Fate/stay night[Endless Stardust] 作:おーたまー
柳洞寺の境内へと足を踏み入れた瞬間、世界が歪んだ。
大気がどろりと濁り、視界が夜の闇とは異なる、悍ましい紫の結界に塗り潰される。
──その直後、虚空から放たれたのは神代の魔術による幾条もの光弾だった。
容赦なく遠坂凛を狙って殺到する光の雨。
だが、その肉体が消し飛ぶよりも早く、アーチャーが彼女の身体を強引に抱きかかえて地を蹴っていた。爆風が背後で吹き荒れ、境内を囲む石畳が木っ端微塵に爆砕する。
赤の外套を翻して着地したアーチャーの視線の先。
空間に浮かぶようにして、夜空から一人の女が舞い降りてきた。深いフードの奥で、キャスターは酷く冷徹に目を細める。
「誰かと思えばアーチャー? 全く、アサシンは何をやっているの」
「アサシンなら別の二人を相手している。門番としてはともかく、協力相手としては充分な配慮ではないのかな」
アーチャーの皮肉混じりの返答に、キャスターは軽蔑を隠そうともせず、首をすくめてみせる。
「協力相手? 何を言っているのかしら。あれは私のサーヴァントよ。むしろ主の言いつけも守れない出来損ないだわ」
「サーヴァントがサーヴァントをサーヴァントにしたっての? あえっと、ん? とにかく、なにそれ、ありなわけ!?」
アーチャーの腕から飛び降りた凛が、あまりの荒唐無稽さに頭を抱える。聖杯戦争の前例を根底から覆すその事実に、少女の理解は完全に追いつかない。
「ルール違反だな。呆れた女だ」
「ルール? そんなもの知らないわ。私より劣る魔術師の作った規則に、どうしてより優れた魔術師である私が従わなければならないのか、そちらの方が理解に苦しむわね」
キャスターはあざ笑うように、ふわりと空中を漂いながら二人を見下ろす。ただ佇んでいるだけで、周囲の魔力が彼女の意思に従って渦巻いていることを二人に知らしめていた。
「まあいいわ。で、ここに何しに来たのかしら。まさか私を倒しに来たというわけでもないでしょう?」
「ぬぁにが“まさか”よ。先にちょっかい出してきたのはアンタの方でしょ。倒しに来たんじゃなくて、息の根を止めに来たんだっての」
凛が鋭く言い放つ。この鋭利なまでの戦意を歯牙にもかけず、キャスターはくすくす笑い返した。
「三人もマスターが集まっていたら、気が大きくなっていつか邪魔しに来るでしょう。奇襲を受けないと思う方が浅はかだとは考えなくて?」
「減らず口だな。時間稼ぎかね」
「あら。そう思うの? 私としては、事と次第によっては貴方達二人に聖杯を分けてあげてもいいと思っているのよ」
不穏な取引の提案。凛は警戒を解かぬまま、眉間を険しく歪める。
「それ、どういう意味で言ってるのかしら。聖杯の降霊にはサーヴァント六騎の魂が必要なんだけど?」
「いいえ、不正解よお嬢さん。正確には、“サーヴァント六騎分の魔力”によって願いを叶えるのが聖杯。一騎や二騎分くらいなら、他所から持ってくればいいだけの話」
「……その魔力は、どこから持ってくるつもりなわけ」
「この街の人間達が手っ取り早いけど、気に入らないならあの化物達を溶かして調達してもいいわ。複雑な組成だから、少し時間はかかるでしょうけどね」
あくまで敵対は避けようというキャスターの姿勢に、二人は眉を顰める。
その言い分自体に筋は通っている。もしキャスターが偽りなく街の人間の犠牲を抑え、衝突を回避すると約束するのであれば、もはや戦う理由は存在しない。
が、それはあくまで表面上の話に過ぎない。キャスターを信用する根拠もまた存在しないのだから。
「さて、どうかしら。少なくともバーサーカーを倒すまでは、私達双方がいがみ合う必要はないとは思わない? 今なら、貴方のお友達にも悟られずに済むかもしれないわよ」
「なんだ、つまり見逃して欲しいのか、君は」
