セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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突然評価増えてびっくり…あと少しでお気に入りが400…!


砂まつりとあとひとつの鍵

それから数日が経過し、セリカは驚くほど自然に、けれど一秒一秒を慈しむようにこの世界へと順応していった

 

お泊まり会の翌朝、窓から差し込む柔らかな陽光に目を細めながら、セリカは深く、長い伸びをした

 

「……あー、やっぱりふかふかの布団って最高ね。体がとろけちゃいそうだわ」

 

その呟きは、単なる寝起きの感想にしてはあまりに重く、まるで何ヶ月も固い床や凍てつく地面で眠り続けてきたかのような、切実な実感が籠もっている

 

その言葉を拾い上げたホシノの脳裏には、かつて彼女に用意してあげた、あの古びたソファの感触が鮮烈に蘇った

 

(……そうだよね。あの時は、おじさんが用意してあげられたのはあのソファだけで、ベッドを渡す余裕なんてこれっぽっちもなかったもんね。うへぇ、おじさん、もっとおもてなしの修行をしなきゃだねぇ)

 

ホシノは胸の内で自嘲気味に苦笑いしながら、彼女が今享受している「当たり前の心地よさ」を、まるで壊れ物を扱うような眼差しで静かに見守った

 

またある時は、部室のテーブルを囲み、ノノミが用意した色鮮やかな高級焼き菓子を口にした時のこと。アヤネが丁寧に淹れた、湯気の立ち上る芳醇な香りのお茶を啜りながら、セリカはポツリと独白を零した

 

「……やっぱり、ノノミ先輩の用意してくれたお菓子と、アヤネちゃんのお茶は最高ね。本当に、魂の底から落ち着くわ」

 

その声があまりに深く、暗い迷宮からようやく陽の当たる場所へ辿り着いたかのような安堵に満ちていたため、ホシノは再び密かな反省会を開かざるを得なかった

 

(……も、もう少し美味しいものを出してあげればよかったかなぁ。あの時の、お世辞にも豪華とは言えない非常食紛いの食事……今更ながら後悔しちゃうよ)

 

彼女が何気なく口にする言葉の一つひとつが、ホシノにとっては過去の自分を省みる楔となり、同時に、今目の前にいる彼女がどれほどの渇きを抱えて戻ってきたのかを無言で物語っていた

 

セリカが噛み締める「日常」の味。それは、ホシノにとってもまた、二度と手放してはならない救いそのものとして胸に刻まれていく

 

セリカの様子が完全に落ち着きを取り戻し、日常の喧騒がアビドスに根を下ろし始めた頃、ホシノは胸の内で暴れる気持ちを抑えきれず、誰もいない校舎の屋上へと駆け上がった

 

砂漠の冷たい夜風が火照る頬を撫でる中、震える指先でユメへと通信を繋ぐ

 

「――先輩! 聞いてよ! あのね、セリカちゃんが、私のことを『ホシノちゃん』って言いかけたんだよ! 私たちがここで初めて出会った、この時間線のセリカちゃんなら、絶対に『先輩』としか呼ばないはずなのに……! これってもしかして、ううん、絶対に、あの時のセリカが帰ってきたんだと思うんだ!」

 

受話器の向こう側に届くホシノの声は、いつもの気怠げなトーンが嘘のように弾み、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のような無邪気さに満ちている

 

しかし、その高揚を受け止めるユメの声には、手放しの喜びよりも、どこか深い戸惑いと、愛しい後輩の精神状態を案じる懸念が混じっていた

 

「そ、そうなんだね、ホシノちゃん。それは……その、もし本当なら、すごいことだね……」

 

ユメの返答は、どこか歯切れが悪い。彼女の脳裏では、(もしかしてホシノちゃん、あの時別れたセリカちゃんへの想いが強すぎて、今のセリカちゃんに彼女の影を過剰に重ねちゃってるんじゃ……)という現実的な危惧が首をもたげていた

