すみません。
もうちょい頑張って書いていきます!
◇
その翌朝のこと。
俺は、ちょっぴり残る左腕の痛みと、すぐ近くから聞こえてくる妙な唸り声で目を覚ました。
「うぅ……お肉……もう食べられない……あ、でも甘いものは別腹よぉ?……」
「…どんな夢見てんだ、こいつ」
敷かれた毛皮の上で、アクアが腹を抱えて丸くなっている。
昨夜は、村を守った祝いと称して、肉やら魚やらを散々食い散らかしていた。
しかも途中から、誰が一番多く食べられるかという、誰も頼んでいない勝負まで始めやがった。
結果。
優勝はダクネス。
僅差でちょむすけ。
めぐみんは『くっ、お腹いっぱいです…』と、早々に脱落。
アクアはダクネスに張り合った挙げ句、今こうして夢の中でまで胃もたれに苦しんでいる。
俺は身体を起こした。
……うん。
腕の痛みは昨日より幾分ましだ。
ヒールしてもらって一晩休んだおかげか、じっとしていればほとんど痛まない。
ただし、盾を構えるように左腕を伸ばすと、まだ鈍い痛みが残っていた。
しばらくは無茶をしない方がいいだろう。
……まあ、俺がそう思っていても、仲間たちが無茶を持ってくるんですけどね。
「おはようございます、カズマ」
声の方へ目を向ける。
部屋の隅では、めぐみんが毛布に包まったまま座っていた。
膝の上には、昨日受け取ったばかりのギルドカードが載っている。
先ほどから何度も表と裏を返し、名前の書かれた場所を眺めているようだ。
「お前、まさか一晩中それ見てたのか?」
「一晩中ではありません。途中で三度ほど眠りました」
「それは、ほぼ一晩中って言うんじゃないか?」
「仕方がないでしょう! ついに私も正式にハンターとして認められたのですから……興奮してしまいますよ!」
「見習いだけどな」
「……朝一番から、その補足をする必要がありますか?」
めぐみんは不満そうに睨んでくる。
しかし、勢いよく俺の方を向いたせいでどこか痛んだのか、すぐに顔をしかめた。
「……どうした?」
「何でもありません」
「筋肉痛か?」
「違います」
「じゃあ立ってみろよ?」
「……今は疲労がゆえ、座っていたい気分なのです」
「筋肉痛じゃねえか」
俺が指摘すると、めぐみんは毛布を肩まで引き上げた。
「これは、初陣を終えた戦士だけが味わえる誇り高き痛みです!」
「言い換えても筋肉痛は筋肉痛だからな」
「身体の各所が、自分の存在を強く主張しているだけです」
「それを世間では筋肉痛って呼ぶんだよ」
「……昨日の私は、少々張り切りすぎたようですね」
「竜撃砲一発であれだからなぁ…」
「次は倒れませんから!」
「その前に、普通に歩けるようになろうな……うん」
「なんなんですか、その生温かい目は……」
そんなことを言い合っていると、外から規則正しい音が聞こえてきた。
硬いものが空気を切る音。
続いて、雪を踏み締める足音。
窓から覗いてみれば、家の前でダクネスが大剣を振っていた。
一振りごとに、肩や腰の位置を確かめるように動いている。
その少し離れた場所では、ちょむすけが腕を組み、真剣な顔で動きを見守っていた。
「朝から元気だな、あいつ……」
「身体を動かしたくなったそうです」
「昨日、あれだけ動いた後だぞ?」
「『身体が痛む時ほど、負担をかけず丁寧に動く練習になる』と言っていました」
「…基準が俺たちと違いすぎるだろ」
俺なら筋肉痛の時点で休む。
アクアなら筋肉痛でなくても休む。
めぐみんは格好をつけて動き、余計に悪化させる。
このパーティで真っ当な鍛錬をするのは、ダクネスだけなのかもしれない。
「んん……うるさいわよぉ……」
毛皮の上でアクアが寝返りを打つ。
「朝っぱらからおっきな剣を振り回すなんて非常識よ……女神の安眠を何だと思ってるの……」
「寝言でまで偉そうだな」
その時だった。
村の入口から、慌ただしい鐘の音が響いた。
一度。
二度。
間を置かず、何度も打ち鳴らされる。
ダクネスの動きが止まった。
ちょむすけの耳がぴんと立つ。
俺とめぐみんも顔を見合わせた。
「何かあったみたいだな」
「依頼でしょうか!」
「お前、身体が痛いんじゃなかったのか?」
「ハンターとなった今、この程度の痛みで出遅れるわけにはいきません!」
めぐみんが勢いよく立ち上がる。
そして、その場で動きを止めた。
「……カズマ」
「何だ」
「……なんとか、立つところまでは成功しました」
「次は歩くところだな」
「……ストレッチをするので、手を貸してください」
「素直でよろしい」
俺が腕を伸ばすと、めぐみんは少しだけ恥ずかしそうにしながら手を取った。
一方、鐘が鳴ってもアクアは起きない。
「おい、アクア。何かあったみたいだぞ」
「あと五分……」
「緊急事態かもしれないぞ」
「女神は安売りしないのー……」
「……お前の分の朝飯がなくなるぞ」
「へぁっ!?」
アクアが一瞬で跳ね起きた。
こいつの緊急事態は、村より自分の食事らしい。
◇
村の入口には、荷運び用の小さな荷車が止まっていた。
