The Unsung Mission   作:Maat-ka-Usir

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三連休の1.5日間をメタルマンやトランスモーファー、マンテラのようなZ級の映画に費やしてしまったので、初投稿になります。
AIに支えられて書き上げることが出来ました。
行間だったり、表現の誤用部分がありますが、ご容赦ください。


本編
呪いのビデオ


――コトリ。

 

アビドス対策委員会の部室の長机に、不気味な黒い塊が置かれた。

 

「……先生。これは、一体何ですか?」

 

奥空アヤネが、眼鏡の奥の目を細めて、その黒い塊――ホコリを被った一本の古いVHSテープを見下ろした。

テープにはパッケージもなく、ただ擦り切れたマスキングテープに、かすれたマジックの字で『The Unsung Mission』とだけ書かれている。

 

「いやぁ、今朝シャーレのポストに入っててさ。差出人もないし、気になってみんなで見ようかと思って」

 

苦笑いしながら答える先生に、黒見セリカが猫耳をピンと逆立てて噛み付いた。

 

「はあ!? ちょっと、なんでそんな気味の悪い不審物を部室に持ち込むのよ! 呪いのビデオとかだったらどうすんの!? だいたい、今時VHSって……再生する機械なんてないわよ!」

 

「ふふっ、それがですね、セリカちゃん。旧校舎の備品室を整理していたら、奇跡的にテレビデオが見つかったんですよぉ」

 

十六夜ノノミが、ニコニコしながら、台車に乗せた年代物のビデオデッキ機能が内蔵されたブラウン管テレビを運んできた。

砂狼シロコが、迷うことなくその電源コードをコンセントに差し込む。

 

「ん。準備完了。すぐに見るべき」

 

「ちょっとシロコ! 勝手に進めないでよ! 変なユーレイとかオバケが出てきでもしたら……!」

 

わちゃわちゃと騒ぎ立てる後輩たちを横目に、ソファーで丸くなっていた小鳥遊ホシノが、のそり、と身を起こした。

 

「うへぇ……おじさん、そういう出処不明のホラー映画みたいなの、心臓に悪いからパスかなぁ」

 

ホシノは、いつもの気の抜けた声で笑いながら、愛用のショットガンを肩に担いだ。

 

「ホシノちゃんも見ませんか? みんなで見れば怖くないですよぉ?」

 

「いやいや、ノノミちゃん。映画鑑賞は若者たちに任せるよ。おじさんは、アビドスの平和を守るためにパトロールに出てくるからねぇ。みんなで楽しんじゃってー」

 

ひらひらと手を振りながら、ホシノは足早に部室を後にした。

その背中には、まるで「見たくない過去」から本能的に逃げ出しているような、微かな焦燥感が張り付いていたが……それに気づく者は、この場にはいなかった。

 

ホシノの足音が完全に遠ざかってから。

シロコが、静かにVHSテープをデッキへと押し込んだ。

 

ガチャン、ウィィィン……。

 

年代物の機械が、重苦しい駆動音を立てる。

セリカも渋々といった様子で腕を組み、アヤネもタブレットを置いて画面に向き直った。

少し期待したような表情で先生が画面へ顔を向ける、全員の視線がブラウン管に集まる。

 

そこで――空気が、一変した。

 

『――ついに語られる。砂漠に沈むアビドス最後のファラオ。歴代最強、最速の王――梔子ユメの、語られざる”ラスト”ミッション。』

 

「……えっ?」

 

砂嵐のノイズ混じりの、無機質な音声データ。

そこで語られた名前に、アヤネが息を呑み、セリカの目が点になる。

 

『暗躍するゲマトリア! 躍動するSRT! そして、爽快に暴れまわる最強王!! 今宵、キヴォトス最悪のミッションの全貌が明かされるッ!!』

 

――テレテテー!! という、あまりに時代錯誤で、若干のチープさを感じさせる電子音と共に。

スクリーンの中心に、『~The Unsung Mission~』と大きく表示された。

画面の隅には『ハイビジョン』だと強調される表示が誇らしげに出ている。

 

