モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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■チャプター④ 宿牙/前編  其ノ一

 ――カムラより、遥か東の森。

 緑深い谷で三人のハンターが、一頭のオロミドロを狩り立てていた。

 

「こっちだ!」

 

 一際大きな声を上げる女ハンターが手を回しながら誘導をする。

 かつて原生林でユウに助けられたマキたちが、蛇のようにうねる巨体を相手に奮戦していた。

 

 各々の傷は癒えてはいるが、弓使いのヴィヴィは依然として療養中。

 その穴を埋める――わけでもないが。

もう一人のハンターが高台で三人の連携を、胡坐を掻いて観察していた。

 

 マキたちに足りなかったのは、狩猟の基礎力。

 今まで応用のみでどうにか上位までなり上がったが……。

 おそらくユウの愚直なまでの基礎力に感化されたのだろう。

 

 オロミドロが落とし穴に落ちる音が高台まで鳴り響いた。

 

 良い。

 

 嬉しそうに目を細め、太刀の鞘を杖のように立てながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 三人は罠で荒れ狂うオロミドロに麻酔玉を投げ、鎮静化させた。

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、静まりかえる谷。

 遠く、川の音だけが、時間の流れを現しているようだった。

 

「……ふう。みんな、お疲れ様」

 

 目の前で昏睡するオロミドロを前に、マキが一息を入れつつ、周囲に警戒を促した。

 

「へへ。前はこんな感じの時にリオレウスの強襲を受けたからな」

 

 リツが軽口を言いながら太刀を構え、モーントと共にマキの背中を守る。

 

 どこかで鳥が鳴き、ジャギイの声が響く。

 

 いつもの谷。

 いつもの空。

 いつもの……。

 

 その静寂が、三人には毒のように思えてならなかった。

 

 マキが持つ、ヴィヴィから預かった弓の弦が、風を切る。

 

 木々の影。

 いや、山の闇から紫焔が揺らめいた。

 

 マキの背中に強烈な悪寒――。

 

「来たよ、お前たち! 迎え撃ちなぁ!」

 

 マキの叫びと同時に、怨虎竜が地を滑るような速度で姿を現した。

 

 森の影からはかなりの距離があった。

 だが、怨虎竜マガイマドはたった二歩で、マキとの距離を詰める。

 

「速過ぎ――」

 

 風が走る。

 

 マガイマドの爪がマキの身体に届く直前。

 太刀の煌めきが、その爪を弾き軌道を逸らした。

 

 リツ、ではない。

 この場に存在する、もう一人の太刀使い。

 

 ――ザド。

 カムラの里の里長が吹き荒れる風を纏い、マガイマドに対峙していた。

 

 マガイマドから発せられる殺気。

 それに一歩も引かずに、慎重に太刀を鞘へと納めて居合の構えを取る。

 

 その動作に覚えがあるのだろう。

 マガイマドは跳ねるように後退し、両者が膠着状態に移行する。

 

「やはり一筋縄ではいかぬ、か」

 

 ――尾折れのマガイマド。

 

 報告から受けた通り、太刀の間合いすらも読む。

 否。

 人を、殺し慣れている。

 

 遅れてマキたちが各々の武器を構えて、マガイマドと対峙する。

 

 マガイマドは声を低く唸らせ、ザドを忌々しそうに睨む。

 ザドというたった一人の存在が、マキたちを自然と鼓舞する。

 

 だが、それ以上に厄介な問題、いや厄災がマガイマドの後方に控えていた。

 

「そこに居るんだろう? ……ミイ」

 

 ザドの問いがマガイマドの後ろ、森の闇へと吸い込まれていく。

 

 草を踏みしめる音がする。

 木々がざわめき、漆黒。

 

 怨虎竜が小さく唸るその先から、黒い装束を纏った人影が現れた。

 

 マキたちが目を見開くように見つめ。

 ザドが、……目を背けた。

 

 怨虎竜が心配そうに小さく唸り声を上げる。

 

 風が止み、まるで――。

 その存在の征く道を、伏して称えるようにすら感じた。

 

「……久しぶり。ザド」

 

 以前と変わらぬ、凛とした声。

 

 混沌統べしヒトガタ。

 

 カムラのハンター ミイ。

 その、変わり果てた姿だった。

 

 その表情は、ゴア・マガラの頭部のようなフードに覆われ伺い知れない。

 

 だが、その声が。仕草が。

 ユウと同じ、赤い髪が。

 目の前の存在を、ミイだと証明していた。

 

「大丈夫だよ。だから見ていてね」

 

 そう言いながら、優しくマガイマドの鼻先を撫で、悲痛な表情のザドに笑みを浮かべる。

 

 ザドは深く息を吐き出し、眉間に皺を寄せながら、――失った里の仲間を睨み見る。

 

「……俺がここに出向いた理由。お前なら理解できているな?」

「できるの?」

「無論。……俺はハンター。……なんだからな」

 

 表情を変えずに、鯉口に指を掛ける。

 

 ――抜刀。

 

 それだけの動作で、ザドから気円の熱が周囲に奔る。

 

 右足を前に、太刀を水平に構える。

 モンスター相手ではない。

 人間、相手の構えだった。

 

 ザドが口から大きく息を吸い込み、肺で押し留める。

 

 ミイの視界から、水平となった刀身が――抜け落ちた。

 

 それを見切った瞬間、ザドが一瞬で距離を詰める。

 遅れるように撒き上がる土煙。

 

 ザドから発せられる強大な圧が、風を置き去りにする。

 ミイがザドの初速を視認した時には既に、神速と評される一の太刀。

 

