[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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✿

 

「なぁかぐや、彩葉のこと好きか?」

 

「うんっ!大好き!」

 

「ずっと一緒に、居たいか?」

 

「もっちろん!」

 

「…そうか、なら安心だなぁ」

 

 彩葉の物とは違う、大きくて少し硬い手が私の頭を撫でる。たくさん褒めてもらえて、撫でてもらえて、嬉しいはずなのに。その一回だけは、なんだかいつもより、悠仁の手が冷たかったような気がした。

 

 

 

私は浮かれていた。疑いようもなく。えぇ。それはもう、とても分かりやすく。朝起きた時から機嫌がいつもより良かったし。かぐやが炎上一歩手前の文章をSNSに上げようとしていたところを見付けても、いつもみたいに叱らずに注意するだけで済ませたし。

 

 かぐやはそんな私を見て、なんだかニコニコし過ぎてちょっと怖い、だなんて言ってたけど。仕方ないじゃないか。ただでさえヤチヨカップ優勝が決まってヤチヨとコラボライブが出来るようになったことに加えて、悠仁くんに「もう子供じゃない」って認めてもらえたんだ。これでご機嫌にならない方がどうかしてると思うんだ。

 

「…浮かれポンチ」

 

「えぇ?なにか言ったぁ?」

 

「なんでもなーい、ねーえー、かぐやと遊んでよぅ」

 

 KASSEN勝負が終わったあと。結局私たちは負けたし、お兄ちゃんは連敗記録を更新。でもまた一歩近づけた、と少し憑き物が落ちたような表情を浮かべて笑っていた。

 

 カメラで中継されているKASSENのステージから出て。本当に誰の目もなくなったところで悠仁くんにかけられた言葉。「大きくなったなぁ」と一言、噛み締めるように口にして。何時もの様に頭に伸ばされた腕は、思うところがあったのか空中で止まってそのまま下ろされた。

 

 そのあと、かぐやと二言三言なにか言葉を交わして、そのままログアウトしていってしまった。一緒に発表を聞くものだと思っていたらしいかぐやは少し不満そうな表情を浮かべていたけど。その後、優勝が決まった瞬間には今までにないくらいすごい燥ぎようだった。

 

 スマホに浮かんだ、『おめでとう』の一言を見て、口元が緩む。悠仁くんから送られてきのたお祝いの言葉。思っていたよりもずっと簡素なその一文が、なんだか今までとは違うんだと示してくれているようで、無性に嬉しくて。朝起きてから、暇さえあれば眺めてしまっている

 

「ねぇねぇ、ずっとスマホ見てにやにやしてないでさぁ。ほら、外行こ?」

 

「に、にやにやなんてしとらんわ。外?なんか予定あった?」

 

 がさごそ、とかぐやが配信用にと買ってきた小物の山を漁って何かを探し始めて。やがて、その山の一角が小規模な雪崩を起こしたところで、お目当ての物を見付けたのかそれを片手に持って掲げて見せた。

 

「お引越ししよっ?」

 

「引っ越しぃ?」

 

 見れば、掲げられたのマンションのチラシで。そこに書かれている家賃は、なんと驚きの35万円。たったひと月でだ。この安アパートの何倍の家賃なんだ。衝撃的な数字に一瞬思考が停止する。

 

 確かにこの狭いアパートではかぐやが見境なく買ってくる小物たちの置き場所がもう無くなり始めてるし。それに、昼夜問わずやりたくなったら配信するかぐやと同じ部屋で勉強なり睡眠なりするのは少し無理が出始めてきたころだったけど。それはそれとして、高すぎるんじゃない?

 

 そんな私の意見は、有無を言わずに私の腕をつかんで外に飛び出したかぐやによってどこかに流されて行ってしまった。外に一歩出ると、全身を包み込むような暑さと、木なんて数える程しかないにも関わらず耳に響く蝉の声に出迎えられた。

 

 私の手を引いて、鼻歌を歌いながら進むかぐやの後姿を見る。もう、彼女の身長は私よりも高くなっていて。並んで話すと、かぐやの目を見て話すためには私は少し目線を上に向けなけらばならなくなってしまった。

 

「かぐや、大きくなったね」

 

「?うんっ、成長期ですからっ」

 

「それっていつまで続くの…?」

 

 赤ん坊のころと比べると流石に遅いが、それでもかぐやの成長するスピードはかなりはやい、と思う。髪の毛が伸びるのも随分早いし、それ以外も。今は、きっと私と同じくらいの年齢だと思うけど。1月後は?その後は?かぐやは、いつまで今のペースで成長していってしまうんだろう。

 

「んー?わかんないけど、そろそろ止まるんじゃないかな」

 

「そっか」

 

