セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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セリカの異変?

カレーをすっかり平らげ、心地よい満腹感に包まれた一行は、本格的なお泊まり会の設営に取り掛かった

 

対策委員会の部室に並んでいた机を隅へと手際よく追いやり、広くなったスペースにノノミが持参した特注のふかふかな布団を並べていく

 

「うへぇ……おじさん、慣れない料理で全精力を使い果たしちゃったよ。誰かおじさんのことも布団まで運んでくれないかな〜?」

 

そう言って、一人だけ床に大の字になって動こうとしないホシノに、すかさずセリカの鋭いツッコミが飛ぶ

 

「もう、ホシノ先輩! 自分で動きなさいよ! 誰がホシノ先輩を運ぶのよ、腰を痛めちゃうわ」

 

「ん……ホシノ先輩なら、私が引きずっていく」

 

「わわ、シロコちゃん!? それは運ぶんじゃなくて搬送だよ、おじさん壊れちゃう!」

 

賑やかなやり取りを経て、やがて照明を落とした室内。五人は横一列に並んで寝転び、窓の外に広がる静かな星空を眺めながら、ゆったりとした会話を楽しんでいた

 

天井に反射する微かな月光が、修学旅行のような独特の昂揚感を包み込んでいく

 

そんな穏やかな空気を切り裂くように、ホシノが唐突にガバリと身を起こした

 

「ねぇみんな……こんな噂、知ってる……?」

 

ホシノはわざとらしく無言で立ち上がると、壁のスイッチを切り、室内を完全な暗闇へと沈める。そして、どこから取り出したのか、手元のライトを自分の顔の下から至近距離で照射した

 

青白い光に照らされたホシノの顔は、普段の緩い表情が嘘のように不気味な陰影を帯び、オッドアイが怪しく発光する

 

「な、なによその噂って……。変に溜めないでよ、心臓に悪いわね」

 

「そ、そそそそうですよね…」

 

セリカが強がって声を張るが、その隣ではアヤネがすでに毛布を鼻先まで引き上げ、目だけをキョロキョロと動かしている

 

「この学校はね……昔はたくさんの生徒がいたんだ……。だけど、どうしても点数が足りない子がいてね……。何度も、何度も、卒業できずに留年を繰り返し……気がつくと、夜な夜な足りない単位を求めて徘徊する幽霊に……。今も、この廊下のどこかで、冷たい出席簿をめくる音が聞こえるかもしれないよ……『私の単位……どこぉ……?』ってね……」

 

「ひぃぃぃぃっ!? 」

 

アヤネが悲鳴を上げ、隣の布団で丸まっていたセリカへとダイブする

 

「アヤネちゃん大きな声出さないでよ! その声にびっくりしたじゃない!」

 

耳を塞いで震えていたセリカだったが、恐怖が引くと同時に、話の内容に強烈な既視感を覚えて即座に眉を吊り上げた

 

「……ってちょっと! それ、怪談じゃないわよ! ユメ先輩が卒業前に赤点取って焦ってた時の実話じゃない! この前、ホシノ先輩が『あのお気楽な先輩が、あの時は死んだ魚のような目をしていた』って笑い話にしてたでしょ!!」

 

セリカの鋭いツッコミが暗闇に響き渡る

 

かつてユメが卒業間近、「このままじゃ赤点で卒業できないよぉ! ホシノちゃーん、助けてぇ!」と、当時はまだトゲのあったホシノに涙目で縋り付いたときのエピソード。そこから補習当日まで、ホシノによる地獄のスパルタ補習が始まった

 

深夜過ぎまで部室に缶詰め。睡魔に襲われるユメをホシノが容赦なく叩き起こし、必死に教科書を捲らせる日々

 

その極限状態の中、寝不足で意識が朦朧としたユメが、青白い顔をして「た、単位……私が落とした単位はどこ……?」と、虚ろな目で夜の廊下をうろついていた姿は、いつもの姿を知っている物には珍しく見えた

 

ホシノは、あの時のユメの悲壮感漂う執念を、あえておどろおどろしい幽霊の仕業のように仕立て上げて話しただけだった

 

「せ、せせせセリカちゃん! ダメですよ、あまり大きな声を出すと単位……いえ……わ、私たちの命を取られるかもですっ!!」

 

「アヤネちゃん、怖がってる対象が完全に『留年』にすり替わってるわよ……?」

 

ガタガタと震えながらセリカのパジャマの袖を必死に掴み、涙目になっているアヤネ

 

