モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
ユイファを中心に景色に色が付くようだった。
音の消えた世界で、自分の鼓動だけが高鳴るのを感じた。
「ぼ、……僕は、ユウって、……言います」
やっとの思いで出した言葉は尻すぼみ。
「ユウさん! 何だか私と名前が似てますね!」
そういって、花が咲くような笑顔でユウを見つめる。
何なのだろう、この感情は。
ミイとは違う。
ヒノエと話す時に似て非なる気持ち。
もっと、声を聞きたい。
そう思った瞬間。
ユウの背後で何かの息吹を感じた。
森の動物などではない。
もっと、荒々しく。
殺意が籠った、何か。
『―― 』
その爪が――。
目の間を通り過ぎて、消えた気配にハッとした。
気付けば空は青く、草木は緑。
目の前には、ユイファ……。
「どうかされましたか?」
その言葉に、ようやく自我を取り戻した。
始めての知らない感覚に戸惑いながらも、釣り橋は危ない事を伝える。
「申し訳ございません。ヒノエさんにも教えていただいたのですが。好奇心が、……どうも」
「それなら、僕が――」
言いかけたところで、遠くからヌコヌコが自分を呼ぶ声がした。
「あ、シショー……」
「暑苦しいケツあごが、明後日のクエストの事で探しているにゃあー!」
ケツあごと聞いてリーガルをすぐに連想。
それはそれで失礼なのだが、ヌコヌコの形容は的確に思えて反論のしようが無い。
「仲間が呼んでいるので、これで失礼します」
「はい。お気をつけて」
「ゆ、……ユイファさんも」
ユイファの名前を呼ぶだけで緊張する。
ユウは逃げるようにこの場を去り。
ユイファは、それを笑顔で見送った。
■■
――しめ縄が揺れる崖を見上げる。
水量の少ない水が強い風で横に流れており、ユウは苦い記憶に胸を強く掴む。
胸中に溢れるは、恐怖か滾りか。
全身の震えを呼吸一つで制する。
耳の奥の雷鳴が、さざめきを上げる。
■■
「――大社跡……ですか?」
集会所。
万年桜が咲くテラスで、緊張を帯びたユウの声にリーガルが口角を上げる。
「でも、僕は……」
「ザドから聞いている。例の件だろう」
少し身を乗り出し、ユウと向き合う。
「はい。僕は、奴に存在を覚えられています」
「……ジンオウガ、か」
「それも、金色の雷狼竜とは」
リーガルの言葉にシェリーが重要な一言を継ぎ足す。
「あいつの縄張りは大社跡全体です。キャンプ地ですら、その範囲でした」
ユウの言葉に何かを考えながらうさ団子を口にする。
「団長。私は反対です」
「ほう?」
「まだユウさんのランクは下位。いくら私たちがマスターランクだとしても、あまりにも危険が伴います」
「そう分析するのは正しいがね……」
口に串を加え、心底つまらなそうにシェリーを見る。
「で、どうする? 少年。このクエストを受注するか、破棄するか」
そう言って、テーブルの上にクエスト内容が書かれた用紙を置く。
――タマミツネの狩猟。
「いいか、少年。これは強制でもテストでもない。これを受注しなくても、俺たちの少年に対する評価は変わらない」
「評価、……ですか?」
リーガルの言葉にシェリーがきつく睨む。
刺すような視線を、リーガルはそよ風のように受け流す。
口に加えた串を取り、ユウを正面に見据えた。
「言っただろう。ザドに少年を任されている、と」
シェリーが観念したように溜息をする。
「……我々特命騎士団は、いずれ貴方を騎士団へと迎え入れるつもりです」
「――……はい?」
突然のことに困惑が隠せない。
特命騎士団と言えば王国騎士団の一部隊にして花形。
カムラからも何人も希望者はいるが、非情なほどに狭き門としても知られる。
かつてザドもその一員だった聞いており、自分もいつかはという気持ちでいた。
――それが。
嬉しさよりも、なぜ自分がという感情が走る。
「まぁおいおい考えてくれればいい」
答えを出すのは、今ではない。
リーガルの言葉に少し安堵する。
だが、ふと自身の気持ちに何かが引っ掛かる。
舞い上がる気持ちと、同時に冷めていく気持ち。
それ以上の、――爪痕。
■■
「にゃーはははは! 緊張しているのかぁ、ユウ?」
アカヌコが笑いながらユウの横を走り抜ける。
休養の三日間、色々な事がありすぎて、整理しきれないでいた。
だが、ここは狩猟場。
担ぐ剣斧の重さが、浮ついた心を落ち着かせる。
「そんなんじゃありませんよ、シショー!」
ユウとアカヌコが浅瀬ではしゃぐ様子を、ランスを担いだリーガルが笑顔で見守る。
