この狩猟生活に祝福を!   作:how-kyou

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ちょっと色々とありまして遅くなっちゃいました。
すみません。

もうちょい頑張って書いていきます!


第八話・中盤『この偽りの死に警戒を!』

 

     ◇

 

 その翌朝のこと。

 

 俺は、ちょっぴり残る左腕の痛みと、すぐ近くから聞こえてくる妙な唸り声で目を覚ました。

 

「うぅ……お肉……もう食べられない……あ、でも甘いものは別腹よぉ?……」

 

「…どんな夢見てんだ、こいつ」

 

 敷かれた毛皮の上で、アクアが腹を抱えて丸くなっている。

 

 昨夜は、村を守った祝いと称して、肉やら魚やらを散々食い散らかしていた。

 

 しかも途中から、誰が一番多く食べられるかという、誰も頼んでいない勝負まで始めやがった。

 

 結果。

 

 優勝はダクネス。

 

 僅差でちょむすけ。

 

 めぐみんは『くっ、お腹いっぱいです…』と、早々に脱落。

 

 アクアはダクネスに張り合った挙げ句、今こうして夢の中でまで胃もたれに苦しんでいる。

 

 俺は身体を起こした。

 

 ……うん。

 

 腕の痛みは昨日より幾分ましだ。

 

 ヒールしてもらって一晩休んだおかげか、じっとしていればほとんど痛まない。

 

 ただし、盾を構えるように左腕を伸ばすと、まだ鈍い痛みが残っていた。

 

 しばらくは無茶をしない方がいいだろう。

 

 ……まあ、俺がそう思っていても、仲間たちが無茶を持ってくるんですけどね。

 

「おはようございます、カズマ」

 

 声の方へ目を向ける。

 

 部屋の隅では、めぐみんが毛布に包まったまま座っていた。

 

 膝の上には、昨日受け取ったばかりのギルドカードが載っている。

 

 先ほどから何度も表と裏を返し、名前の書かれた場所を眺めているようだ。

 

「お前、まさか一晩中それ見てたのか?」

 

「一晩中ではありません。途中で三度ほど眠りました」

 

「それは、ほぼ一晩中って言うんじゃないか?」

 

「仕方がないでしょう! ついに私も正式にハンターとして認められたのですから……興奮してしまいますよ!」

 

「見習いだけどな」

 

「……朝一番から、その補足をする必要がありますか?」

 

 めぐみんは不満そうに睨んでくる。

 

 しかし、勢いよく俺の方を向いたせいでどこか痛んだのか、すぐに顔をしかめた。

 

「……どうした?」

 

「何でもありません」

 

「筋肉痛か?」

 

「違います」

 

「じゃあ立ってみろよ?」

 

「……今は疲労がゆえ、座っていたい気分なのです」

 

「筋肉痛じゃねえか」

 

 俺が指摘すると、めぐみんは毛布を肩まで引き上げた。

 

「これは、初陣を終えた戦士だけが味わえる誇り高き痛みです!」

 

「言い換えても筋肉痛は筋肉痛だからな」

 

「身体の各所が、自分の存在を強く主張しているだけです」

 

「それを世間では筋肉痛って呼ぶんだよ」

 

「……昨日の私は、少々張り切りすぎたようですね」

 

「竜撃砲一発であれだからなぁ…」

 

「次は倒れませんから!」

 

「その前に、普通に歩けるようになろうな……うん」

 

「なんなんですか、その生温かい目は……」

 

 そんなことを言い合っていると、外から規則正しい音が聞こえてきた。

 

 硬いものが空気を切る音。

 

 続いて、雪を踏み締める足音。

 

 窓から覗いてみれば、家の前でダクネスが大剣を振っていた。

 

 一振りごとに、肩や腰の位置を確かめるように動いている。

 

 その少し離れた場所では、ちょむすけが腕を組み、真剣な顔で動きを見守っていた。

 

「朝から元気だな、あいつ……」

 

「身体を動かしたくなったそうです」

 

「昨日、あれだけ動いた後だぞ?」

 

「『身体が痛む時ほど、負担をかけず丁寧に動く練習になる』と言っていました」

 

「…基準が俺たちと違いすぎるだろ」

 

 俺なら筋肉痛の時点で休む。

 

 アクアなら筋肉痛でなくても休む。

 

 めぐみんは格好をつけて動き、余計に悪化させる。

 

 このパーティで真っ当な鍛錬をするのは、ダクネスだけなのかもしれない。

 

「んん……うるさいわよぉ……」

 

 毛皮の上でアクアが寝返りを打つ。

 

「朝っぱらからおっきな剣を振り回すなんて非常識よ……女神の安眠を何だと思ってるの……」

 

「寝言でまで偉そうだな」

 

 その時だった。

 

 村の入口から、慌ただしい鐘の音が響いた。

 

 一度。

 

 二度。

 

 間を置かず、何度も打ち鳴らされる。

 

 ダクネスの動きが止まった。

 

 ちょむすけの耳がぴんと立つ。

 

 俺とめぐみんも顔を見合わせた。

 

「何かあったみたいだな」

 

「依頼でしょうか!」

 

「お前、身体が痛いんじゃなかったのか?」

 

「ハンターとなった今、この程度の痛みで出遅れるわけにはいきません!」

 

 めぐみんが勢いよく立ち上がる。

 

 そして、その場で動きを止めた。

 

「……カズマ」

 

「何だ」

 

「……なんとか、立つところまでは成功しました」

 

「次は歩くところだな」

 

「……ストレッチをするので、手を貸してください」

 

「素直でよろしい」

 

 俺が腕を伸ばすと、めぐみんは少しだけ恥ずかしそうにしながら手を取った。

 

 一方、鐘が鳴ってもアクアは起きない。

 

「おい、アクア。何かあったみたいだぞ」

 

「あと五分……」

 

「緊急事態かもしれないぞ」

 

「女神は安売りしないのー……」

 

「……お前の分の朝飯がなくなるぞ」

 

「へぁっ!?」

 

 アクアが一瞬で跳ね起きた。

 

 こいつの緊急事態は、村より自分の食事らしい。

 

     ◇

 

 村の入口には、荷運び用の小さな荷車が止まっていた。

 