正確には、止まっていたというより、どうにか辿り着いたという方が近い。
車輪の片方は外れかけ、荷台を覆っていた布は大きく裂けている。
木枠には、鋭い爪で引っかいたような傷がいくつも残っていた。
荷車の脇では、一匹のアイルーが村長から湯を受け取っている。
全身を泥で汚し、耳を伏せ、まだ息が整っていない。
「急がなくていい。何があったか、順番に話しておくれ」
村長が静かに促す。
アイルーは湯を一口飲み、ようやく顔を上げた。
「沼地の補給路で、大きな鳥竜種に襲われたニャ」
「大きな鳥竜種?」
ダクネスが荷車の傷を確認しながら聞き返す。
「青と紫の皮で、頭に変な突起があったニャ。ぐにゃぐにゃ伸びる尻尾で荷車を叩いて、毒まで吐いたニャ!」
青紫色の皮。
頭の突起。
伸びる尻尾。
毒。
その時点で、ゲーム知識を持つ俺の頭には一頭のモンスターが浮かんでいた。
「……そいつ、頭を強く光らせなかったか?」
「光ったニャ! 急に目の前が真っ白になって、何も見えなくなったニャ!」
「やっぱりな……」
「カズマ」
ダクネスが確認するように俺を見る。
「ああ。たぶん……ゲリョスだな」
毒怪鳥ゲリョス。
ゴムのような皮膚を持ち、毒液を吐き、頭の発光器官から強烈な閃光を放つ鳥竜種。
ゲームでは何度か戦った。
姿形も、戦い方も、大体は覚えている。
だが、現実で相手をしたいかと聞かれれば、答えは当然ノーだ。
毒。
閃光。
妙に伸びる尻尾。
そして、あいつにはもう一つ面倒な特徴がある。
「荷物はどうなったんだ?」
「薬や食料を積んでいたニャ。全部は取られなかったけど、光るものを狙って持っていかれたニャ」
「光るもの?」
「鉱石と、通行証の金具と、鈴と、小銭袋ニャ。薬の瓶も、光っていたものはいっぱい持っていかれたニャ…」
「完全にゲリョスだな」
アクアが首を傾げる。
「薬ならまだ分かるけど、どうして鈴や小銭袋を盗るの?」
「光り物を集める習性があるんだよ」
「何それ。意地汚い鳥ね」
「お前が言うの?」
「私は必要なものしか集めないわよ!」
「昨日、使い道のない光る石を三つ持って帰ろうとしてたよな?」
「あ、あれは女神の部屋を飾るために必要だったの!」
「寝床のどこに飾るつもりだったんだよ」
アクアが反論しようと口を開く。
だが、荷運びアイルーが不安そうに続けた。
「それと……あいつ、変だったニャ」
「変?」
「途中で急に倒れたニャ。何度攻撃しても動かなくなったから、死んだと思ったニャ」
やっぱり、それもやったか。
「近づいたのか?」
「落とした荷物を取り戻そうと思って、近づいたニャ。そうしたら急に起き上がって、さっきより激しく暴れたニャ!」
アイルーは思い出したのか、身体を小さく震わせた。
「もう少し遅かったら、逃げられなかったニャ……」
「……ゲリョスか」
俺が嫌そうに呟くと、アクアが眉を吊り上げた。
「倒されたふりをして、近づいた相手を襲うなんて卑怯じゃない!」
「……お前さ、昨日酔いつぶれたふりして、最後の肉を確保してただろ」
「あれは高度な食料確保術よ!」
「やってること、まんま一緒じゃねえか」
「私は襲わないもの!」
「肉に手を伸ばした俺の手を叩いたよな?」
「もはやあれは私の肉だったからよ!」
アクアとゲリョスの違いが、早くも分からなくなってきた。
「ふむ、確かにゲリョスという種は死んだふりをすると聞くが…私も実際の死んだふりは見たことがないな」
ダクネスは真剣な顔で頷く。
俺も相槌を打つ。
「ダクネスも見たことがないなら……気をつけるしかないな。うん、皆で気を付けていこうな。特にアクアとめぐみん」
「私もなのっ!?」
「私は警戒心に満ちた紅魔族ですよっ!?」
「お前ら二人とも、倒れた瞬間に戦利品へ走りそうだからだよ」
「「失礼な!」」
二人の声が綺麗に重なった。
その反応だけで、名指しした判断は正しかったと思う。
「カズマ」
村長が荷車の荷台を指した。
「これも見ておくれ」
裂けた布の隅に、青紫色の薄い皮片が引っかかっている。
色と質感からして、ゲリョスのものだろう。
だが、その表面には泥とは違う黒い粉がこびりついていた。
「さっき言っていた毒液が乾いたものですかね?」
めぐみんが顔を近づけようとする。
「素手で触るんじゃないぞ?」
「分かっています」
俺は厚い布越しに皮片を摘まみ上げた。
付着している黒い粉は細かく、光を吸い込むような鈍い色をしている。
沼地の泥とは、明らかに色合いが違う。
かといって、ゲリョスの毒にこんなものが混じっていた記憶もない。
「……何だろう、これ」
「……ちょっと見せてみなさい」
アクアが横から覗き込む。
そして、指先を近づけようとしたところで、ぴたりと動きを止めた。
「どうした?」
「……何か、嫌な感じがするわね」
「毒か?」
「多分、毒とは少し違うんじゃないかしら」
アクアが珍しく真面目な顔で、皮片を見つめる。
「もっとこう……ねっとりまとわりついて、そのまま身体の中へ入り込んでこようとするような感じ?」
