モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ二

 ユイファに退室を促されて、病院の廊下。

 木床の軋みが、気持ちの重みを告げるようだった。

 

 ザドの足が目的の部屋の前で止まる。

 そこは、他の病室の扉と変わらぬ、変哲の無い木の引き戸。

 だが、目の前に立つザドには、まるで分厚い鉄扉のように思え、入るのを躊躇する。

 

 扉のネームプレートには一人の名前しかない。

 

 ――ユウ。

 

 あれからずっと目覚めない、カムラの下位ハンター。

 一連で自覚した、家族という感覚。

 

 言いようのない重み。

 扉に手を掛けるザドの気持ちを一層深くしていた。

 

 何度か見舞いに来た事はある。

 多忙の合間、ずっと寝ているユウの顔を見ては、早く目覚めろと額に手を当てていた。

 

 ハンターに怪我は付き物だ。

 未熟。

 それ故の――。

 

 だが、里長として。

 兄として。……父親として。

 

 他にこうならない結末があったのではないかと、悔やみきれない。

 

 だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 意を決し、扉に力を入れた時。

 

 中から誰かの話し声が聞こえた。

 

 何事だと思い、扉を開ける。

 

 ――そこには。

 

「おい、おめー、ヌコヌコ! それは俺たちが英雄の見舞いで持ってきたうさ団子だっつってんだろーが!」

「うるさいのにゃ、リツ! 俺も全身全霊で戦ったのにゃ! にゃのに。……にゃのに、誰もお見舞いに来なかったのにゃ!」

 

 寝ているユウの前で騒ぎ立てる、マキのパーティメンバーのリツ。

 ここまでは、いい。

 だが、問題は、ヌコヌコだ。

 この猫はなぜ、病人の。

 しかもよりによって、大けがをした腹の上でギャーギャー騒いでいるのだろうか。

 

 お見舞いのうさ団子をほおばりながら。

 

「んなもん、知るかよ。オメーの人望の差だろうーがよ」

「里のハンターたちに嫌われているお前に言われたくないのにゃ!」

「んだとぉ!?」

 

 ザドの存在が気付かない、リツとヌコヌコ。

 

「お、……おい、お前たち」

 

 ザドが止めようとするが、構わず喧嘩を続ける。

 

「オメーとは一度、決着を付けないといけねーと思っていたんだ」

「じょーとーにゃ! 今すぐ外に出るにゃ!」

「お前たち、静かに――」

 

 ザドが本格的に止めようとした時。

 木の扉がぴしゃりと音を立てる。

 

 全員が、恐る恐る振り返る。

 

 そこには。

 古龍なみの圧を放ちながら、笑顔で立つユイファ。

 その隣で、ジト目で睨むルルカの姿があった。

 

「…………ここで、何をしているんですか?」

 

 ルルカの氷のような一言に、病室の空気が一気に冷え込む。

 その声に吃音は無い。

 

 あわわ、と怯えるヌコヌコを見たザドとリツに、嫌な予感が走る。

 こういう時必ず一人、余計な事を言って場を混沌へ落とす奴がいる。

 

 それが、ヌコヌコだった。

 よせば良いのに、軽い口が災いを招く。

 

「あ、あれにゃ! あの看護師からクシャルダオラのような気配がするのにゃ!」

 

 は? という疑問がザドとリツに流れる。

 

「ルルカからはベリオロスの気配がするにゃ! 恐ろしいのにゃ!」

 

 絶句だよ。ヌコヌコ。

 そう思ったのは、この場の誰だろうか。

 

「…………言いたい事は」

「それだけ、ですか?」

 

 ユイファが一歩、笑顔で病室に詰め寄る。

 ルルカも上目遣いに睨みを効かせる。

 

 ユイファは、ヌコヌコの頭を鷲掴みにして、病室の窓から放り投げた。

 お約束通り、手をぱしぱしと叩き、腕を組む。

 

「もう! 誰がクシャルダオラですか」

 

 ぷんすかと怒る看護師さん。

 ユイファの気配が軽くなり、リツがホッとする。

 だが、リツに向けられる笑顔は、軽くない。

 

「お、俺は、…反省してます…ぜ?」

 

 結局、リツも病室から追い出された。

 

「あれ? ……ザドさんは」

「あ、……あの脳筋なら、とっくに病室を、で……出ました」

 

 流石の危機回避能力。

 里長を務めるだけはある。

 

 ユイファは少しずれた感想を漏らす。

 

「そ、……そうじゃないん、ですが。ま、まぁ後はお任せ、……します」

「はい。任されました!」

 

