モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――久しぶりにカムラへ戻ってきた。
誰にも気づかれないように、家へと入る。
「……やっぱり」
黒いフードを被った人影から呆れた声が聞こえた。
汚い。
あれも出しっぱなし。
洗濯も箪笥にしまっていない。
食器も……。
ぶつぶつと言いながら、ミイは部屋の掃除から始めた。
里のハンターは、皆百竜に備えて出払っている。
自我も次第にウイルスに帰属しているようにすら感じる。
だから。
この里帰りは最初で最後だと思っていた。
陽だまりの家。
そういう印象が強かったが、離れてみて改めてそう思える。
早くに両親を失って。
ザドや周囲に支えられ。
姉弟の二人で生きてきた。
里から少し離れた場所にあるからか、人の気配もしない。
聞こえるのは、鳥の鳴き声。川の流れ。
古びた家の臭い。
自室へ行き、姿見鏡の前に立つ。
黒いフードを外し、肩から生えている帯状の『尾』を解く。
装備を外し、全身を見た。
傷を負った腕も。
足も。
背中も、人の形を保ったまま。
指を頬に添える。
まだ、柔らかい。
だが、目は。
陽が床に当たり、反射した光が瞳を深く映す。
もはや人ではない、縦。
紫玉の瞳があった。
視線が胸へと向かう。
――黒化。
胸の中心から滲むように。
ウイルスの侵食痕が見られる。
黒いフードは背中から伸びるように生えており。
がっかりしたように、尾がパサリと畳を叩いた。
鏡から逃げるようにその場を離れる。
箪笥からインナーを取り出し、袖を通す。
汚れた装備を外し、新しい装備を付けた。
今までの予備ではない。
ミイの、赤を基調とした本来の装備。
ユウが好きな、青とは対照的な色。
思い出すような手つきで各所を整える。
鏡が。
通り過ぎたミイの姿を映した。
■■
鳥が鳴いている。
万年桜が咲く静かな丘。
病院へ着いた。
三階建ての木造の建物。
こうして見上げるのは、両親の死以来か。
あの時は皆がいた。
ザドも手を握ってくれていた。
――だが、今は。
体内のウイルスが同族の居場所を指し示す。
窓が開いた三階の角の部屋。
人間のものではない脚力で三階へと跳躍。
桜の花びらと共に、ミイの足が床に触れる。
窓際で心地良い風が通り抜ける中。
ベッドで寝ているユウを見つけた。
ユウの右目の上。
二本の切り傷の痕。
それは、幼い頃イズチから自分を守ってくれた証。
それにそっと手を触れる。
何を語るべきか。
人でありながら、ヒトとなったこの身で。
思えばユウは、最初から自分の生き方を決めていた。
ハンターという、過酷な生き方を。
対して自分はどうだったのだろう。
夢は。
うさ団子屋さんという、ふんわりとした目標。
だが、ユウの事が心配で、自分もハンターとなった。
昔から何でもすんなりできた事が災いたのか。
頑張って、姉であろうとした事がいけなかったのか。
なら、自分は何だったのか。
傷痕を撫でる手が、次第に首へと向かう。
――力は、籠めない。
だが、ほんの少し力を入れただけで、弟は。
ユウは……。
抑えが。
…………利かない。
――殺気。
それも人間の者ではない、強烈な。
殺意を感じた方へと顔を向ける。
そこには。
一人の看護師が、――立っていた。
「……あら? お見舞いの方ですか?」
吸い込まれそうな、緑色の瞳。
自分の目とは違う。
宝石のような目が、自分を見ていた。
「ユウさんと同じ、……赤い髪」
自分を探る言葉に、警戒心が募る。
「あ、ユウさんのお姉さんですね!」
その言葉に強力な気配が消える。
いや、何者かが彼女の奥で、その殺意を隠しているようだった。
「初めまして。私はユイファと言います」
「……ど、どうも」
チリチリと肌を焼くような殺意。
それに警戒しながらも、言葉を返す。
ミイは自分の足元。
その木床に、大きな龍の爪痕を感じた。
「……うん。血圧も安定してますから」
間もなく目が覚めると思いますよ。
ユイファが笑顔でミイを見る。
彼女の奥の気配。
その視線が閉じたような気がした。
何者なのか。
その問いは、再びその気配を起こすような気がした。
「お姉さんの前で言うのは何ですけど……」
ユイファが小声で、警戒が消えないミイへと話しかける。
「寝ているユウさん寝顔って、可愛いですよね」
