1つの器と3つの魂   作:日三汐理

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私から生まれるモノは私の可能性の域を出ない


【第3話】地下の部屋と秘匿死刑

東京都立呪術高等専門学校は、虎杖悠仁が思い描いていた「学校」という言葉から、わずかに、けれど決定的にずれた場所だった。

 

 車を降りた瞬間、最初に肌で感じたのは静けさだった。街の音が遠い。ただ夜だから静かな、というだけではない。人の多い場所から切り離された土地にだけある、音そのものが薄くなるような沈黙だった。冷えた空気は肺の奥までまっすぐ入り込んでくる。見上げれば木々の影が黒々と重なり、その奥に建つ校舎の輪郭だけが、夜の底にぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 学校というより、山の中にぽつんと置かれた別の世界への入口みたいだった。

 

 五条悟はそんな空気をまるで気にした様子もなく、いつもの軽い足取りで先を歩いていく。伏黒恵もまた、迷いなくそのあとに続いた。二人の背中を見ながら、虎杖はほんの一瞬だけ足を止めかけた。

 

 ここから先へ入れば、もう完全に引き返せない気がした。

 

 もちろん、実際にはとっくに引き返せなくなっている。宿儺の指を飲み込んだ時点で、自分はもう日常の側にはいない。それでも、目の前にこうして「境界線」みたいな場所が現れると、嫌でも意識してしまう。

 

『止まるなよ』

 

 頭の奥で、未来の自分が言った。

 

『……わかってる』

 

『そういう顔してる時のお前、だいたい余計なこと考えてる』

 

『お前は俺の何なんだよ』

 

『俺はお前だよ』

 

『最悪の答えだな』

 

 宿儺が喉の奥で低く笑った。

 

『小僧、お前がいくら騒ごうと、足は前に出る。結局これは決定事項だ。もはや選択肢はない』

 

『いちいち偉そうなんだよ、お前は』

 

『呪いの王だからな』

 

『はいはい』

 

 そんな内側のやり取りを抱えたまま、虎杖は校舎の中へ足を踏み入れた。

 

 廊下は意外なほど普通だった。木の床、壁に掛かった掲示物、遠くに見える消火器。呪術高専なんて名前の場所だから、もっと禍々しいものを想像していたのだが、外見だけなら拍子抜けするくらい学校らしい。もっとも、その「普通さ」がかえって現実感を失わせていた。つい数十分前まで宿儺と五条悟が殴り合っていた世界と、この静かな校舎がどうして同じ地続きなのか、頭の中でうまく繋がらない。

 

 足音だけが廊下に淡く響く。床板の鳴る音さえ、妙に遠く感じられた。

 

「思ったより普通でしょ。もう少し、おどろおどろしい何かを想像してた?」

 

 背中越しに五条が振り返りもせずに言った。

 

「ちょっとだけな。正直、安心はした。でも安心したぶん、逆に怖い感じもする」

 

「いい感性してるねえ。そこをちゃんと怖いと思えるのは、わりと大事なことだよ」

 

「褒められてる気があんまりしないんだけど」

 

「ちゃんと褒めてるよ。君はそういう勘、鈍くなさそうだし」

 

 五条はくすっと笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。

 

 案内されたのは、地上の教室ではなく、階段を下りた先の地下だった。足音が少しずつ湿った響きに変わっていく。地上の夜気とは別種のひんやりした空気が、じわりと肌にまとわりついた。地下に着くころには、虎杖は無意識のうちに背筋を伸ばしていた。

 

 薄暗い通路の先に、小さな部屋があった。

 

 扉を開けると、中は驚くほど簡素だった。机が一つ、椅子がいくつか、壁際に棚。四方の壁には札が何枚も貼られているが、前に見た、あの札だらけの閉塞感ほどではない。地下室ではあるものの、むき出しの取調室というより、使われなくなった予備室に護符だけを増やしたような場所だった。

 

「ここ、何なんだよ。雰囲気だけでじわじわ怖いんだけど」

 

 虎杖が訊くと、五条は部屋の中央を見回しながら、ごく軽い調子で答えた。

 

