モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ五

 

「――お前に、太刀の素質は」

 

 ――無い。

 

 ハンターになる前、無常に突き付けられた現実。

 その言葉にユウは、足元が瓦解するかのような錯覚を覚えた。

 

 もしこれが、養成所の講師からの言葉であれば、落ち込むだけで済んだのかもしれない。

 だが、この言葉は、他ならぬザドから告げられたものだった。

 

「憧れだけで、狩猟ができると思うな」

 

 強い言葉でユウの女々しさを断ち切る。

 

 その当時、ハンターという職業を英雄譚の延長だと思っていた。

 

 自分に命があるように。

 モンスターにもまた、命がある事実。

 

 それを、まるで理解していなかった。

 

 ザド。

 里の長にして、至玉の太刀使い。

 その名声は遠くドンドルマにすら届き、かつて王国の特命騎士団の一つを任された程。

 

 ザドの太刀捌きは、見る者を圧倒し。

 そして、魅了した。

 

 力強く、速く。

 余分を削ぎ落した一振り。

 

 里の誰もが憧れ、誰もが目指した、カムラの英雄。

 

 幼いユウもそれに漏れず、初めて手にしたのは太刀。

 

 だが、現実はそんな幻想を容易く斬り裂いた。

 

 ――今、自分が握るスラッシュアックスは、ザドから譲り受けたもの。

 太刀によるカウンターの練習でザドが使用していた、剣斧。

 

「――俺は俺で、お前はお前なんだ」

 

 いつか、闘技場での修練の最中、ザドがくれた言葉。

 

 ユウの瞼の裏には、ザドの動きが焼き付いている。

 

 強い風が吹き荒れ。

 視界の右半分に、タマミツネの牙が大きく映し出される。

 

 剣モードの剣斧。

 その切っ先を、僅かに下げ。

 

 ――姿勢を、低く構えた。

 

 太刀には太刀の構えがあるように。

 剣斧には、剣斧の構え、そして動き方がある。

 

 太刀の特性は静からの攻。

 なら、剣斧は?

 

 ユウの瞳の奥。

 ――気焔が、爆ぜる。

 

 低い姿勢から前転で、タマミツネの牙を躱し――。

 右足を軸に、剣斧を振り抜く。

 

 白い鱗が宙を舞う。

 

 回避の流れのまま、刃を走らせる。

 それが、剣斧本来の動き。

 

 この一撃は、潤滑油に足を取られなかった。

 

 先ほどとはまるで異なるユウの動きに、タマミツネが僅かに後退する。

 

「掴んだな! 剣斧の基礎、その極意!」

 

 リーガルが水しぶきを上げながら、突進。

 その鋭い切っ先でタマミツネの尾を穿つ。

 

 紫毛の尾が千切れ、はじけ飛ぶ。

 

 タマミツネが苦痛の声を上げ、のたうち回る。

 

 高台からシェリーがタマミツネの錦ヒレを穿ち、縫い留める。

 そこに笑いながらアカヌコが参上。

 水面を、弧を描きながら斬り上げた。

 

 タマミツネの喉の奥、水袋が膨れ、一気に噴き出す。

 

 高圧のカッターのような水噴射。

 それをユウが再び側転で躱す。

 

 舞う水滴。

 その先の、死線。

 

 ユウは大きく剣斧を振りかぶり――。

 タマミツネの眉間に刃を突き立てた。

 

 絶叫が谷奥に響き渡る。

 

 錦ヒレを引きちぎり、タマミツネはユウごと顔面を高く持ち上げる。

 中空に放り出されたユウを、血走った目で睨む。

 

 タマミツネが大きく口を開き、牙をユウへ突きつける。

 

 頭蓋は砕いた。

 それでも、来る。

 

 翔蟲の糸で躱すのは簡単。

 だが、タマミツネの最期の一撃から逃げるわけには、いかない。

 

 駆り立てろ、狩猟本能!

 

 ユウは剣斧を剣モードへと切り替え、翔蟲の糸を引く。

 

「――気焔っ!」

 

 タマミツネの牙がユウを捉えるよりも速く。

 雷鳴の如き一閃が、タマミツネの喉へと突き刺さった。

 

「――万丈!」

 

 勢いのまま体重を乗せ、斬り裂く。

 

 噴き出す血がユウを染め上げる。

 熱い、体温の根幹。

 

 血がしだれ桜のように散り、一陣の風がそれをさらう。

 

 地面に剣斧の切っ先が届く音。

 頭から倒れる泡狐竜。

 

 ユウは消えゆく命。

 それに……。

 誰にも知られぬよう、眉をしかめ……。

 

 血を、拭った。

 

「やったのにゃ! ユウ!」

 

 ヌコヌコがアカメから降りて、ユウの顔に飛びつく。

 

「シショー! って、いで!?」

 

 足元の潤滑油で滑って浅瀬の石に頭をぶつける。

 

「良い動きだったぞ、少年!」

「お疲れ様です。ユウさん」

 

 皆がずぶ濡れのユウをのぞき込む。

 

「……ありがとうございます」

 

 リーガルの手を取り、ユウが立ち上がる。

 その手にポツリと雨が落ちてきた。

 

 陽が傾きかけた空を見上げる。

 湿り気を帯びた風がユウの髪をそよぐ。

 木々。そして奥の竹林が騒めいている。

 

 クエスト成功で浮かれる空気を余所に、ユウに嫌な予感がよぎる。

 遠くで空気が低く震えた。

 

■■

 

「――里長ザド」

 

 カムラに設置された病院でルルカがザドに採血の結果を手渡す。

 

「け、結果は陰性。……ウイルスの感染は、認められませんでした」

 

 ザドは口を紡ぎながら、結果表に目を通すが、すぐに机に置く。

 代わりに液体が入ったひょうたんを手に取り、ぐびぐびと飲みだす。

 