 

ホシノがかつて背負った喪失の深さを誰よりも理解しているからこそ、希望という名の美しい毒に、彼女の心が侵され始めているのではないかと、ユメは独り密かに気を揉んでしまう

 

けれど、あんなに嬉しそうに報告してくるホシノの期待を真っ向から否定して傷つけることだけは、何としても避けたかった

 

「えっと……一応確認なんだけど、本人に直接聞いたのかな? 別の場所から来たのか、とか、過去に行ってたのか、とか……」

 

ユメが言葉を選びながら、恐る恐る核心に触れようと尋ねると、先ほどまで勢いよく吹き上がっていたホシノの熱が一転し、しおしおと萎んでしまった

 

「……ううん、まだ。だって……約束、果たせてないから。最高のお祭りを見せるって、おじさん、あの時のセリカと約束したんだ。それなのに今の私は、まだ何も彼女にしてあげられていない。本当の彼女だと確信した瞬間に『おかえり』って言いたいけれど、今の私じゃ、まだ……」

 

受話器越しに伝わるホシノの沈黙。その後悔と焦燥を打ち消すように、ユメはいつもの、太陽のように明るく屈託のない声を張り上げた。

 

「それなら、今すぐ開こうよ! 私たちがずっと夢見ていた『砂まつり』をさ!」

 

「ええっ!? そ、そんな急に……。材料だって、予算だって全然足りないよ。昔見たポスターにあるような、あの盛大で煌びやかなものを想像してたら、今の私たちの戦力じゃ、とても……」

 

もごもごと現実的な困難を列挙して口籠るホシノに対し、ユメは諭すような、けれど優しさに満ちたトーンで語りかける

 

「いいんだよ、ホシノちゃん! 昔の記録にあるような、何万人も集まる大きな祭りを目指さなくていいの。大切なのはね、そこにいるみんなが心から笑って、今日という日を宝物だと思えるような、温かくて小さなお祭り。それなら、今の私たちにだって、きっと素敵に作り上げられるでしょ?」

 

「……小さな……みんなが、楽しめるお祭り……」

 

ホシノはその言葉を、砂漠に落ちた最後の一雫を慎重に拾い上げるようにして反復した

 

(……確かに。おじさん、セリカに誇れるような『完璧で巨大な祭り』を開くことばかりに囚われて、一番大事な『みんなが今、ここで隣で笑えること』を見失いかけてたよ。ユメ先輩には……やっぱり、敵わないなぁ)

 

凝り固まっていた視界が、一気に鮮やかな色彩を帯びて開けていく感覚

 

ホシノは端末を握りしめる手に力を込め、夜空の向こう側にいる恩人へ向けて、力強く宣言した

 

「……そうだね、先輩! 明日、みんなに伝えてみるよ。豪華な飾り付けはなくても、最高に楽しくて、世界で一番温かい、アビドスだけの小さなお祭りを開催しようって!」

 

「うん、その意気だよ、ホシノちゃん! 私も絶対に、お仕事を気合で片付けて、意地でもお休みをもらって駆けつけるから! 三人で……ううん、みんなで一緒に花火を見よう。約束だよ♪」

 

ユメの弾むような笑い声が耳に届き、ホシノは未来への確かな手応えを胸に、果てしない夜の空を見上げた

 

セリカが繋いでくれたこの奇跡を、今度は自分の手で、確かな形にするために。砂漠の風は、もう冷たくはなかった

 

それからは、まるで砂時計の砂が逆流し始めたかのように、停滞していた時間が目まぐるしい速度で動き出した

 

昼下がりの対策委員会室

 

ホシノがいつものソファから不意に腰を浮かせ、「ねぇみんな、小さなお祭りを開こうと思うんだ。アビドス伝統の……『砂まつり』をね」と切り出した瞬間、部屋の空気は凍りついたように静止した

 