「一時置き場、かな」

 

「物みたいに言うなよ。せめてもうちょっと人間寄りの表現にしてくれ」

 

「じゃあ待機場所。どう? ほんの少しだけ人権が回復した感じしない?」

 

「まだマシだけど、そんなに変わってないんだよな……」

 

 部屋の中へ入ると、空気が少しだけ重くなった気がした。気のせいではないのかもしれない。札のせいなのか、ここそのものが何かを抑えるための構造になっているのか、腹の底で宿儺がほんのわずかに不機嫌そうに気配を揺らした。

 

『鬱陶しい場所だ』

 

『お前にもそういうのあるんだな。何かちょっと意外だわ』

 

『封を嫌わぬ呪いなどおらん。快いはずがないだろう』

 

『なるほどねえ。そういうもんなのか』

 

『感心するところではない』

 

 五条は机の端に軽く腰を乗せ、虎杖に向かって顎をしゃくった。

 

「とりあえず座って。立ってても話しづらいし、君も疲れてるでしょ」

 

 言われるままに、虎杖は椅子に腰を下ろした。座ってしまうと、ここが逃げ場の少ない場所なのだと改めて実感する。扉は一つ。窓はない。五条と伏黒がいる。自分の中には宿儺と未来の自分がいる。

 

 人数だけならにぎやかだが、気の休まる要素はほとんどなかった。

 

 五条はしばらく、虎杖を観察するように見ていた。軽薄そうな笑みは浮かべたままだが、その視線の奥ではさっきからずっと計算が回っているのがわかる。相手を安心させる顔と、相手を見極める目が、同じ場所に平然と並んでいる。そういうところが、この人の一番厄介なところなのだろうと虎杖は思った。

 

「で、改めて言うけど、君はいまかなり危ない立場にいる。さっきも少し話したけど、ここはちゃんと整理しておいたほうがいい」

 

 五条がそう切り出した瞬間、部屋の空気が少し締まった。冗談めかした調子は薄い。虎杖も自然と膝の上で手を組む。

 

「……死刑、なんだろ。結局そこは変わらないんだよな」

 

「うん。そこはごまかさない。宿儺の器なんてもの、上は基本的に残したがらないし、今回は宿儺だけじゃなくて妙な混ざりものまである」

 

「その言い方、ほんと嫌なんだけど。妙な混ざりものって、俺がよくわからん寄せ集めみたいになってるじゃん」

 

「でも事実でもあるからね。まあ、普通の術師から見れば、危険度は宿儺の時点でだいたい天井なんだけど」

 

 危険度、という言葉がやけに冷たく響いた。

 

 虎杖は視線を少し落とす。自分が危険だという自覚はある。宿儺の指を飲み込んだ時点で、もうそれは避けようがない事実だ。だが、それでもこうして他人の口から断定されると、胸の奥に小さな棘が刺さる。

 

「……じゃあ、何で生かす余地があるんだよ」

 

 質問というより、確認だった。

 

 さっきの十秒で戻れたからか。宿儺を抑えられるからか。あるいは、もっと別の理由があるのか。

 

 五条は少しだけ考えるような間を置いてから、一本目の指を立てた。

 

「一番大きいのは、君が戻ってこられたこと。宿儺に身体を明け渡しても、自分の意思で主導権を取り返せる。これはかなり大きい。器という言葉を使う以上、まずそこが成立してないと話にならないからね」

 

 次に二本目の指を立てる。

 

「それと、宿儺の毒に耐えられていること。本来、あの指は猛毒だ。普通の人間なら、取り込んだ時点で死ぬか、死ぬより悪い結果になる。でも君は平気でいられてる。つまり、耐性がある」

 

「確かに、今さらだけどそこはだいぶ変だよな……」

 

「うん、かなり変。で、そこで僕は考えるわけ。果たして君が何本まで耐えられるのか、ってね」

 

 虎杖は眉をひそめた。

 

「何本って……あれ、一本で終わりじゃないのか?」

 

「あれは指だからね。一応、一本じゃない。合計二十本ある」

 

