お嬢様が少年の奴隷に愛が抑えられなくなっていく日記

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ポムについての日記

 

 

 

 銀枝暦一二七年 風花の月十八日

 

 本日、王立レヴェリス学園にて催された魔法芸術大会において、わたくしは当然のごとく首席優勝を収めましたの。

 

 まあ、当然ですわ。あの程度の色彩操作と精霊律動の組み合わせで、わたくしに並べると思うほうが不遜というもの。講評を述べた老教授どもが震えた声で賛辞を並べ立てるさまは、なかなか愉快でしたわね。

 

 その帰途、上機嫌の余韻に任せて、下町の奴隷商の檻を覗いて差し上げました。

 

 そこに、一匹の人間の子供がおりましたの。痩せて薄汚れて、怯えた獣のような眼をしておりましたけれど、わたくしの一族伝来の“翠晶の目”には、そんな表層より奥に潜んだもののほうが鮮やかに映りましてよ。

 

 あれは魔力の核。しかも珍しい、自己修復性を帯びた流脈。

 粗悪な器に、過分な宝石が埋まっているようなものですわ。実に滑稽で、実に惜しい。

 

 ゆえに、買って差し上げましたの。

 

 値切る必要もない額でしたし、あのような場所で朽ちさせるには、少々もったいない素材でしたもの。

 名は長くて野暮でしたので、捨てさせました。人間の名など、どうせ大した由来もないのでしょう。

 

 わたくしが新たに与えた名はポム。

 

 愛玩動物めいた響きで、あれにはちょうどよろしいでしょう。

 呼ばれた瞬間、ひどく狼狽えておりましたけれど、所有される身で名に意見するなど分際知らずも甚だしいこと。もっとも、文句を言う元気すらなかったようですけれど。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 風花の月十九日

 

 昨夜のうちに屋敷へ連れ帰らせ、本日はまず洗浄を命じました。

 さすがにあの汚れたままでは、廊下の空気まで貧しくなりますもの。主人として環境を整えるのは当然の務めですわ。

 

 とはいえ、人間ごときに正規の浴場を使わせるのは過分ですから、使用人用の石造浴場へ。

 温湯に香草を落とし、髪と皮膚についた泥と臭気を徹底的に洗い流させましたの。最初、ポムは怯えて身を竦ませておりました。湯に沈められるとでも思ったのかしら。まったく、下等な生き物は想像力まで貧困ですわね。

 

 ところが、湯が肩まで満ち、侍女が泡立てた石鹸で髪を梳きはじめると、あれは目を見開いて、やがて泣きましたの。

 

 この程度で。

 

 湯が温かいだけで。

 

 爪の間の泥を落とされるだけで。

 

 髪の絡まりを丁寧にほどかれるだけで。

 

 声を殺して震えているものだから、侍女たちが妙に気まずそうにしておりましたけれど、わたくしはむしろ呆れましたわ。

 人間というものは、まことに安価な感動で満たされるのですのね。

 

 夕餉も、最低ランクのものを与えました。

 仔羊の煮込み、白い小麦のパン、果実の蜜煮、野菜の澄まし汁。もちろん人間用に多少は塩味を濃くさせましたけれど、あくまで下賜するに値する最下等の献立ですわ。

 

 それなのに、ポムは皿を前にしてしばし固まり、それから手を合わせるような仕草をして、また泣きましたの。

 

 本当に、この程度で。

 

 少しばかり胸の奥がざわついたのは、きっと優勝直後で気分がまだ高揚していたからでしょう。

 

 でなければ、人間が食卓で泣くさまなど、見苦しい以外の何ものでもありませんもの。

 

 ええ。きっと。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 風花の月二十一日

 

 寝床について記しておきます。

 

 人間を主寝室に入れるなど論外ですから、当然ながら部屋の隅に毛布を敷かせましたの。もっとも、客間に置いてある冬用の厚手のものですから、人間界で言えばかなり上等なのでしょうけれど。

 

 最初の夜、ポムは毛布に触れたまま、しばらく動きませんでした。

 

 わたくしが「どうしましたの、さっさと丸まって眠りなさい」と命じると、ようやく膝をつき、祈るみたいに頭を垂れておりました。何への感謝か知りませんけれど、いちいち大袈裟ですこと。

 

