モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――砂原から数日を掛けてようやくカムラの里へとたどり着く。
「……やっとカムラへと帰ってこれたのにゃ」
「そうですね、シショー」
シショーと呼ばれたヌコヌコが満足そうに髭を撫でる。
帰り道、ルルカに師匠と呼ばれているバハリを見て、羨ましなりユウに強要し始めた。
大門を抜け、赤い橋を通るとヒノエとミノトの姿があった。
「ヒノエさん! ミノトさん!」
ユウの声に二人が気付き、ヒノエが小さく手を振り、ミノトが静かに頭を下げてユウたちを出迎えた。
「ただいま! ヒノエさん、ミノトさんもおかえりなさい」
「はい、ただいまです、ユウさん」
「ヒノエ! 俺はハンターのアイルーに復帰したのにゃ!」
ユウの頭にヌコヌコが乗っかり、押しのけるように主張する。
「まぁ! 本当ですか!」
嬉しそうなヒノエの声に、ヌコヌコの髭がピンと張った。
ヒノエの声を聞いて、ようやくカムラに帰ってこれたのだと思えた。
「はーっはっはっは! キミがヒノエさんたちのかわいい弟か!」
たたら場から筋骨隆々の銀髪の男が、ユウに向かって笑顔で走ってくる。
「——ひぃ!?」
「な、なんにゃ!?」
ユウは咄嗟にヌコヌコを拾い上げ、差し出すように盾にする。
「ひ、ヒノエさん。何なんですか、この人……」
「ご紹介しますね。こちらエルガドの特命騎士の団長の……」
「リーーーーーーーーーガルだ! 少年!! 宜しくな!」
リーガルはユウを高い高いするかのように、上空にぽーんと飛ばす。
橋の上という事もあり、視覚的な恐怖はかなり高い。
想像してみよう。
落下地点で、笑顔で待ち構えている筋肉質な男の光景を。
「——にゃう!?」
だが、リーガルの顔に落ちてきたのはヌコヌコのみ。
ユウは空中で翔蟲の糸を引き、逃げるようにこの場を離れた。
その後をアカメが嬉しそうに追う。
「……うわ」
一部始終に圧倒されたルルカは、リーガルを警戒するように距離を取り、仲の良いミノトの影に隠れる。
リーガルの顔に張り付くヌコヌコを、シェリーの白い手が優しく抱き上げた。
「……団長。完全に警戒されてしまいましたよ?」
「うむ! 元気があって良い事だ!」
ヌコヌコはもがくように身をよじり、シェリーの手を離れる。
そして、急いで荷車を引いてこの場を去った。
直後、一組のパーティが大門をくぐる。
その姿を一目見た瞬間、笑いが止まり、周囲が凍り付く。
「里長!」
ザドがマキの肩を借りながら、赤橋を渡ってくる。
ミノトとヒノエがザドの下へと駆け寄る。
「……おお。ん? 懐かしい顔がいるな」
そういって口角を上げるザドの顔色は優れず、腹部には包帯がきつく巻かれていた。
「里長ザド!」
ルルカがザドの異変を感じて駆け寄る。
失礼しますと言いながら、腹部の包帯を少しめくり、症状を把握する。
「……里長は――」
ザドはマキの言葉を手で遮る。
「とりあえず、ここだと人目に付きすぎる」
少しずつ周囲に人が心配そうに集まってきた。
マキのパーティが軽く人払いをする。
とにかく病院へ。
そう判断したミノトが踵を返し、一足先に病院へ向かう。
「よう」
リーガルがザドの隣に立ち、マキからザドの肩を預かる。
マキもそこそこ体格が良い方ではあるが、リーガルは頭一つ分抜けて高い。
「お前ともあろう者が一体どんなモンスターにやられたんだ?」
「ふっ。思春期の娘にだよ」
「お前に子供はいないだろう?」
嬉しそうに笑うザドにしっかりと歩幅を合わせるリーガル。
「さ、里長ザド。もしかして、ハンターミイと?」
ザドが黙って頷く。
それを見たルルカの顔面は蒼白となる。
