モンスターハンター ライズ ~明けの双星~ 作:佐藤 磊童
「……あれはやらないで良かったの?」
視界の遠くで、ラングロトラがヤツガタキに捕食されている。
円環。
自然の摂理とはいえ、獲物を横取りされ、ミイは少しだけ不満そうだった。
「元々、あの子は私たちのクエストには含まれていませんから」
セレナが頬を伝う汗を拭きながらミイに微笑みかける。
「つまり、試験だったって事か」
合否は?
そんな視線を無言でレイズに向ける。
その圧に耐え兼ね、レイズの視線が少し浮く。
「申し分ない。だが……」
「ジンクスはジンクスだよ。なぁリーダー」
「……うむ」
ヴァンがレイズの肩を抱き、しかめっ面で溜息を付いた。
ミイの実力は本物。
連携も初めてとは思えないくらい上出来。
文句などありようもない。
「このままミイがパーティに入ってくれたら、おれも元の会計の仕事に戻れるかな」
ソウシが眼鏡の汚れをふき取りながら軽口を言う。
「とはいえ、一先ずキャンプ地に戻ろう」
その言葉に、全員が踵を返す。
ヴァンが後方を警戒しながら、ヤツガタキを見た。
「しっかし、よく食べるやっちゃなぁ……」
「確か、産卵期を迎えたヤツガタキは、かなり獰猛でどんな得物も食べようとするんだとか」
「へぇ、お前みたいに?」
ヴァンの言葉にセレナの額に青い筋が浮かぶ。
「今日の食事当番は私なので。……覚悟するように」
二人のじゃれ合いを余所に、ミイも振り返りヤツガタキを見る。
咀嚼の音。
ラングロトラが分泌する異臭。
火山からの硫黄の臭い。
それらが混ざり合い、言いようのない不快感と共に、胸中を刺す。
ミイは胸に当てた手を拳にして、重い足取りでレイズの後を付いて行った。
■■
「――美味しい!」
夜を火煙が照らすキャンプ地で、セレナの声に全員が同意した。
ミイはパーティの食事を率先して手伝い、振る舞う。
ケルビの干し肉とは思えない柔らかく煮込まれたシチューに舌鼓を打つ。
その中に入った白いうさ団子が、腹を満たす。
「とても上手ですね。ヴァンが食事当番の時は最悪で……」
「あぁ、あれは酷かった。なんせ……」
「……ふむ」
狩りの最中だというのに、呑気だな。
ミイは少し離れた場所に腰かけ、シチューを口にする。
本当はユウにご馳走してあげたかった。
本音が小さく零れた。
匙の中のうさ団子を見つめ、再び食べ始める。
ふと、火口付近の雲から稲光が視界を掠めた。
火山雷。
大気中のガスや噴煙に含まれる粒子が摩擦する事で放電する現象。
その光景に、治ったはずの右腕がずきりと痛み、匙を落とす。
それを無言で広い、付近の水辺でゆすぐ。
水面に映る自分の顔に、ユウの面影を見た。
双子とはいえ、男女だ。
既に顔付きは変わってしまったが、目元や口元はユウに通じている。
なぜ、自分はこんな事をしているんだろうか。
思えば、ユウがリオの二頭狩りを成功させたと聞いた頃だった。
喜んだ半面。
なぜか置いていかれてしまったような気がした。
自分はお姉ちゃんだから。
ユウの先を歩まないといけない。
そんな気持ちが去来し、気が付けばギルドの装備保管庫に立っていた。
少しだけ埃が被った、自分の双剣を手にする。
曇った刃が、自分の心を写しているように思えた。
右手の包帯を解く。
そこには、歯型こそ残ってはいるが、すっかり治った右腕があった。
これは弟を守り切った勲章だ。
ミイは自身の傷痕をそう思う事にした。
火山雷。
右腕が、痛む。
■■
――次の日。
鉱石の傍で、まだ新しいピッケルが落ちているのを見つけた。
「……おそらく闇盗掘のやつらだろう」
レイズが短く吐き捨てる。
この場はギルドの管轄区。
だが、ギルドに認定されていない業者も、鉱石目当てで訪れる事もある。
少し離れたところにヤツガタキの糸が岩場に引っ掛かっているのを見つけた。
「おそらく、そいつらがヤツガタキに襲われたんだろう」
しゃがんで現場を検証しているソウシが、
指に付着した糸を擦り落としながらパーティの下へ戻ってくる。