 正確には、止まっていたというより、どうにか辿り着いたという方が近い。

 

 車輪の片方は外れかけ、荷台を覆っていた布は大きく裂けている。

 

 木枠には、鋭い爪で引っかいたような傷がいくつも残っていた。

 

 荷車の脇では、一匹のアイルーが村長から湯を受け取っている。

 

 全身を泥で汚し、耳を伏せ、まだ息が整っていない。

 

「急がなくていい。何があったか、順番に話しておくれ」

 

 村長が静かに促す。

 

 アイルーは湯を一口飲み、ようやく顔を上げた。

 

「沼地の補給路で、大きな鳥竜種に襲われたニャ」

 

「大きな鳥竜種?」

 

 ダクネスが荷車の傷を確認しながら聞き返す。

 

「青と紫の皮で、頭に変な突起があったニャ。ぐにゃぐにゃ伸びる尻尾で荷車を叩いて、毒まで吐いたニャ!」

 

 青紫色の皮。

 

 頭の突起。

 

 伸びる尻尾。

 

 毒。

 

 その時点で、ゲーム知識を持つ俺の頭には一頭のモンスターが浮かんでいた。

 

「……そいつ、頭を強く光らせなかったか?」

 

「光ったニャ! 急に目の前が真っ白になって、何も見えなくなったニャ!」

 

「やっぱりな……」

 

「カズマ」

 

 ダクネスが確認するように俺を見る。

 

「ああ。たぶん……ゲリョスだな」

 

 毒怪鳥ゲリョス。

 

 ゴムのような皮膚を持ち、毒液を吐き、頭の発光器官から強烈な閃光を放つ鳥竜種。

 

 ゲームでは何度か戦った。

 

 姿形も、戦い方も、大体は覚えている。

 

 だが、現実で相手をしたいかと聞かれれば、答えは当然ノーだ。

 

 毒。

 

 閃光。

 

 妙に伸びる尻尾。

 

 そして、あいつにはもう一つ面倒な特徴がある。

 

「荷物はどうなったんだ?」

 

「薬や食料を積んでいたニャ。全部は取られなかったけど、光るものを狙って持っていかれたニャ」

 

「光るもの?」

 

「鉱石と、通行証の金具と、鈴と、小銭袋ニャ。薬の瓶も、光っていたものはいっぱい持っていかれたニャ…」

 

「完全にゲリョスだな」

 

 アクアが首を傾げる。

 

「薬ならまだ分かるけど、どうして鈴や小銭袋を盗るの?」

 

「光り物を集める習性があるんだよ」

 

「何それ。意地汚い鳥ね」

 

「お前が言うの?」

 

「私は必要なものしか集めないわよ!」

 

「昨日、使い道のない光る石を三つ持って帰ろうとしてたよな?」

 

「あ、あれは女神の部屋を飾るために必要だったの!」

 

「寝床のどこに飾るつもりだったんだよ」

 

 アクアが反論しようと口を開く。

 

 だが、荷運びアイルーが不安そうに続けた。

 

「それと……あいつ、変だったニャ」

 

「変?」

 

「途中で急に倒れたニャ。何度攻撃しても動かなくなったから、死んだと思ったニャ」

 

 やっぱり、それもやったか。

 

「近づいたのか?」

 

「落とした荷物を取り戻そうと思って、近づいたニャ。そうしたら急に起き上がって、さっきより激しく暴れたニャ!」

 

 アイルーは思い出したのか、身体を小さく震わせた。

 

「もう少し遅かったら、逃げられなかったニャ……」

 

「……ゲリョスか」

 

 俺が嫌そうに呟くと、アクアが眉を吊り上げた。

 

「倒されたふりをして、近づいた相手を襲うなんて卑怯じゃない!」

 

「……お前さ、昨日酔いつぶれたふりして、最後の肉を確保してただろ」

 

「あれは高度な食料確保術よ!」

 

「やってること、まんま一緒じゃねえか」

 

「私は襲わないもの!」

 

「肉に手を伸ばした俺の手を叩いたよな?」

 

「もはやあれは私の肉だったからよ!」

 

 アクアとゲリョスの違いが、早くも分からなくなってきた。

 

「ふむ、確かにゲリョスという種は死んだふりをすると聞くが…私も実際の死んだふりは見たことがないな」

 

 ダクネスは真剣な顔で頷く。

 俺も相槌を打つ。

 

「ダクネスも見たことがないなら……気をつけるしかないな。うん、皆で気を付けていこうな。特にアクアとめぐみん」

 

「私もなのっ!?」

 

「私は警戒心に満ちた紅魔族ですよっ!?」

 

「お前ら二人とも、倒れた瞬間に戦利品へ走りそうだからだよ」

 

「「失礼な!」」

 

 二人の声が綺麗に重なった。

 

 その反応だけで、名指しした判断は正しかったと思う。

 

「カズマ」

 

 村長が荷車の荷台を指した。

 

「これも見ておくれ」

 

 裂けた布の隅に、青紫色の薄い皮片が引っかかっている。

 

 色と質感からして、ゲリョスのものだろう。

 

 だが、その表面には泥とは違う黒い粉がこびりついていた。

 

「さっき言っていた毒液が乾いたものですかね?」

 

 めぐみんが顔を近づけようとする。

 

「素手で触るんじゃないぞ?」

 

「分かっています」

 

 俺は厚い布越しに皮片を摘まみ上げた。

 

 付着している黒い粉は細かく、光を吸い込むような鈍い色をしている。

 

 沼地の泥とは、明らかに色合いが違う。

 

 かといって、ゲリョスの毒にこんなものが混じっていた記憶もない。

 

「……何だろう、これ」

 

「……ちょっと見せてみなさい」

 

 アクアが横から覗き込む。

 

 そして、指先を近づけようとしたところで、ぴたりと動きを止めた。

 

「どうした?」

 

「……何か、嫌な感じがするわね」

 

「毒か?」

 

「多分、毒とは少し違うんじゃないかしら」

 

 アクアが珍しく真面目な顔で、皮片を見つめる。

 

「もっとこう……ねっとりまとわりついて、そのまま身体の中へ入り込んでこようとするような感じ?」

 

