セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話 作:気弱
太陽が天頂へと昇り始め、アビドスの広大な砂漠がジリジリと熱を帯びる時間帯
朝から気ままな足取りで見回りを続けていたホシノは、ふと額に滲む汗を指先で拭い、天を仰いで大きく伸びを繰り返していた
「ふふ〜ん、そろそろパトロールも切り上げて学校に行こうかな〜。おじさん、そろそろ冷房の効いた部室でお昼寝しないと、干からびて砂漠の干物になっちゃうよぉ」
いつもの調子でゆるい独り言をこぼしながら、砂に半分埋もれた廃墟の影を通り抜けた
その時
背後で「ガサリ」と、何かが乾いた音を立てる
「ん……? 風かな?」
首を傾げながら振り返るが、そこには陽炎がゆらゆらと揺れる無人の通りが広がるばかり
気のせいかと前を向き直そうとした瞬間、今度ははっきりと、鼓膜を震わせる愛らしくも切ない響きが耳に届いた
「——ニャー」
「おわっ、猫ちゃん!?」
ホシノのオッドアイが瞬時に驚きと期待で輝きを放つ
音のした方へ慌てて駆け寄ると、路地裏の隅、ゴミ箱の横に一際目立つ小ぶりなダンボール箱が置かれていた。よく見ると、その蓋が何かが中で蠢いているかのようにピクピクと、小さく小刻みに震えている
「おじさん、こういう予期せぬ出会いにはめっぽう弱いんだよねぇ……」
期待と不安が混ざった慎重な手つきで、ゆっくりと中を確認すると、そこには一匹の小さな黒猫が不安げに丸まって身を潜めていた
ホシノは吸い寄せられるように、その壊れそうなほど小さな体をそっと両手で抱き上げる
「うわー……やっぱり捨て猫かなぁ? それにしても、こんな砂だらけの場所にしては毛並みが驚くほど綺麗だけど……。んん?」
顔を近づけてじっくりとその容姿を観察していると、ホシノの脳裏にある一人の後輩の顔が鮮明に浮かび上がる
艶やかな黒い毛並みに、意志の強さを感じさせる宝石のような赤い瞳。おまけに、その首元にはまるであつらえたかのように、アビドスの指定タイを彷彿とさせる鮮やかな水色のリボンが丁寧に結ばれていた
「なんだか……セリカちゃんにそっくりだねぇ、君。……あはは、そんな鋭いジト目で見つめられると、ますます本人に見えてきちゃうよ」
一度地面にそっと下ろし、指先でその柔らかな頭を愛おしそうに撫でてあげると、猫は「にゃ〜ん」と甘えた声を上げ、ホシノの手のひらにこれでもかと全力ですり寄ってくる
「……っ! 可愛すぎる……。おじさんのハート、一瞬で完全虜になっちゃいそうだよ。で、でもね、おじさんには君をずっと飼ってあげるような余裕なんてないし……ごめんね。どうか強く生きるんだよ?」
後ろ髪を激しく引かれる思いで立ち上がり、名残惜しそうにその場を後にしようと歩き出す
しかし、数歩歩くたびに背後から「にゃー! にゃー!」という、必死に自分を呼び止めようとする鳴き声が、どこまでも追いかけてくる
そのあまりに切ない声に、ついにホシノの鉄壁(自称)の意志が音を立てて根負けした
「……あうぅ、分かったよ……。そんな声で鳴かれたら、おじさん置いていけないじゃない。……ねぇ、おじさんと一緒に、学校に来る? 仲間のみんなにも紹介してあげるよ」
そう問いかけた瞬間、猫はまるで言葉を完璧に理解したかのように跳躍し、ホシノの肩を鮮やかに足場にしてそのまま彼女の頭の上へと器用に、そして当然のように収まる
「あはは、そこが君の定位置かな? よーし、それじゃあ出発だ。落ちないようにしっかりつかまっててね」
小さな、けれど確かな温もりを頭上に感じながら、ホシノは対策委員会の部室へと足を向けた
重いドアを開けると、そこには分厚い書類の束と格闘するアヤネ、黙々と自転車のホイールを磨くシロコ、そして優雅に午後のティータイムを楽しんでいたノノミの姿が視界に入る
「ただいま〜。おじさん、今日は特別なお土産を連れてきたよ〜」
ホシノが部室に足を踏み入れた瞬間、そこを支配していた静寂は霧散し、空気が一変する
