モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
ヌシ・ジンオウガ狩猟からおよそ十日――。
カムラの里は、つかの間の平穏とは程遠い慌ただしさに包まれていた。
来たる三か月後の百竜夜行。
一年前に半壊した砦の防衛設備の復旧と動作確認。
更に、カムラ全域に広がるウイルス汚染の実態調査。
少しでも百竜の戦力を削ぐべく、連日の狩猟。
里のハンターたちは、ほぼ全員が出払っており。
そこには、最近引退したばかりのレイズのパーティだったソウシの姿もあった。
前線には立てずとも、現役ハンターたちのサポートとして各地を飛び回る日々。
そんな、ある日の午後。
カムラの里の病院にて、ルルカが里長であるザドを無言で睨みつけていた。
「や、……やっと、来て、くれましたね」
あまり胸に抱かぬ感情を口にすると吃音が邪魔をする。
それを自身で理解しつつも、目の前の脳筋には怒りを覚えざるを得ない。
「いやぁ、済まん、済まん。あれから色々と忙しくてなぁ」
ザドは頭を掻きながら苦笑する。
今回、その手には酒は無く。
それだけで、ルルカはほっとした。
いや、違う。
それでほっとしてはいけない。
ザドに流されそうになる自分を深いため息で落ち着ける。
「……け、結論から申し上げ、ます。 里長ザド。貴方は陽性。……狂変ウイルス、の、キャリアー、でした」
キャリアー。
つまり、健康に見えるが体内はウイルスによる汚染が広がっている者を指す。
腕を組んだザドは顎を掻き、天井、そしてルルカへと視線を戻す。
「……狂変ウイルス?」
「あ、わ、私が今のウイルスの変質状況を鑑み、名付けました。バハリ師匠、も、手紙で同じ結論に至っているようで。……今後はこちらで呼称します」
「……そうか」
窓。
空。
鳥の鳴き声。
「え?」
「ん?」
「い、……いや、それだけ……ですか?」
頭痛が痛い状態のルルカが眉間に皺を寄せる。
話がかみ合っていない。
「あ・な・た・は! ……み、未知のウイルスに、汚染されたんですよ!?」
「理解している」
「そ、それなのに、なぜ、平然としているんですか?」
ザドは再び天井へ視線を移して、自分の胸中に適した言葉を探す。
「これでも一応、驚いているんだが……」
ザドが言葉を止める。
その先に続く理由を探すように。
「何となく、……そうだと思っていた」
「ど、どういう事、ですか?」
「説明が難しいんだがなぁ。時折、こう、……感覚が鋭くなる時がある、というか」
ザドが左腕を横に薙ぐ。
小さな風がルルカの前髪を揺らす。
「今の感覚だ。……分かるか?」
「分かりません」
「……だろうな」
だが、ルルカはペンを手に取り、考え込むように黙る。
「感覚が鋭く……?」
机の上に置かれた紙を、ペンでコツコツと叩く音だけが狭い室内に響く。
「…………もういいか?」
その沈黙に耐えかねたザドが診察の切り上げを提案する。
ルルカはペンの頭を口元へ当て、しばし逡巡した後。
「では、貴方の今の状態をレポートにまとめて下さい」
「……げ」
「貴重な研究データです」
嫌な予感しかしない。
「そ、そうですね。枚数は……。十枚程度でいいですよ。お忙しいと、思いますし」
「じゅ……」
引きつるザド。
ルルカが立ち上がり、書棚から封筒を取り出す。
「あ、き、期日は明日までにお願いしますね」
「それは急すぎるぞ!」
「それと、内容、は、できるだけ詳細でお願いします」
ザドの抗議を聞かずに、次の資料を広げるルルカ。
こうなっては、何を言っても受け入れそうにない。
「それと、……は、ハンターユウの、……件ですが」
「う、……む」
