モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「――団長!?」
シェリーの声が月下の大社跡に響き渡る。
シェリーは瓦礫の中のリーガルを助け出そうとする。
だが高台のジンオウガの咆哮に足が止まり、やむを得ず踵を返す。
金色のジンオウガが岩場を伝い、雷光の如き速さでユウへと迫り――。
その巨大な右腕を振るう。
直後の烈風。
雷を纏い、空気を裂く爪を、ユウは咄嗟に引いた翔蟲の糸で倒れるように躱す。
焼け焦げる地面にはくっきりと爪の跡。
空気が焼けた臭いが鼻をつく。
文字通り、間一髪だった事にユウは息を呑んだ。
こんなのは序の口だ、とでも言うように低い唸り声を上げる。
遠くで岩場が崩れる音がした。
先ほどまで金色のジンオウガがいた岩場が瓦解していく。
それだけで、このジンオウガの異常な程の脚力を物語っていた。
アカヌコとシェリーがユウの加勢に入ろうとする。
だが、それを二頭のジンオウガに阻む。
「ユウさん!」
シェリーが弓を番えながら、周囲を警戒。
そして理解する。
今ユウを睨んでいるのは、この森の王。
ヌシ・ジンオウガ。
――またの名を金雷公。
ヌシ・ジンオウガは、近くの岩を踏みつけるように砕き、破片をユウへ振るう。
無数の投石は、ユウの右目の僅か上、左肩、右脇腹に直撃。
痛みと衝撃で右膝が地に付く。
視界がチラつく。
ヌシ・ジンオウガの爪がユウを引き裂く瞬間、翔蟲がユウに体当たりをして再び攻撃を避ける。
アカヌコが閃光玉で三頭のジンオウガの視界を阻み、ユウを助けようとする。
だが、ヌシ・ジンオウガから発せられる圧に、アカメの脚が止まった。
無理もない。
既にアカメの脚は震えており、自身の髭も恐怖でへたっている。
ユウは地面に倒れた衝撃で視界を取り戻した。
すがるように左手を伸ばし、翔蟲の糸を引いて距離を取った。
ヌシ・ジンオウガによる身震いするほどの咆哮。
辺り一帯に告げる絶対の死が、全身を恐怖で凍り付かせる。
ヌシ・ジンオウガが身体を反転。
強靭な尾による叩き。
それを横転しながら回避。
だが、顔を上げたユウの眼前には黄金に輝く、爪。
思わず、息が止まる。
ユウは咄嗟にヌシ・ジンオウガの脇を前転でくぐり抜け、剣斧を構える。
胴に狙いを付け、斧モードで――。
だが、反対側の爪にも雷光虫が集中。
それを視界で捉えたユウは。剣斧を剣モードへと切り替える。
斧の刃が手元に来る事で、物理的に振り抜きを早め、回避行動をとる。
それすらも読んでいたのか、更なる追撃の爪がユウを迫る。
回避は間に合わない。
神々しいまでの雷光。
その御姿に、魂が平伏思想になる。
大きな爪だ。
鋭い牙だ。
お前は。
――そんなもので、ミイを襲ったのか!
ユウは右足を踏み込み、剣の切っ先を振るう爪へと突き立てた。
剣斧がヌシ・ジンオウガの手の甲を貫く。
強く、固い肉質が刃を通して身体の芯で感じる。
全身に巨大な圧がのしかかる。
ヌシ・ジンオウガはユウをそのまま押し潰そうとしていた。
それを、歯を食いしばり、人間の身体で耐える。
ユウの身体がふわりと浮く。
ヌシ・ジンオウガは後ろ脚で立ち上がり。
全体重を懸けてユウを潰しに掛かった。
直後、ヌシ・ジンオウガの背中に矢が突き刺さる。
巨体が苦痛でよじれ、圧が軽くなった隙をついてユウが剣斧を引き抜く。
ユウは倒れるように着地。
立ち上がろうとするが、眩暈がする。
無理もない。
あの巨体の圧を一時的にでも耐えきったのだ。
揺れる視界は、脳に血液が届かない事を実感させる。
必死の思いで翔蟲の糸を引いて距離を取る。
だが、思っていた以上に力が入らず、途中ですっぽ抜けてしまった。
仲間とも中途半端な位置で、ユウは寝そべるように倒れ込んだ。
そこへアカヌコと交戦していた大きなジンオウガがユウへと迫る。
「しまったにゃ!」
アカヌコがジンオウガを追おうとするが、体格が小さい個体に阻まれる。
「そこを、……どくのにゃあ!」
ヌコヌコはいぶし銀の剣を振るう。
比較的若い個体なのだろう。
体格が小さいジンオウガが青い雷撃を放ち、行く手を阻む。
シェリーも別のジンオウガの相手をしながら、アカヌコの援護をする。
だが、ユウの援護までは――。
「ユウさん!」
大きなジンオウガが大口を開ける。
零れたよだれが、ユウの顔へと垂れ落ちた。
直後、金色の雷光が、大きなジンオウガの頭部を。
噛み砕いた。
その異常な光景に、全員が目を見開く。
何が起きた?
だが、これは。
助け、などではない。
――処刑だ。
王の狩場を荒らす不届きものを。
王自ら処刑する。
断末魔すら上げずに絶命する、大きなジンオウガ。
それを、威を示さんばかりの咆哮と雷撃で吹き飛ばす。
その声に反応するかのように、森の奥から獣の息遣いが聞こえてきた。
四頭目。
そして、五頭目とジンオウガが集まり出す。
本来なら絶対にあり得ぬ光景。
「こ、これが、変異型ウイルスの効果……なのか?」
シェリーの絶望が喉をつく。
同種のアカメも、恐怖からの疲弊が見え、跨るヌコヌコにも剣先が震えている。
一頭一頭は下位程度か、上位。
シェリーの力量でも二頭までなら問題ない。
だが、リーガルの無事も確認取れず。
マスターランクのヌシ・ジンオウガを、下位のユウが相手をしている。
それを面倒見ながら、捌ききるのは、どうやっても至難。
どうする?
