モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
――大社跡。
古く、カムラの神事を司っていた地が地響きで揺れる。
草木は鳴き、鳥は羽ばたき、動物たちは姿を隠す。
白く美しい翼が舞い、それに合わせるように金属の鈍い音が鳴り響く。
騎士団たちによる狩猟。
その怒号に呼応するように森の気配が強く、濃くなっていく。
騎士団の一人が構えたランスの切っ先を下げた。
その先に横たわる、狩猟したアケノシルムを見て深く溜息をついた。
「流石にヌシジンオウガはいないか」
「あれがいたら戦線は崩壊するなー」
「うんうん」
「そこ! 無駄口叩く余裕があるなら、他のチームのカバーに行け!」
ガルクに乗った上級騎士の言葉に慌てて次のエリアへ行こうとする。
そこへ、リオレイアが螺旋を描きながら飛来。
騎士たちの上空から睨みつけた。
「……まじかよ」
「へへ。ヌシジンオウガよりはマシだろー」
「うんうん」
そう言いながら、三人が再びランスを構える。
「隊長! こっちに応援は無いんですかねぇ?」
「戦う前からもう弱音か?」
遠く、狩猟笛が響き渡る。
「まさか。言ってみただけですよ」
「ならばやってみせろ」
「……聞いたな、みんな?」
「訓練の成果を見せる時ってかー」
「うんうん」
リオレイアが羽ばたきながら火球を吐く。
「――気焔万丈!」
それをランスで防ぎ、爆炎の中、三人が同時に別方向から突き上げた。
森のあちこちでモンスターたちが、何かに追い立てられるようにカムラへと迫る。
騎士団たちの目的は本格的な百竜夜行に備えて、少しでもモンスターの数を減らす事。
そして、里が設置した『翡葉の砦』へと正確にモンスターたちを誘導する事。
森のあちこちで上がる狼煙。
モンスターたちの咆哮。
仲間の騎士団たちの怒号。
鳥たちの羽ばたきすら聞こえなくなった。
森が動いている。
そう感じるには十分な程の気配が、見渡す限りを覆っていた。
■■
――バチリと、ユウの持つ剣斧が火花を立てた。
「ザド、色々と聞きたい事がある」
「……ユイファ殿の事か」
「うん」
ザドが腕を組んだまま、ユウの顔を見る。
ユウの瞳は元の茶褐色へと戻っており、狩猟後の高揚感も落ち着いているように見えた。
だが、ユウの剣斧は獲物を喰らった事で満足そうに輝いてすら見える。
ザドは無言で頷き、鼻から大きな息を吐き出した。
「付いてこい。……と、まずはお前の武器を研がんといけないな」
「え? ……ああ」
ユウは、剣斧が研ぎきれていない状態だった事を思い出した。
「あ、あのぉ、俺は……」
「ん? おお、お前は確かヒム、だったか。里の為にありがとう」
頭を下げようとするザドを、ヒムが慌てて制止。
「き、騎士団として当然の事をしたまでです! それより……」
「?」
「あ、握手……。してもらえませんか?」
ユウの「はぁ?」という表情をよそに、ヒムが満足そうに握手する。
「えーいゆう」
「はい?」
ヴィヴィがユウの前に立ち、悪戯を思いついた顔でにんまりとした。
「それ!」
「――ぅわっぷ!?」
ヴィヴィはユウを抱き寄せ、大きな胸で顔を包み込んだ。
「ヴィヴィさん!? もぎゅう……」
「あははー。英雄を見てるとなーんか悪戯したくなっちゃうんだよねぇ」
大人の包容力に顔を赤らめながら藻掻くユウ。
それを、溜息を付きながら、ザドがたしなめた。
「ヴィヴィ。お前はこれから、ミノトのところへ行き、ハンター全体にクエスト受注の準備をしろ。それとヒノエには砦の指揮を」
「あーい」
のんびりとした返事ではあるが、その反面、表情はハンターのそれになっていた。
この切り替えの早さが、上位ハンターの証だろうか。
ユウはそんな事を思っていた。
■■
集会場の二階。
大瀑布の音がごうごうと響く一室に、三人はいた。
「……え? 俺も居ていいの?」
今更ながらヒムが、自身の場違いをユウに尋ねる。
「いいんじゃない?」
「えー……。俺、なんか重い話とか苦手よ?」
「僕もだよ……。でも」
ザドをちらりと見る。
ザドは心を落ち着けるように、ゆっくりと茶を啜っていた。
「……さて。そうだな、ヒム」
「あ、席を外しますね」
「お前にはユイファ殿の護衛についてもらう事にした」
「お疲れっしたー……、ぇあ?」
「心配するな。リーガルには話を通してある」
話が読めないヒムが恐る恐る手を上げる。
「あ、あのー……、それで団長は、何と?」
「ん? はーはっはっは、と笑っていたな」
「……どゆこと?」
ザドとリーガルは古くからの狩猟仲間と聞いていた。
だが、そこにどんな会話があったのか、分かりかねたヒムがユウに視線で同意を求める。