「二十? ああ、手足で?」

 

「いや、宿儺は腕が四本あるんだよ」

 

『え? 二本しかねぇじゃん』

 

『いや、こいつが元の姿になったらちゃんと四本あるし、なんなら腹に口があったぞ』

 

『ほう』

 

 宿儺が愉快そうに笑った。

 

『俺はそこまで見せたのか』

 

『まあな』

 

『腕が四本はともかく、腹に口ってすげえ構造してんのな』

 

『褒めてんのか、それは』

 

『貴様の身体より扱いやすいのは確かだな』

 

『あ?』

 

『事実を述べたまでだ』

 

 五条はそんな虎杖の表情の細かな動きさえ見ながら、淡々と話を続けた。

 

「一つ一つが分割された魂だ。残り十九本がどこかに散ってる以上、宿儺は一本分だけでもこの世界に繋がっていることになる。完全に終わらせるなら、全部を回収しなきゃ意味がない」

 

 虎杖の喉がごくりと鳴る。

 

 自分が飲み込んだのは、そのうちの一本にすぎない。つまり、本当の意味で話は始まったばかりなのだ。

 

 五条は机に腰かけたまま、声の温度を少しだけ落とした。

 

「上に提案する余地があるとしたら、そこなんだよね」

 

「提案って、どういう意味だよ」

 

「君に残りの指を食べてもらう」

 

 地下室の空気が、一瞬だけ止まったように感じた。

 

 虎杖は言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。理解した瞬間、反射的に顔をしかめる。

 

「……は?」

 

「残りの宿儺の指を回収して、君が器として取り込む。全部揃ったところで、君ごと宿儺を処分する」

 

 すごく静かな口調だった。静かなぶんだけ、余計に現実味があった。

 

 伏黒が壁に背を預けたまま、わずかに視線を伏せる。初めて聞く話ではないのだろう。あるいは、だいたい予想していたのかもしれない。

 

 虎杖はしばらく何も言えなかった。

 

 残り十九本を食べる。

 宿儺を自分の中に揃える。

 そのあとで死ぬ。

 

 理屈はわかる。世界のためにはたぶん、それが一番合理的なのだろう。けれど、合理的であることと、簡単に飲み込めることは別だ。

 

「つまり、執行猶予つきの死刑ってことだよ」

 

 五条はごまかさなかった。言いにくいことを曖昧にせず、そのまま置く。それがこの人なりの誠実さなのかもしれないと、虎杖は少しだけ思った。

 

『一応言っておくけど、この人は俺を殺す気はなかったよ。最後の一本を隠し持っていた』

 

 未来の自分がぽつりと言った。

 

『……そうなのか。じゃあ、悪い人じゃねえんだな』

 

『ああ』

 

『でも、それじゃあ宿儺はどうなったんだ?』

 

 問いかけてから、未来の自分は少し黙った。

 

『それは俺も気になっていたぞ、未来の小僧』

 

『なるようになった。今はそうとしか言えねえ』

 

 その声色は、いつもよりほんの少しだけ重かった。

 

 一方で宿儺は、退屈そうに鼻を鳴らす。

 

『呪物を破壊することはできん。貴様自身が死なない限りはな。もっとも、その様子では自死したわけでもなさそうだが』

 

『考えたこともあったけどな』

 

『マジで? 信じらんねえな』

 

『今のお前にはわかんないかもしれないけどな』

 

 そのやり取りに引っ張られるように、虎杖は少しだけ息を吐いた。

 

 未来の自分は、軽口ばかり叩いているようでいて、ところどころで妙な重さを見せる。その重さが何に由来しているのかはまだわからない。けれど、わからないままでも、それがただごとではないことだけは伝わってきた。

 

 五条はそんな虎杖の表情の変化を見て、ほんの少しだけ声を和らげた。

 

「今すぐ答えを出せとは言わない。というか、今ここで全部飲み込める話じゃないと思う。でも、上には報告する。そこはもう決まってる」

 

「その時点で、俺の処分が決まるかもしれないんだろ」

 

