セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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セリカの本当の帰還 アビドスに咲く花

夜の帳が降り、無数の提灯が琥珀色の光を投げかけるアビドスの校庭

 

砂漠の夜風を孕んで揺れる光の粒が、交互に私たちの足元を照らし出す中、ホシノはセリカの細い手をしっかりと引き、賑わいの深部へと歩みを進めた

 

いつものホシノであれば、きっとどこか人目のつかない屋上か教室の片隅で、微睡みの海に深く潜り込んでいる時間だ。けれど今のホシノは、自分でも驚くほど足取りが軽く、心臓の鼓動が祭りの囃子と共鳴しているのを感じる

 

繋いだ手から伝わってくる確かな、そして少しだけ湿り気を帯びた熱。それが、ホシノの胸の奥で燻っていた消えない不安を、甘く心地よい期待へと溶かしていく

 

「ちょっとホシノ先輩、速いわよ! もう、どこまで行くつもりなの!?」

 

背後から飛んでくるセリカの声。それは少し怒っているようでもあり、けれど隠しきれない弾んだ響きが混じっている

 

私は一度だけ足を止め、肩越しに振り返った。夜の闇を背負い、色とりどりの提灯の光を瞳の中に散りばめた彼女の姿を見つめる

 

あの日、あまりに遠い未来へと消えてしまった彼女が、今はこうして私のすぐ後ろで、私の引く手に導かれて歩いている。ただそれだけの事実が、ホシノの胸をはち切れんばかりに満たしていく

 

「あはは、ごめんごめん。でも見てよセリカちゃん、あそこの射的! 景品にクジラのぬいぐるみが並んでるよ。これはおじさんとして、スルーするわけにはいかないよねぇ」

 

ホシノが指差した先には、裸電球の力強い光に照らされ、ひときわ熱気を放つ射的の屋台が鎮座していた

 

セリカは「また変なことにこだわって……」と呆れたような、けれどどこか拒めないといった様子で、私の我儘に寄り添うように付き合ってくれる

 

射的のカウンターの前に立つと、火薬と埃の混じった祭りの匂いがより一層強く鼻を掠めた。私は使い古されたコルク銃を、使い慣れた獲物のように手に取った

 

「へいらっしゃい! お嬢ちゃんたち、なかなかの目利きだねぇ。狙い目はあの最上段、特大のクジラさんだ! 悪いがこいつは重心が特殊でね、そう簡単には落ちないよ!」

 

「へぇ、自信満々だねぇ、店主さん。……それじゃあ、このおじさんに三発ほど撃たせてくれるかな?」

 

慣れた手つきで銃身を指先で軽やかに回してみせると、隣のセリカが「ちょっとホシノ先輩、お祭りなんだからそんなに気合入れちゃって……」と小声で苦笑する

 

私はスッと銃を構え、片目を細めた

 

その瞬間、ホシノの視界から祭りの喧騒が霧のように消え去った。全神経が、最上段に鎮座する特大のクジラへと収束していく

 

それは、あの日遠い水族館の底で、私たちの姿を静かに見守ってくれていたあの思い出の姿と鮮やかに重なる

 

(セリカの前なんだ……最高にかっこいいところ、見せないとね)

 

引き金に指をかけ、呼気と共に意識を一点に研ぎ澄ます

 

パァン!

 

乾いた、小気味よい破裂音が響き、周囲の喧騒を切り裂いた。次の瞬間、重厚なはずのクジラのぬいぐるみが、吸い込まれるように鮮やかな軌跡を描いて台座から叩き落とされた

 

「はい、セリカちゃん。これ、今日のお祭りの記念に」

 

まだ新しい布の匂いと、微かな火薬の香りが残るぬいぐるみを、彼女の腕にそっと押し込む

 

セリカは驚きで大きく目を丸くし、それから壊れ物を扱うような手つきで、どこか愛おしそうにその巨体を抱きしめた

 

「ありがと。……っていうか、そんなに欲しかったんなら自分で持っていればいいじゃない」

 

「いいんだよ〜。おじさんはね、隣でセリカちゃんが『あぐっ』て驚いた顔が見られただけで、もう十分すぎるほど元が取れちゃったからね」

 

「ふふ、何よそれ」

 

そう言って笑う私の瞳には、抱きしめたぬいぐるみよりもずっと柔らかく、そして温かい光を宿したセリカの笑顔だけが、宝石のように眩しく映っていた

 

そんな軽口を叩きながら、私たちは色とりどりの光が溢れる屋台の列を、泳ぐように巡り歩いた

 

型抜き屋の店先で、極細の針を手に眉間に皺を寄せ、子供のようにムキになっているセリカの真剣な横顔

 

ブルーハワイのかき氷を口いっぱいに頬張り、そのあまりの冷たさに「あだだだ……」と頭を抱えてのけぞる彼女の姿を、私はお腹を抱えて笑い飛ばした

 

お面屋の軒先で、ひょっとこのお面を被ってひょうきんに踊ってみせると、それまで強がっていたセリカもついに耐えきれず、夜の空気に溶け込むような清らかな声で吹き出した

 

(ああ、これだ。この笑顔だ。この混じりけのない輝きを、私はずっと、喉から手が出るほど欲しかったんだ)

 

祭りの喧騒の向こう側に、ふと見慣れた姿が目に入る

 

アコに無理やり「長細いもの」を口に押し込まれ、頬を膨らませて困り果てているヒナの姿だ

 