「……ん、安っぽい」

衝撃的な名前が出たにもかかわらず、シロコはあまりの映像のチープさに素直すぎる文句を零した。

 

「私は好きですよぉ。如何にも低予算のB級映画って感じで、味がありますし」

十六夜ノノミがふふっと笑いながらお茶をすする。だが、その隣でバンッ! と机を叩く音が響いた。

 

「これを見る時間があったら、チラシ配りとか、バイトの一つでもできるじゃない!」

黒見セリカが、猫耳をピンと逆立てて怒っている。

しかしそんなセリカの声を、映像が強制的に遮断する。

 

――その物語は、地獄のような静寂から始まった。

 

映画のナレーションなどではない。無機質な、しかしひりつくような殺意と、血の匂いを孕んだ「本物」の声が、部室の空気を凍りつかせる。

 

『ついに追い詰めたよ、シラクニ』

 

映像は、手ブレの酷いカメラ視点へと切り替わった。

砂まみれで膝をつくシラクニと呼ばれた少女。彼女がその声を認識すると同時に、カメラの視界のすべてが、硝煙の匂いが染み付いた大口径のショットガンの銃口に塗りつぶされた。

 

逃げ場はない。背後は、凍てつくような夜の砂漠へと続く、底なしの闇だ。

 

『……ヘイローの無事は保証できない。大人しく、その『データ』を渡しなさい』

 

漆黒の装備に身を包んだウェットワーカーは、カチャリと見せつけるように撃鉄を起こし、語気を強めて警告する。

銃口から伝わる冷たい金属の圧力と、容赦のない死の気配。

 

シラクニの額に、嫌な汗が滲むのが画面越しにも分かった。

だが、シラクニには分かっていた。追跡者たちが本当に知りたいのは、こんなちっぽけなデータなんかではない。

 

『……ふん。あんたたちが知りたいのは、このデータの中身じゃなくて、『梔子ユメの最期』なんでしょう?』

 

シラクニは、ひび割れた青ざめた唇で、ニヒルに笑ってみせた。

 

『あのお人好しで、頼りなくて、バカみたいに笑う、アビドスの最強王が。どうやって、あんたたちの完璧な計画を狂わせて、砂の中に消えていったのか。それが……、知りたいんでしょう?』

 

『……語りなさい。それが、あなたの唯一の助かる道です』

 

掃除屋の指が、引き金に掛かる。

死への恐怖。痛みの予感。

だが、シラクニの脳裏をよぎったのは、そんなものよりもずっと鮮烈で、どうしようもなく温かい、あの一夜の記憶だった。

 

『へっ!! おーしえてやんないッ、もんねぇ!!』

 

シラクニは、かつてないほどの、悪戯っぽくて、そして悲しい声で叫んだ。

彼女は、自分の命よりも大切な「王の記憶」を守るように、ガチガチと震える両手で、眼前のショットガンの熱い銃身を、真正面から握りしめた。

 

ドォォォン!!

 

鼓膜を破る銃声が響く、その刹那。

硝煙と夕闇が混ざり合う、その地平線の彼方に。

 

シラクニの瞳には、かつてあれほどバカにし、都合よく利用した……梔子ユメの、夕映えに照らされる、困ったようで、どこか得意げな、最高のお人好しの笑顔が、確かに見えた気がした。

 

『ばか、ユメ……えへへ』

 

激しい光が、シラクニの意識を、深い奈落へと突き落とす。

冷たい砂の感触も、追跡者の殺意も、すべてが遠ざかっていく中。

彼女の記憶の底から、あの『語られざる夜』の、始まりの音が聞こえてきた。

 

――鼓膜を破る銃声と、シラクニの悲しげな笑み。

スクリーンを埋め尽くした漆黒が、不意に、ノイズと共にセピア色へと反転する。

 