「身体の中へ入り込むって…病原菌みたいな?」
「良い例えね。…だから気持ち悪いんだけど」
アクアはそう言うと、手のひらに淡い光を集めた。
その光を、皮片へそっと浴びせる。
黒い粉の一部が、煙のように揺れた気がした。
ほんの一瞬。
何かが光から逃げようとしたようにも見えた。
だが、すぐに動かなくなる。
「消えたのか?」
「…うーん、正直分からないわ」
アクアはしばらく皮片を眺め、それから慎重に指先を触れさせた。
「もう触ってもいいのか?」
「多分ね。さっきより嫌な感じは薄くなったわ」
「ただの毒だった可能性は?」
「それもあるかもしれないけど……何か違うのよね」
アクアは納得していない様子だった。
普段なら「女神の勘」で済ませるところだが、毒や呪いの類に関して、こいつは妙に鋭い。
村長も皮片をしばらく見つめていたが、やがて新しい布へ包み直した。
「これは村で預かっておこう」
そして、俺へ向き直る。
「カズマ、頼めるかい?」
「討伐ですか!?」
俺より先に、めぐみんが期待を隠し切れない声を上げた。
「補給路に居座られると困るからねぇ。このままでは薬も食料も、村へ届かなくなる」
村長は俺たちへ視線を向ける。
「だが、昨日の今日だ。こう言うのもなんだが……カズマの腕も、めぐみんの身体も、すぐに山へ出られる状態じゃないだろう?」
「私なら問題ありません!」
めぐみんが勢いよく胸を張る。
その直後、身体のどこかが痛んだらしく、口元を引きつらせた。
「……問題は、ありません」
「説得力がねえな」
「……あ、あと一日あれば、万全に仕上げてみせます」
「なら、明日だね。今日はしっかり休むんだよ」
村長が決める。
「その間に補給路へ近づかないよう、周囲へ知らせておく。盾の修理も済ませてもらいな」
「分かりました」
俺は頷いた。
ゲームで知っている相手だ。
準備をして、特徴を皆へ説明しておけば、勝てない相手ではない。
むしろ、初めて四人で挑む正式な討伐としては、悪くないかもしれない。
「ついに!」
めぐみんが拳を握る。
「見習いハンター、めぐみんの初めての正式な討伐ですね!」
「昨日も戦ってただろ」
「あれは村を守るための防衛戦です。依頼を受け、標的を追い、討ち取ってこそ正式な狩猟!」
「元気になったな、お前」
「精神が肉体を上回ったのです」
「筋肉痛は?」
「それはそれ、これはこれです」
なんともまあ、都合のいい精神論だった。
◇
翌日。
朝早くから、俺たちはポッケ村を出発した。
左腕は、まだ万全とは言えない。
だが、盾を構える程度なら問題はない。
修理を終えた盾の中央には、以前より厚い補強板が取り付けられていた。
加工屋のおばちゃんいわく、
『これなら鎧を着た人間が、もう一人くらい乗っても大丈夫だよ』
とのことだった。
何のための盾なんですかね、これ。
めぐみんも、ガンランスを担いで歩ける程度には回復していた。
もちろん、完全に武器を扱えているとは言い難い。
傾斜では時折砲身が揺れ、そのたびにちょむすけが少し距離を取っている。
「ちょむすけ。なぜ私から離れるのです?」
「ニャ」
「前回、危うく押し潰されそうになったからではないか?」
ダクネスが答える。
「信頼関係の構築には時間が必要ということですね……努力します」
「まず武器を倒さない努力をしろよ」
「…今日は倒しません」
「今朝の練習では二回倒したよな?」
「今は狩りですので、気持ちが違います」
「気持ちで武器の重さは変わらねえよ……?」
そんなやり取りをしながら、雪山を下っていく。
白く積もった雪は、進むにつれて薄くなっていった。
冷たい風にも、徐々に湿り気が混じり始める。
さらに歩くと、足元は雪ではなく、濡れた土へ変わった。
周囲には背の高い草が増え、木々の枝からは水滴が落ちている。
沼地へ近づくにつれ、空気まで重くなっていくようだった。
俺は歩きながら、腰の荷袋を軽く叩いた。
中には、めぐみんのガンランス用の予備薬莢が入っている。
一度に装填できる通常砲撃用の薬莢は五発。
予備を含めれば、今回持ち込んだのは全部で三十発ほど。
全部をめぐみんに背負わせると、ハンティング前からめぐみんの足腰が死ぬので、一部は俺たちで分け持ち、残りはめぐみん自身の荷物に入れている。
竜撃砲用も三回分。
こっちは普通の薬莢より、かなり高い。
村を守った報酬が入った直後だというのに、補充の値段を聞いた瞬間、もう財布が軽くなった気がした。
ガンランス…なんと恐ろしい武器なんだ。
「いいかめぐみん。今回は村から離れる。防衛戦の時みたいに、すぐ補充へ戻れるわけじゃない。持ってきた分でやりくりするんだからな?」
「分かっています!」
「特に竜撃砲。……一発一発が高いんだからな?勢いで撃つなよ??」
「カズマは浪漫より先に値札を見るのですね」
「金がなきゃその浪漫を撃てなくなるんだよ」
「なんと世知辛い……」
