セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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世界の狭間で、影は愛おしそうに目を細める

カーテンの隙間から差し込む光さえも、どこか灰色に煤けて見える、見覚えのない部屋だった

 

いや、構造自体には見覚えがある。埃の積もった錆びついたスチール机、壁に掛けられた古ぼけたホワイトボード、そしてアビドスのマークが刻まれた備品の数々

 

ここは間違いなくアビドス高等学校の、それも今は誰も使っていないはずの旧生徒会室だ

 

なぜ自分のような「部外者」が、次元の壁を越えるようにしてこんな場所に迷い込んでしまったのか、その理由は分からない

 

ただ、ガラス窓の向こうに広がる底なしの静寂と、奇妙に歪んだ空気の圧迫感だけが、ここが現実のキヴォトスとは決定的に異なる「どこか」であることを告げていた

 

「……これはここに……あれはあっちに片付けて……」

 

静寂を破ったのは、かすかに鼻歌の混じった、少女の声だった

 

声のする方へと視線を向けると、本棚の前に一人の少女が背を向けて立っていた

 

特徴的な桃色の髪。しかし、その色彩の端々は、まるで墨汁を垂らした水のように、ドロドロとした不気味な黒い影に侵食され、陽炎のようにゆらゆらと揺らめいている

 

「……んと……届かない……椅子を……あっ」

 

小さな背伸びをやめて振り返ったその子は、部屋の真ん中に佇む「あなた」の姿を正面から捉えた瞬間、オッドアイの瞳を丸く見開いて目に見えて狼狽した

 

「な、なんでここに人が……!? だ、誰……っ!?」

 

咄嗟に警戒の光を宿し、身構えようとする少女。その姿は、かつて数々の苦難をたった一人で背負い込み、周囲を拒絶していた、あの「1年生の時の小鳥遊ホシノ」そのものだ

 

しかし、少女はすぐに小首を傾げる

 

じっとこちらの姿を見つめ、その本質を見極めるように視線を彷徨わせる。やがて、何か得体の知れない大いなる理に納得したかのように、ふっと小さく息を吐き、張り詰めていた肩の力を抜く

 

「なんだ……貴方、でしたか……。……ふふ、驚かせないでくださいよ。私達の歩んできたお話を、遥か遠い、違う世界からずっと見守ってくれていた方……ですよね」

 

少女は愛おしそうに目を細めると、抱えていた古い書類や本を優しく机の上に置き、改めてこちらへと向き直る

 

その立ち振る舞いは幼いながらも、どこか諦観に満ちた大人のような、あるいはすべてを達観した神仏のような、不思議な静けさをまとっていた

 

「一応、最初で最後の挨拶を……。私は『人の強い後悔に惹かれ、その執着が作り出した幸福な幻を見せる影』……。実体も名前もない、ただの哀れな概念ですよ。まぁ、影でも、影ちゃんでも、貴方の好きなように呼んでくれて構いません」

 

そう言って微笑む彼女の足元からは、今もなお、現実の光を吸い込むような漆黒のモヤが、静かに床を這うようにして広がっていた

 

「これまでのお話を見ていた貴方は、きっと不思議に、そして少しだけ不安に思いましたよね?2人に話をした後、セリカの前で光の粒となって完全に消え去ったはずの私が、どうして今、こうしてまた目の前にいるのかって……」

 

影は困ったように、けれどどこか嬉しそうに、はにかむような笑みを浮かべる

 

「まぁ……私自身、あのまま役目を終えて消滅したと思ったのですがね。世界を書き換えた因果の神様か、あるいは主の優しさか……ほんの少しだけ、身辺整理をするくらいの猶予は私に遺してくれたみたいです。だからこうして、私の大好きな思い出や宝物を、誰も来ないこの部屋で大切に保管しているんですよ。……ふふ、もう誰が見るわけでもない、ただの自己満足なんですけどね」

 

ぽつりと溢されたその言葉には、寂しさよりも、目的を成し遂げた者だけが持つ深い充足感が満ちていた

 

「そうだ。こんな世界の狭間の特等席で、貴方のような特異な観測者と出会えたのも、きっと何かの縁です。……このままお別れするのも名残惜しいですし、お節介な怪異の昔話として、貴方達がずっと気になっていた『いくつかの疑問』について、答えを合わせていきましょうか」