映像は過去へと遡る。

スピーカーから流れ出したのは、殺伐とした硝煙の匂いではなく……窓ガラスの割れた廃校舎を、乾いた砂漠の風が吹き抜ける風切り音と、間の抜けた声だった。

 

『ひ、ひぃぃぃん! む、無理だよぉ……!』

 

夕映えに染まるアビドス高等学校、旧校舎の教室。

画面の中央で、一人の少女が机に突っ伏して、この世の終わりのような声を上げていた。

 

『こんなの、私が一生砂漠でオアシス掘り続けても、返しきれない額だよぉ……! ゼロの数が多すぎて、ゲシュタルト崩壊してきちゃった……!』

 

梔子ユメ。アビドス高等学校生徒会長。

彼女の手元にあるのは、学校に突きつけられた莫大な借金の催促状である。天文学的な数字の羅列を見るだけで、ユメの頭上にある黄金色のヘイローが明滅し、今にもショートして消え入りそうになっていた。

 

『……うるさいわね。だから『解決策』を持ってきてあげたって言ってるでしょ』

 

泣きべそをかくアビドスの生徒会長を見下ろし、冷たく言い放つ声。

教室の入り口の壁に寄りかかっていたのは、黒いセーラー服を着崩した少女だった。

ミレニアムサイエンススクールの落伍者、シラクニ。

 

彼女の目元には深い隈が刻まれ、そのダウナーな空気は、このアビドスのからっとした夕暮れにはひどく不釣り合いだ。彼女の背後には、まるで影法師のように、無言で銃を磨く二人のヘルメットを被った少女が控えている。

 

シラクニは気だるげにタブレットを操作し、教室の空中に一つの青白いホログラムを投影した。

 

『……ターゲットは、このビルに極秘移設中の万物生成器『クラフトチェンバー』。……の、中身のデータよ。これを市場に流せば、あんたの学校の借金くらい、お釣りがくるわ』

 

「……ク、クラフトチェンバー!?」

 

映像から飛び出した思いがけない超弩級のオーパーツの名前に、思わずタブレットを取り落としそうになるアヤネ。

 

「はあぁ!? ちょっと待って! それって、先生がシャーレで使ってるあの万物生成器のこと!? こいつら、連邦生徒会の最高機密を狙ったって言うの!?」

 

セリカが猫耳を逆立てて、信じられないものを見るように画面を指差す。

 

「うふふ、なんだか映画みたいで、スケールの大きなお話になってきましたねぇ☆」

 

一人だけ場違いなほど呑気に、ニコニコとお茶をすするノノミ。

 

「ん、参考になるかも。セリカ、うるさい。静かにするべき」

 

シロコは食い入るように画面を見つめ、銀行強盗……もとい、高度な強襲作戦のノウハウとして使えるところがあるかも、と考える。

先生はただ静かに、その映像を見つめている。

 

――映像の中では、壮大な計画を聞かされたユメがパニックに陥っていた。

 

『れ、連邦生徒会のお荷物を!? そんなの、絶対お巡りさん……ううん、ヴァルキューレの怖い人たちに怒られちゃうよぉ!』

 

ユメはガタッ! と椅子から立ち上がり、涙目でホログラムとシラクニを交互に指差し、お縄につくかのように両手首をくっつけた。

 

『怒られるだけで済むなら上出来ね。捕まれば一生、地下で労働よ』

『ひぃん! 砂漠で穴掘りの次は地下での労働!? 私の人生、砂か土に埋まってばっかりだよぉ!』

 

シラクニはニヒルに笑い、部屋の隅のヘルメットを被った少女たちを顎でしゃくった。

 

『ミレニアムを追われた天才の私。荷物持ちのヘルメットが二人。……そして、アビドスの『最強王』、梔子ユメ。これだけ揃ってれば、やれるわ』

 

『わ、私、最強王なんて呼ばれたこと……ないよぉ!』

 