普段の冷徹な委員長からは想像もつかないその光景に、私は一瞬だけ目を細めたが、すぐに手元のスマートフォンの画面を確認する

 

デジタル時計が刻む数字は、約束の瞬間がすぐそこまで迫っていることを告げていた

 

私は繋いでいたセリカの手を、もう一度ぎゅっと、今度は絶対に離さないという確信を込めて握り直す

 

そして、有無を言わせぬ力強さで彼女を誘導し、賑やかな人混みの奥へと、喧騒の裏側へと引っ張っていく

 

「あ、ヒナちゃん! アコちゃんも! お祭りはまだ始まったばかりだから、ゆっくり楽しんでねー!」

 

「えっ、ホシノ!? ちょ、ちょっと待ちなさい、いきなりどこへ……!」

 

嵐のようにその場を去っていく私たちの背後で、アコたちが何か抗議の声を上げていたけれど、今の私には一秒の猶予も惜しかった

 

私は戸惑うセリカの手を引いたまま、人影の途絶えた静まり返る校舎へと滑り込む

 

一歩足を踏み入れた途端、外の囃子が壁一枚を隔てて遠い白昼夢のように遠ざかると月光だけが頼りの廊下を、心臓の鼓動をリズムにして駆け抜けた

 

階段を一段、また一段と踏みしめるたびに、夜の深い静寂が私たちを優しく包み込み、外界の熱を奪っていく

 

最上階、屋上の扉の前に立ち、ホシノは腰の鍵束を揺らした。その中から、この日のためにアヤネからこっそりと借り受けておいた、予備の「特別な鍵」を取り出す

 

「ちょっと先輩、勝手に入ったらまたアヤネちゃんに大目玉を食らうわよ? 」

 

「あはは、大丈夫だよ〜。おじさんには今日、どうしてもここに来なきゃいけない理由があるんだ。世界中の誰に怒られたとしてもね」

 

重い真鍮の鍵が錠前の中でカチリと音を立てる。錆びついた蝶番が微かな悲鳴を上げながら扉を開くと、そこには砂漠の冷たく澄んだ夜風が吹き抜ける、私たちだけの特等席が広がっていた

 

眼下に広がるのは、校庭で揺れる無数のオレンジ色の光、そして祭りに集った人々の命の輝きだ

 

それを見下ろすセリカの瞳に、私が仕掛けた「最高のプレゼント」を、あの日からずっと止まっていた彼女の物語を動かすための光を早く映してあげたくて、私は彼女の隣にそっと寄り添った

 

彼女が通った後の空気には、ひだまりのような、どこか懐かしくて甘い残り香が漂う

 

(……ああ、本当に。この匂い、この温度。夢じゃないんだよね。おじさん、まだどこかで「もしこれが全部、自分が最後に見た都合のいい幻覚だったら」なんて、臆病なことを考えてたみたいだ)

 

「今日は、本当に楽しかったねぇ……」

 

ホシノの独り言のような呟きに、セリカちゃんは一瞬だけ弾かれたように驚いた表情を見せた。けれど、すぐに照れ隠しのような、それでいて穏やかな笑みを浮かべて口を開く

 

「そうね。……準備は死ぬほど大変だったし、予算の計算で毎日頭が痛かったけど。でも、またいつか、こういう日を作れたらいいなって……今は、素直にそう思うわ」

 

「あはは、セリカちゃんらしいね。おじさんはね、こうしてセリカちゃんと一緒にこの景色を眺められただけで、もう十分すぎるくらいなんだけどさ」

 

(本当だよ。君が隣にいて、こうして笑って。ただそれだけのことが、どれだけ奇跡に近いことか。あの日、未来のことを話せず1人で苦しんでいたかを知ってるから…。だから、この「当たり前」が、何よりも尊いんだ)

 

「……何よ、急に。先輩らしくないわね」

 

じとっとした目で、セリカが私を横目で見る

 

何を言いたいのかは、言葉にしなくても伝わってきた。自分だって、ここまで周りを巻き込んで、必死になって、先頭に立って行動ができるなんて思ってもみなかったのだから

 

「ねぇ、ホシノ先輩。……今日は、おふざけモードじゃないの?」

 

「んー、どうかな。おじさんもたまには、かっこいい先輩の顔をしてみたい時があるんだよ〜」

 

(……なんてね。本当は、かっこつけたいわけじゃないんだ。ただ、セリカにだけは、ちゃんと届いてほしくて。おじさんがどれだけ君のことを、アビドスのことを、大切に思っているか。それを見せるには、今日しかないと思ったんだよ)

 

ホシノがそう茶化すと、セリカは何も言わずに、また眼下に広がるオレンジ色の光の海へと視線を戻してしまった

 

どれだけの時間が経ったのだろう。遠くから聞こえる太鼓の音と、涼やかな夜風の音

 

ホシノにとっては、この言葉のない静かな時間すら、一生取っておきたいくらい愛おしく感じられた。その時、セリカがふと思い出したかのように呟く

 

「そういえば……二人のスペシャルゲストって、結局誰のことなのよ? ヒナさんやヒフミのこと? さっき会ったけど、わざわざ『ゲスト』として招待するって感じでもなかったし……」

 

さっき階段を登っている時にも少し話したが、わざと正体を濁していたせいか、セリカはどこか焦ったような、落ち着かない目で私を見つめてくる

 

(ふふ、やっぱり気になってたんだね。あの子たちも、もちろん大切なお客さんだよ。でもね、セリカちゃん。今日、この場所、この瞬間に、誰よりも居てほしかった人たちがいるんだ)

