モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「――俺たち、マジでこのままでいいのかな……」
水没林。
そのキャンプ地のテントの中で、一人のハンターが独り言のようにつぶやく。
「……リツ。どういう事だい?」
リツと呼ばれたハンターは、リーダーのマキにじろりと睨まれ、少しだけ喉を詰まらせた。
「……俺たちを助けてくれたのは下位の、しかも俺たちがバカにしちまった、あのユウだぜ?」
この場全員が思っていた事を。
その全てをリツが一人で、一言で代弁してしまった。
――優秀な姉の影に隠れた、情けない弟。
そのひよっ子が、今自分たちの為に戦ってくれている。
しかも自分のランクよりも難易度が高い二頭狩りだ。
「……行ってくる」
「どこへ!?」
「決まってんだろ! あのガキの、ユウのところだよ!」
そう言って、太刀を担ぎ出す。
「……なら、おいらも」
モーストもやつれた顔でハンマーを手に取る。
「止めてくれるなよ、リーダー」
二人がテントから出ようとタープに手を掛けた時、
「待ちなよ」
リツたちが怪訝そうな目でマキを見る。
マキは視線を落とし、ゆっくりと息を吐き出すと、
「……私もいく」
焔を宿した決意の目。
その瞳を見てリツは大きく目を開き、にやりと口角を上げた。
「リーダー」
足に大やけどを負って動けないヴィヴィがか細い声でマキを呼び止める。
「あたしの、……あたしの装備を使ってください」
言いながら防具、そして弓をマキへと手渡す。
「……いいのかい?」
「その代わり、必ず。あの子を助けてあげてください」
使い込まれた弓。
それを受け取る手が、僅かに震えていた。
「き……気炎万丈」
ヴィヴィが力なく、拳を作る。
「……ああ」
「ああ、気炎万丈!」
「久しぶりだな、気炎万丈!」
リツとモーストもヴィヴィに合わせて拳を作り、気合を入れる。
「行くよ、野郎ども!」
気を巡らし、焔とし。
万丈として事を成す。
その言霊に四つの拳が一つとなる。
憔悴しきった身体に強走薬で鞭を打つ。
だが、それ以上にマキたちの精神は、肉体を凌駕するほどに充実。
それを見守るヴィヴィの目は、パーティ結成時の熱を確かに感じ取っていた。
■■
「あの爆発は何だ!?」
原生林を抜けた先で聞こえた爆破音に、三人が足を速める。
そこには、飛沫を上げて地に堕ちるリオレウス。
遅れて着水するユウの姿があった。
スコールのように飛沫が水面を激しく揺らす。
ゆっくりと立ち上がると、肩で息をしながら青空を見上げた。
手に持つ剣斧からは廃熱の煙が立ち上っていた。
「――猛き、炎」
誰がつぶやいたのか。
その姿に、里の英雄の姿を重ねた。
荒い呼吸が次第に収まる頃、
視線は自分が倒したリオレウスへと向けられていた。
マキには、それが自身の成果を見ているようには思えなかった。
ユウの背後に、巨大な影が広がる。
「ユウ!」
振り向くとユウの背後に仕留めたはずのリオレイアが立ち上がっていた。
ユウは武器を構えようとするが、すぐに下ろす。
そこでようやくマキたちに気付いたのか、こちらに視線を向ける。
その表情は、悲しみを孕んだ笑みだった。
迫る雌火竜。
マキたちは武器を構えながら駆け寄る。
だが、
「……大丈夫です。……もう」
雌火竜が脚を引きずりながら、力なくユウの後ろを通り過ぎる。
そして、動く事のない片割れの傍で小さく鳴き、再び地に伏せた。
二匹の火竜は、もう二度と。
動く事は無かった。
疲れた。
ユウの身体がぐらりと揺れる。
それを、三人が駆け寄り、抱きかかえた。
「……お疲れ。英雄」
「マキさん。……皆さんも」
気を失うように眠るユウをリツが背負う。
装備があるとはいえ、思った以上に軽い身体。
だが、背中越しに感じる確かな熱に、何とも言えない充足感を得る。
「あーあ、これじゃあ、どっちが救援か分からんのにゃ」
嬉しそうなヌコヌコの言葉に、四人の笑い声が水没林に木霊する。
遠くでは瀑布の音が、変わらずにごうごうと飛沫音を立てていた。
■■
――帰路。
山間を越え、ようやく平坦な道が多くなってきた。
ヴィヴィの傷の容態からカムラへは向かわず、ユクモを経由する事を決めた。
アカメの鼻先をホムラチョウが掠め、
気を取られそうになるところをヌコヌコが制する。
「ええ!? ヒノエさんもミノトさんも里に居ないんですか!?」
ヌコヌコとアカメが引く荷車の上で、ユウの素っ頓狂な声が響く。
「何だ、英雄。知らなかったのか?」
「はは。何でもエルガドのお偉いさんのトコに里長の名代で出向くらしいぜ、英雄」
「残念だったな、英雄」
「……英雄」
英雄。英雄。えいゆう?
