セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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お気に入りが100超えましたー!!シリアスな場面が続きますが良かったら見ていってください!


生徒会分裂 ホシノの叫びと攫われたセリカ

雨上がりの朝、街は重く湿った空気に包まれていた。雲の切れ間から差し込む陽光は弱々しく、アスファルトに残った水溜まりを鈍く照らしている

 

その冷ややかな湿気が肺の奥まで入り込み、内臓を直接撫でるような不快感がホシノの思考をいっそう濁らせていた

 

昨夜、セリカを送り届けた後にユメ先輩へ投げつけてしまった拒絶の言葉。そして、独りで絶望の淵に立っている同級生を救い出せなかった無力感

 

それらは一晩の睡眠で解消されるような類のものではなく、むしろ眠りの中で発酵し、今や彼女の心臓の周りにどろりとした澱となって固着していた

 

登校前、ホシノは吸い寄せられるように砂漠の境界線へと足を向けていた。そこには、アビドスの衰退に乗じて縄張りを広げようとする、いつものヘルメット団がたむろしている

 

今の彼女にとって、それらは倒すべき「敵」ですらなかった。ただ、自分の中に渦巻く正体不明の焦燥を叩きつけるための、都合のいい「砂袋」に過ぎない

 

(……無能な連中。せめて、私のこの苛立ちを埋めるくらいの役には立ってください)

 

獲物を屠る獣のような冷徹な瞳が、標的を捉える

 

「……あ?」

 

たむろしていたヘルメット団の少女の一人が、砂塵の向こうから現れた小柄な影に気づき、不敵な笑みを浮かべた

 

「おいおい、朝っぱらから迷子かよ、アビドスの――」

 

言葉は最後まで続かなかった

 

爆音と共に、少女のすぐ横のドラム缶がひしゃげ、凄まじい衝撃波が彼女たちの鼓膜を叩く。ホシノは名乗ることも、警告することもなく、ただ機械的な正確さで引き金を引き続けていた

 

「ひっ、な、なんなのよこいつ……っ!?」

 

「撃て! 撃ち返せっ!!」

 

間髪入れず、銃声と爆発音が朝の静寂を暴力的に引き裂いた

 

計算され尽くした無駄のない動きで、ホシノは賊を掃討していく。逃げ惑う彼女たちの背中を、ホシノは冷酷な、けれどどこか色のない空虚な眼差しで見つめていた。硝煙の臭いと、引き金を引くたびに指先に残る乾いた衝撃。その痛烈な触感だけが、今の彼女にとって唯一、自分が「アビドスの盾」として、この理不尽な世界に存在していることを実感させる唯一の証明だった。

 

最後に残った一人が、肩で息をしながら地面に這いつくばり、去りゆくホシノの背中に向かって震える声を絞り出した

 

「お、覚えてろよ……っ。ただで済むと思うなよ、アビドス……!」

 

その使い古された負け惜しみすら、今のホシノの耳には届かない。彼女は一度も振り返ることなく、血の通わない人形のような足取りで戦場を後にした

 

戦いの高揚感で無理やり心のささくれを塗り潰し、彼女はアビドス高等学校の校門をくぐる

 

砂に埋もれかけた学び舎は、今日も変わらず静まり返っている

 

だが、ヘルメット団を蹴散らして得たはずの「万能感」は、古びた校舎の影に入った瞬間に急速に萎み、代わりにより深い自己嫌悪と不安が、彼女の足取りを重く沈ませていた

 

砂に埋もれかけた廊下を歩くたび、靴が床の砂を噛む不快な音だけが静寂に響く。生徒会室の扉が視界に入るにつれ、ホシノの胸は鉛を埋め込まれたかのように無意識に強張っていった

 

昨夜、雨の中でセリカが見せた、魂が零れ落ちるような落涙。そして、それを救えない焦燥感からユメ先輩へと投げつけてしまった、あまりにも身勝手で鋭利な拒絶。一晩中、脳裏で繰り返された後悔の独白

 

謝罪の言葉をどう切り出すべきか、どんな顔をして先輩と向き合うべきか。その答えも、勇気も、何一つとして用意できていないまま、彼女はただ物理的な距離だけを縮めていくしかなかった

 

けれど、扉の向こうから漏れ聞こえてきたのは、そんな彼女の陰鬱な懸念を、あまりにも軽やかに、そして残酷なほど鮮やかに裏切る声だった

 

「あはは! これ、すごくいいよ! 見ているだけでワクワクしてくる!」

 

