セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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セリカを取り戻せ!ホシノとユメの反撃

視界を遮るほどの砂塵を巻き上げる暴風の中、ホシノは文字通り一発の弾丸と化して砂漠を駆け抜けていた

 

肺が焼けるような熱を帯び、喉の奥には血の味がせり上がってくる。心臓は肋骨を内側から叩き壊さんばかりに警鐘を鳴らし続けていたが、今の彼女にとって肉体の悲鳴など、遠い世界の雑音に過ぎなかった

 

彼女の全神経はただ一点、かつての賑わいの残滓を留めるアビドス高等学校へと向けられている

 

(……私のせいだ。私が、あの場所に……二人を守れる位置に居なかったから……!)

 

脳裏には、先ほどまで抱いていた醜い苛立ちや、引き裂いてしまったポスターの感触が呪いのようにこびりついている

 

もし、あのまま教室に残っていたら

 

もし、意地を張らずに二人の手を握りしめていたら

 

後悔という名の毒が全身を巡り、彼女の焦燥をいっそう激しく煽り立てた

 

校門をくぐり、校庭に足を踏み入れた瞬間、ホシノは立ちすくんだ。眼前には、信じがたいほど無残な光景が広がっていた

 

そこには、凄惨で、暴力的な爪痕が刻まれていた

 

地面は重火器による爆発で黒々と抉れ、ひっくり返った瓦礫と無数の薬莢が砂に半分埋もれている

 

そして何より、ホシノの視線を釘付けにしたのは、かつてユメが慈しむように手入れをしていた花壇だった

 

芽吹き始めたばかりの命は、冷酷な土足によって無情にも踏み荒らされ、泥と砂の中に無惨に散っている。それは、彼女たちが守ろうとしていた「ささやかな日常」が、いとも容易く蹂躙されたことを示す、何より残酷な象徴だった

 

(っ…誰がこんなことを…)

 

ホシノは顔から血の気を失わせたまま、ユメが待つ生徒会室へと続く階段を駆け上がった。一段飛ばしに、あるいは壁を蹴るようにして、彼女は重い靴の音を校舎に響かせる

 

「先輩……! ユメ先輩!!」

 

扉を壊さんばかりの勢いで乱暴に開け放つと、そこには絶望と底知れぬ不安に押し潰されそうになりながら、狭い室内を亡霊のようにあてもなく歩き回るユメの姿があった

 

「ユメ先輩……!」

 

「っ、ホシノちゃん……!」

 

ホシノの姿を認めた瞬間、ユメは糸が切れた人形のように崩れ落ち、そのままホシノに縋り付いた

 

肩越しに伝わるユメの手は、まるで死人のように氷のように冷たく、小刻みな震えが止まらない。その震えが、ホシノの胸にさらなる刃となって突き刺さる

 

ホシノは溢れ出しそうな自責の念と、怒りと、恐怖を、鋼のような意志で必死に抑え込み、努めて冷静な……けれど、どこか震えを孕んだ声を絞り出した

 

「……何があったのか、教えてください」

 

ホシノの声は、低く、地這うような響きを帯びていた。ユメは溢れ続ける涙を制服の袖で何度も拭い、混濁する意識を必死に繋ぎ止めながら、記憶の断片を一つずつ手繰り寄せるように「あの後」の出来事をぽつりぽつりと話し始めた

 

ホシノが激情のままに怒鳴り、希望の象徴であったポスターを無残に引き裂いて教室を飛び出していった直後

 

生徒会室には、耳が痛くなるほどの重苦しい沈黙が、腐った澱のように溜まり床に散らばったポスターの破片を見つめたまま、セリカは彫像のように立ち尽くしていた

 

差し込む夕日が彼女の影を長く引き伸ばしていたが、その背中は今にも砂に溶けて消えてしまいそうなほど、頼りなく、脆いものに映った

 

ユメは、壊れ物に触れるような仕草で、震える指先をセリカの肩へと伸ばした

 

「……セリカちゃん。もし、もしよかったら私に教えて。何が貴方をそんなに苦しめているのか。ホシノちゃんが言ったことは、確かに刃物みたいに鋭くて、酷い言葉だったかもしれない。けれど……あの子なりに、貴方を救いたいと願うあまりの悲鳴だったんだと思うの」

 

セリカは、長い、あまりにも長い沈黙の末、憑き物が落ちたように深く、重い溜息をついた

 

「……そうね。ここまで来てまだ隠し事をしていたら、これ以上ホシノちゃんとの溝を広げるだけだものね。ホシノちゃんの言う通り、私は……仲間を信じていないことになっちゃうもの」

 

