モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ三

 ――カムラの里の集会所。

 

 万年桜が常に花を咲かし。

 テラスの向こうには瀑布と運河が一望できる。

 

 私服に着替えたユウは、家に留まる時間を極力短くし、誰かの気配を求めて集会所へ足を運んでいた。

 

 ――だが。

 

 どこに居てもミイの気配が付きまとう。

 思えば、里を一人で行動した事はほとんどなく。

 どこに行ってもミイとの思い出と、光景が重なる。

 

 手にしたミイのうさ団子を眺める。

 そういえば幼い頃、ミイがうさ団子屋さんになりたいと言っていたのを思い出した。

 

 もし、あの頃の自分がハンターになりたいと言い出していなかったら。

 

 自分の隣にミイは、まだ居たのだろうか。

 

 そう考えると、赤い手すりに肘を乗せて、項垂れてしまう。

 

「……ミイ」

 

 いつの頃からだろう。

 お姉ちゃんと言わなくなったのは。

 

 握ったうさ団子の串を、強く握りしめた。

 

「——少年!」

「どわっ!?」

 

 横から急に声を掛けられ、思わずうさ団子を落としそうになる。

 床に落散る瞬間、リーガルが素早く手に取り、ユウのうさ団子を旨そうに頬張った。

 

「……あ」

「やはり美味い! エルガドにも美味い店はたくさんあるが、やはり本場は別格だな!」

 

 リーガルの手に持つ串をジト目で睨む。

 

「そうですか。……ではこれで」

 

 無駄にテンションの高い、奇怪な大人に付き合う気分ではない。

 溜息と共に、この場を去ろうとする。

 

「お姉さんの事を考えていたのか?」

 

 言い当てられて、少しドキリとしたが、こんな場所で黄昏れていたら誰の目にもそう見えるかと思った。

 

「まあ、そんなところですさようなら」

 

 足早にリーガルからスタスタと距離を取る。

 

「少年の気持ち、……分かるぞ」

 

 その言葉にユウが足を止める。

 

 人の気持ちを軽々しく代弁するな。

 そんな瞳でリーガルを睨む。

 

 だが、リーガルは手すりに寄りかかりがなら運河を眺めている。

 ユウの視線には気づかない。

 

 ここでもめても無駄だ。

 そう思い、ユウが再びため息を吐きながら去ろうとした。

 

 

「……俺も。いや、俺たちも、クエスト中に大事な人を失ったんだ」

 

 その言葉に、ユウの足が止まった。

 

「俺とザドがパーティを組んでいた時の、古い話だけどな」

 

 ザドの名前に反応して、ユウがリーガルに振り向く。

 

「お、やっと俺の顔を見てくれたか」

 

 言われてはっとする。

 なぜ自分はこの人を避けようとしていたのだろう。

 

 逡巡。

 だが答えは出ない。

 

「……まあ、こんなオッサンにだって失敗はあるもんさ」

 

 ——取り返しのつかない。

 

 リーガルが少し眉をひそめて笑う。

 その言葉が、重くユウに響いた。

 

「だから少年。キミは凄いよ。俺やザドはクエストに行けるようになるまで、……半年は

かかった」

 

 リーガルの言の葉にユウが俯く。

 自分は全然凄くなんかない。

 

 ザドに惹かれてハンターになったが、現実は甘くなかった。

 今でも命を絶つのが、怖い。

 剣斧を通して骨肉の感触が今でも夢に出る。

 

 段々と体温が失われていく、ミイの身体。

 その、絶望。

 

 忘れようと、がむしゃらにやってみた。

 だが、逃げようとすればするほど、忌々しいくらいに鮮明になる。

 

「……僕は」

 

 ユウが河の流れに消えそうな声。

 それでもリーガルにだけ届くように、ポツリとつぶやく。

 

「ちっぽけな人間、です」

 

 ふとそんな言葉がついて出た。

 

 ユウの表情以上に、リーガルが悲しそうな顔をする。

 

「そうだな。俺も少年も。……みんな自然の一粒だ」

 

 その言葉に、ユウの目が開かれる。

 まるで雷に打たれたような気持だった。

 

 幼い頃、ミイとザドと見上げた夜空。

 そこでザドに貰った円環ともう一つの言葉。

 

 ——それを、思い出した。

 

「まずは身体を休めよ、少年! 腹いっぱい飯を食らうといい!」

「……僕のうさ団子を食べた貴方が言います?」

 

 ユウの思わぬ返しに、リーガルが目を丸くし、

 

「はーっはっはっは! それはそうだな! どれ、ここはハンターの先輩として、店の品全てのうさ団子をご馳走してやろう!」

「もうお腹いっぱいで……って、もう買ってるし」

 

 何なんだ、この人は。

 そう思うと、何だか笑えてきて。

 ――何だか、泣けてきた。

 

 やがて、リーガルが山ほどうさ団子を抱えて戻ってきた。

 テラスのテーブルに皿ごとドカンと置く。

 どうやら本当に買い占めたらしい。

 

「実はザドからキミの事を頼まれている」

「へ? ……ザドから?」

「まずは身体を休めよ。それも仕事だと思え」

 

 ばくばくと、うさ団子を食べるリーガル。

 ハンターらしく、雑に食べているように見える。

 だがユウには、それがどこか作為的に見えてならなかった。

 

「――三日後だ」

 

