セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話 作:気弱
カーテンの隙間から差し込む朝陽が枕元を白く焼き、ホシノはゆっくりと重い瞼を持ち上げた
寝ぼけた目を擦りながらベッドから起き上がり、どこか名残惜しさを感じさせる足取りで窓を開ける
室内に滑り込んできた風は、いつもの視界を茶褐色に染め上げた荒れ狂う砂嵐とは似ても似つかない
それはどこまでも穏やかで、微かに春の訪れを予感させる花の匂いが混じったものだった
「……髪が長いと大変ですね……」
独り言をこぼしながら鏡の前に立ち、無意識に自分の姿を映し出す。あの頃よりも少しだけ長くなった桃色の髪を指先で丁寧に梳き、慣れた手つきで結び上げる
ふと視線を横にやると、殺風景な壁には不釣り合いなほど立派で、真新しい額縁が飾られていた
その中にあるのは、かつて独りよがりな感情に溺れたホシノが、自らの手で無残に引き裂いてしまった苦い記憶の残骸
そして、時を超えて現れた大切な友達が、その小さな手でボロボロになった心ごと懸命に繋ぎ止めてくれた約束の証——
あの日、セリカの想いに応えるように、ユメと共に一枚一枚、破片を慈しむように貼り合わせ、修復したツギハギだらけの「砂まつり」のポスターだ
セロテープの跡が不格好に重なり合い、所々剥げた色彩が痛々しい。けれどホシノにとって、それはアビドスに残るどんな記録よりも、命の灯火を感じさせる大切な「奇跡の欠片」だった
(今日でユメ先輩も卒業……。セリカも居なくなって、この学校もまた、少しだけ寂しくなりますね)
色褪せ始めたポスターの折り目と、あの子の指先が触れたであろう箇所を愛おしげに見つめながら、ホシノは心の中で静かに、けれど深く呟く
(本当に……色々大変だったけれど、振り返ればあっという間の一年だった。進路を最終決定する時、あんなに泣いて「学校に残る〜!ホシノちゃんと一生学校にいるんだ〜!」って私にしがみついてきたユメ先輩の姿、一生忘れられそうにないですね…この日常も、セリカのおかげかな)
かつて、自分一人で何でも背負えると傲慢な勘違いをしていた自分を、セリカは真正面から叱り飛ばし、本当に大切なものが何かに気づかせてくれた
あの子が激しい砂塵を切り裂いて、強引なまでに未来を書き換えてくれなければ、今日という穏やかな朝は、きっとアビドスの歴史から永遠に失われていたはずだった
先輩を失い、血の滲むような憎しみと後悔だけを抱えて、独りで砂漠の果てを見つめ続けるはずだった――そんな残酷な終焉
ホシノはポスターからゆっくりと目を離すと、鏡の中の自分に向き直った
そこには、かつての「暁のホルス」と呼ばれた頃の刺々しさが僅かに取れ、どこか柔らかな陽だまりのような光を宿した瞳
彼女は自分自身に語りかけるように、自嘲気味で、けれど心の奥底に確かな熱を宿した苦笑いを浮かべる
「うへ……ガラにもなく緊張してますね……私」
笑い終わった後、ホシノは一度深く息を吐き出し、背筋を真っ直ぐに伸ばした
鏡の中の自分を射抜くように見据え、静かに、けれど強く自分を律する
「さてと……。ユメ先輩と私が、生徒会として過ごす最後の日。ちゃんと、格好つけて決めないとですね」
皺一つないように制服の襟を整え、ホシノは決意を胸に、静かに部屋を出た
いつか再会するはずのあの子に、そして隣で笑ってくれる先輩に、胸を張れる自分であるために
校舎へ向かう道すがら、校門の前で大きな身振りをしながらこちらを待っている、懐かしくも変わらない人物の姿が見えた
「おーい! ホシノちゃーん! 準備できたー?」
卒業証書を抱えて学び舎を去るはずの今日になっても、相変わらず落ち着きのないユメが、千切れんばかりにぶんぶんと手を振っている
彼女の胸元には誇らしげに輝いていた
朝陽を反射し、鈍い金色の光を放つその腕章は、本来辿るはずだった絶望の淵から救い出された、失われなかった未来の象徴のようにあまりにも眩しい
「ユメ先輩、朝から元気ですね。……今日くらいは、もう少し、卒業生らしくしんみりしてもいいんですよ?」
