モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
巨大な刃がジンオウガの頸椎を砕く音が響き渡る。
リーガルの手に、黒く、そして鈍い感触が伝わり。
それが、命を絶ったものだと実感する。
「……これで最後か?」
大剣を引き抜き、肩で担ぐ。
滴る血からは、まだ湯気が立ち上っていた。
感染個体。
その数、大小合わせて二十三体。
カムラ管轄だけではない。
おそらくユクモのジンオウガも混ざっているのだろう。
区域全土のジンオウガを狩り尽くしてしまったのではないか。
そう思えるほどの数に、さすがのリーガルも疲労の色を隠せないでいた。
「おーい。みんな無事か?」
大剣を地面に突き刺し、近くの岩場に腰を落とす。
「団長」
シェリーが右の肘を左手で押さえながら、リーガルへ近づく。
リーガルに近づきながら右手で持っていたランスを手放す。
ガランという音が木の葉のさざめきに消えていく。
おそらく矢が尽きた後、ランスを使って戦っていたのだろう。
シェリーの頬にはジンオウガの返り血が付着していた。
「こちらは問題ありません。……ですが」
その言葉にリーガルに緊張が走った。
「ヌコヌコたちはどうした?」
シェリーが視線でヌコヌコを指し、リーガルがそれを追った。
その先には、倒れているヌコヌコの姿があった。
「ヌコヌコ!」
名を呼びながら、急いで駆け寄る。
「大丈夫か! おい!」
そう言いながらヌコヌコの小さな身体を抱き寄せる。
ヌコヌコは僅かに目を開け、リーガルを見る。
「お……俺は、戦ったの、にゃ」
「ああ。よく頑張った」
「ユ……ユウに伝えて、……ほしいの、にゃ」
ヌコヌコが右手をゆっくりと持ち上げ、リーガルがそれを力強く掴む。
「お見舞いは、ドスキレアジの刺身がいいの、にゃ。あと、うさ団子はゴマで頼むの、にゃ」
「…………ん?」
「俺は、全身全霊で戦ったの、にゃ……。ぐふぅ」
風が吹く。
「……冗談みたいに気絶しましたね」
シェリーの冷ややかな目が寝ているヌコヌコを見る。
「私も先ほど安否を確認しましたが。……私にはこんがり肉を要求していました」
「……ふむ」
ハナ提灯を出し始めたヌコヌコを地面に置く。
そこへアカメが鼻を近づける。
くしゃみにより、鼻水がヌコヌコに掛かった。
リーガルは両手を腰に添え、上を見上げる。
そこには明るい空。
アカメは、何かアレルギーでもあるのだろうか。
と、どうでもいい事を思った。
「……俺はこれからユウの加勢に向かう。お前はヌコヌコたちを安静できる場所へ連れて行ってくれ」
「ですが……」
シェリーが言いかけたところで立ち止まる。
矢も尽き、手に持つのはランスのみ。
今の装備では、リーガルの足手まといになりかねない。
シェリーが悔しそうに口を紡ぐ。
リーガルはシェリーの肩に手を置き、その場を去ろうとする。
遠く、金色の雷が地を焼く音がした。
リーガルが大剣を引きずりながら、音が聞こえた方へと歩みを進める。
――その時。
何かの気配を感じ、リーガルが足を止めた。
数秒遅れてシェリーがリーガルと同じ方向を見る。
だがそれよりも早く――。
轟音と共に、地面を削りながら紫炎纏う巨躯が現れた。
紫燃ゆる、四足の牙獣。
尾折れのマガイマド。
シェリーがリーガルを庇うように立ちはだかる。
だが、リーガルは大剣を肩に担ぎ、腰に手を当てるだけ。
――二人の前に、小さな人影が軽やかに立つ。
混沌総べしヒトガタ。
リーガルはそう言いかけたところで、咳払いをする。
「やあ。初めまして。マガイマドの姫君よ」
ランスを構えようとするシェリーを片手で制し、相手の出方を伺う。
「キミがここに来たという事は……」
ユウは――。
「……勝ったよ。貴方の予想通りにね。……立派だった」
そう言ってヒトガタが胸に手を当てて俯く。
「それは僥倖だ。やはり俺の狙い通り、キミの弟は良いハンターだ」
「そうね」
シェリーがリーガルを少しいぶかしげに睨む。
勝敗がどっちになろうとも問題ない言葉を選びながらの会話。
背中越しでも分かる安堵をシェリーは見抜いていた。
黒いフードのような被りもの越しで、表情は読み取りづらい。
更に首元は黒いマフラーのような帯で覆われており――。
ザドから聞いていたミイの装いとは大分印象が変わっていた。
「でも、あの子も重症だから、早く助けてあげて。……あそこのサブキャンプを目指しているから」
「分かった」
リーガルが短く、切るように頷く。
「それで、もう一つ。……要件があるんだろう?」
その言葉に黒いフードの奥。
紫玉の瞳が揺れる。
「シェリー」
「はい」
「これから一分間。……何があっても動くのを禁ずる。声を上げるのも禁ずる」