セリカが絞り出すように語り始めたのは、あまりにも不可解で、けれど胸を締め付けるほど切実な「喪失」の物語だった

 

いつからか、自分の心の中に覚えのない風景や、一度も会ったはずのない人々の名前が、亡霊のように響くようになったこと

 

かつてはそこにあったはずの「何か」が、根こそぎ奪い去られたあとのような感覚

 

大切に守ってきた宝箱を開けたら、中身が最初から空っぽだったことに気づいてしまった時のような、言いようのない絶望的な空虚感

 

「どんな名前なの……? その、貴方の頭の中に響く名前は」

 

問いかけるユメの瞳を真っ向から見返すこともできず、セリカは焦点の合わない目で虚空を見つめながら、その名を呪文のように一つずつ紡ぎ出した

 

「最初は……シロコ先輩。次にアヤネちゃん。そして、ノノミ先輩……」

 

それは、今のアビドス高等学校の名簿にはどこにも存在しない名前だった。けれど、その名を呼ぶセリカの唇は、まるで愛しい家族の名を呼ぶかのように震えていた

 

今の彼女の記憶からは、「なぜ自分がその名を知っているのか」「彼女たちとどんな時間を過ごしたのか」という、魂の核心に触れる部分さえも、乾いた砂のように指の間から零れ落ちていた

 

「昨日、ホシノちゃんをからかった時も……頭の中で、誰かの声が響いたの。ホシノちゃんの声に似ているけれど、どこか決定的に違う……。今のアビドスの重荷だけを背負った声じゃない、もっとずっと柔らかくて、穏やかな……本当のホシノちゃんの声みたいな響きが」

 

ユメは、聞いたこともない未知の名前に困惑し、眉を寄せて首を傾げることしかできなかった。セリカが語る「あり得ない日常」の断片は、ユメの理解の範疇を遥かに超えていたのだ

 

しかし、その不可解で、どこか神秘的ですらあった告白を暴力的に遮るように、校庭の方で鼓膜を震わせる凄まじい爆発音が轟いた。窓ガラスが激しくガタつき、積もった砂が天井から降り注ぐ。平穏の終わりを告げる、地獄の号砲だった

 

二人が弾かれたように窓際へ駆け寄り、身を隠しながら外の惨状を目にした瞬間、血の気が引くのがわかった

 

そこには、先ほどホシノに叩き伏せられたはずのヘルメット団が、屈辱を怒りに変えた大規模な増援を引き連れて戻ってきていた

 

その数は今朝の比ではなく、複数は愚か数十人規模の賊が校門を突破し、怒号を上げながら校庭を蹂躙している

 

「ピンク髪のアイツを探し出せ! 今日は徹底的に『お礼参り』だ! 逃がすな、校舎ごとハチの巣にして引きずり出せ!」

 

賊たちの狙いは、紛れもなくホシノだった。だが、今の二人にはなぜ彼女たちがこれほどまで激昂しているのか、その理由がわからない

 

ホシノが今朝、彼女たちを「砂袋」扱いして一方的に打ちのめしたことなど、知る由もなかったのだ

 

セリカは即座に借りていた銃を手に取り、鋭い視線で階下の状況を分析する。窓の外では次々と銃声が響き、校舎の壁に弾丸がめり込む嫌な音が連続していた。そして、隣でオロオロと取り乱すユメに、祈るような思いで問いかけた

 

「……一応聞きますが、ユメ先輩。戦えますか?」

 

「ひぃん……ごめんね……。盾でみんなを守ることはできても、戦うのはいつもホシノちゃんに任せっきりだったから……」

 

ユメは申し訳なさそうに眉を下げ、気まずそうに腰のホルスターから銃を抜き、生徒会室の机に置いた。それは以前、護身用にとホシノから半ば強引に持たされた、使い慣れないハンドガンだった

 

(……困ったわね。最近は穏やかに過ごしすぎて、実戦の感覚なんてとうに忘れちゃった。それに、ホシノちゃんから借りたこの銃……私なんかが引き金を引いて、セリカちゃんを守れるのかしら)

 

ユメの瞳に宿る、優しすぎるがゆえの迷いと恐怖。そして、自分が戦力になれないことへの深い申し訳なさ

 

それを敏感に察したセリカは、すべてを背負う覚悟を決めたように力強く頷いた

 

「待ってて、ユメ先輩! 私が全部、外の連中を片付けてくるわ!」

 

「えっ、セリカちゃん!? 一人じゃ無茶だよ、危ないって!」

 

「大丈夫! 今の私は……少しでも体を動かして、あいつへのイライラをぶつけないと、頭がおかしくなりそうなの!」

 