「えへへ……だって、ホシノちゃんとの最後の学校の日まで笑っていないと、私の泣き顔だけが記憶に残っちゃうでしょ? それじゃあ、せっかくあの子が届けてくれたハッピーエンドが台無しだもん!」
ユメは悪戯っぽく、けれど瞳の奥に消えない名残惜しさを滲ませて静かに笑った
かつてのような危うさは消え、その穏やかでどこか悟ったような表情が、今のホシノには少しだけこそばゆい
彼女は溢れそうになる気恥ずかしさを誤魔化すように、わざと意地悪で容赦のない言葉を重ねる
「その割には、この前の進路相談の時『卒業したくない~!ホシノちゃんと一緒に過ごすんだ〜!』って子供みたいに泣き喚いて、私の制服にしがみついて離れなかったのは、どこの誰でしたっけ?」
「ひぃん……! それは言わないでって言ったじゃない、ホシノちゃん……!」
核心をズバッと言い当てられ、ユメは目に見えて縮こまると、情けなく両手の人差し指をツンツンと合わせて、視線を右往左往させた
「あの時は、だって……! シャーレに行ってもホシノちゃんがいないし、お昼休みに一緒にクジラの話をする相手もいないんだって思ったら、なんだか急に心細くなっちゃって」
「……先輩が就職するのは、ここからそう遠くないシャーレなんですから。毎日でも顔を出せるでしょうに。それに、お昼休みのクジラの話なら、卒業しても放課後にいくらでも付き合ってあげますよ」
「それはそうだけどぉ……。制服を着て、こうして二人で登校するっていう『当たり前』が終わっちゃうのが、なんだか不思議で。私、本当に卒業しちゃうんだね。あの日、終わるはずだった私を、あの子が……セリカちゃんが繋いでくれたこの時間が、こんなに愛おしくなるなんて思わなかったよ」
ユメは自分の掌を見つめ、それから再び、胸元の腕章に指先を触れた
その動作には、あの日失いかけた友情への深い感謝と、奇跡的に繋がった時間への慈しみが込められている
「そんな情けない姿を見せたら、あの子――セリカに笑われますよ? 今日はアビドスの生徒会長として、最後までしっかりしてください」
ホシノが呆れたように、けれど隠しきれない愛おしさを込めて窘めると、ユメは一瞬だけ驚いたように目を丸くした
それから「うん、そうだね」と短く、そして自分自身に言い聞かせるように、噛みしめるように笑った
「あの子に見られても恥ずかしくないように、最後くらいは格好良く決めなきゃ。……ホシノちゃん、私を、この最高の日まで連れてきてくれて、本当にありがとうね」
「……お礼なら、あの子に言ってください。私はただ、あの子に背中を……ううん、性根を叩き直されただけですから」
ホシノはそう言って不器用に視線を逸らしたが、繋いだ記憶の温もりは、朝の冷気の中でも決して消えることはなかった
二人の間に流れる空気は、砂嵐が支配していたあの冬の停滞とは違い、どこまでも澄み渡り、輝かしい明日へと向かって静かに動き出していた
「……アビドス高等学校、第XX期卒業生、梔子ユメ。……いえ、生徒会長。卒業、本当におめでとうございます」
重厚な静寂に包まれた誰もいない講堂。ホシノの凛とした声が、埃の舞う空間に染み渡る
ホシノから筒に入った卒業証書を受け取った瞬間、ユメは一瞬だけ鼻の頭を赤くして、視界を潤ませた
けれど、こぼれそうになる涙をぐっと堪え、彼女は今日一番の、最高の笑顔を見せる
「ありがとう、ホシノちゃん! 私、世界で一番幸せな卒業生だよ!」
感極まったユメは、受け取ったばかりの証書を抱えたまま、ホシノの右手をぎゅっと握りしめた。その掌の熱さに、ホシノは少しだけ面食らう
「わっ、ちょっと……!? 先輩、まだこの後に送辞の続きが……」
「いいからいいから♪ 湿っぽいのはここまで! ほら、行こう!」
「ちょ、引っ張らないでくださいってば!」
ユメはホシノの手を力強く、迷いのない足取りで引き、春の光が溢れんばかりに降り注ぐ校庭へと連れ出した
かつては死の象徴だった砂漠の境界線も、今の二人の目には、ただ光り輝く未来のステージにしか見えなかった
「ほら、ホシノちゃん、こっち向いて! 記念撮影しよ! 最高の思い出にするんだから!」
ユメははしゃぎながら、おもむろにカメラを取り出し、適当な台の上に置こうとする
それを見たホシノが、素早くその手からカメラを奪い取った