「そうね。ちょっと派手すぎる気もするけど……今の静かすぎるアビドスには、これくらいの方が目を引くかも」

 

ユメの陽だまりのような朗らかな笑い声と、それに重なるセリカの、いつもの張り詰めた、けれど確かな生命力を感じさせる声。

 

(…………あ)

 

ホシノは、ノブに手をかけようとした姿勢のまま、扉の前で石化したように立ち尽くした

 

セリカが笑っている

 

昨日の、あの世界が崩れ落ちるかのような絶望的な涙など、初めからなかったかのように。あの大雨の中、隣で支えていた自分など不要であったと言わんばかりの、いつものセリカがそこにいた

 

その事実に、ホシノの胸には一度、深い安堵が広がった。――けれど、それと同時に

 

心臓の最奥、最も柔らかい部分を細い毒針でチクッと刺されたような、名状しがたい鋭い痛みが彼女を貫いた

 

(……私は、あんなに悩んで、一睡もできずに夜を過ごしたのに。あんなに、あんなに、貴方のことを心配していたのに……)

 

自分だけが、昨夜の雨の中に一人取り残されているような、猛烈な疎外感

 

ユメには屈託なく笑いかけ、楽しそうに未来の言葉を交わすセリカ

 

その光景を見ていると、昨夜、震える彼女の肩を抱き、沈黙を共有していた自分の居場所など、この教室には一欠片も存在しないように思えてしまったのだ

 

「……おはよう、ございます」

 

内側に渦巻く泥濘のような感情を鉄の意志で押し殺し、努めて平坦な、氷のように冷徹な声でホシノが中に入る

 

その瞬間、ユメが弾けるような笑顔で、春の光を振りまくようにこちらを振り返った

 

そこには昨夜の険悪な空気や、ホシノが放った非情な言葉の傷跡など微塵も感じさせない。すべてを許し、包み込むような、聖母にも似た「先輩」の姿がそこにあった

 

「あ、ホシノちゃん! おはよう! ちょうど良かった、見て見て! 今、すごいものを見つけたんだよ!」

 

ユメが宝物でも扱うかのように両手で高く掲げたのは、長らく倉庫の隅で砂埃を被っていたはずなのに、なぜか今この瞬間、不思議なほど眩しく輝いて見える一枚のポスターだった

 

「……なんですか、それ」

 

ホシノの視線は冷ややかで、歓迎の意を一切含んでいない

 

しかし、ユメはその拒絶に気づかないふりをして、あるいは本当に気づかずに、さらに声を弾ませた

 

「このポスター、まだここが賑わってた頃の物みたいなの! 砂まつりの案内だよ! それでね、セリカちゃんと『アビドスを復興できて、お祭りが再開されたら何をしようかな』って、ちょうどお話ししてたところなの!」

 

ユメは、まるで未来を疑わない子供のように純粋な瞳を輝かせながら、色褪せたポスターの隅々を指差す

 

その無邪気なまでの純粋さと、校舎が砂に飲まれ、借金という名の死神が背後に迫るこの絶望的な状況下でなお、「祭り」などという実体のない夢想に耽ることができる無責任な楽観性が、今のホシノには吐き気がするほど耐え難かった

 

昨日、あんなに脆く、今にも砕け散りそうだったセリカの姿をこの目で見たはずなのに

 

窓の外を見れば、逃れようのない砂の海が校舎の裾を噛み、生徒会室の机の上には、もはや返済の目処すら立たない天文学的な数字の羅列が重くのしかかっている

 

この救いようのない、息を止めることすら許されない極限の現実のどこに、そんな「お花畑」のような夢想を広げる余地があるというのか。

 

(……先輩は、結局何も分かっていないんだ。今のセリカに、そんなフワフワした、明日には砂に消えるような重荷を背負わせるのが、どれほど無責任で、どれほど残酷なことかも……)

 

ホシノの胸の底で、熱くどろりとした、言葉にならない苛立ちが澱のように堆積していく

 

昨日、ユメに向けて吐き出したあの鋭利な言葉の棘が、皮肉にも今、ホシノ自身の内壁を激しく突き刺し、心の均衡を乱していく。

 

「私はやっぱり、花火とか見たいわね。こことかに花火のお知らせがあるくらいだから、目玉なのは確実よね! 砂漠の夜空に上がる大輪の花……想像するだけで悪くないじゃない!」

 

セリカが身を乗り出すようにして、ポスターの端を指差す

 

その声は努めて快活に、いつもの彼女らしく響いていたが、対面するホシノの目は決して誤魔化せなかった

 