「あと竜撃砲は撃った後、しっかり冷ますこと。ぶっ壊れるから絶対連続で撃とうとするなよ」
「…そこまで言われずとも心得ています」
「この間、撃てるならもう一回撃ちたいって顔してただろ」
「…か、顔だけです」
「顔にも出すな」
加工屋のおばちゃんにも散々言われた。
この武器は頑丈ではある。
だが、壊れないわけじゃない。
砲撃を重ねれば内部は熱を持つし、竜撃砲ともなれば尚更だ。
排熱が追いつかない状態で無理をすれば、砲身か機構のどこかが逝く。
そうなったら修理費まで追加される。
めぐみんに浪漫武器を与えたつもりが、俺の財布へ直接攻撃してくる武器だった。
「何よ、この臭い……」
アクアが鼻を押さえる。
「水が腐っているみたい」
「実際、似たようなもんだろ。足元に気をつけろよ。場所によっては深く沈むって聞いてる」
「ちょっ!?先に言いなさいよ!?」
アクアの足が泥へ足首まで沈んだ。
慌てて引き抜こうとするが、勢いをつけすぎて後ろへ転びそうになる。
ダクネスが背中を支えた。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわ!? 泥まみれよ! 帰りたいわ!!」
「狩りに来てるんだから諦めろ」
「女神が泥まみれになるなんて、信者が見たら泣くわよ!」
「もしお前に信者がいても、見慣れてそうだけどな」
「どういう意味よ!」
アクアが騒いでいる横で、めぐみんも泥に足を取られていた。
ガンランスの重さも加わり、一歩進むたびに身体が左右へ揺れる。
「手を貸そうか?」
「結構です」
めぐみんはガンランスを硬い地面へ突き、ゆっくりと足を引き抜いた。
「昨日、次は自分の足で立つと言いましたので」
「カッコつけてるところ悪いけど、普通に歩いているだけだよね?」
「細かいことはいいのです」
「……転ぶなよ?」
「転びません!」
そう言った直後、めぐみんの足が再び沈んだ。
だが、今度はガンランスを支えにして踏みとどまる。
「……ほら」
「ちょっと危なかったけどな」
「転んでいないことが重要なんです」
前よりはましになっている。
少なくとも、無理に格好をつけて一人で倒れることはなくなった。
「さて」
俺は全員が立ち止まったところで、改めて確認する。
「ゲリョスの特徴は説明したとおりだ。頭が光りそうになったら、すぐ顔を伏せるか、光を遮るんだ」
「…えっと、盾で光を防げばいいのですか?」
めぐみんが盾を持ち上げる。
「ああ。正面から光を見なきゃいい。…ダクネスも大剣で防げるよな?」
「ああ、問題ないだろう」
「よし…俺も小盾があるからこれで防いで…アクアはヤバそうならめぐみんかダクネスの後ろで」
「女神の目に、鳥の光なんて通じるわけないでしょう?」
「お前、話聞いてた?」
「大丈夫よ。神聖な私の瞳は、邪悪な光なんて跳ね返すもの」
「駄目そうだなぁ」
俺は不安を覚えながら、もう一度役割を確認する。
「ダクネスは正面。ゲリョスの気を引いて、めぐみんが大技を叩き込む隙を作ってくれ」
「任せてくれ」
「アクアは寄ってくる小型の相手と、毒を受けたやつの治療。絶対に一人で追いかけるな」
「分かってるわ!」
「今の返事、信用ならないんだけど」
「失礼ね!」
「めぐみんは普通の砲撃を中心に使え。虎の子の竜撃砲は、俺が合図するまで禁止」
「……分かりました」
「間が長かったぞぅ??」
「…死んだふりをしている時にも撃ってはいけませんか?」
「大技を撃つために近づいた瞬間、跳ね起きたゲリョスに殴られたいのか?」
「それは困りますね…」
「なら機を待て」
「仕方ありません。最高の瞬間を見極める役目は、カズマに預けましょう」
最後に、ちょむすけを見る。
「ちょむすけは念のため解毒薬を持っててくれ。何人か同時に毒にかかった時はアクアに指示を出して、優先順位をつけること。んで、誰かが落とした道具も、余裕があれば回収。危なくなったら無理せず逃げろよ」
「ニャ!」
「えっ!?私が指示するんじゃないの!?」
アクアをスルーしたちょむすけは背中の小袋を叩き、胸を張った。
正式に名前をつけられたことが嬉しいのか、前より返事が力強い気がする。
「よし。行こう」
俺たちは、荷車が襲われた補給路へ進んだ。
◇
襲撃があった場所は、すぐに分かった。
木々の間に、荷車から落ちた布や木箱の破片が散らばっている。
泥の上には、鳥を思わせるような三本指の足跡。
だが、その一つひとつが人間の頭より大きい。
進行方向の草は踏み潰され、ところどころに紫色の液体が付着していた。
「それも毒だぞ。触るなよ」
「わ、分かってます」
めぐみんが足を止める。
目線の先には滴る液体。
その紫色の液体が垂れた場所では、草が変色していた。
…その周囲には、例の黒い粉が薄く混じっている。
「村にあった皮片と同じですね」
めぐみんが盾越しに覗き込む。
「ああ。あれにも毒液、混ざってるのか…?」
「カズマ」
ダクネスが少し離れた場所を指す。
「あっちだ…何か倒れている」
