セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話 作:気弱
それは、ある日のこと
「というわけで……この校舎にはね、赤点が続いて卒業できなかった怨霊が、夜な夜な出席簿を求めて徘徊してるんだってさ〜。怖いねぇ、セリカちゃん?」
対策委員会の教室。窓の外では砂嵐が建物を叩いて、まるで獣の遠吠えみたいな不気味な音を立てている。室内を照らすのは、机に置かれた古びたランタンの灯りだけ。その不安定な炎の下で、ホシノ先輩がニヤリと悪戯っぽく口角を上げた。わざわざ下から顔を照らして私を覗き込んでくるあたり、確信犯よね
「流石に、そんな子供騙しで怖がる人なんて居ないわよ! ねぇ? アヤネちゃん……アヤネちゃん?」
私は呆れ返って、隣のアヤネちゃんに同意を求めた。……けど、返ってくるはずの冷静なツッコミが聞こえてこない。嫌な予感がして視線を落とすと、そこには持参した厚手の毛布を頭からすっぽり被って、目だけを覗かせながらガタガタ震えているアヤネちゃんの姿があった
「は、はいぃぃっ!? い、今、廊下で『単位をください』って声が聞こえた気がします……! ホシノ先輩、今の聞きましたよね!? 絶対に誰かいましたよね!?」
(……嘘でしょ、アヤネちゃん。今の、ただの風の音じゃない)
怯えきった後輩の様子を見て、ホシノ先輩は「あはは、おじさんそんなに怖がらせるつもりはなかったんだけどな〜」なんて肩を揺らして楽しそうにしてる。私はもう、深々とため息をついて自分のこめかみを押さえるしかなかった
「ん……そそそそそんなの、ちっとも怖くない。……ノノミ、もっと強く撫でて。あと、絶対に離さないで」
「はーい♪ よしよしですよ〜、シロコちゃん」
その横では、いつもの無表情を死守しようとしてるけど、膝が笑いまくってるシロコ先輩がいた。ノノミ先輩の腰にがっしり抱きついて、冬眠前の小動物みたいに身を寄せちゃってるし。ノノミ先輩はといえば、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、この状況を心底満喫しながらシロコ先輩の銀髪をゆっくり撫でていた
「シロコ先輩、声が思いっきり裏返ってるわよ! ノノミ先輩に全力でしがみついて言ったって、説得力ゼロなんだからね!?」
私のツッコミが静まり返った教室に響く。……けど、今のシロコ先輩にそれを聞き入れる余裕なんて、これっぽっちも残ってないみたい
そもそも、私たちが夜の校舎に集まってるのは、アビドス周辺で噂になってる「夜な夜な黒い影のようなものが、独りで歩いている」っていう不気味な話を確かめるため
実態のない幽霊なのか、それともまたカイザーの斥候なのか……。真相を暴くべく意気揚々と泊まり込み調査を始めたはずなのに、あまりの退屈に耐えかねたホシノ先輩が始めた「怪談」のせいで、私たちの士気はパトロールに出る前、完全に崩壊しちゃってた
「もう、二人ともしっかりしてよ!?」
私は自分にしがみついて離れないアヤネちゃんや、ノノミ先輩の背後に隠れて様子を伺うシロコ先輩の情けない姿に、次々と鋭いツッコミを入れた。
……まあ、偉そうなことを言いつつ、自分の足元をよく見れば膝がわずかに震えてるんだけど。それはそれ、これはこれよ
結局、その後も校内を隈なく探索して回ったけれど、これといった成果は得られなかった。収穫といえば、暗がりに怯える三人の反応を面白がったホシノ先輩が、執拗にアヤネちゃんとシロコ先輩をターゲットにして怖がらせ、一人で悦に浸っていたことくらい