「あ、コラ、ホシノちゃん!?」
「いいですよ、セットは私がやります。……前みたいに、不注意でカメラを倒してもらったら困りますからね」
ホシノは半眼のジト目でユメをじろりと見据えた
かつて、不器用な先輩が大事な場面で機材をひっくり返し、台無しにしそうになった光景が脳裏をよぎったのだ
「あぅ……そ、それは……あの時は風が強かったからで……」
「はいはい。今日は風、ありませんからね」
ホシノは慎重に、そして確実な手つきでカメラを固定し、タイマーをセットする
急いでユメの隣へと駆け込むと、ユメは待ってましたと言わんばかりにホシノの肩を抱き寄せる
「はい、チーズ♪」
カシャッ、という軽快なシャッター音
現像されたその写真は、ユメが直前で動きすぎたせいで少しだけ手ブレしていたけれど、そこには運命を覆し、共に笑い合う二人の少女の、偽りのない確かな姿が写し出されていた
背後に広がるアビドスの校舎は、まるで「おかえり」と「いってらっしゃい」を同時に告げているかのように、静かに二人を包み込んでいた
撮影を終えた二人は、しばらくの間、並んで校門からの景色を眺めた
かつては絶望に沈んでいた砂の街が、今は春の光を反射して穏やかに輝いている
かつてはこの校門の先には終わりの見えない砂漠しか広がっていないように思えたが、今の二人の瞳には、地平線の向こうへと続く確かな道が見えていた
ユメは愛おしそうに胸元の校章に触れ、金属の冷たさとそこに宿る歴史を確かめるように指先を動かした。それから、少しだけ真剣な、年上の先輩としての眼差しでホシノに向き直った
「……これから、アビドスをよろしくね! ホシノちゃん。私が卒業しても、ここはホシノちゃんの大切な学校なんだから。新入生が入ってきた時に、あんまり怖がらせちゃダメだよ?」
「……分かってますよ。まだ入学書類なんて一枚も届いてないですし、正直なところ、そんなにすぐ期待はできませんけど」
ホシノはため息をつきながら、自身の鋭い目つきを自覚するように前髪を指先に引っかけた
かつての自分が纏っていた「武装」としての冷徹さは、平穏な日々の中でも簡単には拭いきれない。鏡を見るたびに映る、獲物を射抜くような瞳
(この学校を、もっと明るく……セリカがいつか帰ってきたくなるような場所に。そのためには、今の私じゃ少し刺々しすぎるのかな。あの子が『ただいま』って扉を開けた時、今の私を見たら、また喧嘩になっちゃうかもしれないし)
ふとした瞬間に思い出すのは、セリカが独り言のように呟いていた、自分以外の誰かの名前
シロコ、ノノミ、アヤネ
詳しい事情や、彼女たちがどのような経緯で集まるのかまでは聞き出せなかったが、少なくともセリカのような、熱くて、真っ直ぐで、少しお節介な後輩が少なくともあと数人はやってくるはずだ
その子たちを温かく迎え入れ、威圧感で遠ざけてしまわないために——ホシノは、自分が知る中で最も親しみやすく、柔らかい空気を纏っていた人物……隣で笑うユメの面影を、自分なりになぞってみることに決めた
「……ん、そうだねぇ。それじゃあ、今日からはおじさんも、もう少し肩の力を抜いて構えることにしようかな?」
「えっ……おじさん!? ホシノちゃん、急にどうしたの? どこか頭でも打っちゃった?」
ユメは驚きのあまり、抱えていた大切な卒業証書の筒を落としそうになりながら、これ以上ないほど目を丸くした
ホシノは少し照れくさそうに視線を泳がせ、足元の砂を爪先でつつきながら、その突飛な自称に至った理由を語り出す
「いや~……これから入ってくるかもしれない後輩に、あんまり怖がられたくないっていうか。もっと親しみやすい先輩になりたいなと思って。……先輩の話し方、少し真似してみたんですけど、どうです? 抜けた感じ、出てますか?」
「えへへ、それなら私の真似をしてるってこと? 嬉しいなぁ! でも、よりにもよって、どうして『おじさん』なの? 私はおじさんじゃないよぉ?」
「おじさんって、怒ってもあんまり怖くないイメージがあるでしょ? 休日にお家でゴロゴロしてるような、そんな気の抜けた感じ。私が生徒会長らしく、普通にキリッと怒ると、多分みんな震え上がって逃げ出しちゃうから。それくらい頼りない感じを装うのが、丁度いいかなって」