セリカの瞳の縁には、昨夜の慟哭と不眠を隠しきれない、どす黒いクマが呪いのように張り付いている。血色の失せた頬は不自然にこけ、表情を形作る筋肉は、無理やり引き揚げられたかのように不自然に強張っている

 

誰がどう見たって、彼女は今、精神の限界という崖っぷちに立ちながら、必死に「いつもの、元気なセリカ」を演じているに過ぎないのだ。その痛々しいまでの虚勢が、ホシノには耐え難かった。

 

「……あっ、ホシノちゃんにもあげるから。後でちゃんと見なさいよね! 三人で何ができるか、アンタも当事者なんだから、しっかり考えなさいよ!」

 

セリカは、まるで自分の中にある底知れない不安の深淵から逃げるように、眩しすぎる笑顔を浮かべて、そのポスターをホシノの手へと乱暴に押し付けた

 

カサリ、という乾いた紙の感触が、指先から神経を通って脳を直接逆撫でする

 

ホシノは、手渡されたその「夢の欠片」を、もはや憎しみを込めるような冷徹な眼差しでじっと見つめた

 

経年劣化で色が褪せ始めているはずのポスターの絵柄が、今のホシノには、目の前のボロボロなセリカの姿と、能天気に理想を語るユメの対比を際立たせるための悪趣味な舞台装置にしか見えない

 

それが、彼女の細く張り詰めた理性を、じわじわと、確実な熱を持って焼き切っていく

 

(……セリカも、先輩も。どうして、そこまで心身を削ってまで……実体のない『嘘の日常』にしがみつこうとするんですか)

 

ホシノの指が、ポスターの端を無意識に強く握りしめる。ミリミリと紙が軋む音は、彼女の心の中で決壊を待つ、どす黒い激情の予兆でもあった

 

目の前の二人の笑顔が、今の彼女には救いではなく、自分を置き去りにして加速する狂気のようにすら見えていた

 

現実に抗うのではなく、現実を塗り潰そうとするその盲目的な明るさが、ホシノの理性をじりじりと焼き焦がしていく。

 

「……そんな奇跡みたいなこと、起きるわけがない」

 

低く、温度を失ったホシノの声が、室内の熱を一瞬で奪い去った。それは氷の刃のように冷たく、重い沈黙を引き連れて場を支配した

 

手元のポスターを睨みつけたまま、彼女の瞳には憎悪にも似た冷徹な光が宿っている。それは絶望を知る者が、希望という名の毒を拒絶する拒絶反応だった

 

「え、ホシノちゃん……? でも、でもね! その奇跡を、私たちで手を取り合って起こせば、きっと、いつか……!」

 

ユメが縋るように、いつもの夢見るような、どこまでも優しく危ういトーンで言いかけた、その瞬間だった

 

「いい加減にしてください!!」

 

鼓膜を突き刺すような、激越な絶叫

 

生徒会室の空気が爆ぜた

 

ユメも、そして横にいたセリカも、見たこともないようなホシノの形相に、心臓を直接鷲掴みにされたかのように目を丸くして言葉を失った

 

「もっと、現実を見てください……! こんな砂に埋もれて死にゆく街に、今更人が集まるわけがないでしょう!? 借金、砂漠化、過疎……突きつけられた数字と状況を見て、まだそんなことが言えるんですか!?」

 

ホシノの叫びは、自分自身を切り刻む刃のように鋭く、止まらなかった

 

内に溜まった焦燥が、制御不能な苛立ちが、真っ黒な濁流となって溢れ出す

 

「そんな、根拠も実体もない『奇跡』なんて夢物語を語る暇があるなら、もっと真面目に、論理的に、今この瞬間を生き残る方法を考えてください! 感情論で砂は止まらない! 笑顔で借金は減らないんです!」

 

突き放すようなホシノの言葉は、正論であるがゆえに、救いのない毒となって室内に充満した

 

ホシノはもう、自分の心を偽ることができなかった。真面目すぎるがゆえに、この「不透明な希望」という不確定要素を排除せずにはいられなかったのだ

 

「そんなふわふわした理想論ばかり掲げているから……だから、何もかも上手くいかないんですよ! 先輩のその甘さが、私たちを追い詰めてるって気づかないんですか!?」

 

悲鳴に近い罵声と共に、ホシノの両手に凄まじい力がこもる

 

ビリッ、と、この世の何かが決定的に壊れるような残酷な音が響いた

 

二人の希望の象徴であり、一筋の光であったはずのポスターは、ホシノの手によって無残に、修復不可能なほどに引き裂かれたのだ

 