「いや〜、やっぱり噂はただの噂だったのかな?」
一通りの探索を終えて拠点にした教室に戻ってきた途端、ホシノ先輩がいつもの緩やかな笑顔で他人事みたいに言った
「『噂だったのかな?』じゃないわよ! 先輩が余計なことばっかり言うから、アヤネちゃんとシロコ先輩が完全なひっつき虫になってるじゃない!」
私の声が夜の教室に響く
ホシノ先輩の徹底した「演出」のせいで、アヤネちゃんは私の腕に、シロコ先輩はノノミ先輩の背中に文字通り吸着しちゃってる。窓の外で水滴がひとつ跳ねる音にすら、二人はビクッと肩を跳ねさせて周囲を警戒する始末
最初こそ私も肝を冷やしていたけれど、自分以上に正気を失いかけてる二人を目の当たりにするうちに、妙な使命感が芽生えてきちゃった。今はノノミ先輩と一緒に、震える二人をあやす側に回ってる
「……ホシノ先輩……絶対に許さない…」
「……今度の書類作業……絶対に、手伝いませんから……」
恨みがましい視線がホシノ先輩に突き刺さる。二人はそれぞれの保護者にくっついたまま、親の仇でも見つけたかのような冷ややかな目で年長者を睨みつけていた
「ホシノ先輩〜? 二人の反応が可愛いからって、流石にやりすぎですよぉ」
シロコ先輩の銀髪を優しく撫で続けていたノノミ先輩が、ふんわりとした口調ながらも逃げ場のない圧を込めてホシノ先輩を咎める
「あ、あはは……。二人ともごめんね? ちょっとイタズラが過ぎちゃったかな」
流石のホシノ先輩もバツが悪そうに視線を泳がせて、ぺこりと二人に頭を下げる。すると、ノノミ先輩が名案を思いついたように、自身の掌をポンと打ち鳴らした
「あっ!でしたら……アヤネちゃんもシロコちゃんもこんな調子ですし、真面目な調査はここまでにして、今からパジャマパーティーをしませんか♪」
ノノミ先輩が、まるでお菓子の袋でも開けるような気軽さで提案した
「ん……今日は一人で寝たくないから、私は賛成。ノノミの隣がいい」
「わ、私もです!このままじゃ怖くて一歩も動けませんし、眠れるわけありません!」
さっきまで幽霊におびえていたはずのひっつき虫二人は、救いの神が降臨したと言わんばかりの勢いで食いついた。シロコ先輩なんて、もうノノミ先輩の腕の中に自分の居場所を固定してるし
「ちょっと、夜の学校でお泊まりって言ったって……私たち、制服しか持ってきてないわよ?それに、この冷たい床で雑魚寝なんて流石に体に障るわよ……」
私が一番まっとうな、現実的な懸念を口にすると、ノノミ先輩は「待ってました!」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。そのまま、普段は誰も使っていない隅っこの古いロッカーへ足早に向かうと、その重い扉を勢いよく開ける
中から出てきたのは、パンパンに膨らんだ大型のバックパック
「それなら安心してください!こんなこともあろうかと……みなさんのパジャマは、もうここに用意してあります♪」
「ええっ!?なんでそんなものまで……」
驚く私をよそに、ノノミ先輩は手慣れた様子で、圧縮袋に詰められた色とりどりの布塊を取り出していく。一人ひとりに手渡されたそれは、驚くほど丁寧に畳まれていて、まだ柔軟剤のいい香りがした
「ちょっと待って、なんでこんなに準備が良いのよ!?……っていうか、これ、広げてみたらサイズもぴったりじゃない!」
「ふふ、前にアイドル衣装を作った時のデータを参考にさせてもらいました♪」
「……お、おじさんのサイズもぴったり。測られた記憶、一度もないんだけどな……」