「……昨日のあれ、人を食べているって事?」
「まだ断定はできんが、可能性は高い」
ミイの視界の端に蜘蛛のような影が動いたような気がした。
双剣に手を掛け、そちらを向くが何もない。
周囲を警戒していると、セレナが傍に寄ってきた。
「……よくある事ですから」
おそらくミイを気遣っての発言だろう。
ミイは無言で双剣から手を離し、セレナの先を行った。
少し進むとぽっかりと天井が開いた場所に出た。
「ミイ」
先頭を歩くソウシがミイにこちらに来るように促す。
親指の、向こうを見てみろというサインに促されるまま、視線を向ける。
そこには、流れる溶岩による滝。
朱色の瀑布。
その灼熱は赤を孕み、触れる者に等しく死を告げる死出の門。
遠くカムラの猛き炎の時代にも見られた自然の芸術。
地獄の淵があるとすれば。
そう思わせるには十分すぎる程の美しさが、そこにあった。
――その日は収穫の無い日だった。
余程警戒心が強いのか。
単に出くわさなかっただけなのか。
一日中溶岩洞を歩き回り、全員の体力が底をついているようだった。
とりわけミイの疲弊は他のメンバーよりも強く。
だが、それを悟られまいと無表情を貫いた。
この日も、ミイが食事当番を担当した。
ふと、食事を用意する手が止まる。
持参した食料も残り僅か。
当然だ。
ギルドに申請している狩猟日数は七日。
それはカムラからここにたどり着き、狩猟。
そして帰ってくるまでの総日数。
ただでさえ、ぎりぎりの食糧しか持ち込めない。
その上、自分という予定外が食い込んだのだ。
当然の帰結だった。
■■
地底湖。
溶岩洞の赤から打って変わり、どこからか入り込んだ陽の光を反射して光る蒼色の底。
足元からの蒼い光と洞窟の暗闇が織りなす、幻想的な光景。
足に感じる水は温く、ここが溶岩の間隣である事を嫌でも思い出させる。
レイズたちは水の音を最小限に響かせながら、慎重に探索を続ける。
――探索は、今日で最終日とする。
今朝、レイズが出立前に全員に告げた。
予定よりも食料が早く尽きる。
そんな事は言わず、ヤツガタキの件。
そして闇採掘業者の件のみを理由とし、全員が納得した。
「……レイズ」
先頭を行くソウシの小声に反応した、ミイ以外の全員が姿勢を低くする。
その意図を瞬時に汲み取ったミイも僅かに遅れて同じ姿勢を取る。
ハンドサイン。
見つけた。
この下。
ミイたちは水辺から出て、音を立てないように慎重にソウシの下へと就く。
「……尾が折れたマガイマド。間違いないな」
レイズがリーダーとして、標的の最終判断を下す。
蒼の畔。
朽ち果てたナルハタヒメの頭骨が見下ろす、腹腔の洞。
マガイマドは自ら仕留めたイソネミクニを捕食しており、こちらの動きには気づいていないようだった。
――作戦、決行だ。
レイズの判断に全員が頷く。
ミイ含む、全員がその一言で所定の位置へと向かう。
レイズは後方で、大タル爆弾を準備。
セレナはレイズの護衛の為、重量のある盾を構える。
ソウシは高台で猟具生物ネムリガスガエルを手に取り。
ヴァンが大剣を構える。
ミイもソウシとは反対側の高台に就き、双剣を構えた。
マガイマドの咀嚼音が聞こえる程の距離。
自分の心音が聞こえやしないか。
そう思う程に慎重に。
全員がレイズを見る。
レイズが、ハンドサインで合図を送る。
三。
ミイが静かに、大きく呼吸をする。
二。
ヴァンが大剣を強く握り直す。
そして、一。
――作戦。
レイズが二本の指を、切るように下ろした。
――開始。
ソウシがネムリガスガエルの腹を押しながらマガイマドへと投げつけた。
傍で着水し強制的に眠り状態へと誘うガスを発生。
咀嚼中にガスを吸い込んだマガイマドから力が抜け、昏睡状態となった。
ヴァンがマガイマドへと近づき、大剣に力を溜める。
そして、強烈な一撃を――。
地底湖が音を立てて激しく揺れた。
ヴァンが弾き飛ばされ、その衝撃でマガイマドが目を覚ました。
この場全員の思考が止まる。
そこには、八目の異形。
ヤツガタキがマガイマドに襲い掛かる光景があった。