セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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シロコ*テラーとセリカ 夜の屋上での話

夏の足音がすぐそこまで迫っているはずだというのに、夜を迎えたアビドスの屋上には、どこか冬の残滓を孕んだような冷たい風が吹き抜ける

 

砂漠の果てから運ばれてくる乾いた風は、セリカの制服のスカートを細く揺らし、露出した肌をかすめていく

 

わずかに肌寒さを覚える夜気ではあったが、不思議と不快感はなかった。むしろ、その冷涼さが、先ほどから昂ぶり続けていた彼女の心臓を静かに鎮めてくれるような、奇妙な心地よささえ感じさせていた

 

月光は無機質なコンクリートを白銀に染め上げ、二人の境界線を曖昧に溶かしていく

 

どれほどの沈黙が流れただろうか

 

静寂を切り裂いたのは、隣に座るクロコの、夜風にさらわれてしまいそうなほど静かな、けれど芯の通った声だった

 

「ねえ、セリカ。……今から少し、変なことを聞いてもいい?」

 

その唐突な前置きに、セリカは視線を月へと向けたまま、どこかおどけたように鼻を鳴らした

 

「今更なに言ってるのよ。クロコ先輩から、まともで常識的な質問が飛んでくるなんて、最初から一ミリも期待してないわよ」

 

「ん……それは酷い。私だって、自分なりにTPOをわきまえているつもり」

 

セリカの相変わらずの辛辣な返しに、クロコはわずかに頬を緩め、二人の間に小さく、けれど柔らかな笑い声が零れ落ちる

 

しかし、クロコはすぐにその笑みを収めると、横に座るセリカの横顔を射抜くような、真っ直ぐで真剣な眼差しで見つめた

 

「……セリカは、『私が知っているセリカ』なの?」

 

「…………は?」

 

予想の斜め上を突き抜けるような問いに、セリカの思考回路は完全に停止した

 

この先輩は、この神秘的ですらある静寂の中で、一体何を言い出すのだろうか

 

張り詰めた緊張感を一瞬でぶち壊すような爆弾発言に、セリカの脳裏には「今すぐここでヘッドロックを決めて、その不思議な思考回路を矯正してやるべきではないか」という物騒な衝動がよぎる

 

しかし、セリカの纏う空気が瞬時に不穏なものへと変わったことを野性的な勘で察知したのか、クロコは珍しく狼狽えたように両手を振って言葉を継いだ

 

「待って。変な意味じゃないから。……決して、精神状態を疑っているわけじゃないの」

 

「じゃあ、一体どんな意味よ。説明しなさいよ」

 

毒気を抜かれたセリカに急かされ、クロコは改めて地面に座り直すと、探るような視線をセリカへと向ける

 

「私が、この世界とは異なる……そう、違う時空の果てから来た存在だということは、セリカも知ってるよね?」

 

「ええ。……嫌というほど、ね」

 

その壮絶な旅路を知っているからこそ、セリカの返答には自然と重みが混じる。するとクロコは、確信めいた響きを帯びた声で、核心へと踏み込んだ

 

「今のセリカは……あの時の私と、半分くらい同じ状態にあるんじゃないかって。そう思ったの」

 

その言葉を叩きつけられた瞬間、セリカは返す言葉を失い、固まった

 

砂狼シロコ・テラー

 

周囲からは今のシロコと区別するために「クロコ」と呼ばれている彼女が背負ってきた過去は、あまりに過酷で、あまりに悲惨なものだった。大切な仲間を失い、色彩に飲まれ、それでもなお、彼女はこの世界で前を向こうと足掻いている

 

『半分同じ』。その言葉が指し示すのは、本来この場所にあるはずのない、別の時空の記憶や魂が混ざり合っているという、この上なく不自然な現状の指摘であった

 

何も言えずに唇を噛むセリカを余所に、クロコは淡々と、けれど鋭い洞察を重ねていく

 

「違和感を決定的に感じたのは、あの砂祭りの日。私の知っている世界のホシノ先輩は……どれほど親しくなっても、セリカに対してあんな風に、無防備に甘えるような仕草は見せなかった」

 