ホシノは前髪をいじりながら、少しだけ低めの、意図的に語尾を伸ばしたのんびりした声を意識して続ける
それはあの子が見てきた、あるいは作りたかった「穏やかな先輩」としての姿なのかもしれない
「怖がらせて遠ざけるより、笑って迎え入れられるようになりたいんだ。あの子が繋いでくれたこの学校が、いつかあの子の言っていた仲間たちで賑やかになるように。私がその場所を、守る盾だけじゃなく、休める場所にしておかないと」
「あはは! なるほどねぇ、ホシノちゃんなりに後輩のことを考えての、壮大な作戦なんだね。でも私からすると、あんまり似合わないかなぁ。ホシノちゃんはこう……背筋を伸ばして、キリッと睨んでた方がらしいっていうか、カッコいいんだもん♪」
「もう、ユメ先輩。せっかく覚悟を決めてキャラ変しようとしてるんだから、茶化さないでくださいよ……」
ホシノは不服そうに頬を膨らませて抗議したが、その表情には以前のような刃のような刺々しさは消え失せていた
そこには、春の陽光をいっぱいに浴びた花壇のような、穏やかで柔らかな温かさが確かに宿ってい
「でも、ホシノちゃんならきっと素敵な先輩になれるよ。だって、不器用だけど……本当はこんなに優しいんだもん」
ユメが慈愛に満ちた笑顔で微笑み、甘やかすようにホシノの頭を撫でようと手を伸ばす
ホシノは「子供扱いはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか」と口では小さく抗いながらも、その温もりに包まれる心地よさを拒むことはしなかった
そんな二人の穏やかで幸福な時間を遮るように、控えめな、けれど澄んだ声が校門から響く
「——あの、失礼します。ここが、アビドス高等学校でしょうか?」
おっとりとした、けれど芯のある鈴のような声
二人が弾かれたように振り向くと、そこには大きな荷物を抱え、春風に長い髪をなびかせながら、上品な面持ちで微笑む少女が立っていた
「……入学希望なんですけれど、まだ受け付けていらっしゃいますか?」
少女は少し不安そうに、けれど期待に満ちた瞳で二人を見つめる
その姿は、廃校の危機にある学校を訪れるにはあまりに場違いなほど、穏やかで気品に溢れていた
「えっ……。あ、ええ、もちろんです! 今ちょうど、新入生を待っていたところで!」
ユメが弾けるような笑顔で駆け寄る
少女は安心したように目を細め、胸に抱えた高価そうなバッグをぎゅっと抱きしめた
「良かったです。お二人がアビドスのために頑張っている姿を見て……私、どうしてもここでお世話になりたいんです。十六夜ノノミと申します」
ホシノは一瞬、あまりにも眩しい新入生の登場に呆気に取られた
廃校の危機に瀕し、砂に埋もれかけたこの校門を、これほどまでに真っ直ぐな瞳で叩く生徒が現れるなんて、想像すらしていなかった
けれど、あの子――セリカが命懸けで繋いでくれた未来が、今まさに目の前で花開こうとしている
ホシノは込み上げる熱い感情を飲み込み、先ほど鏡の前で練習したばかりの、どこか間の抜けた、けれど限りなく柔らかな笑みを浮かべて一歩前に踏み出した
「ん……歓迎するよ。これからよろしくね、ノノミちゃん」
その声は、かつての刺々しさを脱ぎ捨てた、穏やかな陽だまりのような響き
ノノミは一瞬、ホシノの不思議な口調に目を瞬かせたが、すぐに満開のひまわりのような笑顔を返した
「はい! よろしくお願いします、先輩方!」
「うんうん、元気な子が入ってきてくれて本当にお姉さんは嬉しいよ! ……それじゃあ、いくよ。ホシノちゃん♪」
ユメが弾むような声で言い、隣のホシノに茶目っ気たっぷりの目線を送る
ホシノはその意図を瞬時に読み取り、「もう、しょうがないですね」と言いたげに、困ったような、けれどこの上なく幸せそうな苦笑いを浮かべて頷いた
二人は顔を見合わせ、晴れやかな空に向かって声を揃える
「「アビドス高校へ、ようこそ!」」
たくさんの反応やコメントありがとうございます…!そこまで長くは無いと思いますがもう少しだけ続きますので良かったら見てください!
追伸 シャーレの創立を覚えてなかった馬鹿たれなので暖かい目で見てください(笑)