ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡   作:(⩌ˬ⩌)

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第十二話 僕が女装した理由を聞いてください

■ 太古 

 

温泉街イズミール

 

♢   ♢   ♢

 

僕は今、人生最大の岐路に立っている。

 

目の前には木造の建物。湯気が立ち上る屋根。看板には『女性専用・癒しの湯処 月華』と書いてある。

女性専用。

 

この四文字が僕の心臓を鷲掴みにしている。

 

温泉街イズミールに辿り着いたのは三日前だ。北方大陸の山間に位置するこの街は、古くから湯治場として栄えてきた。 街中に温泉宿が立ち並び、湯けむりが絶えず立ち上り、そして女性客が多い。

すごく多い。

なぜなら、この街の温泉には美肌効果があるという噂が広まっているからだ。大陸中から美を求める女性たちが集まってくる。

 

天国か?

天国だった。最初の二日間は。

 

街を歩くだけで美女とすれ違う。温泉宿の前には浴衣姿の女性たちが涼んでいる。旅の疲れを癒しに来た人妻。婚活目的の若い娘。傷心旅行中の未亡人。バリエーションが豊富すぎる。

僕は例によって「旅の途中ではぐれた子供」を演じて宿を確保し、街の人々に愛想を振りまき、信用を積み上げようとした。

カナリアでの失敗を活かすんだ。今度こそ、じっくり時間をかけて……

 

そう思っていた。

 

思っていたんだ。

 

でも、三日目にして僕は気づいてしまった。

 

この街の女性たちは、ガードが異常に固い。

 

温泉街という土地柄、変質者(僕みたいな奴)対策が徹底されているらしい。

 

子供が女性の太腿に近づこうとすると、すぐに屈強な番頭や女中が飛んできて「坊や、こっちはお姉さんたちの聖域だからね」と物理的に排除される。

 

女性専用区画。女性専用浴場。女性専用休憩所。女性専用庭園。

この街、女性専用だらけだ。

 

男はたとえ子供でも女性たちの領域に踏み込めない。

 

三日間、僕は一度も女性と二人きりになれなかった。

 

腰ヘコヘコどころか、肩が触れることすらない。

 

「ちくしょう……ちくしょうーーー!!!!!」

 

宿の部屋で僕は天井を睨んでいた。

 

どうする?

諦めて次の街に行くか?

いや、この街を諦めるのは惜しすぎる。大陸中から美女が集まる温泉街だぞ。こんな好立地、他にない。

 

考えろ。考えろ、リヒト。

 

ガルドスの時は環境を使った。クロの時は時間をかけた。ヴァルツの時はMPKした。

今回の障害は女性専用という壁だ。

この壁を越えるには……。

 

「……」

 

脳裏に、ひとつの案が浮かんだ。

馬鹿げた案だ。

前世の記憶が警鐘を鳴らしている。それはやめとけ、と。人としての尊厳を失うぞ、と。

 

でも。

 

僕は鏡を見た。

蜂蜜色の髪。碧い瞳。白い肌。細い手足。中性的な顔立ち。

 

この顔……女の子に見えなくもない。

いや、見える。絶対に見える。

だって僕、客観的に見てめちゃくちゃ可愛いもん。そこら辺の村娘より遥かに整ってるもん。

自分で三面鏡の前で腰ヘコヘコして絶頂出来るレベルだわ。

 

尊厳? 知るか。太腿と腰ヘコヘコの前では、尊厳なんて紙切れ以下の価値しかない。

 

「よし」

 

決めた。僕、今日から女の子になる。

「よし」

 

決めた。

 

♢   ♢   ♢

 

翌日の夕方。

 

僕は街外れの古着屋で、女物の服を物色していた。

 

「坊や、誰かへの贈り物かい?」

 

店主のおばあさんが訊いてきた。

 

「うん。お姉ちゃんへのプレゼント」

 

嘘だ。自分用だ。

 

でも、そんなこと言えるわけがない。

 

「まあまあ、優しい子だねえ。お姉さんのサイズは分かるかい?」

 

「えっと……僕とおんなじくらい。胸は残念ながら絶望的に平坦(ぺったんこ)なんだけど、腰のラインだけは無駄に色気があるタイプです」

 

「あらあら、小柄なお姉さんなのね」

 

おばあさんは棚から何着かの服を取り出してくれた。

 

ワンピース。ブラウス。スカート。

 

僕は慎重に選んだ。派手すぎず、地味すぎず。女性専用宿に泊まっても違和感のない、普通の旅装。

 

