モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ四

 ユイファを中心に景色に色が付くようだった。

 音の消えた世界で、自分の鼓動だけが高鳴るのを感じた。

 

「ぼ、……僕は、ユウって、……言います」

 

 やっとの思いで出した言葉は尻すぼみ。

 

「ユウさん! 何だか私と名前が似てますね!」

 

 そういって、花が咲くような笑顔でユウを見つめる。

 

 何なのだろう、この感情は。

 

 ミイとは違う。

 ヒノエと話す時に似て非なる気持ち。

 

 もっと、声を聞きたい。

 

 そう思った瞬間。

 

 ユウの背後で何かの息吹を感じた。

 

 森の動物などではない。

 もっと、荒々しく。

 殺意が籠った、何か。

 

『――    』

 

 その爪が――。

 

 目の間を通り過ぎて、消えた気配にハッとした。

 

 気付けば空は青く、草木は緑。

 目の前には、ユイファ……。

 

「どうかされましたか?」

 

 その言葉に、ようやく自我を取り戻した。

 始めての知らない感覚に戸惑いながらも、釣り橋は危ない事を伝える。

 

「申し訳ございません。ヒノエさんにも教えていただいたのですが。好奇心が、……どうも」

「それなら、僕が――」

 

 言いかけたところで、遠くからヌコヌコが自分を呼ぶ声がした。

 

「あ、シショー……」

「暑苦しいケツあごが、明後日のクエストの事で探しているにゃあー!」

 

 ケツあごと聞いてリーガルをすぐに連想。

 それはそれで失礼なのだが、ヌコヌコの形容は的確に思えて反論のしようが無い。

 

「仲間が呼んでいるので、これで失礼します」

「はい。お気をつけて」

「ゆ、……ユイファさんも」

 

 ユイファの名前を呼ぶだけで緊張する。

 

 ユウは逃げるようにこの場を去り。

 ユイファは、それを笑顔で見送った。

 

■■

 

 ――しめ縄が揺れる崖を見上げる。

 水量の少ない水が強い風で横に流れており、ユウは苦い記憶に胸を強く掴む。

 

 胸中に溢れるは、恐怖か滾りか。

 全身の震えを呼吸一つで制する。

 

 耳の奥の雷鳴が、さざめきを上げる。

 

■■

 

「――大社跡……ですか?」

 

 集会所。

 万年桜が咲くテラスで、緊張を帯びたユウの声にリーガルが口角を上げる。

 

「でも、僕は……」

「ザドから聞いている。例の件だろう」

 

 少し身を乗り出し、ユウと向き合う。

 

「はい。僕は、奴に存在を覚えられています」

「……ジンオウガ、か」

「それも、金色の雷狼竜とは」

 

 リーガルの言葉にシェリーが重要な一言を継ぎ足す。

 

「あいつの縄張りは大社跡全体です。キャンプ地ですら、その範囲でした」

 

 ユウの言葉に何かを考えながらうさ団子を口にする。

 

「団長。私は反対です」

「ほう?」

「まだユウさんのランクは下位。いくら私たちがマスターランクだとしても、あまりにも危険が伴います」

「そう分析するのは正しいがね……」

 

 口に串を加え、心底つまらなそうにシェリーを見る。

 

「で、どうする? 少年。このクエストを受注するか、破棄するか」

 

 そう言って、テーブルの上にクエスト内容が書かれた用紙を置く。

 

 ――タマミツネの狩猟。

 

「いいか、少年。これは強制でもテストでもない。これを受注しなくても、俺たちの少年に対する評価は変わらない」

「評価、……ですか?」

 

 リーガルの言葉にシェリーがきつく睨む。

 刺すような視線を、リーガルはそよ風のように受け流す。

 口に加えた串を取り、ユウを正面に見据えた。

 

「言っただろう。ザドに少年を任されている、と」

 

 シェリーが観念したように溜息をする。

 

「……我々特命騎士団は、いずれ貴方を騎士団へと迎え入れるつもりです」

「――……はい?」

 

 突然のことに困惑が隠せない。

 特命騎士団と言えば王国騎士団の一部隊にして花形。

 カムラからも何人も希望者はいるが、非情なほどに狭き門としても知られる。

 

 かつてザドもその一員だった聞いており、自分もいつかはという気持ちでいた。

 ――それが。

 

 嬉しさよりも、なぜ自分がという感情が走る。

「まぁおいおい考えてくれればいい」

 

 答えを出すのは、今ではない。

 

 リーガルの言葉に少し安堵する。

 

 だが、ふと自身の気持ちに何かが引っ掛かる。

 舞い上がる気持ちと、同時に冷めていく気持ち。

 

 それ以上の、――爪痕。

 

■■

 

「にゃーはははは! 緊張しているのかぁ、ユウ?」

 

 アカヌコが笑いながらユウの横を走り抜ける。

 

 休養の三日間、色々な事がありすぎて、整理しきれないでいた。

 

 だが、ここは狩猟場。

 担ぐ剣斧の重さが、浮ついた心を落ち着かせる。

 

「そんなんじゃありませんよ、シショー!」

 

 ユウとアカヌコが浅瀬ではしゃぐ様子を、ランスを担いだリーガルが笑顔で見守る。

 シェリーは先行し、高台に位置取り周囲を索敵する。

 

 遥か先、谷の畔。

 

 ――見つけた。

 

 シェリーは鏡を取り出し、光の反射でリーガルへ合図を送る。

 リーガルの空気が変わった。

 

