モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――思えば。
自分たちの因縁はいつからだったのだろうか。
ミイを傷つけられた時?
リオレウスの死骸を見つけた日?
いや、違う。
もっと。
もっともっと前から決められていたのかもしれない。
きっと自分たちの争いは、生まれた瞬間に定まっていた。
星が巡るように。
生死が流転するように。
どうやっても、どう生まれても。
必ずこうなる運命を宿した魂。
――それは円環という大きな流れの中。
自分も、こいつも。
大きな自然の一粒、なのだから。
■■
ヌシ・ジンオウガが身をよじらせながら、ユウへと襲い掛かる。
爪には特大の雷撃。
全ての雷を集中させている事が見て取れる。
一手、ミスをすれば、死。
ユウの集中力が高まる。
――あの時、リーガルはどうやっていた?
ユウの脳裏に、リーガルの姿が思い浮かぶ。
ユウは手にした武器――ランスを足元に突き刺し。
翔蟲の糸を手繰り、後方へ跳躍。
岩場に刺した剣斧を引き抜く。
空振りしたヌシ・ジンオウガの爪が、ユウの居た足元に触れた瞬間――。
金色の光が水面を伝い、地面に吸い込まれるように消えていった。
ユウが藪の茂みの中で見つけた錆付いたランス。
それは、かつてリオレウスの死骸に突き刺さっていた、因縁のランス。
あの日、リオレウスの死骸ごと消えたランスは、このジンオウガによりこの場所へと運び込まれた。
骨は餌に、そしてランスは縄張りの象徴として残置された、――名残。
そして、ランスを突き刺した場所は、水たまり。
タマミツネの潤滑油と川の水が入り混じり、澱んでいた場所。
そこへ錆びたランスを突き刺した事でアースとなり、ヌシ・ジンオウガの帯電を。
その力を根こそぎ大地へと流した。
白む空に光を失いつつある月。
その下で、両者の視線がぶつかる。
一方は執念。
一方は憤怒。
ヌシ・ジンオウガの呼吸にユウも合わせ、細くしていく。
雷鳴は遠く。
今、目の前にあるのは、自然の脅威。
ミイの顔が浮かぶ。
自分は、カムラの英雄たちのように強くはない。
でも。
だからこそ、生き残る為に、ありったけを用いる。
過去の因縁すらも、己の糧とする。
ユウを睨む、ヌシ・ジンオウガの目。
忌々しいものを見る目は、いつかの夜を想起させる。
だが、それは自分も同じだ。
次で、終わらせよう。
自分たちを巡る、円環に終止符を。
駆り立てろ。
逸る気持ちがそう叫ぶ。
高鳴なる心臓。
だが、頭は不思議と冷静だった。
まだ僅かに痺れが残る手で剣モードへと移行。
自然と身体が。
無意識に、それに応じた構えを取る。
属性充填カウンター。
その構えにヌシ・ジンオウガの警戒が、緊張と共にユウへと伝わる。
ヌシ・ジンオウガの唸り声。
震える空気。
草木、獣、川辺の臭い。
風の流れ。
星々の瞬き。
夜の終わりのイブシ。
明けの明星ナルハタ。
その全てがユウの全身を目覚めさせる。
――駆り立てろ。狩猟本能。
「来いっ!」
そこ言葉に水しぶきが上がる。
ヌシ・ジンオウガの強靭な後ろ脚が水底を蹴り上げた。
その瞬間、ユウは自分の目を疑う。
ヌシ・ジンオウガが頭蓋への電流を覚悟に帯電し始めた。
だが、それは金色ではなく、通常の雷光虫による青。
舞う水滴。
青雷が空気を焼き進む。
同時に頭蓋へと還る雷光。
開けた大口から稲妻が迸る。
――決死。
駆り立てられるがまま、死を賭した狩猟本能。
その体現。
ユウは右足を強く踏み込み。
――雷撃を纏った爪。
そこに。
剣斧の切っ先を、合わせた。
地面にめり込むような圧は、以前の比ではない。
駆り立てろ。
生きる為に。
圧壊しそうな身体が悲鳴を上げる。
軸足を僅かにひねり、腰へと伝達させる。
駆り立てろ。
大切な、家族の為に。
ヌシ・ジンオウガが更なる圧を加える。
ユウの口からうめき声が上がる。
始めは小さく。
だが、次第に大きく。
ヌシ・ジンオウガの咆哮と、ユウの咆哮が、重なる。
駆り立てろ!
狩猟本能!