そんな後輩の様子を眺め、ホシノは「うへぇ〜、ここまで怖がってくれるとおじさんも話し甲斐があるなぁ〜」と、満足げに口角を上げてパチリと教室の電気を付けた

 

「はいはい、おじさんの創作怪談はおしまい。ユメ先輩の怨念……じゃなくて執念に免じて、みんなもしっかり勉強しなきゃダメだよ〜?」

 

「説得力ゼロよ、ホシノ先輩! 二人も何か言ってよ……って、え?」

 

セリカが呆れ果てて背後の二人を振り返ると、そこには予想だにしないシュールな光景が広がっていた

 

普段ならどんな戦場でも眉ひとつ動かさず、戦術的な判断を下すはずのシロコが、あろうことか毛布を頭からすっぽりと被り、ノノミの腕の中にガッシリと避難して石像のように固まっている

 

「んんんん……怖くない……。お化けなんて、ただのプラズマか、あるいは物理法則で説明できる未確認現象のはず……。だから、理論上は怖くない……。ノノミ、離さないで。絶対、絶対に、一ミリも離さないで」

 

「あはは……。どうやらシロコちゃんも、ホシノ先輩の迫真の演技にすっかり当てられちゃったみたいですねぇ。よしよし、大丈夫ですよ〜」

 

「シロコ先輩は……単位落とす心配より、目に見えない幽霊の方が怖いのね……。なんだか意外というか、親近感が湧くというか……」

 

小刻みに震えながらノノミのパジャマを握りしめるシロコ。抱きつかれているノノミだけが、困ったように、けれどどこかこの状況を慈しむような穏やかな苦笑いを浮かべていた

 

しかし、ホシノの悪ふざけはただでは済まなかった

 

恐怖が限界を超えて攻撃性に転換されたシロコからは、「ん……物理で解決する」と情け容赦のないコブラツイストをガッチリと決められ、ホシノは「あだだだだ! おじさんの腰が、骨がミシミシ言ってるよぉ!」と悲鳴を上げる

 

さらに追い打ちをかけるように、アヤネが眼鏡を逆光でキラーンと冷たく光らせながら、手元のタブレットを叩いた

 

「ホシノ先輩。恐怖で目が冴えてしまいました。……明日、この未処理書類の山をすべて片付けるまで、一切のお昼寝を禁止します。一分でも目を閉じたら、追加の書類を投入しますから」

 

「うへぇ……。幽霊の呪いより、アヤネちゃんの死刑宣告の方がよっぽど血も凍るよぉ……」

 

ようやく一騒動が収まり、ふかふかの布団に再び潜り込んだ五人。さっきまでの賑やかさが嘘のように、砂漠の静かな夜の闇が教室を包み込んでいく

 

遠くで風が砂を撫でる音だけが聞こえる中、深い安心感に導かれるように、一人、また一人と深い眠りへと落ちていった

 

どれほどの時間が経っただろうか

 

心地よい微睡みを切り裂くように、教室の扉が勢いよく開く「バン!」という凄まじい衝撃音が響き渡った

 

「ほ、ホシノ先輩! 起きてください、大変なんです! すぐに来てくださいっ!」

 

「うへぇ……アヤネちゃーん……。いくらさっきの怪談が怖いからって、夜中にそんなに派手に扉を開けないでおくれよ。おじさんの心臓、今の一撃でまた五年前くらい若返っちゃったよ。このままだと、お肌ピチピチの現役女子高生に戻っちゃうよ……」

 

ホシノは重い瞼をこすり、寝ぼけ眼で入り口の方をぼんやりと見据えた

 

しかし、そこに立っていたアヤネの顔色は、窓から差し込む月明かりの下でもはっきりと分かるほど、血の気が引いて真っ青になっていた

 

ただ事ではない空気が、一瞬にして部室の温度を数度下げたように感じられた

 

「セリカちゃんが……セリカちゃんが、どこにもいないんです! 消えちゃったんです!」

 

「ん……トイレじゃないの? この学校、迷子になるような広さじゃないし、セリカなら暗闇でも平気そう」

 

シロコがむくりと起き上がり、派手な寝癖のついた頭を揺らしながら、眠気混じりの声で冷静に問いかける

 

だが、アヤネは救いを求めるように首を激しく横に振り、声を震わせた

 