「それは、どういう……?」
困惑し、シェリーが振り返る。
そこには、リーガルの――。
見たことの無い冷たい視線に思わず硬直する。
ミイの首元を覆っているマフラーのような帯がほどける。
それは右肩から伸びており。
ミイが右手を指さすようにリーガルへと向けた。
シェリーの傍を風が通り過ぎたと思った直後。
血の臭いがシェリーの鼻先を掠めた。
鮮血が地面にパタリと落ちる。
流れる血の元を視線で追う。
そこには、左耳の一部を切り取られながらも。
――眉一つ動かさず、ミイを見据えるリーガルの姿があった。
ほどけた黒い帯。
それが、ミイの腰に差してあった剣を掴み。
見えない速度でリーガルの左耳を切ったのだと、ようやく理解できた。
「貴方。わざとユウを死地へと行かせたでしょう?」
それも”ハンターとして”ではない。
ミイが言葉を繋ぐ。
リーガルは答えない。
まるで沈黙こそ答えであるかのように。
「この身体が……」
ミイが黒い帯を操作しながら自分の手を見つめる。
黒い帯は器用に剣を腰元に戻し、首元へと戻っていく。
「この身体がウイルスと混じり、馴染む事でやっと理解できた」
ミイの独白に、シェリーの頬に冷や汗が伝う。
自分たちは今。
一体何と会話をしているのだろうか。
人か。
モンスターか。
なまじ人の言葉が通じる分、目の前にいる存在に不気味さが増す。
そして奥でこちらを睨む尾折れのマガイマド。
今あれが動き出せば、自分の身を差し出してもリーガルを守り切れない。
殺意。
狂気。
そして、知性。
化け物が、化け物を従えている。
絶望というにはあまりにも……。
「――黄金の楽園、だったかしら?」
その言葉に、リーガルの口角が上がる。
「……キミの体内のウイルスの感応性は、そんな情報まで読み取るのか」
リーガルは一体。
いや、リーガルとこの娘は一体何を言っている!?
自分の預かり知らぬ会話に、シェリーの心臓が跳ね上がる。
信じられるだろうか。
ミイの小さな身体から、マガイマドすら圧倒するほどの殺意が溢れ出ている。
草木は逃げるように静まり返り。
虫や小動物たちの気配すら無い。
「……でも」
ミイから発せられる圧が急に消えた。
自分たちを取り囲んでいた、どす黒い圧が無くなり、身体を軽くすら感じさせる。
「貴方がいなければ、今日のユウの成長も、……無かったと思う」
だから、貴方への罰はこれでおしまい。
ミイが踵を返し、尾折れのマガイマドへと歩き出す。
リーガルは小さく「光栄だね」とつぶやいた。
ふと、ミイが思い出したようにリーガルたちに振り返る。
「今日。この森の王が死んだ。……これから私たちは、この森を統べる。……この意味、分かるよね?」
「……無論だ」
リーガルが頷き、ミイがそれを見届ける。
「三ヶ月後」
黒いフードから、僅かにユウと同じ赤い髪が垂れる。
だが、その赤には黒い紫が入り混じっていた。
「私は。私たちの為の百竜夜行を決行する」
そう言いながら、マガイマドの背に乗る。
「ユウに伝えて。止められると思うなら、待ってるって」
「伝えておこう」
ミイの言葉にリーガルがうなづく。
それを黙って見届けたミイはマガイマドを見る。
「……行くよ」
その言葉はリーガルへ向けたものか、マガイマドへ向けたものなのか。
マガイマドはその言葉に応じ、強靭な後ろ脚で跳躍。
この場を、立ち去った。
静寂。
まるで夢でも見ていたと思うような異常な出来事だった。
「――! 団長!」
シェリーが懐から布を取り出し、リーガルの左耳に当てる。
慌てるシェリーを意に介さず。
リーガルはミイが去った後の空を見つめ、何かを思いふけっているようだった。
■■
――眩しい。
白い光に、目が段々と慣れてくる。
薄っすらと開く視界。
そこには、辺り一面の黄金。
金色に輝く、海原のような草木が揺れる世界だった。
――ユウ。
懐かしい声。
聞き覚えのある言葉に、急いで振り向く。
そこには、武器も防具も身に付けていない、着物姿のミイ。
奥にはザドもいた。
こんな広いフィールドで、モンスターに襲われたらどうするんだ!?
だが、その問いかけに、二人は笑みを返すだけだった。
ああ、そうか。
もう、そんな事を心配する必要は無いんだった。
疑問が納得に転じる。
ユウは安心して二人に向かって歩き出す。
――ユウさん。
その一言に、歩みが止まる。
振り返ると、声の主と目が合った。
吸い込まれそうな、緑色の瞳。
そして、その奥――。
――『 』。
景色が一瞬で黒く塗り替わっていく。
まるで黄金の海原を染める、原初の暴力。
黒がユウの足元を、その全てを覆い尽くす。
足元の感覚が消え、奈落へ落ちていく――。
そんな、夢を見た。