「まあ、そう捉えてもらっても構わないわ」
息を呑む凛の隣で、アーチャーが静かに問いかける。
「……どうする凛。ここは話を合わせ、バーサーカーを奴に任せるというのもひとつの手ではあるが」
「いいえアーチャー、答えはノーよ」
凛は迷うことなく、きっぱりと断言する。
「バーサーカーよりあの訳のわかんない化物をうじゃうじゃ出される方がずっと厄介だわ。それに、バーサーカーに対抗する宝具を持ってる子がこちらにはいるもの。もしここであいつに逃げられてゲリラ戦になったら、もう打つ手が無くなる。それにね──」
凛の隣で、アーチャーの口元が不敵に吊り上がる。二人の意思は最初から一つだった。
「生憎私達二人とも、そもそも聖杯に興味なんて無いの」
キャスターの顔から笑みが消えた。深いフードの奥、凍りつくような殺意が二人を射抜く。
「そう。なら、仲良くここで死になさい!」
キャスターが杖を振るった瞬間、地響きが鳴り響いた。
二人が立つ石畳が、無数の、気の遠くなるほど緻密な魔法陣によって埋め尽くされる。そこから溢れ出したのは、あの得体の知れない白い化物の群れだった。
ぎちぎちと不快な音を立てて這い出てくる異形達が、一瞬にして二人を完全に包囲する。
「チッ──!」
アーチャーが双剣を抜くと同時に、最前列の個体が弾丸のような速度で肉薄した。
迎撃の一閃。
白刃が化物の肉体を切り裂くが、アーチャーの眉が不快そうに跳ね上がる。重い。通常の使い魔とは比較にならない圧倒的な質量と強度が、双剣を伝って腕を痺れさせていた。
「凛!」
「──
アーチャーの警告に合わせ、凛は瞬時に宝石のひとつを解放した。放たれた魔力の奔流が、星屑の群れを爆音とともに吹き飛ばす。
しかし、安堵の暇はなかった。破裂したはずの化物どもの肉体が、禍々しい稲妻をバチバチと疾らせながら、恐るべき速度で超再生を開始したのだ。
「この魔力……!」
凛は瞠目する。この再生力は異常だ。キャスターの規格外の魔力によって、この化物自体の性能が何倍にも底上げされている。
直後、今度は二人の頭上──夜空に、魔法陣が幾重にも展開された。
「クッ、次から次へと──!」
天から降り注ぐのは、狂ったように殺到する化物の追加個体。押し潰されんばかりの絶望的な質量を前に、アーチャーが深く息を吸い込み、その眼眸を鋭く研ぎ澄ました。
「──
唱えるアーチャーの背後に、数十本もの異なる無銘の剣が、魔力の閃光とともに一斉に形を成した。それらは彼の意志のままに、天空から迫る化物どもへと向けて猛烈な勢いで射出される。
光と鉄の豪雨。空間を埋め尽くす星屑の群れが、次々と空中へ縫い付けられ、光の粒へと散っていく。
「あら、興味深い
空中からその光景を観察していたキャスターが、感心したようにそう吐き捨てる。アーチャーはこれに舌打ちし、焦燥に口元を歪ませた。
「──不味い、手の内が読まれた」
投影した剣を振るい、眼前の敵を叩き斬りながらアーチャーが低く苦言を呈した。
「どう不味いの、それ」
「奴は魔術師としては規格外だ。私の能力がどういうものか看破したのなら、それに対するカウンターを用意してくるかもしれん」
「なら、宝具は使わないようにするしかないわね!」
凛は自らの魔力回路を全開にし、ガンドを連射し応戦しつつ答える。
「手段が魔術であっても、貴方の武器自体は物理的な力の側面が強い。魔術師でしかないアイツが、そう容易く封じ込めるものでは無いはずよ。衛宮君達を信じて、今はあいつを逃がさないようにするのが最優先」
記憶が戻ったというアーチャーから昨日聞き出した宝具、その力の本質。それを踏まえ、今は焦って切り札を使うことはリスクになる。アーチャーはその主の決断に頷いた。
「良い判断だ。最善を尽くすとしよう」
アーチャーは再び双剣を強固に構え直す。二人は大規模な攻勢に一歩も退くことなく、戦場の中舞い続ける。