セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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トラブルメーカーユメ参上? 酔っ払いセリカ再誕

砂塵が窓を叩く、穏やかで騒がしいアビドスの昼下がり

 

対策委員会室の古びた扉が、景気よく跳ね上がるようにして開かれた

 

「おっはよ〜! アビドスの太陽、梔子ユメ参上〜! ……あれっ?」

 

元気いっぱいに飛び込んできたユメが、パタパタと教室を見渡して足を止める

 

卒業してもなお変わらぬ、春風のような柔らかな空気を纏った彼女が期待に胸を膨らませていたのは、後輩たちが勢揃いして「ユメ先輩!」と出迎えてくれる光景だった

 

しかし、そこにいたのは、窓際の定位置でクジラのぬいぐるみを抱え、まどろんでいた桃色の少女がただ一人

 

「うへ〜タイミング悪いね〜。今、他のみんなはお出かけ中だよー」

 

気だるげな声の主、ホシノは大きなあくびを一つ

 

「……えーっ。ホシノちゃんだけなのー? 他のみんなはパトロール?」

 

ユメは露骨に肩を落とし、まるで世界が半分になったかのようにガッカリとしたフリをして見せた

 

その大袈裟なジェスチャーに、ソファで横になっていたホシノは片目だけを薄らと開け、いつもの眠たげな、それでいてどこか楽しげな笑みを浮かべる

 

「うへ〜、ひどいなぁ。せっかくおじさんがお留守番して、ユメ先輩が来るのを首を長くして待ってたっていうのにさ。なんですか〜? 今のアビドスを支える最強の後輩と二人っきりなのは、そんなに不満ですか?」

 

ホシノは上半身を起こすと、指先で自分の頬を突き、ニヤニヤと意地悪そうに目を細めた。かつての「暁のホルス」としての鋭さは鳴りを潜め、今ではすっかり後輩をからかうのが趣味の隠居人のような態度だ

 

しかし、そんなホシノの挑発は、かつての先輩であるユメには全く通用しない

 

「もぉー、そんなわけないじゃない! 全然! ホシノちゃんも大好きだもん!」

 

ユメは一瞬で満面の笑みを取り戻すと、弾かれたように駆け寄って、ソファに座るホシノを正面から勢いよく抱きしめた

 

「うへぇあっ!? ちょ、ちょっとユメ先輩、相変わらず距離感がバグってますよぉ!」

 

「いいのいいの! ホシノちゃんは相変わらず小さくて、抱き心地が最高だねぇ〜。うふふ、なんだか昔に戻ったみたい」

 

豊かな胸元に顔を埋められ、ホシノは「うへぇ……」と声を漏らしながらも、その温もりにどこか安堵したように身を委ねる

 

「昔といえば……本当に、色んなことがありましたよね」

 

ユメの抱擁に身を委ね、心臓の鼓動を間近に感じながら、ホシノはしみじみと呟く

 

かつては孤独な戦いに身を投じていた彼女にとって、この穏やかな静寂は何物にも代えがたい宝物だった

 

「そうだねぇ〜。あんなに尖ってたホシノちゃんが、今じゃこんなに甘々になっちゃうなんて。お姉さん、あの頃は想像もしてなかったもん!」

 

「うへぇ……それはもう言わないでよ、ユメ先輩……」

 

からかうような柔らかな声に、ホシノは耳まで真っ赤にして顔を背けた

 

ショットガンを片手に砂漠を駆けていた頃の自分を思い出されるのは、今の「自称おじさん」な彼女にとっては、銃撃戦よりもずっと気恥ずかしいことだった

 

「あ、そうだ! 懐かしいといえばね……これ!」

 

ユメは名案を思いついた子供のような顔をして、カバンの中をごそごそと探り、一つの瓶を取り出す

 

ホシノが不思議そうに首を傾げながら、そのカラフルで、どこか禍々しいほど鮮やかな光を放つ小瓶を見つめる

 

「……ねぇ、ユメ先輩。それって、まさか……」

 

「そう! どんな人でも手軽に酔いを体験できる魔法のお薬だよ♪懐かしいよね!」

 

