モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「――こちらは百竜夜行のクエスト受付です! 列になってお待ちください!」
一階の集会場からミノトの声が響き渡る。
入り口から出て、野外までハンターたちの長蛇の列が出来ていた。
せわしなく動くミノトの後ろで、ルルカが補佐としてクエスト受注の判を押していく。
「ルルカさん、こちらにも判を。それと、こちらの装備申請には、この隣の判で押印してください」
「か……かしこまり、ました」
てきぱきと仕事をさばくミノトに同じ竜人族でも、こうも違うのかと思ってしまう。
だが、気落ちしている暇はない。
自分たちの仕事がいかに早く終えられるかで、一秒でも早くハンターたちが百竜夜行に備える事ができる。
……それは分かっているのだが。
この列に終わりはあるのだろうか、と思えてしまう。
一体どんなハンターが参加してくれているのだろう。
ルルカはちらりとハンターの顔を見る。
大体は見知った顔。
だがその中には、おそらく近隣のユクモから来たハンターや、それ以外から来ていたハンターの姿もあった。
百竜夜行に向けて、里長が各地を巡り集めた精鋭。
予定よりおよそ一ヵ月も早いが、それでもかなりの数が集まっている。
ふと一人のハンターと目が合う。
黒いローブを被り、その表情は伺い知れない。
ルルカの視線に気付いたハンターの前を、行きかう人が通り過ぎる。
次の瞬間、黒いローブを纏った人物は姿を消していた。
「どうしました? ルルカさん」
「……ミ、ミノトさ、ん」
ルルカが吃音を堪えながら、懸命にその人物の事を伝える。
ミノトはクエスト受注の手を止めずに、思考を巡らす。
そして筆を止めて、ルルカへと向きなおる。
「ルルカさん。……ひとつ、お願いがあります」
■■
集会場の一階から臨む瀑布の音。
その音に混じって、ミノトとルルカが行列を成すハンターたちのクエスト受注を手際よくこなす声が二階まで届いていた。
「さん。――……ユウさん?」
ユイファの声にはっとする。
気付けば、ザドもヒムも自分を心配そうに見つめていた。
「……あ、うん。大丈夫」
言葉と気持ちが噛み合わない事など、誰にでもある事。
だが今回に至っては空返事に過ぎない事に、この場の全員が気付いていた。
自分とザドが同じウイルスに感染している。
その事実が、ユウの思考を蝕んでいた。
胸中にある複雑な思い。
雷鳴の夜。
遠く、自らの弱さのせいで招いた厄災は、ミイだけではなくザドまでも巻き込んでしまっていた。
――ごめん、ザド。
喉まで出掛かった言葉を、冷めたお茶で無理やり飲み込む。
今、すべきは謝罪ではない。
それをザドが望んでいるとも思えない。
空になった湯呑を盆に置く音が、やけに大きく聞こえた気がした。
「……話は以上だ」
ユウの様子を見たザドが話を打ち切り、膝を立てる。
思いつめるユウの肩に、ザドが手を押し当てる。
固く、大きい手。
ようやくザドの顔を見る事が出来たユウの瞳から伝わる、十分すぎる感情。
ザドは口角を上げ、もう一度ユウの肩を叩いた。
「為すべきを成せ」
「……うん」
ユウは剣斧を担ぎ、集会場を後にしようとする。
その出入口を、一人の女が仁王立ちで待ち構えていた。
「待ちな、ユウ。それに……ザド」
「げ、……スグハ」
何の話か分からないユウがザドを見る。
ザドは無言で両手を合わせ、「すまん」と意思表示をした。
「ザドも言ったろ? そいつはまだ完全に砥ぎきれていないんだ。未完成なんだよ」
「えー!? でも!」
「でももヘチマもあるか! 未調整の状態で属性解放までしやがって。一歩間違えればお前の腕ごと吹っ飛ぶところだったんだぞ!」
スグハの懸念ももっともである。
調整前の武器で事故が起こった場合、その結果は狩猟失敗だけではない。
ハンターも死に、今回の場合に当てはめれば里が壊滅していたとしてもおかしくなかった。
「……ザド」
ユウの懇願するような視線に、ザドは目をつむりながら、眉間に皺を寄せる。