三人の視線は、のんびりと挨拶をするホシノの顔ではなく、その頭頂部で「ニャッ」と誇らしげに一鳴きした黒猫に釘付けになった
「ん……ネコ。黒い。……捕獲したい」
シロコが瞬時に手にしていたメンテナンス道具を置き、無機質な瞳に見たこともないほどの情熱を宿して立ち上がる
その指先はすでに、猫の柔らかな毛並みを求めて微かに震えている
「きゃぁぁぁ?! なんて愛らしいんでしょう! ホシノ先輩、その子、もしかして新しい対策委員会のメンバーですか〜!?」
ノノミは持っていたティーカップをソーサーに置くことすら忘れ、危うく落としそうになりながら駆け寄る
彼女が放つ華やかなオーラに呼応するように、部室の明度が一段上がったかのようだ
「ちょ、ちょっとホシノ先輩! 学校に動物を連れてくるなんて、風紀上問題が……! と、言いたいところですが……っ、その……リボンのセンス、そしてこの気品。完璧すぎます……!」
アヤネまでもが、いつもの厳格な仮面をかなぐり捨て、眼鏡をずらして猫の細部を凝視し始める
ノノミはともかく、普段は冷静沈着なシロコとアヤネがたった一匹の猫を前にして一瞬でメロメロになり、その可愛さという名の猛攻に完膚なきまでに屈していく
ホシノの頭上の黒猫は、そんな人間たちの狂乱をどこ吹く風と受け流しながら、まるで自分の城であるかのようにホシノの柔らかい髪をふみふみと踏みしめ、喉を鳴らす
一通り、代わる代わるその愛くるしい黒猫を堪能し、部室全体がふにゃふにゃとした幸福感に包まれた頃、ホシノがふと、頭上の「定位置」に戻ってきた猫の感触を楽しみながら口を開く
「ふふ〜、やっぱり猫ちゃんは癒やされるねぇ……。……あれ? そういえばセリカちゃんは? 今日はバイトもお休みだったよね?」
ホシノの何気ない問いに、アヤネがふと我に返り、少し困ったように眉を下げて腕時計を確認する
「そうなんですよ。それが、朝からまだ一度も姿を見せていないんです。いつもなら遅れる時は必ず連絡をくれる、あの真面目なセリカちゃんなのに……」
「ん、メッセージも未読のまま。電話も繋がらない」
シロコがスマホの画面をスワイプしながら、淡々と、しかし確かな懸念を込めて付け加える
その言葉に、部室内の空気は「癒やし」から、微かな「違和感」と静かな緊張へと変化していく
「……ねぇ。おじさん、ちょっと突飛なことを思いついちゃったんだけど」
ホシノが神妙な面持ちになり、今はノノミの腕の中で気持ちよさそうに目を細めている黒猫をそっと指差す
「もしかしてだけどさ……その猫ちゃん『が』、セリカちゃんってことは……無いよね?」
一瞬の静寂。アヤネが眼鏡をクイと直すと、半ば呆れたような、いわゆる「ジト目」の視線をホシノに突き刺す
「ホシノ先輩……いくらなんでも、そんなマンガみたいな非科学的なことが現実に起こると思いますか? 昨日の尋問で、ホシノ先輩の脳細胞までお昼寝モードになっちゃったんですか?」
痛いところを突かれたホシノは、頬を掻きながら苦笑いを浮かべる。しかし、その脳裏には、つい先日経験したばかりの「ありえない現実」が鮮明に焼き付いていた
(……いやいやアヤネちゃん。実際、セリカちゃんが違う世界線からやってきたっていう、それこそ非科学の極致みたいな事態を目の当たりにしたばかりのおじさんからすると、正直なんとも言えないんだよねぇ……。あの時の驚きを思い出せば、猫の一匹や二匹に変身していたとしても驚かない自信があるよ)
もちろん、そんな込み入った事情を今この場で説明できるはずもない
ホシノは内心の動揺をひた隠し、目の前の「証拠」を盾に必死の弁護を試みる
「いやいや、でも見てよ! この凛々しい赤い目、艶々の黒毛、そしてこの水色のリボン! どこからどう見ても、ちっちゃくなったセリカちゃんにしか見えないよぉ!」
ホシノが身振り手振りで主張すると、猫を抱っこして頬ずりしていたノノミが、クスクスと楽しげに笑いながら、少しだけ真面目な色を瞳に宿して猫の顔を観察し始めた