 夜半、寝返りの気配があまりに落ち着かず、わたくしの眠りを妨げました。

 

 見れば、毛布に包まったまま、寒さではなく不安で震えていたのです。暗がりに慣れていないのか、それとも、明日には殴られるとでも思っていたのか。

 

 くだらない。

 

 わたくしは、壊すために買ったのではなく、使うために買ったのですわ。

 だから、ただそれだけの理由で、寝台の横に灯りを一つ残し、「わたくしの部屋にいる限り、勝手に壊されることはありません」と教えてやりましたの。

 

 すると、あれは毛布の中で息を呑み、信じがたいものを見るような顔をして、またあの情けない目を潤ませたのでした。

 本当に、人間というものは手がかかりますわね。

 

 こんな単純な説明ひとつで安心して眠るなど、浅い器にも程がありましてよ。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 花霞の月三日

 

 

 数日観察した結果、ポムの魔力循環は予想以上に繊細であると判明いたしました。

 下手な訓練を施せば壊れますし、放置してもまた鈍ります。つまり、わたくしのような精妙な管理者がいなければ価値を発揮できない、ということですわ。

 

 朝ごとに測定させておりますが、器具を肌に当てるたび、あれはびくりと震えますの。

 最初は怯えによるものと思っていましたけれど、どうやら冷えるらしい。人間の体温は不便ですわね。そこで、測定前にわたくしの掌で額や頬を軽く温めてやることにしました。

 

 別に、慈愛ではありませんのよ。

 

 反応値に誤差が出るのが煩わしいだけ。

 

 ただ、わたくしの指先に頬を擦り寄せるようにして目を細めるのは、少々癪ですわね。

 

 まるでそれを待っていたかのような、あの従順な仕草。まったく、躾けられた小獣のほうがまだ遠慮というものを知っていましてよ。

 

 本日など、書庫で古い魔導理論書を読んでいたところ、足元でこくりこくりと舟を漕ぎはじめましたの。

 本を踏まれるのは不快ですから、仕方なく膝へ引き上げて固定しました。そうでなければ頁が破れるでしょう。

 

 すると、信じられないことに、そのまま安心しきって眠ってしまいました。

 

 人間は警戒心というものを欠いておりますの???? 

 

 いや、違いますわね。あれは、わたくしの前でだけ無防備でいられると学習したのですわ。

 

 

 ……ええ、良いことです。

 

 所有物は、主人の前でのみ無防備であるべきですもの。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 花霞の月九日

 

 本日、ポムが庭師見習いに叱責されているのを見かけました。

 

 どうやら運ばせた薬草籠を取り落としたとかで、ずいぶんな剣幕でしたの。人間同士で吠え合う姿など、品がなくて耳障り。

 

 放っておいてもよかったのですけれど、あまりに声音が不快。何より、あのまま長引けばポムはあの手によって傷を負いかねないのでわたくしが割って入りました。

 

「その子に触れないでちょうだい」

 

 そう告げると、男は蒼白になって平伏しましたわ。まあ当然です。誰に向かって声を荒らげていると思っていたのかしら。

 

 別に、ポムを庇ったわけではありません。

 

 わたくしの所有物に、許しなく傷をつけられては困る、それだけ。

 けれど、震える指先でわたくしの袖をつまみ、隠れるように背へ回ったとき、胸の内に妙な熱が走ったのは事実です。

 

 あれほどまでに露骨に頼ってくるとは思いませんでしたの。無様で、可哀想で、どうにも目が離せない。

 

 叱られた程度で目を赤くするなんて、脆すぎますわ。

 

 ですから帰室後、葡萄糖の高い菓子と温かい乳茶を与え、ついでに髪を梳いてやりました。手櫛では絡みが残るので、象牙の櫛まで使って差し上げましたのよ。これほど下等な生き物に、わたくしの私物を許すなど前代未聞ですわ。

 

 それでもまだ不安げに見上げるものだから、変な感覚が立ち上り仕方なく額に口づける真似をしてやったら、ようやく泣き止みました。

 

 ええ、本当に仕方なくです。

 

 幼獣を静める手段として、もっとも即効性が高いと判断しただけのこと。

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 花霞の月十六日

 

 近頃のポムは、わたくしが食事を始めると、なぜか自分の皿よりこちらを見ますの。

 