『発破をかける為よ。……あんたがそんな器じゃないことくらい、知ってるわ』

シラクニは冷たく吐き捨てるように言うと、一歩、ユメへと歩み寄った。

 

『やるの? やらないの?』

シラクニの冷徹で、鋭い視線が、ユメを射抜く。

 

彼女の瞳の奥には、自分を追放したミレニアムを見返してやりたいという、暗く淀んだ野心が渦巻いていた。

 

ユメは口をつぐみ、再び、机の上の催促状に目を落とした。

(……こんなの、無理だよぉ。でも……)

脳裏に浮かぶのは、自分を信じて背中を預けてくれる、たった一人の不器用な後輩の顔。

 

このままでは、愛するアビドスが、そして、ようやく見つけた可愛い後輩の青春が、冷たい砂に飲まれてしまう。彼女に、これ以上重い荷物を背負わせるわけにはいかない。

 

『……、……う。……、……やるよぉ!』

 

ユメは制服の袖で涙を乱暴に拭い、バンッ! と両手で机を叩いて気合を入れた。

怯えも、迷いも、その一撃で振り払う。

 

『やればいいんでしょぉ! アビドスのためなら、私、泥棒さんにでも、王様にでもなってやるんだからぁ!』

 

夕風が吹き込み、ユメの髪を大きく揺らす。

お人好しな生徒会長の瞳に、ほんの一瞬だけ、黄金に輝く「王」の威光が宿った。

 

『……ふん。いい顔じゃない』

シラクニが満足げに口角を上げる。

 

セピア色の教室の床に、奇妙な4つの影が長く伸びた。

これが、連邦生徒会の公式記録からも、完全に抹消された「最悪のミッション」の、文字通り泥臭い幕開けだった。

 

 

――セピア色の教室から一転。

映像は、轟音を立てて夜空を切り裂く、輸送ヘリの薄暗いキャビンへと切り替わった。

 

『……現在のクラフトチェンバーの所在だけど』

シラクニは気だるげにタブレットを操作し、キャビンの空中に青白い3Dマップを投影した。

 

『連邦生徒会が極秘裏に建設した、連邦生徒会管轄区外郭の軍事施設……通称「ブラックサイト」に一時保管されているわ』

 

エンジンの激しい振動と、不気味に明滅する赤い非常灯。

その中で、ユメは愛用のショットガン『ネブ・アブジュ』のボルトを、ガチリ、と重厚な音を立てて引き、薬室の点検を終える。

手慣れたその仕草には、先ほどまでの怯えや涙は微塵もなかった。

 

『……シラクニちゃん』

 

ユメは顎に右手を添え、真剣な、しかしどこか底知れない瞳でシラクニを見つめた。

 

『今回のターゲットは、連邦生徒会のブラックサイト。……彼らも馬鹿じゃない。仮にも軍事施設、相当な警備が敷かれてるハズだよぉ』

 

薄暗い機内で、彼女の黄金色のハローが、重厚な輝きを放ち始める。

 

『よもやすると、ヴァルキューレの特殊部隊が出張ってるかも……。……シラクニちゃん、その辺りの対策、ちゃんと練れてるのかな?』

 

「……うそ」

画面を見つめていたアヤネが、思わず息を呑んだ。

 

先ほどまで「ひぃん!」と泣きじゃくっていた先輩と、本当に同一人物なのか。画面越しのユメから放たれる圧倒的な強者のプレッシャーに、部室の空気がピンと張り詰める。

 

「な、なんなのよ、この人……! 急に雰囲気が変わって……」

セリカが戸惑ったように猫耳を伏せる。

 

「うふふ、なんだかスイッチが入ったみたいですねぇ。ユメ先輩、かっこいいです☆」

 

――映像の中では、シラクニが驚きを隠すようにニヒルに笑い、空中にホログラムを投影していた。

ターゲットとなるビルの、無数に張り巡らされた警備レーザーと防衛ドローンの警備図だ。

 

