氷下の命脈ー放っておくには、雪が冷たすぎたー   作:冷やかし中華

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地獄とは、他人のことだ。
誰かの悲劇が消費され、名もなき悪意が画面の向こうで踊り狂う。
雪だけが、全ての問いを平等に塗り潰し、ただ静かに降り続けた。


02-七.『問いは黒く、喧騒は荒く、明けぬ夜は尚深く』

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某民放 昼の情報番組 10月22日 11:47放送

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司会「——続いてはこちらのニュースです。北海道胆振管内で先日から行方不明になっている子供三人についてですが、今朝の時点でも発見に至っていないということで、捜索は三日目を迎えています」

 

アナウンサー「捜索は警察の山岳救助隊と地元猟友会が合同で行っていますが、積雪と悪天候により難航が続いています。また失踪現場付近では大型ヒグマの痕跡も確認されており——」

 

司会「(ペンを置きながら)ちょっと待ってください。今のニュース、もう三日目でしょう。救助隊も猟友会も入ってるのに、有力な痕跡すら出ないって、そもそも初動はどうだったんですか。警察は何をやってたんですか」

 

アナウンサー「ええ、初動に関しましては規定通り——」

 

コメンテーターA(お笑いタレント)「初動の問題もそうですが、私が気になるのはやはり管理の問題なんですよね。三人でしょう。一人じゃなくて。ということは何らかの形でそこに行く状況があったわけで、その場にいた大人、あるいは近くにいた大人が、なぜ気づかなかったのか。ここはやはり問われるべきだと思います。救助にも相当な費用と人員が投入されているわけで、厳しい言い方になりますが、保護者の管理責任というものは当然問われてくるわけです」

 

司会「そうですよね。心配なんですけど、やっぱりなぜそうなったのかっていう部分は聞きたくなりますよね」

 

コメンテーターB(ジャーナリスト)「いや、私はもっと構造的な問題だと思いますよ。胆振管内、特定の地主や名家との繋がりが強い地域があるんですよ。三人消えて、目撃情報がゼロというのは、おかしくないですか。近くに大きな屋敷があるんでしょう。なぜそこを徹底的に確認しないのか。行政が何かに忖度している可能性も排除できないと、私は思います」

 

司会「断定はできませんが……」

 

コメンテーターD(モデル出身・タレント)「でもね、私ね、思うんですよ。子供って、大人が思ってる以上に強いんですよ。雪山でも、生きようとする力って、絶対あると思うんです。私も昔、スキーで道に迷ったことがあって、その時に感じたんですけど、自然ってこわいけど、こわいなりの『道』があるんです。だから私、この子たちはきっと大丈夫だと思ってて。むしろ今回の件で、子供の生命力ってすごいなってみんなに気づいてほしいな、って。ポジティブに考えましょうよ」

 

司会「……前向きなメッセージですね。えー、コメンテーターEさんはどうですか」

 

コメンテーターE(評論家)「いや、逆に聞きたいんですけど、なんでみんなそんなに悲観してるんですか。ヒグマがいるって言っても、ヒグマって基本的に人を避けるんですよ。それはデータが示してる。むしろ今回の報道、ヒグマを必要以上に怖く見せて、視聴率取りに行ってるだけじゃないですか。子供が三人で山に入ったら必ず死ぬみたいな前提、誰が決めたんですか。私はむしろ、捜索をここまで大げさにする必要があるのかって思ってますけどね」

 

司会「(苦笑しながら)それはちょっと……」

 

コメンテーターE「いや、事実を言ってるだけです。感情で動くから判断を誤るんです」

 

司会「まあ……色々な見方がありますね。で、専門家の方。今日が山場と言われる七十二時間ですよね。実際のところどうなんですか」

 

コメンテーターC(山岳救助専門家)「……」

 

一秒、間があった。

 

スタジオが、少しだけ静かになった。

 

「非常に……厳しい状況です」

 

声が、それまでのコメンテーターたちと明らかに違った。抑えている声だった。何かを、言葉の内側に押し込んでいる声だった。

 

「ただ」

 

続けようとして、止まった。

 

画面越しでも、その顔が変わったのがわかった。プロとしての平静を保とうとしている。保ちながら、それでも何かが滲み出ていた。

 

「お子さんたちがどういう環境にいるかによって、大きく変わります。今の段階では——確かなことを申し上げる立場に、私はありません」

 

司会「(言葉を引き取るように)言えない部分も多いと。わかりました。ここで一度CMに入ります」

 

(テロップ:「行方不明の子供たちの無事を祈っています」)

 

画面が切り替わった。

 

スタジオには、一瞬だけ沈黙があった。

 

誰も、それを拾わなかった。

 

 

    *

 

 

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SNS投稿 10月22日 午後〜深夜 収集分

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報道ウォッチャー_sapporo @reporter_watch_spr

さっきのワイドショー見た人いる?