「あー……。リーガルさんらしいね」
ユウの想像では「万事好きにしろ」と言っているリーガルが浮かんだ。
ザドの雰囲気から見て、おそらく合っているのだろう。
ユウは茶を半分ほど飲んだところで、ヒムを見る。
ガタガタと震えて、一口も手を付けていない。
そこへ茶を飲み切ったザドが、カタンと湯呑をお盆に置いた。
「では、ユイファ第三王女について……」
ザドが二人から視線を外した。
「ご本人から語ってもらおう」
風が通り抜けた。
集会場へと続く、暖簾の奥。
万年桜の花びらと共に、ユイファが姿を現した。
「……ユウさん」
「ユイファ、……さん」
緑色の瞳がユウを見る。
「そして皆さま。先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
ユイファは手を隠し、袖と袖を合わせて頭を下げる、独特な礼をする。
そうして畳を擦る音と共に、三人の前に正座した。
「改めてこちらは、ユイファ殿。王国の隣に広がる原生林を統べる国の、第三王女だ」
「国……といっても、部族程度の人口しかおりませんが」
言われてもピンと来ないユウが、助け船を求めてヒムを見る。
だが、ヒムはもっとピンと来ていないようで、「そんな国あったのか」と小さく呟いていた。
「ザドさん、まず私の目的から話をしても?」
下の茶屋のアイルーがユイファの分のお茶と、三人分のおかわりを持ってきた。
カチャカチャと音が鳴る中、目を閉じながらザドが思案する。
「そう、……ですね」
ザドがゆっくりと目を開けた。
それを見てユイファが無言で頷く。
「ユウさん」
突然名前を呼ばれ、心臓が飛び上がる思いだった。
「我が国は、王国から『狂竜ウイルス』の播種の嫌疑が掛けられていました」
「は……しゅ?」
聞いた事がない言葉に、ユウとヒムの頭の上に「?」が浮かぶ。
「病気などを意図的に、広範囲に植えつける、という意味です」
隣でヒムが「ああ」と言ってくれ、ユウは少しほっとした。
「その嫌疑が晴れた事で、カムラの里を仲介人とし、王国と和解の調停を結ぶべく、現在まで滞在しています」
――表向きは。
と、ユイファが付け足した。
「単刀直入に言いましょう」
ユイファが再びユウを見る。
その顔には、微かに陰りが見えた気がした。
「……我が国は、王国とカムラの混乱に乗じて『変異した狂竜ウイルス』を手にしようと画策しています」
そこまで言って、ユイファが畳に手を付ける。
頭を下げようとしたところで、ザドがユイファを制止した。
「……ユイファ殿」
ユイファは畳を見つめたままの状態で目を閉じた。
「先日の、貴方のお姉さんの件」
「……え」
「貴方の家にあった複数の死体は、おそらく」
――貴方のお姉さんを狙った、我が国のハンターです。
ユイファの爪が畳に食い込む音がする。
「……付け足すと、そのユイファ殿の国のハンターたちの標的は、俺とお前でもある」
「え、な、なんで?」
「なぜなら、ミイ同様。俺もお前も、変異型の狂竜ウイルスのホルダーとなっているからだ」
「僕と、ミイと……同じ?」
ユウの言葉にザドが無言で頷く。
「ルルカの話では『狂変ウイルス』と呼称している。さっきの狩猟で気付かなかったか?」
「何を?」
「狩猟の際、頭を支配するような万能感。身体の熱。腹の底から湧き上がる力。そして」
「……好戦的な、考え……」
その通りだと、ザドがつぶやいた。
「あ、あの! ちょっとイイですか?」
「……いいぞ」
想像以上に重すぎる内容に頭がついて行かない、ヒムが深呼吸をする。
「その、二つあるんですけど」
「どうぞ」
今度はユイファがヒムの発言を承認した。
「一つ目は、あっと、ザドも何とかウイルスのホルダーって事?」
「俺の場合は、ミイを介して感染した。だが、ユウとミイは、狩猟されたヌシジンオウガを媒介にしている」
「……」
事実を受け止めきれないユウが放心していた。
「それで、二つめとは?」
ユイファの鈴のような声に、ヒムが唾を飲み込む。
「二つ目は……、俺こんな話聞いてても、……良いんでしょうか」
ヒムが当然の主張をする。
この中でヒムだけがただ一人、無関係なのだ。
だが、その問いにザドがヒムへと身体の向きを変えた。
「先にも言った通り、お前にはユイファ殿の護衛を頼みたい」
「でも、それは……俺には」
自分には重い任務。
そこまで言ってヒムは口をつぐんだ。
「今、騎士団において、リーガル以外にお前しか頼めんのだ」
「だから、何……で?」
ザドはユイファを一瞥し、再びヒムを見た。
「敵は、騎士団の中にも……いる」
少なくとも俺は、そう見ている。
小さく。
深い声でザドはそう言った。