「あの、皆さん、さっきから何ですか、その英雄って」
携帯食を食べながらユウが困った表情で尋ねる。
するとマキが太ましい腕でユウを抱き寄せ、赤い髪をわしわしとする。
「誰が何と言おうとも、あんたは私たちにとっての英雄さ!」
薄いミイのそれとは違う、大人の包容力に赤面。
剥そうとするも、腕力が違う。
抵抗する事を諦め、むくれ顔でマキの胸を枕に携帯食を食べる。
「しかし、今回のクエストは異常だったな」
「ああ。こんな時期に番いなんて聞いた事ねぇや」
「……あれが、例の件なんだろうか」
マキの呟きにリツが同意する。
ハンマーを研いでいたモーストの言葉に周囲が頷く。
「……へ? 何のことですか?」
タマヒヨドリの鳴き声。
マキが無言でユウの頭を叩く。
「集会所の掲示板を見てないのかい? ……呆れた英雄だね」
「え? ええ?」
曰く、昔に猛威を振るった狂竜ウイルス。
――その変異型に感染したモンスターたちが
僅かだが存在している可能性があるらしい。
「多くが気にする程じゃないが、中には群れを作るやつもいるって……」
そこから先の話は入ってこなかった。
確かに狂竜ウイルスの事は知っている。
だが、変異型の話は初耳だった。
「だから、やつらもそれに侵された個体だったのかって事だよ、英雄」
「……バカな英雄。略してバカユウ」
「それ、ただの悪口じゃないですか!」
ヴィヴィの毒舌に思わず口に含んだ携帯食を噴き出す。
周囲の笑いの中、ユウはリオレウスの瞳を思い出していた。
番いを殺されて、悲しみと怒りに満ちた、目。
ユウにはそれが、どうしても病魔に侵されたものとは思えなかった。
だが、自分の仕事はここまでだ。
あとは、回収班と、過重労働のルルカたちが結論を出すだろう。
そう思い、再び青空を見上げる。
ユクモへと続く空は、蒼々として澄み切っていた。
■■
――夕刻。
ユウの二頭狩り成功の知らせ。
その速報がカムラに届く。
ユクモ経由の為、凱旋にはもうしばらく時間を要する。
だが一報を聞いたルルカの顔に安堵が浮かんだ。
下位のハンターが救助を成功させ、
更にリオの番いを狩猟するという快挙。
里長のザドが、ミイの病室で満足そうに笑みを浮かべた。
「お前の弟は順調に強くなっているぞ」
「……」
しばらくして、ため息を含みながら「そうね」とつぶやく。
ふと。
動かないはずの右手。
その小指が包帯の中で動く事に気付く。
その、違和感に。
ミイはザドにばれないように顔を繕い、適当に話を合わせた。
ザドがミイの病室を後にしてから、ゆっくりと右手に力を入れた。
まだ痛みは残るものの、動く。
その事実に、ミイの表情に影が差した。
■■
負傷者の容態を見ながら、寄り道と幾度の休息を重ねた。
カムラへ戻るまでには、一か月を要した。
マキとヴィヴィたちを病院へ送り届け、ユウはミイの病室へと歩みを進めた。
「あれ?」
居ない。
ベッドには、ミイがいた痕跡はある。
だがシーツに触れても、温もりは無かった。
「――は、ハンターユウ!」
ルルカが息を切らせながら、病室に雪崩れ込んできた。
「ハンターミイの姿がありません!」
「え?」
それは、この現状を見れば理解できる。
だが、ルルカの様子からそんな状況ではない事は、何となく理解できた。
「ギルドで、あ……預かっていた装備一式が消えています!」
その一言に、全身の鳥肌が立つ。
「今朝クエストに出立したパーティの、申請した持ち物リストで、お、大タル爆弾が一つ余っています」
嫌な予感が、じわじわと膨らんでいく。
「も、もしかしたら、大タルにすり替えて、……中に入ってしまったのかも」
そこまで言い切って、項垂れるようにへたり込む。
ユウは、ルルカの小さな身体を支えながら、出来る限り、冷静さを保つようにする。
「……その、向かったクエストって」
ルルカが吃音を呑みこむように、そのクエストを告げた。
尾折れのマガイマド、その狩猟。
およそ一年前の百竜夜行。
マスターランクのハンターを殺した怨虎竜の討伐依頼。
その言葉に、背筋が冷えた。
聞こえないはずの雷鳴が、鼓膜の奥で鳴り響いた。