モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
年を取ったアイルーの声は低くなる者もいる。
ユウの前でふてぶてしく歩くヌコヌコの声は、まさにそれだった。
男前な重低音に、荷車を引いているユウは
自分の喉に手を当て、何となくそれらしい声をだそうとする。
その様子をちらりと見たヌコヌコはふんと鼻で笑った。
かつてマスターランクの相棒として
戦場を駆け巡ったヌコヌコから見れば、
下位のハンターなどひよっ子も同然。
その行動一つ一つが幼稚に思えて仕方ない。
「ヌコヌコさん」
後ろからユウの声がして、尻尾をピンと立てて反応する。
「ヌコヌコさんは、どうして救援隊に志願したんですか?」
重い救援具を載せた荷車。
それを嫌な顔をせずに一人でユウへと振り向く。
「……故郷で待つ十五匹の仔供の為にゃ」
意外な答えにユウの目が丸くなる。
「そ、……それは仔沢山、ですね」
「嘘にゃ」
「へ?」
ユウの間抜けな顔を見て、満足そうに口角を上げる。
「それを言うなら、お前はどうして姉の傍に居てやらないのにゃ?」
ヌコヌコからの返しの一手にユウが押し黙る。
湿地帯が近いのだろう。
遠くで滝の音が聞こえてきた。
ヌコヌコが答えに諦めた時、
「……お金の、為です」
新人らしくない答えが返ってきた。
姉のミイの話は聞いている。
カムラの猛き炎の再来とも。
輝く前に堕ちた星、とも。
意地悪をし過ぎたかと思い、少しユウと距離を取る。
キャンプ地に着くまで二人が会話をする事は無かった。
■■
――水没林。
茶色く濁った川のほとりのキャンプ地。
テントの中で三人のハンターが倒れ込んでいた。
一人は右足に大火傷を負っており、
二人はだいぶ衰弱している様子だった。
「皆さん、お待たせしました」
ユウはできる限り優しい声で三人の容態を確認する。
二人は元気ドリンコと回復薬を処方して、
安静にすれば問題無さそうだが。
問題は火傷を負ったハンターだ。
火に耐性が無い装備だったとしても、
どうしたらここまで重症となるのだろう。
ユウは今回のクエストの内容を思い出す。
リオレイアの討伐。
彼らは上位のハンターだ。
自分とは、格が違う。
それが四人も……。
「――あと一人は、どうしたんですか?」
ユウの脳裏にミイの惨状がフラッシュバックする。
「……マキは、俺たちを庇って」
「おい、止めろ! まだマキは死んじゃいねぇ!」
「でも! あんな状況で生きているわけねぇよ!」
狭いテントで三人の言い合いが始まり、収集が付かない。
大人たちの感情がぶつかり合う。
ユウはどうすればいいか変わらず。
ただただ三人の顔を見るしかなかった。
「黙るにゃ!」
ヌコヌコの一喝に感情の流れが止まった。
「……坊主。今、この場において、お前が責任者にゃ」
その言葉に鼓動が跳ね上がった。
どうするんだ?
と、ヌコヌコの目がユウに問いかけている。
「お前が、判断するのにゃ」
こと現場においてはしばしば、救護のハンターの判断が優先される。
つまりヌコヌコが言った通り、下位とはいえ自分の決断が最大限尊重される。
キャンプ地に侵入してきたジンオウガの件もある。
絶対に安全な場所など存在しない。
確実に助かる三人を優先すべきか。
三人を危険に晒して、一人の救出をするべきか。
ここで一人を見捨てたら。
ミイに怒られるかな。
そんな言葉がよぎった。
大きく息を吸い込んで、身体に気を巡らす。
「……僕が、助けに向かいます」
気を巡らし、焔とし。
万丈として事を成す。
ザドの口癖。
――その目には、確かに焔が宿っていた。
■■
今回のクエストはリオレイアの討伐。
最初は順調だった。
手際よく誘い込んで、シビレ罠で動きを止め。
尾を斬り、弱らせて討伐。
だが、その止めを刺す寸前に一頭のリオレウスが四人を襲った。
通常リオ系は、産卵期になると番いで現れる。
当然、二頭狩りは難易度が高くなる。
だがそれで上位のハンターたちが遅れを取る理由になるのだろうか。
何か、別の理由があったのかもしれない。
大社跡で死骸となっていた通常個体よりも大きなリオレウスが脳裏を過る。
ユウは最大限の警戒をしながら、湿地帯を走り抜けた。
大きな滝の傍で、大剣が突き刺さっていた。
ユウはアカメに周囲の警戒を命じ、岩場の影を捜索する。
暫くすると不自然に草木が積まれた場所を見つけた。
その中に、女のハンターがいた。
「マキさん‥‥‥ですね?」
「あぁ。……救援要請で来てくれたのか?」
ユウは肯定しながら、装備を外す。
救護の際、その重さが邪魔になるからだ。
「――っ」
思わず目を背けたくなる光景だった。
その右腕に、ミイの傷が重なる。
ユウは一呼吸を置いて、ミイの時と同様、回復薬に脂を混ぜる。
ミイの時とは違い、回復薬グレート。
もしあの時、これがあったのなら。
そう思いながら、消毒したマキの傷口に塗りたくった。
マキの容態を見る限り、この場所は悪戯に体力を消耗するだけだと判断。
……どうする。
少し思案した後、マキの装備を離れた目立つところに置く。
風向き等を考慮して火竜の鼻をごまかす作戦だ。
消臭剤をふりかけ、マキを担ぐ。
「少し痛むでしょうが、もう少し我慢してください」
「……お前は、基本に忠実なんだな」
マキが背中で小さくぼやく。
「……自分の装備を囮にするなんて、とっくに忘れていたよ」
「僕は、……まだまだ下位ですからね」
包帯を油紙で包んで水気を抑えているとはいえ、
無理に走って容態が悪化しては意味がない。
ユウは慎重に濁った水の中を突き進む。
「……済まなかった」
マキが、ユウにはっきりと謝罪をする。
「お前の姉が、受注した傘鳥のクエスト」
確か、珍しくミイが意地になって受注したと聞いている。
弟の悪口を聞いてしまったから。
――そんな、些細な理由だった。
応答する余裕のないユウは、無言のままマキの言葉を待つ。
「あれを言っていたのは、私たちのパーティなんだ……」
その告白は、懺悔か後悔か。
ユウの胸に灰色の感情が宿る。
重い足から視線を外し、上を見上げる。
そこには、樹林の間から見える青々とした、空。
ふとザドの言葉を思い出した。
全ては円環。
ならば、答えは、一つだけだ。
「僕たちはハンターです」
それだけです。
そう言い切ると不思議と気持ちが軽くなった気がした。
――少し離れた場所でアカメが吠えた。
同時に背後の川が爆ぜ、翔蟲の糸で距離を取る。
上空に火竜。
リオレウスが、ユウたちを睨んでいた。
アカメが岩場を伝いながら、ユウの下へとたどり着く。
囮の装備を置いた場所からリオレイアの咆哮がここまで轟いた。
逃げられない。
そう悟るには、十分すぎるくらいの絶望だった。