モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「――お前に、太刀の素質は」
――無い。
ハンターになる前、無常に突き付けられた現実。
その言葉にユウは、足元が瓦解するかのような錯覚を覚えた。
もしこれが、養成所の講師からの言葉であれば、落ち込むだけで済んだのかもしれない。
だが、この言葉は、他ならぬザドから告げられたものだった。
「憧れだけで、狩猟ができると思うな」
強い言葉でユウの女々しさを断ち切る。
その当時、ハンターという職業を英雄譚の延長だと思っていた。
自分に命があるように。
モンスターにもまた、命がある事実。
それを、まるで理解していなかった。
ザド。
里の長にして、至玉の太刀使い。
その名声は遠くドンドルマにすら届き、かつて王国の特命騎士団の一つを任された程。
ザドの太刀捌きは、見る者を圧倒し。
そして、魅了した。
力強く、速く。
余分を削ぎ落した一振り。
里の誰もが憧れ、誰もが目指した、カムラの英雄。
幼いユウもそれに漏れず、初めて手にしたのは太刀。
だが、現実はそんな幻想を容易く斬り裂いた。
――今、自分が握るスラッシュアックスは、ザドから譲り受けたもの。
太刀によるカウンターの練習でザドが使用していた、剣斧。
「――俺は俺で、お前はお前なんだ」
いつか、闘技場での修練の最中、ザドがくれた言葉。
ユウの瞼の裏には、ザドの動きが焼き付いている。
強い風が吹き荒れ。
視界の右半分に、タマミツネの牙が大きく映し出される。
剣モードの剣斧。
その切っ先を、僅かに下げ。
――姿勢を、低く構えた。
太刀には太刀の構えがあるように。
剣斧には、剣斧の構え、そして動き方がある。
太刀の特性は静からの攻。
なら、剣斧は?
ユウの瞳の奥。
――気焔が、爆ぜる。
低い姿勢から前転で、タマミツネの牙を躱し――。
右足を軸に、剣斧を振り抜く。
白い鱗が宙を舞う。
回避の流れのまま、刃を走らせる。
それが、剣斧本来の動き。
この一撃は、潤滑油に足を取られなかった。
先ほどとはまるで異なるユウの動きに、タマミツネが僅かに後退する。
「掴んだな! 剣斧の基礎、その極意!」
リーガルが水しぶきを上げながら、突進。
その鋭い切っ先でタマミツネの尾を穿つ。
紫毛の尾が千切れ、はじけ飛ぶ。
タマミツネが苦痛の声を上げ、のたうち回る。
高台からシェリーがタマミツネの錦ヒレを穿ち、縫い留める。
そこに笑いながらアカヌコが参上。
水面を、弧を描きながら斬り上げた。
タマミツネの喉の奥、水袋が膨れ、一気に噴き出す。
高圧のカッターのような水噴射。
それをユウが再び側転で躱す。
舞う水滴。
その先の、死線。
ユウは大きく剣斧を振りかぶり――。
タマミツネの眉間に刃を突き立てた。
絶叫が谷奥に響き渡る。
錦ヒレを引きちぎり、タマミツネはユウごと顔面を高く持ち上げる。
中空に放り出されたユウを、血走った目で睨む。
タマミツネが大きく口を開き、牙をユウへ突きつける。
頭蓋は砕いた。
それでも、来る。
翔蟲の糸で躱すのは簡単。
だが、タマミツネの最期の一撃から逃げるわけには、いかない。
駆り立てろ、狩猟本能!
ユウは剣斧を剣モードへと切り替え、翔蟲の糸を引く。
「――気焔っ!」
タマミツネの牙がユウを捉えるよりも速く。
雷鳴の如き一閃が、タマミツネの喉へと突き刺さった。
「――万丈!」
勢いのまま体重を乗せ、斬り裂く。
噴き出す血がユウを染め上げる。
熱い、体温の根幹。
血がしだれ桜のように散り、一陣の風がそれをさらう。
地面に剣斧の切っ先が届く音。
頭から倒れる泡狐竜。
ユウは消えゆく命。
それに……。
誰にも知られぬよう、眉をしかめ……。
血を、拭った。
「やったのにゃ! ユウ!」
ヌコヌコがアカメから降りて、ユウの顔に飛びつく。
「シショー! って、いで!?」
足元の潤滑油で滑って浅瀬の石に頭をぶつける。
「良い動きだったぞ、少年!」
「お疲れ様です。ユウさん」
皆がずぶ濡れのユウをのぞき込む。
「……ありがとうございます」
リーガルの手を取り、ユウが立ち上がる。
その手にポツリと雨が落ちてきた。
陽が傾きかけた空を見上げる。
湿り気を帯びた風がユウの髪をそよぐ。
木々。そして奥の竹林が騒めいている。
クエスト成功で浮かれる空気を余所に、ユウに嫌な予感がよぎる。
遠くで空気が低く震えた。
■■
「――里長ザド」
カムラに設置された病院でルルカがザドに採血の結果を手渡す。
「け、結果は陰性。……ウイルスの感染は、認められませんでした」
ザドは口を紡ぎながら、結果表に目を通すが、すぐに机に置く。
代わりに液体が入ったひょうたんを手に取り、ぐびぐびと飲みだす。
「……と、いうか何を飲んでいるんですか?」
「酒だ」
「……なぁぜ?」
ルルカの低い声に、にやりと笑みを浮かべる。
「明日会う予定のユイファ殿から頂いた」
「あ、貴方は、は、……腹を刺されたんですよ?」
ルルカの刺す視線を受け流し、最後の一滴を舌で舐め取る。
「……脳筋に理屈は通用しないのか?」
ルルカがザドに聞かれないように流暢に毒を吐く。
「しかし、残念だな」
「な、何が、……ですか?」
「その狂変ウイルスとやらに感染していれば、逆にミイの考えている事も理解できたかも、と思ってな」
「そ、……それは」
無理だ、と言いかけたところで、言葉を終える。
確かに変異型のウイルスには、ウイルス同士の意志干渉のような動きも観測された。
どこまでウイルスに支配されているかによるが、無くもない推論だった。
それとも、意図して感染させなかった?
