モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ三

 ――久しぶりにカムラへ戻ってきた。

 誰にも気づかれないように、家へと入る。

 

「……やっぱり」

 

 黒いフードを被った人影から呆れた声が聞こえた。

 

 汚い。

 あれも出しっぱなし。

 洗濯も箪笥にしまっていない。

 食器も……。

 

 ぶつぶつと言いながら、ミイは部屋の掃除から始めた。

 

 里のハンターは、皆百竜に備えて出払っている。

 自我も次第にウイルスに帰属しているようにすら感じる。

 

 だから。

 この里帰りは最初で最後だと思っていた。

 

 陽だまりの家。

 そういう印象が強かったが、離れてみて改めてそう思える。

 

 早くに両親を失って。

 ザドや周囲に支えられ。

 姉弟の二人で生きてきた。

 

 里から少し離れた場所にあるからか、人の気配もしない。

 聞こえるのは、鳥の鳴き声。川の流れ。

 古びた家の臭い。

 

 自室へ行き、姿見鏡の前に立つ。

 黒いフードを外し、肩から生えている帯状の『尾』を解く。

 装備を外し、全身を見た。

 

 傷を負った腕も。

 足も。

 背中も、人の形を保ったまま。

 

 指を頬に添える。

 まだ、柔らかい。

 

 だが、目は。

 陽が床に当たり、反射した光が瞳を深く映す。

 

 もはや人ではない、縦。

 紫玉の瞳があった。

 

 視線が胸へと向かう。

 

 ――黒化。

 胸の中心から滲むように。

 ウイルスの侵食痕が見られる。

 

 黒いフードは背中から伸びるように生えており。

 がっかりしたように、尾がパサリと畳を叩いた。

 

 鏡から逃げるようにその場を離れる。

 

 箪笥からインナーを取り出し、袖を通す。

 汚れた装備を外し、新しい装備を付けた。

 

 今までの予備ではない。

 ミイの、赤を基調とした本来の装備。

 ユウが好きな、青とは対照的な色。

 

 思い出すような手つきで各所を整える。

 鏡が。

 通り過ぎたミイの姿を映した。

 

■■

 

 鳥が鳴いている。

 万年桜が咲く静かな丘。

 病院へ着いた。

 

 三階建ての木造の建物。

 こうして見上げるのは、両親の死以来か。

 

 あの時は皆がいた。

 ザドも手を握ってくれていた。

 ――だが、今は。

 

 体内のウイルスが同族の居場所を指し示す。

 窓が開いた三階の角の部屋。

 

 人間のものではない脚力で三階へと跳躍。

 桜の花びらと共に、ミイの足が床に触れる。

 

 窓際で心地良い風が通り抜ける中。

 ベッドで寝ているユウを見つけた。

 

 ユウの右目の上。

 二本の切り傷の痕。

 それは、幼い頃イズチから自分を守ってくれた証。

 

 それにそっと手を触れる。

 

 何を語るべきか。

 人でありながら、ヒトとなったこの身で。

 

 思えばユウは、最初から自分の生き方を決めていた。

 ハンターという、過酷な生き方を。

 

 対して自分はどうだったのだろう。

 夢は。

 うさ団子屋さんという、ふんわりとした目標。

 だが、ユウの事が心配で、自分もハンターとなった。

 

 昔から何でもすんなりできた事が災いたのか。

 頑張って、姉であろうとした事がいけなかったのか。

 

 なら、自分は何だったのか。

 傷痕を撫でる手が、次第に首へと向かう。

 

 ――力は、籠めない。

 だが、ほんの少し力を入れただけで、弟は。

 ユウは……。

 

 抑えが。

 …………利かない。

 

 ――殺気。

 それも人間の者ではない、強烈な。

 殺意を感じた方へと顔を向ける。

 

 そこには。

 一人の看護師が、――立っていた。

 

「……あら? お見舞いの方ですか?」

 

 吸い込まれそうな、緑色の瞳。

 自分の目とは違う。

 宝石のような目が、自分を見ていた。

 

「ユウさんと同じ、……赤い髪」

 

 自分を探る言葉に、警戒心が募る。

 

「あ、ユウさんのお姉さんですね!」

 

 その言葉に強力な気配が消える。

 いや、何者かが彼女の奥で、その殺意を隠しているようだった。

 

「初めまして。私はユイファと言います」

「……ど、どうも」

 

 チリチリと肌を焼くような殺意。

 それに警戒しながらも、言葉を返す。

 

 ミイは自分の足元。

 その木床に、大きな龍の爪痕を感じた。

 

「……うん。血圧も安定してますから」

 

 間もなく目が覚めると思いますよ。

 

 ユイファが笑顔でミイを見る。

 彼女の奥の気配。

 その視線が閉じたような気がした。

 

 何者なのか。

 その問いは、再びその気配を起こすような気がした。

 

「お姉さんの前で言うのは何ですけど……」

 

 ユイファが小声で、警戒が消えないミイへと話しかける。

 

「寝ているユウさん寝顔って、可愛いですよね」

「……え」

「私にも弟がいたんですけどね。ちょっとそれを思い出しちゃって」

 

 せっせとユイファがユウの布団を整える。

 風がカーテンを揺らしていた。

 