 

「あはは、ヒナちゃんたちももちろん大切なお客さんだけどね……別の人だよ。……教える前に、少しだけ話しておきたいことがあるんだ」

 

「何よ、改まって。……借金のことなら、今夜くらいは忘れてもいいわよ?」

 

ムッとした表情で返してくる彼女に苦笑いしつつ、私は少しだけ「答え」へのヒントを渡してあげるように、ゆっくりと口を開く

 

「ううん、違うよ。……セリカちゃん、おじさんが『砂まつり』をやりたいって言った時、どう思った?」

 

セリカは少し視線を彷徨わせ、記憶を辿るようにして答える

 

「そうね……。いつもは眠ってばかりのホシノ先輩からの提案なんだもの、正直最初はびっくりしたわよ。でも、準備が始まってからのホシノ先輩、いつもの不真面目さがどこに行ったのかしらって思うくらい真面目だったし……なんだか、いつもの倍くらい楽しそうだなって。……私、そんな先輩を見てるのが、少しだけ嬉しかったのかも」

 

「おじさんだって、やる時はやるんだよ〜? ……大切な友達の、願い事だったからね」

 

(……そう、ずっと前から、ずっと隣にいて…私が目を背けようとしていた時も、私の手を引こうとしてくれた。君の……)

 

「え……? 誰かそんなこと言ったかしら……」

 

そこまで言っても、セリカはまだ不思議そうに首を傾げている。その時、私の制服のポケットに入れていたスマートフォンが、一度だけ、短く強く振動した

 

(先生からだね。……完璧なタイミングだよ、本当に)

 

「……そろそろ、かな」

 

「なんのことよ。……ねぇ、ホシノ先——」

 

セリカが怪訝そうに私の顔を覗き込み、何かを言いかけたその瞬間

 

——「ひゅぅぅぅ……」という、夜の静寂を鋭く切り裂くような高い音が、砂漠の空に響き渡った。一条の白銀の光が、重力に抗うようにして尾を引き、天に届くほどの真っ直ぐな軌跡を屋上の夜空に深く刻んでいく

 

「え……?」

 

刹那、ドォォォォォン……! と、腹の底を直接揺さぶるような重厚な轟音がアビドスの大地を震わせた

 

爆ぜたのは、視界のすべてを埋め尽くさんばかりの巨大な光の花。極彩色の火花が、星一つなかった暗闇を鮮やかに塗り潰し、世界をこの世のものとは思えないほど美しく染め上げた

 

「綺麗……」

 

「ん。……本当だね。おじさんも、こんなに凄いのは初めて見たよ」

 

降り注ぐ光の飛礫に見惚れ、呆然と立ち尽くすセリカ。私は、彼女の肩が触れ合うほどの近さまで、吸い寄せられるように寄り添った

 

(……よかった。エンジニア部のみんな、本当に「普通の」綺麗な花火を作ってくれたんだね。……いや、普通以上に最高だよ、これ)

 

次々と夜空に咲いては消えていく火花の残光が、私たちの輪郭を交互に、そして情熱的に照らし出す

 

重なり合うような互いの体温を感じながら、私は静かに、けれど胸の奥に秘めていた熱をすべて乗せるようにして、言葉を紡ぎ出した

 

「先生に無理を言ってお願いしたんだよ。『どうしても花火を見せてあげたい、スペシャルゲストの子がいるから』って。さすがに当日じゃ無理かなぁと思ったけど、先生、即答でOKしてくれたんだ。……おじさん、先生には一生頭が上がらないかもね」

 

打ち上がるたびに空の色が変わり、セリカの瞳の中で光が踊る

 

少しだけ心配していたウタハちゃんたちの「過剰火力」も、今はただ圧倒的な美しさとして砂漠を祝福していた。暫く花火を見つめていたセリカちゃんが、光の雨に打たれながら、震える声で口を開く

 

「……そろそろ、教えなさいよ。その、スペシャルゲストって、誰のことなのよ……」

 

(……。……。ああ、そうだね。もう、隠しておく必要なんてどこにもない)

 

ホシノはこの瞬間を、目の前の彼女が「あの日、未来に帰ってしまったセリカ」だと確信したその時から、ずっと、ずっと心待ちにしていた

 

自分でも抑えきれないほど口角が上がり、胸の鼓動が早まるのを感じる

 

「セリカちゃん。……この花火、見たかったでしょ? ずっと、ずっと昔に……誰かと約束したみたいにさ」

 

「……え?」

 

セリカが弾かれたように私を見た。その瞳には、今打ち上がったばかりの紅蓮の光と、隠しきれない動揺が混じり合っている

 

無理もない。彼女にとってこの世界は、自分が知っているはずのない「過去」の約束が、存在してはいけない場所。けれど、その秘密を一番知っているはずの「ホシノ」の口から、ユメ先輩と三人だけの、あの日の夢が語られたのだから

 

「約束とは少し形が違って、小さなお祭りになっちゃったけど……。でもね、みんなが心の底から楽しめる、最高の『砂まつり』を開いたよ。……私と、ユメ先輩と、そして『君』が、ずっとずっと待っていた……あのお祭りだよ」

 

驚愕に染まったセリカの顔を、私は今までで一番の、満面の笑みで見つめ返した

 

(お帰り、セリカ。……もう一人で戦わなくていいんだよ。ここには、君が望んだアビドスがちゃんとあるんだ)

 

背後で炸裂した特大の黄金色が、枝垂れ柳のようにゆっくりと空を撫でる

 