「……と、いうか何を飲んでいるんですか?」

「酒だ」

「……なぁぜ?」

 

 ルルカの低い声に、にやりと笑みを浮かべる。

 

「明日会う予定のユイファ殿から頂いた」

「あ、貴方は、は、……腹を刺されたんですよ?」

 

 ルルカの刺す視線を受け流し、最後の一滴を舌で舐め取る。

 

「……脳筋に理屈は通用しないのか?」

 

 ルルカがザドに聞かれないように流暢に毒を吐く。

 

「しかし、残念だな」

「な、何が、……ですか?」

「その狂変ウイルスとやらに感染していれば、逆にミイの考えている事も理解できたかも、と思ってな」

「そ、……それは」

 

 無理だ、と言いかけたところで、言葉を終える。

 

 確かに変異型のウイルスには、ウイルス同士の意志干渉のような動きも観測された。

 どこまでウイルスに支配されているかによるが、無くもない推論だった。

 

 それとも、意図して感染させなかった?

 

 ――意図?

 

 その違和感に、ルルカがもう一度採血表を取り出す。

 

 ウイルス抗体検査。

 それは血液中にウイルスに対する免疫があるかをチェックする。

 ザドの血中には、その免疫が確認されなかった為、陰性と判断。

 だが、もしウイルスが“意図して”体内へ攻撃をしないように振る舞っていたら?

 

 考えすぎか? 

 ――いや。

 

「脳筋ザド」

「……ん?」

 

 ザドが聞き間違いか? という顔をする。

 

「け、検査の結果を、……保留と、いたし……ます」

「……ほう?」

「さ、採取した血液に、キュ、キュリアの毒を当ててみます」

 

 バハリから貰った克服シャガルに寄生していたキュリア。

 その毒は、宿主ではなく狂変ウイルスに反応する。

 

 もしザドの血中に狂変ウイルスが存在しなければ、毒の成分は変わらない。

 

「も、もし狂変ウイルスが隠れていたら、その時は……」

 

 毒の成分が増殖し、相対的にウイルスの存在証明となる。

 

 ――バイオマーカー。

 つまり、反応による間接的な証明……。

 

 ルルカが自身の頬をパシンと叩く。

 

「き、気焔万丈……!」

 

 その言葉の響きに、疲れた身体の芯から熱が灯るようだった。

 

■■

 

 金色の雷鳴が地面を焦がす。

 

 一歩、脚を踏みしめるごとに、周囲から命の気配が消えていく。

 

 恐れ、慄き、そして平伏。

 

 ——我ハ誰ゾ。

 

 その問いに空気が震える。

 

 金色の雷鳴が空気を焦がす。

 

 草木、震える夜露がその姿を逆さに映して、滑り落ちていく。

 

 唸り、寒心、そして粛然。

 

 ——我ハ誰ゾ。

 

 その問いに、大地が唸る。

 

 ——汝、名ヲジンオウガ。

 

 コノ地ノ支配者ナリヤ。

 

■■

 

 ――日が暮れ、キャンプ地。

 

 濡れた装備を焚き木で乾かしながら、少しだけ豪華な食事を堪能する。

 

 アカメとヌコヌコは相変わらずの食い意地を見せ、ユウがあわあわと困惑。

 それをリーガルが豪快に笑う。

 

 ふと、シェリーが耳に掛かった髪をかき上げながら、串に刺さった肉を摘まんだ。

 

 ――あの時。

 ユウはふとシェリーが自分を庇った時の光景を思い出した。

 

 手にした矢で、タマミツネの牙をいなした、あの瞬間。

 

「そういえば、弓を使うハンターって、矢も剣のように扱えるんですね」

 その言葉にシェリーがピタリと止まり、リーガルがユウを見た。

 

「……と、申しますと?」

「あぁ、カムラでも矢のみで攻撃する手段はありますが……」

 

 それはあくまで、接近における緊急時の、型。

 

「シェリーさんは、まるで刃物のように扱っていたな、と思いまして」

 

 パチパチと焚き木が弾ける音がする。

 アカメとヌコヌコは肉に夢中。

 テントの外では虫たちの、鳴き声。

 

「……よく、見ていましたね」

「あの時はありがとうございました」

 

 シェリーの右手がユウたちに気付かれないまま腰へと伸びる。

 

 ――そして。

 

「シェリー」

 

 リーガルの言葉にハッとする。

 

「少年は、お礼を言ったんだぞ」

 

 シェリーは瞬きをし、小さく咳をした。

 

「……いえ。当然の事をしたまでです」

 

 その言葉に、ユウは屈託のない笑顔をシェリーに向けた。

 

 

 突如の閃光。

 そして雷鳴がキャンプ地に届き、

 獣の咆哮が大社跡に響き渡る。

 

「――来たか」

 

 リーガルの一言に、全員の目つきがハンターのものへと変わる。

 

 水で食事を胃へと押し込み、乾いた装備を整える。

 

 腕の装備を付けている時。

 ユウは僅かに自分の手が冷たく、震えている事に気付いた。

 だが、リーガルの分厚い手が、それを覆う。

 

「……決着の時だ」

 

 その眼差し。

 その言葉に、ユウの全身に鳥肌が立つ。

 

「ユウさん」

「ユウ」

「わん」

 

 そうだ。

 今は、一人ではない。

 

 そう思った瞬間、手の冷たさは熱を帯び。

 腹の底から、力が沸いてくるようだった。

 

 ユウは大きく息を吸い込み、

 

「行きましょう!」

 

 その気迫に全員が頷く。

 

 雷鳴により隔たれた姉弟の運命。

 残酷なまでに正しい円環の流れの中。

 

――宿牙の時、来たる。

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