セリカは無理に作る

 

けれどどこか悲痛な笑顔をユメに残すと、返事を聞く間もなく弾丸の雨が降り注ぐ校庭へと、たった一人で飛び出していった

 

セリカが嵐の中へと消えていった後、生徒会室には心臓の鼓動を逆撫でするような絶望的な静寂が数秒だけ流れた。けれど、後輩を死地に一人で行かせることなど、生徒会長として、そして先輩としてできるはずもない

 

「待って、セリカちゃん!」

 

ユメは震える膝を叩いて立ち上がり、埃を被った大型の盾を掴んで教室を飛び出した。重い盾を抱え、彼女はがむしゃらに廊下を走り抜ける

 

だが、階段を猛烈な勢いで駆け下りる途中で、ユメは自らの致命的な過失に気づき、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた

 

(……あ、ハンドガン! さっき見せたあと、机に置いたまま……!)

 

腰のホルスターを弄ったが、そこには虚しい空気が溜まっているだけだった

 

極限の混乱と焦燥の中で、彼女は唯一の反撃手段であったハンドガンを生徒会室の机に置き忘れてきてしまったのだ。戻る時間はなく、階下からは激しい銃声とセリカの叫び声が近づいてくる。手元にあるのは、守ることしかできない攻撃手段皆無の盾のみ

 

その重みだけが、ユメの無力さを強調するように腕にのしかかっていた。

 

(……どうしよう。武器もないのに、これじゃ足手まといになるだけだわ。でも、今更戻っていたら間に合わない……!)

 

ユメは焦燥に焼かれながら、肺に溜まる砂混じりの空気を必死に吐き出し、校庭の隅にある廃材の陰に身を潜めた

 

そこから見える光景は、彼女の知る「後輩のセリカ」を塗り替えるような、壮絶な戦場だった。

 

セリカは、まるで何かに取り憑かれたような神速の動きで敵を圧倒していた。不眠と心痛でボロボロのはずの体から、どこにそんな力が残っているのか。彼女は遮蔽物から遮蔽物へと鋭く跳ね、正確無比な射撃でヘルメット団を次々と無力化していく。

 

「来なさいよ! アビドスを、私たちの学校を馬鹿にする連中なんて、私が一人残らず叩き出してやるんだからっ!」

 

「ぐっ…はやくアイツを捕まえろ!」

 

セリカの叫びは、怒号の飛び交う校庭に鋭く響き渡る

 

彼女は遮蔽物から身を乗り出し、迫りくる賊の足元へ正確に弾丸を撃ち込んだ。跳ね上がった砂塵が視界を塞ぐ間に、さらに別の敵の側面へと回り込む

 

その戦いぶりは、まるで「死」や「限界」という概念そのものを否定しようとするかのような、悲痛なまでの決死の覚悟に満ちていた。

 

「どうしたの!? 数だけは多いみたいだけど、そんな程度なの!? 私を捕まえるんでしょ、かかってきなさいよ!」

 

挑発を投げかけながら、彼女の瞳は冷静に獲物を捉え続けている。一発、また一発と、乾いた銃声が響くたびにヘルメット団の少女たちが砂の上に沈んでいく

 

ユメは、その背中を見て感嘆し、かすかな希望を抱いた。敵は残り数人。このままいけば、彼女は一人でこの窮地を脱するだろう

 

そう信じた、その瞬間だった

 

カチッ――

 

戦場においては死の宣告に等しい、乾いた空撃ちの音が、冷酷に響いた

 

(っ!? た、弾切れ……!?)

 

セリカの表情が、一瞬で凍りついた

 

昨夜からの混乱で、予備の弾倉を十分に確認する余裕などなかったのだ。その一瞬、リロードのために視線を落とした致命的な隙を、逃げる機会を伺っていたヘルメット団の生き残りが逃さなかった

 

「今だ! こいつを黙らせろ、ぶち込めっ!!」

 

一人の少女が、不気味に黒光りする手榴弾のような形状の何かをセリカの足元へ投げつけた。爆発物かと思い、セリカは咄嗟に身を隠そうとしたが、それは破壊の熱ではなく、視界を白く塗り潰す濃厚な、どす黒い紫色の煙を噴き出した

 

「ゲホッ……っ、な、にこれ……体、に……力、が……」

 

煙が晴れた時、そこには力なく砂の上に崩れ落ち、麻酔によって指一本動かせなくなったセリカの姿があった

 

「あー、危なかったぜ。あのピンク髪のバケモノをおびき出すために、特注の強力な麻酔弾を用意しといて正解だったな。まさかこんなノーマークの噛みつき猫に使うことになるとはな」