『……ふん。やっぱりあんた、そういう時だけは化け物じみた勘が働くのね。アレは今、別施設への移送準備中でね。移送のドタバタで警備システムに僅かなラグが生じているの』

 

シラクニはふん、と鼻で笑うと、得意げに胸を張って語ってみせた。

『ま、その針の穴を通すような僅かなラグも、ミレニアム随一の天才ハッカーである『私』だからこそ見つけて、突けるんだけどね』

 

そこで言葉を区切ると、シラクニは今度は一転して悔しそうに、だが己のプライドを誇示するようにタブレットを強くタップした。

 

『……ちなみに、今日を逃すと次は無いわ。忌々しいことに、この天才である私の”才能”をもってしても、アレが次にどこへ隠されるのかは掴むことが出来なかった。……分かってる? 正真正銘、今夜が最初で最後のチャンスよ』

 

シラクニの指先が、空中で複雑なコードを弾く。

タブレットの画面に、刻一刻とカウントダウンする数字が表示された。

 

『……いい? 計画の肝は、私のオリジナル・ウイルス『Eclipse』。システムが、ウイルスを排除して再起動するまでの時間は、……『9.7秒』。この間だけ、ビルのすべてのカメラ、センサーは私たちを認識できなくなる。完璧な無防備状態よ』

 

『……へぇ、9.7秒、ね。……えへへ、私、アビドスの砂嵐を突っ切る方が、もっと時間かかるかも!』

 

「ん。9.7秒の完全な無防備状態。あのウイルス、ぎん…シャーレのシステムにも通用するか試してみたい!」

「ちょっとシロコ! サラッととんでもないこと言わないでよ!」

 

シロコの危険すぎる独り言に、セリカが慌ててツッコミを入れる。

その間にも、映像の輸送ヘリはターゲット上空へと到達し、ハッチが開いた。

鼓膜を劈くような強烈な夜風がキャビンに吹き込む。

 

『ラペリングよ。……あんた、こういうの出来るの?』

 

ロープを顎でしゃくるシラクニに、ユメは不敵に笑ってみせた。

 

『えへへ、任せてよぉ。これでも私、アビドスで一番運動神経が——あわわっ!?』

 

ドヤ顔で一歩下がった瞬間。

ユメの踵が、機内の床の僅かな段差に引っかかった。

シラクニの表情が凍りつき、ユメの身体はバランスを崩して、パラシュートもないまま開いたハッチから真っ逆さまに夜空へと放り出されてしまった。

 

『はあ!? ちょっと、バカッ!? パラシュートもなしに……ッ!』

 

「ああっ!? ちょっと、何やってんのよあのバカ先輩! 死ぬ! 死ぬわよ!!」

突然の致命的なポンコツっぷりに、見ているセリカが悲鳴を上げて立ち上がる。

 

――映像の中では、ハッチから放り出されたユメを追うように、二人のヘルメットを被った少女が無言で夜空へ身を躍らせていた。

バサァッ! と、彼女たちは空中で淀みなくウイングスーツを展開する。闇夜を滑空する不気味な猛禽類のように、風を切り裂きながら目標の階層へと急降下していく。その動きには一切の無駄がなく、恐ろしいほどの訓練の跡が窺えた。

 

一方、作戦の立案者であるシラクニはといえば――。

 

『ちょっと、バカユメ! ほんっとありえないからッ!』

 

強風に掻き消されそうな悲鳴を上げながら、彼女は命綱のロープに必死でしがみついていた。

先ほどまでのクールな天才ハッカーの面影はどこへやら。涙目で完全にへっぴり腰のまま、ガクガクと震える足で不器用に壁面を蹴り、ズリズリと情けないラペリング降下をしていく。

 

――足を滑らせたはずのユメの瞳からは、既に「焦りの色」は消え失せていた。

猛烈な風圧の中、彼女の黄金のヘイローが爆発的に輝きを増す。

ユメは落下しながら、空中で猫のように身体を捻り、瞬時に姿勢を制御した。

そして、落下速度が致死レベルに達する直前。空中で身体を反転させると、左手をブレーキ代わりに、ブラックサイトの強固な外壁へと容赦なく叩きつけた。

 

ギャリィィィィィィィンッ!!!!