「これと、これ。あと、髪飾りもください」

 

「はいはい。全部で銀貨三枚ね」

 

安い。この街、物価が良心的だ。

宿に戻って、部屋の鍵を閉めた。

窓の外を確認。誰も見ていない。

 

よし。

 

服を脱いだ。新しい服を手に取った。

ワンピースを頭から被る。袖を通す。裾を整える。

鏡を見た。

 

「……」

 

可愛い。

いや、マジで引くほど可愛い。

蜂蜜色の髪を下ろして、髪飾りをつける。唇を軽く噛んで自然な赤みを出す。睫毛を伏せて、上目遣いの角度と『守ってあげたくなる弱者オーラ』を確認する。

 

完璧だ。

完璧な美少女がそこにいた。自分に発情しそうになるレベルの完成度だ。

 

「僕の名前はリヒテ。旅の途中で温泉に立ち寄った、ちょっとドジで世間知らずな普通の女の子ですっ♡(いつでも腰ヘコヘコ準備完了)」

 

鏡に向かって練習した。

 

「よろしくね、お姉さま方♡ ウフフっ♡」

 

声も少し高めに。柔らかく。女の子っぽく。

 

問題ない。いける。この顔と声なら、絶対にバレない。

 

僕は部屋を出た。

 

目指すは『女性専用・癒しの湯処 月華』。

 

この街で最も人気の女性専用宿だ。美女率と『浴衣の乱れ率』が最も高いと、街のオヤジ共の噂で確認済みだ。

街のオヤジ共と僕は既に盟友関係にある。持つべきものは友だな。

 

♢   ♢   ♢

 

「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

 

宿の入口で、女中さんが出迎えてくれた。

 

「あ、あの……予約はしてないんですけど……お部屋、空いてますか……?」

 

おどおどした声。不安そうな目。一人旅の少女を演じる。

 

女中さんの顔が柔らかくなった。

 

「まあまあ、お一人で? 大丈夫よ、空きはあるわ。お名前は?」

 

「リヒテ、です……」

 

「リヒテちゃんね。可愛いお名前。さあ、こちらへどうぞ」

 

通された。

 

あっさり通された。

 

女中さんに手を引かれて、宿の奥へと案内される。廊下を歩くたびに、浴衣姿の女性たちとすれ違う。

 

「あら、可愛い子」

 

「一人旅? 偉いわねえ」

 

「今夜一緒にお風呂入りましょうね」

 

声をかけられる。微笑みかけられる。頭を撫でられる。

 

やばい。

 

心臓がばくばくしている。

 

女性たちに囲まれている。女性だらけの空間にいる。しかも皆、僕を警戒していない。同性だと思っているから。

 

これが……女性専用宿……!

 

楽園だ。

 

地上に楽園があった。

 

「こちらがお部屋よ。四人部屋だけど、今夜は二人空きがあるから、ゆっくりできるわ」

 

女中さんが襖を開けた。

 

畳敷きの和室。布団が四組敷いてある。そのうち二組には、既に荷物が置いてあった。

 

「同室の方は今、お風呂に行ってるわ。夕食は一刻後ね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

女中さんが去って、僕は一人になった。

 

部屋の真ん中に立って、深呼吸した。

 

成功だ。

潜入成功だ。

 

僕は今、女性専用宿の中にいる。同室の女性がいる。一緒にお風呂に入ろうと誘われている。

これ以上の好条件があるか?

 

ない。絶対にない。

 

あとは——同室の女性たちと仲良くなって、信用を積んで、夜の布団の中でガールズトークに花を咲かせ、隙を見て合意なき腰ヘコヘコをキメる……

 

いや待て。

 

お風呂。

 

一緒にお風呂。

 

それって裸?

 

僕が裸になったら、バレる。絶対バレる。さすがに身体の構造は誤魔化せない。

 

どうする?