どうする!?
背後の竹林の奥。
そして、崖。
轟く雷鳴が、更なる群れを増やしていく。
「一体、何頭出てくるんだっ!?」
シェリーの怒号が無情な月夜に響き渡る。
青群の雷狼たちが、下卑た笑みを浮かべながら、王の狩りを見守るようだった。
シェリーの叫び声をあざ笑うように、一頭のジンオウガが襲い掛かる。
弓を番える手がピタリと止まる。
今、ここで矢を放ったら。
背後にいる別のジンオウガが襲い掛かってくるだろう。
アカヌコは、雷狼の爪を剣でつば迫り合いをしている。
ユウは気を失っている。
ヌシ・ジンオウガは、自分たちの顛末を見届けようと、こちらを見ているだけ。
詰みだ。
クエストは失敗し、全滅のシナリオが脳裏をよぎる。
――ならば。
シェリーの瞳が冷たく淀む。
ならば、自分の命を最優先すべきだろう。
ユウとアカヌコには悪いが、自分にはやらねばならぬ事がある。
迫りくるジンオウガへ矢を放ち、翔蟲の糸でこの場を去る。
その後、リーガルを救出し、大社跡には一切近づかないようにする。
簡単な事だ。
大儀の為に小事を切り捨てる。
そんな事、どこにでも落ちている話だ。
やれる。
自分なら、やれる。
死ねない理由が、あるのだから。
「あああああ!」
自分でも理解しえぬ、絶叫。
頭では理解している。
だが、身体は真逆の行動をしていた。
矢を放ち、翔蟲の糸で後方へ、地面を滑るように跳躍。
地に倒れ込みながら、後ろから迫っていたジンオウガの眉間を穿つ。
ジンオウガの頭蓋は巨体に比べて小さい。
矢による一撃で脳を貫かれ、即死。
だが、迫りくるジンオウガは角で弾き返し、シェリーへの顔前に肉薄する。
矢を番える暇もない。
ならば、矢自体を刃として――。
――シェリーさんは、まるで刃物のように扱っていたな、と思いまして。
ふとユウの言葉が呼び起こされる。
その言葉は、自分の『正体の半分』を言い当てるもの。
刹那の逡巡。
矢を、落とした。
致命的な、ミス。
今から矢を取り出しても、間に合わない。
死。
――を、覚悟した獲物を前にジンオウガが飛び掛かる。
その瞬間、一筋の閃光がジンオウガの首を貫き、衝撃で喉を顎ごと粉砕する。
音が鳴り止む。
その後、地響きを鳴らしながらジンオウガが倒れる。
そこには、見慣れたランスが突き刺さっていた。
森の奥から、人間の足音聞こえる。
草木を踏みしめる音がするたびに力強い圧を感じる。
得体の知れない雰囲気に、周囲のジンオウガたちが最大級の警戒をする。
笑い声。
豪快な笑い声は、この場この時において、何よりも頼もしさを感じさせた。
月明かりが、その者の正体を晒す。
そこには、砕けた鎧を破棄し、上半身が裸の男。
大剣を担ぐリーガルが闇から姿を現した。
「リヒャ……、団長!」
「はーっはっはっは! よく持ちこたえたな、シェリー」
リーガルから発せられる圧に、ジンオウガたちが後ずさりをする。
それを見たヌシ・ジンオウガが低く唸り、王の苛立ちに焦った群れがリーガルへ視線を戻す。
場の視線が自身に集中した事を感じたリーガルが閃光玉を投げつける。
爆ぜた光にヌシ・ジンオウガまでもが目を眩ませる。
その光にユウが目を覚ました。
ヌシ・ジンオウガの隙をついて翔蟲の糸を引き跳躍。
リーガルの下へとたどり着く。
「少年も、よく耐えたな! ……あとは俺が」
リーガルが大剣の切っ先をヌシ・ジンオウガへと向ける。
「――ダメです!」
ユウから発せられた意外な言葉。
リーガルが面を食らった。
「こいつは、僕を狙っています。何より」
ユウが息を吸い込み、荒々しく吐き出す。
「……こいつは、僕の獲物です」
剣斧を握りしめる音がリーガルへ届く。
怒り、それ以上の感情がユウの背中から感じた。
「ユウさん! 今のあなたでは実力差がありすぎます!」
「そうにゃ、ユウ! お前らしくないのにゃ!」
「――だとしても!」
ユウの叫びにも似た言葉に周囲が押し黙る。
皆の優しさを遮り、気迫とともに剣斧の切っ先を王へと向ける。
「こいつは、僕がやらないと、ダメなんです!」
その瞳には、決意。
そして焦燥。
だが、揺るぎない覚悟に満ちていた。
「蛮勇と英雄は紙一重だぞ。……勝算は?」
「……あります」
僅かに震えている肩。
そう言いながら、ヌシ・ジンオウガを睨み続ける。
リーガルは心の中で、
嘘が下手なのはザド譲りか。
そう思い、ユウと、ヌシ・ジンオウガから背を向ける。
「団長!?」
「少年! キミを信じる!」
シェリーの言葉を遮り、リーガルがユウから離れる。
「やれるんだろ? ……ユウ」
リーガルが自分の名前を呼んだ。
たったそれだけ。
だが、たったそれだけで全身に力がみなぎっていく。
「――さぁ、征ってこい! 己の宿命の牙に、決着を付けてこい!」