モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ五

 ——狂竜ウイルス。

 それは、マガラ種の生殖細胞。

 

 モンスターの死骸に取り付き、やがては発芽。

 ゴア・マガラが発生。

 そして、成長していく。

 

 砂に落ちた種が芽吹くように。

 腐葉土から茸が生えるように。

 

■■

 

「……み、皆さん、寒くないんですか?」

 

 砂漠の夜は寒い。

 

 アカメに乗ったルルカが震えながらごちる。

 

「……ルルカ。人(猫)で暖を取るのはよくないのにゃ」

「で、ですが。……アイルーという種族は、人よりも、た……体温が高いので」

 

 ヌコヌコを抱きながら、ルルカが少しだけ鼻をすする。

 よく見るとアカメも鼻水を流していた。

 

 キャンプ地で待機しているルルカを迎えにいき、ようやく本来の目的地であるサブキャンプを目指していた。

 

 星空が、一向を照らす。

 視界の端で星が流れたのを見て、ユウが自分の両手を見る。

 

 寒さはない。

 だが手に残る僅かな震え。

 この先もずっとこの感覚が付いて回る。

 その事実に、少しだけ足が重く感じた。

 

「——見えてきました」

 

 高い壁のような岩に囲まれたところから、

 小さく光りが漏れているのが見えた。

 

 アカメがくんくんと鼻を鳴らす。

 

「美味そうな匂いがするのにゃ」

 

 そういって、ユウを置いてアカメたちが駆けだす。

 遠くで誰かが肉を焼いているのが見えた。

 

 足音に反応して火の前の人影が立ち上がる。

 

「遅すぎるよ、キミたち」

 

 耳の形から竜人族であるのが分かる。

 

「……何てね。ちゃんと見ていたよ。キミたちの活躍を」

 

「お、……お久しぶりです。ば、バハリ師匠」

 

 ユウがたどり着く頃には既にアカメとヌコヌコが、こんがり肉をほおばっていた。

 

 竜人族、バハリ。

 

 観測拠点エルガドにおけるキュリア研究の第一人者にして、その研究所の所長。

 バハリはユウたちを出迎え、美味そうな肉を差し出した。

 

「——さ。まずは腹ごしらえってね」

 

■■

 

 ――水辺近くのサブキャンプ。

 少しだけ賑やかな声が、テント内のランプの明かりを揺らす。

 

「げ、現在までの感染例は、も、モンスターと、それを素材としている、装備となり

ます」

 

 バックから資料を出しながら、ルルカがユウとヌコヌコに説明をする。

 

 ユウは前に一度、ルルカから同じような説明を聞いていた。

 だが、あの時とは状況がまるで違う。

 

「……確か、人に感染した事例は無い。でしたっけ」

 

 少しだけ前のめりになり、ルルカの目を見て、言葉を継ぎ足す。

 

「は、はい。よく覚えていました、……ね」

 

 ルルカの言葉が最後のところで小さくなった。

 当然だ。

 これから、自分の姉の事と直結する話になるのだから。

 

「……長い話になるのにゃ。ほれ。だから食べるのにゃ」

 

 ユウがヌコヌコから、あれこれと手渡される。

 肉汁が滴るこんがり肉を右手に持ち、左手ではうさ団子。

 

 少し戸惑いながらも、ヌコヌコの気遣いに感謝。

 小さく溜息をして食事をする事にした。

 

 そろそろ飲み物がほしいと思っていたところに、ルルカが水筒から水を差し出し、一気に飲み干す。

 

 ユウは肉片がこびり付いた骨をアカメに差し出す。

 嬉しそうに骨にかぶりつくアカメの、砂でざらついた毛を丁寧に撫でた。

 

「……話を再開しよう。今のルルカの説明。これはギルド公式の見解ではある。でもこれは完全であって、不完全なんだ」

 

 どういう事か分かるかい?

 

 とでも言いたげな視線を感じ、ユウはルルカに助け船を求める。

 だがユウと同じように、ルルカも真意を読みかねたのか、疑問を含んだ視線でバハリへ返す。

 

 するとバハリは自分の手袋を外し、ユウの前に手のひらを見せつける。

 

「これが答えさ」

 

 当然手のひらに答えなど書いているはずもなく。

 

「僕たち竜人族は、狂竜ウイルスに感染する可能性が高い」

 

 どういう事か、ユウが思案していると、少し乾いた笑みで手袋をはめ直す。

 

「僕たちは分類学的にモンスターに近い」

 

 その言葉にユウがはっとする。

 

「例えば、ラージャンっているよね。僕たちの骨格は驚く程、彼らと共通点があり、……驚く程、君たちと違う」

 

 四本の指の数。

 耳の形。

 足の造り。

 そして寿命に至る迄。

 

 ユウたち人とは、異なる点が多すぎる。

 

「ま、その辺りの研究は僕の分野じゃないけどね」

 