 

鋼鉄とガラスが、規格外の神秘と激突する絶叫。

ユメの左手と外壁の間に凄まじい摩擦熱が生じ、夜空に眩い黄金の火花が、まるで流星の尾のように長く引かれた。

 

「……うそでしょ……!?」

「ん。左手の摩擦だけで落下エネルギーを相殺。……物理法則を無視したブレーキ。メモしておくべき」

「いやいやシロコちゃん! メモしても私たちには絶対真似できませんから!?」

 

驚愕するセリカとアヤネをよそに、画面の中のユメは目的の階層が迫った瞬間、壁面を蹴り上げて空中で砲弾のように加速した。

 

ドガァァァァンッ!!

 

比較的分厚く作られているはずの警備室を要する階層のビルの壁面が、ユメの放った両足からのドロップキックによって、爆発したかのように粉々に砕け散る。

吹き荒れるコンクリートの雨と夜風の中。

黄金の火花を散らしながら、アビドスの最強王が警備室の床に、突入とは打って変わりふわりと、羽のように音もなく降り立った。

 

『……突入確認! Eclipseの有効時間は残り8秒! ユメ、目につくものすべてを徹底的に破壊して!』

 

『了解だよぉ!』

 

通信機から響くシラクニの指示と同時に、ユメの身体が黄金の残像を引いてブレた。

 

(……どれを壊そうかなんて迷ってる暇はない。シラクニちゃんたちの通り道を、こじ開けるッ!)

 

ユメの脳内から、借金の恐怖も、高所からの落下の焦りも、すべてが消え去っていた。

研ぎ澄まされた戦士としての本能だけが、彼女の身体を支配する。重武装のアンドロイドの関節の隙間、防衛ドローンのセンサーの死角。それらが、まるでスローモーションのように、はっきりと『線』として見えていた。

 

ウィィィン……ガシャァッ!!

 

警備室の奥で、再起動を試みようとしていたアンドロイド。だが、その銃口がユメを捉えるより早く、彼女は呼吸をするように自然な動作で、既にその懐へと潜り込んでいた。

背中のショットガンすら抜かない。すれ違いざまに装甲の僅かな隙間へ素手で指を滑り込ませ、メキィッ! と強引に動力炉を引き抜いた。

 

立て続けに飛来する防衛ドローンに対しても、ユメはワルツのステップを踏むように身を躱し、素手による手刀でローターを正確に叩き落としていく。

 

「……うそ、あの分厚いチタン合金の装甲を、素手で……!?」

 

アヤネが信じられないものを見るように、タブレットを持つ手を震わせる。

 

「ん。一切の無駄がない。完璧な近接格闘。……弾薬の節約にもなる。素晴らしい。」

 

シロコは目を輝かせながら、食い入るように画面のユメの動きを目に焼き付けている。

映像の中のユメの動きは、最新鋭の防衛システムが対応可能な脅威判定を遥かに凌駕していた。それは暴力というよりは、もはや一つの芸術的な『解体作業』だった。

 

――残り、5秒。

 

ユメが警備室を制圧していくその背後で、降下してきた二人のヘルメットガールたちが、淀みない動作で廊下へと続く扉を蹴り開けた。

彼女たちはサプレッサー付きのサブマシンガンを構え、一切の無駄口を叩かず、再起動待ちの廊下の監視カメラのレンズだけを、冷徹に、そしてパスッ、パスッと小気味よい音を鳴らしながら正確に撃ち抜いていく。

決して前に出すぎず、ユメの開いた道を完璧に舗装していくプロフェッショナルな手際。

 

『……ふうっ、死ぬかと思った……』

 