泥の上に、小型の鳥竜種が横たわっていた。
近づく前に、村を出る前に買った双眼鏡で見てみる。
…体躯や体色はゲネポスに似ているが、その全身を泥で汚している。
捕食された様子はない。
腹を食い破られてもいない。
なのに、爪は何本か剥がれ、口元には血が付着しているように見えた。
近くの木には、何度も身体をぶつけたような跡がある。
「こいつ、自分で木に突っ込んだのか?」
「ちょっと貸してくれ……ふむ、逃げようとして、周囲が見えなくなっていたのかもしれないな」
「近づいて倒れているか確かめますか?」
めぐみんからの提案。
言うが早いか、めぐみんが足を踏み出す。
「待て待て待て」
「ぐぇっ!?……く、首ねっこ掴まなくてもいいじゃないですか!?」
死骸の目元と口元にも、黒い粉がこびりついている。
アクアは近づこうとせず、嫌そうに眉を寄せた。
「やっぱり、あれと同じ感じがするわね」
「ゲリョスの毒や光にやられて、混乱したんじゃないと?」
「そうね。毒だけじゃないと思う」
「理由は?」
「勘よ」
「信用していいのか悪いのか分からないやつだな…」
「何よ! こういう勘は当たるのよ!」
普段なら聞き流すところだ。
だが、気にはなる。
とはいえ、今はゲリョスを探す方が先だ。
「…帰りにもう一度調べよう。息はしていないように見えたが、念のため今は近づくな」
「そうね。その方がいいわ」
アクアがここまで素直に引くのも珍しい。
余計に、嫌なものを感じるじゃないか。
「…ニャ!?そこの茂みにいるニャッ!!?」
ちょむすけが耳を動かし、奥の茂みを指した。
翼を広げるような、ばさり、と大きな音がする。
続いて、木の枝が激しく揺れた。
どうやら、ここで休憩していたようだ。
「来るぞ!」
俺たちは一斉に武器を構えた。
茂みの奥から、青紫色の巨体が飛び出す。
丸みを帯びた身体。
突き出した嘴。
頭の上には、硬質な発光器官。
長い尻尾は一見細いが、先端だけが不自然に膨らんでいた。
「クェェェェッ!!」
耳障りな鳴き声が沼地へ響く。
ゲリョスは首を左右へ振り、落ち着きなく俺たちを見回した。
そして最初に目をつけたのは、アクアだった。
「何で私を見るのよ?」
「髪飾りが光ってるからだろっ!」
「これは女神の威厳を示す大事な飾りよ!」
「いーから!狙われてるぞ!」
ゲリョスが地面を蹴る。
見た目の滑稽さに反して、速い。
アクアへ向かって一気に距離を詰める。
「あぶなっ!」
アクアが横へ飛ぶ。
その場所へゲリョスの嘴から毒液が飛び散り、泥が大きく跳ねた。
「ダクネス!カバー!!」
「任せろ!」
ダクネスが正面へ踏み込み、大剣の腹で突進を受け止める。
硬い音。
ダクネスの足が泥へ沈む。
だが、後ろへは下がらない。
「こちらだ、毒怪鳥!」
ダクネスが大剣で押し返す。
ゲリョスは首を仰け反らせ、今度は尻尾を大きく振った。
「ダクネス、伏せろ!」
俺が叫ぶ。
尻尾が途中から伸びた。
鞭のようにしなり、ダクネスの頭上を薙ぎ払う。
避けたはずの距離まで先端が届き、近くの木を強く叩いて、再び跳ね返ってくる。
それを、今度は俺が受け止める。
「ぐっ!本当に伸びたな!?」
「面白い尻尾ですね!!」
めぐみんが目を輝かせる。
「観察してないで撃て!」
「承知しました!」
めぐみんがガンランスを構える。
ダクネスと向かい合っていたゲリョスの脚へ、砲口を向けた。
砲撃。
爆音とともに、泥が弾ける。
ゲリョスの脚が大きくずれた。
「クェッ!」
体勢を崩したゲリョスへ、俺は横から斬りかかる。
片手剣がゴム質の皮膚へ食い込む。
だが、予想以上に刃が滑った。
「硬っ!」
いや、硬いというより、弾力がある。
斬った感触が腕へ返らず、力を吸収されるようだった。
ゲリョスが振り向く。
嘴の奥から、紫色の液体が覗いた。
「また毒が来る!」
俺は盾を構える。
ゲリョスが首を振り、辺りに毒液を撒き散らした。
盾へ紫色の液体がぶつかる。
嫌な臭いが立ち上った。
少し離れていたダクネスの肩にも、飛沫がかかる。
「ぐっ……!」
「ダクネス!」
アクアが駆け寄る。
「じっとしてなさい!」
淡い光が、ダクネスの肩を包んだ。
鎧の隙間から覗く肩にかかった毒が、淡い光に包まれて消えていく。
「もう大丈夫よ!」
「助かった、アクア…こういう時は、本当に頼りになるな」
「こういう時、とは何よ!」
「あ、す、すまん!他意は無いんだ!!」
「もっと酷いわっ!?」
「喋ってる場合か!」
ゲリョスが再び突進してくる。
俺たちは左右へ分かれた。
めぐみんは無理に追わず、盾を構えて相手の動きを見る。
昨日なら、目の前に敵がいればすぐにでも撃ちたがっていたかもしれない。
だが今日は違う。
最初に装填した五発を、一発ずつ使う。
撃てるから撃つのではなく、必要な時に撃つ。
「そのまま! もう一度脚を狙え!」
「分かっています!」
ダクネスが正面からゲリョスを受け止める。
ゲリョスが大剣へ嘴を打ちつけるたび、重い音が鳴る。