「そ、その……怖かったので、トイレまでついてきてもらって……。でも、その帰り道の廊下で、誰かが啜り泣くような……。いえ、何かを必死に訴えかけるような、不気味な声が聞こえてきたんです。セリカちゃん、『またホシノ先輩が外でイタズラをしてるんじゃないの!? 』って怒り出しちゃって。止めるのも聞かずに、一人で声のする方……旧生徒会室へ入っていったんです!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ホシノの脳内から急速に眠気が引き、氷水を浴びせられたような緊張感が走った

 

旧生徒会室、そこは今は使われていない、思い出と埃だけが積み重なった場所だ

 

「あれ? 生徒会室は、防犯のためにしっかり鍵をかけて管理してませんでしたっけ?」

 

ノノミが不思議そうに首を傾げると、ホシノは無言でパジャマの懐から、小さなクジラのキーホルダーが着いた鍵の束を取り出し、月光に透かして見せた

 

金属の冷たい光が、彼女の手元で鈍く反射する

 

「うん、鍵はここにあるよ。おじさんが肌身離さず持ってる。開けられるはずがないんだ」

 

「そうなんです……私もそう思ったんですけど! 足がすくんで、少し遅れて私が部屋に辿り着いた時には、扉はあんなに固かったはずなのに、なぜか吸い込まれるように普通に開いていて……。でも、確実に中に入ったはずのセリカちゃんの姿は、どこにも……。何度も呼びかけて、クローゼットの中まで見たのに、返事すらないんです!」

 

アヤネの震える指先が、開け放たれた扉の向こう、深淵のように暗く沈んだ廊下を指し示した

 

「みんな、一応何があってもいいように、すぐ戦える準備をして。……おじさんたちも、生徒会室に向かおう」

 

ホシノの言葉には、いつもの気の抜けた響きは微塵もなかった。その一言で、寝起きの弛緩していた空気は一瞬にして、冷え切った実戦準備のそれへと塗り替えられた

 

シロコが先陣を切り、月明かりがシマウマの模様のように差し込む無人の廊下を、音もなく影のように駆ける

 

最後尾で仲間たちの背中を追いかけるホシノの脳裏には、非科学的な現象から悪意ある侵入者まで、最悪のシナリオがいくつも浮かんでは消えた

 

(セリカちゃん、お願いだから無事でいてよね。おじさん、誰かを失うのは……もう、まっぴらなんだから)

 

祈るような思いで胸の内で呟く。砂漠の夜は重く深く、古びた校舎が時折立てる「ミシッ」という軋みさえ、何かの不吉な予兆や、誰かの忍び笑いに聞こえてならない

 

旧生徒会室の重厚な扉の前に辿り着くと、シロコが迷いなくそのノブを掴んだ。アヤネが言っていた通り、鍵はかかっていない

 

扉が勢いよく開かれ、室内に冷ややかな月光が流れ込む

 

だが、突入しようとしたシロコの足が、入り口でピタッと止まった。

 

「ん……セリカ。見つけた。……アヤネ、セリカいたよ。……生徒会室の真ん中。無傷」

 

シロコの瞳には、鋭い警戒心ではなく、どこか拍子抜けしたような、困惑の混じった「じとっ」とした色が浮かんでいた

 

その視線の先では、セリカが部屋の中央で、まるでお気に入りの宝物でも見つけたかのように立ち尽くし、自分たちの慌ただしい訪問を不思議そうに見つめていた

 

「え、えええっ!? お、可笑しいですよ! さっきまでそこ、隅から隅まで何度も確認したのに……。埃一つ動いてなかったし、誰も、影も形もなかったのに……!」

 

アヤネが血相を変えて室内に飛び込み、セリカの周囲を「本当に本物ですか?」と言わんばかりにぐるぐると回りながら狼狽する

 

その様子を後ろから眺め、ホシノは、強張っていた全身から力が抜けるような、安堵の溜息を深く深く吐き出した

 

(良かった……アヤネちゃんの勘違いか、あるいは暗がりで見つけられなかったのかな。とにかく、何事もなくて助かったよ……)

 

最悪の事態――侵入者による拉致や、底の見えない砂地獄への転落、あるいはこの校舎に棲まう「何か」に連れ去られたのではないかという疑念

 

それらが一気に霧散し、ホシノの胸を占めていた氷のような冷たさは、安堵という名の微かな熱へと変わった

 

事態が飲み込めず、困惑の苦笑いを浮かべているセリカに対し、アヤネの心配は安堵を通り越して怒りへと一気に炸裂した

 

「どれだけ心臓が止まりそうになったか分かってますか! 何度も名前を呼んだのに、返事もしないで……!」

 