「……あなたの弟さん、……は?」

 

 ユイファは答えず。

 少し寂しそうな笑みを浮かべて、ミイを見た。

 

「……そう、ですか」

 

 何となく、察し。

 何となく、丁寧な言葉遣いとなった。

 

 ヅカヅカと大きな足音がこちらに近づいてきた。

 誰かがユウの見舞いに来たのだろう。

 

「あ、この足音はリツさんか。もうあの人は毎度毎度……」

 

 潮時か。

 そう思い、再び寝ているユウを見る。

 

「あの」

 

 ミイの声に、ユイファが振り返った。

 

「ユウの事。……よろしくお願いします」

 

 頭を下げる、丁寧な辞儀。

 風が桜の花びらを運んできた。

 

「はい。よろしくされました」

 

 がらりと無作法に。

 病室の扉が開く。

 

「おーい、英雄! 起きたかー?」

 

 リツの目に映るのは、寝ているユウ。

 そして怪訝な顔のユイファ。

 

 風が、優しく病室を通り抜けていった。

 

■■

 

 名残惜しいが、そろそろ行かなくては。

 待たせている者がいる。

 

 尾折れのマガイマド。

 

 近隣で寝ているように言いつけておいたが。

 そろそろ飽きてくる頃だろう。

 

 里のハンターに見つかっては大ごとだ。

 そうなる前に、里を出るべきなのだ。

 

 だが、最後に。

 足が再び自分の家とへ向いた。

 

 ――血の臭いがする。

 

 どこからだ。

 自分の、家から……?

 

 そう思い、強靭な脚力で地を駆ける。

 臭いを辿る。

 やはり、ここからか。

 

 出る時とは違い、自分の家が異物のように感じた。

 

 血の臭いが強い。

 それは、扉を開けると更に濃密さを増した。

 

 もはや人ではない、嗅覚。

 それに導かれるように。

 自分の、部屋へとたどり着いた。

 

 そこには、二人の男の。

 惨殺死体。

 

「……違う」

 

 身体を奔るウイルスが死体の状況を鮮明にする。

 

 毒。

 首筋に針のようなもので、毒を穿たれ、絶命。

 その後、意図は分からないが、身体を刻まれているようだった。

 

 首を。

 何かが貫いた。

 

 これは……矢?

 

 直後、心拍数が落ちるのを感じた。

 心臓が鼓動を拒絶する。

 息が、できない。

 

 振り向く事も出来ず、膝を折られ。

 頭から崩れるように倒れる。

 

 畳に倒れた瞬間、剣が背中を貫いた。

 

「がっ……はっ!?」

 

 吐血。

 剣を引き抜いた事で血だまりが自室を染める。

 

 毒が全身に回ったのか、身体が硬直して動かない。

 首も。眼球も。

 何もかもが思い通りにならない。

 

 ――死?

 

 その瞬間。

 全身を巡るウイルスが活性化するのが分かった。

 宿主を殺さぬように。

 マガラ種へと、……成るために。

 

 右肩から生えた尾が反応。

 

 腰の剣を引き抜き――。

 蛇のようにしなり、暗殺者へと襲い掛かる。

 

 暗殺者は矢じりで弾き、箪笥を倒して距離を取る。

 

 ウイルスが、毒を侵食する。

 次第に指先が動くようになってきた。

 畳を刻む爪に、力が戻る。

 

 それを察した暗殺者が踵をひるがえし。

 音も無く。

 気配すら残さず。

 

 この場を、去っていった。

 

■■

 

 力が戻る頃には、空は夕暮れ。

 逢魔が時。

 

 ゆっくりと立ち上がり。

 割れた姿見鏡を見る。

 

 そこには。

 ウイルスに侵食され、人の顔を僅かに残した自分の顔が映った。

 

 ――絶叫が。

 周囲に木霊した。

 

 誰かが家に侵入してきた。

 ダメだ。

 考えが。

 霧散する。

 

 早く。

 ここから。

 去らなくては。

 

 自分の。

 ……家から。

 

 居間で、侵入者と出くわした。

 

 アイルーが、自分の姿を見て騒いでいる。

 

 人の声が、出ない。

 いや、出せなかった。

 

 あれを。

 見られたくない。

 

 だが、アイルーは、それを。

 見てしまった。

 

 アイルーが自分を指さして、騒いでいる。

 もう、いっそ。

 ――。

 

 どす黒い感情がミイの頭を支配した直後。

 尾折れのマガイマドが姿を現した。

 

 衝撃と炎の熱で自身を取り戻す。

 

 だが、取り戻したところで、状況は変わらない。

 ミイはマガイマドに飛び乗り。

 

 マガイマドはそれを確認した直後に跳躍。

 その衝撃で燃えていた家。

 

 崩壊した。

 

 あっという間に高度が増していく。

 

 夜の闇が空を包み。

 火事の炎が闇を拒絶する。

 

 もう戻れない。

 それは分かっていた事。

 そして、自らも望んでいた。

 

 だが、それを最悪の形で突き付けられ、

 他人の手で破壊されてしまった事実。

 

 流れない涙が風を伝う。

 悲し気な咆哮が、白い月へと届くようだった。

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