「もちろん。だから報告の仕方が大事だと思ってる」

 

 五条はそこではじめて、はっきりと「僕が通す」と同じ温度の声を出した。

 

「君が自分で宿儺を抑え込めること。少なくとも現時点で自我があること。器として利用価値があること。そこを押す。しかも今回は、宿儺以外の混ざりものも含めて“まだ調べる価値がある”って形に持っていける」

 

「……押して通るのか、それ」

 

「絶対に通す。これは約束しよう」

 

 その言い方は、不思議なくらい迷いがなかった。

 

 軽い人だと思っていた。今も軽い。けれど、軽いからといって薄いわけではないらしい。必要なところでは、自分が引く線をちゃんと持っている。そのことが、今は少しだけ救いだった。

 

 伏黒が静かに口を開いた。

 

「先生。もし上が即時処分を押したら、本当にどうするつもりですか」

 

「その時は僕が暴れる」

 

「軽く言わないでください。いまの一言、先生の中では比喩じゃないですよね」

 

「うん、かなり比喩じゃないね」

 

「そこを肯定するのやめてもらえますか」

 

 五条は笑ったが、否定はしなかった。

 

 つまり本当に一騒動起こすつもりなのだろう。

 

 虎杖は自分の膝の上に目を落とす。数時間前まで、こんな話になるなんて想像もしていなかった。祖父を見送って、そのまま普通に日付が変わると思っていた。

 

 それが今では、自分の処分の形式について話している。

 

 それでも、不思議と完全な絶望ではなかった。

 

 たぶん、目の前の男が「まだ終わりじゃない」という顔で話しているからだ。伏黒も、呆れたような顔はしていても、もう自分を今すぐ祓う対象として見てはいない。未来の自分は何かを知っていて、宿儺は相変わらず最悪だが、少なくともこの場はすぐ壊れない。

 

 それだけで、思っていたよりは呼吸ができた。

 

『この人がいる限り、すぐ最悪にはならねえよ。そこは少し安心していい』

 

 未来の自分が言った。

 

『いや、それは何となくわかるんだけどさ。だからって死刑にされるのは普通に気分悪いだろ』

 

『でも実際には死んでないだろ』

 

 その一言に、虎杖はほんの少しだけ救われた。知っていてもなお重いものは重いのだと、未来の自分もわかっているらしい。

 

 五条は虎杖の顔を見て、いつもの軽さを少しだけ戻した。

 

「まあ、いま話したことは確定じゃない。だから、とりあえず報告に行ってくる。早いほうがいいからね」

 

「俺はどうしたらいいんだよ」

 

「ここで待機。さすがに今の君を自由に校内散歩させるのは、僕としてもいろいろ説明が面倒だし」

 

「一人で?」

 

「一人じゃないでしょ。ずいぶん賑やかそうだし」

 

「それはそうだけど、そういう意味じゃなくて!」

 

「大丈夫。もし宿儺が出たらすぐ帰ってくるよ。そこは本当に心配しなくていい」

 

『ほう』

 

 宿儺が愉快そうに笑う。

 

『随分と自信があるようだな。まるで俺が出てきても一人で抑え込めるような言い方だぞ』

 

『そりゃ、今のお前なんてどうにでもなるだろ』

 

 未来の自分の声には、確信が混じっていた。

 

 伏黒が壁から背を離す。

 

「俺も行きます。現場を見ていたのは俺だけですし、報告の場にいたほうが話が早いはずです」

 

「そうだね。恵がいたほうが助かる」

 

 つまり、この地下室に残るのは虎杖だけということだ。

 

 それに気づいた瞬間、思った以上に心細さが込み上げてきた。別に五条や伏黒とそこまで打ち解けたわけでもないのに、不思議なものだと思う。数時間前に会ったばかりの相手でも、誰もいなくなるとなると、急に「こちら側」の人間みたいに感じられる。

 

「……どれくらいで戻る?」

 

 虎杖は訊いた。

 

 五条は少しだけ目を丸くしたが、すぐに笑った。

 

