ドクズ転生 〜本音と正反対に翻訳される呪いを添えて〜   作:ヤッくん

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4話 飯と鎧とジジイのシゴキ

人生、何が起きるか分からない。

 

王女を庇って刺されたと思ったら、気づけば没落寸前の辺境伯家の次男に転生していた。おまけに、口から出る言葉が勝手に変換されるという意味不明な呪い付きだ。

 

俺の願いはただ一つ。適当に権力者になって、一生サボって綺麗な姉ちゃんたちに囲まれて楽しく生きていくことだ。あとは遊ぶためのお金もたんまり必要だな。だが、そのためには有能な駒が必要不可欠になる。

 

目の前に立つ老執事、セバス。

 

今、週末休みを利用して以前のコイツ(俺)の辺境伯家の実家に帰省している。

 

こいつは前世の知識に照らせば、間違いなく有能なコマだ。こういうヤツを部下に持てば俺の立場も安泰だろう。

 

彼は立ち居振る舞いに隙がなく、その眼光は時折、俺の魂まで射貫くような鋭さを見せる。

 

(……やべぇ。このジジイ、絶対俺の正体疑ってるだろ)

 

俺が少しでもクズな本性を出せば、即座に首を撥ねられそうな威圧感がある。俺は必死に転生前のこいつ(ユウ)っぽさを意識して、背筋を伸ばし、なるべく無口を貫くことに決めた。

 

 

ある日の晩餐。

セバスが自信満々に運んできたのは、脂ぎった肉の塊にフォアグラだのトリュフだのが乗った、見るからに胃もたれしそうな豪華な食事だった。

 

正直、刺された後の病み上がりの体にはキツすぎる。っていうか、今の俺が食べたいのはお粥か、せめてさっぱりしたゼリーだ。

 

(……うえぇぇぇ、胃がもたれんだよ。こんなの食ったら、一発でゲ◯確定だぞ。家畜の餌の方がまだ消化に良さそうじゃねぇか。っていうか、金ねぇんだからもっと節約しろよ、この無能ジジイ!)

 

俺は震える手で皿を押し返した。吐き気をこらえるために、自然と表情は苦悶に満ちた絶望の色になったはずだ。

 

だが、俺の喉から出たのは、慈愛に満ちた嘆きだった。

 

「――セバス。……こんなものは下げてくれ」

 

「――民の飢えを思えば、俺だけが贅沢を享受することなどできない。……この一口が、彼らの一日を繋ぐかもしれないんだから」

 

「……っ!!」

 

しかし、セバスは銀盆を落としそうなほど驚愕し、次の瞬間には物陰でハンカチを噛み締め、ズビズビと鼻を鳴らして号泣し始めた。

 

「若様……! 民を思うあまり、ご自身の健康を損ねては元も子もございません!」

 

「――構わない。俺の空腹なんて、この国の未来に比べれば小さなものさ」

 

結果、俺はその晩、セバスが泣きながら作ってきた重湯を啜ることになった。

 

……いや、お粥でいいんだけど、重湯って。薄すぎないか?

 

 

次の日。

俺は執務室で、辺境伯家の金を食いつぶしている役人たちのリストを見てイラついていた。

 

帳簿を見れば見るほど、無駄な人件費が多い。特に、先代のコネで居座っているこの三人の役人。仕事もせずに給料だけ掠め取って、俺が通りかかると「若、今日もサボりですか?」なんて鼻で笑ってきやがる。

 

(……こいつら、マジでいらねぇ。金がかかるし、うるさいし、何より俺がカジノで遊ぶための軍資金をこいつらが食い潰してると思うと腹が立ってきた。今すぐクビだ、クビ!)

 

俺は冷徹な死神のような眼差し(実際には怒りで目が据わっていただけ)で彼らの名に指でなぞり、冷たく言い放った。つもりだった。

 

「――腐敗の原因を放置することは、組織全体の壊滅を招く。……彼らは我が家の伝統という名の皮を被った寄生虫に過ぎない。……今、その鎖を断ち切ろう」

 

「……若様」

 

セバスがまた震えている。

 

「今、この瞬間に断罪する。彼らの退職金をそのまま領民の救済資金へと回せ。異論は認めない」

 

セバスが「清掃を完了させますぞ!」と叫んで飛び出していった。

 

 ……いや、退職金を没収するのはいいけど、それを領民に回したら俺の手元に金が残らねーだろ!