コメンテーターが「保護者の責任」「行政が忖度」って繰り返してたけど、あれ完全に誘導だよね。

まだ何も確認されてないのに。

   892 ❤ 3,241

 

 

北の大地から @hokkaido_resident_55

あの遭難、今日で三日目か。

地元の人間として言わせてもらうと、あの山域はまじで複雑な地形で、プロでも手こずるところ。

早く見つかってほしい。それだけ。

   445 ❤ 1,876

 

 

速報まとめ【非公式】@sokuho_matome_xx

【拡散希望】今回の行方不明の件、関係者から情報が入りました。三人はすでに発見・保護されているが、ある事情から公表を控えているとのこと。情報は複数のルートから確認済みです。

   4,203 ❤ 12,887

 

 

山好き登山家 @yama_yama_tabi

↑このアカウント、一週間前に作られたばっかりで過去ツイートゼロだけど大丈夫?

こういう「関係者から情報が」系は大抵デマだよ。

   2,109 ❤ 8,432

 

 

ゆるゆる主婦のひとりごと @yurulife_mainichi

あの遭難ってまだ続いてるんだ〜。ワイドショーでやってたけどなんか暗い話ばっかで疲れる。子供かわいそうだけど、こういうの見るたびに「山は怖い」って思う。うちは絶対行かせないようにしよ。てかDさんが「子供の生命力すごい」みたいなこと言ってたの、あれ本当に? ちょっとズレてない?

   203 ❤ 1,102

 

 

冷静な観測者 @calm_observer_xx

「もう見つかってる」派と「名家が隠蔽してる」派が同時に戦ってるの、矛盾してることに気づいてる人いる?

どちらかが本当ならもう一方は嘘のはず。

両方嘘という可能性は、考えないのかな。

   3,109 ❤ 9,876

 

 

ワイドショー観察日記 @wide_watch_daily

今日の番組、Eコメンテーターが「捜索が大げさ」「ヒグマはデータ上安全」とか言ってたの見た?

三日目の雪山で行方不明の子供の話してる最中に「大げさ」って。

この人毎回こうなんだけど、なんで呼ばれ続けるんだろ。

   4,512 ❤ 15,334

 

 

元山岳救助隊員 @ex_rescue_worker

今日の番組でプロの救助専門家が「確かなことを申し上げる立場にない」って言って黙ってた場面、見た人は意味わかると思う。

あの顔は、現場を知ってる人間の顔だよ。

彼が言えなかったことの重さを、スタジオの誰も拾わなかった。

   8,231 ❤ 29,445

 

 

データで語れ @data_talk_jp

三日目の雪山で生存確率とか言ってる人へ。

数字だけで語るのは簡単だけど、あなたが挙げてる統計、条件が全然違うケースのやつだよ。

捜索の現場の人たちが今日も山に入ってるってことは、彼らはまだ諦めてないってことだから。

   1,876 ❤ 6,234

 

 

深夜に呟く人 @night_mumbler_333

「もう見つかってる」のデマ、どこから出たんだろうって少し調べたら、最初に流したアカウントが複数あって、しかも投稿タイミングがほぼ同じなんだよね。

自然発生じゃなくて、誰かが意図して流してるとしか見えない。

何のために?

   2,341 ❤ 7,109

 

 

匿名ユーザー @anon_watcher_99

↑同じこと思った。「見つかってる隠蔽説」と「まだ見つかってない名家の闇説」が同時並行で拡散されてるの、普通に不自然すぎる。

どっちの説も「名家への不信感」を高める方向に働いてるんだよな。

誰が得するのか考えると、ゾッとする。

   3,876 ❤ 11,209

 

 

上級国民ウォッチャー @joukyu_watch_hkd

どっちの説が本当でも、「上級国民」が絡んでるなら隠蔽は当然でしょ。

メジロとかシンボリとか、そういう家の話なんだから。

警察も行政も逆らえないに決まってる。

   5,672 ❤ 18,934

 

 

 (続きを見る)