 ミイはそれを身体の芯をずらしながら、舞うように躱し、ザドの背後を取る。

 

 太刀を振り抜いたザドと、手ぶらのミイの背中が重なった。

 ザドの背中に、ミイの重さが伝わる。

 

「ザドの太刀筋は何度も見てたからね。避け方も、返し方も……」

 

 ここにちゃんと入っている。

 

 ミイが自分の頭殻を指でつつく。

 

 ザドが弾くように、ミイから距離を取る。

 

 その間隙を、裂くように――、

 マガイマドが爪を振りかざしていた。

 

「――ダメだよ!」

 

 その言葉にマガイマドの動きがピタリと止まる。

 

「それは……。私の獲物なんだから」

 

 ザド、ミイ、マガイマド。

 三者の視線が交錯。

 マガイマドの吐息がザドにかかる。

 

 厚い雲が陽を覆い隠し、風に僅かに湿気が混じる。

 

 マガイマドが、従うように距離を取った。

 

「……何なんだ、こいつら」

 

 マキの口から、目の前の異質な光景に対する畏怖が漏れ、周囲が無言で同意する。

 マガイマドを完全に支配下に置いている、目の前のヒトガタ。

 

 マキたちの困惑を置き去りにし、ザドの太刀。その切っ先が再び揺れる。

 

 ミイは口角を吊り上げ、背中から双剣を取り出す。

 一つはカムラの。

 そしてもう一つは、折れたマガイマドの右腕の妖腕刃。

 

 ザドの白く光る太刀筋と、ミイの混沌に嘶く双剣が無数に切り結ぶ。

 マキたちでも視認できない程の剣速。

 

 まるでそこから風が生まれているかのような風切り音が、森に空にと刻まれる。

 

 ザドの、振り被った瞬間には振り抜いている斬撃を、間合いを詰める事で食い止め。

 ミイの流水のような双剣を、ザドは野性と熟練の技量で捌き続ける。

 

 ミイがザドの太刀を踏み留め、地に固定。

 ザドの首へと双剣を滑り込ませていく。

 

 だが、ザドは両腕に最上の力を込め、ミイを身体ごとひっくり返す。

 

 舞う、土くれとミイの身体。

 

 ミイの黒いフードの奥。

 紫に変色した瞳が、ザドの視線とぶつかる。

 

 雨が、天から落ちてきた。

 

 一つ。

 二つ。

 

 ミイは地に伏せ。

 その首元には、ザドの太刀があった。

 

 あと、一押し。

 たったそれだけで、決着が付く。

 

 マガイマドは、奥で静かに次第を見守っている。

 

 この太刀を横に滑らすだけで、ミイの首を切り落とす事が出来る。

 

 雨が、降る。

 

 ――ザド。

 

 マガラ種のような黒いフードに、僅かに亀裂が入った。

 ミイの紫の瞳が、ザドを見つめる。

 

 ザドの脳裏に、ミイとユウの幼き日々が呼び起こされる。

 

「……あーあ」

 

 ミイの口から落胆の声が漏れた。

 

 ザドの腹部に、鋭い痛みが走る。

 

ミイは右手に持った妖腕刃で。

ザドの腹部を、貫いた。

 

「……何で、私を。殺してくれなかったの?」

 

 ゆっくりと。

 妖腕刃を引き抜き、同時にザドが倒れる。

 

「ザド!」

 

 マキたちがザドへと駆け寄ろうとする。

 だが、ミイは視線でそれを牽制した。

 

 再びザドへと視線を戻し、腹を抱えるザドを見下ろす。

 

「……もう分かっていると思うけど、これから暫くして、私はカムラに百竜を連れていく」

「な、ぜだ……」

 

「決まっているでしょ?」

 

 ――ユウを。

 殺す為だよ。

 

 その言葉にザドの目が見開かれる。

 マガラ種による帰巣本能が、最悪の形で実っていた。

 

 曰く、ゴア・マガラは禁足地にてシャガルへと至る為、旅をするのだという。

 その姿は、黒から虹を帯びた白。

 古き自分を破り捨て、新たな生命へと回帰する。

 

 ミイにとって、ユウは、枷。

 ミイが“次”へ至る為の、最後の。

 

 黒が白へと至るように。

 ミイもまた、“その先”を求めている。

 

 ふと、ミイがマキたちを見る。

 

「そういえば、あなた達だったよね……? ああ、思い出した」

 

 割れた黒いフードの奥から紫玉の瞳に炎が灯る。

 

「ユウの悪口を、……言ったの」

 

 ミイの殺意がマキたちを包み込む。

 

「そ、そうだ! わたしたちだよ! あいつの。ユウの悪口を言ったのは!」

 

 過去は取り消せない。

 その罪が、目の前に明確な罰として現れただけ。

 

 マキたちは震えながら、武器を取る。

 

「来るよ、お前たち! 覚悟を決めな!」

 

 マキの言葉にリツ、モーントたちがつばを飲み込みながら、構えを取る。

 

「私の手で殺して、あの子のエサに……」

 

 雨の中、雷鳴が走った。

 その方向にミイが首を向ける。

 

「……分かったわよ」

 

 そうつぶやき、マキたちへの興味が失せたように双剣を腰に収める。

 マガイマドがミイの下へと歩みを進める。

 ミイはマガイマドの腕を伝い、背に跨った。

 

「待て……。ミイ」

 

 下半身に力が入らないのだろう。

 それでも立ち上がろうとするザドを見下ろし、背を向けた。

 

「さよなら。……お父さん」

 

 雷鳴の残響か、雨音による幻聴か。

 小さく呟かれた言葉を最後に、ザドは意識を手放した。

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