手慰みに右耳のピアスを弄り回そうとしていたら、いつの間にかピアスが抜けていることに気付いた。困ったな。いつどこで抜けたかなんて全く分からないし、そもそも今抜けたことに気がついたからどこにありそうなのかも皆目見当もつかない。
「マスターが探しているのはこちらですか?」
足立はお腹の中にある配線コードのメンテナンス作業からキュイ、とカメラアイを私に向けて何か小さなものを私に差し出した。足立の白い手袋で見えにくいが、その小ささと光の反射ですぐに私が無くしたピアスだとわかった。流石、高性能は伊達じゃない。私が困っている時にすぐに助けてくれる。
ありがとう、と言ってから差し出されたピアスを受け取ろうとしたらお互いのタイミングがズレて、足立の配線コードの奥深くへと入り込んでしまった。
「すみません。すぐに取り出します」
ごちゃごちゃしていていかにも複雑そうなコード群の中に躊躇なく手を突っ込んでいく。ただ、やはり自らのお腹の内部は見えにくいのかどうにも苦戦しているようだ。
「マスター、足立ではピアスが見えなくて取れません。代わりに取ってくれませんか」
両手を床につけ、腹をさらけ出す。私を見つめながら静かに待つその姿が、可愛らしく鎮座する西洋人形に見えた。
足立の見た目にそぐわない、如何にもメカメカしいコードの中をちらと見た。かなり奥の方にだが、きらと光る小さな何かが目につく。
手を足立のお腹へ向けて、止めた。この中に突っ込むの?至る所から交差するように並べられた黒と赤と、青とその他たくさんで埋め尽くされているのに?それに、素人が触って下手に曲げたり押し込んだりしたら、一体どうなるのかも怖いっていうのに。
いや、それ以上に怖いのは。このまま足立の中にピアスを置きっぱなしにすること。意を決して、伸ばしかけた手をもう一度コードの中を掻い潜るように入れ込む。
ちょっと冷たくて、中がほんのりあったかい管が私の手や腕に当たっていく。ただ、やっぱりこの中で手を動かしながら探るのは怖い。突っ込んだ腕も、肘手前で中断した。
パソコンの稼働音と近く、少し音が高いウィーンと回転する音。思ったよりも温かさがある内部の空気。緊張で空気が足りなくなって大きく酸素を吸うと、酸素と一緒に少し酸っぱいような渋いような匂いがした。
こんなに可愛い見た目をしているのに、中はこう、なのか。何故かホッとしたのはなんでだろう。外見は完璧で綺麗なのに中身がよく目にしたことのある、俗っぽい機械だから?ううん。もっと、違う理由が、私の中にある気がした。気がするだけで、このモヤモヤとしたものがなんなのか分からないけど。
「こんなところ」
さっき吸い込んだ酸素が変な風に詰まって、むせた。いきなり、無言だったのに喋ったから。
「触られたのは初めてです」
頬をうすら赤く、微笑む。いつもは無機質な、無表情が常な足立が、笑っている。別に足立が笑うことは珍しいことじゃないけど、今こういう場で笑われると。
ぐらっと、私の心も体も揺れる。その拍子に、上下左右からたくさんの細いコードが一つの筒に纏められた、やたらと太いコードに手が触れた。
「っん!」
足立の肩と床に根を張る手が震えていた。声もいつもとは違う。もしかして、触っちゃダメなところを触ってしまったんじゃ。
「ほら、もっと奥ですよ」
入れてる方の腕を掴まれた。そして、そのまま足立に引っ張られるがままに、またあの黒くて太い筒に包まれた複合ケーブルに指が思い切り触れる。
「あっ!……んんっ!」
さっきよりも頬が赤い。肩も手足も同じように跳ねて、顔を後ろに仰け反らせながらビクビクと痙攣させていた。やがてゆっくりと顔を私の目の前に下ろしてきて。また私の腕を奥に引き込むように掴まれた。
「ん、ふっ……届き、ますか?」
まただ。また、あの太いコードに手が触れてしまう。少しだけかすっただけでもあんなになるのに。もし、もしも。私がこの手を握るようにしてさすったら、どんなふうになるんだろう。
好奇心じゃない。私の中の、独占欲みたいな。性欲とよく似ていて、多少乱暴にしてやりたくなる。
歯ぎしりをした時には既に、指し示された先のものを掴んでいた。
「あっ!あぁっ!...っ、ます、た...」
握って、しごいて、時々ちょっとだけ曲げる。それだけで足立はこんなに、私を呼びながら体全身を震わせて嬌声を漏らしている。
そういえば、さっき足立はこんなところを触られたのは初めてだって言っていたっけ。なら、今しているこれも初めてなのかな。そうだったら。私は。
もうピアスなんてどうでもいい。もっと、足立の顔を。声を、中を触りたい。機械の体で健気に喘ぐこの子をもっと気持ちよくしてあげたい。
無意識の内に、空いている手が自らの下腹部に行きかけていた。足立にあてられて私まで体が火照ってきていたのか。吸って吐く息もまた、湿っぽく感じた。
俯きながら、私の手に翻弄されて濡れた声を出している。オレンジの前髪で隠れて表情は見えないのが少し惜しい。
細かな息遣いと上下に揺らす肩。熱を帯びて少し温かくなってくるケーブル。指の腹でなぞるように滑らせると、声をかき消すように顔をさらに下に向けて腰まで身震いさせている。
ひとしきり震え終わると、突然足立に左肩を掴まれて顔を近付けさせられる。視界いっぱい、なんてものじゃない。足立の顔しか見えない。半開きになった口から少しさらけ出されている舌と、上気した顔と、私を見つめる目が今この場の空気を更に噎せ返るような湿気に覆われているみたいだった。
「...えっち。ですね」
足立の囁き声がまるで、強烈な頭痛のようにガツンと脳髄にねじ込まれる。えっち?そうかも。傍から見りゃただのケーブルなんて、もう私の目には足立が感じる場所って認識になってる。下手な人間の裸体なんかより、足立のお腹のコードの方がよっぽどえっちだ。
「マスター.....今夜もお願い、できますか?」
黒のハイネックインナーをたくし上げながら私をベッドへと押し倒す。言葉では私の許可を求めているけど、私が拒めるはずないのを足立は分かってて敢えて言っているんだろう。ビニルだかポリエステルだか分からない外皮に包まれた、1本の太い線を自分から露出させて。
露出させたあの複合ケーブルが私の腹と、胸に当たる。瞬間にビクリと震えたのは、足立と私。
「今夜はお互いに気持ちよくなりましょう」
え。と困惑するのも束の間に、足立は私の腰を両手で掴みながら首筋に吸い付いてきて。
腰を掴まれて口角が上がってしまったのも、首筋にキスをされたのも、最初に足立のお腹の中を触っていけないような気持ちになったのも、右耳のピアスを撫でられたのも。相手は機械。わかってる。分かってはいるけれど、理性ではどうにもならぬ心がこれが好きだって言っているんだから、もう、足立の機械らしい体も何もかもに溺れて死にそうになった。