その光が、屋上のコンクリートに二人の影を、寄り添うような一本の線として鮮明に焼き付けた

 

「——ね、セリカ」

 

堪えきれない。今まで自分を守るために被り続けていた「ぐうたらでだらしない先輩」という仮面が、熱に浮かされたように剥がれ落ちていく

 

口調が、声音が、あの頃の、まだユメ先輩の背中を追っていた頃の私に戻っていくのを自覚する

 

今すぐにでも、その小さな身体を壊れるほど抱きしめたい

 

聞きたいことも、謝りたいことも、伝えたいことも、砂の数ほどある

 

でも、私はもう一つだけ、本当の意味で再会を果たすために、彼女にやってほしいことがあった

 

「……セリカ。……もう一度、あの時みたいに……『ホシノちゃん』って呼んでよ」

 

「……っ!? ホ、ホシノ……先輩……?」

 

セリカの顔が、言葉にならないほどの衝撃に包まれる。彼女の唇が、震えながら言葉を探している

 

「ホシ……ノ……ちゃ……」

 

困惑と、懐かしさと、そして溢れ出しそうな涙を堪えた顔のまま

 

私たちが失ってしまった、あの愛おしい二年間を埋めるための魔法の言葉を、彼女が紡ごうとしたその瞬間

 

バタン!!

 

静寂を、そして二人の聖域を、乱暴に打ち破るような音が響いた

 

勢いよく屋上の扉が跳ね返るように開き、荒い息遣いと共に、夜風を切り裂いて誰かが屋上へと飛び込んできた

 

「ごめんホシノちゃん! お仕事遅くなっちゃったぁ!!」

 

「え……?」

 

(……はぁ。本当に、この人は……。天性の勘がいいと言うべきか、絶望的にタイミングが悪いと言うべきか)

 

私は心の中で盛大に溜息を吐きながら、ゆっくりと首を巡らせて「もう一人」のスペシャルゲストの方を向いた

 

「……ユメ先輩。タイミング、悪すぎますよ……。おじさん、今まさに最高にいいところだったのに……」

 

じとっとした、恨みがましい目をユメに向ける

 

あと数秒、あと数秒あれば、二年間焦がれ続けたあの呼び声を、この鼓動に刻み込めたはずだったのに

 

「ほ、ホシノちゃん? なんだか、すごく怒ってる……? もしかして、差し入れのたい焼きが冷めちゃったから……?」

 

「な、なんで……ユメ先輩……? 生きて……どうして……?」

 

セリカの口から零れ落ちた「生きて」という言葉。その重みと、そこに込められたあまりに深い喪失の記憶を、今のユメが完全に理解することはないだろう

 

けれど、その一言だけで、目の前の彼女が「この世界で出会った、何も知らない後輩」ではないことが、残酷なまでに、そして愛おしいまでにハッキリと証明されてしまった

 

そんなセリカの困惑を、ユメはいつものように能天気な……聖母のような底抜の明るさで受け止める。彼女は少しだけ頬を膨らませ、おどけたように怒ったふりをして見せた

 

「もー、セリカちゃん。なんでそんな酷いこと言うの? お化け扱いなんて心外だなぁ。私、見ての通り、ちゃーんと生きてるよー! ほら、嘘だと思うなら、ほっぺた触ってみる? 柔らかくて温かい、本物のユメ先輩だよ?」

 

驚きのあまり、魚のように口をパクパクさせて固まっているセリカの顔

 

そのあまりにも「彼女らしい」反応が可笑しくて、先ほど邪魔されたことへのトゲトゲした気持ちが、霧が晴れるようにスッと抜けていく

 

「あはは! いやぁ、私も最初は本当に驚いたんだよ〜。だって、再会した瞬間にセリカちゃんに抱きついたのに、当の本人は『なっ、何この人!? 離しなさいよ!』みたいな顔して、おじさんのこと不審者扱いなんだもん。おかげで私、ものすごく恥ずかしい思いをしたんだからね?」

 

(あの時は、シロコちゃんたちにどうやって言い訳しようか必死に考えたっけ……。「ちょっと親戚のお姉さんがね〜」なんて、我ながら苦しい嘘だったなぁ)

 

私の軽口を聞いたユメ先輩は、すべてを確信したようにポンと手を打った

 

「ふむふむ……なるほどねぇ! ホシノちゃんが熱っぽく語ってたこと、本当に本当だったんだ!」

 

ユメ先輩は感心したように、キラキラとした無垢な瞳で、私とセリカちゃんを交互に見つめる

 

夜風に煽られる彼女のスーツの裾が、コンクリートの床を優しく掃くように揺れ、生身の人間だけが持つ確かな存在感を、色鮮やかな花火の光の下で晒している

 

その信頼しきった表情を見て、私はふと嫌な予感が過った

 

(……。……もしかしてユメ先輩。今日まで、私があまりにもセリカに会いたすぎて、ついに頭がどうにかなって幻覚でも見てるんじゃないか……とか思ってたんじゃ……?)