真っ先に反応したのはシロコだった。彼女は音もなくホシノに近づくと、無言でその額に白く冷たい掌をぴたりと当てる

 

「ん……ホシノ先輩、意識ははっきりしてる? 瞳孔の開きに異常なし。でも、言動に深刻なバグが発生している可能性がある」

 

「ちょっとシロコちゃん、おじさんを壊れた機械みたいに扱わないでよ〜」

 

アヤネもまた、眼鏡の奥の瞳を不安げに揺らし、手元の端末で真剣に保健室の空き状況と、近隣の心療内科のリストを確認し始めた

 

「ホシノ先輩、本当にお疲れなんですよ。いつも『おじさんの本業はお昼寝とサボり』って公言して憚らない先輩が、自分からそんな労働の塊みたいな企画を言い出すなんて……。もしかして、砂漠の熱にやられて、ついに本格的な幻覚を見ているんじゃ……それともテラー化の影響…?」

 

「うへぇ、みんな失礼だなぁ。おじさんだってたまには、後輩たちのために一肌脱ぎたい時くらいあるんだよ〜」

 

ホシノは困ったように笑いながらも、その瞳の奥には冗談では決して片付けられない、静かで真摯な光を宿していた

 

その視線が、嘘偽りのない本気であることを悟った瞬間、メンバーの困惑はすぐさま熱を帯びた期待へと塗り替えられていく

 

「お祭り……いいですねぇ! 露店に花火、アビドス復興のシンボルとしても素晴らしい企画です! すぐに浴衣のカタログを取り寄せなきゃ♪」

 

ノノミが両手を合わせて花が咲いたような笑顔を見せ、早くも予算編成を頭の中で弾き始める

 

「ん……砂漠での野外フェス。大規模な防衛陣地と、不測の事態に備えたタクティカル・セキュリティの計画を練り直す必要がある。……楽しみ。チョコバナナを片手に哨戒活動をするのも悪くない」

 

シロコもまた、自身の愛銃を整備しながら、すでに実戦を兼ねた祭りへの期待に胸を躍らせていた

 

「ちょっと、二人とも盛り上がりすぎですよ!……でも、そうですね。これだけ毎日砂と戦ってますし。たまにはパッと派手にやるのも、アビドスの景気付けには悪くないかもしれないですね」

 

アヤネもようやく呆れ顔を解き、少しだけ楽しそうに頷いた

 

しかし、その賑やかな会話の輪の中で、セリカだけは先ほどから一言も発さず、石像のように固まっていた

 

彼女の耳に届いた『砂まつり』という単語。それは、彼女がかつていた時間線で、血を吐くような思いで追い求め、そしてついに、たった一人では開催することの叶わなかった「約束の象徴」そのものだった

 

そんなセリカの異変に、ホシノだけは気付いていた。震える指先、強張った肩、そして何かを必死に堪えるような瞳

 

ホシノはさらに確信を強める。あの子にとって、この祭りがどれほどの意味を持つのか。そして、あの子が誰を求めて、この「今」へと辿り着いたのかを

 

「……ね、セリカちゃん。最高に楽しくて、世界で一番温かい祭りにしようね。大丈夫、おじさんに考えがあるんだ。今回のお祭りにはね、おじさんの取っておきのスペシャルゲストを二人、呼ぶつもりだから。……だから、みんなで頑張ろう!」

 

ホシノが優しく、けれど未来を約束するような力強いトーンで告げると、セリカはようやく弾かれたように顔を上げた

 

その瞳には、今にも零れ落ちそうなほどの色濃い感情が渦巻いている

 

「え……あ、ええ。そうね。……ええ、そうしましょう……っ」

 

セリカの声は微かに掠れていた。いつもの強気な語気はどこかへ消え、ただホシノが差し出した「未来」に縋るような、そんな切なさが滲んでいる

 