 

リーダー格の少女が、土足で砂を撒き散らしながら、嘲笑いと共にセリカに近づく。もう一人が、抵抗できないセリカの腹部を、その重いブーツで乱暴に蹴り上げた

 

「ごふっ……っ!?」

 

肺から空気が押し出され、セリカの顔が苦痛に歪む

 

「おい、小娘。お前、あのピンク髪のクソ強い女はどこにいる? それか、あいつが後生大事に守ってるっていう、例の無能な生徒会長様だよ。お前をバラバラにする前に、そいつらの居場所を吐きな!」

 

物陰で見守っていたユメの心臓が、鼓膜を突き破らんばかりに早鐘を打ち鳴らす

 

(セリカちゃん!? や、やばい……助けに行かないと! 私が生徒会長だって名乗れば、セリカちゃんはこれ以上乱暴されない……!)

 

ユメが盾を握り締め、飛び出そうとしたその時

 

泥と砂にまみれて地面に這いつくばっていたセリカが、最後の手負いの獣のような、低く鋭い声を絞り出した

 

「……わ、私が……。私がアビドスの生徒会長よ!! 文句があるなら私に言いなさいよ! 私以外に、なんの用があるって言うのよ……!?」

 

その叫びに、ユメは息を呑んだ

 

セリカは自分を犠牲にして、戦えないユメを隠し通そうとしている。驚きで固まるユメの視線に気づいたのか、セリカは朦朧とする意識の中で一瞬だけ、こちらを鋭く射抜いた

 

その瞳には、自身の身に迫る恐怖など微塵もなかった。ただ一点、「絶対に動かないで。私に任せて」という、強烈な意志と、ユメへの慈愛が宿っていた

 

「へぇ……お前が生徒会長か。腕はいいが、噂通りチョロそうだな。……いいぜ、面白い。こいつを連れてけ! こいつを人質にすりゃ、あのピンク髪も大人しく膝をつくだろ。いい金蔓になるぜ!」

 

ヘルメット団はセリカの両腕を乱暴に掴み、引きずるようにして待機させていた大型のワゴン車へと放り込んだ

 

バタン、という重苦しいドアの閉まる音が、この場所から希望が消えた音のように響き、エンジンが咆哮を上げる

 

ユメは、ただ、立ち尽くしていた。

 

遠ざかっていく車の排気ガスと、巻き上がる砂塵。彼女の目の前には、セリカが落とした空の銃と、自分が守りきれなかった「仲間」という名の、あまりにも残酷で重い現実だけが取り残されていた

 

車が地平線の彼方、巻き上がる砂塵の向こう側に消えて完全に見えなくなるまで、ユメは一歩も動くことができなかった

 

ただただ、己の無力さを呪いながら、乾いた砂漠の風に吹かれることしかできなかったのだ

 

喉の奥まで入り込む砂のざらつきと、守れなかった後輩の体温が残る指先の冷たさだけが、逃れようのない現実として彼女を縛り付けていた

 

ユメの震える声が途切れた瞬間、ホシノの膝から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

生徒会室の床を叩く砂の音が、今の彼女には断罪の音のように聞こえる。静まり返った室内で、砂粒が転がる音さえも、彼女の罪を責める鋭い礫となって突き刺さる

 

襲ってきた相手の正体は今朝、自分の醜い焦燥をぶつけ、八つ当たりのように蹴散らした相手

 

その報復の刃が、自分ではなく、あんなに傷ついていたセリカに向けられてしまった。もし、自分が彼女たちをこれ以上ないほどに突き放さなければ。

 

もし、自分が「アビドス副生徒会長」としての矜持を保てていれば

 

自分の心が未熟だから

 

守ると誓ったはずの、砂に埋もれかけた「日常」という名の壊れ物を、自分自身の手で引き裂いたから

 

セリカの心を折り、ユメ先輩を底知れぬ恐怖に陥れ、あげくの果てにセリカを連れ去らせてしまった。その連鎖の起点は、間違いなく自分自身にある

 

「ああ……ああああ……っ!!」

 

ホシノの瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。それは熱く、けれど彼女の絶望を洗い流すにはあまりに無力だった

 

床に散らばったポスターの破片……かつて三人で笑い合える未来を夢見た「お祭り」の残骸が、視界の中で歪んで見える

 

彼女は自分の小さな肩を抱きしめるように身を縮め、喉の奥から絞り出すような喘鳴に近い声で、呪文のように、あるいは許しを請う信者のように繰り返した

 

「私のせいだ……。私の、せいで……っ。ごめんなさい、セリカ……ごめんなさい、先輩……っ。ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