 テントの中で光蟲の明かりが煌々と照らす。

 揺れる影が、ユウの心を現しているようだった。

 

「そして、キミのお姉さんは、その理の外にいる」

 

 バハリはルルカから手渡された資料に目を通す。

 アカメを撫でる手が、止まった。

 

「……私の研究、は。ウイルスの再生能力に注目し、怪我の治療に役立てるもの、で

した」

 

 ルルカが項垂れながら、バハリの言葉を継ぎ足す。

 その言葉に、言いようもない泥のような感情がユウに去来する。

 

 ふと、アカメがバハリの肉を凝視していた。

 それに気付いたバハリは、口角を上げながらアカメに差し出す。

 嬉しそうに食べるアカメの頭をワシワシした。

 

 深刻な話に入ろうとした矢先。

 ユウは飼い主として少し恥ずかしくなった。

 

 アカメは図々しくも、今度はルルカの下へと行く。

 そして腹を出して撫でろと要求した。

 

 ルルカは、白い手でアカメを撫で回し、その様子に僅かに表情に笑みを浮かべた。

 

 ――だが。

 

「……それで、続きを話すにゃ」

 

 ヌコヌコの言葉が小さな針のように、場の空気を突き刺す。

 

「……ドンドルマで研究に明け暮れていましたが、バハリ師匠と会い、研究自体に疑問を

持ち始め、私はドンドルマを去りました」

 

 ヌコヌコに促されるように言葉を紡いだ。

 外から聞こえる虫の合唱が、やけにテントに届いている気がした。

 

「バハリさん」

 その静寂を破るようなユウの声に、バハリが顔を上げる。

 

 ユウは自分の中の疑念を言葉にしようとするが、一度呑み込む。

 だが、意を決したように再びバハリを見た。

 

「姉は、人でしょうか?」

 

 ユウの問いに、ルルカが目を閉じた。

 

 テントの外は満天の星空。

 あの日見た、夜空は遠く——。

 

■■

 

「——今回の件だけど、ギルドに報告はしない方がいいかもねぇ」

 

 バハリの思わぬ言葉にルルカが顔を上げる。

 

「で、……ですが」

 

 その先の言葉が、頭には浮かんでいるが声として出す事ができない。

 そんな様子が見て取れた。

 

 本来、人に感染しないはずのウイルスが人に感染する。

 こんな重大事案をなぜ報告しないのか。

 

 ルルカにしては珍しく喰ってかかろうとした時、バハリが人差し指を口元に当て静寂

を促した。

 

 その指をそのまま横に向け、視線を移す。

 

 そこにはいつの間にか、座ったまま寝ているユウがいた。

 

「今ならまだ、カムラの一地方での出来事の範囲として処分できる」

 

 ——ミイは人か、モンスターか。

 

 その問いに、バハリは過去の英雄の話をした。

 

 カムラ、その猛き炎の話。

 

 今でこそ数は少なくなったが、当時キュリアという羽が生えたヒルのような寄生生物が自然界に猛威を振るった事がある。

 

 原因はメル・ゼナ。

 元々はガイアデルムという古龍と共生関係にあった。

 だが、最終的にキュリアは宿主をメル・ゼナに選んだ。

 

 厄介なのは、他の生物に寄生し、吸血。

 エネルギーを吸い取る過程で、酷い興奮状態となる事。

 

 このキュリアがどこから来たのか。

 個の意思が全体に派生した理由は。

 

 それを追い求めているが、メル・ゼナ討伐以降、極端に数が減っているキュリアを前に、研究は年々難航していた。

 

「研究者の立場からすれば、彼のお姉さんは人ではない」

 

 冷たい断罪に、ルルカが項垂れる。

 

「だけどね。……人として死なせてあげる事はできると思う」

 

 そういって、一つの瓶を取り出す。

 中には薄く燃えるような蝶のような生物が保管されていた。

 

「……これは、キュリア?」

「そう。貴重な貴重な一匹さ」

 

 キュリアは吸血をする時、口から毒を注入する。

 それがモンスターの興奮状態を引き起こす原因の一つであるが、特筆すべきはその強

さ。

 

「こいつの毒で、ウイルスの増殖を阻害する」

 

 その言葉に、ルルカが悲しそうな表情を向ける。

 

「……そ、その結論は私も考えていました」

 

 キュリアの毒はウイルスそのものを殺すわけではない。

 ウイルスが細胞に入り込む時に使う“鍵”を壊す。

 

「鍵が壊れれば、……ウイルスは増える事ができない。増えられないウイルスは、……いずれ自然に消える」

 

 その言葉の最後に、ですが、と付ける。

 

「それを克服した、マガラ種も存在したという話を聞き、断念しました……」

 

 バハリはキュリアのサンプル瓶を静かに置き、ユウに寄り掛かって寝ている三人に毛布を掛ける。

 

「これはね、たぶん手紙。……なんだよ、あの人から、この子への、ね」

「て、手紙、……ですか?」

 