 

私が鋭い視線でジロリと睨むと、ユメは「えへへ」と誤魔化すように笑う

 

そんな二人の空気感に気が付かないまま、セリカがおぼつかない足取りで口を開いた

 

「えっ……な、何を言ったの? ホシノちゃ……じゃなくて、ホシノ先輩が、ユメ先輩に、私について何を……」

 

「あのね、ホシノちゃんがすっごく嬉しそうで、でも今にも泣き出しそうな声で電話をくれたんだよ。『セリカちゃんが、自分のことをホシノちゃんって呼ぼうとしたんだ!』って。私たちが出会った『こっち』のセリカちゃんなら、絶対にそんな呼び方しないはずなのに……。もしかしたら、あの時、砂に飲まれる前に一緒にいたセリカちゃんなんじゃないかって」

 

ユメ先輩はそう言って、慈しむような手つきで、そっとセリカちゃんの肩に手を置いた

 

「『セリカに、あの時見せてあげられなかった花火を、今度こそ、絶対に見せてあげたいんだ』って……。ホシノちゃん、準備の間もずっとそればかり言ってたんだよ? 他にも他にも〜、『早くホシノちゃんって呼ばれたい』とか、『セリカに甘やかされたい』とか、もう散々ノロケられちゃった♪」

 

(ちょっ……! 待って、そこまでは言ってない! いや、ニュアンスはそうだったかもしれないけど、そんなストレートに……!)

 

別に惚気ていた訳じゃない。ただ、事実を報告しただけなのに

 

急激に顔に熱が集まっていくのを感じ、私は熱くなった頬を片手で仰ぎながら、大袈裟にユメ先輩の方を向いて抗議した

 

「……もう、ユメ先輩! 余計なことまで言わなくていいんだよ〜! おじさんの威厳が台無しじゃないか!」

 

でも、そうやって言い合える「今」が

 

花火に照らされた屋上で、三人でいられるこの奇跡が

 

何よりも幸せで、鼻の奥がツンとするほど、愛おしかった

 

夜空を焦がす花火の光に照らされて、二人の先輩が子供のように、あるいはずっと昔からそうしてきたのが当たり前であるかのように無邪気に笑い合う

 

そのあまりにも眩い光景を前に、セリカの視界は、いつの間にか溢れ出した熱い涙で、輪郭を失うほどに滲んでいた

 

「つまり……今の私は、あの時の世界からそのまま、2年後に飛んできたってこと……? 二人がいる、この場所に……?」

 

セリカが震える声で、縋るように尋ねる

 

その問いに、ホシノとユメは顔を見合わせ、世界で一番幸せな悪戯を仕掛けた子供のように、揃ってニヤリといたずらっぽく笑った

 

「おかえり、セリカ。……本当、長く待たせすぎだよ」

 

「おかえりなさい! セリカちゃん。また三人で、砂まつりが見れたね!」

 

その言葉が鼓膜を揺らした瞬間、堰を切ったように、セリカの瞳から大粒の涙がポロポロと、真珠の首飾りが千切れたかのように溢れ出した

 

声にならない嗚咽が漏れ、彼女の小さな肩が激しく震える

 

その涙の色だけで、その熱量だけで、今日この屋上で泣いているのは、紛れもなくあの日あの時、言いたいことを言えずに未来に帰ってしまった「あの時のセリカ」なのだという答え合わせは、完全に終わった

 

二人はそんな彼女を、春の陽だまりのような温かい、そして深い慈しみに満ちた眼差しで見守る。かけるべき言葉を探す必要も、急かす必要もない

 

ただ彼女が、二年間という空白を埋め、心を整えるのをじっと待つ

 

「た……だいま……っ。ただいま……! 二人とも……っ、ホシノちゃん……ユメ先輩……!」

 

ようやく絞り出した、掠れた声

 

「あはは、今度は立場が逆になっちゃったね」

 

(……あの時は、私が子供みたいに大泣きして、ユメ先輩とセリカに慰められたのに。運命っていうのは、本当に皮肉で、でも最高に粋なことをするよね)

 

ホシノが優しく、壊れ物を扱うような手つきで笑いながら、世界でたった一つの宝物を慈しむようにセリカの背中に手を添えた。一定のリズムでトントンと、赤子をあやすように優しく、けれど力強く撫でる

 

その手のひらから伝わる体温が、セリカの凍てついていた時間を溶かしていく

 

ユメも「そうだね」と、すべてを包み込むような聖母の微笑みを浮かべながら、反対側からそっと手を添える

 

途切れていた物語の糸を、一本一本丁寧に縫い合わせるように。二年前、あの日砂に埋もれたはずの未来を、今この手で書き換えるように、何度も何度も彼女の頭を優しく撫でた

 

やがて、夜空を狂おしいほどに彩った花火の余韻も静かに消え、階下からは屋台の片付けを始める喧騒や、祭りの終わりを惜しむ人々の遠い笑い声が微かに聞こえ始めた

 

砂漠の夜空に深い静寂が戻り、ようやくセリカの涙も止まって、穏やかで幸福な呼吸が屋上の空気に混じり始める

 

「ねぇ、セリカ。今度は邪魔が入る前に、ちゃんと『ホシノちゃん』って呼んでよ〜。おじさん、この瞬間のために何ヶ月も前から準備してきたんだから。ずっと、ずっと待ってたんだからね」

 

ホシノがセリカの細い腕に、自分の腕を絡め、少し甘えるように体重を預けて上目遣いで覗き込む

 

柔らかな髪がセリカの肩に触れ、ホシノから微かに漂う、屋台の煙と砂の、そして彼女自身の穏やかな残り香が鼻腔をくすぐった

 

セリカは一瞬、あまりの距離の近さと、かつてよりもずっと柔らかくなった「ホシノ」の雰囲気に戸惑ったように目を丸くする

 

けれど、すぐに困ったような、それでいて心の底から溢れ出す深い慈愛の入り混じった、最高の笑みを浮かべる

 

