カイジがデスノートを拾った世界 ~死神黙示録 カイジ 鉄骨渡り編~ 作:梅酒24
ざわ……ざわ……
(……意外……)
一瞬の油断。
たったそれだけで――
足元が、揺れる。
ぐらっ……
(……!)
踏み外しかける。
鉄骨が細いんじゃない。
世界が歪んでいるんでもない。
(俺だ……!)
精神の乱れ――
それが、そのままバランスの乱れ。
直結。
ダイレクトに“死”へ。
ぐにゃあ……
視界が歪む。
遠近感が狂う。
(待て……!)
(落ち着け……!)
ここで崩れたら終わり。
(焦るな……!)
歯を食いしばる。
呼吸。
浅い。
(吸え……吐け……)
無理やり整える。
だが――
(時間がねぇ……!)
背後。
あの男――“高木”。
確実に迫る。
(このままじゃ……押される……!)
選択。
迫られる。
(どうする……!?)
頭に浮かぶ選択肢。
――死神の目。
(……交換するか……?)
一瞬よぎる。
だが――
(バカか……!)
寿命の半分。
そんなもん――払えるか……!
(ここで生き延びても……意味がねぇ……!)
否定。
即座に。
じゃあ――
残る手は一つ。
ざわ……
(……切る)
(切り捨てる……!)
胸が軋む。
だが、迷っている時間はない。
(石田のおっさん……)
頭に浮かぶ顔。
あの人の声。
あの、どこか温い人間性。
(……さよならだ)
心の中でだけ、告げる。
手が動く。
ノートを開く。
ペンを握る。
震えは――もうない。
(書け……!)
一気に、書き切る。
名前。
条件。
流れ。
“自然に見える結末”。
書き終える。
――カチッ
何かが、はまる音。
(……よし)
世界が、戻る。
さっきまでの歪みが消える。
視界が、クリアになる。
(これでいい……)
背後は、止まる。
時間ができる。
俺は渡れる。
(正解だ……!)
確信。
さっきまでの動揺が、嘘のように消える。
足元が安定する。
(戻ってきた……!)
俺は――
俺のフィールドに。
ざわ……ざわ……
一歩、踏み出す。
ぶれない。
もう、揺れない。
(これが……俺の勝ち方だ……!)
冷たい思考。
合理。
切り捨て。
それらすべてを飲み込んで――
俺は進む。
(生きるためだ……!)
それだけが、理由。
それだけで――十分。
「石田光司
鉄骨の上をダッシュで走り、高木と名乗る男の腕を掴み、動きを拘束する。
伊藤カイジが渡り終わるまで足止めをし、その後、高木と名乗る男に振り飛ばされ鉄骨から落ちて死亡」
書いた瞬間――
心臓が、ドクンと鳴る。
(これで……いい……!)
(これで――勝てる……!)
ノートの力。
それは絶対。
現実に“あり得る範囲”なら――
必ず実現する
――ざわ……ざわ……
俺の喉が、ひどく乾いていた。
「高木というのは偽名だろ?」
振り返らずに言う。風が強い。鉄骨の上、たった数十センチの幅。足元の闇は底なしだ。
「あたりめーだ」
即答。余裕の声。
――やはり……!
こいつは、最初から警戒していた……!
だが――もう遅い。
「デスノートってさ……」
俺はわざと軽く言う。冗談めかして。
「高木と“名乗る人物”って書けばよ……きっと処理される」
「……は?」
一瞬の間。
「殺すためじゃねぇ……きっかけだ……」
ざわ……
風が吹く。ぐらり、と鉄骨が揺れる。
「何言ってやがる……」
「後ろ来てるぜ」
俺は前を向いたまま言う。
「……!」
その一瞬――
そいつの意識が、わずかに後ろへ逸れた。
それでいい。
「じゃあな」
小さく、吐き出す。
「あとで俺の手で殺してやるぜ。ノート無しでな」
――ざわざわざわ……
背後で何かが起きている気配。
だが、振り返らない。
振り返った瞬間――終わる。
俺は歩く。
一歩。
また一歩。
呼吸を整え、重心を落とし、ただ前へ。
――ゴール。
地面。
固い床。
現実。
「はぁ……はぁ……」
膝が笑う。
だが――生きている。
「さすがカイジさんっす」
佐原の声。
「……ああ」
息を整えながら、俺は答える。
「そういえば……ほとんどの参加者……勝手に死んでいきましたね」
ざわ……
一瞬、心臓が跳ねる。
「……そうだな」
「カイジさんがやったんでしょ?」
――来た……!
鋭い……!
だが――ここで崩れるわけにはいかねぇ……!
「バカ言え……」
軽く笑う。
「こんな状況でそんな余裕あるかよ」
「はは……まあそうっすよね」
――ごまかした……!
ギリギリ……!
だが――
その時。
ざわ……
鉄骨の上。
奴が――来る。
あの男。
“高木”。
偽名の男。
――来やがった……!