かつて「暁のホルス」として、どんな窮地にあっても不敵に、不遜なまでに笑っていた面影はどこにもない

 

そこにあるのは、自責の念という巨大な質量に押し潰され、呼吸の仕方も忘れたまま、暗く冷たい絶望の深淵へと沈んでいく一人の、か弱い少女の姿だけだった

 

「……ホシノちゃん!!」

 

突然、沈黙を切り裂き、鼓膜を激しく震わせる強い声が室内に響いた

 

ホシノが顔を上げると、そこには自分と同じように、顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らしながら、けれどその瞳の奥にだけは、消え入りそうな希望を燃え上がらせた強い光を宿したユメが立っていた

 

彼女の華奢な体はまだ震えていたが、その足取りはしっかりと床を捉えている

 

「ユメ……先輩……?」

 

「ホシノちゃんらしくないよ! 立ち止まって泣いてるなんて、そんなの、私の知ってるホシノちゃんじゃない……っ! いつもみたいに、『私がいるから大丈夫』って……そう言って、皆を安心させてくれる、不愛想だけど本当は誰よりも優しい、そんなホシノちゃんのかっこいい所を見せてよ!」

 

ユメは溢れ出しそうな涙を、怒りを込めた拳で乱暴に拭い、一歩、たじろぐホシノへと踏み出す

 

その一歩は、折れかけていた二人の絆を繋ぎ止めるための、決死の踏み込みだった

 

「でも、私は……私はセリカに、あんな酷いことを……! 最低な言葉で、セリカを傷つけたんです……! 謝ることさえ、もう二度とできないかもしれないんですよ……!?」

 

「セリカちゃんなら、大丈夫!」

 

ユメは叫ぶように言い放った。その言葉には、論理的な裏付けも確かな根拠も何一つないのかもしれない

 

けれど、そこには理屈を超えた、魂の叫びとも言える確かな「信頼」が宿っていた

 

「怖いし……今だって心臓が止まりそうなくらい不安だけど……でも、セリカちゃんならきっと大丈夫。だって、あの子はホシノちゃんと同じくらい強くて、誰よりもアビドスのことを、私たちのことを大切に思ってくれているんだもん! 私が攫われそうになった時、セリカちゃん、自分の恐怖なんてこれっぽっちも顔に出さずに、私を守ってくれたんだよ……? そんな強い子が、こんなところで終わるわけないよ!!」

 

ユメの細い指先から伝わる温もりが、ホシノの凍りついた心臓の表面を、ゆっくりと、けれど確実に溶かしていく

 

その言葉は、かつてホシノが「そんなものは幻想だ、奇跡なんて起きない」と冷笑し、切り捨てたユメの理想論そのものだった

 

しかし今、深淵の底で絶望していた彼女を救い上げたのは、その愚直なまでの信頼と、闇を切り裂くような眩しい「光」だった。

 

ホシノはユメの言葉を逃げることなく真っ向から受け止めた。すると、胸の奥底で消えかかっていた種火が、爆発的な熱量を持って燃え上がるのを感じる

 

それは自分を責めるための暗い熱ではなく、彼女の魂の芯に眠る、最強の戦士としての闘志が再点火された証だった

 

指先の感覚が戻り、末端まで熱い血が巡る。麻痺していた思考が、戦場のそれへと急速にシフトしていく

 

(そうだ……私はこんな所で自分に酔って泣いている時間なんて、一秒もなかったんだ。私には、まだセリカに言わなければいけない事もある。あの子が隠していた孤独や、あの不思議な話をもっと聞かなければならない。私はもっと、もっとセリカと仲良くなって……ユメ先輩と一緒に、この騒がしくて、愛しくて、退屈な日常を、何としても、命に代えても守り抜くんだ……!)

 

ホシノの瞳から自責の濁りが消え、夕闇の中で鋭く冷徹な、けれど不滅の意志を宿した青い光が灯る。

 

その、アビドスの「守護者」としての覚醒を、ユメは眩しそうに見つめ、嬉しそうに目を細めた

 

「うん! それでこそ私の自慢の後輩、ホシノちゃんだよ♪」

 

ユメは乱暴に涙を拭い、いつものひだまりのような、それでいて力強い笑顔で小さく頷く

 

「……教えてください。セリカが連れ去られた方角。そして、奴らの拠点の心当たり、思いつく限りの情報を」

 

ホシノは立ち上がり、愛銃を引き寄せると、迷いのない毅然とした態度でユメに問いかけた。その横顔には、もはや一欠片の揺らぎもなかった

 

だが――

 

「……そ、それがね、ど、どの方角だろう……」

 