「……もう、本当に甘えん坊になったわね。……ホシノちゃんは」

 

「えへへ、いいじゃない。これは、死ぬほど頑張ったおじさんへの、最高のご褒美、特権だよ〜」

 

「おじさんなんだか、お姫様なんだか……。まったく、威厳も何もありゃしないわね」

 

呆れながらも、セリカはその頭を、愛おしそうに、慈しむように、そして二度と離さないという決意を込めて優しく撫でた

 

ホシノは幸せそうに目を細め、まるでお気に入りの日向を見つけた猫のように、彼女の肩に頬を寄せる

 

そんな二人の、時を超えて再び結ばれた親密な空気を、ユメは少し離れた場所から見守っていた

 

夜風に髪を揺らしながら、まるで夜空に瞬く、一番眩しくて、一番尊い星を観測しているかのような、どこまでも優しく、どこまでも深い愛に満ちた眼差しを、後輩たちへと注いでいた

 

「ふぅ……。ところでさ、二人を見ていてちょっと気になってたこと、聞いてもいいかな?」

 

不意にユメが、何か決定的な弱みを握ったかのような、あるいは最高に面白いおもちゃを見つけた子供のような表情で尋ねてきた

 

提灯の逆光に照らされた彼女のシルエットが、悪戯っぽく、ゆらりと肩を揺らした

 

「……な、なんですか、急に。どうしました?」

 

(……ヤバい。この顔、このトーン。ユメ先輩がこういう顔をする時は、大抵ろくなことにならないんだ。おじさんの直感が全力で警鐘を鳴らしてるよ……!)

 

嫌な予感に襲われたホシノが、防衛本能に近い警戒心で身構えながら聞き返すと、ユメはニヤニヤとした笑みをいっそう深め、逃げ場を塞ぐように畳み掛けた

 

「セリカちゃんがこっちに来る直前に言った、『貴方のことを誰よりも愛してる後輩』って言葉……。あれって、文脈的にどう考えても、100%真っ直ぐな告白よねぇ? ねぇ、ホシノちゃん。ずっと待ってたセリカちゃんが目の前にいるんだもん、答えはもう、ちゃんと出したのかなぁ?」

 

「なっ……!?」

 

「っ!!?」

 

その瞬間、屋上の気温が物理的に数度上がったのではないかと思うほど、セリカとホシノの顔が一気に沸騰したかのように真っ赤に染まった

 

あまりの熱量に、肌を撫でていた砂漠の夜風さえも一瞬で蒸発してしまいそうなほどだ。

 

二人の頬の赤みは、先ほどまで打ち上がっていたどの花火よりも鮮烈に、そして隠しようもなく屋上の闇を鮮やかに彩っていた

 

「あ、あ、あああれは……っ! その、なんていうか言葉の綾っていうか、その場の勢いっていうか……! ほら、極限状態だったから、つい大きな表現になっちゃっただけで! 別に、不純で破廉恥で変な意味で言ったわけじゃ……っ!!」

 

セリカが、まるでオーバーヒートした機械のように千切れんばかりに両腕を振り回して必死の弁解を試みる

 

その一方で、ホシノもまた、長年かけて築き上げてきた余裕たっぷりの「だらけた先輩の仮面」が木っ端微塵に砕け散ったような慌てぶりで、裏返った声を絞り出す

 

「そ、そうですよユメ先輩! セリカちゃんの言う『愛してる』は、あくまで先輩に対する最大限の敬愛の念であって……! ほら、家族愛みたいな、深くて清い感情の表れであって……け、決して、ユメ先輩が想像しているような、そんな桃色で破廉恥な意味じゃないんですってば!」

 

(ユメ先輩のバカーーー!! この「空気読めない聖母」! 確かに私だってその言葉の意味を寝る前に何度も反芻して、枕に顔を埋めてのたうち回るくらいには意識してたけど! 今ここで、本人を目の前にして、そんな身も蓋もない聞き方する!?)

 

私の心中での絶叫など露知らず、ユメはそんな二人の、あまりに「お似合い」で、鏡合わせのように重なり合う反応を心底楽しそうに見つめていた

 

やがて、彼女の鈴を転がすような、濁りのない笑い声が、夜の静寂を明るく、眩しく塗り替えていった

 

「あははは! 息ぴったりじゃない! もう、二人とも反応がシンクロしすぎだよ〜。可愛すぎるよ、本当に!」

 

「わ、笑いすぎですよユメ先輩!」

 

「もう! 私、本気で怒るわよ!?」

 

抗議の声さえも、二人で合わせようとしたわけではないのにピタリと重なる

 

ユメの底抜けに明るい笑い声に釣られ、顔を真っ赤にして肩を震わせていたセリカとホシノも、最後には堪えきれずに、漏れ出すような小さな笑い声を零してしまった

 

三人の笑い声が重なり、夜風に乗って砂漠の空へと溶けていく。その温かな響きは、かつて絶望と砂塵の中に消えたはずの苦い記憶を、今この瞬間の幸福で優しく、そして丁寧に癒していった

 

その時、屋上の重い鉄扉が再び低い唸りを上げて開き、月明かりの差し込む隙間から二人の少女がひょっこりと顔を出した

 

「ん、やっぱりここにいた」

 

静寂に包まれていた屋上に、鈴の音のように涼やかで、けれどどこか淡々とした聞き慣れた声が響いた

 

扉の向こうから姿を現したのは、銀髪を夜風に遊ばせるシロコと、どこか物憂げな、けれど確かな存在感を放つクロコだった

 

