モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――我ハ誰ゾ。
お前はジンオウガ。
――我ハ誰ゾ。
この森の王、そして。
――我ハ、誰ゾ。
僕の、相棒だ。
■■
それを手に取ると、不思議なくらい馴染んだ。
今までずっと握り続けていたような。
だが、油断はできない。
少しでも気を緩めば、今すぐにでも主を食らい尽くす。
そんな相反する感覚がする剣斧を構える。
同時に、機工が解放。
無意識で操作したのか。
いいや。
まるで剣斧が自らの意志で。
その形を選んだかのような――。
迸る電流がユウの体内を巡る。
瞬間、一切の音が意味を失くし。
色彩が、白と黒のみとなり。
ただ一点。
眼前にゆっくりと迫るバルファルク。
それだけが、ユウの世界に存在している。
錯覚か。
だが、戸惑いはない。
ユウは左足を踏み込み、姿勢を低く。
更に低く、構える。
バルファルクが剣斧の届く範囲へと来ていた。
――食ラワセロ。
「ああ、思う存分!」
剣斧を振るう。
直後に鳴り響く轟音、そして地響き。
沈み、遅れて立ち上る家屋と土埃。
付近全体に走る衝撃波が、その威力を物語っていた。
■■
「ユウさん!」
ユイファがザドを振りほどき、ユウへと向かって手を伸ばす。
「ユイファ殿、落ち着いてください」
「ザドさん、ユウさんは病み上がりなんですよ!」
「大丈夫です! あいつはハンターなんです」
「答えになってません!」
土埃が晴れていく。
陽が銀駆を照らす。
「ユウ……さ、ん」
バチリと、空気が焼ける音がした。
風が、土埃を払う。
機工からビンのエネルギーがガスとして吹き上がる。
少しでも力を緩めれば荒れ狂い、破裂する程の。
臨界状態へと至った剣斧。
人影が、晒される。
「……やはり」
何かを確信したザドが小さく呟く。
ユウの目が、ゆっくりと見開かれる。
そこには、紫玉の瞳。
ミイのような不安定さは皆無。
漲るような英気。
そして、剣斧から立ち上るような雷。
呼吸を細く、深く吐き出す。
余分な感情の一切を捨てるが如く。
「――ぐっ!」
足の踏ん張りが抜け、片膝をつく。
一瞬の隙を縫うように、バルファルクの牙がユウへと迫る。
その一撃を、雷撃を纏った剣斧が弾き返す。
斬撃と同時に滞留するビンのエネルギーが爆ぜる。
自分でも意識していない動きだった。
まるで、だらしない主を剣斧自らが庇ったかのような。
ユウは何も言わない自らの武器を見つめる。
そして舌先を横に一閃。
「これじゃあ、どっちが主か分かんないや」
瓦礫。
足に力を込めて、再び立ち上がる。
「英雄! 離れて!」
ヴィヴィが声と同時に矢を放つ。
傷ついた表皮を正確に射抜く矢。
そこへ遅れてヒムが駆け出す。
「待たせたな!」
「ヒム!」
「よっしゃぁ! 超出力――ってあれ?」
ビンにエネルギーが溜め切っていない。
バルファルクはよろけながらも、振るった尾でヒムを払う。
ユウとは反対の位置へと吹き飛ばされ、土煙が舞う。
だが盾で防ぎ、壁に背中が付くのと同時に再びバルファルクへと立ち向かう。
バルファルクはヒムを睨み、前足で掴みかかろうとする。
それを盾で弾き、剣で斬り付けた。
怯んだ隙を、ヴィヴィが瓦礫の上から矢を放ち、視線を誘導。
そこへ、右へ回り込んだユウが一閃。
雷撃を纏った刃がバルファルクの鱗を斬り裂き――。
遅れてビンによる属性爆発が血肉を喰らう。
苦悶の悲鳴を上げるバルファルク。
胸の給気口から龍気を吸い込み、空へと逃げる準備をする。
――そこへ、ヒムがビンのエネルギーを纏った剣で給気口へ一撃。
バチバチとエネルギー塊が楔のように、バルファルクの胸に突き刺さった。
ヒムはバルファルクの牽制の一撃を避ける為に一旦距離を取る。
息を呑みこむ。
「あいつに出来て、……俺に出来ない事はない!」
――追撃【撃針】。
剣と盾を合体させ、巨大な一つの斧となった盾斧。
「いける!」
楔となったエネルギー塊を、渾身の力で殴りつけた。
バルファルクの急所をビンの爆発がえぐる、強烈な一撃。
悲鳴と共に、給気口に逆流した血が噴き出す。
後ずさり、瀕死の状態のバルファルクが肩で息を吸う。
バルファルクの視線の先――。
そこにはザドに抱えられているユイファの姿。
ユウがスラッシュゲージのリロードを開始した。
今まで使用していた剣斧の機工は若干異なる。
だが――。
早くしろ、と剣斧がせかす。
バルファルクは残った最後の龍気を使い、ユイファへと突進。
