モンスターハンター ライズ  ~明けの双星~   作:佐藤 磊童

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チャプター⑥ 夜の終わりのイブシ 其ノ一

 ――我ハ誰ゾ。

 お前はジンオウガ。

 ――我ハ誰ゾ。

 この森の王、そして。

 ――我ハ、誰ゾ。

 

 僕の、相棒だ。

 

■■

 

 それを手に取ると、不思議なくらい馴染んだ。

 今までずっと握り続けていたような。

 だが、油断はできない。

 少しでも気を緩めば、今すぐにでも主を食らい尽くす。

 

 そんな相反する感覚がする剣斧を構える。

 同時に、機工が解放。

 無意識で操作したのか。

 

 いいや。

 

 まるで剣斧が自らの意志で。

 その形を選んだかのような――。

 

 迸る電流がユウの体内を巡る。

 瞬間、一切の音が意味を失くし。

 色彩が、白と黒のみとなり。

 

 ただ一点。

 眼前にゆっくりと迫るバルファルク。

 それだけが、ユウの世界に存在している。

 

 錯覚か。

 だが、戸惑いはない。

 ユウは左足を踏み込み、姿勢を低く。

 

 更に低く、構える。

 

 バルファルクが剣斧の届く範囲へと来ていた。

 

 ――食ラワセロ。

 

「ああ、思う存分!」

 

 剣斧を振るう。

 

 直後に鳴り響く轟音、そして地響き。

 沈み、遅れて立ち上る家屋と土埃。

 

 付近全体に走る衝撃波が、その威力を物語っていた。

 

■■

 

「ユウさん!」

 

 ユイファがザドを振りほどき、ユウへと向かって手を伸ばす。

 

「ユイファ殿、落ち着いてください」

「ザドさん、ユウさんは病み上がりなんですよ!」

「大丈夫です! あいつはハンターなんです」

「答えになってません!」

 

 土埃が晴れていく。

 陽が銀駆を照らす。

 

「ユウ……さ、ん」

 

 バチリと、空気が焼ける音がした。

 風が、土埃を払う。

 

 機工からビンのエネルギーがガスとして吹き上がる。

 少しでも力を緩めれば荒れ狂い、破裂する程の。

 臨界状態へと至った剣斧。

 

 人影が、晒される。

 

「……やはり」

 

 何かを確信したザドが小さく呟く。

 

 ユウの目が、ゆっくりと見開かれる。

 そこには、紫玉の瞳。

 

 ミイのような不安定さは皆無。

 漲るような英気。

 そして、剣斧から立ち上るような雷。

 

 呼吸を細く、深く吐き出す。

 余分な感情の一切を捨てるが如く。

 

「――ぐっ!」

 

 足の踏ん張りが抜け、片膝をつく。

 一瞬の隙を縫うように、バルファルクの牙がユウへと迫る。

 

 その一撃を、雷撃を纏った剣斧が弾き返す。

 斬撃と同時に滞留するビンのエネルギーが爆ぜる。

 

 自分でも意識していない動きだった。

 

 まるで、だらしない主を剣斧自らが庇ったかのような。

 ユウは何も言わない自らの武器を見つめる。

 そして舌先を横に一閃。 

 

「これじゃあ、どっちが主か分かんないや」

 

 瓦礫。

 足に力を込めて、再び立ち上がる。

 

「英雄! 離れて!」

 

 ヴィヴィが声と同時に矢を放つ。

 傷ついた表皮を正確に射抜く矢。

 

 そこへ遅れてヒムが駆け出す。

 

「待たせたな!」

「ヒム!」

「よっしゃぁ! 超出力――ってあれ?」

 

 ビンにエネルギーが溜め切っていない。

 バルファルクはよろけながらも、振るった尾でヒムを払う。

 

 ユウとは反対の位置へと吹き飛ばされ、土煙が舞う。

 だが盾で防ぎ、壁に背中が付くのと同時に再びバルファルクへと立ち向かう。

 

 バルファルクはヒムを睨み、前足で掴みかかろうとする。

 それを盾で弾き、剣で斬り付けた。

 

 怯んだ隙を、ヴィヴィが瓦礫の上から矢を放ち、視線を誘導。

 そこへ、右へ回り込んだユウが一閃。

 

 雷撃を纏った刃がバルファルクの鱗を斬り裂き――。

 遅れてビンによる属性爆発が血肉を喰らう。

 

 苦悶の悲鳴を上げるバルファルク。

 胸の給気口から龍気を吸い込み、空へと逃げる準備をする。

 

 ――そこへ、ヒムがビンのエネルギーを纏った剣で給気口へ一撃。

 バチバチとエネルギー塊が楔のように、バルファルクの胸に突き刺さった。

 

 ヒムはバルファルクの牽制の一撃を避ける為に一旦距離を取る。

 息を呑みこむ。

 

「あいつに出来て、……俺に出来ない事はない!」

 

 ――追撃【撃針】。

 

 剣と盾を合体させ、巨大な一つの斧となった盾斧。

 

「いける!」

 

 楔となったエネルギー塊を、渾身の力で殴りつけた。

 バルファルクの急所をビンの爆発がえぐる、強烈な一撃。

 

 悲鳴と共に、給気口に逆流した血が噴き出す。

 後ずさり、瀕死の状態のバルファルクが肩で息を吸う。

 

 バルファルクの視線の先――。

 そこにはザドに抱えられているユイファの姿。

 

 ユウがスラッシュゲージのリロードを開始した。

 今まで使用していた剣斧の機工は若干異なる。

 

 だが――。

 早くしろ、と剣斧がせかす。

 