「…………ユメ先輩? さっきの、私を奮い立たせてくれたあのカッコ良さはどこへ行ったんですか??」

 

「あはは……。その、セリカちゃんを助けなきゃってパニックになっちゃって……。車の車種とかナンバーとか、あっちの方に消えたなーくらいの記憶しかなくて……ごめんねぇ……」

 

情けない声を出しながら、おろおろと視線を泳がせるユメ

 

そのあまりの豹変ぶりに、ホシノは張り詰めていた肩の力が一気に抜けるのを感じた。けれど、そのおかげで凍りついていた二人の間には、いつものような穏やかで、どこか少しだけ抜けた、アビドス生徒会らしい空気が戻っていた

 

「……はぁ。仕方ないですね。手がかりは自分たちで作りましょう」

 

二人は一度、砂埃の舞う生徒会室に戻り、長年使われ続けて端が擦り切れた古い地図を机いっぱいに広げた。ホシノの鋭い指先が、地図の一点を指し示す

 

「ここが、今朝私がヘルメット団を倒した路地裏です」

 

「結構、学校からも居住区からも離れた、端の方なんだね……」

 

「はい。ですが、ああいう連中は自分たちの勢力圏を誇示したがる習性があります。それと、逃走経路を確保しやすい場所……つまり、街の近場に必ず根城を構える傾向がある。特に、砂に埋もれかけて放置された廃ビルや、地下室の残っている古い工場が怪しい」

 

ホシノの思考は、冷徹な追跡者のそれへと研ぎ澄まされていた。彼女は地図上に、いくつかの候補地点を素早くマークしていく

 

「つまり……?」

 

「この半径数キロをしらみ潰しに探せば、必ずあいつらの腐った臭いに辿り着けます。セリカの髪の色……あの子の気配を、私が見逃すはずがありません」

 

「ひぃん……途方もない作業だよぉ……。外は砂嵐も来そうだし、視界も悪くなる。本当に大変なことになっちゃったね」

 

「はい。……ですが、やるしかないです。いいえ、やってやりましょう」

 

ホシノは愛用の銃をチェックして弾倉を叩き込んだ。ユメもまた、今度は忘れないようしっかりと装備を整え、生徒会長の腕章を締め直した

 

二人は決意を胸に、夕闇が紫色の帳を下ろし、砂漠の沈黙が街を飲み込もうとする中、最愛の仲間を取り戻すための戦場へと、猛然と駆け出していった

 

アビドスの外縁部、かつては物流の拠点であったろうが今は半ば砂に沈み、忘れ去られた古い倉庫の内部

 

隙間風が鳴らす不気味な口笛と、錆びついた鉄の匂いが充満するその場所で、セリカを攫ったヘルメット団たちは、勝利を確信したかのような弛緩した空気の中にいた

 

「おい、攫ったのはいいけどよ、結局どうやって脅すんだよ? あのピンク髪、結局見つからないし今頃ビビって尻尾巻いて逃げ出してんじゃないか?」

 

「知らねーよ、勢いで攫っただけだし。でも、あの生徒会長を盾にすれば、アビドスの土地権利書くらいは吐かせられるだろ。それか、残ってる部室の備品を全部売り飛ばしたっていい」

 

彼女たちは、麻酔薬の影響で深い眠りに落ち、無造作に縄で縛り上げられてコンクリートの床に転がされているセリカを、下卑た笑いで見下ろしていた。アビドスの制服は砂と泥に汚れ、その寝顔はあまりにも無防備で痛々しかった

 

「まぁいいや……こいつをダシにして、どうやって効率よく金儲けをするかゆっくり考えようぜ。とりあえず、どっかの闇市場に流しちまうって手も――」

 

一人が欲望に歪んだ顔でそう言いかけた、その瞬間だった

 

――ドォォォォォォンッ!!

 

天地を揺るがすような轟音が響き渡り、鉄製の重厚な大扉が、大型爆弾の直撃を正面から受けたかのように粉砕された

 

数トンはあるだろう鉄の塊が、凄まじい衝撃波と共に室内へと吹き飛び、数人のヘルメット団を背後の瓦礫ごと押し潰す

 

「な、なんだなんだ!? 襲撃か!?」

 

「ひっ、扉が……扉が飛んできたぞ!?」

 

舞い上がる砂煙と、夕闇の逆光。その中心に、二つの影が静かに、しかし圧倒的な存在感を放って浮かび上がった

 

「アビドス高等学校、生徒会参上だよ!!」

 

ユメが大型の盾を構え、震える声を精一杯張り上げる

 

そして、その隣

 

