ドクズ転生 〜本音と正反対に翻訳される呪いを添えて〜 作:ヤッくん
「――おはよう、ミリア。今日も君の淹れてくれた紅茶の香りが、俺を正しい朝へと導いてくれるよ。……ありがとう、君という献身的な光に感謝を」
「……もったいないお言葉です、若様。お目覚めがよろしいようで何よりですわ」
俺の近くにいる女性が完璧な所作で膝を折る。
目の前で完璧な一礼を捧げるのは、俺付きの侍女、ミリア・ルミナスだ。
清楚な白いリボンで整えられた艶やかな黒髪は、陽光を弾いて一筋の隙もない。ぱっちりとした垂れ目の奥には強い意志が宿り、左目の下の泣きぼくろが、聖母のような慈愛と微かな色気を同居させていた。
(……あー、今日も相変わらず手が届きそうな美人オーラ全開だな。毎日見る分には最高の癒やし系だぜ。そのメイド服の下、実は結構なボリュームがあるのも俺は知ってるからな。ククク、実に眼福だ)
清楚な微笑みを返すミリアの、スカートから覗く豊かな曲線に目を奪われつつ、ユウは(あー、だりぃ。二度寝してぇ。……それと刺された腹も治ってきたし、こってりしたもんでも食いてぇな)と、魂の抜けた顔で彼女を見つめていた。
彼女は仕事は完璧だが、最近、目が笑っていない。
(もっとニコニコしやがれってんだ。こいつ何考えてるかわかんねぇよ )
「――ミリア、どうしたんだい? そんなに俺を見つめて。……俺の顔に、何か平和へのヒントでも付いていたか?」
俺の思考が変換されて言葉を吐く。
「いいえ、若様。ただ、若様のあまりの高潔さに、つい見惚れてしまいまして」
笑わせるな。にぶい俺でも今のは嘘かお世辞だとわかるぞ。まさか、こいつ俺が入れ替わったことに気づいているのか?
トゲがある。明らかにサボテン並みに刺さる称賛だ。
俺は冷や汗を流しながら、「フフ、困った人だ」と聖者スマイルを浮かべていた。
数日後。
旧校舎の片隅で月イチの学部ミーティングとやらに参加している。数少ない戦略学部の学生を取り巻きに学校から支給された活動費の使い道を話すんだと。
そして俺の手元にあるのは、学園から慈善活動用として渡された軍資金。
(この金でポーカーだな。レイズで一儲けしてやるぜ。シッシッシ)
俺はニヤけそうになる頬を必死に抑え、神妙な面持ちで地図を広げた。
だが、隣に立つミリアの視線が、物理的な圧力となって俺の側頭部を刺す。
「――ミリア。この資金は、苦しむ学生たちの支援に充てるべきだ。『名誉の人助け』と行こうじゃないか」
周囲の学生たちが「おお……!」と涙ぐむ。
だが、ミリアだけは周囲と反応が違った。
「……若様。今の『名誉の手助け』という単語、妙に『レイズで一儲け(ひともうけ)』と同じアクセントで発音されていませんでしたか?」
(……バレたぁぁぁ!? なんで!? エスパーか!? こいつだけ声の変換フィルター貫通してきてるだろ!!)
「な、何を言っているんだミリア。疲れているのか? 少し休んだ方がいい」
俺は指先を震わせながら、必死に冷静を取り繕った。
慈善活動の名目でカジノへ行く計画が、早くも暗雲に包まれている。
◇
さらに最悪なのは、エゴイスト家に寄贈されている黄金の壺を鑑賞していた時のことだ。
(……ククク、これ、いくらで売れるんだ? 専門家に鑑定させれば、裏ルートで金貨100枚は固い。これで借金を一括返済して、残りで一生ポテチ食いながらカジノで全突っ込みしてぇ……!)
壺の曲線美? 職人の魂?
俺に見えるのは換金レートという数字だけだ。
思わず、口角が吊り上がった――その瞬間。
「……ひっ」
ミリアが、幽霊でも見たような顔で俺を見ていた。
(……ヤベェ! 今、完全に金に汚い顔してた! 修正だ、表情筋をマッハで修正しろ!!)
「――素晴らしい造形だ。セバス、この壺は後にオークションに出し、その収益を全て貧民街の井戸掘り資金に充てよう。……形ある美よりも、民の喉を潤す水の方が、私にとっては価値があるんだ」
(――本当は俺の喉を潤す最高級ビールに変えたいけどなぁぁ!!)
背後でセバスが号泣し、見学に来ていた女子生徒たちが溜息を漏らす。
だが、ミリアの目は完全に疑いの眼差しと確信に満ちていた。
「――ミリア、見てごらん。この壺に注がれる水が、いつか枯れた大地を潤す希望となるように……。我々もまた、清廉な器であり続けなければならないね」
俺は窓から差し込む夕光を浴びながら、絶望的な焦燥感を慈愛に満ちた笑顔という仮面で覆い隠した。
◇
そして数日後。事件は旧校舎で起きた。
俺は、カジノ帰りの行商人から買ったガリア風トリュフ塩ポテトと、王宮仕立ての黒ビールを隠れて楽しもうとしていた。
「……若様。これは、一体どういうことでしょうか?」
背後に、冷徹なジト目を湛えたミリアが立っていた。
俺が隠していたポテチの袋を突き出し、彼女は一歩も引かない。
(ヤベェ、見つかった! だが、ここで認めるわけにゃあいかねぇ!!)
俺は必死に、適当な出鱈目を並べ立てた。アルコールで浄化だの、民の娯楽の調査だの。だが、ミリアの追及は止まらない。
ついに追い詰められた俺は、焦燥と恐怖で脳がパンクし、口を滑らせた。
「――おい、いい加減にしろよ。お前、いつまで俺のプライベートに首を突っ込むつもりだ?」
続けざまに口から言葉が発せられる。
「そんなに俺が気になるなら、一生俺の足元で犬みたいに吠えてろ。……お前の居場所は、俺の隣以外にねぇんだよ。分かったか、この無能女」
(――え!?……本音がそのまま出た......だと!?なんで翻訳されてねぇんだ!?!?しかも、自分でも引くぐらい威圧的な声で。……終わった……)
俺は絶望した。だが、パニックになった俺の脳は、言い訳を口にする。
「――ミリア、今の言葉は、君がいないと私は道を誤ってしまうという意味で……」
(あ、なおった)
俺は慌てて、彼女の顎を掴んでいた手を離した。
ミリアの顔は、信じられないほど真っ赤になっている。
(……怒ってる。激怒だ。そりゃそうだろ、犬だの無能だの言われたんだから。……ああ、もうミリアにポテチを没収されるどころか、セバスにもチクられて絶縁される未来しか見えねぇ……!)
だが。
「……っ、……さ、詐欺師! ドクズ! 変態!」
ミリアはそう絶叫すると、ポテチを抱えたまま、猛烈な勢いで走り去っていった。
(……だよな。そうなるよな。……でも、あれ? よく考えると侍女に嫌われても別によくね?)
俺は一人、静まり返った旧校舎で、自分の失言をポジティブな考えで塗り替えた。