モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ三

 

「やれるんだろ? ……ユウ」

 

 その一言に、ユウは目を見開き、そしてリーガルの顔を見る。

 

 険しい、表情だった。

 

 不安。期待。そして、信頼。

 

 リーガルはエルガドの特命騎士団の団長。

 かつて自分が目標とするザドと肩を並べて戦ったという猛者。

 

 そんな男が、まだまだ下位である自分に、一つの戦場を託す判断をした。

 

 端から見たら狂気の沙汰。

 あるいは死地へ送り出す愚行。

 

 だが、リーガルはこれまでの因縁を汲んでくれた。

 

 勝算が無い事はバレているだろう。

 だが、今、自分が持つ武器はマスターランクのザドの剣斧。

 そして身体に宿るのは、その技術。

 

 やる。

 やってやる。

 心臓が高鳴り、先ほどまでの痛みが気合へと塗り替わっていく。

 

「――さぁ、征ってこい! 己の宿命の牙に、決着を付けてこい!」

 

 その一言に全身が震える。

 

 ユウは、大きく息を吸い込み、肺で止め――。

 

「はい!」

 

 そう大きく返事をした。

 

「付いてこい! こっちだ!」

 

 ユウは森の奥へと駆けだし、翔蟲の糸で跳躍。

 そのまま夜の闇夜へと消え、ヌシ・ジンオウガもそれに続いた。

 

 ハンターの狩場。

 それを示すは、己か獲物か。

 

 ユウの後方で木々がなぎ倒される音が近づく。

 

「よほど僕を仕留めたいんだな。……でも」

 

 それは、僕も同じだ。

 

 森を抜け、たどり着いた先は朽ちた五重塔がある大きな水たまり。

 滝から流れる水が一時的に滞留する場所。

 比較的浅瀬ではあるが、周囲を高い岩々で囲まれている事から常に湿気で淀む。

 

 陰湿な空気にカビの臭いに鋭い嗅覚が僅かに鈍る。

 

 ユウの匂いはする。

 だが、姿は見えない。

 

 ヌシ・ジンオウガは歩みを止め、周囲を警戒するように低く唸り声を上げる。

 ふと視界に、見慣れぬもの見つけた。

 

 異物。違和感。そして、異常。

 

 ここは自分の縄張りだ。

 それを侵した者に罰を。

 

 ヌシ・ジンオウガはその異物の前に立ち、巨木のような腕を振るう。

 それは、ハンターが仕掛けた落とし穴。

 その奥には三匹の毒ガスガエルがいた。

 

 小賢しい。

 

 とでもいうかのように、落とし穴へ金色の落雷を落とす。

 焦げた臭いの奥で、ハンターの匂いを見つけた。

 

 それは、この先の五重塔のへと続いている。

 

 ――一方、塔内部。

 ユウは暗がりの中で朽ちかけた柱に背を預けていた。

 逸る気持ちを落ち着けるように、小さく、細く呼吸をする。

 

 闇。

 その空気を通じて、ヌシ・ジンオウガの気配が近づいてくるのが解る。

 

 ハンターの戦術は狩るだけではない。

 罠を用い、待ち伏せも手段の一つ。

 

 時間すら、味方に付ける。

 

 ヌシ・ジンオウガは仄暗く戸を開ける塔の入り口。

 その先に感じるユウの気配を睨み、一歩、足を踏み入れた。

 

 あと少し。

 あと一歩、足を踏み入れたら、マキムシによる隙が生まれる。

 そこを、……断つ。

 

 武器を持つ手に力が入る。

 

 だが、ヌシ・ジンオウガはその直前で立ち止まり。

 大きく息を吸い込んだ。

 

 咆哮。

 そして、金色の雷撃が建物全体を崩落させる。

 下部が光に包まれ、直後に轟雷。

 

 そんな!?