 食卓の作法も知らぬのかと思い咎めれば、慌てて視線を落とす。ところが、しばらくするとまた、ちらちらと伺ってくる。まったく落ち着きのない。

 

 理由はすぐに知れました。

 

 先日、魚料理の小骨を器用に外しているところを見せてしまったせいですわ。人間というものは、自分では上手くできないことをしてもらうと、すぐにそれを覚えてしまうらしい。

 

 ですから本日は、最初から骨を外し、一口大に裂き、ついでに温野菜も食べやすく刻んで、皿へ分けてやりました。

 

 それだけであの顔。呆れますわ。

 

 まるで神話の祝福でも賜ったかのように目を潤ませて、「あり、がとう、ございます」と、途切れ途切れに申しましたの。

 あまりにぎこちないので、見ているほうがむず痒くなり、つい「ほら、お口を開けなさい」と命じて、わたくしの皿から一口食べさせてしまいました。

 

 別に、特別扱いではありません。

 

 遅いのですもの。見ていられなかっただけ。

 

 それでも、匙を唇に寄せた瞬間、ポムの睫毛が震え、頬が赤くなるのを見て、なぜかわたくしまで妙に機嫌がよくなりましたの。

 

 自分より大きな者に食べさせてもらって安心するなど、なんと単純で、なんと愚かな習性でしょう。

 

 ですが、愚かだからこそ扱いやすい。ええ、実に結構ですわ。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 若葉の月一日

 

 昨夜、雷雨。

 

 窓硝子を打つ音が大きく、ポムは部屋の隅で縮こまっておりました。灯りをともしていてもなお肩が震えている。人間は空の機嫌ひとつでここまで脅えるものなのですか。

 

 最初は無視しておりましたのよ。

 

 けれど、稲光が走るたびに息を呑み、耳を塞ぎ、それでも必死に声を殺している姿がどうにも目障りで。ええ、目障りでしたの。だから、わたくしは寝台の帳を開けて言ってやりました。

 

「その隅でびくびくされると、わたくしの眠りが浅くなりますの。こちらへいらっしゃい」

 

 するとあれは、呼ばれた意味が理解できないような顔で固まっておりました。

 二度言わせるなと睨めば、恐る恐る近づいてきて、寝台の端に指先だけを置いたのです。愚かしい。招いたのなら、上がればよろしいのに。

 

 結局、わたくし自ら腕を引いて寝台へ乗せ、ついでに羽根布団までかけてやりました。

 

 本当に、人間は手順の省略ができませんわね。

 

 しばらくすると、ポムはありえないほど静かになりました。

 見ると、わたくしの寝間着の袖を握ったまま、泣き疲れたように眠っていたのです。睫毛に涙が残っていて、呼吸はまだ少し乱れていて、それなのに表情だけは安堵しきっておりました。

 

 仕方がないので、頭を撫でて落ち着かせてやりました。

 別に、あのままではまた起きると思っただけ。わたくしの睡眠の質を守るための処置ですわ。

 

 けれど朝、目を覚ましたとき、わたくしの胸元に顔を埋めるようにして眠っていたのには、さすがに少々驚きましたの。

 

 ずいぶん図々しく育ったものですこと。

 

 ……まあ、主人を寝床として認識する程度には、きちんと馴れたということでしょう。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 若葉の月八日

 

 最近では、ポムは夜になると当然のように寝台へ来ます。

 

 もちろん、勝手にではなく、わたくしが許したときだけですけれど。躾とは反復でございますから。

 

 今日は昼の訓練で魔力を使いすぎ、微熱を出しておりました。

 

 顔は赤いくせに、平気だなどと強がるものだから、呆れて額を押さえてやりましたの。熱い。まったく、脆い器ですこと。

 氷嚢を用意させ、薄めた果汁を飲ませ、薬草を煎じた湯を少しずつ飲ませ、それから自分の枕元へ寝かせました。

 

 あれは何度も「床で、だいじょうぶです」と言っておりましたけれど、熱のあるときに床など論外。管理効率が悪うございます。

 

 だから「黙って看病されなさい」と言い渡したまで。

 額の汗を拭うたび、ポムは申し訳なさそうに目を伏せるのです。

 

 そのたびに、なぜかわたくしは腹立たしくなりました。

 