 

 

    *

 

 

午後九時過ぎのことだった。

 

胆振総合振興局の会議室に、数名が集まっていた。警察の担当者、振興局の幹部、そして山岳救助隊の代表が、テーブルを囲んでいた。窓の外では雪が降り続けていた。

 

「本日の捜索結果についてですが——」担当者が紙を見ながら言った。「有効な痕跡は確認できませんでした。明日以降の継続については、いくつかご検討いただきたい事項がございます」

 

誰も何も言わなかった。

 

「七十二時間が経過します。ご存知の通り、生存率が極端に下がる分岐点です。加えて、明朝からは暴風雪の予報が出ています。これ以上の強行は、救助隊員自身が遭難する『二次災害』のリスクを無視できないフェーズに入ります」

 

「縮小とは」

 

山岳救助隊の代表が言った。静かな声だった。

 

「判断を急ぐわけではありませんが、費用対効果、そして何より二次災害の防止という観点から、このまま全力態勢を維持することが——」

 

「続けます」

 

代表は言った。

 

間があった。

 

「二次災害の責任は誰が取るのか、という話になりますよ」

 

「現場の人間が取ります」

 

また間があった。窓の外で、雪が降り続けていた。

 

「……ご家族のご意向も確認しながら、改めて協議させていただく形でよいでしょうか」

 

代表は答えなかった。答える代わりに、窓の外を見た。

 

雪が降っていた。同じ雪が、今夜もあの山に積もっていた。

 

「……わかりました」

 

それだけ言った。

 

会議室を出た。廊下を歩いた。出口のそばに自動販売機があった。温かい缶コーヒーを買った。両手で持った。冷えた手のひらに、熱が伝わった。

 

飲まなかった。

 

ただ、持っていた。

 

 

    *

 

 

深夜、ある男が自室でパソコンの画面を見ていた。

 

どこにでもいる、ごく普通の会社員に見えた。実際、昼間はそうだった。

 

画面には、複数のSNSアカウントの管理画面が並んでいた。それぞれ別のアカウントだった。別の名前で、別の顔で、別の文体で書かれていた。それでも、書いているのは同じ指示を受けた人間だった。

 

画面の隅に、あるニュース記事が開かれたままになっていた。経済紙の記事だった。タイトルは見えなかった。ただ、グラフが一つ表示されていた。右肩下がりの線と、右肩上がりの線が、一点で交差していた。凡例の文字は小さすぎて読めなかった。読む必要も、なかった。

 

「もう見つかってる」という投稿が、今夜だけで数万回拡散されていた。

 

それが本当かどうかは、この部屋の中にいる男には関係なかった。本当かどうかより、広がるかどうかの方が重要だった。広がれば、混乱する。混乱すれば、何が本当かわからなくなる。信頼が揺らぐ。信頼が揺らげば、動く金がある。誰に必要とされているのか、男は知っていた。

 

知っていたが、考えないことにしていた。仕事だった。

 

画面の隅に、新しいメッセージが届いた。

 

「明日もお願いします」

 

男は返信した。

 

「了解です」

 

画面を閉じた。カーテンの隙間から、外が見えた。雪が降っていた。

 

 

    *

 

 

雪が、降り続けていた。

 

山に、今夜も雪が積もっていた。一時間ごとに、また少し積もった。一日ごとに、また少し深くなった。捜索班が今日歩いた場所も、明日の朝には昨日と同じ白さに戻っていた。

 

雪は、誰の問いにも答えなかった。

 

ワイドショーのコメンテーターの問いにも。SNSで飛び交うデマにも。会議室で交わされた言葉にも。深夜のパソコンの画面にも。全部に等しく無関心で、ただ降り続けていた。

 

山の中腹に、一軒の小屋があった。

 

灯りがついていた。

 

煙が、細く立っていた。風に流されながら、それでもそこにあった。その灯りが何を意味するのか、この夜にそれを知っている者は、この山の外には一人もいなかった。

 

知らないまま、夜が続いた。

 

邸宅の応接間では、灯りがついていた。人が座っていた。時計が鳴っていた。一秒ずつ、鳴り続けていた。

 

雪は降り続けた。

 

問いは黒く、喧騒は荒く。

 

明けぬ夜は、尚深く。




アナウンサーやコメンテーターの名前は、元ネタにした方々をオマージュしようかとも思いましたが、ガイドラインへの抵触を避けるため、今回は伏せることにしました。
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