「うふふ、確かに言われてみれば、醸し出している雰囲気がセリカちゃんにそっくりですよね〜。ねぇ、猫ちゃん? あなた、本当は私たちの可愛い後輩だったりしますか〜?」
「ニャー」
猫は否定も肯定もしないような、絶妙なニュアンスで短く鳴いてみせる
その鳴き声に誘われるように、シロコがじりじりと距離を詰め、至近距離から猫の顔を凝視した
「ん……。でも、まだセリカだと断定するのは早い。この猫には決定的なものが足りない」
「決定的なもの?」
アヤネが不思議そうに首を傾げると、シロコは一切の冗談を排した真顔で言い放った
「ん、決定的な証拠。この猫、撫でられて喉を鳴らして喜んでる。本物のセリカなら、撫でた瞬間に『やめなさいよ、このエロ狼!』って言って、銃身で私の頭を叩くはず」
シロコが指先で黒猫の鼻先をツンツンと突きながら、大真面目な顔で分析を続けると、部室内には再び耐えきれないといった風な笑い声が響き渡る
「あらあら、でもこの怒ったような目つきや、ピンと立った耳の形は本当にそっくりですよ〜? ほら、こうして抱っこしていると、なんだかセリカちゃんを可愛がっているみたいで、とっても癒やされます〜」
ノノミも猫の柔らかい前足を取り、「肉球、ぷにぷにです〜」と頬を緩ませる
アヤネまでもが、いつの間にか手にしていた書類を置き、眼鏡を指で直しながら「確かに……この、構ってほしいのにそっぽを向く感じ。否定できない類似性を感じますね」と、学術的なトーンで同意してしまった
いつしか、その場に流れる悪ノリの空気は加速し、彼女たちはその黒猫を「セリカ(仮)」と呼び、即興のアテレコ遊びに興じ始める
「ん、セリカ(猫)の代弁。『本当は、朝のパトロールも一緒に回りたいけど、素直に言えなくてバイトのシフトを入れちゃう私、可愛いでしょ?』」
シロコが感情を抑えた低い声で先陣を切ると、アヤネが慌てて「シロコ先輩、それはさすがに言い過ぎです! ……でも、セリカちゃんなら『ちょっと、何よその顔! 別にアンタたちのことなんて心配してないんだからね! ほら、この私特製のお弁当でも食べて元気出しなさいよ!』くらいは言いそうですね」と、ノリノリで言葉を被せる
「うふふ、私ならこうですね〜。『もう、ホシノ先輩ったら。そんなに私を甘やかさないで……でも、その、先輩に抱っこされるの、嫌いじゃないわよ?』」
ノノミの優雅なアテレコに、部室はもはや爆笑の渦に包まれた
その空気に完全に乗せられたホシノが、猫を自分の膝の上に乗せ、とどめと言わんばかりに、セリカが聞けば確実に(怒りで)気絶するような甘ったるい声を出し始めた
「えへへ、じゃあおじさんはこれかな! 『にゃ〜ん、やっぱりホシノちゃんのお膝が特等席なの〜。ずっとここにいたいけど、恥ずかしいから言えないの。ねぇ、もっと撫でて、ホシノちゃん……にゃん♡』……なんてね! あはは、これ本人がいたら今頃顔を真っ赤にして、地の果てまで追いかけられそう!」
ホシノは自身のあまりに完璧な(?)演技に大ウケして、椅子から転げ落ちそうになるほど膝を叩いて笑い転げる
しかし
最高潮に達していたはずの部室の温度が、次の瞬間、まるで北極の吹雪に晒されたかのように一気に絶対零度へと叩き落とされた
「ひっ!?」
アヤネの短い悲鳴。ノノミの笑顔が凍りつき、シロコが無言で視線を逸らす
「……あはは……。……えっ? どうしたのさ、みんな〜。そんなに今のおじさんのクオリティ、高すぎた?」
笑い続けているのは、目をつぶって余韻に浸っているホシノ一人だけ
ノノミは持っていたティーカップをカチカチと鳴らして硬直し、シロコは無言で視線を逸らして窓の外の砂漠の地平線を凝視し始める
アヤネにいたっては眼鏡がズレ落ちるのも構わず、真っ青な顔でガタガタと震えるばかり
三人は石像のように固まったまま、震える指先で、ホシノの背後にある「絶望」を無言で指し示す
「ん? 後ろに何か……」