 元気のよいユイファの返事。

 ルルカは去り際に、口元に人差し指を添える。

 あ、という表情を見届けて、ルルカは立ち去った。

 

 気付けば、陽が傾いてきた。

 夕刻が近い。

 どこからか、夕食の匂いも流れていた。

 

 自分の故郷とは違う、温かい家族の空気を感じる。

 自分が求めていた風景が、そこにあった。

 

 上下式の窓を下げ、カーテンを閉める。

 

「……お腹空いた」

「そうですね。もうすぐご飯の時間ですからね……。 ?」

 

 後ろから聞こえた声にユイファが振り返る。

 そこには――。

 ユウが、薄っすらと目を開けていた。

 

■■

 

「うぅ。ひどい目にあったのにゃ……」

 

 意外なほど遠くに投げられたヌコヌコが、木の枝を突きながらカムラの里を歩く。

 空は僅かな陽を残して、暗く。

 

「あの看護師、何者にゃんだ……。 ん?」

 

 ヌコヌコの鼻がぴくりと動き、匂いの流れを辿る。

 人よりも良いアイルーの鼻。

 それが、夕飯の匂いをかぎ分ける。

 

 あっちは、魚。

 こっちはガーヴァの鶏肉。

 そっちは……。

 

 覚えのある臭いに、動きがピタリと止まる。

 

 ――逢魔が時。

 魔物に遭遇する時間と呼ばれる、魔境。

 

「……この臭いは」

 

 全身の毛が逆立つ。

 気付いたら木の枝を捨て、四つ足で走り出していた。

 

 段々と濃くなっていく、その臭いを辿る。

 

「ここは、……ユウの」

 

 ユウの家。

 どうして、そこからアイツの臭いがする?

 扉の前に立つ。

 息を吞み、その臭いの主。

 その気配を確かめる。

 

 ユウの家。誰も居ないはずの家。

 ギルドで預かっているアカメの小屋は空。

 

 だが、何者かの気配がする。

 

 ヌコヌコが意を決し。

 扉を――開けた。

 

 そこには、紫黒のフードを被っている女の姿。

 

「お前は誰にゃ!?」

 

 分かっている。

 これが誰なのかは。

 ユウの話は、里でも有名だ。

 

 だからこそ、今。

 ユウは、姉の後を追う弟ではなく。

 

 一人のハンターとして認められた。

 

 そこには、ユウと同じ赤い髪。

 

 最後の陽が、刹那の顔を映し出す。

 

「……ミイ」

 

 その顔は。

 目を背けたくなるような変貌を遂げていた。

 

 双子らしく目鼻はユウと同じだと聞いていた。

 中性的な優しそうな顔立ち。

 だが、目の前に居るミイは。

 

 ……異形。

 

 顔の半分は、もはや人ではなく。

 

 ――龍種と交じり合っていた。

 

「ここで、何をしているのにゃ……、ミイ」

 

 ゴア・マガラのような。

 だが、半分はミイの顔が、ヌコヌコを見る。

 

「それに、何でお前から、俺の相棒を殺したマガイマドの臭いがするのにゃ!」

 

 ミイは答えない。

 マガラ種への変貌が喉にも見受けられる。

 人としての声を失ってしまったのだろうか。

 

「……いや、それ以上に」

 

 部屋の奥から。

 血の臭いがする。

 

 ミイは何も答えずに、その方向へ顔を向ける。

 ヌコヌコは、ミイを警戒しつつ、部屋の奥へと足を進める。

 

 そこには。

 

 里の誰でもない、人間の死体。

 一人ではない。

 二人の男たちの、惨殺死体があった。

 

「……これは」

 

 ミイがやったのだろうか。

 状況的に、それしか答えはない。

 

 締め切った部屋に充満していた血の臭い。

 それを嗅いだ事で鼻の効きがおかしくなる。

 

「ミイ! こいつらは誰にゃ!?」

 

 ヌコヌコはミイへと詰め寄る。

 

 ――直後、紫炎が二人の間に爆ぜた。

 

 家の一部が瓦礫となり、二人を隔てる。

 木材に移った炎が、赤く燃え始める。

 

 燃える赤が、揺らめく紫を浮かび上がらせる。

 今。

 この場に居てはならない妖魔。

 

 ――尾折れの。

 

「お前は……!」

 

 忘れもしない。

 その顔の傷。

 折れた刃尾の形。

 

 一年前の百竜で、自分の相棒を殺した禍威。 

 

 赤、混じる紫炎。

 ――獄炎纏いしマガイマド。

 

 怨念渦巻く炎が。

 白く光り出した月と重なった。

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