モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
目が覚めると見慣れない天井。
ユウは寝ぼけた状態で布団から起き上がった。
病院で家が火事になった知らせを受け。
そこには二人の死体があった。
更に犯人はミイで。
ヌコヌコは自分のお見舞いが無かったと騒いでいた。
ヌコヌコの事はどうでもよかったが、問題はそこじゃない。
ミイが犯人だと言われている。
死体とミイ。
何度考えても、その二つが結びつかなかった。
夢でもミイに会いたいと思い、目を閉じる。
だが、瞼の裏に映るのは漆黒。
しばらくは、孤独な夜を過ごしていた。
その後、リーガルの紹介で騎士団の施設に泊まり込む事になった。
ギルドが経営する騎士団の宿舎の一室。
そこで、人知れずユウは溜息をついた。
■■
「――よう、今日も寝れてないみたいだな」
二段ベッドの下から声がして、欠伸で応える。
「僕、寝言言ってなかった? ヒム」
ヒムと呼ばれた少年がベッドから降りる。
「静かなもんだったよ。……あ」
「何?」
「むにゃむにゃ、もう食べられないよぉってな」
「まじか!?」
二人で笑いながら、ヒムは訓練に行くために装備を整える。
ユウはまだ療養期間中ではあるが、動きやすい服装へと着替えた。
「ユウ。お前はこれからどうするんだ?」
「そーだな。そろそろ僕の武器が出来上がる頃だから」
「へぇ! 楽しみだな!」
「まぁ、みんなから色々と融通してもらえたから」
自分だけの成果ではない。
ユウが少しだけ寂しそうに首をかしげる。
「真面目だねぇ。俺なんかラッキーとしか思えないけどな」
「真面目なんだよ。お前と違ってね」
ヒムとは同い年という事もあり、関係は良好。
里に同年代のハンターがいないユウにとって、初めで出来た友達とも言える間柄だった。
「それじゃ、訓練……気をつけて」
「そっちもな。ちゃんと療養しろよ」
拳を突き出し、右腕を交差して軽く合わす。
それが、自分たちのいつもの挨拶だった。
宿舎を出て、準備運動。
そしてランニングをしながら里へと向かう。
草木に朝露。
鳥の鳴き声。
川で魚が跳ねていた。
身体の鈍りがすさまじく、すぐに息があがる。
森の間から訓練場が見えた。
掛け声や怒声が小さく聞こえる。
新人たちがベテランにしごかれている様子が伺えた。
あの中に、ヒムもいるのだろう。
思えば、ヒムには心身ともに助けられた。
自分ひとりだけだったらミイの件で押しつぶされていただろう。
だが、ヒムは積極的に声を掛けてくれた。
退院してからおよそ一か月。
塞ぎこむ事もあった。
ミイの事は今も腹の深いところに沈殿している。
それでも同い年のヒムには、何となく負けたくないという気持ちが沸いてくる。
「気焔……万丈」
ユウは訓練場に背を向けて、力なく呟いた。
■■
カムラは長い坂を上った先にある。
大粒の汗を流し、肩で息をしながら何とか到着。
赤い橋を渡る途中。
下の谷から吹き上げる風が、火照った身体から熱を奪う。
行く当てなどない。
だが、身体が自然と集会所を目指していた。
「あ、ユウさん!」
集会所へ向かう途中のうさ団子屋で呼び止められて振り向く。
そこには茶屋の恰好をしたユイファ。
お盆を片手に元気よく手を振っていた。
「あ、あれ。ユイファ、さん?」
「はい、ユイファです! お体は大丈夫ですか?」
「え? ええ? 看護師さんじゃなかったの?」
ユウの驚いた顔に気を良くしたのか、ユイファはふふんと鼻を鳴らした。
「ある時は看護師、またある時は茶屋の看板娘!」
「しかしてその実態は?」
「ひ・み・つ、です!」
「何それ」
ユイファが人差し指を口元に添える。
そして二人同時に笑い出した。
「あはは。なんか、久しぶり笑った気がします」
「それは良かったです。どうです? 一本」
「なら、この『限定すぺしゃる?』をお願いします」
「おお!? ユウさん、見る目ありますなぁ」
「ちょ、ちょっと、限定って言葉に弱くて……」
限定に弱いというのは、本当はミイの方。
それを、心の奥に隠し込んだ。
「それでは、しばし待たれよ!」
そう言って店の奥へと入っていく。
見上げると、青空。
万年桜の花びらがひらひら。
「……ユウさぁん?」
「あ」
気付くと美味しそうな匂い。
だが、青色のうさ団子が目の前にあった。
「こ、……これは!?」
「んふふー。ニガムシの粉を混ぜた団子に甘辛いタレを付けた逸品です」
「……」
「さぁ! ご賞味あれ!」
予想の斜め上のうさ団子に、食べようとする手が拒絶する。
ちらりとユイファを見る。
そこには、期待と希望に満ちた、目。
そういえば、ユイファを見た時に感じた、あのメル・ゼナ。
あの違和感はどこへ行ったのだろうか。
「さぁさぁ!」
ユイファの笑顔。
メル・ゼナの気配は、無い。
「……い、逝ただき、ます」
ユウは、意を決して。
――一口で、食べた。
天地がひっくり返る。
響くユイファの悲鳴。
ああ、やっぱり空は綺麗だなぁと、ユウは思った。
■■