指先から伝わる紙の抵抗が消え、色鮮やかな破片が、床へと力なく散っていく。

 

それは、彼女たちがかろうじて繋ぎ止めていた「理想」そのものが、アビドスの砂に帰していくような、あまりにも寂しく、暴力的な光景だった

 

散らばった紙片を見下ろすホシノの肩は、怒りか、あるいはそれ以上の何かによって、激しく震えていた

 

「ちょっ……何してるのよ、ホシノちゃん!? それ、ユメ先輩が一生懸命、私たちのためにって探してきてくれたのに……!」

 

突き飛ばされるような衝撃に、怒りと困惑を綯い交ぜにして立ち上がるセリカ

 

その抗議を遮るように、ホシノは前髪の隙間から、感情を削ぎ落とした凍てつくような瞳で彼女を正面から射抜いた。その眼差しは、親愛なる友に向けるものとは到底思えないほどに鋭く、冷徹な殺気すら帯びている

 

「……私たち仲間のことを、信じることすらできないような人は、黙っていてください」

 

低く、けれど教室の隅々にまで浸透するような冷たい声。その一言は、セリカの心臓を直接凍りつかせるには十分な威力を持っていた

 

「なっ……そ、そんなこと、私は別に……そんなつもりじゃ……っ」

 

「信じてないじゃないですか!!」

 

再び、ホシノが吠えた

 

それは理性をかなぐり捨てた、悲鳴にも似た激情の爆発だった。ずっと胸の奥底で澱のように溜まり、出口を求めて渦巻いていた「同級生」としての痛切な疎外感。それが今、制御不能な質量を持って溢れ出している

 

「あんなに、今にも死にそうな顔をして……。あんなに、自分の心臓を自分で削り取っているみたいに苦しんでいるのに! 私たちに相談もしない、一言も縋ろうとしない! それどころか、そんな隠しきれないクマを作ってまで、鏡の前で練習したみたいに無理をして笑って……! 目の前にいる私たちを、弱みを見せる価値もない、頼るに値しない他人だと思っているような人なんて、私はもう、知りません!!」

 

堰を切ったように溢れ出した言葉の礫は、セリカが必死に繕い、死守しようとしていた心の防壁を無残に粉砕した

 

最も触れられたくない核心、自分でも気づかないふりをしていた「独りで背負わなければ」という強迫観念に潜む傲慢さと不信を、ホシノは最も残酷な形で白日の下に曝け出したのだ

 

「っ……」

 

セリカは反論しようと開いた口を、そのまま小刻みに震わせることしかできなかった

 

脳裏をよぎる数々の言い訳は、ホシノの眼前に散らばったポスターの破片と同じように、何の役にも立たないゴミへと変わっていた

 

何も言い返せない

 

ホシノの指摘が、自分の隠していた弱さと、仲間を信じきれなかったという罪を、あまりにも正確に、そして致命的な深さで射抜いていたからだ

 

訪れたのは、耳を刺すような静寂だった

 

自分の荒い呼吸音だけが室内に異様に大きく響く中、ホシノは自分が放った言葉の重さに、数秒遅れてハッとした

 

視界に映るのは、魂を抜かれたように立ち尽くすセリカの絶望的な顔と、破片を拾おうとした手のまま固まっているユメの、ひどく悲しげな表情

 

けれど、一度喉を突き抜けて放たれた言葉は、床に散ったポスターの断片と同じだ。どんなに後悔しても、二度と元の形には戻らない

 

「…………私、今日はもう、帰ります」

 

二人が何かを言いかけるよりも早く、ホシノは視線を床の砂に落としたまま、逃げるように背を向けた

 

引き裂かれた「アビドスの夢」を無意識に足蹴にするようにして、彼女は荒々しく、叩きつけるように扉を開けて教室を飛び出していく

 

残された生徒会室には、窓から差し込む虚しい陽光と、バラバラになった紙切れ。そして、修復不能なまでに引き裂かれてしまった三人の沈黙だけが、誰の体温も拒絶するように、重く、冷たく居座り続けていた

 

砂漠の浸食が止まらず、文明の残り香さえも砂の下へ沈みつつあるゴーストタウン

 

かつては人々の営みがあったはずの住宅街は、今や無機質な電柱が砂に洗われて白く風化し、乾いた風が吹き抜けるたびに「ヒュウ、ヒュウ」と、まるで亡霊の啜り泣きのような音を立てている

 

その静寂を、ホシノの靴が砂を噛む重苦しい足音だけが乱していた。

 

「……あんなこと、言うつもりなんてなかったのに」

 