「スペシャルゲスト」が誰を指しているのか。それを正確に察するには至らなくても、ホシノの眼差しに宿る慈愛が、セリカの凍りついた心を少しずつ溶かしていく

 

その様子を見届け、ホシノは胸の内で静かに、けれど鋼のように強固な決意を、今一度固め直すのだった。

 

数日後、ホシノとアヤネは、絶え間なく砂塵が舞い踊るアビドスの街へと繰り出していた

 

二人の手には、アヤネが夜を徹して仕上げた、手書きの温かみが残る開催のチラシが束ねられている

 

照りつける日差しを避けながら、二人は出店してくれる協力者を探し、一軒一軒、馴染みの店に丁寧に声をかけて回った

 

「おや、アビドスの嬢ちゃんたちじゃないか。お祭りだって? 景気のいい話だ、うちの焼きそば屋台を出してやるよ! 嬢ちゃんたちの頑張りには、いつか報いてやりたいと思ってたんだ」

 

「ホシノさんたちが動くなら、断る理由なんてないわ。祭りに華を添える最高のお菓子を準備しておくわね。子供たちの笑顔が見られるなら、腕が鳴るわ」

 

頼みに行く先々で、住民たちは二言返事で快諾してくれた

 

アビドスの再興を、そして彼女たちの絶望的な状況下での奮闘を陰ながら応援し続けてきた人々にとって、この「砂まつり」の再開は、単なる催しを超えた待望の希望の光だったのだ

 

好意的な反応の連続と、街の人々の温かな眼差しに、アヤネは眼鏡の奥を熱くし、何度もハンカチで目元を拭った

 

ホシノもまた、胸がいっぱいになりながら「うへぇ、みんな優しすぎておじさん泣いちゃいそうだよ。アビドスも捨てたもんじゃないねぇ」と鼻の頭を赤くして、照れ隠しに笑った

 

さらにホシノは、校区を越えた他学園への「招待」も忘れなかった。彼女は単身、ゲヘナ学園へと足を運ぶ

 

ゲヘナ学園、風紀委員会室

 

重厚な扉の向こう側、天井まで届きそうな書類の山に埋もれていたヒナは、ホシノから砂まつりの計画を聞かされると、深い溜息をつきながらペンを置いた

 

「……ホシノ。貴女、どこか熱があるんじゃない? 普段の貴女からは想像もできない行動力ね。貴女がここまで積極的だと、なんだか怖いわ」

 

対策委員会の面々と全く同じ、あるいはそれ以上に切実な心配をされ、ホシノは「あはは、ヒナちゃんまでひどいなぁ。おじさんもやる時はやるんだよ」と苦笑いを浮かべる

 

しかし、ホシノが語る「たった一人の後輩のために、最高に温かいお祭りを開きたい。ヒナちゃんたちにも、ただ一人の生徒として遊びに来てほしい」という言葉の裏にある切実な響きを、ヒナが理解しないはずもなかった

 

ヒナが承諾の返事をするよりも早く、背後で控えていたアコが、堰を切ったように身を乗り出した

 

「ふ、ふふふ……ヒナ委員長とお祭りデート……屋台を巡り、夜空に咲く大輪の火を二人で眺める……最高です……これこそが、日々の激務に対する正当な対価……!」

 

アコは手元のタブレットを握りしめ、既に脳内で完成しているであろう薔薇色のシミュレーションに没頭し、鼻息を荒くしている

 

そんな様子を横で見守っていたチナツが、眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、冷静な、けれどどこか寂しげなトーンで釘を刺した

 

「……アコちゃん、少し落ち着いてください。行くにしても、今回は浴衣などはなしにして、普段通りの装備で行くのが賢明かと思われます」

 

「なっ……!? 何を言っているんですか、チナツ! お祭りといえば浴衣、浴衣といえばヒナ委員長の可憐な和装姿でしょう! それを拝まずして、何が風紀委員ですか!」

 

「それと風紀委員は関係ないと思うけどなぁ〜…」

 