 

お風呂は断るしかない。「恥ずかしいから一人で入りたい」とか言って……

 

襖が開いた。

 

「ただいまー。あら、新しい子?」

 

振り返った。

女性が二人、部屋に入ってきた。

浴衣姿。湯上がり。髪が濡れている。肌が火照っている。

 

僕の思考が停止した。

 

一人は金髪の女性。二十代前半くらい。湯上がりの肌が桃色に染まっていて、浴衣の襟元が少し乱れている。鎖骨が見えている。

もう一人は黒髪の女性。同じくらいの年齢。こちらは浴衣をきちんと着ているが、帯の下から腰のラインがくっきりと浮かび上がっている。

 

「可愛い子ねえ! 名前は?」

 

金髪の女性が近づいてきた。距離が近い。湯上がりの匂いがする。石鹸と、温泉の硫黄と、女性特有の甘い香りが混ざった匂い。

 

「リヒテ、です……」

 

「リヒテちゃん! 私はミラ。こっちはソフィア。よろしくね!」

 

ミラが僕の両手を握った。

 

温かい。柔らかい。湯上がりで、しっとりしている。

 

「あ、あの……よろしく、お願いします……」

 

「まあまあ、緊張しなくていいのよ。私たちも一人旅なの。女同士、仲良くしましょ?」

 

ソフィアも近づいてきた。黒髪が肩にかかっている。切れ長の目が、僕を見つめている。

 

「一人旅なんて大変でしょう? 今夜はゆっくり休みなさいな」

 

「は、はい……」

 

二人が僕の両側に座った。

 

挟まれている。

女性に挟まれている。

 

しかも二人とも湯上がりで、浴衣で、いい匂いがして——

 

脳内で警報が鳴り響いていた。

 

落ち着け。落ち着け、リヒト。

 

いや、リヒテだ。今の僕はリヒテ。女の子。女の子なんだから、同性に挟まれても何も感じないはずだ。

 

──感じるわけがないだろ。

 

僕は女の子なんだから。純粋なガールズトークを楽しむんだから。

 

(ピクッ……)

 

駄目だ。

股間が、物理的に自己主張を始めようとしている。

 

前世の三十年と、今世の数千年の性欲が、「今ここで正体を現して全力でヘコヘコしろ」と僕の理性をぶち破ろうとしている。

 

バレる。

このままじゃ、僕の『男の証明』が浴衣の生地を突き破って、女装がバレる……!

 

「ねえリヒテちゃん、もうお風呂は入った?」

 

ミラ(西瓜)が訊いてきた。

 

「い、いえ、まだ……」

 

「じゃあ一緒に入りましょうよ! 私たち、もう一回入ろうと思ってたの」

 

「え、あ、その……」

 

「恥ずかしがらなくていいのよ。女同士じゃない」

 

ミラの手が僕の手を引っ張った。

 

「さ、行きましょ!」

 

「ちょ、ちょっと待っ——」

 

引きずられるように、部屋を出た。廊下を歩く。浴場への道。

 

まずい。

まずいまずいまずい。

 

お風呂に入ったらバレる。服を脱いだら終わりだ。

 

どうする?

逃げるか?

 

お風呂に入ったらバレる。服を脱いだら終わりだ。ヒトJr.がこんにちはした瞬間、この天国は地獄に変わる。

 

考えろ。考えろ……!

 

「はい、着いたわよ」

 

浴場の入口。暖簾には『女湯』と書いてある。

 

ミラとソフィアが暖簾をくぐった。僕も続く。

 

脱衣所。

 

木製の棚が並んでいる。籠がいくつか。女性たちの衣服が畳んで入っている。

 

そして何人かの女性が、服を脱いでいた。

 

裸。

 

裸の女性が、そこにいた。

 

「——っ♡♡♡♡」

 

息が止まった。

 

一人は僕と同年代くらいの少女。薄い胸。細い腰。白い肌。

もう一人は三十代くらいの女性。豊満な胸。くびれた腰。成熟した身体。

視界に入る。全部入る。隠すものが何もない。女性の身体が、無防備に晒されている。

 

前世の記憶が叫んでいる。

 

これは……これは……

 

「リヒテちゃん? どうしたの、固まって」

 

ミラの声が、遠くから聞こえた。

 

「早く脱いで脱いで。湯冷めしちゃうわ」

 

ミラが自分の浴衣の帯に手をかけた。

 

するする、と帯が解ける。

 

浴衣が肩から滑り落ちる。

 

白い肩。鎖骨のライン。そして——

 

「んほぉぉぉ♡」

 

声が出た。

 

自分でも制御できなかった。口から勝手に漏れ出た。

ミラの動きが止まった。

ソフィアの動きが止まった。

脱衣所にいた全員の動きが止まった。

 

沈黙。

 

全員が僕を見ている。

 

「今、なんて?」

 

ミラの声が、さっきまでと全然違う温度になっていた。

 

「い、いや、違うんです! 僕じゃない! 今の声はきっと、女湯を覗きに来た変態クソショタガキの腹話術で……ッ」

 