「……そう? あの人、結構どこでも甘えると思うんだけど」

 

「否定はしない。おじさんを自称してサボりたがるのは、どの世界でも共通。……でも、セリカに向ける信頼というか、執着というか。なんだか、感情のベクトルが根本から違う気がしたの」

 

「うぐ……っ」

 

図星を突かれ、セリカは喉を詰まらせた

 

やはり、この先輩の直感は恐ろしい。どちらのシロコであっても、アビドスの仲間に対する観察眼と、違和感を嗅ぎ取る嗅覚は群を抜いている

 

もはや隠し通すことは不可能であり、同時に、自分と同じような「異物」であるクロコが相手ならば、すべてを話してもいいのではないかという思いが、セリカの中に芽生え始めていた

 

セリカは深く、長く、夜の空気を吸い込んで溜息を吐き出すと、観念したように首を振った

 

「……分かったわよ。隠し通せる相手じゃないことも、隠す意味があんまりないことも。……いいわ、全部話してあげる」

 

月明かりの下、セリカは重い口を開き、自分がこの世界に「帰還」するまでの、長くて奇妙な旅路の真相を語り始めた

 

「……つまり、整理すると。得体の知れない怪異に触れて、気がついたら二年前のアビドスに飛ばされていた。そこで死ぬはずだったユメ先輩を助け、ホシノ先輩と三人で家族のように暮らしていた……。そして、ある日突然またこの現代に引き戻された、ということ?」

 

クロコは淡々と、まるで報告書の行間を読み解くような冷静さでセリカの話を要約した。しかし、その声にはわずかながら、信じがたい物語を咀嚼しようとする戸惑いの色が混じっている

 

「簡単に言えば、そうなるわね。信じられないかもしれないけど、全部本当のことよ」

 

セリカは自嘲気味に肩をすくめ、膝を抱える腕に力を込めた。すると、クロコは月光に照らされた表情をふっと和らげ、慈しむような、どこか遠い身内を見守るような優しい眼差しをセリカに向けた

 

「……ん。どの世界のセリカも、そういう無鉄砲で危なっかしいところは変わらないんだね。少し安心した」

 

「ちょっと、どういう意味よそれ! あと、そのお姉さんぶった生温かい笑顔、地味に腹立つからやめなさいってば!」

 

図星を突かれた気恥ずかしさと、クロコの纏う年長者特有の余裕に煽られ、セリカは顔を真っ赤にして声を荒らげる。しかし、クロコはその抗議を柳に風と受け流し、再び夜空の三日月へと視線を戻した

 

その横顔には、先ほどまでの穏やかさとは一線を画す、鋭利な思考の影が差し始めている

 

「でも、その話が事実だとしたら……いくつか気になる点がある」

 

セリカの怒りをよそに、クロコの声は再び低く、冷徹な分析官のものへと戻っていた

 

「なによ、気になる点って。……出し惜しみしないで言いなさいよ」

 

「一つは、セリカが過去の世界で経験したはずの『怪異』が、この現代の七不思議においては全く別の性質のものに変質していること。因果が捻じ曲がっているのか、あるいは誰かの意思が介入しているのか……」

 

そこまで言って、クロコは言葉を一度切り、隣に座るセリカの瞳の奥を覗き込むように顔を寄せた

 

「……そして、もう一つ。これが一番重要。違う時間軸から来た『セリカ』が今ここに存在しているのなら――元々この場所にいたはずの、この世界のセリカは、一体どこへ消えてしまったのか」

 

その言葉は、セリカが心の奥底に封印し、見ない振りをし続けてきた「禁忌」を無慈悲に抉り出した

 

セリカは弾かれたように視線を逸らし、震える指先を隠すようにコンクリートの床を見つめる

 

ユメが生きている奇跡、対策委員会のみんなと笑い合える日々。あまりに幸福すぎる今の日常に酔いしれ、考えないようにしていた冷厳な事実

 

ここは、自分の知っているアビドスではない。あのお泊まり会以前の記憶を持たない自分は、いわばこの世界にとっての「不純物」だ

 

ならば、本来ここでホシノと歩むはずだった「もう一人の私」は、どうなってしまったのか

 