「そんなにかからないよ。君を長時間放置するの、さすがに僕もちょっと嫌だし」

 

「もうちょっと具体的に言ってくれないと安心できないんだけど」

 

「じゃあ、なるべく急ぐ。これはわりと本気で」

 

「それならまあ……」

 

「素直だねえ。そういうとこ、ほんと年相応でかわいい」

 

「最後の一言いらなくない?」

 

 五条はくるりと踵を返して扉へ向かった。伏黒もその後に続きかけて、ふと立ち止まる。何か言いたげにこちらを見たが、結局、大した飾りもなく、ぶっきらぼうな一言だけを置いた。

 

「余計なことするなよ。先生が戻るまで、おとなしくしてろ」

 

「する気ねえよ。むしろ俺だって、これ以上面倒増やしたくない」

 

「ならいい。今はそれで十分だ」

 

 それだけ言って、伏黒も扉のほうへ向かった。

 

 去り際に五条が振り返る。

 

「あ、そうそう」

 

「何だよ、まだ何かあるのか」

 

「僕が戻るまで、宿儺に校舎壊させないでね。学長に説明するの、地味に面倒だから」

 

「軽く言うな! 期待の中身が最悪なんだよ!」

 

「期待してるよ、悠仁くん」

 

 五条は楽しそうに笑い、そのまま扉を開けた。伏黒と二人、地下の通路へ消えていく。扉が閉まると、部屋は一気に静かになった。

 

 しん、と耳が痛くなるような静寂だった。

 

 机も、椅子も、壁の札も、さっきまでと何も変わっていないはずなのに、人の気配が消えただけで別の場所みたいに見える。

 

 虎杖はしばらくそのまま座っていた。

 

 自分の息を吐く音が、やけに大きく聞こえる。

 

『さて』

 

 最初に口を開いたのは宿儺だった。

 

『ようやく静かになったな。さすがに耳障りだった』

 

『お前がいる時点で全然静かじゃないんだけど。というか、お前も十分耳障りだよ』

 

『ならば黙らせてみろ。できるならな』

 

『無茶言うなよ。こっちは今日だけでだいぶ容量オーバーなんだ』

 

 未来の自分が、壁にもたれるような気配で言う。

 

『少し休んどけ。考え込んでも、いまは答えが出る段階じゃねえ』

 

『休むって言われてもな。もし俺が寝ちゃったら、宿儺が勝手に出てきたりしないのか? そのへん、まだ全然信用できないんだけど』

 

『それはない。万が一そうなったら俺が抑え込む。だからそこは気にしなくていい』

 

『そういや、お前は勝手に俺の体使えるんだったな』

 

『許可なく使う気はねえよ。必要がある時だけだ』

 

『その“必要”の基準がお前依存なの、不安しかないんだけど』

 

『おい、未来の小僧』

 

 宿儺が割って入る。

 

『お前から話しかけてくるなんて珍しいな』

 

『一つ言っておくが、俺はいつまでも縛られてやるつもりはない。小僧の身体だろうが何だろうが、いずれ主導権は奪う』

 

『だろうな。でも、させねえぞ』

 

『ほう。言うではないか』

 

『お前が相手だと、嫌でも言うしかなくなるんだよ』

 

 虎杖はそのやり取りを聞きながら、椅子の背にもたれた。首の後ろがじわりと重い。疲れ切っているわけではないが、張りつめていたものが少しずつ弛んでいくのがわかる。

 

 天井を見上げる。

 

 札が何枚も貼られている。

 

 その向こう側にあるはずの地上が、やけに遠い。

 

 それでも、完全な一人ではないのだと思うと、少しだけ可笑しかった。

 

 宿儺がいる。未来の自分がいる。最悪で、騒がしくて、面倒で、たぶんこの先もっと面倒になる。

 

 けれど、物語はもう止まらないところまで来てしまった。

 

 地下室の静けさの中で、虎杖悠仁は小さく目を閉じる。

 

 五条悟が戻ってくるまでのあいだ、ほんのわずかな猶予みたいな時間だけが、そこにあった。

 

『ケヒッ、招いてやろう』

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