 バルファルクは残った最後の龍気を使い、ユイファへと突進。

 消化できなかった龍気に混じり、噴血。

 その咆哮は、血の雨降らすようだった。

 

 高速で迫る銀駆。

 

 そこへ、翔蟲の糸で跳躍したユウがバルファルクの翼にしがみつく。

 ユウを巻き込み、ユイファ目前をかすめて空へと舞う。

 

 回る景色。

 遥か先の地平。

 突如襲う、落下の感覚。

 

 薄く開けた目。

 速度の終着点。

 そこには、ただ一点。

 ユイファの姿があった。

 

 間もなく臨界状態を終える【裂雷】。

 時間が無い。

 

 定石なら、給気口となる腹部に剣斧を突き立てる。

 だがこのプライドの高い相棒が、それを許さない。

 

 ――食ラワセロ。

 神の王の牙が吠え猛る。

 

 気付けば、バルファルクの頭蓋に剣の切っ先を突き立てていた。

 

 息を吸い込む。

 そして剣斧と共に吐き出す、感覚。

 

 ユウの紫に灯る瞳が揺れる。

 ヌシジンオウガとユウの笑みが、重なった。

 

「ゼロ距離――!」

 

 金色に爆ぜるジンオウガの雷光。

 特大の雷撃がバルファルクの頭部で炸裂した。

 

 断末魔、絶命すら許さぬ、牙の一撃。

 

 頭を失い、軌道が逸れる。

 ユウはずり落ちるようにバルファルクから身を離し、翔蟲の糸で着地。

 

 足だけでは勢いを殺せず、排熱煙る剣斧を地面へと突き立てる。

 

 その背中を。

 ヒムが支えるように、受け止めた。

 

「おかえり、親友」

「……ただいま、親友」

 

 遅れてヴィヴィが二人に駆け寄る。

 

「うぇーい。さすが英雄」

 

 三人が右拳を合わせる。

 ボロボロになりながら、生還を喜び、互いの健闘をたたえ合った。

 

 ――直後、瓦礫に落ちたバルファルクの身体が立ち上がった。

 

「そんな!?」

 

 ユウの言葉に、この場全員が同じ事を思う。

 

 頭を失い、動けるはずはない。

 だが痙攣するように四肢を震わせ、血だらけの給気口から龍気を集めだす。

 

 頭は無い。

 当然、ユイファは見えていないはず。

 

 バルファルクの翼が前へ折り畳まれる。

 死体が、龍気砲の発射体勢を作る。

 

 標的は――。

 

 ヴィヴィは弓を引き。

 ヒムは駆け出し。

 ユウは、翔蟲の糸で既に跳躍をしていた。

 

 だが、間に合わない。

 溢れる龍気。

 

 ――発射。

 

 一閃。

 風斬り音が、後から付いてきた。

 

 振るわれた太刀が旋風を作り、渦を巻いて消えていく。

 里長ザドによる一撃が、バルファルクの翼を根本から断ち切っていた。

 

 納刀と同時に龍気が血と共に爆ぜる。

 

「……ザド!」

「すっげぇ。斬った瞬間がまるで見えなかったぜ……」

 

 ザドは呼吸を整え、ユイファへと向きなおる。

 

「ユイファ殿。ご無事か?」

「ええ。ザドさん。それにハンターの皆さんもありがとうございます」

 

 ユイファが手を袖で隠し、下げた頭の前で合わせる礼をする。

 顔を上げる。

 

 ほほ笑みに、ユウは凍り付いた。

 

 先ほどまで茶屋のバイトをしていた少女と同一人物とは思えぬ、異質。

 その背後に感じる、強大な圧。

 

「……ザド。ユイファさんって」

「――あー! もう! 騎士団の連中は一体何をやってんだよ!」

 

 ユウの言葉を遮りヒムが頭を掻きながら、苛立つ声を上げる。

 

「言われてみれば、そうだねぇ」

 

 ヴィヴィも事態の異常を感じて、周囲を見回す。

 気付けば、異常を知らせる鐘は鳴りやんでいない。

 

 周囲から立ち上る土煙。

 バルファルクの血だまり。

 ザドは無言で腕を組んで、森の方を見ている。

 

 何かが――起きている。

 

 そう感じる程の異常さに、剣斧を握る手が強くなる。

 

 そこへ一羽のフクズクがザドの元へと飛んできた。

 羽ばたき。

 一枚の羽が抜けてユウの鼻先を掠める。

 

 その足には手紙が巻き付けられていた。

 

「――ふむ」

 

 まるで溜息のようにザドが文を端まで目を通す。

 そして文を懐にしまい込み、代わりに赤い布を巻きつけてフクズクを飛ばした。

 

「ヴィヴィ。この鏑矢を放て」

 

 ザドは腰に付けている三本の内、一本の鏑矢をヴィヴィへと手渡す。

 

「……え。これって」

 

 黄色と黒で塗られた矢。

 それを受け取るヴィヴィの手が震えていた。

 

「……ザド、それって」

「ああ」

 

 ザドが短く答えて、深く頷く。

 

「社跡の奥。……森の奥にて、モンスターたちの異常行動が確認された。騎士団はその対処に当たってくれている」

「異常行動!? ……それって!?」

 

 ヒムが驚きの声を上げ、ユウが同意する。

 遠く、森そのものがうねるような地響きが響いてくる。

 

 ヴィヴィが鏑矢を天へと放つ。

 

 鳥の鳴き声のような甲高い音が里全体へと響き渡る。

 

「――百竜夜行が、始まった」

 

 里長の重い一言に、ユウたちが息を呑む。

 遠く響き渡る矢の音が、ユウの耳にはどうしても。

 

 悪夢を告げる魔性の鳴き声のように聞こえてならなかった。

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