食ってかかるアコに対し、チナツは淡々と現実を突きつける。

 

「考えてもみてください。私たちが浴衣姿でウキウキと出かけているところを、あの万魔殿の面々…いえ、議長に見つかったらどうなるか。……間違いなく『キヒヒ、そんなに暇ならこの書類も片付けておけ』と、嫌がらせのように山のような仕事を押し付けられるに決まっています」

 

「そんな……ヒナ委員長の浴衣姿が、あの赤っ恥アフロのせいで潰されるなんて……っ!」

 

絶望に打ちひしがれ、その場に膝を突きそうな勢いで落ち込むアコ

 

そんな部下の狂乱を、ヒナは心底呆れ果てたような、半ば諦めに似た眼差しで見つめ、ホシノは「うへぇ、相変わらず賑やかだねぇ」と苦笑いするしかなかった

 

「……まぁ、そういうわけだから。当日は騒ぎにならないよう、最大限の隠密行動で向かわせてもらうわ。……もちろん、目の前のこの仕事が、全て片付いていればの話だけれど」

 

ヒナの言葉を聞いた瞬間、アコは弾かれたように立ち上がり、鬼気迫る表情でデスクに向き直った

 

「言われるまでもありません! 委員長の……いえ、私たちの安らぎのために、死ぬ気で仕事を消滅させてみせます! チナツ、イオリ! 遊びの時間を確保するために、全速力で残務処理を開始しますよ!」

 

「はいはい、わかったわよ。……ホシノさん、あんたも期待してなさいよね。最高の体制で遊びに行ってやるから」

 

イオリも不遜に笑いながら、既に祭りに向けた気合を十分に滲ませていた

 

準備は着実に、そして力強く、目に見える形を成していく。校舎の倉庫からは埃を被った提灯が運び出され、シロコは会場の設営シミュレーションに没頭し、ノノミは最高の浴衣を選び抜くために奔走している

 

かつてポスターに描かれていた、数万人が押し寄せる巨大な栄華の再現ではないかもしれない

 

けれど、そこには今を懸命に生きる彼女たちの体温があり、失われた過去と、そして未来から届いた祈りが交差する、確かな絆があった

 

ホシノは、夕陽に照らされてキラリと黄金色に光る砂漠の地平線を見つめながら、かつて、あの日セリカと交わした「いつか、最高のお祭りを」という約束が、すぐそこまで、手の届く場所まで来ていることを確信している

 

夜の帳が降り、校舎を包み込む砂漠の空気は昼間の暴力的な熱気が嘘のように、しんしんと冷え始めていた。屋上のフェンスに背を預け、ホシノは一人、静かに眼下の校庭を見下ろしていた

 

そこには、数日前まではただの砂の広場だった場所に、急ピッチで設営が進む屋台の骨組みが並んでいる。昼間の喧騒の残滓が、木の香りと砂の匂いに混じって、わずかに鼻先を掠めた

 

お泊まり会にはどうしても都合がつかなかったクロコも、いつの間にか自分で資材を調達し、屋台を作り上げていた

 

「ん、この祭りを私のたい焼きで掌握する。外はカリッと、中は甘すぎない計算された餡……。これでみんなの胃袋を封じ込める」

 

そう言って、夜通し鉄板の火加減を調整し、試作に励む彼女の背中を思い出し、ホシノの口元がわずかに緩む

 

さらに、柴関ラーメンの大将に至っては、「アビドスの祭りにうちが華を添えなくてどうする! 砂漠の夜風に冷えた体に、最高の一杯をぶち込んでやるぜ!」と、かつてないほどの気合で巨大な特注の寸胴鍋を新調していたので驚きを隠せなかった

 

これ以上ないほど順風満帆。協力者は日を追うごとに増え、学園間の調整も済み、準備は着実に、そして力強く形を成している

 

盛り上がるはず。最高のお祭りになるはずだ

 