青空を刻むような、カンカンと鉄を打つ音が鳴り響く。
「――スグハ。いるか?」
ザドが鍛冶屋に顔を出した。
「珍しいね、里長が研ぎ以外でここに顔を出すなんて」
「まぁな」
「ああ、ユウのスラッシュアックスの事だろ?」
スグハと呼ばれた若い女鍛冶師が、汗を拭きながらザドの前に立った。
「もうすぐ完成するけど、本当に大丈夫なのかい?」
「何がだ?」
「まだ下位のハンターに、こいつを扱えるのかって、事さ」
そう言って、機工を組み立て途中の剣斧へと視線を送る。
ユウ専用の――剣斧。
だが、それは本来ならマスターランクのハンターに所持を許される一本。
「まだ私は信じられないんだよねぇ。あの子がヌシ・ジンオウガを一人で狩ったなんてさ」
「まぁ、そうだろうな」
「信じられないのと、信じないのは別だからね。仕事はきっちりとやるさ」
ザドは品物の剣斧を手に取り、刃の具合を睨むように見る。
相変わらず、良い仕事をしていると感じた。
「――前に」
「え?」
「だいぶ前に、ユウは凄いハンターになると言った事があってな」
ザドが手慣れた手つきで機工を解放。
ビンの収まり具合を確認する。
「あの時は、みんなに笑われたもんだ」
「そりゃぁ、そうだろうね。私もそう思うよ」
「――だが」
ガチンと、機工を閉じる。
「あいつは、自力でここまで来た」
「……そうだね」
「だから、そいつもすぐに使いこなす」
必ず。
最後の言葉に力を込め、剣モードの剣斧を片手で振るう。
「だからこれは。未来の、……マスターランクハンターへの投資だ」
その言葉に、スグハは店の壁に寄りかかりながら、口角を上げた。
■■
カムラの里より、少し離れた騎士団の修練場。
下位の騎士たちが切磋琢磨する声が規則正しく響き渡る。
手には剣。
反対側には盾。
相手と交互に突き合わせて、細やかな動きを身体に覚えさせる。
「中々、剣盾の扱いも上達してきたな! ヒム」
ヒムは先輩の上位騎士に指導を請いながら、訓練を重ねる。
「そこで斧モード!」
「はい!」
ヒムは剣を盾へと接続させ、自身の武器を巨大な斧へと変化。
「そのまま叩きつけろ!」
「はい!」
ビンのエネルギーを纏った斧モード。
それを渾身の力で、上位騎士へと叩きつける。
だが、ランスを装備した上位騎士は、鉄壁のガードでそれを耐え。
――弾き返した。
のけぞり、後方へと大きく吹き飛ばされる。
「痛ってぇ……」
ヒムが後頭部をさすりながら、上体を起こす。
「今の一撃は中々良かったぞ」
「ありがとうございます」
ヒムは差し出された手を取り、起き上がる。
ふと見上げた青い空。
その中に赤い線が一瞬、引かれたような気がした。
「先輩、あれって――」
「――全員、傾注せよ!」
部隊長の一喝で、鳴っていた金属音がピタリと止まる。
同時に決められた位置へと全員が集合する。
上位騎士とヒムもそれも漏れず。
ヒムは肩で息をしながら、部隊長へ視線を送る。
「訓練ご苦労。皆、これより実戦訓練に移ってもらう」
部隊長の言葉に、僅かに動揺が走る。
「また、部隊長の思い付きか」
ヒムの隣に付いた上位騎士がつぶやいた。
確かに予定には無かった訓練。
だが、カムラで百竜が迫っている状況なのだ。
これは中々良い手なのではないかと思った。
「……珍しいじゃん」
「そこぉ! 何か言ったかぁ!?」
「い、いえ! 何も言っておりません!」
「良い返事だ。貴様には訓練後、修練場を二十周のランキングを褒美にくれてやろう!」
「あ、ありがとうございます!」
口は災いの元。
ヒムは自分の軽い口を恨んだ。
修練場の奥の檻が、暗い口を開くように上がっていく。
重々しい鎖の音と歯車の音。
解放された暗闇から、巨大な生物の足音。
ハンターによって、捕獲されたヨツミワドウ。
河童蛙が騎士団たちの前に姿を現した。
ヨツミワドウは本来、水辺でその真価を発揮できる。
だが、訓練用である為か、弱り切っていた。
――だが。
「見たところ、だいぶ弱っているな。よし、そこの口が軽いお前!」
ヒムが自分? という顔をする。
「そうだ! お前、一人で狩ってみせろ!」
「ええ!?」
「返事!」
「ささ、サー、イエッサ!」
とんでも無い事になった。
そう思いながら、ヒムがヨツミワドウの元へと走る。
近くで見ると、想像以上に弱り切っているのが分かった。
「これなら、楽勝かも」
「気を抜くな! 軽口やろう!」
地獄耳か、あいつは。
小さい声で言ったはずなのに。
そう思いながらも、息を整える。
盾から剣を引き抜き、チャージアックスの構えを取る。
息を、次第に細くしていき、集中を高める。
「いくぞ!」
ヒムが力を込め、ヨツミワドウへ駆け出した瞬間。
赤い光が。
――流星のように地上へと落ちた。
「な、なんだ!?」
漂う土煙から赤い光が漏れ、ヨツミワドウの悲鳴が聞こえた。
遠くでも仲間からどよめきが走っている。
バチバチと放電のように溢れる龍気。
やがて、土煙が収まっていく。
そこに現れるは、銀駆の赫――。
凶星の、バルファルク。
翼から発する龍気が、ヒムの思考を吹き飛ばした。