モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「え、えええええ!?」
ヒムの絶叫が修練場に響き渡る。
当然だ。
弱り切ったヨツミワドウのクエストを受けたと思ったら、赫き乱入者バルファルク。
それも異常な程、龍気を放つ暴走個体。
「ぶぶぶ、部隊長! こ、これも訓練ですかぁ!?」
「頭まで軽いようだな、口軽野郎! 全員何をしている! 各班配置に付け!」
その号令に場に規律が生まれ、場にいる二十五人全てが、己がやるべきを思い出す。
バルファルクが流線的な口先を開けて、ヒムを威嚇した。
「無理無理! って、おわ!」
バルファルクが爪を振るい、盾で防ぐが身体ごと弾き飛ばされる。
「くそったれの、クソ髭やろーぉ!」
「おい! 口軽野郎! 生きて帰って来れたらお前の名を覚えておいてやる! 光栄に思え!」
部隊長は突然の来訪者に慌てる事も無く、適時な判断を下す。
「各隊、構え!」
十人のランス隊がバルファルクに槍の切っ先を向け。
弓隊七人が弓を引き絞り、
三人のバリスタ担当が標準を合わせる。
その背後には近接隊が兜の奥で、呼吸を整える。
少し先では、尻もちを付きながら、ギリギリで応戦する後輩。
まだだ。
バラバラだった全員の呼吸が束になっていく感覚。
まだ。
ヒムが盾剣から、剣を引き抜き、斬りかかるが弾かれる。
……まだ。
バルファルクが尾を振るい、盾で受け止める。
バリスタ隊から準備完了の合図が見えた。
「――全員!」
部隊長の声に、全身の血が沸く。
「突撃ぃい!」
瞬間、堰を切ったような、轟音のような怒号が修練場を覆い尽くす。
足並みを揃えた、壁のようなランス隊が一斉に走り出し。
矢が風を切る音。
バリスタ隊がバルファルクの銀色の身体を貫いた。
溢れる龍気。
同時に鮮血がヒムの眼前で舞う。
後ろからは心強い号令。
ヒムは自分の役目を、ギリギリまでバルファルクを引き付ける事だと自認。
恐怖で足を楔にして、その場に留まり盾を構える。
そこへ、部隊長の怒号が響いた。
「口軽野郎! 亀みたいに縮こまってないで貴様も戦え!」
「はぁ!? ふ、ざ、け、ん、なぁ!」
「貴様の同期のハンターはヌシ・ジンオウガを単独狩猟したんだぞ!」
その言葉にユウの姿が脳裏に浮かんだ。
そうだ。
普段、宿舎ではのんびりしているやつ。
しかし、下位なのに光雷公と称される森の王を撃破した。
――たった一人で。
武器の違いはあれど。
自分だって、やれない事は無い。
眼前でバルファルクが胸部から大量の空気と龍気を取り込む、甲高い音が響く。
「よ、よぉし! 俺だって!」
真っ赤に溢れる龍気がピタリと止む。
「気炎ば――」
バルファルクがヒムの眼前で翼から取り込んだ龍気を放射。
迫っていたランス隊を焼くように呑み込んだ。
「ぁあー……。何だっけ?」
バルファルクが眼下のヒムを睨みつける。
ヒムの視界。
バルファルクの先にある青い空。
「今日は、お、お日柄も良く……。空の、散歩なんて、素敵かなっと」
バルファルクの吸気音が、澄み渡った空に再び鳴り響いた。
■■
カムラの里に、警報を知らせる鐘の音が鳴り響く。
「ユウさん! ユウさん、起きてください!」
「……んぁ。うーん。もうミイ、あと少しだけ寝かせてよぉ」
「お決まりの寝言を言わないでください! ユウさんってば!」
切羽詰まったユイファの声に、気絶していたユウがぼんやりと目を開けた。
「――って、あれ?」
店の座敷でユイファの膝枕。
