モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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其ノ五

「え、えええええ!?」

 

 ヒムの絶叫が修練場に響き渡る。

 当然だ。

 弱り切ったヨツミワドウのクエストを受けたと思ったら、赫き乱入者バルファルク。

 それも異常な程、龍気を放つ暴走個体。

 

「ぶぶぶ、部隊長! こ、これも訓練ですかぁ!?」

「頭まで軽いようだな、口軽野郎! 全員何をしている! 各班配置に付け!」

 

 その号令に場に規律が生まれ、場にいる二十五人全てが、己がやるべきを思い出す。

 

 バルファルクが流線的な口先を開けて、ヒムを威嚇した。

 

「無理無理! って、おわ!」

 

 バルファルクが爪を振るい、盾で防ぐが身体ごと弾き飛ばされる。

 

「くそったれの、クソ髭やろーぉ!」

「おい! 口軽野郎! 生きて帰って来れたらお前の名を覚えておいてやる! 光栄に思え!」

 

 部隊長は突然の来訪者に慌てる事も無く、適時な判断を下す。

 

「各隊、構え!」

 

 十人のランス隊がバルファルクに槍の切っ先を向け。

 弓隊七人が弓を引き絞り、

 三人のバリスタ担当が標準を合わせる。

 

 その背後には近接隊が兜の奥で、呼吸を整える。

 

 少し先では、尻もちを付きながら、ギリギリで応戦する後輩。

 まだだ。

 バラバラだった全員の呼吸が束になっていく感覚。

 まだ。

 ヒムが盾剣から、剣を引き抜き、斬りかかるが弾かれる。

 ……まだ。

 バルファルクが尾を振るい、盾で受け止める。

 バリスタ隊から準備完了の合図が見えた。

 

「――全員!」

 

 部隊長の声に、全身の血が沸く。

 

「突撃ぃい!」

 

 瞬間、堰を切ったような、轟音のような怒号が修練場を覆い尽くす。

 

 足並みを揃えた、壁のようなランス隊が一斉に走り出し。

 矢が風を切る音。

 バリスタ隊がバルファルクの銀色の身体を貫いた。

 

 溢れる龍気。

 同時に鮮血がヒムの眼前で舞う。

 

 後ろからは心強い号令。

 ヒムは自分の役目を、ギリギリまでバルファルクを引き付ける事だと自認。

 恐怖で足を楔にして、その場に留まり盾を構える。

 そこへ、部隊長の怒号が響いた。

 

「口軽野郎! 亀みたいに縮こまってないで貴様も戦え!」

「はぁ!? ふ、ざ、け、ん、なぁ!」

「貴様の同期のハンターはヌシ・ジンオウガを単独狩猟したんだぞ!」

 

 その言葉にユウの姿が脳裏に浮かんだ。

 そうだ。

 普段、宿舎ではのんびりしているやつ。

 しかし、下位なのに光雷公と称される森の王を撃破した。

 

 ――たった一人で。

 

 武器の違いはあれど。

 自分だって、やれない事は無い。

 

 眼前でバルファルクが胸部から大量の空気と龍気を取り込む、甲高い音が響く。

 

「よ、よぉし! 俺だって!」

 

 真っ赤に溢れる龍気がピタリと止む。

 

「気炎ば――」

 

 バルファルクがヒムの眼前で翼から取り込んだ龍気を放射。

 迫っていたランス隊を焼くように呑み込んだ。

 

「ぁあー……。何だっけ?」

 

 バルファルクが眼下のヒムを睨みつける。

 ヒムの視界。

 バルファルクの先にある青い空。

 

「今日は、お、お日柄も良く……。空の、散歩なんて、素敵かなっと」

 

 バルファルクの吸気音が、澄み渡った空に再び鳴り響いた。

 

■■

 

 カムラの里に、警報を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 

「ユウさん! ユウさん、起きてください!」

「……んぁ。うーん。もうミイ、あと少しだけ寝かせてよぉ」

「お決まりの寝言を言わないでください! ユウさんってば!」

 

 切羽詰まったユイファの声に、気絶していたユウがぼんやりと目を開けた。

 

「――って、あれ?」

 

 店の座敷でユイファの膝枕。

 だが、眼前のユイファの表情は硬い。

 それ以上に、カンカンという警報音が覚醒を促す。

 