ユメが満開の笑顔で、まるで宝物を披露するかのような口調で説明する。しかし、対照的にホシノの瞳からは光が消え、無言でその小瓶を凝視し続けた

 

「ほ、ホシノちゃん? どうしたの、そんな怖い顔して……」

 

「あはは〜、そうですかぁ〜……。ユメ先輩、ちょっとそこに正座」

 

「ひぃん!?」

 

低く、しかし絶対的な拒絶を含んだホシノの声に、ユメの背筋に戦慄が走る

 

それは、ホシノが一年生の頃――セリカがアビドスにやってきて、まだ数日しか経っていない頃の出来事だった。ユメが出しっぱなしにしていたその「劇薬」を、喉を焼くような砂漠の暑さに耐えかねたセリカが、あろうことかジュースと間違えて一気に飲み干してしまったのだ

 

その後、服を脱ぎ散らかし、怒っているのか褒めているのかさえ判別不能なテンションで暴走したセリカによって、生徒会室がどれほどカオスな地獄絵図と化したか

 

ホシノはその光景を、脳裏に焼き付いて離れない「苦い思い出」として刻んでいた

 

あの日、ホシノはユメにこっぴどく説教をし、二度とこんな危ないものは持ち歩かないよう、確実に廃棄することを念押ししたはずだった

 

「だ、だって! 捨てようと思ったんだけど……これ、私たちの数少ない思い出の品なんだもん!」

 

「その『思い出の品』のせいで、私たちがどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるんですか!? それに、あれほど捨てろって言いましたよね!?」

 

「ひぃん……ごめんなさぁい……」

 

あまりの恥ずかしさに、ホシノは口調までかつての一年生の頃の鋭さを取り戻し、本気で怒り狂っている

 

マイペースを地で行くユメですら、この時のホシノから放たれる圧倒的な威圧感には抗えず、ソファから降りて床の上にちょこんと正座し、小さく縮こまって震えるしかなかった

 

そんな修羅場のような、あるいは喜劇のような空気が部室を支配していた

 

その時である

 

「暑い……。もう、最近のキヴォトスはどうなってるのよ、暑すぎるわよ……。あ、ユメせ……って、何してるのよ、二人とも?」

 

タイミングが良いのか、あるいは絶望的に悪いのか

 

パトロールを終え、額に珠のような汗を浮かべたセリカが、力なく扉を開けて帰ってきた。正座して小さくなっている卒業生と、仁王立ちで怒髪天を突く在校生という奇妙な光景に、セリカは目を白黒させる

 

「ちょうどいいところに来ましたね、セリカ! 聞いてくださいよ、ユメ先輩ったらまた——」

 

「はいはい、お説教は後にして。なんだか今のホシノ先輩、昔の尖ってた頃みたいで懐かしいわね……。あ、ちょうどいい所に飲み物が。喉カラカラなのよ、貰うわね」

 

「え、ちょっと待っ……!?」

 

「「あっ」」

 

二人の制止が空気を切り裂くよりも早く、セリカは机の上に放置されていた「例の小瓶」をひったくるように手に取り、その琥珀色の液体を喉へと流し込んだ

 

一気に飲み干された瓶が机に置かれるのと同時に、部室に二人の情けない悲鳴が重なって響く

 

「ぷはぁっ! ……何だかこれ、変な味だけど懐かしいわね。ユメ先輩からの差し入れ?」

 

「あっ、えっと……そ、それは……その……」

 

セリカの無邪気な問いに、ユメは泳がせすぎてどこを見ているのか分からないほど目を泳がせる

 

対照的に、ホシノは一切の感情を排したジト目で、じりじりとユメを睨みつけた

 

首を傾げていたセリカだったが、数秒もしないうちにその頬が林檎のように赤く染まり始める。「ひっく」という可愛らしいしゃっくりが静かな室内を叩く

 

「あれぇ……? なんだか、急に世界がぐるぐる回って、フラフラするぅ……」

 

「せ、セリカちゃん……落ち着いて……? ほら、おじさんの横に座って休もうか……ね?」

 

嫌な予感に背筋を凍らせながらも、ホシノは慌ててセリカを介抱しようと歩み寄る。しかし、ソファーへ案内しようと横に立った瞬間だった

 