 

(今の翻訳は正反対というよりは言い回しが変わった感じだったな。この呪い......なにか法則性があんのか?)

 

結局、俺のカジノ資金が領民救済資金にロンダリングされていくのを、俺はただ指をくわえて見ているしかなかった。

 

 

さらに、俺は蔵の奥で見つけた『黄金の鎧』を指差した。

重い、かさばる、磨くのが面倒。おまけに金箔が剥げかかっている。

 

(……こんなガラクタ、持ってるだけで維持費がもったいねぇよ。ゴミだゴミ! 早く売って、換金性の高い金貨に変えろ!)

 

俺がゴミを見るような目でそれを指差すと、またしても翻訳が暴走した。

 

「――セバス。過去の栄光という名の鎧は、今の俺には不要だ。……すべてを売却し、未来に変えよう。……形あるものはいつか壊れるが、俺が創る未来は永遠だ」

 

「……今の俺が守るべきは、死んだ先祖の鎧ではなく、これからを生きる民の命なのだから」

 

「ぬおおおぉぉん! 若様ぁぁぁあああ!」

 

セバスが石床に頭を打ち付けて号泣し始めた。

 

(……よしよし、これで金の目処は立った。不本意な翻訳だがセバスも感動してるみたいだし、俺の立ち回りは完璧だな!)

 

だが、そんな俺の思いを余所にセバスが地下の稽古場で俺を待ち構えていようとは。

 

 

次の日の早朝、私は地下の稽古場へと呼び出された。

 

待っていたのは、燕尾服を脱ぎ捨て、筋肉の塊のような肉体を晒したセバスだった。その手には真剣。そして、放たれる殺気は本物の真剣より鋭い。

 

「……若様。不肖セバス、この老骨の最後のお願いにございます」

 

 セバスの目は、獲物を狙う鷹のようだった。

 

(……え、やだよ。最後のお願い? もしかして、俺がクズだってバレて処刑されんのか!?)

 

「……若様。……貴方の覇王としての器、私の刃で確かめさせていただきたい……!」

 

冗談じゃない。死ぬ、マジで死ぬ。

 

俺は必死で「嫌だ、帰る、寝る!」と叫ぼうとした。だが、極限の恐怖が俺の表情を「邪悪なまでに美しい笑み」へと歪ませ、最悪の答えを叩き出した。

 

「――いいぞ、セバス。……来いよ、早く起きたかいがある。」

 

「感謝に堪えませぬ、若様……! 」

 

……ああ、クソ。

どうしてこうなる!!!

 

稽古場の空気は、氷のように張り詰めていた。

目の前に立つセバスは、普段の温和な執事の顔をかなぐり捨て、かつて大陸の地図を塗り替えたという軍師あるいは死神の貌をしていた。

 

(……待て。おい待てって。真剣じゃないよな? 模擬刀だよな? でも、あのジジイの目、本気で俺を殺しにきてないか!? 怖!! 助けろミリア! セバスがボケた! ボケ老人が襲ってくる!)

 

「いざ、参るッ!」

 

突進。それはもはや残像だった。

 

バキッ、ドカッ、という鈍い音が自分の体から響く。

 

(痛ぇ! 痛すぎる! なんだこのジジイ、加減しろよ! 首が飛ぶだろ!)

 

俺は一方的にボコられた。

セバスの剣筋は見えない。気がつけば脇腹を叩かれ、肩を打たれ、膝を突かれる。

 

壁に叩きつけられ、土を噛んだ。

痛みと恐怖で頭が真っ白になる。何度も壁に叩きつけられ、意識が飛びそうになる。

だが、倒れるたびに「ここで死んだら、ポテチも食えねぇ、贅沢もできねぇ、俺の二度目の人生がパアだ!」という、ド底辺な執念が俺を突き動かした。

 

(……マジで……マジでぶっ殺してやる……! 楽して生きたい俺の人生を邪魔する奴は、たとえセバスだろうが、神様だろうが、全員ぶっ殺してやるッ!!)