「わ、わかったから、そんなに怒らないでよアヤネちゃん…」

 

鋭い小言が静まり返った旧生徒会室に響き渡る中、ホシノは意識的に肩の力を抜き、いつもの「のんきな先輩」という完璧な仮面を被り直した。ひょこひょこと、まるでおどける道化のように列の前に躍り出る

 

「ほら〜、だからおじさんが言ったでしょ〜? セリカちゃんはしっかり者なんだから、こんなところで迷子になんてならないって。……ふわぁ〜あ」

 

先ほどまでの、髪の毛一本分で踏みとどまっていたような危機感や、神に縋るような必死の祈りなど、初めから脳内に存在しなかったかのように振る舞う

 

ホシノは自ら捏造した余裕を並べ立て、これ見よがしに大きく口を開けて欠伸をしてみせた

 

「驚かさないでおくれよセリカちゃん。おじさん、怖くて寝不足になっちゃいそうだよ。明日のお昼寝時間を一時間増やしてもらわないと、割に合わないなぁ〜」

 

いつものように、ふざけた軽口を混ぜて笑いかけ、セリカと視線を交差させた

 

その瞬間、ホシノの背筋にゾクリとした電流が走った

 

「――っ!!」

 

返事の言葉を紡ぐよりも早く、セリカが弾かれたような勢いで床を蹴った

 

驚愕に目を見開く仲間の視線を置き去りにし、最短距離でホシノの懐へと突撃するように飛び込んでくる

 

「ぐえっ!? ちょ、ちょっとセリカちゃん!?」

 

正面衝突に近い勢いでタックルされ、小柄なホシノの体は背後の壁際まで押しやられた

 

激しい衝撃

 

しかし、それ以上にホシノを驚かせたのは、自分にしがみついてくるセリカの腕の力だった。折れんばかりに強く、そして、凍死寸前の者が炎に縋り付くかのように激しく震えていたからだ

 

「ホシノちゃ……」

 

「……え?」

 

鼓膜に直接注ぎ込まれたその呟きに、ホシノの思考回路が焼き切れるような衝撃を受けた

 

「……ううん。ホシノ、先輩……。ホシノ先輩だぁ……っ、う、ううっ……!」

 

セリカは即座に言い直し、言葉を濁らせたが、その直後にはホシノの胸元に顔を埋めて、なりふり構わず子供のように泣きじゃくり始めた

 

パジャマの胸元が、瞬く間に彼女の流す熱い涙と、激しい呼気で濡れていく

 

「セリカちゃん!? 一体どうしたんですか、どこか痛むんですか!?」

 

「ん……セリカ、怪我は? 敵がいたの?」

 

アヤネやシロコ、ノノミが顔色を変えて駆け寄ってくる中、ホシノだけは全身の血が逆流するような、あるいは深い水底へ沈んでいくような奇妙な感覚に襲われていた

 

(今……私のことを、『ホシノちゃん』って言いかけて……?)

 

驚愕のあまり、ドクンドクンと早鐘を打つ自分の心臓の音が、頭蓋骨の奥まで響いてくる

 

ありえない。今の対策委員会のセリカが、自分をそんな親しげな、あるいは「かつてそう呼んでいた誰か」のような愛称で呼ぶはずがない

 

アヤネがトイレの帰り道で彼女を見失い、恐怖で震えながら自分たちを起こしに来るまでの、わずか数分の空白。その間に、この旧生徒会室の闇の中で、彼女の身に一体何が起きたのか

 

セリカの泣き声は止まらない

 

それは単なる恐怖ではなく、長い長い旅路の果てに、ようやく辿り着くべき場所に帰り着いた者の慟哭のようにも聞こえた

 

混乱する思考を無理やり抑え込み、ホシノは震える手でセリカの細い背中に腕を回した

 

今、自分の腕の中にいるのは、いつもの勝気で騙されやすい後輩ではない

 

どこか遠い、ここではない場所から、ボロボロになりながらもやっとの思いで帰還した、名も知らぬ迷い人のような切実な温もり

 

「よしよし。よしよし……。大丈夫だよ、セリカちゃん。よっぽど怖い夢でも見たんだね。おじさんは、ここにいるよ」

 

ホシノの声は、自分でも驚くほど優しく、そして微かに震えていた。

 

「大丈夫。みんな、ちゃんとここにいるから。もうどこへも行かないよ」

 

その掌の温かさは、セリカが抱える底知れない孤独を溶かすように、ただひたすらに、静かにその背中を撫で続けた

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