その後ろからは、端末を抱えたアヤネと、大きな荷物を持ったノノミも、少し息を切らせながら続いている

 

「もう、ホシノ先輩! あれから全く連絡がなくて、みんな心配してたんですからね…」

 

屋上の冷えた空気が、彼女たちが運んできた祭りの高揚した熱気と混ざり合い、境界線で白く微かな霧のようにゆらゆらと揺れた

 

「あ、ユメ先輩も来てたんだ。お疲れ様、久しぶり」

 

シロコがいつものように、まるで昨日も会ったかのような平然とした様子で声をかけると、ユメの瞳がパァッと、暗闇に灯がともったように輝いた

 

「きゃー! シロコちゃん! また見ない間にすっごく大きくなってるー! 立ち姿も凛として、すっかり綺麗なお姉さんになっちゃってぇ!」

 

ユメは感極まった様子で、猛烈な勢いと弾むような足取りでシロコ……ではなく、隣に立っていたクロコの方へ迷わずダイブした

 

「?!」

 

抱きしめられたクロコの髪が、彼女の当惑を映すようにさらりと揺れる。彼女は突然の温もりに驚いて石像のように硬直しながらも、頬を朱に染め、「ん……個体としての識別は合ってるけど、時系列的にはちょっと間違ってる。シロコは……今のアビドスのシロコは、こっち……」と、隣のシロコを指さした

 

「ユメ先輩、また間違えてる。私はこっち…」

 

シロコが少しだけ頬を膨らませて不満げに抗議すると、屋上は一気に賑やかで、色彩豊かな空気感に包まれた

 

そんな温かい光景を、夢を見ているような心地で眺めながら、セリカはふと胸に抱いていた、現実と空想の狭間にあるような疑問をホシノに投げかけた

 

「ホシノちゃ……先輩。……あの、みんな、ユメ先輩のこと、知ってるの? 当たり前に、そこにいる人として……」

 

セリカの声は、どこか震えていた。まるで、今目の前で笑っている光景が、指を触れた瞬間に砂となって崩れ落ちてしまうのを恐れているみたいに

 

「あはは、セリカの呼びやすいほうでいいよ。おじさん、どっちで呼ばれても、胸がキュッとなるくらい嬉しいからさ」

 

ホシノは、セリカの不安を溶かすように努めて穏やかに、慈愛を込めて微笑む

 

(……セリカのその表情。……そうだよね。おじさんには詳しくは分からないけれど、君がいた場所では、きっとユメ先輩の身に何かとても悲しいことが起きていたんだね。だから今のこの光景が、信じられないくらいの「奇跡」に見えているんだ)

 

私は少しだけ真剣な、それでいてすべてを悟り、受け入れたような表情で言葉を継いだ

 

ホシノの瞳には、砂漠の夜空に瞬く数多の星々を優しく飲み込んだような、深く静かな、そして揺るぎない愛が湛えられているはずだ

 

「多分だけど、セリカが知っている『記録』とは、少しだけ道筋が違うんじゃないかな。こっちの世界ではね、ユメ先輩は無事にアビドスを卒業して、今はシャーレに就職してるんだよ。こうやって母校のイベントがあるたびに、無理やり有給を取ったり、先生に直談判して顔を出してくれてるんだ」

 

セリカが元いた凄惨な世界では、ユメはこの世を去り、私は孤独の中で自分を削りながら戦っていた。その残酷な事実を、今のホシノは直接的には知らない。けれど、目の前の彼女が背負ってきた、言葉にできないほどの悲しみや、この世界に対する戸惑いを、ホシノは肌で感じるように察していた

 

だからこそ、私は確信を持って、彼女の存在そのものを肯定するように告げる

 

ホシノの声は夜風に溶け込みながら、セリカの心にある痛々しい「欠落」を、柔らかな光でそっと埋めていく

 

「そっか……。こっちの世界では、みんな一緒に……。誰も欠けずに、笑っていられるんだ……」

 

セリカの胸に、すとんと重みを持って何かが腑に落ちたようだった

 

あの日、砂塵の中で、たった一人で血を吐くような思いで守ろうとした未来。形は少し違うけれど、彼女が今立っている場所こそが、あの時、神様にすら見放されたと感じながら夢見た「救い」そのものだったのだ

 

眼下で揺れる提灯のオレンジ色の光が、まるで彼女の帰還を祝う喝采のように、優しく、そしていつまでもまたたいていた

 

「片付けもだいたい終わった。校門前の屋台の大将が、打ち上げにラーメン奢ってくれるって言ってる。だから迎えに来た」

 

シロコが淡々と、けれどどこか嬉しそうに言葉を添えると、それを聞いたユメは目に見えてガックリと肩を落とし、まるで子供のように項垂れた

 

「えー!? 私、さっき着いたばかりで、お祭りの美味しいもの何も食べられてなかったのに〜! もしかして、もう屋台も全部閉まっちゃったのぉ? 焼きとうもろこしも、イカ焼きも、わたあめも……!」

 

「ふふ〜、ユメ先輩。それなら大丈夫ですよ! そうなると思って、私とアヤネちゃんで、各屋台の自慢の一品を一通り確保しておきました♪」

 

「はい、冷めないように魔法瓶や保温バッグにしっかり詰めてありますから、安心してくださーい。教室にも並べてありますよ」

 

ノノミとアヤネが、誇らしげに大きな袋を掲げて見せると、ユメの表情はパァァァと、ひまわりが太陽を仰いだ瞬間のようにはじける明るさで輝き出した

 

