。
姿勢を崩しながらも、同じ場所へと斬撃を残した。
ディアブロスの悲鳴。
暴れる狂う巨角に巻き込まれまいと翔蟲の糸を引いて、一旦距離を取った。
スラッシュアックスの機工が唸りを上げ、再び斧モードへと移行する。
ユウの集中力に呼応するように――。
ビン圧が蓄積され、属性エネルギーが充填されていく。
――その剣先。
ユウが発する圧に、ディアブロスだけではない。
ヌコヌコですら、髭がピンと張るのを感じた。
膠着を嫌ったディアブロスが、意を決したように咆哮を上げてユウへと走り出す。
巨大な翼を使い、道中の岩をユウへと投げる。
咄嗟に翔蟲の糸で右に飛ぶが、そこに槌のような尾による薙ぎ払いが、ユウの鼻先を掠める。
この一瞬でユウの間合いから外れた事で、ディアブロスが体勢を立て直した。
砂礫が舞う。
遠くでは見物の小竜たちの嘶き。
夕陽が砂原を、茜色に染め始めていた。
ディアブロスの咆哮が周囲に轟く。
それは砂礫の主としてのプライドか。
生存本能ゆえか。
再び地に潜り、静寂。
「――そうはいかないのにゃあ!」
ヌコヌコが音爆弾を炸裂させる。
強烈な耳鳴りのような音が、ユウの聴覚を通り抜けた。
空中で破裂した音塊が地中で増幅。
それに耐えかねたディアブロスが堪らずに地上へと這い出てきた。
「今にゃ!」
軽やかに、鋭く。
アカメが岩場を跳ね、ディアブロスへと接近。
その姿は、獲物を狩る、本来のガルクそのものだった。
ヌコヌコと阿吽の呼吸で交互に斬り付ける。
ユウも再び呼吸を細くして、ディアブロスへと跳躍。
体重を乗せた一撃で、ディアブロスの巨角。
――その一角を破砕した。
「やるにゃ! 小僧!」
咆哮を上げ、翼で周囲を牽制する。
空に闇が迫り、やがて夜。
灼熱を孕んだ風は、いつの間にか消えていた。
ユウはディアブロスを見据えながら、アカヌコを見る。
二人とも、やる気は十分だが疲弊の色が見え始めた。
当然、自分も。
剣斧の柄を握り直す。
ディアブロスの荒い呼吸が、段々と整っていく。
――次。
これで、決着を付ける。
ユウの瞳に、覚悟の焔が宿る。
砂漠の暴君が、一際大きな咆哮を上げ。
同時に、ユウが駆け出した。
ディアブロスの巨角が迫る。
ヌコヌコの一閃で深い傷を負っているディアブロスの右足。
――その踏み込みの弱さが、命取りだ。
かつて、僕もそうだったから。
身体を滑り込ませるように躱す。
砂だらけに鳴りながら、ディアブロスの腹部が頭上を通過。
鈍い音が響き渡る。
見ると、ディアブロスの巨角が、大きな岩に突き刺さっていた。
黄昏の空が見えた瞬間、翔蟲の糸を引いて跳躍。
だが、ユウの側面に槌のような尾が迫る。
質量による圧倒的な速度と暴力の塊。
「甘いのにゃあ!」
ユウに直撃する寸前で、ヌコヌコの一閃により、尾が宙を舞う。
「ありがとうございます!」
足掻く背に、ユウが立つ。
ユウは汗と砂にまみれながら、首元の一点に意識を集中させる。
――命絶つ、覚悟を。
剣モードの切っ先。
もはや迷いは、無い。
「気焔、万丈!」
気合と共に渾身の一撃を、ディアブロスへと突き立てた。
刃が骨に届く感触がユウの全身に伝わる。
荒れ狂う背に跨り、剣斧を押し込むように全身で踏ん張る。
死にたくない。
死ぬのは嫌だ。
そう叫んでいるようにも聞こえる断末魔。
――力を、籠める。
最後の陽が落ち、周囲が闇へと染まる。
音爆弾の残響か。
耳鳴りの中に、命の最期がこびりついているようだった。
遠くでは、名を知らぬ虫たちの音。
蛍の光が、静かに舞っていた。
動かなくなった背から、力が抜け、倒れるようにユウの身体が堕ちる。
それを、アカメが中空で加え、ヌコヌコが全身でキャッチした。
「お疲れにゃ! よくやったのにゃ!」
アカメもヌコヌコも、自分も。
全身が砂だらけ。
疲れ果てた笑みは出るが、声は出ない。
狩猟したディアブロスを見る。
暗闇がその亡骸を黒く染めていた。
その首には、まだ剣斧が突き刺さっており。
ユウには、それが砂漠の主の墓標のようだと感じられた。