「身体の中へ入り込むって…病原菌みたいな?」

 

「良い例えね。…だから気持ち悪いんだけど」

 

 アクアはそう言うと、手のひらに淡い光を集めた。

 

 その光を、皮片へそっと浴びせる。

 

 黒い粉の一部が、煙のように揺れた気がした。

 

 ほんの一瞬。

 

 何かが光から逃げようとしたようにも見えた。

 

 だが、すぐに動かなくなる。

 

「消えたのか?」

 

「…うーん、正直分からないわ」

 

 アクアはしばらく皮片を眺め、それから慎重に指先を触れさせた。

 

「もう触ってもいいのか?」

 

「多分ね。さっきより嫌な感じは薄くなったわ」

 

「ただの毒だった可能性は?」

 

「それもあるかもしれないけど……何か違うのよね」

 

 アクアは納得していない様子だった。

 

 普段なら「女神の勘」で済ませるところだが、毒や呪いの類に関して、こいつは妙に鋭い。

 

 村長も皮片をしばらく見つめていたが、やがて新しい布へ包み直した。

 

「これは村で預かっておこう」

 

 そして、俺へ向き直る。

 

「カズマ、頼めるかい?」

 

「討伐ですか!?」

 

 俺より先に、めぐみんが期待を隠し切れない声を上げた。

 

「補給路に居座られると困るからねぇ。このままでは薬も食料も、村へ届かなくなる」

 

 村長は俺たちへ視線を向ける。

 

「だが、昨日の今日だ。こう言うのもなんだが……カズマの腕も、めぐみんの身体も、すぐに山へ出られる状態じゃないだろう?」

 

「私なら問題ありません!」

 

 めぐみんが勢いよく胸を張る。

 

 その直後、身体のどこかが痛んだらしく、口元を引きつらせた。

 

「……問題は、ありません」

 

「説得力がねえな」

 

「……あ、あと一日あれば、万全に仕上げてみせます」

 

「なら、明日だね。今日はしっかり休むんだよ」

 

 村長が決める。

 

「その間に補給路へ近づかないよう、周囲へ知らせておく。盾の修理も済ませてもらいな」

 

「分かりました」

 

 俺は頷いた。

 

 ゲームで知っている相手だ。

 

 準備をして、特徴を皆へ説明しておけば、勝てない相手ではない。

 

 むしろ、初めて四人で挑む正式な討伐としては、悪くないかもしれない。

 

「ついに!」

 

 めぐみんが拳を握る。

 

「見習いハンター、めぐみんの初めての正式な討伐ですね!」

 

「昨日も戦ってただろ」

 

「あれは村を守るための防衛戦です。依頼を受け、標的を追い、討ち取ってこそ正式な狩猟!」

 

「元気になったな、お前」

 

「精神が肉体を上回ったのです」

 

「筋肉痛は?」

 

「それはそれ、これはこれです」

 

 なんともまあ、都合のいい精神論だった。

 

 

     ◇

 

 

 翌日。

 

 朝早くから、俺たちはポッケ村を出発した。

 

 左腕は、まだ万全とは言えない。

 

 だが、盾を構える程度なら問題はない。

 

 修理を終えた盾の中央には、以前より厚い補強板が取り付けられていた。

 

 加工屋のおばちゃんいわく、

 

『これなら鎧を着た人間が、もう一人くらい乗っても大丈夫だよ』

 

 とのことだった。

 

 何のための盾なんですかね、これ。

 

 めぐみんも、ガンランスを担いで歩ける程度には回復していた。

 

 もちろん、完全に武器を扱えているとは言い難い。

 

 傾斜では時折砲身が揺れ、そのたびにちょむすけが少し距離を取っている。

 

「ちょむすけ。なぜ私から離れるのです?」

 

「ニャ」

 

「前回、危うく押し潰されそうになったからではないか?」

 

 ダクネスが答える。

 

「信頼関係の構築には時間が必要ということですね……努力します」

 

「まず武器を倒さない努力をしろよ」

 

「…今日は倒しません」

 

「今朝の練習では二回倒したよな?」

 

「今は狩りですので、気持ちが違います」

 

「気持ちで武器の重さは変わらねえよ……?」

 

 そんなやり取りをしながら、雪山を下っていく。

 

 白く積もった雪は、進むにつれて薄くなっていった。

 

 冷たい風にも、徐々に湿り気が混じり始める。

 

 さらに歩くと、足元は雪ではなく、濡れた土へ変わった。

 

 周囲には背の高い草が増え、木々の枝からは水滴が落ちている。

 

 沼地へ近づくにつれ、空気まで重くなっていくようだった。

 

 俺は歩きながら、腰の荷袋を軽く叩いた。

 

 中には、めぐみんのガンランス用の予備薬莢が入っている。

 

 一度に装填できる通常砲撃用の薬莢は五発。

 

 予備を含めれば、今回持ち込んだのは全部で三十発ほど。

 

 全部をめぐみんに背負わせると、ハンティング前からめぐみんの足腰が死ぬので、一部は俺たちで分け持ち、残りはめぐみん自身の荷物に入れている。

 

 竜撃砲用も三回分。

 

 こっちは普通の薬莢より、かなり高い。

 

 村を守った報酬が入った直後だというのに、補充の値段を聞いた瞬間、もう財布が軽くなった気がした。

 ガンランス…なんと恐ろしい武器なんだ。

 

「いいかめぐみん。今回は村から離れる。防衛戦の時みたいに、すぐ補充へ戻れるわけじゃない。持ってきた分でやりくりするんだからな?」

 

「分かっています!」

 

「特に竜撃砲。……一発一発が高いんだからな?勢いで撃つなよ??」

 

「カズマは浪漫より先に値札を見るのですね」

 

「金がなきゃその浪漫を撃てなくなるんだよ」

 

「なんと世知辛い……」

 

「あと竜撃砲は撃った後、しっかり冷ますこと。ぶっ壊れるから絶対連続で撃とうとするなよ」

 

「…そこまで言われずとも心得ています」

 

「この間、撃てるならもう一回撃ちたいって顔してただろ」

 

「…か、顔だけです」

 

「顔にも出すな」

 