ホシノ先輩が、自分の体に当てたパジャマの寸法があまりに完璧なことに、驚きを通り越して少し引いている。ノノミ先輩の女子力というか、準備の良さは時々ちょっとしたホラーより怖い気がするわ
それから私たちは、それぞれパジャマに着替え、教室の床に敷き詰められた簡易毛布の上で円陣を組んだ。ノノミ先輩がどこからか取り出したお菓子を囲んで、話題はいつの間にか「恋バナ」へ。深夜の学校という非日常感も手伝って、女子会のボルテージは最高潮。さっきまでの恐怖なんてどこへやら、私たちの笑い声は静まり返った校舎に響き渡っていた
……ようやく盛り上がった熱が冷め、一人、また一人と瞼を落とし始める
ホシノ先輩がどこからか調達してきた分厚い体操マットの上に、薄手の毛布。私たちはまるでお互いの体温を分け合うように身を寄せ合い、深い眠りへと落ちていった
「……ちゃん、起きて……セリカちゃん」
「んん……なに……?」
どれくらいの時間が経ったのか。肩を優しく揺らされる感覚に、私は重い瞼をこじ開けた。寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こすと、そこには申し訳なさそうに身を縮めて、指先をもじもじと動かしているアヤネちゃんが座っていた
「アヤネちゃん……?どうしたの、こんな時間に」
「そ、その……さっきのホシノ先輩のお話が、どうしても頭から離れなくて……。一人でお手洗いに行くのが、その、怖くて……。着いてきて欲しくて……」
(……もう、馬鹿先輩のせいで大変なんだけど…)
私は心の中でホシノ先輩に毒づきながら、小さく溜息をついた
「……分かったわよ。一緒に行ってあげるから」
隣で「すぴー……」と呑気な寝息を立てているホシノ先輩たちを起こさないよう、私は細心の注意を払って立ち上がる。教室を一歩出ると、そこは昼間とは一変した、静寂と闇が支配する別世界だった。廊下に薄く積もった砂が窓からの月光を反射して、見慣れたはずの景色が、まるで異世界の迷宮みたいに不気味な輪郭を持って迫ってくる
無事にアヤネちゃんの用を済ませ、二人で「ふぁぁ……」と大きな欠伸を漏らしながら教室への道を戻っていた、その時
「……せ、セリカちゃん。なんだか、変な声……聞こえない……?」
アヤネちゃんがびくんと肩を震わせ、私のパジャマの袖を千切れんばかりの力で掴んだ。私も最初は風の音か何かだと思ったけれど、足を止めて耳を澄ますと、その静寂の隙間から「それ」がはっきりと届いてしまった
「……ひっく……、うぅ……」
「!?」
湿り気を帯びた、小さな啜り泣き
そして、床の砂を静かに踏みしめる、ヒタヒタという頼りない足音
私の背中に、一気に冷たい汗が吹き出した
「ね、ねぇ!? ホシノ先輩でしょ!? また私たちを怖がらせて楽しんでるのよね!? いい加減にしなさいよ!」
私は喉元までせり上がってくる心臓を必死に抑え込んで、暗がりの奥へ向かって叫んだ。精一杯の虚勢を張り、震える声を無理やり怒声に変えて。でも、返ってくるのは冷たい沈黙と、断続的に響く、耳を塞ぎたくなるような悲しげな啜り泣きだけ
「セリカちゃん……! これ、多分ホシノ先輩じゃないよ。お願い、一旦みんなの所に戻ろう!?」
アヤネちゃんの声は恐怖で裏返っていて、私のパジャマの袖を掴む手がガタガタと震えている。正直、私も今すぐ逃げ出したい。でも、ここで尻尾を巻いて逃げ帰ったら、明日の朝、あの「おじさん」にどんな顔で馬鹿にされるか分かったもんじゃないわ!