そこへようやく、息も絶え絶えになったシラクニが、ロープから転がり込むようにして警備室へと到着した。

乱れた息を整えながら顔を上げた彼女の目に飛び込んできたのは――突入からわずか数秒で、完全に『スクラップの山』と化した、最新鋭の防衛兵器たちの残骸だった。

 

『……、……かいぶつ』

 

シラクニは、呆然と呟いた。

汗まみれの顔に、明確な『畏怖』と『感嘆』の色が浮かぶ。

 

(お人好しで、バカみたいに素直なだけのヤツだと侮っていたけど、こいつのこの異常なまでの戦闘力……。…腐っても、古王国と呼ばれるアビドスを束ねるファラオなだけあるわね……)

 

シラクニが、梔子ユメという存在をアホで間抜けなお人好しという括りから外し、規格外の超人なのかも…?として本気で『見直し』かけた、その瞬間だった。

 

――残り、3秒。

 

部屋の制圧を文字通り『一瞬』で完了したユメの視界に、壁一面に設置された、巨大な監視用マルチモニターが映った。

 

(……目につくものすべて、だね!)

 

ユメは、なぜか急にピタッと動きを止めると、コホン、と小さく咳払いをした。

そして、ホシノが部室に持ち込んでいた『世紀末な古いアクション漫画』の主人公を思い出し、少しだけカッコつけてみたくなったのだ。

 

右手を鋭く刃の形に構え、フッと得意げに口角を上げる。

 

「……でぇい!!」

 

放たれた渾身の貫手が、分厚いマルチモニターの液晶の中央を、豪快にぶち抜いた。

バチバチと火花が散り、無数の画面がノイズと共にブラックアウトしていく。

ユメは腕を引き抜くと、サッ、と前髪を払いながら、カメラも回っていないのにむふーと得意げな擬音さえ聞こえそうな完璧なドヤ顔を作った。

 

『……あなたはもう、しんでいる……。フッ』

 

「……」

「ッフ……」

 

映像を見ていた現在の部室が、別の意味で静まり返る。

セリカがポカンと口を開け、先生が思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた、その直後。

 

映像の通信機越しに、さっきまでの畏敬の念など微塵もなくなった、シラクニの心底呆れ果てた深いため息が響き渡った。

 

『……あのさぁ。それ、ただの出力用モニター。映像を映してるだけだから、そこ壊しても壁のカメラの視覚素子は生きてるの。……なんの意味もないわよ、それ』

 

『……えっ?』

 

『あと、何その変なポーズとセリフ。……引くわ。バカじゃないの』

 

『ひ、ひぃん……っ!!?』

 

映像の中のユメは、自分がしでかした壮大な勘違いとカッコいい決めポーズに決め台詞の恥ずかしさから、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。

バンッ! と両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んで身悶えする最強王。

 

『は、恥ずかしいよぉ……! 穴があったら入りたい……ううん、砂漠に埋まりたいよぉ!!』

 

「やっぱりただのバカ先輩じゃないのよォォォォッ!!!」

 

セリカがバンバンバンッ! と長机を叩きながら絶叫する。

 

「ああっ! ユメ先輩、おちゃめで可愛いですぅ☆」

 

ノノミがコロコロと笑い声を上げ、アヤネは「さっきの感動を返してください……」と疲れたように眼鏡を外した。

 

「ん。出力用モニターの破壊は無意味。……無駄な体力と時間の消費。しっかり反面教師としてメモしておくべき」

「シロコ! あんたはどこまで本気で見てんのよ!!」

 

――映像の中では、羞恥に悶えるユメの背後から、遅れて到着したシラクニとヘルメットを被った少女2人が、マヌケに冷ややかな視線を向けていた。

 




読んで頂き、ありがとうございます。
キャラクターの特徴を捉えたセリフ回しするのは難しいですね。
誤字でしたり、誤用を発見された方はお手数をおかけしますが報告をして下さりますと、助かります。
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