 加工屋のおばちゃんにも散々言われた。

 

 この武器は頑丈ではある。

 

 だが、壊れないわけじゃない。

 

 砲撃を重ねれば内部は熱を持つし、竜撃砲ともなれば尚更だ。

 

 排熱が追いつかない状態で無理をすれば、砲身か機構のどこかが逝く。

 

 そうなったら修理費まで追加される。

 

 めぐみんに浪漫武器を与えたつもりが、俺の財布へ直接攻撃してくる武器だった。

 

「何よ、この臭い……」

 

 アクアが鼻を押さえる。

 

「水が腐っているみたい」

 

「実際、似たようなもんだろ。足元に気をつけろよ。場所によっては深く沈むって聞いてる」

 

「ちょっ!?先に言いなさいよ!?」

 

 アクアの足が泥へ足首まで沈んだ。

 

 慌てて引き抜こうとするが、勢いをつけすぎて後ろへ転びそうになる。

 

 ダクネスが背中を支えた。

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないわ!? 泥まみれよ! 帰りたいわ!!」

 

「狩りに来てるんだから諦めろ」

 

「女神が泥まみれになるなんて、信者が見たら泣くわよ!」

 

「もしお前に信者がいても、見慣れてそうだけどな」

 

「どういう意味よ!」

 

 アクアが騒いでいる横で、めぐみんも泥に足を取られていた。

 

 ガンランスの重さも加わり、一歩進むたびに身体が左右へ揺れる。

 

「手を貸そうか?」

 

「結構です」

 

 めぐみんはガンランスを硬い地面へ突き、ゆっくりと足を引き抜いた。

 

「昨日、次は自分の足で立つと言いましたので」

 

「カッコつけてるところ悪いけど、普通に歩いているだけだよね?」

 

「細かいことはいいのです」

 

「……転ぶなよ?」

 

「転びません!」

 

 そう言った直後、めぐみんの足が再び沈んだ。

 

 だが、今度はガンランスを支えにして踏みとどまる。

 

「……ほら」

 

「ちょっと危なかったけどな」

 

「転んでいないことが重要なんです」

 

 前よりはましになっている。

 

 少なくとも、無理に格好をつけて一人で倒れることはなくなった。

 

「さて」

 

 俺は全員が立ち止まったところで、改めて確認する。

 

「ゲリョスの特徴は説明したとおりだ。頭が光りそうになったら、すぐ顔を伏せるか、光を遮るんだ」

 

「…えっと、盾で光を防げばいいのですか?」

 

 めぐみんが盾を持ち上げる。

 

「ああ。正面から光を見なきゃいい。…ダクネスも大剣で防げるよな?」

 

「ああ、問題ないだろう」

 

「よし…俺も小盾があるからこれで防いで…アクアはヤバそうならめぐみんかダクネスの後ろで」

 

「女神の目に、鳥の光なんて通じるわけないでしょう?」

 

「お前、話聞いてた?」

 

「大丈夫よ。神聖な私の瞳は、邪悪な光なんて跳ね返すもの」

 

「駄目そうだなぁ」

 

 俺は不安を覚えながら、もう一度役割を確認する。

 

「ダクネスは正面。ゲリョスの気を引いて、めぐみんが大技を叩き込む隙を作ってくれ」

 

「任せてくれ」

 

「アクアは寄ってくる小型の相手と、毒を受けたやつの治療。絶対に一人で追いかけるな」

 

「分かってるわ!」

 

「今の返事、信用ならないんだけど」

 

「失礼ね!」

 

「めぐみんは普通の砲撃を中心に使え。虎の子の竜撃砲は、俺が合図するまで禁止」

 

「……分かりました」

 

「間が長かったぞぅ??」

 

「…死んだふりをしている時にも撃ってはいけませんか?」

 

「大技を撃つために近づいた瞬間、跳ね起きたゲリョスに殴られたいのか?」

 

「それは困りますね…」

 

「なら機を待て」

 

「仕方ありません。最高の瞬間を見極める役目は、カズマに預けましょう」

 

 最後に、ちょむすけを見る。

 

「ちょむすけは念のため解毒薬を持っててくれ。何人か同時に毒にかかった時はアクアに指示を出して、優先順位をつけること。んで、誰かが落とした道具も、余裕があれば回収。危なくなったら無理せず逃げろよ」

 

「ニャ!」

 

「えっ!?私が指示するんじゃないの!?」

 

 アクアをスルーしたちょむすけは背中の小袋を叩き、胸を張った。

 

 正式に名前をつけられたことが嬉しいのか、前より返事が力強い気がする。

 

「よし。行こう」

 

 俺たちは、荷車が襲われた補給路へ進んだ。

 

 

     ◇

 

 

 襲撃があった場所は、すぐに分かった。

 

 木々の間に、荷車から落ちた布や木箱の破片が散らばっている。

 

 泥の上には、鳥を思わせるような三本指の足跡。

 

 だが、その一つひとつが人間の頭より大きい。

 

 進行方向の草は踏み潰され、ところどころに紫色の液体が付着していた。

 

「それも毒だぞ。触るなよ」

 

「わ、分かってます」

 

 めぐみんが足を止める。

 

 目線の先には滴る液体。

 その紫色の液体が垂れた場所では、草が変色していた。

 

 …その周囲には、例の黒い粉が薄く混じっている。

 

「村にあった皮片と同じですね」

 

 めぐみんが盾越しに覗き込む。

 

「ああ。あれにも毒液、混ざってるのか…?」

 

「カズマ」

 

 ダクネスが少し離れた場所を指す。

 

「あっちだ…何か倒れている」

 

 泥の上に、小型の鳥竜種が横たわっていた。

 

 近づく前に、村を出る前に買った双眼鏡で見てみる。

 …体躯や体色はゲネポスに似ているが、その全身を泥で汚している。

 

 捕食された様子はない。

 

 腹を食い破られてもいない。

 

 なのに、爪は何本か剥がれ、口元には血が付着しているように見えた。

 

 近くの木には、何度も身体をぶつけたような跡がある。

 

「こいつ、自分で木に突っ込んだのか?」

 

「ちょっと貸してくれ……ふむ、逃げようとして、周囲が見えなくなっていたのかもしれないな」

 