「……警報? 何で?」

「下の騎士団の修練場に古龍がやってきたみたいです!」

「何だって!?」

 

 その言葉に飛び起き、店の外に出る。

 翔蟲の糸を引いて、店の屋根に飛び乗る。

 

 ユウの視界に映る、異常を知らせる狼煙。

 眼下の修練場から引かれる一筋の赫。

 それが空に弧を描きながら、里へと向かってくる様子だった。

 

「バルファルク? ……でも何で」

 

 思案する余裕もなく、高速のバルファルクが里の大通りへと突っ込んでいった。

 舞う、家財と土埃。

 そして悲鳴。

 

 バルファルクの姿は屋根に隠れて見えない。

 だが暴走しているのか、あちこちで被災している様子が伺えた。

 

「やっば。こっちに来る!」

「ユウさん!」

 

 店を出て、屋根上のユウを見るユイファ。

 

「ユイファさん、来ちゃダメだ!」

 

 ユウがユイファの元へと降りる。

 一瞬の静寂。

 

 そこへ、――家財を吹き飛ばしながらバルファルクが姿を現した。

 

 轟音。

 豪風。

 

 瓦礫一切を吹き飛ばし、地に厄災を告げる凶星。

 ユウはユイファを庇いながら、その銀駆を視界に捉えた。

 

 バルファルクの背から誰かが落ちてきた。

 騎士だが、どこかで見たような……。

 

「うぅ」

「ヒム!? 何で!?」

「お、よう、相棒。……え、デートしてたの?」

「そんな事を言ってる場合かよ!」

 

 ユウとヒム。

 二人の日常をかき消すバルファルクの声。

 

「話は後だ! とにかくお前たちはここから離れろ!」

「分かった。ユイファさん、こっちへ」

 

 そう言ってユウがユイファの手を取り、この場を離れる。

 

「ぜ、……絶対に後で詳しく聞いてやるからな!」

 

 ユウたちの背中から、ヒムの「ちくしょお!」という声が。

 ……届く前に、瓦礫の音で重なって消えた。

 

■■

 

「大丈夫ですか、ユイファさん?」

「は……はい。こう見えても、山育ちなので」

 

 二人して肩で息をしながら走る。

 だが、ユイファ以上に、病み上がりのユウの方が息切れをしていた。

 二人の傍を、ガルクに跨ったハンターが通り過ぎる。

 

「あ、英雄。おひさー」

「え……と、ヴィヴィさん?」

 

 水没林で救出したハンター、弓使いのヴィヴィがガルクを降りてユウたちの元へとたどり着く。

 

「もう足は大丈夫なんですか?」

「ばっちりばっちりー。……そっかぁ。英雄もお年頃だしね」

「……なんか、みんな勘違いしてませんか?」

 

 ヴィヴィの言いたい事が分からず、困惑するユウ。

 だが、ヴィヴィの視線は、繋がれてた手。

 

 そこへ、赫く猛る龍気が家々を吹き飛ばし、銀駆が姿を現す。

 

「何でこっちに!?」

「――離れて」

 

 ヴィヴィが弓を引き絞り、矢を放つ。

 顔面を狙った矢を警戒し、バルファルクが距離を取った。

 

「ヴィヴィさん、他に増援は無いんですか?」

「今、稼働しているのは、私や英雄みたい病み上がりのハンターだけ」

 

 その言葉通り、今戦っているハンターは、確かに病院で見た顔ぶれが多い。

 騎士団たちの応援も、あともう少しかかるだろう。

 

 自分も、何とかせねば……。

 焦り、逸る気持ち。

 それを、繋いだ手が現実に引き戻す。

 

「ユウさん。あなたはまだ戦ってはいけない身体なんですよ」

「……でも」

 

 自分も加勢したいが、武器がない。

 身体も本調子ではない。

 だが、――それでも、目の前に狩るべき対象がいる。

 

 その事実に、ユウの中の狩猟本能が唸りを上げる。

 

「と、言っても納得しそうにないですからね」

「へ?」

「私、こう見えてもお姫さまなんです」

「え、何の話、ですか?」

「伏線回収ってやつですよ。だから私を守ってください」

「ひゅーひゅー」

 