 わたくしがしていることを、そんなふうに“過分”と思われるのが癪なのです。わたくしが与えるものは、わたくしが与えると決めた以上、すべて適量。余計な遠慮など不要でしょうに。

 結局、眠るまで手を握っていてやりました。

 

 脈の乱れを確かめるためであって、安心させるためではありません。

 

 まして、指を絡め返してきたのを振りほどかなかったのも、病人に無駄な刺激を与えないためですわ。勘違いなさらないで。

 

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 若葉の月十五日

 

 本日、鏡台の前でポムの髪を結いながら、ふと気づきました。

 買ってきた当初より、ずいぶん綺麗な顔をするようになったことに。

 頬には血色が戻り、髪も艶を帯び、目の下の隈は消えつつある。

 わたくしが選んだ衣服はどれも似合っておりますし、食事の量も適正に増やした甲斐がありましたわ。まったく、素材が良いと手をかける価値があるというもの。

 

 ポムは鏡越しに、何度もわたくしを見ておりました。

 どうしたのかと問えば、しばらく迷った末に、ひどく小さな声でこう申しましたの。

 

「しあわせです」

 

 あまりに愚かで、あまりに率直で、わたくしはしばし言葉を失いましたわ。

 

 この程度で、幸福。

 

 温い湯と、飢えない食事と、柔らかな寝具と、叱責から庇われることと、撫でられることと、名前を呼ばれること。その程度で。

 

 ……どれほど劣悪な場所から来たのやら。想像するのも面倒ですけれど、少なくとも、今さら返す気にはなれませんわね。

 

 ここまで慣らし、ここまで育て、ここまでわたくしに懐いたものを、どうして手放せましょう。

 

 ですから、鏡越しにぷにぷにの頬をつまんで、こう言ってやりましたの。

 

「当然でしょう。わたくしのものなのですから」

 

 すると、あれは泣き笑いみたいな顔で何度も頷きました。

 

 まるで首輪でも嵌められた犬のよう。

 

 ええ、実に見栄えがよろしいこと。

 

 

 

 

 銀枝暦一二七年 若葉の月二十七日

 

 夕餉の席にて、ポムがうとうとして皿へ顔を落としかけました。

 

 訓練のしすぎですわね。魔力の流脈が伸びる時期には眠気が強くなるとは知っておりますけれど、食事中に船を漕ぐとはみっともない。

 

 仕方なく、わたくしの隣へ椅子ごと寄せさせ、片手で支えながら食べさせました。

 

 匙で粥を掬い、ふうと冷まして口元へ運ぶ。野菜は細かく刻み、肉は柔らかいところだけ選り分け、喉につかえぬよう汁気を含ませる。

 

 ええ、すべて合理的判断ですわ。眠いのなら介助したほうが早いので。

 

 途中、半分眠ったまま「あーん」と口を開けたのには、さすがに吹き出しそうになりましたけれど。

 

 どこまで幼いのやら。まったく、人間の稚拙さには底がありませんわね。

 

 それでも、口の端についた粥を拭ってやると、安心したように肩の力を抜き、最後にはわたくしにもたれたまま眠ってしまいました。

 

 やれやれ。

 

 結局そのまま寝台まで運ばせるのが面倒で、わたくし自身で抱き上げて部屋へ戻る羽目になりましたの。

 

 軽い。

 

 驚くほど軽い。

 

 この程度の重みしかないものが、よくもまあ、これほどわたくしの日常へ入り込んだものですこと。

 

 ……とはいえ、もう慣れましたわ。

 

 朝には寝起きの悪いこの子を揺り起こし、夜には髪を撫でて眠らせ、食事では好みを見てやり、訓練では限界を測り、寒がれば毛布を増やし、怯えれば抱き寄せてやる。

 

 主人として、当然の管理。

 

 ええ、本当に当然の。

 

 ただ最近、わたくしの腕の中でしか深く眠れなくなっているのは、少々問題ですわね。

 

 依存が強い。まったく、困った人間。

 

 けれど、その依存を矯正する必要があるかと問われれば──

 別に、急ぐほどのことでもありませんでしょう。

 

 わたくしが許す限り、この子はわたくしに甘えていればよろしいのですから。

 

 なにしろ、ポムはわたくしのもの。

 

 わたくしが見出し、洗い、食べさせ、眠らせ、守ってやっている、たったひとつの、出来の悪い下等生物なのですもの。


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