消化できなかった龍気に混じり、噴血。
その咆哮は、血の雨降らすようだった。
高速で迫る銀駆。
そこへ、翔蟲の糸で跳躍したユウがバルファルクの翼にしがみつく。
ユウを巻き込み、ユイファ目前をかすめて空へと舞う。
回る景色。
遥か先の地平。
突如襲う、落下の感覚。
薄く開けた目。
速度の終着点。
そこには、ただ一点。
ユイファの姿があった。
間もなく臨界状態を終える【裂雷】。
時間が無い。
定石なら、給気口となる腹部に剣斧を突き立てる。
だがこのプライドの高い相棒が、それを許さない。
――食ラワセロ。
神の王の牙が吠え猛る。
気付けば、バルファルクの頭蓋に剣の切っ先を突き立てていた。
息を吸い込む。
そして剣斧と共に吐き出す、感覚。
ユウの紫に灯る瞳が揺れる。
ヌシジンオウガとユウの笑みが、重なった。
「ゼロ距離――!」
金色に爆ぜるジンオウガの雷光。
特大の雷撃がバルファルクの頭部で炸裂した。
断末魔、絶命すら許さぬ、牙の一撃。
頭を失い、軌道が逸れる。
ユウはずり落ちるようにバルファルクから身を離し、翔蟲の糸で着地。
足だけでは勢いを殺せず、排熱煙る剣斧を地面へと突き立てる。
その背中を。
ヒムが支えるように、受け止めた。
「おかえり、親友」
「……ただいま、親友」
遅れてヴィヴィが二人に駆け寄る。
「うぇーい。さすが英雄」
三人が右拳を合わせる。
ボロボロになりながら、生還を喜び、互いの健闘をたたえ合った。
――直後、瓦礫に落ちたバルファルクの身体が立ち上がった。
「そんな!?」
ユウの言葉に、この場全員が同じ事を思う。
頭を失い、動けるはずはない。
だが痙攣するように四肢を震わせ、血だらけの給気口から龍気を集めだす。
頭は無い。
当然、ユイファは見えていないはず。
バルファルクの翼が前へ折り畳まれる。
死体が、龍気砲の発射体勢を作る。
標的は――。
ヴィヴィは弓を引き。
ヒムは駆け出し。
ユウは、翔蟲の糸で既に跳躍をしていた。
だが、間に合わない。
溢れる龍気。
――発射。
一閃。
風斬り音が、後から付いてきた。
振るわれた太刀が旋風を作り、渦を巻いて消えていく。
里長ザドによる一撃が、バルファルクの翼を根本から断ち切っていた。
納刀と同時に龍気が血と共に爆ぜる。
「……ザド!」
「すっげぇ。斬った瞬間がまるで見えなかったぜ……」
ザドは呼吸を整え、ユイファへと向きなおる。
「ユイファ殿。ご無事か?」
「ええ。ザドさん。それにハンターの皆さんもありがとうございます」
ユイファが手を袖で隠し、下げた頭の前で合わせる礼をする。
顔を上げる。
ほほ笑みに、ユウは凍り付いた。
先ほどまで茶屋のバイトをしていた少女と同一人物とは思えぬ、異質。
その背後に感じる、強大な圧。
「……ザド。ユイファさんって」
「――あー! もう! 騎士団の連中は一体何をやってんだよ!」
ユウの言葉を遮りヒムが頭を掻きながら、苛立つ声を上げる。
「言われてみれば、そうだねぇ」
ヴィヴィも事態の異常を感じて、周囲を見回す。
気付けば、異常を知らせる鐘は鳴りやんでいない。
周囲から立ち上る土煙。
バルファルクの血だまり。
ザドは無言で腕を組んで、森の方を見ている。
何かが――起きている。
そう感じる程の異常さに、剣斧を握る手が強くなる。
そこへ一羽のフクズクがザドの元へと飛んできた。
羽ばたき。
一枚の羽が抜けてユウの鼻先を掠める。
その足には手紙が巻き付けられていた。
「――ふむ」
まるで溜息のようにザドが文を端まで目を通す。
そして文を懐にしまい込み、代わりに赤い布を巻きつけてフクズクを飛ばした。
「ヴィヴィ。この鏑矢を放て」
ザドは腰に付けている三本の内、一本の鏑矢をヴィヴィへと手渡す。
「……え。これって」
黄色と黒で塗られた矢。
それを受け取るヴィヴィの手が震えていた。
「……ザド、それって」
「ああ」
ザドが短く答えて、深く頷く。
「社跡の奥。……森の奥にて、モンスターたちの異常行動が確認された。騎士団はその対処に当たってくれている」
「異常行動!? ……それって!?」
ヒムが驚きの声を上げ、ユウが同意する。
遠く、森そのものがうねるような地響きが響いてくる。
ヴィヴィが鏑矢を天へと放つ。
鳥の鳴き声のような甲高い音が里全体へと響き渡る。
「――百竜夜行が、始まった」
里長の重い一言に、ユウたちが息を呑む。
遠く響き渡る矢の音が、ユウの耳にはどうしても。
悪夢を告げる魔性の鳴き声のように聞こえてならなかった。