 そこで、初めてユウは自分が置かれた立場を認識。

 困惑しながら赤面する。

 

「英雄たちは早くここを離れた方がいい」

 

 ヴィヴィに言われて、周囲を見る。

 確かにこの場は真っすぐな一本道。

 どうあってもバルファルクはここを通り過ぎるのが予想された。

 

 ユウの手を強く握る、ユイファの手。

 その冷えた震えが、ユウに冷静さを呼び戻した。

 

「……分かりました。ユイファさんを守ります」

「え、あ、は、……はい。お願い……します」

 

 その言葉に、今度はユイファが赤面。

 二人が駆け出すのを、ヴィヴィが見送った。

 

「アオハルだねぇ」

 

 こんな状況にも関わらず、ニヤニヤが止まらない。

 

■■

 

 後方で甲高い音が周囲に響く。

 それは、バルファルクの吸気音。

 音速の突進がこちらに来る事が予想された。

 

「英雄!」

 

 ヴィヴィの声より早く――。

 ユウはユイファを抱きかかえ、翔蟲の糸で跳躍。

 その足元を、バルファルクの銀駆が掠めた。

 

 ユウは、屋根に着地し空へと上がったバルファルクを見る。

 バルファルク、その視線が――。

 

「まさか、ユイファさんを狙っている? でも何で?」

 

 バルファルクが弧を描き、赫を引いてこちらへと迫る。

 考える間すら無い。

 

 ユウはバルファルクを引き付けるように、距離を測り。

 震えるユイファを抱えたまま、再び翔蟲の糸を引いて横へと跳躍。

 

「目を閉じろ! ユウ!」

 

 墜落直前、ヒムが投げた閃光玉が爆ぜる。

 バルファルクは地面へと滑り落ち、土煙を上げる。

 

「無事か!?」

「うん!」

「お前じゃない! そっちの可愛い女の子だ!」

「あ、……うん」

 

 心配してくれて嬉しい気持ちが一気に冷める。

 そうだ、ヒムはこういう奴だ。

 お調子者で。

 友情に熱く。

 でもやっぱりお調子者で。

 

 バルファルクの咆哮。

 不吉を告げる翼から龍気をらせん状に放射し、再び空へと舞い上がる。

 

 青空に引かれる赫。

 一段。

 そして、二段の加速を経て、最高速度でこちらに迫る。

 

 どうする?

 武器は無い。

 腕には、守るべき少女。

 

 遠い空で、空気を割る音が地上に響いた。

 

「来る」

 

 高まるジェット音。

 当たっても、掠めても死。

 

 騎士団もハンターも間に合わない。

 せめて。

 せめて、武器さえあれば。

 

 ――雷鳴が。

 ユウの耳奥で鳴り響いた。

 

 直後に金属音。

 ユウの足元に何かが突き刺さった。

 

 ――スラッシュアックス。 

 

「……これは?」

「ユウ!」

 

 聞きなれた声の方向を向くと、ザドの姿。

 

「ザド!」

「それを使え! まだ研ぎきれてないがな!」

 

 布に覆われた剣斧。

 桜舞う風が、その封印を解く。

 

 ――王牙剣斧【裂雷】。

 

 雷光を僅かに纏う、ユウの専用の武器。

 その姿に、かつての宿敵の姿を垣間見た。

 

 ザドが翔蟲でユウの元へとたどり着き、ユイファを抱える。

 迫る気配。

 

「あいつは、おそらくユイファ殿を狙っている」

「うん」

「俺は直前で、ユイファ殿を抱えて離脱する」

「……うん」

「やれるな? ユウ」

 

 ザドの言葉。

 その言葉に、空を睨むユウが剣斧を構える。

 

「――ああ!」

 

 直後、押しつぶすような強大な赫い圧が雲間を割る。

 構え。

 属性充填カウンター。

 

 バチバチと剣が放電する。

 その金色の光に、ヌシ・ジンオウガの気配を感じた。

 

「ユウさん!」

 

 ユイファの声を遮るように、ザドが翔蟲の糸で跳躍。

 

 崩れた屋根にユウが取り残された。

 直後、災いを告げる凶星が墜ち――。

 

 ――周囲を圧壊する爆音が鳴り響いた。

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