 

 喉まで上がった声を噛み殺す。

 雷撃が、上階にいたユウ足場ごと崩した。

 

 ユウの剣斧がヌシ・ジンオウガの視界に映る。

 

 ――そこか。

 

 ヌシ・ジンオウガは飛び掛かり、雷光を纏った爪を振るった。

 

 だが、そこにあったのは剣斧のみ。

 

 弾かれ、瓦礫に突き刺さる音がヌシ・ジンオウガの耳を劈く。

 

 困惑。

 

 次の瞬間、左目に激痛が走る。

 

 剣斧を手放し、クナイを手にしたユウがヌシ・ジンオウガの頭に飛びつき――。

 

 その左目にクナイを突き刺していた。

 

 クナイを奥へ奥へと穿つ。

 

 ユウを振りほどく為にヌシ・ジンオウガが雷撃を放つ。

 雷撃が来る事を肌先で感じたユウが咄嗟にクナイから手を離し、瓦礫へと着地。

 

 放電の一部がクナイへと還り。

 ヌシ・ジンオウガの頭蓋を直撃した。

 

 瓦礫に突き刺さった剣斧を引き抜く。

 だが、思っていた以上に力が入らない。

 そこでようやく、躱したと思っていた雷撃を僅かに喰らっていた事に気付いた。

 

 左腕を右手で支えながら剣斧を引き抜く。

 

 対してヌシ・ジンオウガも、左目のクナイが抜けない以上、今までのように放電する訳にはいかない。

 

 でも。

 ――だからどうした?

 

 ヌシ・ジンオウガはまるでそう言うように、低く唸り、両爪へ帯電を開始する。

 左目から流れる自らの血を舐め取り、再び大きな咆哮を上げる。

 

 風が吹き荒れ、空には月一つ。

 

 それを裂くような一筋の光が弧を描く。

 

 ヌシ・ジンオウガの雷光が水面を穿ち、爆ぜる。

 ユウはヌシ・ジンオウガの一撃を回避しながら、水柱ごと巨木のような腕を断つ。

 

 浅い。

 でも、入る。

 

 金属と爪がかち合う音が谷底に響き渡る。

 ヌシ・ジンオウガの爪を寸前で回避し、流れを掴み反撃へ転ずる。

 

 舞う水滴は月を取り込み、雷爪に引き裂かれる。

 

 ユウは滑り込むようにそれを避け、斧モードで反撃。

 

 それを王が跳躍で躱し、一旦距離を取る。

 

 肩で息をする。

 だが、生き残る為の。

 狩る為の集中力が高まっていく。

 

 浅瀬に映る月が乱れる。

 水面に乱れた影が映るたび、両者は同じ攻防を繰り返す。

 王とハンターとの闘いが熾烈を極める。

 

 当たる。でも届かない。

 圧倒する。だが当たらない。

 

 両者の中に苛立ち。

 それ以上に、形容しがたい一体感すら生まれつつある。

 

 憎いのに。

 だが根本で通じてしまう。

 そんな、違和感。

 

 風が淀んだ空気を入れ替える。

 

 響く狩りの音。

 

 ヌシ・ジンオウガが投げるように爪を振るう。

 ユウがすくい上げるように、下段から剣斧を振るう。

 

 ユウは咄嗟に剣モードへと移行し、攻撃の軌道を変えながら、左足を軸に反転。

 

 ヌシ・ジンオウガの爪を避けながら、再度斧モードへと移行させ。

 遠心力で王の脇腹を斬り裂いた。

 

 初めて、王が後退する。

 

 大口を開け、唸りとも言えない声を荒げる。

 

 やれる。

 そう思い、勇み足になった瞬間。

 ユウの足元にいくつもの光が迸る。

 

 ヌシ・ジンオウガが事前に設置していた――罠。

 

 雷光虫が放電。

 その直撃を受ける。

 

「――がぁ!?」

 

 全身が焼け、痺れで指すら動かない。

 

 ヌシ・ジンオウガはゆっくりと近づき、ユウの身体を。

 

 ――踏みつぶした。

 

 だが、そこにユウの身体は無く、ばしゃりと水が落ちるのみ。

 

 一匹の翔蟲が、ユウの身体を引っ張りだしていた。

 