嫌な予感を覚えながら、ホシノが冷や汗を垂らして、錆びた歯車のような動きでゆっくりと振り返る
そこには、抜けるような青空のような、しかしどこか深淵の暗闇を感じさせる満面の笑顔を浮かべた、『本物』のセリカが立ち尽くしていた
「……へぇー。へぇー……。私のこと、そんな風に思ってたのね? 私が朝から不運にも変な騒動に巻き込まれて遅れてる間に、随分と楽しそうな『おままごと』をしてたみたいじゃない?」
その声は低く、そして地を這うような冷気を孕んでいる
額にはピキピキと恐ろしい音を立てそうなほどの青筋が浮かび、手にしたバッグの取っ手からは、ミシリ……ミシリ……と不穏な破壊音が漏れ出す
それを見たホシノは「あ、あはは……えっと……どこから見てたのかな……?」と、滝のような冷や汗をダラダラとかきながら、引きつった笑みを浮かべて問いかける
「どこから? そうね……そこで今まさに窓から逃げようとしてる、そこのバカ狼先輩が最低なアテレコをし始めた時かしら?…なんだっけ?「私もホシノ先輩とパトロールしたいの〜でも恥ずかしいからバイトに逃げちゃう」…だったかしら?」
セリカは、逃走を図ろうとしていたシロコに、獲物を射抜くような鋭い笑顔を向ける。ビクッと肩を大きく震わせ、錆びついた機械のようにゆっくりと振り返るシロコ
その無機質な瞳には、珍しく明らかな「死」の予感が宿る
ノノミとアヤネは、なんとかこの場を丸く収めようと必死に弁解を試みる
「セ、セリカちゃん、これはその……親睦を深めるためのレクリエーションと言いますか……」
「そうですよ〜、セリカちゃんへの愛が溢れすぎちゃっただけなんです〜」
しかし、セリカの氷のような視線が二人を射抜く
「……愛? 冗談じゃないわよ。二人とも、さっきまでノリノリで私が言わなそうなこと言ってたわよね?」
逃げ道を完璧に塞がれ、部室内の酸素が薄くなっていくような感覚に、アヤネの眼鏡は曇り、ノノミの笑顔も凍りつく
数秒の、しかし永遠にも感じられる濃密な沈黙の後、セリカの怒りがついに臨界点を突破する
「あんた達、全員まとめて覚悟しなさいよね!!」
その怒声が響いた瞬間、シロコが電光石火の判断を下す
「ん! ここはおとり作戦でいく!」
「「はい!!」」
「えっ? お、おとり作戦……おじさんが囮!?」
状況を察する間もなく、阿吽の呼吸でノノミとアヤネがホシノの体を両脇から抱え上げる
「ご、ごめんなさい! ホシノ先輩、後のことはお願いします!」
「先輩なら、きっとセリカちゃんの怒りもシールド一枚で防げますよね……! 頑張ってくださいね……!」
「ちょ、ちょっと二人とも!? おじさん、そういう役割は専門外だってばぁ!」
ホシノの必死の抵抗も虚しく、彼女の体はセリカの腕の中へと正確に放り投げられ、セリカはそれをまるで飛んできた荷物を受け止めるかのように軽々と、しかし逃がさない強さでキャッチする
その一瞬の隙を突き、シロコ、ノノミ、アヤネの三人は脱兎のごとく部室から逃走し、廊下の彼方へと消えていく
「……捕まえた」
セリカがホシノを抱えたまま、至近距離で低く囁く
その腕には、細い見た目からは想像もつかないような力が込められており、ホシノを「物理的」かつ「確実」に拘束する
「えっ、あ、その……お、お手柔らかにお願いしたいなーなんて……おじさん、これでも繊細なところがあるし……」
ホシノが顔を引きつらせて上目遣いで訴えるものの、セリカはただ、底知れないほどの「笑顔」を向けるばかり
「問答無用!!」
「うへぇえぇぇぇあああ??!!!」
その後、静まり返ったアビドス高等学校の構内に、ホシノによる、この世の終わりを告げるような断末魔が長く、執拗に響き渡る
………
「私とあんな猫を間違うなんて、本当に信じられないわ……! 先輩たち、私のことを一体なんだと思ってるのよ!」
放課後の対策委員会室
ホシノへのお仕置を済ませた後、静まり返った部屋でセリカは頬を膨らませ、不機嫌そうに唇を尖らせる