強大な圧を流しきり、静寂の刹那――。
剣斧を、振り抜いた。
ユウたちを中心に烈風が周囲に吹き荒れる。
舞う木の葉が月に重なる時。
ユウは翔蟲の糸を引き、跳躍。
空中で身をよじり、突き刺したクナイを握る。
零距離解放――。
だが、ヌシ・ジンオウガはユウごと頭を地面に叩きつけ。
その衝撃でクナイが目から抜ける。
舞う血。
舞う、ユウの身体。
それを巨大な腕が、地面へと押し込むように叩きつけた。
全身を強打し、一瞬意識が飛ぶ。
ユウの顔前に、血走ったヌシ・ジンオウガの瞳。
どこから食ってやろうか。
小賢しい頭か。
いや、その忌々しい武器を握る腕か。
いいや、腹だ!
ユウの腹部に雷撃を纏った牙が食い込む。
全身を貫く激痛に、悲鳴にも似た声を上げる。
雷の獣が、笑みを浮かべているようだった。
電流が脳内をかき乱す。
関係ない景色。
思い出が脳裏を掠めては消えていく。
身体が硬直していく。
もう、ダメか。
意識が遠のく、その瞬間。
ヌシ・ジンオウガの左目が噴血。
電撃も、牙も。
その全てが、停止した。
ここだ!
意識を取り戻したユウは、血流れる左目に臨界寸前の剣斧を突き刺す。
「――気焔、万丈!」
属性解放――フィニッシュ。
臨界を超えたビンが砕け、衝撃で剣斧本体を引き裂いていく。
超高圧縮された衝撃の解放。
それにより、ヌシ・ジンオウガの頭蓋――。
その、左半分を消し飛ばした。
耳鳴りが響く。
周囲を覆っていた熱が急激に冷めていく。
「……やった、……のか?」
破砕した剣斧から立ち上る煙が風に流されていく。
剣斧を持つ力が失せ、ガランと地面に落とした。
ヌシ・ジンオウガは、動かなかった。
下から這い出るようにその場を離れる。
狩猟、……成功。
そう思った途端、全身から気力が抜けてくる。
剣斧も、壊れてしまった。
噛まれた腹部に激痛が走る。
いや、それだけではない。
全身も雷撃による火傷状態だ。
装備を外して患部を見る。
ヌシ・ジンオウガの雷撃が、噛み付きと同時に傷口を焼いていたのだろう。
思っている以上に出血はしていない。
ユウは壊れた防具を破棄。
ポーチから狂走薬を取り出し、痛み止めと混ぜて一気に喉へと流し込む。
ここで出来る応急処置は限られている。
早くどこかで身体を休めなければ。
少し行ったところにあるサブキャンプ地を思い出し、そこを目指す。
「そうだ……。僕の武器は……」
ふらつく身体で剣斧を手に取る。
ザドから貰ったスラッシュアックス。
機工の半分が吹き飛んでしまっていた。
耐久限界を超え、死に絶えた相棒を腰に差す。
行かなくては。
生き残る為に。
岩で身体を支えながら立ち上がり、歩き出す。
奥から足音が聞こえる。
リーガルたちだろうか。
だが、そこに現れたのは傷ついたジンオウガ。
リーガルたちから逃げおおせた個体だった。
ユウは浅く息を吐き出す。
身体も支えきれなくなり、岩に寄りかかるように座り込む。
ユウに気付いたジンオウガが真っすぐ歩いてくる。
ユウは剣斧を取り出し、ジンオウガへと向ける。
刃は、無い。
ここまでか。
悔いなら、ある。
それもたくさん。
ミイを、人として死なせてあげたい。
……そんなんじゃない。
そんな、ハンターらしい考えは、今はいらない。
ミイを、助けてあげたい。
指から力が抜け、壊れた鉄塊が小さな音を立てて地面に落ちる。
遅れて肩からも力が入らなくなった。
ミイ。
ミイとユクモの温泉まんじゅうを食べて。
そういえば、温泉たまごも外せない。
他に、やりたい事。
ミイと。
…………ミイと。
疲労感で瞼が閉じかける。
ふと、誰かの瞳を思い出した。
吸い込まれそうなほどの。
――緑色の、瞳。
ジンオウガが大きな口を開き、よだれを垂らしながらユウへと迫る。
牙が、ユウの赤い髪に触れた瞬間。
金色の雷撃が、ジンオウガを焼き貫いた。
轟音と共に、倒れるジンオウガ。
何が起こった?
そう思い、振り返る。
そこには、ヌシ・ジンオウガが。
残った右半分の顔で、ユウを見ていた。
痛む腹部を抱えながら、王を見る。
「……どうして?」
だが、その瞳は動く事は無く――。
立ったまま、絶命していた。
遠く、ユウの耳に雷鳴の残響が木霊する。
我ハ誰ゾ。
我ハ、誰ゾ?
「お前は……」
我ガ名ハ……。
「お前は、ジンオウガ。……僕の、宿敵。そして、この自然の、……王だ」
耳鳴りに応えるように、ユウが小さく呟く。
我ハ……。
それを最期に。
ユウの耳に、二度と。
雷鳴が響くことは無かった。