だが、眼前のユイファの表情は硬い。
それ以上に、カンカンという警報音が覚醒を促す。
「……警報? 何で?」
「下の騎士団の修練場に古龍がやってきたみたいです!」
「何だって!?」
その言葉に飛び起き、店の外に出る。
翔蟲の糸を引いて、店の屋根に飛び乗る。
ユウの視界に映る、異常を知らせる狼煙。
眼下の修練場から引かれる一筋の赫。
それが空に弧を描きながら、里へと向かってくる様子だった。
「バルファルク? ……でも何で」
思案する余裕もなく、高速のバルファルクが里の大通りへと突っ込んでいった。
舞う、家財と土埃。
そして悲鳴。
バルファルクの姿は屋根に隠れて見えない。
だが暴走しているのか、あちこちで被災している様子が伺えた。
「やっば。こっちに来る!」
「ユウさん!」
店を出て、屋根上のユウを見るユイファ。
「ユイファさん、来ちゃダメだ!」
ユウがユイファの元へと降りる。
一瞬の静寂。
そこへ、――家財を吹き飛ばしながらバルファルクが姿を現した。
轟音。
豪風。
瓦礫一切を吹き飛ばし、地に厄災を告げる凶星。
ユウはユイファを庇いながら、その銀駆を視界に捉えた。
バルファルクの背から誰かが落ちてきた。
騎士だが、どこかで見たような……。
「うぅ」
「ヒム!? 何で!?」
「お、よう、相棒。……え、デートしてたの?」
「そんな事を言ってる場合かよ!」
ユウとヒム。
二人の日常をかき消すバルファルクの声。
「話は後だ! とにかくお前たちはここから離れろ!」
「分かった。ユイファさん、こっちへ」
そう言ってユウがユイファの手を取り、この場を離れる。
「ぜ、……絶対に後で詳しく聞いてやるからな!」
ユウたちの背中から、ヒムの「ちくしょお!」という声が。
……届く前に、瓦礫の音で重なって消えた。
■■
「大丈夫ですか、ユイファさん?」
「は……はい。こう見えても、山育ちなので」
二人して肩で息をしながら走る。
だが、ユイファ以上に、病み上がりのユウの方が息切れをしていた。
二人の傍を、ガルクに跨ったハンターが通り過ぎる。
「あ、英雄。おひさー」
「え……と、ヴィヴィさん?」
水没林で救出したハンター、弓使いのヴィヴィがガルクを降りてユウたちの元へとたどり着く。
「もう足は大丈夫なんですか?」
「ばっちりばっちりー。……そっかぁ。英雄もお年頃だしね」
「……なんか、みんな勘違いしてませんか?」
ヴィヴィの言いたい事が分からず、困惑するユウ。
だが、ヴィヴィの視線は、繋がれてた手。
そこへ、赫く猛る龍気が家々を吹き飛ばし、銀駆が姿を現す。
「何でこっちに!?」
「――離れて」
ヴィヴィが弓を引き絞り、矢を放つ。
顔面を狙った矢を警戒し、バルファルクが距離を取った。
「ヴィヴィさん、他に増援は無いんですか?」
「今、稼働しているのは、私や英雄みたい病み上がりのハンターだけ」
その言葉通り、今戦っているハンターは、確かに病院で見た顔ぶれが多い。
騎士団たちの応援も、あともう少しかかるだろう。
自分も、何とかせねば……。
焦り、逸る気持ち。
それを、繋いだ手が現実に引き戻す。
「ユウさん。あなたはまだ戦ってはいけない身体なんですよ」
「……でも」
自分も加勢したいが、武器がない。
身体も本調子ではない。
だが、――それでも、目の前に狩るべき対象がいる。
その事実に、ユウの中の狩猟本能が唸りを上げる。
「と、言っても納得しそうにないですからね」
「へ?」
「私、こう見えてもお姫さまなんです」