ぽつりと漏れた独り言は、行き場を失って湿り気を帯びたまま、熱を持った砂の上へと力なく落ちた

 

まぶたを閉じれば、鮮明すぎるほどにあの光景が蘇る

 

自分の手で無残に引き裂かれたポスター。それを拾い集めようとしたユメ先輩の、震える指先と、深い悲しみに濡れた瞳。そして何より、最も守りたかったはずの、セリカのあの表情だ。隠していた傷口を無理やりこじ開けられ、魂まで砕け散ってしまったかのような、生気のない顔

 

(結局、私もセリカを信じられていなかったんだ……。守りたい、力になりたいなんて高潔なことを言いながら、私はただ、自分の思い通りにならない焦燥感と不安を、一番残酷な形で彼女にぶつけただけじゃないか)

 

心の中で醜い自問自答を繰り返すほどに、胸の奥底がチリチリと焼け付くような痛みに支配される

 

自分という人間がいかに未熟で、傲慢で、そして「盾」を名乗る資格などない醜い存在であるか。その自覚が、毒のように全身を巡っていく。

 

けれど、一歩一歩、自宅のある方向へと歩みを進めるにつれ、先ほどまで沸騰していた脳は、冷たい砂漠の夜風に曝されたように、急速に、そして痛烈なほどの冷静さを取り戻し始めていた

 

(……明日、謝ろう。学校に行って、二人を捕まえて。ポスターを破いたことも、あんな酷い言葉で二人を突き放したことも、全部私が悪いって。どんなに蔑まれても、どんなに激しく怒鳴られてもいい。命を懸けて謝らなきゃ。それが、アビドスの生徒として…いや、セリカとユメ先輩との仲間として唯一残された筋道だ)

 

そう心に決め、逃げ出したい衝動を抑え込んで一歩を踏み出した、その瞬間だった

 

沈黙という名の怪物が支配していたはずの無人の住宅街に、ポケットの中のスマートフォンが、けたたましく、そして不吉な予感を孕んで激しく震え出した

 

「……こんな時に、誰……?」

 

ホシノは眉を不自然に寄せ、乱暴な手つきで端末を取り出す

 

液晶画面に青白く浮かび上がっていたのは、つい数十分前に、最悪の決別をして背を向けてきた相手――「ユメ」の名前だった

 

(……先輩? もしかして、さっきのことで本気で怒って……。……それとも、こんな私に、謝るチャンスをくれたんでしょうか)

 

複雑な期待と恐怖が、心臓の鼓動を不規則に早める。ホシノは意を決し、震える指先で通話ボタンをスライドさせた

 

「……ユメ先輩、さっきは、その、私――」

 

震える声で謝罪の第一声を絞り出そうとしたホシノの言葉は、受話器の向こう側から聞こえてきた、魂を削り取るような絶叫によって強引に遮られた

 

「ホシノちゃん、助けて!! セリカちゃんが……セリカちゃんがぁ……っ!!」

 

鼻を激しく啜り、過呼吸に近い状態で名前を呼ぶユメ

 

その声の震えからは、彼女が今、立っていることさえままならないほど激しく涙を流し、極限のパニックに陥っていることが痛いほど伝わってきた

 

ホシノの全身の毛穴が、一瞬にして総毛立つ。

 

「何があったんですか!? 落ち着いて、先輩! 状況を話してください!」

 

「……へ、変な集団に……校門を出たところで、急に襲われて……っ。セリカちゃん、ボロボロになりながら、私を必死に庇って……! 私を守るために……無理やり、車に乗せられて……っ!」

 

「…………え?」

 

その言葉が鼓膜を突き抜けた瞬間、ホシノの世界からすべての色が消え、思考は真っ白な砂嵐に飲み込まれた

 

ついさっき。あんなに残酷な言葉の刃で、一方的に突き放してしまった同級生

 

「私たちを信じていない人なんて知らない」と、自分から絆を断ち切るような真似をしてしまった、大切な、たった一人の友達

 

(……私が、あんなことを言ったから)

 

(私が三人での日常を壊して、バラバラにしたせいで……)

 

もし、あの時ポスターを破り捨てたりしなければ

 

もし、逃げるように一人で帰ったりせず、いつものように三人で肩を並べて校門をくぐっていれば

 

そうすれば、自分のこの「盾」で、セリカを守れたはずなのに

 

ホシノの手から、力が抜ける。スマートフォンを握る指先が氷のように冷たくなり、感覚を失っていく。耳元で聞こえるユメの嗚咽さえ、遠い世界の出来事のように霞んでいく

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