「近づいて倒れているか確かめますか?」

 

 めぐみんからの提案。

 言うが早いか、めぐみんが足を踏み出す。

 

「待て待て待て」

 

「ぐぇっ!?……く、首ねっこ掴まなくてもいいじゃないですか!?」

 

 死骸の目元と口元にも、黒い粉がこびりついている。

 

 アクアは近づこうとせず、嫌そうに眉を寄せた。

 

「やっぱり、あれと同じ感じがするわね」

 

「ゲリョスの毒や光にやられて、混乱したんじゃないと?」

 

「そうね。毒だけじゃないと思う」

 

「理由は?」

 

「勘よ」

 

「信用していいのか悪いのか分からないやつだな…」

 

「何よ! こういう勘は当たるのよ!」

 

 普段なら聞き流すところだ。

 

 だが、気にはなる。

 

 とはいえ、今はゲリョスを探す方が先だ。

 

「…帰りにもう一度調べよう。息はしていないように見えたが、念のため今は近づくな」

 

「そうね。その方がいいわ」

 

 アクアがここまで素直に引くのも珍しい。

 

 余計に、嫌なものを感じるじゃないか。

 

「…ニャ!?そこの茂みにいるニャッ!!?」

 

 ちょむすけが耳を動かし、奥の茂みを指した。

 

 翼を広げるような、ばさり、と大きな音がする。

 

 続いて、木の枝が激しく揺れた。

 

 どうやら、ここで休憩していたようだ。

 

「来るぞ!」

 

 俺たちは一斉に武器を構えた。

 

 茂みの奥から、青紫色の巨体が飛び出す。

 

 丸みを帯びた身体。

 

 突き出した嘴。

 

 頭の上には、硬質な発光器官。

 

 長い尻尾は一見細いが、先端だけが不自然に膨らんでいた。

 

「クェェェェッ!!」

 

 耳障りな鳴き声が沼地へ響く。

 

 ゲリョスは首を左右へ振り、落ち着きなく俺たちを見回した。

 

 そして最初に目をつけたのは、アクアだった。

 

「何で私を見るのよ?」

 

「髪飾りが光ってるからだろっ!」

 

「これは女神の威厳を示す大事な飾りよ!」

 

「いーから!狙われてるぞ!」

 

 ゲリョスが地面を蹴る。

 

 見た目の滑稽さに反して、速い。

 

 アクアへ向かって一気に距離を詰める。

 

「あぶなっ!」

 

 アクアが横へ飛ぶ。

 

 その場所へゲリョスの嘴から毒液が飛び散り、泥が大きく跳ねた。

 

「ダクネス!カバー!!」

 

「任せろ!」

 

 ダクネスが正面へ踏み込み、大剣の腹で突進を受け止める。

 

 硬い音。

 

 ダクネスの足が泥へ沈む。

 

 だが、後ろへは下がらない。

 

「こちらだ、毒怪鳥!」

 

 ダクネスが大剣で押し返す。

 

 ゲリョスは首を仰け反らせ、今度は尻尾を大きく振った。

 

「ダクネス、伏せろ!」

 

 俺が叫ぶ。

 

 尻尾が途中から伸びた。

 

 鞭のようにしなり、ダクネスの頭上を薙ぎ払う。

 

 避けたはずの距離まで先端が届き、近くの木を強く叩いて、再び跳ね返ってくる。

 

 それを、今度は俺が受け止める。

 

「ぐっ!本当に伸びたな!?」

 

「面白い尻尾ですね!!」

 

 めぐみんが目を輝かせる。

 

「観察してないで撃て!」

 

「承知しました!」

 

 めぐみんがガンランスを構える。

 

 ダクネスと向かい合っていたゲリョスの脚へ、砲口を向けた。

 

 砲撃。

 

 爆音とともに、泥が弾ける。

 

 ゲリョスの脚が大きくずれた。

 

「クェッ!」

 

 体勢を崩したゲリョスへ、俺は横から斬りかかる。

 

 片手剣がゴム質の皮膚へ食い込む。

 

 だが、予想以上に刃が滑った。

 

「硬っ!」

 

 いや、硬いというより、弾力がある。

 

 斬った感触が腕へ返らず、力を吸収されるようだった。

 

 ゲリョスが振り向く。

 

 嘴の奥から、紫色の液体が覗いた。

 

「また毒が来る!」

 

 俺は盾を構える。

 

 ゲリョスが首を振り、辺りに毒液を撒き散らした。

 

 盾へ紫色の液体がぶつかる。

 

 嫌な臭いが立ち上った。

 

 少し離れていたダクネスの肩にも、飛沫がかかる。

 

「ぐっ……!」

 

「ダクネス!」

 

 アクアが駆け寄る。

 

「じっとしてなさい!」

 

 淡い光が、ダクネスの肩を包んだ。

 

 鎧の隙間から覗く肩にかかった毒が、淡い光に包まれて消えていく。

 

「もう大丈夫よ!」

 

「助かった、アクア…こういう時は、本当に頼りになるな」

 

「こういう時、とは何よ!」

 

「あ、す、すまん!他意は無いんだ!!」

 

「もっと酷いわっ!?」

 

「喋ってる場合か!」

 

 ゲリョスが再び突進してくる。

 

 俺たちは左右へ分かれた。

 

 めぐみんは無理に追わず、盾を構えて相手の動きを見る。

 

 昨日なら、目の前に敵がいればすぐにでも撃ちたがっていたかもしれない。

 

 だが今日は違う。

 

 最初に装填した五発を、一発ずつ使う。

 

 撃てるから撃つのではなく、必要な時に撃つ。

 

「そのまま! もう一度脚を狙え!」

 

「分かっています!」

 

 ダクネスが正面からゲリョスを受け止める。

 

 ゲリョスが大剣へ嘴を打ちつけるたび、重い音が鳴る。

 

 その横から、めぐみんが脚へ砲撃を撃つ。

 

 一発。

 

 少し間を置き、もう一発。

 

 通常の砲撃に、竜撃砲のような派手さはない。

 

 だが、確実にゲリョスの動きを鈍らせている。

 

 …さらに一発。

 

