モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ五

 巨大な刃がジンオウガの頸椎を砕く音が響き渡る。

 リーガルの手に、黒く、そして鈍い感触が伝わり。

 それが、命を絶ったものだと実感する。

 

「……これで最後か?」

 

 大剣を引き抜き、肩で担ぐ。

 滴る血からは、まだ湯気が立ち上っていた。

 

 感染個体。

 その数、大小合わせて二十三体。

 

 カムラ管轄だけではない。

 おそらくユクモのジンオウガも混ざっているのだろう。

 

 区域全土のジンオウガを狩り尽くしてしまったのではないか。

 そう思えるほどの数に、さすがのリーガルも疲労の色を隠せないでいた。

 

「おーい。みんな無事か?」

 

 大剣を地面に突き刺し、近くの岩場に腰を落とす。

 

「団長」

 

 シェリーが右の肘を左手で押さえながら、リーガルへ近づく。

 リーガルに近づきながら右手で持っていたランスを手放す。

 ガランという音が木の葉のさざめきに消えていく。

 

 おそらく矢が尽きた後、ランスを使って戦っていたのだろう。

 シェリーの頬にはジンオウガの返り血が付着していた。

 

「こちらは問題ありません。……ですが」

 

 その言葉にリーガルに緊張が走った。

 

「ヌコヌコたちはどうした?」

 

 シェリーが視線でヌコヌコを指し、リーガルがそれを追った。

 その先には、倒れているヌコヌコの姿があった。

 

「ヌコヌコ!」

 

 名を呼びながら、急いで駆け寄る。

 

「大丈夫か! おい!」

 

 そう言いながらヌコヌコの小さな身体を抱き寄せる。

 ヌコヌコは僅かに目を開け、リーガルを見る。

 

「お……俺は、戦ったの、にゃ」

「ああ。よく頑張った」

「ユ……ユウに伝えて、……ほしいの、にゃ」

 

 ヌコヌコが右手をゆっくりと持ち上げ、リーガルがそれを力強く掴む。

 

「お見舞いは、ドスキレアジの刺身がいいの、にゃ。あと、うさ団子はゴマで頼むの、にゃ」

「…………ん?」

「俺は、全身全霊で戦ったの、にゃ……。ぐふぅ」

 

 風が吹く。

 

「……冗談みたいに気絶しましたね」

 

 シェリーの冷ややかな目が寝ているヌコヌコを見る。

 

「私も先ほど安否を確認しましたが。……私にはこんがり肉を要求していました」

「……ふむ」

 

 ハナ提灯を出し始めたヌコヌコを地面に置く。

 そこへアカメが鼻を近づける。

 くしゃみにより、鼻水がヌコヌコに掛かった。

 

 リーガルは両手を腰に添え、上を見上げる。

 そこには明るい空。

 

 アカメは、何かアレルギーでもあるのだろうか。

 と、どうでもいい事を思った。

 

「……俺はこれからユウの加勢に向かう。お前はヌコヌコたちを安静できる場所へ連れて行ってくれ」

「ですが……」

 

 シェリーが言いかけたところで立ち止まる。

 

 矢も尽き、手に持つのはランスのみ。

 今の装備では、リーガルの足手まといになりかねない。

 

 シェリーが悔しそうに口を紡ぐ。

 リーガルはシェリーの肩に手を置き、その場を去ろうとする。

 

 遠く、金色の雷が地を焼く音がした。

 

 リーガルが大剣を引きずりながら、音が聞こえた方へと歩みを進める。

 

 ――その時。

 

 何かの気配を感じ、リーガルが足を止めた。

 数秒遅れてシェリーがリーガルと同じ方向を見る。

 

 だがそれよりも早く――。

 轟音と共に、地面を削りながら紫炎纏う巨躯が現れた。

 

 紫燃ゆる、四足の牙獣。

 尾折れのマガイマド。

 

 シェリーがリーガルを庇うように立ちはだかる。

 だが、リーガルは大剣を肩に担ぎ、腰に手を当てるだけ。

 

 ――二人の前に、小さな人影が軽やかに立つ。

 

 混沌総べしヒトガタ。

 

 リーガルはそう言いかけたところで、咳払いをする。

 

「やあ。初めまして。マガイマドの姫君よ」

 

 ランスを構えようとするシェリーを片手で制し、相手の出方を伺う。

 

「キミがここに来たという事は……」

 

 ユウは――。

 

「……勝ったよ。貴方の予想通りにね。……立派だった」

 

 そう言ってヒトガタが胸に手を当てて俯く。

 

「それは僥倖だ。やはり俺の狙い通り、キミの弟は良いハンターだ」

「そうね」

 

 シェリーがリーガルを少しいぶかしげに睨む。

 勝敗がどっちになろうとも問題ない言葉を選びながらの会話。

 背中越しでも分かる安堵をシェリーは見抜いていた。

 

 黒いフードのような被りもの越しで、表情は読み取りづらい。

 

 更に首元は黒いマフラーのような帯で覆われており――。

 ザドから聞いていたミイの装いとは大分印象が変わっていた。

 

「でも、あの子も重症だから、早く助けてあげて。……あそこのサブキャンプを目指しているから」

「分かった」

 リーガルが短く、切るように頷く。

 

「それで、もう一つ。……要件があるんだろう?」

 

 その言葉に黒いフードの奥。

 紫玉の瞳が揺れる。

 

「シェリー」

「はい」

「これから一分間。……何があっても動くのを禁ずる。声を上げるのも禁ずる」

「それは、どういう……?」

 