その横から、めぐみんが脚へ砲撃を撃つ。
一発。
少し間を置き、もう一発。
通常の砲撃に、竜撃砲のような派手さはない。
だが、確実にゲリョスの動きを鈍らせている。
…さらに一発。
そして、空撃ちになる前にめぐみんが一歩下がった。
「カズマ、念のため装填します!!」
「分かった!…ダクネス!俺と2人で引きつけよう!」
「ああ!」
「私はっ!?」
「装填手伝ってください!」
「私の扱いが雑ゥ!?」
アクアが荷袋から予備の薬莢を取り出し、めぐみんへ渡す。
めぐみんは受け取った四発の薬莢を、慣れない手つきながらも次々と装填していく。
連携しているから、練習よりも早い。
だが、まだ戦闘中に悠長にできる速さではない。
最低限、めぐみん一人でこのペースで装填出来るようになってもらわないとな。
その間を、俺とダクネスで埋める。
こういう隙も含めて、四人で戦うしかないし…案外、四人ならなんとかなるものだ。
「装填完了です!」
「よし!」
「クェェェッ!」
ゲリョスが突然、首を大きく振った。
頭の発光器官から、小さな火花のような光が漏れるのが見える。
「多分閃光が来る! 顔を伏せろ!」
俺は盾を上げた。
ダクネスは大剣の腹で顔を隠す。
めぐみんもガンランスの盾へ身体を寄せた。
「きゃっ!?」
「アクア!?」
…アクアは不運にも沼地に足を取られてしまった。
そして、ちょうどそのタイミングでゲリョスの頭部が、強烈に発光した。
視界の端まで白く染まる。
盾越しでも、目の奥が痛むほどの光だ。
「目がぁっ! 私の澄み切った女神の目がぁぁっ!」
「だから言っただろうが!」
アクアが両目を押さえ、その場で転げ回る。
「見えない! 何も見えないわ! カズマ、どこ!?」
「声出してる余裕あるなら下がれ!」
「どっちが後ろなのよ!」
「ダクネス、守ってやってくれ!」
「わ、分かった!」
ダクネスがアクアの前へ回り込む。
ゲリョスが尻尾を振る。
大剣が尻尾を受け止めた。
ダクネスの身体が横へ押される。
「めぐみん、右脚だ!」
「はい!」
砲撃。
ゲリョスの脚が止まる。
俺は懐へ入り込み、傷のついた場所へ片手剣を突き立てた。
「クェッ!」
ゲリョスが首を振り、俺を追い払おうとする。
その隙にダクネスがアクアを引きずって距離を取った。
「アクア、見えるか?」
「まだ白いのがいっぱい飛んでるわっ!?」
「ダメじゃないかっ!!」
「か、カズマ、また来ます!」
めぐみんの声。
俺は思考を切り替える。
ゲリョスが嘴を大きく開け、こちらへ舌を伸ばしてきた。
仕方なくアクアを庇うように、盾で受ける。
左腕へ衝撃が走る。
「ぐぅっ!!」
修理した盾は耐えた。
俺の腕は、あまり耐えていない。
ゲリョスがさらに嘴を打ち込もうとする。
「ダクネスも頼むっ!」
「任されたっ!」
横から大剣で庇われる。
その隙に俺は駆け出し、ゲリョスの頭部を目掛けて盾でアッパーを繰り出す。
ゲリョスは身体を捻り、直撃を避けた。
だが、多少なりとも頭部の揺さぶりに成功したようで、ヘイトは俺に向く。
…そして、その動きでめぐみんへ背を向ける。
「今だッめぐみん!」
「はい!撃てる限り撃ちます!」
「ちょ、おまっ!?」
弾倉に残ったものをブレながら全て撃ち切るめぐみん。
結果的にその連続した爆発は、全てゲリョスの真芯を捉える。
爆炎がクリーンヒットしたゲリョスは、『グギャッ!?』と声を上げ、よろける。
「結果的にナイス!!みんな、畳み掛けるぞ!」
俺たちは一斉に攻撃する。
俺は頭部。
ダクネスは胴。
めぐみんは少し離れた場所で装填してから、脚へ砲撃。
アクアも視界が戻り始めたのか、太刀を手に立ち上がった。
「私の目をくらませた罰よ!」
アクアの太刀が、ゲリョスの尻尾へ振り下ろされる。
刃は弾力のある皮へ食い込み、完全には断ち切れない。
それでも、ゲリョスは激しく暴れた。
「クェェェェッ!」
「離れろ!」
俺たちは一度距離を取る。
ゲリョスが立ち上がる。
息が荒い。
動きも、最初より明らかに鈍っている。
頭の発光器官には、小さなひびが入っていた。
「もう少しだ」
俺が言うと、めぐみんがガンランスを構え直す。
「…ここで竜撃砲を使いますか?」
「いや…まだだ」
「絶好の機会に見えますが」
「この後怒ってさっきよりも動くだろうさ。それに…外したら高い薬筒が一本無駄になるぞ?」
「威力ではなく、そこなのですか!?」
「威力もだよ。排熱も必要なんだからな、武器もお前も無茶するべきじゃない」
「むぅ……」
「焦るな。お前の普通の砲撃で、もう何度も助かってる」
「……そうですか?」
「今の脚も、お前が止めただろ」
めぐみんが一瞬だけ目を丸くする。
すぐに口元を引き締め、頷いた。
「ならば、この後も隙を作ってみせますよ」
言うや否や、めぐみんが不敵な笑みを浮かべる。
ゲリョスが再び首を振る。
発光器官に光が集まり始めた。
「また来るぞ!」
今度は全員が顔を隠した。