「……私、もしかしたら……また、ホシノちゃんの前から居なくなるのかしら」

 

喉の奥から絞り出した本音が、微かな震えを伴って夜風に漏れ出した

 

普段は意地を張って『ホシノ先輩』と呼んでいるが、心細さが限界を超えると、あの過去で育んできた親愛の情が溢れ出してしまう。自分はこの世界の住人ではないという疎外感と、いつかこの夢のような時間が砂のように指の間から零れ落ちてしまうのではないかという恐怖

 

その切実な響きに、クロコは目を見開いて驚きを露わにした

 

「セリカ、今……ホシノ先輩のことを、『ホシノちゃん』って呼んだ?」

 

「あっ、いや、その……。……そうよ、もう隠しても仕方ないわね。さっき話した過去の世界で、私が彼女を呼んでいた名前よ。今でも二人きりの時とか、甘えてくる時にそう呼んでほしいって言われるから……つい、癖で」

 

恥ずかしさに耐えかね、セリカは顔を伏せて早口に言い繕う

 

しかし、その言葉を聞いたクロコは、何か重要なピースが嵌まったかのような表情を浮かべ、深く考え込むように沈黙した

 

月明かりの下、クロコの脳内では「自分たちが知るホシノ」と、セリカが語る「ホシノ」との決定的な差異、そして夢の中でセリカが見たという「警告」の断片が、複雑に絡み合い始めていた

 

「なによ、そんなに考え込んで……。私の話、そんなに信じられない?」

 

怪訝そうに眉を寄せたセリカの問いかけに、クロコはすぐには答えなかった。ただ、夜風に揺れる銀髪の隙間から、射抜くような鋭い視線をセリカへと向ける

 

「……セリカ。あなたは、ホシノ先輩が『テラー』へと変貌した時のことを、どこまで鮮明に覚えている?」

 

低く、重いその問いに、セリカの心臓が不快な鼓動を刻む。あの、空がひび割れ、世界がどす黒い色彩に塗り替えられた悪夢のような光景

 

「……覚えてはいるわよ。あんなこと、忘れられるはずがないわ。でも、それがどうしたって言うのよ」

 

「それは、こっちの世界での出来事? それとも、セリカが元いた、『ユメ先輩がいない世界』での記憶?」

 

「…………」

 

セリカは言葉を失い、喉の奥が引き攣るような感覚に陥った

 

沈黙が屋上の静寂をより一層深いものにする。三日月の冷たい光が、二人の間に越えられない境界線を引いているようだった

 

「……実を言うとね、私にはずっと解せなかったことがあるの。こっちの世界では、なぜホシノちゃんがテラー化したのか、その決定的な理由が分からないままだった」

 

セリカは震える声を絞り出すようにして続けた

 

「私の知っている世界では、亡くなってしまったユメ先輩への後悔と、取り戻せない過去への絶望が引き金になっていたわ。でも、この世界にはユメ先輩がいて、救済があるはずだった。それなのに、なぜホシノちゃんはあの日、あそこまで追い詰められてしまったのか……ずっと不思議だったのよ」

 

「ん……。それは私も、同じように不思議だと思っていた」

 

不意に投げかけられた肯定の言葉に、セリカは弾かれたように顔を上げた。クロコは膝を抱えたまま、淡々と事実を積み重ねていく

 

「私も、後から詳細を聞いた話ではあるのだけれど。あの日、『列車砲』の名前をハイランダーの生徒から聞いた次の日、ホシノ先輩は豹変した。一人でそれを破壊しに行くと言って聞かず、周囲が止める隙も与えなかった」

 

「……そこまでは、私の知っている経緯と同じね」

 

「ただ、様子が異常だった。何かに取り憑かれたかのように『私が壊さないといけない』『私が終わらせないといけない』と繰り返していたらしい。シロコやアヤネ、そして『こっちのセリカ』も必死に制止したけれど、力づくでも止められなかった。その時の先輩は、普段のホシノ先輩からは想像もつかないような、この世の終わりを見るような表情をしていたって」

 