 

俺の中から、パニックと怒りが綯い交ぜになった殺意が噴き出した。

逆ギレだ。完全に、自暴自棄の逆ギレである。

 

だが、セバスはそれを見て、なぜか「……くっ、これほどの圧を放たれるとは……! 若様、素晴らしいッ!」と、恍惚とした表情を浮かべた。

 

……狂ってる。このジジイ、マジで狂ってる。

 

俺は必死だった。騎士道? 誇り? そんなもん知るか。

俺は床の砂を掴むなり、セバスの顔面に思い切り投げつけた。

 

 

俺は無我夢中で床の砂を掴み、セバスの目に叩き込んだ。

 

「――くらえっ!」

 

(死ね、このクソジジイ! 目潰しだ、この隙に逃げてやる!)

 

セバスがなんか叫んでるが聞こえない。俺はさらに、持っていた剣を全力でセバスに投げつけた。

 

「――とどめだ!」

 

(当たれ! 当たって隙を作れ! その隙に俺は出口へ走る!)

 

剣は弾かれたが、俺はその隙に獣のようにセバスに飛びかかった。

 

剣術なんて知らない。俺ができるのは、学生時代の喧嘩で覚えた泥臭い組技だけだ。俺はセバスの背後に回り込み、その太い首に腕を回して全力で締め上げた。

 

「――っ、はぁ……はぁ……、捕まえた、ぞ……!」

 

(落ちろ! 落ちて俺の勝ちにしろ! さもないと俺が殺されるんだよ!)」

 

必死だった。頸動脈を圧迫する感触。

だが、ふと我に返った。

 

(……あ、危ねぇ。マジで殺すとこだった。さすがに俺が殺したとなるとマズイ!)

 

俺はガクガクと震える手でセバスを解放した。

セバスは床に膝をつき、肩で息をしている。その潤んだ瞳と目が合った。

 

(……やべ、やりすぎたか。首絞めはマズかったか? 引退とか言い出さないよな?)

 

「……若様。……見事、見事でございます。……このセバス、もはや思い残すことはございません……」

 

セバスが懐から短刀を取り出した。

 

(は!? 切腹!? なんでそうなるんだよ! 死ぬなら俺の見てないところで勝手にやってろ!)

 

俺は必死に声を絞り出した。もう二度と、こんな命懸けのイベントは御免だ。

 

俺が欲しいのは、俺のために一生馬車馬のように働いてくれる、お金が欲しいといえば与えてくれるATMのような執事なんだ。

 

「(はぁ……はぁ……。……おいセバス、死ぬなら一人で勝手にやってろ!こんな面倒なことさせるならお前はクビだ!今すぐ追放だぁぁぁ!)」

 

だが、口に出た言葉は全く異なる内容だった。

 

「――セバス。二度と、俺の前で命を粗末にするな」

 

「君には、俺が創る新たな世界の目撃者になってもらわなければならない。……お前の人生のすべてを、俺が買い取った。死ぬまで俺の傍で、その忠義を捧げ続けろ!」

 

「……っ!?」

 

セバスの視界が白濁し、顔が鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった。

 

「若様ぁぁぁ!! 死ぬまでお供いたしますぞぉぉぉ!!」

 

……あ。

これ、完全に失敗した。

 

(い、いや。考えようによってはアリか……アリだよな。……よし、これでこいつを一生こき使えると思えばいいか。明日からは全部セバスに丸投げして、俺は一日中寝て過ごしてやるぜ。ケケケ!)

 

俺は心の中で邪悪に笑った。

だが、セバスにはそれが未来の勝利を確信した聖なる微笑みに見えていたらしい。

 

「さあ、参りましょう若様。貴方様の覇道に相応しき、至高の環境を整えてみせましょうぞ!」

 

こうして、一人の老執事が最強の狂信者へと進化した。

 

俺のニート計画は、一歩前進……したはずなんだが。

平穏な日々という意味では遠のいたような気がするのは気のせいだよな......。

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