 ほ、と一つ息を吐いた。急に立ち止まって、赤い車のボンネットの上で寝そべっていた猫と目を合わせ始めたかぐやの様子を見る。目を輝かせて、手を伸ばしてみて。警戒した猫に逃げられて肩を落とす。体は大きくなっても、まだまだ目に映るすべてに興味津々な子供なところはそのまま。

 

『二人は最強っ!』

 

 でも、無邪気にそんなことを言って笑うその姿は眩しくて、寄りかかっていいと言って貸してくれた肩は暖かくて。隣にいてくれたら、今まで踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気をもらえる気がして。

 

「…ありがとね、かぐや」

 

「んー?なにー?」

 

 ぎゅ、とかぐやの手を握る私の手に少し力を込めて。そう呟いて。こちらを振り返るかぐやに向かってほほ笑んだ。ツクヨミのアバターのそれと変わらない彩を見せるかぐやの金髪が振り向いた拍子に広がって。その表面に太陽の光が流れてキラキラと光る。

 

 かぐやが隣にいてくれたから、勇気が出せた。一緒にやろう、と言ってくれたから。あの時の自分がした行動を思い出して、今更ながら頬が赤くなってくる。あの時は大舞台でテンションがおかしくなってしまっていたのだ。

 

 …いや、それにしても、名前呼び捨てに加えて、このドアホはないんじゃないか?KASSEN中だから悠仁くんと交わした言葉がそう多くないし、私の前後の思考なんて悠仁くんに伝わってるわけないし。

 

 あれ、そう考えたら途端に怖くなってきた。

 

「か、かぐや。悠仁くん、私について何か言ってなかった?」

 

「彩葉について?別に何も言ってなかったけど」

 

 乱暴な言葉遣いだった自覚はある。兄がゲーム中に見せる一面に、知らず知らずのうちに引っ張られていたのかもしれない。それにしても、今思い返してみても自分が悠仁くんに向けたとは思えない発言がちらほら。あさ起きてからずっと浮かれていた気分がすと急激に冷えていくのが自分でも分かった。

 

「ど、どうしよ…」

 

 なんで急にフルネームで呼び捨てにしちゃったんだろ。このドアホってなに?そんなこと、全然。何時もは思ってないし。悠仁くんに、私がいつもそんなことを想ってたなんて勘違いされてたらどうしよう。

 

 それに、次会う時。どんな顔をすればいいんだろう。いつも通りにしてればいいんだろうか。こんな時になって、数年前の自分のことが羨ましくなってしまう。あの頃ならば、何も気にせずに無邪気に悠仁くんの元に行けただろうから。

 

「彩葉?どうしたの?顔赤いよ?」

 

「なんでもない、何でもないから…」

 

 頬が熱い。昨日の自分の行動に後悔は無い。結果から見て、きっとあれが最善だったし。ずっと超えられなかった一線を越えられた実感は今も私の胸の中にある。

 

 でも、それはそれとして昨日の自分に一発喰らわせてやりたいと考えてしまう自分が居るのも、また事実。この頬の火照りは、暫く収まりそうになかった。

 

 

 

「これっ、ここに引っ越そうよっ」

 

「…あのね、引っ越すっていってもすぐにはできないの。私は未成年だから保証人も要るし、引っ越し業者も探さないといけないし」

 

「それが全部解決したら、引っ越ししてもいいの?」

 

「それは、まぁ…」

 

「ぃやったーっ!」

 

 

✿

 

「ぁ、あの…」

 

 困った、なんだか言葉が出てこない。ようやっと引いてくれたと思っていた頬の火照りもなんだか再発しているし、隣に座った悠仁くんの顔をちゃんと見ることが出来ずに、ただ俯いた。

 

 外を見ると、遊びに来ていた子供たちと一緒になってめんこで遊ぶかぐやの姿が目に入る。大きく振りかぶって、地面に叩きつけて。裏返った裏返らなかったで大げさなくらい一喜一憂している。

 

 騒がしい外から届く、めんこが地面に叩きつけられる独特の音が店内に響く。ちらり、と気づかれないように悠仁くんのことを目だけ動かしてみると、そんな楽しそうなかぐやの様子を、嬉しそうに眺めている。

 

「ぁ、あんな。悠仁くん」

 

 何を言ったらいいんだろう。色んな言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。どれも違う気がして、名前を呼んでも次に続く言葉が出てこなくて、詰まってしまう。悠仁くんが何を考えてるのか、とか、私が本当は何が言いたいのか、とか。色んな事をぐるぐる考えて。

 

 結局最後に残ったのは、いつも真っすぐなかぐやの姿。えぇい、もう言ってしまえ。

 

「悠仁くんは、わ、私の」

 