その視線の先には、まるで本物の猛猫に襲われたかのように至る所に引っ掻き傷が出来、制服が少し乱れ、精神的にも肉体的にもボロボロになったホシノの姿がある
「ご、ごめんね……セリカちゃん。でも、本当なんだよ? あの猫ちゃん、君にそっくりで……。でも、やっぱり本物のセリカちゃんの方が、何倍も、何十倍も可愛いからさー」
ホシノは苦笑しながら、宥めるようにセリカを自分の膝の上に座らせる
普段なら「ちょっと、何してんのよ!」と即座に飛び退くはずのセリカだが、今日は一日「猫」に自分の居場所を奪われていたという妙な疎外感があったのか、顔を真っ赤にしながらも、大人しくその温もりに身を委ねている
ホシノが優しくその黒髪を撫でると、セリカは「……もう、今回だけなんだからね」と小さく毒づきながら、猫がしていたようにホシノの胸元にこっそりと頭を預ける
そんな甘酸っぱい空気が漂う部室を、扉の僅かな隙間から息を潜めて覗き見る影が三つ
「ん……ホシノ先輩、セリカへの愛が強いからヤンデレになると思ってたけど……セリカはそれ以上だった」
シロコが感情を抑えた声で冷静に分析すると、その隣でアヤネとノノミも深く、深く頷く
「そうですね……。あのセリカちゃんが、あんなに素直に甘えるなんて。猫ちゃんを連れてきたのは、ある意味で劇薬だったのかもしれません」
アヤネはそこまで言うと、眼鏡をクイと押し上げ、熱のこもった二人の様子を凝視しながらボソッと呟く
「……そのまま押し倒したりしないですかね…」
「ん、アヤネ。例えそうなっても見てるのは失礼だよ」
シロコが至極真面目な顔で、しかし視線は一切外さないまま淡々と嗜める
「うふふ、でもあんなに幸せそうな二人を見ていると、お邪魔虫はもう少し外で待機していた方が良さそうですね〜」
ノノミの提案に、三人はそのまま静かに扉を閉め、廊下へと退却することにした
結局、その日は一日中、猫に「特等席」を奪われていたセリカを存分に甘やかす日となる
ホシノは、時折セリカの鋭い視線(という名の照れ隠し)を浴びながらも、彼女が満足するまでその頭を撫で続け、今日のお返しとばかりに尽くし抜く
ちなみに、セリカが朝から連絡も付かずに遅れた理由について、後に本人が語ったところによれば、「それは、たまたま電車を乗り過ごした挙句に、運悪くスマホの充電が切れてチャージも連絡もできなかったからよ! 私が何度も攫われるとか思わないでよね!」とのことだった
それからというもの、あの黒猫は時折、ふらりと対策委員会の部室に姿を見せるようになる
「あ、猫ちゃんだ。いらっしゃ〜い」
「うにゃ〜」
ホシノが目を細めて迎え入れると、黒猫は当然のような顔で彼女の膝の上へと跳躍し、器用に丸まって収まる
まるでそこが自分の指定席だと言わんばかりの、実に堂々とした「ドヤ顔」である
「ちょっと! なによアンタ、またそこ座ってるわけ!?」
その光景を見るなり、セリカが椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がる
「にゃ〜ん」
黒猫はセリカを一瞥すると、ふんと鼻を鳴らすように鳴き、さらに深くホシノの膝に顔を埋める
その態度は、まるで「先客は私よ」とでも言いたげな余裕に満ちている
「な、なによその生意気な目は! 大体、そのリボンだって私がしてるのとそっくりだし……ああっ、もう! ホシノ先輩、そんなに甘やかさないでください!」
「あはは、まあまあ。セリカちゃんもこっちおいでよ。ほら、反対側の膝なら空いてるよ〜?」
「そういう問題じゃないわよ! 私は猫と張り合ってるわけじゃないんだから!」
地団駄を発んで怒るセリカと、それを見て喉をゴロゴロと鳴らして勝ち誇る黒猫
アビドスの静かな夕暮れ時に部室から漏れてくるのは怒り混じりの可愛い鳴き声のようなセリカの抗議と、それを優しく包み込むホシノ達の穏やかな笑い声が校舎に響き渡った
猫化好きです(?)
最近思ったのが…ユメ先輩卒業してるせいで活躍の場が少ない…のでそろそろトラブルを持ち込みそう…←