「……え」
「私にも弟がいたんですけどね。ちょっとそれを思い出しちゃって」
せっせとユイファがユウの布団を整える。
風がカーテンを揺らしていた。
「……あなたの弟さん、……は?」
ユイファは答えず。
少し寂しそうな笑みを浮かべて、ミイを見た。
「……そう、ですか」
何となく、察し。
何となく、丁寧な言葉遣いとなった。
ヅカヅカと大きな足音がこちらに近づいてきた。
誰かがユウの見舞いに来たのだろう。
「あ、この足音はリツさんか。もうあの人は毎度毎度……」
潮時か。
そう思い、再び寝ているユウを見る。
「あの」
ミイの声に、ユイファが振り返った。
「ユウの事。……よろしくお願いします」
頭を下げる、丁寧な辞儀。
風が桜の花びらを運んできた。
「はい。よろしくされました」
がらりと無作法に。
病室の扉が開く。
「おーい、英雄! 起きたかー?」
リツの目に映るのは、寝ているユウ。
そして怪訝な顔のユイファ。
風が、優しく病室を通り抜けていった。
■■
名残惜しいが、そろそろ行かなくては。
待たせている者がいる。
尾折れのマガイマド。
近隣で寝ているように言いつけておいたが。
そろそろ飽きてくる頃だろう。
里のハンターに見つかっては大ごとだ。
そうなる前に、里を出るべきなのだ。
だが、最後に。
足が再び自分の家とへ向いた。
――血の臭いがする。
どこからだ。
自分の、家から……?
そう思い、強靭な脚力で地を駆ける。
臭いを辿る。
やはり、ここからか。
出る時とは違い、自分の家が異物のように感じた。
血の臭いが強い。
それは、扉を開けると更に濃密さを増した。
もはや人ではない、嗅覚。
それに導かれるように。
自分の、部屋へとたどり着いた。
そこには、二人の男の。
惨殺死体。
「……違う」
身体を奔るウイルスが死体の状況を鮮明にする。
毒。
首筋に針のようなもので、毒を穿たれ、絶命。
その後、意図は分からないが、身体を刻まれているようだった。
首を。
何かが貫いた。
これは……矢?
直後、心拍数が落ちるのを感じた。
心臓が鼓動を拒絶する。
息が、できない。
振り向く事も出来ず、膝を折られ。
頭から崩れるように倒れる。
畳に倒れた瞬間、剣が背中を貫いた。
「がっ……はっ!?」
吐血。
剣を引き抜いた事で血だまりが自室を染める。
毒が全身に回ったのか、身体が硬直して動かない。
首も。眼球も。
何もかもが思い通りにならない。
――死?
その瞬間。
全身を巡るウイルスが活性化するのが分かった。
宿主を殺さぬように。
マガラ種へと、……成るために。
右肩から生えた尾が反応。
腰の剣を引き抜き――。
蛇のようにしなり、暗殺者へと襲い掛かる。
暗殺者は矢じりで弾き、箪笥を倒して距離を取る。
ウイルスが、毒を侵食する。
次第に指先が動くようになってきた。
畳を刻む爪に、力が戻る。
それを察した暗殺者が踵をひるがえし。
音も無く。
気配すら残さず。
この場を、去っていった。
■■
力が戻る頃には、空は夕暮れ。
逢魔が時。
ゆっくりと立ち上がり。
割れた姿見鏡を見る。
そこには。
ウイルスに侵食され、人の顔を僅かに残した自分の顔が映った。
――絶叫が。
周囲に木霊した。
誰かが家に侵入してきた。
ダメだ。
考えが。
霧散する。
早く。
ここから。
去らなくては。
自分の。
……家から。
居間で、侵入者と出くわした。
アイルーが、自分の姿を見て騒いでいる。
人の声が、出ない。
いや、出せなかった。
あれを。
見られたくない。
だが、アイルーは、それを。
見てしまった。
アイルーが自分を指さして、騒いでいる。
もう、いっそ。
――。
どす黒い感情がミイの頭を支配した直後。
尾折れのマガイマドが姿を現した。
衝撃と炎の熱で自身を取り戻す。
だが、取り戻したところで、状況は変わらない。
ミイはマガイマドに飛び乗り。
マガイマドはそれを確認した直後に跳躍。
その衝撃で燃えていた家。
崩壊した。
あっという間に高度が増していく。
夜の闇が空を包み。
火事の炎が闇を拒絶する。
もう戻れない。
それは分かっていた事。
そして、自らも望んでいた。
だが、それを最悪の形で突き付けられ、
他人の手で破壊されてしまった事実。
流れない涙が風を伝う。
悲し気な咆哮が、白い月へと届くようだった。