アクアも、さすがに一度痛い目を見たからか、素直に顔を背けて腕で目元を覆っている。
閃光。
白い光が周囲を包む。
だが、誰も動きを止めない。
「今だ、頭を狙え!」
閃光を放った直後、ゲリョスの動きが一瞬止まる。
ダクネスが踏み込み、大剣の腹で首を押さえた。
「めぐみん!」
「はい!」
めぐみんが砲口を頭部へ向ける。
至近距離からの砲撃。
ひびの入っていた発光器官が、乾いた音を立てて割れた。
破片が泥へ散る。
「クェェッ!」
ゲリョスが悲鳴を上げ、ダクネスを振り払った。
頭部からは煙が上がっている。
「よし! これでもう閃光は使えない!」
「私の目の仇を取ったわね、めぐみん!」
「私の砲撃に不可能はありません!」
「調子に乗るな! まだ終わってないぞ!」
ゲリョスが大きく後退する。
逃げるのかと思った。
だが、次の瞬間。
その巨体が、ぐらりと揺れた。
一歩。
二歩。
足元がおぼつかなくなり、頭が力なく下がる。
「倒れるぞ!」
ゲリョスは横向きに崩れ、泥の上へ倒れ込んだ。
大きな音。
泥が跳ねる。
それきり、動かなくなった。
「やったわ!」
アクアが真っ先に駆け寄ろうとする。
俺は後ろから首をつかんだ。
「ぐえっ!」
「近づくな!」
「何するのよ!」
「これが死んだふりだろ!」
俺の声に、全員が動きを止めた。
ゲリョスは完全に横たわっている。
胸も動かない。
目も閉じている。
傷口からは血が流れ、泥へ染み込んでいた。
「でも、本当に動いてないわよ?」
「死んだふりなんだから当然だろ」
「これほど見事に倒れているのなら、本当に死んでいる可能性もあるのでは?」
めぐみんも首を傾げる。
「あるかもしれない。でも、わざわざ近づいて確かめる必要はない」
「では、どうするのです?」
「遠くから確認する」
俺は足元の石を拾い、ゲリョスの頭へ投げた。
石が嘴に当たる。
反応はない。
もう一つ。
今度は胴へ当てる。
やはり動かない。
「ほら、死んでるじゃない」
アクアが勝ち誇る。
「カズマの知識も、たまには外れるのね」
「…いや、まだだ」
「しつこいわねぇ」
アクアが一歩前へ出る。
「待てって!」
「大丈夫よ。もし起きても、今度こそ私が――」
ゲリョスの目が開いた。
「え?」
次の瞬間。
倒れていた巨体が、信じられない勢いで跳ね起きる。
「クェェェェェッ!」
「きゃああああっ!」
アクアが後ろへ飛び退いた。
ゲリョスの嘴が、寸前までアクアが立っていた場所へ突き刺さる。
「本当に起きた!?」
「だから言っただろ!」
「聞いてたけど、本当にやるとは思わなかったのよ!」
「信じろよ!」
ゲリョスは死んだふりを見破られたことに怒ったのか、先ほどより激しく首を振る。
だが、俺たちはすでに構えていた。
「ダクネス!」
「分かっている!」
ダクネスが正面から大剣を押し当てる。
嘴と大剣がぶつかる。
めぐみんが横から脚へ砲撃。
アクアも今度は距離を取り、伸びる尻尾を太刀で弾いた。
「卑怯者! 今度こそ倒れなさい!」
「お前が一番引っかかりかけてたけどな!」
「引っかかってないわよ! 確かめようとしただけだもん!」
「それを世間一般では引っかかるって言うんだよ!」
ゲリョスの動きは、明らかに弱っている。
死んだふりからの不意打ちが失敗し、逃げ道を探すように首を振った。
「逃がすな!」
俺が右へ回る。
アクアも反対側へ回り込み、太刀を構えた。
正面にはダクネス。
三方向を塞がれたゲリョスが、残った隙間へ向かおうとする。
その先には、めぐみんがいた。
「めぐみん!」
「準備できています!」
めぐみんはガンランスを地面へ固定していた。
通常砲撃用の機構とは別に、竜撃砲用の薬筒が内部へ送り込まれる。
砲身の奥で、低い唸りが響いた。
だが、めぐみんはすぐには撃たない。
俺を見る。
アクアの位置。
ダクネスの位置。
ちょむすけが射線から離れていることまで確認する。
その目は、昨日のように竜撃砲だけへ夢中になってはいなかった。
ちゃんと、仲間を見ている。
ゲリョスが走り出す。
「今だ! 撃て、めぐみん!」
「待っていました!」
めぐみんが引き金へ力を込める。
熱が集まる。
空気が震える。
「これは、我が新たなる道を照らす一撃!」
「口上は短く!」
「分かっています!」
次の瞬間。
竜撃砲が放たれた。
爆音。
槍先で生じた凄まじい爆炎と衝撃が、ゲリョスの巨体を正面から包み込む。
青紫色の身体が大きく浮き上がり、泥の上を転がっていった。
木へぶつかり、止まる。
砲撃の余波が周囲の草を激しく揺らす。
めぐみんの身体も反動で後ろへ押された。
同時に、ガンランスの各所から白い蒸気が噴き出す。
焼けた金属と火薬の臭いが鼻を刺した。
「めぐみん!」
俺が手を伸ばす。
だが、めぐみんはガンランスを地面へ突き立てた。
膝をつく。
腕が震える。
それでも、倒れない。
ゆっくりと顔を上げる。
「……今回はしっかり、立っています」
「…片膝ついてるけどな」
「細かいですね!」