 そういって瓶を光蟲へと近づけ、ルルカもそれを視線で追う。

 

「これって」

「気付いたかい?」

 

 そういって、瓶をルルカに手渡す。

 

「これは克服シャガルに寄生していたキュリア。その何世代か後の種類さ」

 

通常の個体よりも淡い色のキュリア。

 

「世代を追う事で異常な程の毒性は薄れているけどね。だからこそ変竜ウイルスを打

開する鍵になる」

 

 瓶を持つルルカの手に力が籠る。

 

「カムラでの事は、僕もヒノエさんたちから聞いている。だからこそ、キミをここま

で呼び出した」

 

 ギルドにばれないようにね。

 そう言ってバハリが人差し指を口元を付ける。

 

 その言葉に、ルルカの大きな目から涙が溢れた。

 

「あ、ありがとうございます。……師匠。ようやく過去の過ちと向き合う覚悟が出来そ

うです」

 

 カムラの猛き炎が残してくれた遺産。

 それが巡り巡ってルルカを。

 そして、ユウとミイの一助となる。

 

 これも円環と呼ぶのなら。

 

 その流れは果てしなく、壮大な輪廻なのだろうと、ルルカは思った。

 

「託すよ、愛弟子たる、……キミに」

 

 その言葉に、ルルカは深く頷いた。

 

「——あっ!!」

 

 寝ていたヌコヌコが急に飛び跳ねるように目を覚ました。

 

「ど、どうしましたか、アイルー ヌコヌコ」

 

 ヌコヌコのしっぽが震えている事から、ことの重大さが伝わる。

 

「ル……、ルルカ。あのハンターは、どうなったのにゃ?」

「え、ええ? あの、ハンター……ですか?」

「そうにゃ! 小僧が討伐したディアブロスを、最初に受注していたハンターにゃ! 三乙したハンターにゃ!」

 

 ヌコヌコの言葉に空気が冷え固まる。

 

「え、あ、あああ、きゃ、キャンプ地のててて、テントに……」

「……完全に忘れていたのにゃ」

 

 急に慌て出す二人。

 それをよそにバハリののんびりと珈琲を啜る音が、狭いテントに静かに響き渡る。

 

 外は暗く、月明かりが白く砂原を照らす。

 遠くのキャンプ地で、毛布にくるまったハンターのくしゃみが、ここまで届くようだった。

 

■■

 

 ——翌日

 

 若いハンターを見送ったバハリがテントの中でルルカから手渡された手記に目を通す。

 

 ウイルスの特性上、人間には感染する事は無い。

 だが、宿主を変えて変異を遂げながら、人間に適応したのだろう。

 

 本来感染しないはずのウイルスが変異を重ね、新しい宿主として人間を選んだ。

 ならば新しい呼称こそが相応しい。

 

「狂竜ウイルス変異型。……いや、狂変ウイルスか」

 

 ——その邪悪な命名にうすら寒さを覚えた。

 

 現状、階層上位となっているのはミイを感染させたジンオウガ。

 そして、ミイを殺したマガイマド。

 

 ミイは瀕死の状態だったから、ウイルスの進行が遅かったと推測。

 だが、マガイマドによって殺された事で、爆発的に増殖。

 結果として主導権を奪おうとする。

 

「さすがに、……これは彼の前では言えないな」

 

 そこで、モンスターと人間との違いが生じる。

 

 ——意思と意識のせめぎあい。

 

「おそらく、ハンターミイは、自分の意思でマガイマドの主となったのだと推測され

ます……か」

 

 生存に対する本能が勝るモンスターが宿主なら……。

 ウイルスの命じるまま、ただマガラ種へと至ればいい。

 

 だが、そこで人間の強い自我、意識がウイルスの本能の邪魔をする。

 

「そうすると、変異型は彼のお姉さんに、何を命じるのだろうか」

 

 次のページをめくる。

 

 そこにはウイルスの階層を示した、ピラミッド型に描かれた組織図があった。

 そして、僅かに力を込めて本を閉じる。

 胸につかえていた重い考えが、深いため息として吐き出された。

 

「まったく。僕の愛弟子の研究は、本当にとんでもないな……」

 

 暑さ由来の汗ではない。

 この先の事を想像しての冷や汗が、バハリの頬を伝った。

 

 ——マガラ種となったモンスターは、シャガルと至るべく、とある一つの土地を目指す。

 

 だが、それは人間にも適応されるのだろうか。

 

 もし、そのシャガルに至ろうとするウイルスの本能と人間が持つ帰巣本能が結びついたとすれば。

 

 多くの厄災を伴いながら、自身の故郷へと牙を向ける事が推測される——。

 

「……彼のお姉さんが、百竜の中心となる」

 

 冷めた珈琲を一息で飲み干す。

 口の中に苦みが広がり、嫌な想像を押しとどめた。

 

 テントを出ると、快晴の空がバハリの目を穿つ。

 砂原の、乾いた風が渦を巻いていた。

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