「!?」

 

ガシッ、と

 

鋼のような力強さで肩を掴まれ、ホシノの動きが止まる

 

「あはは〜♪ ホシノちゃん……なんだか、すっごく気分が良くなってきちゃったのぉ〜」

 

「ひぃぃ!? 酔っ払いセリカちゃんの再誕だぁぁ!!」

 

「あ、あはは……。ホシノちゃん、本当にごめんねぇ……」

 

かつての悪夢が現実となったことを悟り、ユメは床の上で手を合わせて平謝りする

 

だが、その間にもセリカの行動は加速度的に「異常」な領域へと踏み込んでいった

 

「えへへ〜……。ホシノちゃんの髪、ふわふわでいい匂い……。私、ホシノちゃんのこと、だーい好きだなぁ……」

 

「あ、甘え上戸ぉ!?」

 

最初に現れたのは、普段のツンデレな彼女からは想像もつかないほど密着度の高い「甘え上戸」だった

 

セリカは蕩けたような手つきでホシノの桃色の髪や顔をぺたぺたと触り、子猫のように喉を鳴らして甘え始める

 

「ちょっ……ま、待ってセリカちゃん、どこ触っ……くすぐったいってば……っ!?」

 

あまりの密着ぶりに限界を感じたホシノが、逃げようと後ろへ飛び退いた。しかし、運悪く自分の足とセリカの足が絡まり、均衡を崩す

 

そのままホシノは仰向けに、そしてセリカがその上に覆いかぶさるような、世に言う「押し倒された」形でソファーへと沈み込んだ

 

「ホシノ先輩ー、お留守番ちゃんと——」

 

「ん、ホシノ先輩、昼間から大胆」

 

「わ〜♪ 皆さん、とっても仲良しですねぇ!」

 

「!?!?!?」

 

まさにその、最悪という言葉では生ぬるい決定的な瞬間に、残りのメンバーが帰還した

 

一番に扉を開けたアヤネは、目の前の「衝撃映像」を網膜に焼き付けた瞬間、眼鏡の奥の瞳を怪しく輝かせた。まるで「ついに待望の、そして禁断の光景が拝める」という執念にも似た興奮で肩を震わせる

 

シロコは相変わらず無表情ながらも、その耳をぴくぴくと動かし、口元には隠しきれない愉悦の笑みを浮かべていた。そしてノノミにいたっては、事態を収拾するどころか、光速で取り出したスマートフォンのカメラを構え、連写音を室内に響かせている

 

「ちょっ!? みんな助けて! セリカちゃんが暴走してるの!」

 

「何を言ってるんですかホシノ先輩!! そのまま抗わずに、ホシノ先輩からも****(熱烈な愛の証明)をしてください!!」

 

「アヤネちゃん!?!?」

 

アヤネの絶叫に近い檄が飛び、対策委員会室のボルテージは一気に沸点を超えた

 

「あ、あれー? 私の知ってる優等生のアヤネちゃんの口からは、絶対に漏れなさそうな伏字が聞こえてくるんだけど……」

 

「ん、最近のアヤネの情緒がおかしいのは、もう誰も気にしてない。ただの重度の思春期」

 

「そんな冷静な分析はどうでもいいから助けて!? ユメ先輩も、そっちに混ざってないで事情くらい説明してよぉ!?」

 

ホシノの悲痛な叫びも虚しく、ユメはいつの間にか扉の近くまで後ずさり、ノノミたちの輪の中に紛れ込んでいた

 

まさに「アビドスの太陽」が雲に隠れ、観客席へと退散した瞬間である

 

「むぅ……」

 

慌てふためき、自分以外のメンバーに助けを求めるホシノの態度が、今のセリカには我慢ならなかった

 

自分だけを見てほしい、もっと甘やかしてほしい——薬のせいで増幅された独占欲が、彼女の頬をリスのように膨らませる

 

「え? せ、セリカちゃん……? なんで急に顔を近づけ……ンン〜!?!?!?」

 

「わぁ……!」

 

抵抗する暇もなかった。セリカは、まるで吸い寄せられるかのようにホシノの唇へと己のそれを重ねた

 