 そして、空撃ちになる前にめぐみんが一歩下がった。

 

「カズマ、念のため装填します!!」

 

「分かった!…ダクネス!俺と2人で引きつけよう!」

 

「ああ!」

 

「私はっ!?」

 

「装填手伝ってください!」

 

「私の扱いが雑ゥ!?」

 

 アクアが荷袋から予備の薬莢を取り出し、めぐみんへ渡す。

 

 めぐみんは受け取った四発の薬莢を、慣れない手つきながらも次々と装填していく。

 

 連携しているから、練習よりも早い。

 

 だが、まだ戦闘中に悠長にできる速さではない。

 最低限、めぐみん一人でこのペースで装填出来るようになってもらわないとな。

 

 その間を、俺とダクネスで埋める。

 

 こういう隙も含めて、四人で戦うしかないし…案外、四人ならなんとかなるものだ。

 

「装填完了です!」

 

「よし!」

 

「クェェェッ!」

 

 ゲリョスが突然、首を大きく振った。

 

 頭の発光器官から、小さな火花のような光が漏れるのが見える。

 

「多分閃光が来る! 顔を伏せろ!」

 

 俺は盾を上げた。

 

 ダクネスは大剣の腹で顔を隠す。

 

 めぐみんもガンランスの盾へ身体を寄せた。

 

「きゃっ!?」

 

「アクア!?」

 

…アクアは不運にも沼地に足を取られてしまった。

 

 そして、ちょうどそのタイミングでゲリョスの頭部が、強烈に発光した。

 

 視界の端まで白く染まる。

 

 盾越しでも、目の奥が痛むほどの光だ。

 

「目がぁっ! 私の澄み切った女神の目がぁぁっ!」

 

「だから言っただろうが!」

 

 アクアが両目を押さえ、その場で転げ回る。

 

「見えない! 何も見えないわ! カズマ、どこ!?」

 

「声出してる余裕あるなら下がれ!」

 

「どっちが後ろなのよ!」

 

「ダクネス、守ってやってくれ!」

 

「わ、分かった!」

 

 ダクネスがアクアの前へ回り込む。

 

 ゲリョスが尻尾を振る。

 

 大剣が尻尾を受け止めた。

 

 ダクネスの身体が横へ押される。

 

「めぐみん、右脚だ!」

 

「はい!」

 

 砲撃。

 

 ゲリョスの脚が止まる。

 

 俺は懐へ入り込み、傷のついた場所へ片手剣を突き立てた。

 

「クェッ!」

 

 ゲリョスが首を振り、俺を追い払おうとする。

 

 その隙にダクネスがアクアを引きずって距離を取った。

 

「アクア、見えるか?」

 

「まだ白いのがいっぱい飛んでるわっ!?」

 

「ダメじゃないかっ!!」

 

「か、カズマ、また来ます!」

 

 めぐみんの声。

 

 俺は思考を切り替える。

 

 ゲリョスが嘴を大きく開け、こちらへ舌を伸ばしてきた。

 

 仕方なくアクアを庇うように、盾で受ける。

 

 左腕へ衝撃が走る。

 

「ぐぅっ!!」

 

 修理した盾は耐えた。

 

 俺の腕は、あまり耐えていない。

 

 ゲリョスがさらに嘴を打ち込もうとする。

 

「ダクネスも頼むっ!」

 

「任されたっ!」

 

 横から大剣で庇われる。

 

 その隙に俺は駆け出し、ゲリョスの頭部を目掛けて盾でアッパーを繰り出す。

 

 ゲリョスは身体を捻り、直撃を避けた。

 

 だが、多少なりとも頭部の揺さぶりに成功したようで、ヘイトは俺に向く。

 …そして、その動きでめぐみんへ背を向ける。

 

「今だッめぐみん!」

 

「はい!撃てる限り撃ちます!」

 

「ちょ、おまっ!?」

 

 弾倉に残ったものをブレながら全て撃ち切るめぐみん。

 結果的にその連続した爆発は、全てゲリョスの真芯を捉える。

 

 爆炎がクリーンヒットしたゲリョスは、『グギャッ!?』と声を上げ、よろける。

 

「結果的にナイス!!みんな、畳み掛けるぞ!」

 

 俺たちは一斉に攻撃する。

 

 俺は頭部。

 

 ダクネスは胴。

 

 めぐみんは少し離れた場所で装填してから、脚へ砲撃。

 

 アクアも視界が戻り始めたのか、太刀を手に立ち上がった。

 

「私の目をくらませた罰よ!」

 

 アクアの太刀が、ゲリョスの尻尾へ振り下ろされる。

 

 刃は弾力のある皮へ食い込み、完全には断ち切れない。

 

 それでも、ゲリョスは激しく暴れた。

 

「クェェェェッ!」

 

「離れろ!」

 

 俺たちは一度距離を取る。

 

 ゲリョスが立ち上がる。

 

 息が荒い。

 

 動きも、最初より明らかに鈍っている。

 

 頭の発光器官には、小さなひびが入っていた。

 

「もう少しだ」

 

 俺が言うと、めぐみんがガンランスを構え直す。

 

「…ここで竜撃砲を使いますか?」

 

「いや…まだだ」

 

「絶好の機会に見えますが」

 

「この後怒ってさっきよりも動くだろうさ。それに…外したら高い薬筒が一本無駄になるぞ?」

 

「威力ではなく、そこなのですか!?」

 

「威力もだよ。排熱も必要なんだからな、武器もお前も無茶するべきじゃない」

 

「むぅ……」

 

「焦るな。お前の普通の砲撃で、もう何度も助かってる」

 

「……そうですか?」

 

「今の脚も、お前が止めただろ」

 

 めぐみんが一瞬だけ目を丸くする。

 

 すぐに口元を引き締め、頷いた。

 

「ならば、この後も隙を作ってみせますよ」

 

 言うや否や、めぐみんが不敵な笑みを浮かべる。

 

 ゲリョスが再び首を振る。

 

 発光器官に光が集まり始めた。

 

「また来るぞ!」

 

 今度は全員が顔を隠した。

 

 アクアも、さすがに一度痛い目を見たからか、素直に顔を背けて腕で目元を覆っている。

 