 ずぅっと言えなかった言葉。嫌われてるなんて思ってない。好意的な返事が返ってくることなんて分かっていて。それでも、私がこの言葉を口に出すのが怖かったのは、悠仁くんの中で自分が小さな子供でしかないことをはっきり突きつけられてしまう気がしていたから。

 

 じゃあ今は?きっと悠仁くんは私の事、ほんの少しでも子供じゃないと分かってくれて。私がこの質問をすることを怖がる必要なんてないはずで。じゃあ、なんで。なんでこんなに言葉にすることが難しいんだろう。

 

 どうしてこんなに、心臓が、痛い。

 

「わたしのこと、どう、思っとるん?」

 

「ずぅっと笑っててほしいと思ってるよ」

 

 大事で、大事で。だから、きっと俺は彩葉のことを、蔑ろにしてたんだなぁ。そういった悠仁くんの視線がこちらに向く。泣いてしまいそうだった。その瞳の真ん中には、確かに私の姿が映っていて。でも、泣いてしまったらそれこそ小さな子供のようだから。代わりに、不格好な笑みを浮かべて。

 

「ごめんな、彩葉」

 

 かっこよかったよ、笑っちゃうくらいに。その言葉とともに、とてもゆっくりと頭に置かれた大きな手が動かされる。可愛いとも、美人さんとも、何度もほめてもらったことはあったけど。かっこいいと言ってもらえたのは、これが初めて。

 

 大事だと面と向かって言葉にしてもらったのも、初めてで。

 

「悠仁くん」

 

 視線を落とす。ずっとあなたの瞳の中に自分を映してほしいと思っていたくせに、いざ真っすぐにみられるとなぜか胸の奥をぎゅ、とつかまれているようで。

 

「あんな」

 

 それでも、なぜかそんな感覚が嫌ではなくて。どこか覚えがあるようなその感触が、どんどんと私の心臓を更に早く、打ち鳴らしていく。

 

「あんな」

 

 悠仁くんとこんなにゆっくり話したのも、いつぶりだろうか。きっと話してはいたけど、私に余裕が無くて。

 

 今だってなんだか余裕がない。こんな、何度も言葉に詰まって、言おうとした事を引っ込めてもう一度考えて。まるで、小さな子どものよう。

 

 何で、急にこんなに言葉が出てこないんだろう。隣でおしゃべりすることなんて、今まで何回だってやってきたことなのに。

 

「私、私な、悠仁くんの」

 

 悠仁くんの“大丈夫”になりたい。そう思った。あなたの手を引いて歩けるようになりたいと思った。同じ景色を見たいと、そう思った。

 

 外からうるさく響いてきているはずの子供たちの笑い声も、かぐやのはしゃぐ声も今は聞こえなくて。

 

 心臓の拍動だけが私の耳の奥が響いている。懐かしいような、初めてのようなこの感情の名前は。きっと、そう。

 

「悠仁くんの隣に、いたい」

 

 

 恋と、いうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

✿

 

「すごいなぁ、彩葉も朝日も」

 

 目の前で何度も何度も流れる、昨日のKASSENの映像を膝を抱えながらじっと眺める。

 

 画面の中では、らしくないほどに感情を爆発させた朝日と彩葉、そしてかぐやが3人がかりでたった一人のプレイヤーに挑みかかっている。

 

 絶対に届かない、見ている中でその事が分かっていたものは私を含めて何人いただろう。

 

 でも、歯をむき出しにして好戦的な笑みを浮かべる朝日と、それに追随するように大声で何事かを叫ぶ彩葉には、きっと彼我の差は嫌という程分かっていて。

 

 それでも、微塵も自分たちの勝ちを諦めずに前に進む姿が、泣いてしまいそうになるほどに眩しく私の目には映っていた。

 

「二人とも何も考えずに人の名前は叫ぶし、絶対に放送したらまずそうな事言うし、隠すの大変だったよ〜。もう」

 

 次は気をつけてね、と指さしておどけてみても、それに応える人など誰もおらず。静かな空間に、私の声だけがただ溶けていく。

 

(次なんて、ないか)

 

 力なく堕ちた手が軽い音を立てて床に落ちる。それと同時に画面も、最初からそこには何もなかったかのように掻き消えた。

 

 眩しすぎて、見ていられなかったから。どうあっても、一歩踏み出すことの出来ない臆病な自分には。

 

 机の上に出したままのノートの、開いたままのページ。どうしても最後の一つを消すことが出来なくて。いつまでたってもめくれないまま。

 

「彩葉、良かったねぇ」

 

 一番欲しかった言葉を貰って、目尻に涙を浮かべる少女の姿を最後に一度だけ目に焼き付けて、ふわりと笑った。

 

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