至近距離で重なる二人の鼓動

 

あまりにも強引で、それでいて熱のこもった口付けに、ホシノはバタバタと手足を動かして抗う。しかし、甘い毒が回るように次第にその力は抜けていき、最終的には魂が抜けたようにピクピクと震えながら沈黙した

 

その光景を、アヤネは「これこそが真理……!」と言わんばかりの恍惚とした表情で見つめ、ノノミのシャッター音は止まることを知らない

 

「ぷはっ……んー……。まだ、足りないわ……」

 

「……せ、セリカちゃーん? もしかして、まだ満足して……なさそう……!?」

 

ホシノが完全に機能停止したのを確認して口を離したセリカだったが、その瞳に宿る熱は消えるどころか、さらに激しさを増していた

 

ユメたちを見るその目は、獲物を品定めする飢えた肉食動物のそれだ

 

「これ、もしかして今『甘え上戸』から『キス魔』に移行したんじゃ……!?」

 

「ん、ユメ先輩。変なこと言ってないで、とりあえずダウンしたホシノ先輩を回収しよう」

 

シロコは、いつものマイペースな足取りで、トロンとした表情のまま獲物を探しているセリカの元へと無防備に近づいていく

 

倒れたまま、白目を剥いて震えているホシノを抱きかかえようとした、その時だった。シロコの背後で、セリカの瞳が妖しく、そして鋭く光った

 

「ん、セリカも、大丈夫? 何か疲れてるのなら、少し休んで……」

 

「捕まえたわぁ……シロコ先輩……」

 

「!? ……んっ!?」

 

次の瞬間、シロコは背後から突き飛ばされるようにして床に押し伏せられた

 

あの身体能力の高いシロコが反応すらできないほどの、執念のタックル。驚愕に目を見開くシロコの上に跨ったセリカは、逃がさないと言わんばかりにシロコの両手首を床に縫い付けた

 

至近距離で見つめ合う二人。セリカは、妖艶な笑みを浮かべながらシロコの唇を舌先でゆっくりとなぞる

 

「え、えへへ……。シロコ先輩の唇も、ぷるぷるしてて美味しそう……」

 

「ま、待って……私、まだ大事な初めてをこんな事故みたいな形で消費したく……ん〜!??!?!」

 

シロコの言葉は、強引に塞がれた唇の中に消えた

 

抵抗しようとするシロコだったが、セリカの放つ「酔い」の熱量に圧倒され、次第に顔を真っ赤に染めて陶酔の表情へと変えられていく

 

「わぁ……! セリカちゃん、シロコちゃんまで!? 豪華二本立てのメインディッシュですね〜♪」

 

ノノミが「これは家宝にします!」と最高の笑顔で撮影を続ける傍らで、アヤネはついにキャパシティをオーバーしたのか、眼鏡を真っ白に曇らせながら鼻血を拭うことすら忘れ、「これです……これこそが見たかったんです……! 砂漠の向こうに、真の理想郷がありましたぁぁ……!!」と、天を仰いで熱狂していた

 

「ちょっと待って、セリカちゃん!? シロコちゃんは抵抗できないから! あ、あはは……。ホ、ホシノちゃん、起きてぇ! このままだと部室の秩序が崩壊しちゃうよぉ!」

 

ユメが半泣きで、魂が抜けかけているホシノの肩を激しく揺さぶる。しかし、ホシノは焦点の合わない目で天井を仰ぎ、「……うへへ、おじさん、もうお嫁にいけない……砂漠の真ん中でお嫁さん修行のやり直しだぁ……」と、力なく虚空を見つめていた

 

その隙を、捕食者の瞳をしたセリカが見逃すはずもなかった

 

シロコの抵抗を封じ込め、その顔を覗き込むようにして再び「味見」を敢行する

 

「ん、セリカ……これ以上は、んんっ……!?」

 

強引に奪われる唇。あの冷静沈着なシロコですら、耳の先まで真っ赤にして「んんっ……ふ……っ」と微かな吐息を漏らし、瞳を潤ませる

 

やがてセリカが満足げに口を離すと、シロコはガクガクと膝を震わせ、そのままホシノの隣へ仲良く崩れ落ちた

 