声には力が残っている。
昨日とは違う。
竜撃砲を撃った後も、自分で武器を支え、自分の足で立っている。
ぎりぎりではあるが、本人が宣言した目標は達成したらしい。
俺はそのままガンランスの砲身へ目を向けた。
熱を逃がすための蒸気が、まだ盛んに噴き出している。
「めぐみん、しばらく竜撃砲は禁止な」
「分かっています。今撃てと言われても、身体が持ちません」
そこは素直だった。
竜撃砲用の薬筒そのものは、あと二回分残っている。
だが、残っているから撃てるわけじゃない。
無理に次を使えば、今度こそ武器を壊しかねない。
通常砲撃用の薬莢なら、まだ十分ある。
それでも、まずは砲身を落ち着かせる必要がありそうだった。
俺はゲリョスへ目を向けた。
巨体は木の根元で横たわっている。
煙が上がり、皮膚の一部は黒く焼け焦げていた。
動く様子はない。
「まだ近づくなよ」
「分かってるわよ」
今度はアクアも素直に止まった。
俺は石を投げる。
頭へ当たる。
反応なし。
もう一つ。
胴へ当たっても動かない。
「今度こそ大丈夫じゃない?」
アクアが慎重に近づく。
「待て。お前が確認できるのか?」
「生命力を感じれば分かるわよ」
アクアは一定の距離を保ち、手をかざした。
少しの間、目を閉じる。
「……ほとんど感じないわ」
「ほとんど?」
「完全に何もない、とまでは言い切れないけど。少なくとも、もう戦えるような状態じゃないわ」
……ん?なんか違和感があるな??
「……ねえ、カズマさん?」
「…何だ?」
「ほら……私って女神じゃない?」
「うん」
「よく考えたら、最初からこうやって生命力を見ればよかったなーって」
「分かったのか」
そりゃそうだよなー。
なんか能力的に分かりそうだしなー。
「「…………」」
「最初からやろうな。うん」
「わ、忘れてたのよ!」
「あれだけ死んだふりを警戒してた時間は何だったんだよぉ…」
「だって私、戦ってたんだもの!」
「次からは戦ってる最中にも見ろよ。弱ってるかどうかも分かるんだろ?」
「まあ、大体なら分かるわよ。うん」
ちょっと不安は残るが…アクアがこう言っている。それなら、今度こそ終わったのだろう。
俺はようやく盾を下ろした。
肩から力が抜ける。
「討伐成功、ということでいいのだな?」
ダクネスが確認する。
「ああ。たぶんな」
「たぶんをつけないでください」
めぐみんが不満そうに言う。
「これは、私の初めての正式な討伐なのですよ」
「死んだふりする相手だから慎重になってるんだよ」
「では、改めて宣言してください」
「何を?」
「見習いハンターめぐみん、初の大型モンスター討伐成功、と」
「自分で言ったじゃねえか」
「カズマの口からも言ってください」
「面倒くさいなぁ……」
俺はため息をつく。
だが、めぐみんは期待するようにこちらを見ている。
熱の残るガンランスへ寄りかかり、今にも座り込みそうな状態で。
「見習いハンターめぐみん。初の正式な大型モンスター討伐、成功だ」
「はい!」
めぐみんが満足そうに胸を張る。
「ついに私の伝説が始まりました!」
「見習いだけどな」
「今は補足しなくていいでしょう!」
アクアがゲリョスの周囲を歩き回り、散らばった荷物を探している。
「あっ! 小銭袋があるわ!」
「勝手に取るなよ。それは荷運びのアイルーのだ」
「分かってるわよ。中身を確認してあげるだけ」
「絶対触るな」
「信用がない!」
ダクネスは大剣を背負い直し、ちょむすけと一緒に荷物を集め始めた。
光る鉱石。
鈴。
金具のついた通行証。
毒液を浴びていない薬瓶も、いくつか残っている。
完璧とは言えないが、補給路を塞いでいたゲリョスは倒した。
荷物も一部は取り戻した。
誰も大きな怪我をしていない。
死んだふりも見破った。
通常砲撃用の薬莢にも、まだ余裕がある。
高い竜撃砲用の薬筒も、一回分を使っただけだ。
武器は熱を持っているが、冷まして整備すれば問題ないだろう。
今回は、俺の知識どおりだった。
ゲームと違い、痛みも恐怖もある。
弾にも金がかかるし、武器だって無茶をすれば壊れる。
それでも、知っていることを活かして準備すれば、危険を減らせる。
初めて四人で挑んだ正式な狩りとしては、上出来だろう。
「カズマ」
ダクネスが縄を持ち上げる。
「ゲリョスは、このまま村へ運ぶのか?」
「そうだな。アイルーたちを呼んで、荷車に――」
そこまで言った時。
風が吹いた。
湿った空気が、ゲリョスの身体の上を撫でる。
焼け焦げた傷口から、黒紫色の粉がふわりと浮かび上がった。
泥の上へ落ちた血が、わずかに波打つ。
俺たちは、まだ気づいていない。
荷物を拾う音。
アクアとめぐみんの言い争う声。
ちょむすけが鈴を鳴らす音。
冷却中のガンランスから漏れる、細い蒸気の音。
それらに紛れて。
倒れたゲリョスの爪が、ほんのわずかに泥を引っかいた。
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