ザドの急所であるユウの話を出され、もっと言いたい気持ちを堪えて押し黙る。
あれからずっと眠り続けているユウ。
それはまるで、身体がウイルスに対抗しているような。
もしくは――。
ルルカはよぎりかけた考えを振り払い、検査結果が書かれた用紙に向き合う。
「や、……やはり、というべきか。……結果は陽性、でした」
「姉弟揃って、同じ個体からの感染……か」
「ですが……、は、ハンターユウは自力で、サブキャンプまでたどり着いたと聞いています」
リーガルたちの話では、ユウはサブキャンプへ到着後、自分で応急処置を済ませていたのだという。
運ばれて数日は高熱が続いていたが、今は症状も落ち着きを見せている。
「だが、全身の火傷は……」
ザドの言葉に、ルルカが言葉を探すように喉を鳴らす。
「は、……ハンターミイの時と同様、感染時の傷は、か、完治をしています」
ヌシ・ジンオウガの雷撃による全身の火傷。
そして、焼き食われた腹の傷。
それら全てが綺麗に消えており。
そして、それら全てが治っている。
だが、それは狂変ウイルスに侵されたミイの時も同様。
同じ症状を辿る双子の運命に、ザドは額を押さえる。
「……狂竜ウイルス、は、元々とても弱い、ウイルスなんです」
ルルカの言葉にザドが顔を上げる。
「ハンターミイの時は、……明らかに。……違います」
独り言のような小さいつぶやき。
その言葉は、珍しく吃音が入っていない。
「わ、私は。……ハンターユウの、生き残る事に特化した強い精神力が、ウイルスに負けないもの、だと……」
――信じます。
研究者らしからぬ、ルルカの言葉。
それを聞いたザドの口角が上がる。
「そうだな。……俺も、そう思う」
ほっとしたザドの表情に、ルルカがほほ笑む。
そこに、カランと何かが落ちる音がした。
「あ」
それを見て青ざめるザド。
慌て、蹴とばし、それがルルカの足元へと転がってきた。
何だろうと思い、銀色の筒を拾い上げる。
「あー、あー、あー……」
回転式の蓋を外す。
そこにはコルクの栓で蓋をされた注ぎ口。
キュポッという音と、病室で嗅ぎなれた臭い。
「脳筋ザド……」
ルルカが頭をくらっとさせながら、コルクの蓋を戻し、ジト目で睨む。
「……分かりました」
「な、……何、を?」
「レポートは二十枚でお願いします」
「多すぎるぞ!」
ザドの悲痛な叫びが院内に響く。
室内のカーテンがシャッと引かれ、白衣を着た看護師が少し怒った表情でザドの前に現れた。
「ザドさん。ここは研究室と言え、病院内なんですよ。もう少しお静かに願います」
「あ、申し訳……。え? ユイファ殿?」
「はい、ユイファです。お世話になっております」
看護姿のユイファに理解が追いつかないザド。
なぜ、第三とはいえ、一国の王女がこんな病院にいるのだろうか。
ザドの驚いた視線に気づいたユイファがザドの前でくるりと回る。
「驚きました? 里がこんな状況ですからね。私もお役に立ちたいと思いまして」
「い、……いや、そうではなく。貴女が一国の王女ではないか!?」
「王女といっても第三姫ですからね。継承権などございません」
そうなのだろうが、そうではない。
頭に浮かぶ疑問が言葉にならないザド。
それを余所に、ユイファが言葉を続ける。
「ちゃんと看護資格は持っていますので。ご安心を」
「ナースユイファ。……脳筋がお帰りです」
「はい、先生! ではザドさん。こちらへどうぞー」
ヒノエたちから聞いていた印象とはだいぶ違うユイファの様子に、ザドが言葉を失う。
「そうだ。貴方に、……これを」
ルルカは鞄から紙とペンを取り出しザドに手渡す。
それを手に取り、言われるがまま無言で退室していった。