「ユ、ユメ先輩! 一体全体、何があったんですか!? この地獄絵図は……いえ、この聖域は!?」

 

興奮と混乱が混ざり合った叫びを上げるアヤネに詰め寄られ、ユメは頬を引きつらせながら、机の上で転がっている空の小瓶を指差した

 

「あ、あはは……。実はね、セリカちゃんが間違えて、私が隠し持ってた『色んな上戸を体験出来る薬』を飲んじゃったの……!」

 

「色んな、上戸……? まさか、感情の抑制を外して、アルコール摂取時の反応を擬似的にループさせるという、あの都市伝説のような劇薬ですか!?」

 

「そう……! 飲んだ人の深層心理にある感情が、いろんな酔っ払い方になって順番に表に出てきちゃうんだよぉ……。昔、私達もこれでホシノちゃんが大変なことになって、部室が砂に埋まりかけた思い出が……」

 

ユメが遠い目をして語る最中、セリカの体から「プシュッ」と、オーバーヒートした機械のような湯気が立ち上った

 

「ふぅ……。あはははは! なにこれ、すごーい! 面白ーい!! 全員顔が真っ赤だよ!? 傑作ね!!」

 

唐突に、セリカの喉から子供のように無邪気な、それでいてどこかネジの飛んでしまったような高笑いが部室に響き渡った

 

先ほどまでの「キス魔」としての妖艶さは霧散し、今の彼女を支配しているのは純粋な狂気にも似た多幸感

 

——「笑い上戸」への変貌だった

 

涙を浮かべて笑い転げるセリカの視線が、獲物を定める肉食獣のような鋭さで、目の前に立ち尽くすユメをロックオンする

 

「あはは! 大きいー! 柔らかーい! ユメ先輩、ここにはアビドスの夢と希望と、あとなんだか物理法則を無視したすごい質量がいっぱい詰まってるわねぇ!!」

 

「ひぃん!? セ、セリカちゃん、一体どこを叩いてるのぉ!? ひゃうんっ、そんなに激しく……っ! ああぁ、なんだかこの、なぶり飛ばされるような久しぶりの感覚……っ!? 太鼓じゃないよ、お姉さんの大切なところだよぉ!」

 

笑い上戸に突入したセリカの両手は、まるで精密にプログラミングされた打楽器奏者のように正確な軌道を描き、ユメの豊満な胸元へと迷いなく繰り出された

 

ボムッ、ボムッ、と鈍くも景気の良い音が鳴り響く。ユメは抗うこともできず、その衝撃に身を震わせながら、顔を真っ赤にして情けない声を上げ続ける

 

しかし、セリカの連打は止まらない

 

彼女の指先はさらなる「良質な打楽器」を求め、流れるような動作でターゲットを隣のノノミへと切り替えた

 

「え? あらあら、私にまで……いたっ!? セリカちゃん、そこは女の子が叩いていい場所じゃありませんよぉ〜っ!」

 

「あはは! ノノミ先輩のも凄ーい! 柔らかーい! これが資本力の厚み!? お金持ちの弾力だぁー!!」

 

「そんな不思議な弾力ありませんよぉ〜! ふふっ、でもセリカちゃん、手がとっても温かくて……なんだか癖になりそうです♪」

 

ノノミの豊かな胸元までもが太鼓代わりに叩き鳴らされ、対策委員会室には肉厚な打撃音と、ノノミの余裕とも困惑ともつかぬ甘い吐息が交差する

 

ノノミは当初こそ驚いたものの、いつもの包容力で「よしよし」とセリカの頭を撫でようとする余裕を見せていた

 

だが、セリカの暴走はそこが終着点ではなかった

 

彼女の体温が物理的に周囲の空気を歪めるほどさらに一段階上昇し、その瞳に宿る光が、より根源的な「解放」を求める渇望へと色を変えていく

 

「……あー、もう! やっぱり暑い! なによこの制服、重たいし締め付けられてイライラするわ! こんなの全部脱ぎ捨てて、砂漠の風と一体になってやるわよぉぉ!!」

 

セリカの瞳から理性の光が完全に消失した

 

