氷下の命脈ー放っておくには、雪が冷たすぎたー   作:冷やかし中華

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久しぶりの投稿です。
よろしくお願いします。


呼気は白く、死は黒く、揺れる炎は暖かく。
01-序.「化生なり、羆にあらず。何ぞ別の怪物なり。」


古い紙の匂いがする。

道立図書館の郷土資料室に、その記録は眠っていた。表紙は黄ばみ、綴じ糸が一部ほつれている。筆記体の文字が、薄くなりながらも読める。

 

 

大正十三年冬 某郡某村 凶事ニ関スル記録

 

十一月某日

夜半、村外レノ農家ニテ異変アリ。翌朝、家人ノ惨死体ヲ発見ス。獣害ト思シキ痕跡アルモ、足跡ノ大サ尋常ナラズ。

 

同月

捜索隊、山中ニ入ル。蹄跡ヲ追フモ中途ニテ消失。渡渉シテ痕跡ヲ晦マシタルモノト推測サル。

 

翌月

再ビ被害アリ。今度ハ隣村ナリ。距離実ニ三十里。同一個体ノ仕業トナス説アルモ、信ズル者少ナシ。獣ガ斯クモ広範囲ヲ移動スルハ、未ダ曾テ聞カザル所ナリ。

 

同月末

討伐隊ヲ編成ス。総勢十数名。村一番ノ猟犬五頭ヲ伴ヒ、老練ナル猟師モ加ハル。然ルニ入山直前、全テノ犬地ヲ這フ如ク伏シ、尾ヲ股間ニ巻キテ震慄シ、一歩モ動カザルニ至ル。鞭打ツモ起タズ、血ヲ吐ク如ク吠エ立テ、入山ヲ拒絶セリ。

止ムナク人間ノミニテ入山。

以降、記録途絶ユ。

 

 

余白に、後から書き加えられた文字がある。墨文字の色が違う。別の手による書き込みだ。

 

「化生ナリ。羆ニ非ズ。何ゾ別ノ怪物ナリ」

 

それだけだった。

 

この記録が書かれてから、およそ百年が経った。

 

 

    *

 

 

【取扱注意(関係機関限り)】

令和 六 年 九 月 十一 日

関係機関 各位

北海道 環境生活部 自然環境局

(公印省略)

 

特定有害鳥獣(ヒグマ)による被害状況および今後の対応について(報告)

 

本年度において確認された特定個体(以下「当該個体」という。)による農業等被害の状況、およびこれまでの対応経緯等について、下記の通り報告する。

 

 

1. 被害の概要

本年度における当該個体による被害(確認分)は以下の通りである。

 

(1) 春季被害(石狩管内):酪農家所有の牛舎の一部損壊、および成牛1頭の食害。現場に残された爪痕の状況等から、体長2.7m超、体重400kg以上の大型個体と推定。

 

(2) 夏季被害(空知管内):養豚場の外囲フェンス(高さ2m)の損壊、および豚3頭の所在不明。周囲50mにわたり血痕および蹄跡を確認。

 

(3) 秋季被害(胆振管内):養鶏場の鶏舎の一部損壊、および鶏42羽の食害。

※被害地点間の最大距離は150kmを超過。一般的な雄ヒグマの行動圏(約50km)と比較し、著しく広範かつ異常な移動能力を有している。

 

2. 当該個体の特異性および専門家の所見

現地調査の結果、当該個体には以下の特異な生態・行動が認められる。

 

(1) 越冬活動(冬眠の不実施):過去3年間にわたり、積雪期における活動痕跡を確認。競合個体の不在を利用した生息域の独占が目的と推察される。

 

(2) 対人接触の回避行動:現在までに人身被害の報告はないが、これは大規模な捕獲活動を回避するための高度なリスク計算に基づく行動である可能性が高い。(注:過去の未解決行方不明事案との関連性は、現時点で証拠不十分。)

 

(3) 痕跡の隠蔽と高い警戒心:渡河による足跡の断絶、バックトラック(引き返し行動)等、通常の個体には見られない高度な学習行動が確認されている。

 

3. 対応経緯および現状の課題

現在、関係猟友会等へ捕獲・駆除を依頼中であるが、以下の要因により難航している。

 

(1) 管轄区域の広域性:複数の振興局・市町村を跨ぐ移動により、行政対応の一元化および予算措置の調整が困難。

 

(2) 冬季における捜索の限界:積雪および日照時間の短縮により、実働時間が極めて限定的である。

 

(3) 捜索犬(猟犬)の運用における特異事案

現場投入した訓練済みの捜索犬複数頭が、当該個体の痕跡付近において激しい忌避反応(動けなくなる、異常な咆哮等)を示し、追跡不能となる事例が頻発。これにより、従来の「犬による追い上げ」が事実上不可能な状況にある。

 

4. 留意事項

本報告書の内容は内部情報とし、一般への開示は厳に慎むこと。

推定体重が当初想定(400kg超)を大幅に上回る可能性が浮上している。詳細は別添資料を参照されたい。

 

以上

 

 

担当調査員の一人は、現地視察後にこう記している。

「百年前の記録を読んだ。同じだった。全て、同じだった」

 

また専門家の一人は、報告書の余白にこう書き残している。

「この個体は、追われていることを知っている。知った上で、山にいる」

 

 

報告書は、そこで終わっていた。

別添資料は、存在しなかった。

ただし、資料目録の末尾には一行だけ、こう記されていた。

 

「別添:当該個体によるものと推測される捕食現場の非公式記録 ※本冊子より分離保管」

 

分離保管先は、記載がなかった。あるいは——記載できなかったのか。その記録を目にした者が、何を見たのか。何を見てしまったのか。それを知る者は、この報告書がどこかの書棚に静かに眠り続ける間も、ついに現れなかった。

 

 

    *

 

 

大正の記録と、令和の報告書。

百年の時を隔てて、同音異義語が並んでいた。

 

化け物だった。熊ではない。何か別のものだった。

 

そして、その秋。

メジロ家の庭師が手を入れた砂利道に、三人分の足跡が続いた日があった。

軽い足跡だった。急いでいない。遊んでいる子供の、気ままな歩幅だった。

その足跡は、防風林の奥へと続いていた。




慣れないスマホ操作、久しぶりの投稿、拡張された追加機能…。
ダメだ、全然使いこなせない。

時系列は、本体が競馬史を全く知らないのでアプリ準拠(令和)にしましたが、シングレのようにするべきなのか、かなり悩みました。
ただ平成初期とか、昭和末期にしてしまうと舞台設定に無理が出てくるような気もしたんですよね。

どうすれば良かったんだ…。
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