ザドは暫く閉じた廊下の前で立ち尽くし、頭を掻く。
とりあえず、ユウの容態を見に行こう。
だが、足取りは重く。
窓からはどこからか万年桜の花びらが一枚、入り込んでいた。
レポートは、後でいい。
悩む気持ちを代弁するように手に力が入る。
くしゃりという音が、廊下に溶けて消えた。
■■
――万年桜が鼻先を掠め、くしゃみで目が覚めた。
「やっと起きたな、寝ぼすけめ」
その言葉にはっとして、起き上がる。
布団。
家の壁。
窓からは青空が見えて、風。
その先に、土間で朝食を用意するミイの姿があった。
「……ミイ?」
「なに?」
振り返り、怪訝な顔で自分を睨む、いつもの顔。
その手にはお玉が握られており、みそ汁の匂いもしてきた。
「……いや。何でも、ない」
「ふーん」
訝しげな声は、すぐに吹きこぼれるみそ汁により、慌てた声となる。
思い出した。
これは、あの日の朝だ。
アケノシルムを討伐する、あの日の。
ミイ、この狩猟は破棄しよう。
そう言いかけて、口を紡ぐ。
焦って熱くなった蓋を掴んで、更に慌てるミイの姿。
言えるはずもない。
ミイが狩猟に失敗し、大けがを負う夢を見ていたなどとは。
ミイが居なくなり、必死な思いで。
ミイの不在をかき消すように、必死に生き残ろうと頑張った。
色んな人の手を、……借りながら。
「これを食べたら――」
分かっている。
この後の会話は覚えている。
――これを食べたら、準備して。
――何の?
――決まっているじゃん。私たちはハンターだよ。寝ぼけた?
ハンター。
その言葉に引っ掛かりを覚える。
そういえば、自分はなぜハンターを目指したのだろう。
ザドに憧れ、ザドの武器を欲しがり。
挫折。
それでも、どうにかハンターになれた。
ミイは、もっと前にハンターになっていたけど。
ようやく手にした、自分が誇れる成果だった。
そうだ。
「――僕は、……ハンターだ」
日常を守る為に。
日常を、続ける為に。
円環。
その流れを、担う者。
そう思った瞬間、身体は自然と立ち上がっていた。
「ユウ? どこに行くの?」
驚いたミイの声に振り返る。
そこには、先ほどまで鮮やかだった景色は褪せており。
夢の終わりを、告げていた。
「長く、……休み過ぎたみたいだ」
その言葉に、ミイの手からお玉が落ちる。
それは地面に吸い込まれるように消えていった。
「……そっか。もう、……いいんだね?」
そういうミイの姿が変わっていく。
色を失った背景が、黒紫へと変色。
黒いフードを被ったようなミイが、ユウの前に現れる。
「私を、狩猟しに来なさい、ユウ」
「……」
その言葉に、答えは、まだ持てない。
俯き、逡巡。
答えは、出せない。
――でも。
「必ず、行くよ。ミイ」
その言葉に、ミイがほほ笑む。
「待っているよ。モンスター、ハンター」
ユウは強く頷き、家の扉を開く。
そこには、吹き抜けるような青空。
万年桜の花びらが舞っている。
「行ってきます」
勇む足は強く。
声は空元気。
ふと、遠くで騒がしい声が聞こえてきた。
ヌコヌコに、これは、リツだろうか。
ザドと、ルルカ。
そして――。
覚えのある強烈な殺気を感じて、顔を向ける。
そこには、銀躯の龍。
赤い瞳が、自分を睨んでいた。
それに臆することなく、睨み返す。
神々しく、美しくも恐ろしい。
その名は――。
「――メル・ゼナ」
聞こえぬ咆哮に、身体が震える。
恐怖以上に、焔が全身を駆け巡っていくのを感じた。
ユウの口角が上がる。
目覚めの時は、近い。
すいません。
今後の話数を鑑みて、追記しました。
サブタイトルの「追記あり」の文言は、しばらくしたら削除します。
よろしくお願いします。