感情のブレーキが焼き切れた彼女にとって、アビドスの誇りである制服すらも、今はただの忌々しい拘束具でしかない

 

苛立った様子で自らの制服のボタンに指をかけると、普段のバイトで鍛えた器用さが仇となり、驚異的な速さでボタンが一つ、また一つとはじけ飛んでいく

 

「ひゃあぁぁ!? ユメ先輩、説明通り最悪のフェーズ『脱ぎ上戸』に移行しました! これ以上は流石に…対策委員会の、いいえ、一人の多感な少女としての尊厳が砂塵に消えます! セリカちゃん、ストップ! 今すぐストップです!!」

 

アヤネは半狂乱になりながらも、書記としての使命感だけで、自らのネクタイを緩め始めたセリカの暴走を止めようと必死に距離を詰めた

 

露出の危機から仲間を守るべく、羽交い締めにせんとしたその瞬間、セリカのトロンとした視線がアヤネを正面から射抜く

 

「……アヤネちゃん、アンタ。さっきからうるさいわよ」

 

「えっ……? ひっ、ひぃぃぃ!?」

 

「人のこと止める前に、自分の格好を見なさいよ。アンタの制服も、すっごく暑苦しいのよ……! そのキッチリ締めたネクタイも、アイロンの効いたシャツも、見てるだけでこっちが息苦しくなるわ!!」

 

「ちょっ、セリカちゃん!? 手が、手が私のボタンに……ひゃあぁぁ!?」

 

ターゲットは完全に切り替わった。セリカは獲物を捕らえる豹のような俊敏さでアヤネの肩を掴むと、力任せに彼女をデスクへと押し込めた

 

「逃げちゃダメよ、アヤネちゃん! アンタもいつも真面目くさって、そんな堅苦しい格好ばっかりして! 私が今ここで、身も心も解放して自由にしてあげるからぁ!」

 

「やめてください! 私、脱ぐのも脱がされるのも、ましてや剥ぎ取られるのも専門外です! 理想郷は『遠くから眺めるもの』であって、自分がその構成要素になるなんて聞いてません! 誰か、誰か正気の人はいないんですかぁぁ!!」

 

(おじさん的にはアヤネちゃんも正気じゃないと思うよ…)

 

眼鏡が物理的に真っ平らになるほどの勢いで、もがきながら逃げ惑うアヤネ。しかし、その後ろには既にシャツの半分がはだけ、ネクタイをどこかへ投げ捨てた状態のセリカが、恐ろしいほどの笑顔で、アヤネの制服の合わせ目に指をかけて追いすがる

 

「ほら、恥ずかしがらないで自由になるのよぉ! 全てをさらけ出せば、借金問題なんてちっぽけに見えるんだからぁ!」

 

「理論が破綻しています! 露出度と負債額は反比例しません! 誰か、ホシノ先輩! シロコ先輩! 助けてくださぁぁい!!」

 

隅っこで「おじさん、もうダメだぁ……」と白目を剥いているホシノと、頬を染めて機能停止しているシロコ

 

頼みの綱は完全に断たれ、部室にはアヤネの悲鳴と、無理やり脱がされようとする衣擦れの音だけが虚しく響き渡る。対策委員会室はかつてないほどの混沌と、一触即発の露出危機に包まれてい

 

しかし、嵐は唐突に終わりを告げる

 

「……う、ううっ……。うぇぇぇぇん!!」

 

突然、セリカはその場にへなへなと座り込み、顔を覆って泣き出した

 

「セ、セリカちゃん!? 今度は泣き上戸!?」

 

「みんな……ごめん……。私……私、アビドスが……みんなのことが、本当は世界で一番だいすきなのぉ……。なのに、借金ばっかりで……私が不甲斐ないからぁ……うぇぇぇん!」

 

感情のダムが決壊したように大号泣するセリカ。その姿は、先ほどまでの暴君ぶりが嘘のように、幼く、そして健気だった

 

「よしよし、セリカちゃん。頑張ってるの、みんな知ってるよぉ」

 

「そうですよ、セリカちゃんは私たちの自慢の後輩なんですから〜」

 