「僕?」

 

ミラの目が、すっと細くなった。

 

「今、僕って言った?」

 

「言ってない! 言ってないです! 私、私って言いました!でも仮に言っても問題なくね!?僕っ子くらいいるよな!?このファンタジー世界にも多様性ってやつが——」

 

二人が同時に動いた。

 

僕の両腕を掴んだ。

 

「ちょ、何を——」

 

「確認させてもらうわ」

 

ミラの手が僕のワンピースの裾を掴んだ。

 

「待って待って待って——!!」

 

引き上げられた。

 

一気に。腰まで。

 

「あ」

 

ぷるるん♡♡

 

脱衣所の全員が、僕の下半身を見つめていた。

 

僕の明らかに女性ではない下半身を。

 

静寂が永遠に続くかと思った。

 

最初に動いたのはミラだった。

 

「このクソガキ!!」

 

拳が飛んできた。

 

顔面に直撃。鼻が折れる音がした。

 

「待っ、話を——ぐえっ」

 

ソフィアの膝が、腹に突き刺さった。

 

「覗き魔!」「変態!」「殺せ!」

 

脱衣所にいた女性たち全員が、僕に殺到した。

 

「違うんです! 僕は覗きたかったんじゃなくて皆さんと合意の上で腰ヘコヘコしたかっただけで——ぶべっ」

 

桶が飛んできた。頭に直撃。

 

「ぎゃあああ——」

 

殴られ、蹴られ、引っ掻かれ、噛みつかれ、髪を引っ張られ、目を突かれ、股間を踏みつけられ(ちょっと気持ちいい♡)——

 

最後に窓から投げ捨てられた。

 

宙を舞いながら、僕は思った。

 

女性って怖い。

 

地面が近づいてきた。

 

♢   ♢   ♢

 

復活。

 

温泉街の外れ。山道の脇。

 

「痛った」

 

全身が軋む。あれだけボコボコにされたら、そりゃあ死ぬ。

 

起き上がろうとして、気づいた。

 

服。

 

女物のワンピースをまだ着ている。

 

つまり僕は今女装したまま山道に倒れている。

 

「最悪だ」

 

とりあえず起き上がった。ワンピースの裾を払って、髪を整えて——

 

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」

 

声がした。

振り返った。

男がいた。

 

旅装の若い男。二十代後半くらい。剣を腰に差している。冒険者か何かだろう。

 

「こんな夜道に一人で倒れてるなんて危ないよ。怪我はないかい?」

 

男が近づいてきた。

心配そうな顔をしている。善意の顔だ。困っている女の子を助けようとしている、親切な男の顔。

 

「あ、あの——」

 

「立てるかい? 手を貸そうか」

 

男の手が伸びてきた。

 

僕の手を取ろうとしている。

 

「俺は近くの村に泊まってるんだ。よかったら一緒に——」

 

「……」

 

「お嬢ちゃん?」

 

男の目が、僕の顔をじっと見つめていた。

 

月明かりに照らされた女装した美少年の顔を。

 

男の目に何かが灯った。

 

下心だ。

 

善意の皮を被った下心。

 

「可愛い顔してるね。一人旅? 寂しくない?」

 

男の手が、僕の肩に触れた。

 

ぞわり。

 

背筋を、氷の指が撫でた。

 

「俺と一緒に来ないかい? 温かいご飯と、すっごく柔らかいベッドがあるよ。お兄さんが温めてあげる」

 

男の顔が、近づいてきた。

 

吐息がかかる。酒の匂いがする。

 

「ひっ——」

 

悲鳴が出た。

 

自分でも信じられないくらい、本気の悲鳴が。

 

怖い。

 

なんだこれ。怖い。

 

男に迫られるのが、こんなに怖いなんて知らなかった。

 

「おいおい、そんなに怯えなくても——」

 

「来るなァァァァ!!」

 

僕は全力で走った。

 

山道を駆け下りた。転んで、起き上がって、また走った。

 

背後から「待てよ! 減るもんじゃないだろ!」という、僕が散々女の子に言ってきた最低のセリフが聞こえたが振り返らなかった。振り返れなかった。

 

全力で逃げた。

 

人生で初めて、「される側」の恐怖を味わいながら。

 

♢   ♢   ♢

 

今回の学び:女装は二度としない。「される側」の恐怖は、一生分で十分。

 

なお、数千年後に男もイけるようになるもよう。

 

 

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