 ふと、リーガルの言葉にハッとする。

 

「三日間、十分に心身を休めたら、……俺と! ひと狩り行こうぜ!」

 

 暑苦しい笑顔でユウを見る。

 だがその暑さが、今のユウの冷えた心にじわりと染み渡った。

 

■■

 

 ――翌日。

 

 朝露が陽を反射する。

 久しぶりの我が家は、依然として人一人分の温もりが足りない。

 

 その寂しさを紛らわすように自然と目が覚め、ユウは大きな欠伸した。

 

「……ふむ」

 

 眠い目を擦りながら、顔を洗い、私服に着替える。

 朝食はケルビ乳で出来たチーズ。

 ポポのハムに、冷えた米。

 それを台所で立ったまま適当に食べ、その後アカメのエサを作る。

 

 引き戸の玄関をガラガラと開ける。

 そこには既におすわりの状態で、舌を出したアカメが待っていた。

 

「おはよう。アカメ」

 

 そう言いながら空の皿とエサ入りの皿を交換。

 

「……」

「……」

 

 両者がにらみ合う。

 僅かに寒さを孕んだ風が吹く。

 

 近くを流れる川で、魚が跳ねた音がした――。

 

「お手!」

「わん!」

 

「おかわり!」

「わふ!」

 

「ガルフ空中三回転!」

「わぉん! ――んべっ!」

 

 ……失敗。

 

「あーあ。……また失敗かぁ」

 

 変な体制で沈み込むアカメの姿に、ユウが苦笑する。

 申し訳なさそうな顔をワシワシと撫でまわす。

 

「よし。食べていいよ」

 

 その言葉を合図に、アカメがエサの皿にがっつく。

 ユウは無防備に欠伸をして、家に戻る。

 しばらくするとユウがスラッシュアックスを担ぎ、家から出てきた。

 

 皿の淵を舐めているアカメを指さし、

 

「お留守番をよろしくな」

 

 その言葉に元気よく返事をしたアカメに、小さく手を振った。

 

■■

 

 武器を研ぎに出し、手ぶらの昼頃。

 

 この、たった一行の間に色々な事があった。

 

 昨日から飲み嘔吐するリツと介抱するモーントと出会い。

 米俵を抱えてジョギングするマキを見かけ。

 

 ミイとパーティを組んでいたソウシに声を掛けられ、励まされた。

 

 何となく自分の周りが騒がしく感じ、それはそれで居心地が悪い。

 

 ああそうか。

 ふとユウが結論に達する。

 

 今まではミイの後ろにいたから、気付けなかった里の空気。

 

 これこそが本来のカムラの在り方なのだと。

 

 翔蟲を使い、たたら場の頂上へと昇り、振り返って里を見渡す。

 

 道を行き交う人々。

 その先には市場があり、遠く活気のある声が聞こえる。

 エルガドから留学してきた新米ハンターたちの勇み足。

 開門の音。

 風。

 草木の匂いと、錬鉄の臭い。

 

 屋根を伝って感じる炎の、熱。

 

 ――ひょっとしたら。

 

 猛き炎と呼ばれたカムラの英雄も、この景色を眺めていたのかもしれない。

 

 変わったものも当然ある。

 だが、変わらないものもあるだろう。

 

 今は、過去からの続きで。

 今を積み重ねて、未来がある。

 

「――そうか」

 

 これが。

 それこそが、円環。

 

 だから、ザドもリーガルも大きな自然の一粒と言ったのだ。

 

 それに気付けた瞬間。

 

 自分の手に、足に。

 ――心に。

 言いようの無い力が沸いてくるのを感じた。

 

「なんだ。……こんな、簡単な事だったのか」

 

 天を仰ぐと温かい陽に目を細める。

 たたら場の後方に広がる家々を眺めながら、後ろに倒れる。

 落下しながら、翔蟲へと手を伸ばす。

 

 ふと視界の端に、修練場へと続く吊り橋に、誰かが近づいていくのが見えた。

 

 見慣れない人だ。

 女の人?

 ――でも。

 

 あの足取りは危ない。

 その先は板が腐っている。

 ……あのままでは。

 

 そう思ったユウは翔蟲の糸を操作して、吊り橋の方へと跳躍。

 

「待って! その先は!」

 

 ユウの静止も虚しく、女が腐った板を踏み抜く。

 案の定、バキリと音を立てて足を踏み外す。

 

「――え? あっ!?」

 

 吊り橋のツタを掴みそこねた女が落下する。

 ユウはもう一匹の翔蟲の糸を引き、一緒に落ちるように加速。

 

「手を!」

 

 その声に女がユウの手を、――取った。

 

「引き揚げます!」

 

 崖に足を掛けて、落下の勢いを僅かに相殺。

 そして右手を伸ばして翔蟲の糸を掴み、三度跳躍。

 

 何とか元の場所へと着地した。

 

「あ……ありがとうございます」

 

 女が手を袖で隠し、下げた頭の前で合わせる礼をする。

 少し遅れて、ユウが頭を掻きながら会釈をした。

 

「助けてくれてありがとう。私はユイファ。……あなたは?」

「――僕は……」

 

 吸い込まれそうなユイファの深い緑色の瞳。

 

 自分を保てずに息を呑む。

 

 笑みを浮かべ、首をかしげる仕草に息すら忘れる。

 

 自分の名前。

 なぜか、その先の言葉が出る事は無かった。

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