「嫌よ! ここで逃げ帰ったら、明日絶対にあの先輩に弄り倒されるに決まってるわ!」
「セリカちゃん!?」
制止しようとするアヤネちゃんの細い手を振り切り、私は突き動かされるように声の主へと歩を進めた。一歩踏み出すたびに、足元の砂が「ザッ、ザッ」と嫌な音を立てる。ここで立ち止まったら、自分自身の恐怖に飲み込まれて二度と動けなくなる――そんな直感が、私の足を無理やり前へと押し出していた
泣き声は次第に大きく、湿度を帯びて重くなっていく。やがて私は、ある扉の前に辿り着いた
「ここって……生徒会室?」
そこは、かつての生徒会長・梔子ユメ先輩と、一年生の頃のホシノ先輩が過ごした、思い出の詰まった場所。私が恐る恐る扉に手を掛けると、普段は厳重に施錠されているはずの重い木製の扉が、まるでお出迎えでもするかのように音もなく滑らかに開いた
室内は、窓から差し込む月光に照らされて、妙に白々としている。多少の埃は被っているけれど、ホシノ先輩が毎日欠かさず手入れをしているせいか、備品はどれも整然と並んでいた。だが、その部屋の中央。異質な存在がそこに佇んでいた。黒く、形を持たない影のような「何か」が、床に蹲るようにして声を殺し、肩を震わせて泣いていた
「……ね、ねぇ……あんた、誰なの……?」
逃げ出したい本能を理性でねじ伏せ、私は意を決してその黒い影に手を伸ばした。指先がその闇に触れるか触れないか、その瞬間――
視界のすべてが爆発的な白い光に包まれた
「な、何よもう……っ! あれ……!?」
あまりの眩しさに腕で顔を覆い、固く目を閉じる。強烈な耳鳴りと共に、世界が作り変えられるような感覚。やがて光が収まり、私が恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた
さっきまで深夜の深い闇に沈んでいたはずの生徒会室。なのに、窓からは眩いばかりの陽光が差し込み、校庭の遠くからは長閑な鳥のさえずりまで聞こえてくる
「……教室が、変わってる……?」
困惑しながら辺りを見渡すと、光景は一変していた。部屋の片隅に積み上げられていたはずの、整理待ちの段ボールや古い備品は一つも見当たらない。代わりに、使い込まれたソファーや磨き上げられた机が、まるでお洒落なカフェのように誇らしげに並んでいる。つい数分前まで誰かがそこにいて、談笑していたかのような、生活の温度に満ちた瑞々しい空間
「動くな」
その一言が、静寂に包まれたはずの室内に鋭く突き刺さった
「!?」
理解が追いつかない私の後頭部に、ヒヤリとした硬質な金属の感触が押し当てられる。同時に、背後から放たれるのは、凍てつくような冷徹な響き
「……何をしている。ここがアビドス高等学校の生徒会室だと理解した上での侵入か?」
(誰!? 侵入者!? 銃を突きつけられて……って、ちょっと待って。今の声、どこかで……)
深夜から朝へと塗り替えられた世界。そして、有無を言わさぬ暴力的な拒絶。私の思考回路はショート寸前の高速回転を始めるけれど、皮肉にもその危機感が、パニックに陥りかけた意識を急速に現実へと繋ぎ止める
口調こそ、氷の礫のように冷たい。けれど、その声の輪郭、鼓膜を震わせる独特の周波数は、聞き覚えなんて次元じゃないわ。毎日、嫌というほど耳にしている「あの人」のものだ
私の脳裏に、一つの確信が、そして怒りが浮かび上がる
(――カチン)
「今すぐここから立ち去れ。さもなくば、お前のヘイローの無事は保証し――」
「ホー、シー、ノー、せー、んー、ぱー、いー!!」
「っ!?」
私は、一方的な警告を無理やり叩き折った。後頭部に本物の銃口を向けられているという絶体絶命の状況なんて、今の私の怒りの前では瑣末な問題でしかないわ!
電光石火の勢いで振り返ると、相手の顔を確認する間も惜しんで、その両頬を力いっぱい横に引っ張り上げてやった
「いい加減、私を驚かすのはやめてよ! 本当に、本当に怖かったんだから! 手の込んだイタズラも大概にしなさいよね!」
背後から銃口を突きつけられていた恐怖、そしてアヤネちゃんと二人きりで震えていた心細さ。それらすべてを怒りに変えて、私は振り返りざまに相手の頬を思い切り引っ張り上げた
「いひゃい……!? いひゃい、ふなへ……!?(痛い……!? 痛い、離せ……!?)」