今朝の路地裏で見せたものとは比較にならないほど、冷たく、深く、そして逃げ場のない殺気を全身から放つ少女が、愛銃の銃口を賊たちの眉間へと真っ直ぐに向けた

 

その瞳は、もはや獲物を屠る瞬間の猛禽類のごとく鋭く、黄金色に輝いている

 

「……セリカを、返してもらう。手加減を期待しているなら、今のうちにその無駄な希望は捨てておいてください」

 

ホシノの低く、地這うような静かな怒りが、倉庫内の空気を一瞬で氷点下へと叩き落とした

 

その後の光景は、戦いという言葉で形容するにはあまりに一方的な「掃除」であった

 

「ホシノちゃん、使って!」

 

ユメが背負っていた盾を、信頼と共にホシノへと投げ渡す

 

「……受け取ったよ、先輩」

 

その盾を受け取った瞬間、ホシノの動きはさらに苛烈さを増した

 

怒りに燃える彼女の散弾が火を噴くたびに、ヘルメット団の防衛線は文字通り紙細工のように引き裂かれ、瓦解していく。盾で銃弾を弾き、その衝撃を利用してゼロ距離からショットガンを叩き込む

 

ホシノが最前線で暴力の嵐、あるいは破壊の権化となって暴れ回っているその隙に、ユメは建物の影や瓦礫に身を隠しながら、倉庫の奥で横たわるセリカのもとへと決死の思いで駆け寄った

 

「なっ!? 人質が……っ、人質を取られたぞ!?」

 

「バカ野郎、そっちに構ってる余裕なんてねぇよ! 自分の命を守るのが先だっ!」

 

背後でユメがセリカを救出したことに気づき、ヘルメット団の数人が色めき立つ

 

しかし、彼女たちがユメへ銃口を向けるよりも早く、ホシノの放つ散弾が死神の鎌となって襲いかかった。一歩でも意識を逸らせば、次の瞬間には意識を刈り取られる

 

ホシノの圧倒的な蹂躙劇を前に、賊たちはセリカを奪い返そうと動くことすら許されず、ただ恐怖に身を震わせながら、後退することしかできなかった。

 

その苛烈な攻防の最中、ユメは震える指先でセリカを縛っていた粗末な麻縄を一つ一つ解き、ようやく解放されたその華奢な体を、壊れ物を扱うように抱きかかえた

 

麻酔の深い眠りから覚めないセリカは、力なくユメの腕の中に頭を預けている

 

(良かった……心臓も動いてる、怪我もひどくない。本当に、無事で……!)

 

規則正しく胸を上下させるセリカの呼吸を感じ、ユメは喉の奥までせり上がっていた絶望を、安堵の溜息と共に吐き出した

 

「ユメ先輩! セリカを確保したのなら、一刻も早くここを脱出しますよ! 増援が来る前に――」

 

ホシノが後退しながら、敵の残党を牽制すべく銃口を固定したまま声を張り上げる。殿として二人を逃がす完璧な退路を構築しようとした、その瞬間だった

 

――ズ、ズゥゥゥゥンッ!!

 

天地を揺るがすような凄まじい轟音が響き渡り、倉庫の東、西、そして北側の壁が、強大な質量による物理的な暴力によって同時に粉砕された

 

砕け散ったコンクリートの破片と、長年蓄積されていた砂煙が室内に雪崩れ込み、視界は一瞬で真っ白な死の世界へと塗り潰される。

 

「な、なになに!? 今度は何が起きたのぉ!?」

 

ユメが悲鳴を上げ、セリカの体を隠すようにして覆い被さる

 

砂塵の向こうから聞こえるのは、重い金属が噛み合い、地面を削りながら進む不吉なキャタピラの駆動音

 

やがて砂煙がゆっくりと晴れていく

 

そこに鎮座していたのは、夕闇の残光を鈍く跳ね返す、鋼鉄の鱗を纏った巨大な怪物――

 

アビドスの廃墟から発掘された旧世代の遺物か、あるいは闇市場のブラックマーケットで調達されたのか、三台の旧式主力戦車が、その凶悪な長砲身をホシノたちへと向けていた

 

「ははは! お前の化け物染みた強さを見て、誰が歩兵だけで挑むかよ! 学習しないバカだと思うな!」

 

中央に位置する戦車のハッチが勢いよく開き、一人のリーダー格の女が身を乗り出した

 

そのヘルメットには、今朝ホシノが路地裏で叩き伏せた際に刻んだ、痛々しい陥没を隠すような絆創膏が貼られている。屈辱を煮詰め、憎悪に変えた女が下卑た笑いを浮かべる

 