夜闇に沈むアビドスの校舎にあっても、その笑顔はまるで真昼の太陽のような強烈な眩しさを放っている

 

彼女が放つ生命力の輝きは、屋上の冷え切ったコンクリートさえも深部から温め直していくかのようだ

 

「わぁぁっ! さすが二人とも、本当に気が利く〜! ユメ先輩感激しちゃった! 大好き!」

 

ユメは感涙にむせびながら、二人に抱きつかんばかりの勢いで駆け寄る

 

その振る舞いは、かつてアビドスの復興を信じて疑わなかった生徒会長の頃となんら変わりない、天真爛漫なものだった

 

「それじゃあ、冷めないうちに早く打ち上げにいこー! 柴関ラーメンの熱々の一杯が、私たちを待ってるよー!」

 

そう高らかに叫ぶなり、ユメは重い責任から解き放たれた少女のような身軽さで、先頭を切って階段を駆け下りていった

 

彼女が駆け抜けた後の空気には、ひだまりのような甘く、どこか安らぐ残り香がいつまでも漂っている

 

「あ、待ってよユメ先輩! 暗いんだから、転んでも知らないわよ!」

 

「ん、目標を確認。追撃を開始する」

 

「ふふ、私たちも遅れないように行きましょうか」

 

慌てて後を追うセリカと、マイペースに続くシロコ、そしてそれを見守るノノミとアヤネ

 

賑やかな少女たちの足音が、屋上の静寂から一歩ずつ遠ざかっていく

 

(……ああ。ようやく、全部が繋がったんだね)

 

喧騒が去りゆく背中を、私は壊れ物を眺めるような愛おしそうな眼差しで見つめていた。最後に一人残ったクロコと視線が合う

 

二人は言葉を交わすことはなかった

 

ただ、互いの胸の奥底にある、凍てつく砂嵐の中で独り戦い抜いた「もう一つの地獄の記憶」を共有するように、静かに、深く頷き合う

 

その沈黙は、果てしない冬を越えた生存者同士だけが通じ合える、深く静かな魂の共鳴だった

 

「……先に行ってて。おじさん、少しだけここを片付けてから行くから」

 

「……ん。待ってる」

 

クロコが静かに扉の向こうへ消えようとしたその時、ふと思い出したように、ホシノはまだ階段の踊り場で足を止めていたセリカの背中へ声をかけた

 

「……ねぇ、セリカ」

 

綿菓子を解かすような、自分でも驚くほど優しい声が出た

 

一段下りかけていたセリカが、弾かれたように足を止め、ゆっくりと振り返る。踊り場の古びた電球に照らされた彼女の瞳が、驚きと戸惑いでわずかに揺れた

 

「なによ、ホシノ……ちゃん。急に呼び止めて」

 

慣れない呼び方に耳の先まで赤らめながらも、真っ直ぐに私を見てくれる彼女。私は今日一番の、そして宇宙のような深い慈愛に満ちた笑顔を向けた

 

「——これからも、よろしくね」

 

「……っ。あったりまえでしょ! 私がいないと、ホシノちゃんはすぐダメになっちゃうんだから! ちゃんと私が支えてあげるわよ!」

 

セリカは照れ隠しに、夜の校舎に響き渡るほど大きな声を張り上げる。そうして、今度こそ心からの喜びが乗った弾んだ足取りで、仲間たちが待つ下階へと駆けていった

 

賑やかな足音が完全に遠ざかり、屋上には再び砂漠の夜風が渡る音と、遠くで終焉を告げる祭りの微かな地鳴りだけが残された

 

一人取り残された屋上で、私は夜空に消え残った一筋の火薬の煙を見上げた

 

「……あれが、あの子なりの極限状態の勢いだったとしても。たとえ、あの言葉が恋としての告白じゃなかったとしても……構わないよ」

 

ふっ、と自嘲気味に、けれどこの上なく愛おしそうに目を細める

 

(……いつかは私から、伝えなきゃね。私の、一番大切だった過去も、一番守りたかった今も、そのすべてを守ってくれたセリカに。……あの日からずっと、私の心の真ん中に居座って離れない、この温かな気持ちの正体をさ)

 

それは、自分を呪い、孤独を課していたかつての私には決して許せなかった特権。けれど、失ったはずの光を取り戻した今の私だからこそ抱くことができる

 

臆病でいて、けれどどこまでも前向きな「未来への宿題」だ。その想いは、過酷な砂漠の地中深くで、いつか来る雨を信じて根を張る種のように、芽吹く時を静かに、そして力強く待っている

 

「ホシノちゃ……先輩! 早く来ないと、先輩の分のチャーシューも全部食べちゃうわよー!」

 

階段下から響く、セリカの元気いっぱいの怒鳴り声

 

その、不器用な愛と生活感に満ちた呼びかけに、ホシノは子供のような純粋な表情で顔を綻ばせた

 

「はーい! 今行くよー! おじさんの分は死守しておいてよ、セリカちゃん!」

 

大きな声で返事をしながら、私は過去の重荷をすべて脱ぎ捨てたような軽やかな足取りで階段を駆け下りる

 

もう、涙を流した過去を振り返って立ち止まることはない

 

大好きな仲間たちが肩を寄せ合い、名前を呼び合う、光り輝く日常の只中へと、私は迷うことなく、その身を投じた




これにて回想は終わります…!まだまだ続ける気なので良かったら見ていってください!

…伏線もまだ回収できてませんしね…(ボソリ)
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