不意を突かれたホシノ先輩は、手にしていた愛用のショットガンをガシャリと床に落とし、驚愕に目を見開いている。突然の暴挙に必死で抗おうとしているけれど、恐怖の裏返しである私の凄まじい握力には勝てないみたい。なす術もなく左右に顔を歪められ、情けない声を漏らしている
「今度こそ本気で怒るからね! ……って、あれ? ホシノ先輩……髪、短すぎない?」
「……い、いいはげん……はなへっ!!(……いい加減……離せっ!!)」
あまりの違和感にようやく指の力を緩め、私は眼前の相手を凝視した
透き通るようなピンク色の髪、私より少し低い身長。それらは間違いなく、私の知っている「小鳥遊ホシノ」の構成要素だ。けれど、目の前に立っている少女は、私の知る「いつもの先輩」じゃない。
その瞳は、獲物を狙う猛禽のように鋭く、一切の弛緩を許さない冷徹な光を宿している。纏っている制服のデザインも、今の対策委員会のものとは細部が決定的に異なっていた。何より、そこにあるのは親しみやすさではなく、剥き出しの「拒絶」と「警戒」だった
私が呆然と手を離した瞬間、ホシノ先輩は弾かれたように後方へと跳躍し、即座に戦闘距離を取った。床に落ちた銃を素早く拾い上げ、チャージングハンドルを引く鋭い金属音と共に、銃口を再び私の眉間へと固定する
先程の失態への屈辱と、正体不明の侵入者に対する苛烈なまでの敵意。先輩の放つ殺気はより一層濃くなり、もはや言葉を挟む隙すら存在しない。私も、この異様な空気感と目の前の少女の変貌ぶりに、これが単なる「悪ふざけ」の範疇を完全に逸脱していることを、認めざるを得なかった
重苦しい、無言の対峙
張り詰めた糸が今にも千切れそうになった、その時
「ホシノちゃん、おはよー! ……って、あれ? お客さんかな?」
緊張感の糸を断ち切るように響いたのは、春の陽だまりを思わせる、とびきり呑気な声
扉の先に立っていたのは、柔らかく波打つ長い髪を揺らし、穏やかな微笑みを湛えた少女。その胸元には「生徒会長」の腕章が誇らしげに輝いている
……この人ノノミ先輩より大きい…?
扉を開けた本人は、キョトンとした顔で私とホシノ先輩を交互に見比べ、不思議そうに首を傾げている
「お客さんじゃありませんよ! 勝手に侵入して、あろうことか私のほっぺを引っ張ったんですよ!?」
「えー? ホシノちゃんが確認もせずに、すぐ銃を突きつけたんじゃないの〜?」
「うぐ……」
さっきまでのヒリついた膠着状態が嘘みたいに教室内は一気に明るい空気へと塗り替えられていく。状況は依然としてサッパリだけど、少なくともホシノ先輩から放たれていた殺気は霧散したみたいで、私はひとまず胸を撫で下ろした
けれど、次にホシノ先輩が口にした言葉に、私は再び驚愕することになる
「ユメ先輩はお気楽すぎるんですよ! こんな所に勝手に入り込むような奴は、敵か間諜くらいしかいないんですから!」
「ユメ……先輩……!?」
「「!?」」
先輩の口から飛び出したその名前に、私は思わず叫ぶような声を上げていた。予期せぬ反応に、目の前の二人が同時に肩を跳ねさせて、驚いた顔で私を見ている
(ユメって……。確か、今のホシノ先輩のさらに上の先輩で、二年も前に亡くなったはずじゃ……)
「ど、どうしたの? 私の名前に、何か変なことでもあったかな?」
「ちょっ、ユメ先輩! 不用意に近づかないでくださいってば!」
大声を出したかと思えば急に黙り込んでしまった私を心配したのか、ユメ先輩が顔を覗き込んでくる。その至近距離で見つめる瞳には、確かに鮮やかな命の輝きが宿っていた
「そ、その……貴方は、アビドスの生徒会長……梔子ユメ先輩、で間違いないのよね?」
「うん! アビドス高等学校生徒会長、梔子ユメで間違いないよ!」
胸を張って答える彼女の言葉を聞いて、私の中でバラバラだった情報の断片が、ひとつの恐ろしい推論へと収束していく
使い込まれたばかりのような、生活感のある瑞々しい生徒会室。目の前の、刺々しい空気を纏った短髪のホシノ先輩。そして、今ここで確かに息づいている、梔子ユメ
(私……二年前の世界に来てる……!?)
なぜ、どうやって。原因なんてこれっぽっちも分からない。けれど、私は悟ってしまった。私は理由は不明ながらも、ユメ先輩がまだ存命だった時代の「過去」にタイムスリップしてしまったのだ
あまりにも突拍子もない、けれど抗いようのない事実に、私はただ眩暈を覚えながら自分の頭を抱えるしかなかった
凝りもせずタイムスリップネタです
このネタ本当に好き過ぎて沢山書きたい…