石田のおっさんは――もういない。
時間的に……落ちた。
死んだ。
俺が――書いた通りに。
(……おっさん……)
胸の奥が、わずかに軋む。
だが。
――止まらねぇ。
止まるわけにはいかねぇ。
「……来るなよ」
小さく呟く。
だが男は来る。
確実に。
確実に。
ゴールへ。
――ルールはない。
ゴールした者が、他人に干渉してはいけないなんてルールは――ない。
なら。
やるしかねぇ。
「……お前」
俺は、男を見下ろす。
鉄骨の上、あと一歩でゴール。
「終わりだ」
男が笑う。
「……お前のな」
その瞬間。
俺の中で、何かが切れる。
――ざわざわざわざわ……!
恐怖じゃない。
躊躇でもない。
ただ――決断。
(やる……!)
足が動く。
踏み出す。
手を伸ばす。
――触れる寸前で。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
(……いいのか……?)
人を。
自分の手で。
――だが。
次の瞬間には、消えていた。
(……知るか……!)
押す。
力を込める。
直接は見ない。
見てしまえば、何かが壊れる。
ただ、感触だけ。
バランスを崩す気配。
空気の揺れ。
そして――
「っ……!」
声にならない何か。
――静寂。
……。
……。
……終わった。
「……」
呼吸が荒い。
手が震えている。
だが――
「カイジさん……」
佐原が呟く。
「躊躇ないんすね……」
「……」
「キレてますね……カイジさん」
――違う。
違う……!
これは……
「……生きるためだ」
やっと、声が出た。
かすれた声。
「ここで躊躇ったら……死ぬのは俺だ」
――ざわ……
胸の奥で、何かが音を立てる。
それが何かは、まだ分からない。
だが――
一つだけ確かなこと。
俺は、もう。後戻りできないところまで来てしまった。
――ざわ……ざわ……
静寂。
あれほど騒がしかった鉄骨の上の世界が、嘘のように静まり返っていた。
落ちる音も、悲鳴も、もうない。
残ったのは――
俺と、佐原だけ。
「……終わった、のか」
ぽつりと呟く。
だがその言葉は、どこか空虚だった。
勝ったはずなのに、胸の奥が妙に重い。
――その時。
パン……パン……パン……
乾いた拍手。
ゆっくりと、わざとらしく響く音。
視線を上げると――
黒服たち。
整列。
無表情の群れ。
その中央に――
「ククク……見事だ」
現れた。
――利根川。
あの男。
全てを見下ろすような、あの冷たい目。
「いやはや……今回もまた……人間の愚かさと、そして僅かな才覚……存分に見せてもらった」
ざわ……
背筋が冷える。
あの声。
あの抑揚。
人を品定めするような語り口。
「多数が落ち……ごく僅かが残る……」
ゆっくりと歩きながら、俺たちの前に立つ。
「これぞ……選別……!」
パン、と手を叩く。
黒服たちも一斉に拍手。
無機質な音が、空間を満たす。
「さて……」
利根川がこちらを見る。
「勝者には報酬が必要だ……当然……!」
黒服がアタッシュケースを運んでくる。
重い音。
鈍い金属音。
「開けろ」
パチン。
ロックが外れる音。
中には――
札束。
ぎっしりと詰まった現金。
「……一人、1000万」
ざわ……!
空気が震える。
「受け取れ」
黒服が無言で差し出す。
俺は、それを受け取る。
――重い。
ずしりとした現実の重み。
紙のはずなのに。
ただの紙切れのはずなのに。
「……重いだろう?」
利根川が笑う。
薄く、歪んだ笑み。
「それが……金の重さだ」
ざわ……
「人はよく勘違いする……」
ゆっくりと語り始める。
まるで講義のように。
「金とは数字……データ……ただの記号……そう思い込む」
一歩、近づく。
「だが違う……!」
声が強くなる。
「その一枚一枚には……人間の労働……時間……苦痛……そして……命が詰まっている……!」
ドン、とケースを叩く。
「つまりこれは……紙ではない……!」
指を突きつける。
「人間そのもの……!」
ざわざわ……
「今日、お前たちはそれを体感したはずだ……!」
視線が鋭くなる。
俺の目を射抜く。
「命を賭け……他人を蹴落とし……奪い取った金……!」
――ぐっ……
胸の奥が締め付けられる。
「その重さを忘れるな……!」
静かに、だが重く言い放つ。
「軽く扱えば……いずれまた同じ場所に戻る……!」
沈黙。
「だが……」
ふっと口元を緩める。
「その重さを理解した者は……次へ進める……」
背を向ける。
「行け……勝者たち」
黒服たちが道を開ける。
「その金をどう使うか……それもまた……」
振り返らずに言う。
「お前たちの“勝負”だ」
――ざわ……
俺は手の中の札束を見る。
重い。
ただただ、重い。
(これが……金……)
(これが……命の重さ……)
隣で佐原が小さく笑う。
「……すげぇな」
「ああ……」
俺は答える。
だがその声は、どこか遠かった。
勝ったはずなのに。
まだ終わっていない気がする。
むしろ――
ここからが始まりだと。
そんな予感だけが、妙に鮮明だった。
――ざわ……ざわ……
次は、Eカード編!!連載中!! 作者名から探せます。
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