シェリーは先行し、高台に位置取り周囲を索敵する。
遥か先、谷の畔。
――見つけた。
シェリーは鏡を取り出し、光の反射でリーガルへ合図を送る。
リーガルの空気が変わった。
それに最初にヌコヌコが反応し、次にアカメ。
ユウは最後だったが、反応速度としては上出来。
リーガルが満足そうに頷く。
朽ちた五重塔。
水面に、小島のように浮かぶ岩場に、妖艶なる蘭の華。
赤みを帯びた白色の鱗。
蛇のようにうねる巨躯。
周囲の空間を大小の泡で満たし、神楽を舞うように風と踊る。
泡狐竜。――タマミツネ。
リーガルが重厚な防具の奥底で笑みを浮かべる。
「さぁ、……行こうか」
リーガルの身体から、明確な圧が立ち上がる。
ザドの気円とは違う――。
「気演、万丈!」
まるで劇の開幕のような合図。
その一言に、全身の細胞が前を向くような高揚感。
「いざ、征かん!」
ランス低く構えたリーガルが、一歩足を踏みしめる。
直後、水柱を上げながらタマミツネへと突進。
その速度は、蹴り上げるごとに加速していく。
それに気付いたタマミツネは防御の構えを取り、咆哮。
気合と共に、強烈な初撃が白磁のような鱗を貫く。
「にゃっ! はぁーー!」
アカヌコも負けじと風に揺れる泡を躱しながら接近。
流れるような動きで二撃目を入れる。
タマミツネが苦痛の声を上げる。
ユウは翔蟲の糸を引いて跳躍。
タマミツネは出遅れたユウを視認すると、身体をくねらせ紫色の尾で泡の波を作る。
想定外の行動に判断が遅れ、泡を被る。
足に踏ん張りが利かない。
その戸惑いを見抜いたタマミツネの、大きく発達したかぎ爪がユウに迫る。
「――うべっ!?」
泡に足を取られ、すっ転んだ鼻先をかぎ爪が掠める。
タマミツネの白く、長い身体がユウの横を通り抜け、逆のかぎ爪が再びユウに迫る。
強靭かつ歪曲した爪をまともに喰らえば、即死。
その殺意がユウの首へと伸びる。
躱しきれ――。
ユウの視界を何かが通過。
直後、弾くような硬質な音が響き、二本、三本と矢が河原に突き刺さっていく。
タマミツネは、射線に追われるようにユウから距離を取る。
高台の上。
そこには矢を番えたシェリーがタマミツネに照準を付けていた。
タマミツネの悔しそうな唸り声が風に乗り水面を揺らす。
「――て!? わ? あ、あべっ!?」
潤滑油にまみれた足元が定まらない。
剣斧を振りかざそうとするがまともに振れず、再び転ぶ。
「わーはっはっはー!」
「にゃーははははは!」
「二人とも、真面目に狩りをしてください!」
二人が笑いながらタマミツネに攻撃を仕掛け、それをシェリーが諫める。
ユウは皆に遅れまいと、立ち上がるが足元がおぼつかない。
力を入れると滑る。
踏み込むほどにバランスが崩れる。
「な、何で!?」
困惑しながらアカメの動きを見る。
アカメは最小限の足運びで水面を滑るように駆けている。
なら、リーガルは?
ランスは特性上、スラッシュアックスよりも地面に対して足の設置が多いはずだ。
だが、リーガルは涼やかな顔で攻撃を繰り出し、時に滑るように身をかわす。
この差は何だ?
見えない理由を探る中、タマミツネの牙がユウの背後から迫る。
「ボーっとしない!」
いつの間にかユウの傍にいたシェリーが、手にした矢でタマミツネの顔面を弾き、攻撃の軌道を逸らす。
衝撃で砕けた矢を捨て――。
シェリーは翔蟲の糸で後方へ惹かれながら、矢を番え発射。
迷いの一切が無い動作は、速すぎて追えない。
見るとシェリーもユウ同様、足元は潤滑油にまみれている。
ならば、なぜ自分だけ。
考えろ。
考えなければ、この三人に置いていかれるだけだ。
ガシャン、とリーガルがランスを鳴らす。
その音に視線がリーガルへと吸い寄せられる。
「――キミはザドから何を受け継いだ!?」
何を?
決まっている。
円環に、ハンターの心構え。
武器の扱い方に……。
――武器?
その言葉に、光が灯った。
自分の中の違和感が、形を成していく。
「気付いたようなのにゃ」
「――うむ。シェリー! 少年の援護を!」
「かしこまりました」
手にした大事な何か。
その歯車が――。
ユウは呼吸を細くして、慎重に剣斧を構える。
歯車が、ユウの中でガチリとかみ合う。
タマミツネがユウとの距離を一気に潰す。
シェリーは矢を放ち牽制するが、タマミツネはその軌道を見切る。
身を蛇のようにくねらせ避けながら、ユウの右へと食い込むように突進する。
上がる水しぶき。
空に浮かぶ薄い月が、無数の泡と重なる。
咆哮を上げながら、迫る泡狐竜。
細く吸った息を肺で留める。
ユウの集中力のギアが、――一段上がった。