 閃光。

 

 白い光が周囲を包む。

 

 だが、誰も動きを止めない。

 

「今だ、頭を狙え!」

 

 閃光を放った直後、ゲリョスの動きが一瞬止まる。

 

 ダクネスが踏み込み、大剣の腹で首を押さえた。

 

「めぐみん!」

 

「はい!」

 

 めぐみんが砲口を頭部へ向ける。

 

 至近距離からの砲撃。

 

 ひびの入っていた発光器官が、乾いた音を立てて割れた。

 

 破片が泥へ散る。

 

「クェェッ!」

 

 ゲリョスが悲鳴を上げ、ダクネスを振り払った。

 

 頭部からは煙が上がっている。

 

「よし! これでもう閃光は使えない!」

 

「私の目の仇を取ったわね、めぐみん!」

 

「私の砲撃に不可能はありません!」

 

「調子に乗るな! まだ終わってないぞ!」

 

 ゲリョスが大きく後退する。

 

 逃げるのかと思った。

 

 だが、次の瞬間。

 

 その巨体が、ぐらりと揺れた。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 足元がおぼつかなくなり、頭が力なく下がる。

 

「倒れるぞ!」

 

 ゲリョスは横向きに崩れ、泥の上へ倒れ込んだ。

 

 大きな音。

 

 泥が跳ねる。

 

 それきり、動かなくなった。

 

「やったわ!」

 

 アクアが真っ先に駆け寄ろうとする。

 

 俺は後ろから首をつかんだ。

 

「ぐえっ!」

 

「近づくな!」

 

「何するのよ!」

 

「これが死んだふりだろ!」

 

 俺の声に、全員が動きを止めた。

 

 ゲリョスは完全に横たわっている。

 

 胸も動かない。

 

 目も閉じている。

 

 傷口からは血が流れ、泥へ染み込んでいた。

 

「でも、本当に動いてないわよ?」

 

「死んだふりなんだから当然だろ」

 

「これほど見事に倒れているのなら、本当に死んでいる可能性もあるのでは?」

 

 めぐみんも首を傾げる。

 

「あるかもしれない。でも、わざわざ近づいて確かめる必要はない」

 

「では、どうするのです?」

 

「遠くから確認する」

 

 俺は足元の石を拾い、ゲリョスの頭へ投げた。

 

 石が嘴に当たる。

 

 反応はない。

 

 もう一つ。

 

 今度は胴へ当てる。

 

 やはり動かない。

 

「ほら、死んでるじゃない」

 

 アクアが勝ち誇る。

 

「カズマの知識も、たまには外れるのね」

 

「…いや、まだだ」

 

「しつこいわねぇ」

 

 アクアが一歩前へ出る。

 

「待てって!」

 

「大丈夫よ。もし起きても、今度こそ私が――」

 

 ゲリョスの目が開いた。

 

「え?」

 

 次の瞬間。

 

 倒れていた巨体が、信じられない勢いで跳ね起きる。

 

「クェェェェェッ!」

 

「きゃああああっ!」

 

 アクアが後ろへ飛び退いた。

 

 ゲリョスの嘴が、寸前までアクアが立っていた場所へ突き刺さる。

 

「本当に起きた!?」

 

「だから言っただろ!」

 

「聞いてたけど、本当にやるとは思わなかったのよ!」

 

「信じろよ!」

 

 ゲリョスは死んだふりを見破られたことに怒ったのか、先ほどより激しく首を振る。

 

 だが、俺たちはすでに構えていた。

 

「ダクネス!」

 

「分かっている!」

 

 ダクネスが正面から大剣を押し当てる。

 

 嘴と大剣がぶつかる。

 

 めぐみんが横から脚へ砲撃。

 

 アクアも今度は距離を取り、伸びる尻尾を太刀で弾いた。

 

「卑怯者! 今度こそ倒れなさい!」

 

「お前が一番引っかかりかけてたけどな!」

 

「引っかかってないわよ! 確かめようとしただけだもん!」

 

「それを世間一般では引っかかるって言うんだよ!」

 

 ゲリョスの動きは、明らかに弱っている。

 

 死んだふりからの不意打ちが失敗し、逃げ道を探すように首を振った。

 

「逃がすな!」

 

 俺が右へ回る。

 

 アクアも反対側へ回り込み、太刀を構えた。

 

 正面にはダクネス。

 

 三方向を塞がれたゲリョスが、残った隙間へ向かおうとする。

 

 その先には、めぐみんがいた。

 

「めぐみん!」

 

「準備できています!」

 

 めぐみんはガンランスを地面へ固定していた。

 

 通常砲撃用の機構とは別に、竜撃砲用の薬筒が内部へ送り込まれる。

 

 砲身の奥で、低い唸りが響いた。

 

 だが、めぐみんはすぐには撃たない。

 

 俺を見る。

 

 アクアの位置。

 

 ダクネスの位置。

 

 ちょむすけが射線から離れていることまで確認する。

 

 その目は、昨日のように竜撃砲だけへ夢中になってはいなかった。

 

 ちゃんと、仲間を見ている。

 

 ゲリョスが走り出す。

 

「今だ! 撃て、めぐみん!」

 

「待っていました!」

 

 めぐみんが引き金へ力を込める。

 

 熱が集まる。

 

 空気が震える。

 

「これは、我が新たなる道を照らす一撃!」

 

「口上は短く!」

 

「分かっています!」

 

 次の瞬間。

 

 竜撃砲が放たれた。

 

 爆音。

 

 槍先で生じた凄まじい爆炎と衝撃が、ゲリョスの巨体を正面から包み込む。

 

 青紫色の身体が大きく浮き上がり、泥の上を転がっていった。

 

 木へぶつかり、止まる。

 

 砲撃の余波が周囲の草を激しく揺らす。

 

 めぐみんの身体も反動で後ろへ押された。

 

 同時に、ガンランスの各所から白い蒸気が噴き出す。

 

 焼けた金属と火薬の臭いが鼻を刺した。

 

「めぐみん!」

 

 俺が手を伸ばす。

 

 だが、めぐみんはガンランスを地面へ突き立てた。

 

 膝をつく。

 

 腕が震える。

 