けれど、ホシノの胸の奥底には、まるで喉に刺さった小さな魚の骨のように、あるいは砂嵐の予兆のように、微かな、けれど決して無視できない「違和感」が重く居座り続けていた

 

(楽しくなるはずなんだけど……何だろう、この胸騒ぎ。おじさん、何か決定的なことを、一番大切なピースを忘れてる気がする……)

 

星一つない、吸い込まれそうなほど深い暗闇の空を見上げ、ホシノは記憶の糸を静かに、そして慎重に手繰り寄せる

 

意識が過去の断片へと深く沈み込んでいく中で、ふと、いつかの光景が鮮烈に脳裏をフラッシュバックした

 

それは、ユメとセリカが、部室の隅で埃を被っていたあの一枚の、色褪せた「砂まつり」のポスターを初めて見つけ、子供のように目を輝かせていたときのことだ

 

『私はやっぱり、最後は花火とか見たいわね。ほら、こことかにお知らせがあるくらいだから、目玉なのは確実よ! 砂漠の夜空に上がる大輪の花……想像するだけで悪くないじゃない! 』

 

勝ち気で、いつも強がってばかりいたセリカが、少女のように頬を上気させて、夢中で語っていたあの日の希望

 

ユメが「そうだね、ホシノちゃんも一緒に見ようね。みんなでお揃いの浴衣を着てさ!」と、未来を疑わずに笑いかけてくれたあの約束

 

「――っ、そうだ! 花火……! 花火だよ……!」

 

ホシノは思わず声を上げた

 

そうだ、ポスターの片隅、セリカが細い指先で何度もなぞっていた場所には、確かに「フィナーレ:打ち上げ花火」の文字が踊っていたのだ

 

屋台の賑わいや美味しい食事も大切だが、セリカが、そしてユメが一番楽しみにしていたのは、すべてを包み込むアビドスの暗闇を、一瞬で極彩色の光へと塗りつぶす、あの圧倒的な救いの光だったはずだ

 

(でも……今から準備して、果たして間に合うのかな。火薬の使用申請に、打ち上げ機材の確保、保安距離の策定……何より、この砂漠の真ん中で専門の技師さんを今から捕まえるなんて……)

 

あまりに高いハードル

 

予算も時間も、お世辞にも余裕があるとは言えない。常識的に考えれば、今からの追加企画など無謀の極みだ

 

けれど、今のセリカに、そしてずっと向こう側で待ってくれていたユメに、「あの日、見せてあげられなかった景色」を、今度こそ見せてあげたい

 

その想いが、ホシノの胸の中で熱い奔流となって、すべての不安を押し流していった

 

一旦頭を冷やすため、ホシノは屋上を降り、静まり返った廊下を歩いた。砂に削られた窓から差し込む月光が、床に長い影を落としている

 

教室の扉をそっと開けると、そこには設営の疲れで泥のように深い微睡みの中へ落ちている後輩たちの姿があった

 

ノノミはクッションを愛おしそうに抱きしめ、シロコは寝ながらでも何かを警戒するように身体を縮こまらせ、セリカは新調したばかりのパジャマに包まれて、穏やかで規則正しい寝息を立てている

 

その無防備で、あまりにも愛おしい寝顔を、月光が慈しむように優しく照らしていた

 

ホシノは一人、彼女たちの眠りを邪魔しないよう静かに自分の布団に潜り込んだ

 

瞼を閉じても、脳裏には「もし、砂漠の夜空にあの花火が上がったら」という光景が止まらない。隣の布団で眠るセリカの横顔に、あの日見た「未来の彼女」の悲痛な叫びを重ね、ホシノは誓った

 

(明日、先生に相談してみよう……。先生なら、きっと……)

 

砂漠の夜は深く深く沈み、お祭りまでの時間は刻一刻と削られていく




結構誤字脱字を見つける人がいて凄いと思う…そういうの苦手なので本当に有難い…!

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