 それに最初にヌコヌコが反応し、次にアカメ。

 ユウは最後だったが、反応速度としては上出来。

 

 リーガルが満足そうに頷く。

 

 朽ちた五重塔。

 水面に、小島のように浮かぶ岩場に、妖艶なる蘭の華。

 

 赤みを帯びた白色の鱗。

 蛇のようにうねる巨躯。

 

 周囲の空間を大小の泡で満たし、神楽を舞うように風と踊る。

 

 泡狐竜。――タマミツネ。

 

 リーガルが重厚な防具の奥底で笑みを浮かべる。

 

「さぁ、……行こうか」

 

 リーガルの身体から、明確な圧が立ち上がる。

 ザドの気円とは違う――。

 

「気演、万丈!」

 

 まるで劇の開幕のような合図。

 その一言に、全身の細胞が前を向くような高揚感。

 

「いざ、征かん!」

 

 ランス低く構えたリーガルが、一歩足を踏みしめる。

 直後、水柱を上げながらタマミツネへと突進。

 その速度は、蹴り上げるごとに加速していく。

 

 それに気付いたタマミツネは防御の構えを取り、咆哮。

 気合と共に、強烈な初撃が白磁のような鱗を貫く。

 

「にゃっ! はぁーー!」

 

 アカヌコも負けじと風に揺れる泡を躱しながら接近。

 流れるような動きで二撃目を入れる。

 

 タマミツネが苦痛の声を上げる。

 

 ユウは翔蟲の糸を引いて跳躍。

 タマミツネは出遅れたユウを視認すると、身体をくねらせ紫色の尾で泡の波を作る。

 

 想定外の行動に判断が遅れ、泡を被る。

 

 足に踏ん張りが利かない。

 

 その戸惑いを見抜いたタマミツネの、大きく発達したかぎ爪がユウに迫る。

 

「――うべっ!?」

 

 泡に足を取られ、すっ転んだ鼻先をかぎ爪が掠める。

 タマミツネの白く、長い身体がユウの横を通り抜け、逆のかぎ爪が再びユウに迫る。

 強靭かつ歪曲した爪をまともに喰らえば、即死。

 

 その殺意がユウの首へと伸びる。

 

 躱しきれ――。

 

 ユウの視界を何かが通過。

 直後、弾くような硬質な音が響き、二本、三本と矢が河原に突き刺さっていく。

 タマミツネは、射線に追われるようにユウから距離を取る。

 

 高台の上。

 

 そこには矢を番えたシェリーがタマミツネに照準を付けていた。

 

 タマミツネの悔しそうな唸り声が風に乗り水面を揺らす。

 

「――て!? わ? あ、あべっ!?」

 

 潤滑油にまみれた足元が定まらない。

 剣斧を振りかざそうとするがまともに振れず、再び転ぶ。

 

「わーはっはっはー!」

「にゃーははははは!」

「二人とも、真面目に狩りをしてください!」

 

 二人が笑いながらタマミツネに攻撃を仕掛け、それをシェリーが諫める。

 ユウは皆に遅れまいと、立ち上がるが足元がおぼつかない。

 

 力を入れると滑る。

 踏み込むほどにバランスが崩れる。

 

「な、何で!?」

 

 困惑しながらアカメの動きを見る。

 アカメは最小限の足運びで水面を滑るように駆けている。

 

 なら、リーガルは?

 

 ランスは特性上、スラッシュアックスよりも地面に対して足の設置が多いはずだ。

 だが、リーガルは涼やかな顔で攻撃を繰り出し、時に滑るように身をかわす。

 

 この差は何だ?

 

 見えない理由を探る中、タマミツネの牙がユウの背後から迫る。

 

「ボーっとしない!」

 

 いつの間にかユウの傍にいたシェリーが、手にした矢でタマミツネの顔面を弾き、攻撃の軌道を逸らす。

 衝撃で砕けた矢を捨て――。

 シェリーは翔蟲の糸で後方へ惹かれながら、矢を番え発射。

 

 迷いの一切が無い動作は、速すぎて追えない。

 

 見るとシェリーもユウ同様、足元は潤滑油にまみれている。 

 

 ならば、なぜ自分だけ。

 

 考えろ。

 考えなければ、この三人に置いていかれるだけだ。

 

 ガシャン、とリーガルがランスを鳴らす。

 その音に視線がリーガルへと吸い寄せられる。

 

「――キミはザドから何を受け継いだ!?」

 

 何を?

 決まっている。

 円環に、ハンターの心構え。

 武器の扱い方に……。

 

 ――武器?

 

 その言葉に、光が灯った。

 自分の中の違和感が、形を成していく。

 

「気付いたようなのにゃ」

「――うむ。シェリー! 少年の援護を!」

「かしこまりました」

 

 手にした大事な何か。

 その歯車が――。

 

 ユウは呼吸を細くして、慎重に剣斧を構える。

 歯車が、ユウの中でガチリとかみ合う。

 

 タマミツネがユウとの距離を一気に潰す。

 シェリーは矢を放ち牽制するが、タマミツネはその軌道を見切る。

 身を蛇のようにくねらせ避けながら、ユウの右へと食い込むように突進する。

 

 上がる水しぶき。

 空に浮かぶ薄い月が、無数の泡と重なる。

 咆哮を上げながら、迫る泡狐竜。

 

 細く吸った息を肺で留める。

 ユウの集中力のギアが、――一段上がった。

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