「面構えが変わったな、アビドスのピンク髪……! 今朝みたいに不敵な余裕を見せてみろよ! 流石のお前でも戦車3台には勝てないだろ!」

 

「……私が、戦車ごときで負けるとでも?」

 

ホシノは一歩前に出て、黄金色に輝く瞳で戦車の砲塔を正面から睨みつけた

 

放たれる威圧感は依然として戦車を圧倒するほどであったが、彼女の冷徹な思考回路の中では、かつてないほどの複雑な計算が火花を散らしていた

 

(……私一人なら、たとえ苦戦はしても、一分以内に全車両を鉄クズに変えられる。けど、ここには戦えないユメ先輩も、意識のないセリカもいる……。私が下手に回避して砲弾を後ろに逸らせば、流れ弾で二人は命を落とす。かといって、この至近距離で主砲をまともに受ければ、この老朽化した建物自体が崩落して、二人を生き埋めにしてしまう……!)

 

ホシノの指先が、愛用の銃床をきりきりと締め上げる。最強の戦士としてのアドバンテージを奪うのは、敵の火力の高さではない

 

初めて味わう、守るべき「弱さ」を抱えたゆえの、あまりに重い制約。

 

「撃て! 跡形もなく、砂の塵へと消し飛ばせぇ!!」

 

リーダーの絶叫が引き金となった。戦車のマズルブレーキから、猛烈な火炎と衝撃波が噴き出す

 

ドォンッ!!という空気を物理的に圧搾するような発射音

 

ホシノは反射的に、自分ではなく背後の二人のいる方向をその小さな背中で庇うように、盾を構え直した

 

「……っ、ぐうぅぅっ!」

 

直撃こそ辛うじて逸らしたものの、すぐ傍らの瓦礫に着弾した砲弾の爆風と、四散した鋭利な鋼鉄の破片が、ホシノの華奢な体を容赦なく打ち据える

 

砂嵐のような爆圧の中、ホシノは一歩も引かずに、血を吐くような思いでその場に立ち尽くす。

 

しかし、その動きは明らかに精彩を欠いていた。本来の彼女……「暁のホルス」と呼ばれた頃の彼女なら、今頃は砂塵を利用して戦車の天蓋に飛び乗り、ハッチから手榴弾を投げ込んで内部から殲滅しているはずなのだ

 

守るべき背中が、彼女の機動力という最大の武器を奪っていた

 

(どうしよう……私たちがここにいるから、ホシノちゃんが戦いづらいんだ……!)

 

凄まじい爆圧が空気を震わせ、火花が視界を横切る

 

防戦一方となり、絶え間なく降り注ぐ弾丸と砲撃から必死に自分たちを庇い続けるホシノの背中を見て、ユメは痛切に確信した

 

ホシノの真の強さは、戦場を縦横無尽に駆け巡る、あの恐ろしいまでの機動力にある。そして今、その翼を折り、ただの「標的」として地に縛り付けているのは、紛れもなく自分たちの存在だ

 

たった一つしかない盾を、ユメは迷わずホシノに託した。自分にできることは、その後ろに隠れることだけ。手元にあるのは、先ほど生徒会室で拾い直した、護身用の心許ないハンドガンが一丁

 

実戦経験も乏しく、ましてや戦車との戦いなど、今のユメにはあまりに荷が重すぎる。

 

けれど、その「守られている」という事実こそが、最強の戦士であるはずのホシノを、ただ身を挺して砲弾を受けるだけの「肉壁」に変えてしまっているのだ

 

(このままじゃ、三人ともやられちゃう……! どうにかしてここから逃げないと。ホシノちゃんを自由にさせてあげないと、ホシノちゃんが……私達を守るために、壊れちゃう……!)

 

ユメは溢れ出る涙を力強く拭い、意識のないセリカの体を背負い直した。腕にかかる重みは、そのまま仲間の命の重み

 

戦う力も、盾さえも持たない、アビドスで最も「弱い」生徒会長。そんな彼女が今、この絶望的な戦場で見出した唯一の「戦闘」――

 

それは、自分たちがここから脱出し、最強の戦士であるホシノを、守るべき「荷物」という名の呪縛から解き放つことだった

 

ユメが覚悟を決め、弾丸の飛び交う出口へと飛び出そうとした、その時――

 

「…………っ、……ん……」

 

背負っていた背中から、微かな、けれど確かな熱を帯びた声が漏れた

 

「セリカちゃん!」

 

ユメが叫ぶ。麻酔の霧を振り払うように、セリカの瞼がゆっくりと、しかし力強く持ち上がった




セリカが原作より強そうだって?なんでだろー(棒読み)
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