「ユウ。……すまん」
その謝罪は、師、あるいは里長としてだろうか。
しぶしぶ背の【烈雷】の柄に手を伸ばす。
「……わかりました」
不服そうに口を尖らせながら、スグハに剣斧を手渡す。
剣斧が、自分から離れていく。
ユウにはなぜかそれが、自分自身が引き離されるように感じた。
スグハが手にした瞬間、パチリと静電気の音が響いた。
「全くこの剣斧ときたら。本当に気位が高いったらありゃしない」
スグハは剣斧を丁寧に布に包み、踵を返していった。
「それで、……なら、僕は何をすればいいの?」
武器もない状態で、迫るモンスターの群れに向かう事は出来ない。
ザドが思案しながら、顎に手を当てる。
「そうだな。お前には狩猟設備の担当をしてもらおう」
■■
――翡葉の砦。
およそ二年前の百竜の爪痕が残りし、夜行の最終防衛ライン。
設備の復旧はだいぶ進んだとはいえ、随所に見られる爪痕が今なお刻まれていた。
頑丈な最終関門の一部の歪曲部分に、小さなアイルーの手が触れる。
片目のアイルーはその凹みに触れ、尻尾と長い髭を力なく垂れ下げた。
かつてあった血の跡は綺麗にふき取られており、痕跡は僅か。
ここでマスターランクのハンターが一人、命を落とした事実を消していた。
アイルーはそびえ立つ関門を見上げる。
あの日の油断。
あの時の後悔。
もう二度と繰り返してなるものかと、門に触れた手を握り拳へと作り替えた。
「あれ? シショー!」
遠くから聞き覚えのある声がして、まず耳がその方向へと向いた。
続いて顔をその声の主へと向ける。
元マスターランクのアイルー。
名を、ヌコヌコ。
振り向いた瞬間に零れた水滴が僅かに日に当たり、やがて来る夜の闇へと消えていった。
西日、里の方向から三人の人影が駆け寄ってくる。
ユウ。
アカメの背に乗った、病院で見た看護師。
それと、ハムだったか、ヒムだったかという騎士団の青二才。
「ユウ! ……って、お前武器はどうしたのにゃ?」
「それが、まだ研ぎきれてないとかで。……今回は狩猟設備の遊撃隊としてきました!」
「私は負傷者看護の後方支援で」
「俺は……」
ヒムの言葉はヌコヌコの耳に入って来ず、代わりにアカメの「ワン!」という鳴き声が岩間に響き渡った。
「そうか。お前たちは初めての百竜夜行か。ちょうどいいにゃ。あの櫓に上ってみるのにゃ」
そう言って、ヌコヌコが物見櫓を指さした。
ユウとヒムは翔蟲を使い、ユイファはアカメに跨った状態で頂上へとたどり着く。
百竜が始まると真っ先に破壊される櫓。
だが、その造りはしっかりとしており、三人が立っても十分過ぎる広さを感じた。
ユウの視線が、足元に広がる森から遥か先の山々へ移る。
空の奥は既に夜。
ユウはふと周囲を見渡した。
高所から臨む、手が届きそうな空。
夕夜の境界を目の当たりにし、深く息を吐き出した。
夜から寒々しい風がユウたちの間を吹き抜ける。
平時であれば何も思わない風。
だが、あの山の奥には津波のように迫る大量のモンスターの黒い気配。
「見えるか、あの山」
そういって、ヌコヌコが指さす先の山脈。
「あの山を越えたら、ここまではあっという間にゃ」
普段と違うヌコヌコの雰囲気に、三人の背筋が伸びる。
山の向こうでは騎士団たちが決死でモンスターの進行を抑えているが、それも間もなく役目を終える。
そうなれば、ここが一気に戦場と化す。
櫓の手すりを掴む、ユウの手に力が入る。
ユイファたちに知られぬように、静かに息を吸い込む。
だが緊張して上手くできない。
それを察したのか、ヒムがユウの背を軽く叩く。
振り返るといつもの笑みを浮かべる親友。
ああ、本当にこいつは。
そう思った瞬間、不思議と肩の力が抜けていった。
ヒムが拳を差し出し、ユウがそれに合わせる。
次に肘と肘を当て最後に互いの拳を重ねる、二人で決めたグータッチ。
二人の拳の上に、ユイファが手のひらを添えた。
思わぬ三人目の合いの手に、ユウとヒムに笑みが浮かび、ユイファも釣られて笑い出す。
――二年前の百竜夜行。
あの日、姉の背中を見送った少年は、もういない。