 困惑し、シェリーが振り返る。

 そこには、リーガルの――。

 

 見たことの無い冷たい視線に思わず硬直する。

 

 ミイの首元を覆っているマフラーのような帯がほどける。

 それは右肩から伸びており。

 ミイが右手を指さすようにリーガルへと向けた。

 

 シェリーの傍を風が通り過ぎたと思った直後。

 血の臭いがシェリーの鼻先を掠めた。

 

 鮮血が地面にパタリと落ちる。

 

 流れる血の元を視線で追う。

 そこには、左耳の一部を切り取られながらも。

 ――眉一つ動かさず、ミイを見据えるリーガルの姿があった。

 

 ほどけた黒い帯。

 それが、ミイの腰に差してあった剣を掴み。

 見えない速度でリーガルの左耳を切ったのだと、ようやく理解できた。

 

「貴方。わざとユウを死地へと行かせたでしょう?」

 

 それも”ハンターとして”ではない。

 

 ミイが言葉を繋ぐ。

 

 リーガルは答えない。

 まるで沈黙こそ答えであるかのように。

 

「この身体が……」

 

 ミイが黒い帯を操作しながら自分の手を見つめる。

 黒い帯は器用に剣を腰元に戻し、首元へと戻っていく。

 

「この身体がウイルスと混じり、馴染む事でやっと理解できた」

 

 ミイの独白に、シェリーの頬に冷や汗が伝う。

 自分たちは今。

 一体何と会話をしているのだろうか。

 

 人か。

 モンスターか。

 

 なまじ人の言葉が通じる分、目の前にいる存在に不気味さが増す。

 そして奥でこちらを睨む尾折れのマガイマド。

 

 今あれが動き出せば、自分の身を差し出してもリーガルを守り切れない。

 

 殺意。

 狂気。

 そして、知性。

 

 化け物が、化け物を従えている。

 絶望というにはあまりにも……。

 

「――黄金の楽園、だったかしら?」

 

 その言葉に、リーガルの口角が上がる。

「……キミの体内のウイルスの感応性は、そんな情報まで読み取るのか」

 

 リーガルは一体。

 いや、リーガルとこの娘は一体何を言っている!?

 

 自分の預かり知らぬ会話に、シェリーの心臓が跳ね上がる。

 

 信じられるだろうか。

 ミイの小さな身体から、マガイマドすら圧倒するほどの殺意が溢れ出ている。

 

 草木は逃げるように静まり返り。

 虫や小動物たちの気配すら無い。

 

「……でも」

 

 ミイから発せられる圧が急に消えた。

 自分たちを取り囲んでいた、どす黒い圧が無くなり、身体を軽くすら感じさせる。

 

「貴方がいなければ、今日のユウの成長も、……無かったと思う」

 

 だから、貴方への罰はこれでおしまい。

 

 ミイが踵を返し、尾折れのマガイマドへと歩き出す。

 

 リーガルは小さく「光栄だね」とつぶやいた。

 

 ふと、ミイが思い出したようにリーガルたちに振り返る。

 

「今日。この森の王が死んだ。……これから私たちは、この森を統べる。……この意味、分かるよね?」

「……無論だ」

 

 リーガルが頷き、ミイがそれを見届ける。

 

「三ヶ月後」

 

 黒いフードから、僅かにユウと同じ赤い髪が垂れる。

 だが、その赤には黒い紫が入り混じっていた。

 

「私は。私たちの為の百竜夜行を決行する」

 

 そう言いながら、マガイマドの背に乗る。

 

「ユウに伝えて。止められると思うなら、待ってるって」

「伝えておこう」

 

 ミイの言葉にリーガルがうなづく。

 それを黙って見届けたミイはマガイマドを見る。

 

「……行くよ」

 

 その言葉はリーガルへ向けたものか、マガイマドへ向けたものなのか。

 マガイマドはその言葉に応じ、強靭な後ろ脚で跳躍。

 

 この場を、立ち去った。

 

 静寂。

 まるで夢でも見ていたと思うような異常な出来事だった。

 

「――! 団長!」

 

 シェリーが懐から布を取り出し、リーガルの左耳に当てる。

 慌てるシェリーを意に介さず。

 リーガルはミイが去った後の空を見つめ、何かを思いふけっているようだった。

 

■■

 

 ――眩しい。

 

 白い光に、目が段々と慣れてくる。

 

 薄っすらと開く視界。

 そこには、辺り一面の黄金。

 金色に輝く、海原のような草木が揺れる世界だった。

 

 ――ユウ。

 

 懐かしい声。

 聞き覚えのある言葉に、急いで振り向く。

 

 そこには、武器も防具も身に付けていない、着物姿のミイ。

 奥にはザドもいた。

 

 こんな広いフィールドで、モンスターに襲われたらどうするんだ!?

 

 だが、その問いかけに、二人は笑みを返すだけだった。

 

 ああ、そうか。

 もう、そんな事を心配する必要は無いんだった。

 

 疑問が納得に転じる。

 

 ユウは安心して二人に向かって歩き出す。

 

 ――ユウさん。

 

 その一言に、歩みが止まる。

 振り返ると、声の主と目が合った。

 

 吸い込まれそうな、緑色の瞳。

 

 そして、その奥――。

 

 ――『     』。

 

 景色が一瞬で黒く塗り替わっていく。

 まるで黄金の海原を染める、原初の暴力。

 

 黒がユウの足元を、その全てを覆い尽くす。

 足元の感覚が消え、奈落へ落ちていく――。

 

 そんな、夢を見た。

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