クロコの声はどこまでも平坦だったが、語られる内容はあまりに凄惨だった

 

「……その後、なんとか彼女を追い詰めたけれど、結局テラー化を防げなかった……。そういうことかしら?」

 

セリカの問いに、クロコは「ん」と短く頷いた

 

「私が知っている地獄と同じね。……その後は、ユメ先輩が命懸けでホシノちゃんを止めた、ということで合っているの?」

 

「……ううん、違う。ユメ先輩の言葉でさえ、あの時のホシノ先輩の心を完全に繋ぎ止めることはできなかった。声が届いても、わずかに行動が鈍る程度……。ホシノ先輩の絶望を反転させるには至らなかった」

 

「え? ……それじゃあ、一体どうやってホシノちゃんを元に戻したのよ」

 

その疑問を口にした瞬間、セリカの脳裏に、数日前に見たあの断片的な夢の記憶が鮮烈に蘇った

 

どす黒い太陽を背負い、テラーと化したホシノ。その背後で蠢く『セトの憤怒』の圧倒的なプレッシャー。血の匂い。満身創痍で膝をつく仲間たち。そして、どれほど叫んでも届かない、ユメ先輩の悲痛な叫び――

 

その絶望的な情景の中で、唯一。自分が発した、けれど記憶の底に沈んでいた「何か」の一言

 

「ホシノ先輩を絶望の淵から引き戻したのは、セリカ……あなたの言葉だよ」

 

「………………え?」

 

「ユメ先輩の説得でも止まらなかったホシノ先輩が、なぜ、あなたの言葉一つで我に返ったのか……私には分からなかった。けれど、それが決定打になったのは事実」

 

クロコの言葉に、セリカは全身の血が逆流するような衝撃を感じた

 

自分のような未熟な後輩の言葉が、なぜ? どうしてあの状況を覆せたのか

 

「そ、その時……私は、なんて言ったの? 何をホシノちゃんに叫んだって言うのよ」

 

クロコは一瞬の沈黙を置き、その言葉の響きを確かめるように唇を動かした。

 

「確か……『助けてよ! ホシノちゃん!!』って……そう、叫んだんだ」

 

「!?!?」

 

耳を疑う言葉に、セリカは雷に打たれたように硬直した

 

なぜ、この世界の自分は、あんな極限状態でホシノのことを『ホシノちゃん』と呼んだのか

 

自分がその愛称で呼べるのは、過去へと飛び、一年生の時の彼女と寝食を共にし、友人であり家族であるような対等な時間を過ごしたという、特殊な経験があるからだ

 

しかし、この世界における「セリカ」は、あくまで三年生のホシノを仰ぎ見る一年生の後輩に過ぎないはずだ。そこには絶対的な年齢の壁と、敬うべき先輩という壁がある

 

ホシノ本人が、よほどの理由があって「ちゃん」付けで呼ばせるような関係性を築いていない限り、生死を彷徨うような窮地で咄嗟に出るはずのない呼び名

 

「テラー化した状態のホシノ先輩が、その瞬間にだけは人間らしい感情を露わにして、信じられないものを見たように目を丸くして驚いたの。その直後、セトの憤怒の攻撃が私たちを飲み込もうとして、みんなもうダメだ、死ぬんだって覚悟したんだけど……」

 

クロコの声は、まるでその場の光景を再上映するかのように静謐で、淡々としていた

 

「次に目を開けたら、そこには元に戻ったホシノ先輩がいた。彼女の盾が、私たちの命を奪うはずだった破滅の光をすべて弾き返して守ってくれた。……それが、私たちが知っているあの日の一番の奇跡」

 

「…………その後、もちろん私にその言葉の意味を問い詰めた人はいるわよね? 普通、そんな呼び方したら誰もが耳を疑うもの」

 

セリカは、自身の内側から突き上げてくる困惑と羞恥心を誤魔化すように、どこか他人事のような口調で尋ねた。しかし、クロコから返ってきた答えは、彼女の予想を遥かに超えて「アビドスらしい」混沌としたものだった

 