ユメとノノミが優しく抱きしめ、アヤネが安堵の溜息をつきながら彼女の乱れた服を整える。ようやく薬のループが一周し、セリカがそのままスヤスヤと眠りについたところで、アビドスの長い一日が終わった

 

翌朝、アビドスの対策委員会室には、戦場のような静寂が漂っていた。何も覚えてないセリカが部室の扉を開けた瞬間、その視界に飛び込んできたのは、ホワイトボードの真ん中を占拠する「恥辱のモザイク画」だった

 

そこには、ノノミが最高画質で捉え、執念で現像まで済ませた数々の写真が並んでいた

 

ホシノに馬乗りになって熱烈な口付けを強いるセリカの横顔

 

シロコを床に縫い付け、獲物を見るような目でその唇をなぞる野獣じみたセリカ

 

「アビドスの夢と希望」と叫びながら、ユメとノノミの胸元を太鼓のように叩きまくる満面の笑みのセリカ

 

そして、ボタンを弾き飛ばしながら「自由よぉ!」とアヤネを追い回す、理性を砂漠の彼方に捨て去ったセリカ

 

その写真群の横には、ユメによる「昨日は恥ずかしかったけど楽しかったね!最高の思い出だよ♪」という、悪意ゼロの破壊力抜群なメッセージが、丸っこいフォントで添えられていた

 

「…………ッ!!」

 

セリカの口から、もはや悲鳴にもならない空気が漏れる。顔面は見る間に真っ赤から土気色へと変わり、彼女の周囲の気温が物理的に上昇したかのような錯覚を覚えるほどの怒気が噴き出した

 

「……私、ちょっとシャーレに行ってくるわ」

 

氷点下よりも冷たい声。その瞳には、もはや言葉では言い表せないほどの「静かな怒り」が宿っている

 

「うん、これはユメ先輩が100パーセント悪いから、おじさんは止めないよ。むしろ、今のうちにサンオイルでも塗って、この修羅場を高みの見物と洒落込もうかなぁ〜」

 

ソファーでクジラのぬいぐるみを抱えたホシノが、悟りを開いたような顔で手を振る。もはや救いはない。セリカは一言も発さず、地響きを立てるような足取りで部室を後にした

 

場所は変わり、早朝のシャーレ

 

当番の仕事前に、お気に入りのティーカップを片手に「ふふ〜ん♪」と鼻歌を歌いながら、ユメは窓の外を眺めてくつろいでいた

 

昨日の「親睦会」の成功を噛み締め、今日こそは平和な一日になると信じて疑わなかった

 

しかし、その平穏は、自動ドアが物理的に破壊されんばかりの勢いで蹴り飛ばされた瞬間に崩れ去る

 

「ユメ先輩ぃぃぃぃぃぃ!! なんであんたはトラブルばかり持ち込むのよ!! この疫病神!!」

 

「ひ、ひぃぃぃん!? セ、セリカちゃん!? どうしてそんなに般若みたいな顔してるのぉぉ!?」

 

怒髪天を突く勢いで乱入してきたセリカは、手近にあった書類の束を丸めて棍棒のように握りしめ、逃げ場のない執務室の奥へとユメを追い詰める

 

「良かれと思ってやっただけなのー! みんなの仲を深めるための、先輩としての愛のムチなんだよぉー!」

 

「そのムチが痛すぎるって言ってんのよ! あの写真! あの書き置き! 全部、今すぐ、あんたの記憶と一緒にこの世から消し去りなさぁぁぁい!!」

 

「待って! 暴力反対! アビドスの平和主義担当、ユメ先輩の命が危ないよぉー!」

 

「ユメ先輩はトラブル担当でしょうがぁぁ!!?」

 

逃げ惑うユメと、猫のような俊敏さで机の上を飛び越え追いすがるセリカ

 

シャーレの執務室は、書類が舞い、什器がなぎ倒される地獄絵図と化した。仕事に来たばかりの先生が、入り口で「……今日は帰ろうかな」と呟いてそっと扉を閉めたのだが、それはまた、別のお話




ユメ先輩はトラブル持ち込むのにピッタリな人材…一生ホシノに怒られてて欲しい(?)

ちなみに最後の方はどこかの派出所のパロだったりします()
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