 風が王を通り過ぎる。

 こいつは、自然に愛されているとでも言うのか。

 

 そんな苛立ちが、空気を染め上げる。

 

 ――我ハ、誰ゾ。

 

 空虚な問いにヌシ・ジンオウガの動きが止まる。

 水面に映る自身を見る。

 

 水面が揺れる。

 ユウが剣斧で身体を支えながら、立ち上がった。

 

 左目がうずく。

 あの日、左角を砕いた因縁。

 

 ヌシ・ジンオウガが遠吠えを上げる。

 

 それは月まで届く――。

 月下雷鳴。

 

 王の呼び声に、ユウの全身が震える。

 恐怖、ではない。

 

 自然の驚異、その化身が自身を認めている。

 対等な敵だと認識している。

 

 それが理解でき、恐怖以上に敬意が勝る。

 

 自然の王に、応えるには。

 

 狩るしか、無い。

 血反吐、泥にまみれ戦う事こそ、礼儀。

 

 そう思った瞬間、再び眼前に水柱が上がり視界を遮る。

 

 剣斧を構える手に力が入る。

 

 右か。

 左か。

 どちらから攻撃が来る?

 

 ユウの右腹に衝撃が走る。

 強靭な尾による薙ぎ払い。

 

 それを実感する頃には、既にユウの身体は水面を弾くように吹き飛ばされていた。

 

 谷へと落ちる。

 下層へと投げ出され、藪の中へと突っ込む。

 重なる藪が衝撃を和らげてくれたのだろう。

 

 どうにか受け身を取ったが、全身が悲鳴を上げていた。

 

「……ここは?」

 

 口に入った砂利を吐き出し、周囲を見回す。

 

 日中にタマミツネを狩猟した場所だった

 タマミツネの死骸は既に、ギルドによって運ばれた後。

 だが、リーガルが吹き飛ばした尾が近くに転がっていた。

 

 おそらく藪付近だった為、回収し損ねたのだろう。

 

 立ち上がるユウの足に、固い何かが触れる。

 

「これって、――まさか」

 

 見上げるほどの高さから、金雷公が地響きと共に降り立つ。

 

 その瞬間、虫の音は止み、ガーヴァも飛び起き、この場から去る。

 

 雷光虫のさざめきが、王の威を示す。

 

 居並ぶ者は総じて伏せよ。

 異を唱える者には罰を。

 

 雷公、等しく死を司る獣の王。

 

 浅瀬の岸で、ユウが武器を構える。

 

 脳裏に焼き付くのは、ザド。

 いつかの修練の時、ザドが太刀でやっていた武器の切っ先を水平にする構え。

 

 それよりも間合いを読ませないように、身体を傾け更に奥へと切っ先を向ける。

 

 全身が軋みを上げている。

 体力も限界に近い。

 

 ふと、ヌシ・ジンオウガの歩みが僅かに定まっていない事に気付いた。

 

 見えない左側に意識を集中している為か、失血による眩暈か。

 

 ユウが呼吸を、細く。

 そして深く吸い込む。

 

 自分もあいつも。

 決死なのだと理解する。

 

 己の宿牙を、乗り越えるために。

 

 風が草木を揺らす。

 細かく波紋を穿ち、乱れる月。

 

 空が白む。

 黒が次第に力を失い、まるで夕刻のような強い赤が闇を押し返す。

 

「……決着をつけよう」

 

 その言葉にヌシ・ジンオウガがユウを睨む。

 

「僕たちは、互いが互いの、――死神だ」

 

 ユウの言葉を理解したのだろう。

 ヌシ・ジンオウガが身を逸らしながら、遠吠えのような声を上げる。

 

 ――我ハ誰ゾ。

 

 我ハ誰ゾ。

 

 名ヲ呼ビ奉レ。

 名ヲ呼ビ平伏セ。

 

 我ハ。

 

 我ハ神ナリ。

 我ハ牙ノ王。

 

 即チ――。

 

 金の雷光が川辺を蹴る。

 王の圧倒的な圧を前に、ユウが息を呑む。

 

 決着の時を、星が――刻む。

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