「ん。何よりも先に、ホシノ先輩本人が一番に食いついた。戦場だっていうのに、ものすごく興奮した様子で鼻息を荒くして詰め寄ってたよ。『ねぇ!? さっき、おじさんのことホシノちゃんって呼ばなかった!? もしかして、もしかして……!』って、何かを確認しようとして途中で言葉を飲み込んでいたけれど。でも、その後のセリカは『そんなこと言った覚えはないわよ!』って、顔を真っ赤にして怒ってた。本当に自覚がない様子だったから、ホシノ先輩はこれ以上ないくらいガッカリして落ち込んでいたけどね」

 

「……ちょっと待ちなさいよ。それ、セトの憤怒を倒した後の、勝利の余韻の中での話よね? 物凄く緩い空気に聞こえるんだけど」

 

「倒す前だよ。まだ巨大な敵が目の前で咆哮を上げている真っ最中の出来事」

 

「何してるのよ、あの人はぁ!?」

 

セリカは両手で頭を抱え、天を仰いだ

 

命のやり取りをしている極限状態で、呼び名一つに一喜一憂し、あまつさえ痴話喧嘩のようなやり取りを繰り広げるとは。呆れ果てて言葉も出ないが、同時にその光景が、いかにも自分の知っている彼女たちらしくて、胸の奥が微かに熱くなるのを感じていた

 

セリカは大きく吐息を漏らすと、意を決したようにクロコの方を向き直った

 

「とりあえず……色々進展したのは助かったわ。感謝するわよ、クロコ先輩。私の知らない、この世界の空白の過去が、ようやくはっきりと輪郭を持ち始めたもの」

 

「ん。まだ、なぜ『こっちのセリカ』がそんな言葉を口にできたのか、謎が多いのは確かだけどね」

 

クロコは相変わらず表情を崩さないが、その瞳にはセリカに対する確かな共感の光が灯っている。セリカは、憑き物が落ちたような、それでいて新たな重荷を背負ったような複雑な心境で、再び漆黒の夜空へと視線を移した

 

「ねぇ、クロコ先輩。……もし、今の私が、この世界から跡形もなく居なくなってしまったら。……ホシノちゃん、悲しむと思う?」

 

「ん。絶対に、死ぬほど悲しむと思う。今の先輩にとって、セリカは……私たちが思っている以上に、替えの効かない楔になっているから」

 

迷いのない肯定が、夜風に乗って届く

 

「そうよね……。多分、次の七不思議を調べる時に、すべてがはっきりするような気がするの。私に何が起きているのか、そして私がどうなるのかも」

 

「……どうして、そんな確信が持てるの?」

 

「勘……って言いたいところだけど、それだけじゃないわ。最近、変な夢をたくさん見るようになったのよ。七不思議を一つずつ解決していくたびに、まるで誰かが私に、真相を打ち明けるための準備を整えさせているみたいに」

 

セリカの脳裏には、夢の中で出会った「もう一人の自分」の不敵な笑みが浮かんでいた

 

『はやくしないと、譲ってあげないわよ』

 

あの言葉は、警告であると同時に、ある種の慈悲だったのかもしれない

 

「セリカは……居なくなるの?」

 

その問いは、今夜一番の重みを持って、クロコの口から零れた

 

暫しの間、セリカは何も言えなくなった

 

月の光に透ける自分の指先を見つめる。もし、今の自分の存在が過去の遺物であり、本来の持ち主に席を返さなければならないのだとしたら

 

「……その時によるわね。帰らなきゃいけない場所に道が続いているなら、私はそこへ帰るしかない。でも……」

 

言葉の先を、セリカは飲み込んだ。クロコはそれ以上何も追及せず、ただ、静かに同じ空を見上げ続けた

 

(次の七不思議……『人の強い後悔に惹かれ、その執着が作り出した幸福な幻を見せる影』。その言葉が真実を突いているのだとしたら、今のこの幸福な時間は……)

 

静寂が屋上を支配する

 

それは、激しい嵐が吹き荒れる直前の、あまりにも美しく、あまりにも脆い凪のようだった。二人は寄り添うこともなく、けれど互いの存在を感じながら、いつまでも冷たい月光を浴び続けていた




シリアス難しい…
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