ウイルスに侵されているミイによる傷はすなわち、感染を意味する。
だが、ザドの足取りはかなりしっかりとしている。
困惑するルルカの頭を、ザドの大きな手がぽんと置かれる。
「……大丈夫だ」
「で、ですが……」
「こんなもの。鍛えた筋肉で何とかできる」
「――は?」
「やっぱりか! そうだと思ったぞ!」
「えぇ!?」
ザドの言葉にリーガルが高らかに笑い出す。
「はーっはっはっは! 流石は俺の親友だ!」
「そうだろう、そうだろう!」
「ちょ、……ちょっと意味が分からないんですけど!?」
困惑しながらもルルカが一つの結論に達する。
「そ、そうか。元々狂竜ウイルスは非常に弱い。だから里長ザドのバカみたいでアホみたいな生命力では増殖できないのか……?」
ルルカの独り言。
それを静かに見守る視線に、この場の誰もが気付いていなかった。
「そ、そうだ! それでこそザドだぜ!」
「うん、うん!」
リツとモーントが目じりに涙を浮かべながら拳を空に掲げる。
だが、うるさいとマキに睨まれ委縮。
「ヒノエさん、騒がしくて済まない。実は……」
ザドのテンションがやけに高い理由。
それは遭遇したミイに「お父さん」と言われて舞い上がっているからなのだという。
ヒノエはようやく合点がいったと言わんばかりに、笑顔で両手を合わせる。
「……そういえば、里長に面会希望の方が来られていますので、後ほど」
「なら、今から出向こう。客人を待たせる訳にはいかんからな」
「え……、そ、それはちょっと。私から伝えておきますので……」
ヒノエの引きつった顔を、マキは初めて見た気がした。
そのやり取りを横目に、ルルカが思案を続ける。
今、ミイの身体を支配しているのは本来の狂竜ウイルスではない。
人に感染が確認された以上、研究していた変竜ウイルスでもない。
バハリなら、狂変ウイルスとでも名付けるだろう。
ふとバハリの声が脳裏に浮かぶ。
――百竜夜行の中心は……。
門が軋み音を上げながら、ゆっくりと閉まっていく。
その隙間を抜ける風がヒノエたちの髪を後ろから撫でる。
バタンと閉じる音にルルカが振り向く。
風の中にモンスターの鳴き声が聞こえた気がした。
淀む厄災の足音。
誰も気づけぬ今の静けさに、ルルカの手が震えた。
■■
「――という訳で、里長の容態が安定するまで、少しの間カムラに滞在していただけますか?」
カムラの里の来客用の建物。
その中でも一際豪華な一室で、ヒノエが丁寧に礼をする。
それに対して黒髪の女が、手を袖で隠し、袖の淵を合わせる独特な礼をして返す。
「こちらこそ、大変な時に申し訳ございません。お心遣いに感謝いたします」
エルガドが所属する王国の隣国。
その第三姫――ユイファが顔を上げた。
「……ここは、とても温かい場所ですね。人も、空気も」
「皆、良い人ばかりですからね」
「そうですね。里の方々の顔を見れば、……分かります」
窓の奥ではたたら場から出た煙が青空へと消えていく風景。
ヒノエたちには見慣れた光景。
だが、ずいぶん昔にエルガドへ赴いた際、その光景が懐かしく思えた。
今のユイファはどう思っているのだろうか。
顔色を伺う限り、自分の国の事をあまり良くは思えてないのだろう。
「……カムラには、特に禁足地などはありませんが。……ああ、吊り橋は危険なので近づかない方がいいですね」
「かりこまりました」
初めて会った時よりも穏やかな雰囲気で言葉を交わす。
他にも観光客向けのパンフレットを手渡し、ヒノエが退室する。
――しばらくして、誰の気配が無くなった頃。
「カムラ……か」
ユイファの一言が、誰も居ない室内に静かに染み渡った。
そこに笑みは無く。
ただ、無表情な第三姫の顔が、そこに在るだけだった。