――意図?
その違和感に、ルルカがもう一度採血表を取り出す。
ウイルス抗体検査。
それは血液中にウイルスに対する免疫があるかをチェックする。
ザドの血中には、その免疫が確認されなかった為、陰性と判断。
だが、もしウイルスが“意図して”体内へ攻撃をしないように振る舞っていたら?
考えすぎか?
――いや。
「脳筋ザド」
「……ん?」
ザドが聞き間違いか? という顔をする。
「け、検査の結果を、……保留と、いたし……ます」
「……ほう?」
「さ、採取した血液に、キュ、キュリアの毒を当ててみます」
バハリから貰った克服シャガルに寄生していたキュリア。
その毒は、宿主ではなく狂変ウイルスに反応する。
もしザドの血中に狂変ウイルスが存在しなければ、毒の成分は変わらない。
「も、もし狂変ウイルスが隠れていたら、その時は……」
毒の成分が増殖し、相対的にウイルスの存在証明となる。
――バイオマーカー。
つまり、反応による間接的な証明……。
ルルカが自身の頬をパシンと叩く。
「き、気焔万丈……!」
その言葉の響きに、疲れた身体の芯から熱が灯るようだった。
■■
金色の雷鳴が地面を焦がす。
一歩、脚を踏みしめるごとに、周囲から命の気配が消えていく。
恐れ、慄き、そして平伏。
——我ハ誰ゾ。
その問いに空気が震える。
金色の雷鳴が空気を焦がす。
草木、震える夜露がその姿を逆さに映して、滑り落ちていく。
唸り、寒心、そして粛然。
——我ハ誰ゾ。
その問いに、大地が唸る。
——汝、名ヲジンオウガ。
コノ地ノ支配者ナリヤ。
■■
――日が暮れ、キャンプ地。
濡れた装備を焚き木で乾かしながら、少しだけ豪華な食事を堪能する。
アカメとヌコヌコは相変わらずの食い意地を見せ、ユウがあわあわと困惑。
それをリーガルが豪快に笑う。
ふと、シェリーが耳に掛かった髪をかき上げながら、串に刺さった肉を摘まんだ。
――あの時。
ユウはふとシェリーが自分を庇った時の光景を思い出した。
手にした矢で、タマミツネの牙をいなした、あの瞬間。
「そういえば、弓を使うハンターって、矢も剣のように扱えるんですね」
その言葉にシェリーがピタリと止まり、リーガルがユウを見た。
「……と、申しますと?」
「あぁ、カムラでも矢のみで攻撃する手段はありますが……」
それはあくまで、接近における緊急時の、型。
「シェリーさんは、まるで刃物のように扱っていたな、と思いまして」
パチパチと焚き木が弾ける音がする。
アカメとヌコヌコは肉に夢中。
テントの外では虫たちの、鳴き声。
「……よく、見ていましたね」
「あの時はありがとうございました」
シェリーの右手がユウたちに気付かれないまま腰へと伸びる。
――そして。
「シェリー」
リーガルの言葉にハッとする。
「少年は、お礼を言ったんだぞ」
シェリーは瞬きをし、小さく咳をした。
「……いえ。当然の事をしたまでです」
その言葉に、ユウは屈託のない笑顔をシェリーに向けた。
突如の閃光。
そして雷鳴がキャンプ地に届き、
獣の咆哮が大社跡に響き渡る。
「――来たか」
リーガルの一言に、全員の目つきがハンターのものへと変わる。
水で食事を胃へと押し込み、乾いた装備を整える。
腕の装備を付けている時。
ユウは僅かに自分の手が冷たく、震えている事に気付いた。
だが、リーガルの分厚い手が、それを覆う。
「……決着の時だ」
その眼差し。
その言葉に、ユウの全身に鳥肌が立つ。
「ユウさん」
「ユウ」
「わん」
そうだ。
今は、一人ではない。
そう思った瞬間、手の冷たさは熱を帯び。
腹の底から、力が沸いてくるようだった。
ユウは大きく息を吸い込み、
「行きましょう!」
その気迫に全員が頷く。
雷鳴により隔たれた姉弟の運命。
残酷なまでに正しい円環の流れの中。
――宿牙の時、来たる。