「え、何の話、ですか?」
「伏線回収ってやつですよ。だから私を守ってください」
「ひゅーひゅー」
そこで、初めてユウは自分が置かれた立場を認識。
困惑しながら赤面する。
「英雄たちは早くここを離れた方がいい」
ヴィヴィに言われて、周囲を見る。
確かにこの場は真っすぐな一本道。
どうあってもバルファルクはここを通り過ぎるのが予想された。
ユウの手を強く握る、ユイファの手。
その冷えた震えが、ユウに冷静さを呼び戻した。
「……分かりました。ユイファさんを守ります」
「え、あ、は、……はい。お願い……します」
その言葉に、今度はユイファが赤面。
二人が駆け出すのを、ヴィヴィが見送った。
「アオハルだねぇ」
こんな状況にも関わらず、ニヤニヤが止まらない。
■■
後方で甲高い音が周囲に響く。
それは、バルファルクの吸気音。
音速の突進がこちらに来る事が予想された。
「英雄!」
ヴィヴィの声より早く――。
ユウはユイファを抱きかかえ、翔蟲の糸で跳躍。
その足元を、バルファルクの銀駆が掠めた。
ユウは、屋根に着地し空へと上がったバルファルクを見る。
バルファルク、その視線が――。
「まさか、ユイファさんを狙っている? でも何で?」
バルファルクが弧を描き、赫を引いてこちらへと迫る。
考える間すら無い。
ユウはバルファルクを引き付けるように、距離を測り。
震えるユイファを抱えたまま、再び翔蟲の糸を引いて横へと跳躍。
「目を閉じろ! ユウ!」
墜落直前、ヒムが投げた閃光玉が爆ぜる。
バルファルクは地面へと滑り落ち、土煙を上げる。
「無事か!?」
「うん!」
「お前じゃない! そっちの可愛い女の子だ!」
「あ、……うん」
心配してくれて嬉しい気持ちが一気に冷める。
そうだ、ヒムはこういう奴だ。
お調子者で。
友情に熱く。
でもやっぱりお調子者で。
バルファルクの咆哮。
不吉を告げる翼から龍気をらせん状に放射し、再び空へと舞い上がる。
青空に引かれる赫。
一段。
そして、二段の加速を経て、最高速度でこちらに迫る。
どうする?
武器は無い。
腕には、守るべき少女。
遠い空で、空気を割る音が地上に響いた。
「来る」
高まるジェット音。
当たっても、掠めても死。
騎士団もハンターも間に合わない。
せめて。
せめて、武器さえあれば。
――雷鳴が。
ユウの耳奥で鳴り響いた。
直後に金属音。
ユウの足元に何かが突き刺さった。
――スラッシュアックス。
「……これは?」
「ユウ!」
聞きなれた声の方向を向くと、ザドの姿。
「ザド!」
「それを使え! まだ研ぎきれてないがな!」
布に覆われた剣斧。
桜舞う風が、その封印を解く。
――王牙剣斧【裂雷】。
雷光を僅かに纏う、ユウの専用の武器。
その姿に、かつての宿敵の姿を垣間見た。
ザドが翔蟲でユウの元へとたどり着き、ユイファを抱える。
迫る気配。
「あいつは、おそらくユイファ殿を狙っている」
「うん」
「俺は直前で、ユイファ殿を抱えて離脱する」
「……うん」
「やれるな? ユウ」
ザドの言葉。
その言葉に、空を睨むユウが剣斧を構える。
「――ああ!」
直後、押しつぶすような強大な赫い圧が雲間を割る。
構え。
属性充填カウンター。
バチバチと剣が放電する。
その金色の光に、ヌシ・ジンオウガの気配を感じた。
「ユウさん!」
ユイファの声を遮るように、ザドが翔蟲の糸で跳躍。
崩れた屋根にユウが取り残された。
直後、災いを告げる凶星が墜ち――。
――周囲を圧壊する爆音が鳴り響いた。