 それでも、倒れない。

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 

「……今回はしっかり、立っています」

 

「…片膝ついてるけどな」

 

「細かいですね!」

 

 声には力が残っている。

 

 昨日とは違う。

 

 竜撃砲を撃った後も、自分で武器を支え、自分の足で立っている。

 

 ぎりぎりではあるが、本人が宣言した目標は達成したらしい。

 

 俺はそのままガンランスの砲身へ目を向けた。

 

 熱を逃がすための蒸気が、まだ盛んに噴き出している。

 

「めぐみん、しばらく竜撃砲は禁止な」

 

「分かっています。今撃てと言われても、身体が持ちません」

 

 そこは素直だった。

 

 竜撃砲用の薬筒そのものは、あと二回分残っている。

 

 だが、残っているから撃てるわけじゃない。

 

 無理に次を使えば、今度こそ武器を壊しかねない。

 

 通常砲撃用の薬莢なら、まだ十分ある。

 

 それでも、まずは砲身を落ち着かせる必要がありそうだった。

 

 俺はゲリョスへ目を向けた。

 

 巨体は木の根元で横たわっている。

 

 煙が上がり、皮膚の一部は黒く焼け焦げていた。

 

 動く様子はない。

 

「まだ近づくなよ」

 

「分かってるわよ」

 

 今度はアクアも素直に止まった。

 

 俺は石を投げる。

 

 頭へ当たる。

 

 反応なし。

 

 もう一つ。

 

 胴へ当たっても動かない。

 

「今度こそ大丈夫じゃない?」

 

 アクアが慎重に近づく。

 

「待て。お前が確認できるのか?」

 

「生命力を感じれば分かるわよ」

 

 アクアは一定の距離を保ち、手をかざした。

 

 少しの間、目を閉じる。

 

「……ほとんど感じないわ」

 

「ほとんど?」

 

「完全に何もない、とまでは言い切れないけど。少なくとも、もう戦えるような状態じゃないわ」

 

 ……ん?なんか違和感があるな??

 

「……ねえ、カズマさん?」

 

「…何だ?」

 

「ほら……私って女神じゃない?」

 

「うん」

 

「よく考えたら、最初からこうやって生命力を見ればよかったなーって」

 

「分かったのか」

 

 そりゃそうだよなー。

 なんか能力的に分かりそうだしなー。

 

「「…………」」

 

「最初からやろうな。うん」

 

「わ、忘れてたのよ!」

 

「あれだけ死んだふりを警戒してた時間は何だったんだよぉ…」

 

「だって私、戦ってたんだもの!」

 

「次からは戦ってる最中にも見ろよ。弱ってるかどうかも分かるんだろ?」

 

「まあ、大体なら分かるわよ。うん」

 

 ちょっと不安は残るが…アクアがこう言っている。それなら、今度こそ終わったのだろう。

 

 俺はようやく盾を下ろした。

 

 肩から力が抜ける。

 

「討伐成功、ということでいいのだな?」

 

 ダクネスが確認する。

 

「ああ。たぶんな」

 

「たぶんをつけないでください」

 

 めぐみんが不満そうに言う。

 

「これは、私の初めての正式な討伐なのですよ」

 

「死んだふりする相手だから慎重になってるんだよ」

 

「では、改めて宣言してください」

 

「何を?」

 

「見習いハンターめぐみん、初の大型モンスター討伐成功、と」

 

「自分で言ったじゃねえか」

 

「カズマの口からも言ってください」

 

「面倒くさいなぁ……」

 

 俺はため息をつく。

 

 だが、めぐみんは期待するようにこちらを見ている。

 

 熱の残るガンランスへ寄りかかり、今にも座り込みそうな状態で。

 

「見習いハンターめぐみん。初の正式な大型モンスター討伐、成功だ」

 

「はい!」

 

 めぐみんが満足そうに胸を張る。

 

「ついに私の伝説が始まりました!」

 

「見習いだけどな」

 

「今は補足しなくていいでしょう!」

 

 アクアがゲリョスの周囲を歩き回り、散らばった荷物を探している。

 

「あっ! 小銭袋があるわ!」

 

「勝手に取るなよ。それは荷運びのアイルーのだ」

 

「分かってるわよ。中身を確認してあげるだけ」

 

「絶対触るな」

 

「信用がない!」

 

 ダクネスは大剣を背負い直し、ちょむすけと一緒に荷物を集め始めた。

 

 光る鉱石。

 

 鈴。

 

 金具のついた通行証。

 

 毒液を浴びていない薬瓶も、いくつか残っている。

 

 完璧とは言えないが、補給路を塞いでいたゲリョスは倒した。

 

 荷物も一部は取り戻した。

 

 誰も大きな怪我をしていない。

 

 死んだふりも見破った。

 

 通常砲撃用の薬莢にも、まだ余裕がある。

 

 高い竜撃砲用の薬筒も、一回分を使っただけだ。

 

 武器は熱を持っているが、冷まして整備すれば問題ないだろう。

 

 今回は、俺の知識どおりだった。

 

 ゲームと違い、痛みも恐怖もある。

 

 弾にも金がかかるし、武器だって無茶をすれば壊れる。

 

 それでも、知っていることを活かして準備すれば、危険を減らせる。

 

 初めて四人で挑んだ正式な狩りとしては、上出来だろう。

 

「カズマ」

 

 ダクネスが縄を持ち上げる。

 

「ゲリョスは、このまま村へ運ぶのか?」

 

「そうだな。アイルーたちを呼んで、荷車に――」

 

 そこまで言った時。

 

 風が吹いた。

 

 湿った空気が、ゲリョスの身体の上を撫でる。

 

 焼け焦げた傷口から、黒紫色の粉がふわりと浮かび上がった。

 

 泥の上へ落ちた血が、わずかに波打つ。

 

 俺たちは、まだ気づいていない。

 

 荷物を拾う音。

 

 アクアとめぐみんの言い争う声。

 

 ちょむすけが鈴を鳴らす音。

 

 冷却中のガンランスから漏れる、細い蒸気の音。

 

 それらに紛れて。

 

 倒れたゲリョスの爪が、ほんのわずかに泥を引っかいた。

 




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