 

影はポン、と小さく可愛らしく手を叩いた

 

すると、何もないはずの空間から滑り出すようにして木製の椅子が現れ、あなたの身体を優しく導くように座らせる。それと同時に、湯気の立つ温かいお茶の入った湯呑みが、そっと机の前に差し出された

 

「……まずはそうですね。何故セリカが、あの『過去の世界』へと飛ばされることになったのか。すべての始まりである、あの時空の座の座礁……という所から、順を追ってお話ししていきましょうか」

 

そう言うと、影は少しだけ視線を落とし、言葉を濁すように沈黙してしまった

 

どうしたのだろうとこちらが首を傾げていると、彼女は「……ふふ」と自嘲気味にはにかみ、眉を下げて困ったように笑ってみせた

 

「……まぁ、実の所を言うとね。セリカが過去に飛ばされたのって、本当にただの、偶然の悪戯……いわゆる『たまたま』なんですよね」

 

そう言って、影は楽しげに指先で湯呑みの縁をなぞる

 

チリチリと爆ぜる黒い霧が、湯気と混ざり合って消えていく

 

「実の所、あの時あの場所にいたのがアヤネちゃんでも、シロコちゃんでも、ノノミちゃんでも……誰が過去へ行く展開だって、可能性としては十分にあり得たんです。ですが、貴方も知っての通り、あの時のシロコちゃんとノノミちゃん、そしてもちろん『本物の私』は、教室で深く眠ってしまっていました。……となると、あのタイミングで旧生徒会室に足を運ぶことが可能だったのは、アヤネちゃんとセリカ、あの2人だけだったんです」

 

影はそこで一度言葉を区切り、窓の外の退色した青空を見上げる

 

その瞳には、あの嵐の夜の光景がありありと映り込んでいるようだった

 

「けれど、アヤネちゃんは直前にあんな怖い話を聞かされていましたからね……。例えあの夜、セリカより一瞬早くこの部屋に辿り着いていたとしても、恐怖の象徴である『私』に、自ら進んで触れるような真似は決してしなかったでしょう。……それを考えるとね」

 

影はまた、何かを愛おしむように、あるいは運命の数奇さを噛み締めるように、ふっと言葉を止めて黙り込んでしまった

 

しばしの静寂の後、彼女は胸の奥から絞り出すような、感慨深げな声を漏らす

 

「……そうなると、やはり。あの日あの時、あの絶望の渦に飛び込めるのは……世界中で、セリカ、ただ一人だけだったんですね」

 

彼女の呟きは、誰もいない旧生徒会室に静かに染み込んでいく。それは偶然が手繰り寄せた、けれど必然のようにも思える、奇跡の始まりの証明だった

 

「と、まぁ……そんな訳で、数ある可能性の中からセリカだけが過去の世界へと飛ばされた……というのが、事の真相という訳です」

 

影は小さく姿勢を正すと、どこか楽しげに、語り部のトーンで次の議題を提示した

 

「では、順を追って次の疑問にいきましょうか。お次は……『セリカが過去の世界に行った時、何故あんなにも急速に、未来の記憶が消えかけてしまったのか』というお話ですね」

 

彼女は自分の小さな手のひらをじっと見つめ、握ったり開いたりしながら言葉を紡ぐ

 

「未来と過去っていうのはね、繋がっているようでいて、実は全く別の生き物のようなものなんですよ。どこかの偉い学者さんが言っていた話で『実は過去なんてものは存在せず、ここにいる私達は、今この瞬間に5分前の記憶を持った状態でパッと生まれただけなのではないか』……なんて奇妙な説があるように、人間にとって『過去を完璧に証明する手段』なんて、本当はどこにもないらしいんです。まぁ、実体のないただの怪異である私には、そんな難しい理屈の正誤までは分からないのですが……」

 

影の姿が、一瞬だけブラウン管の走査線に触れたかのように、ちりちりとノイズを帯びて激しくブレる

 

一瞬の空白

 

次の瞬間には元に戻っていたものの、それは彼女がこの世界の狭間で保っていられる「存在の不確かさ」と、遺された時間の少なさを冷酷に告げているかのようだった

 

「世界に働くその原理が、あの過去の世界でも同じように作用してしまったのでしょうね。時間の濁流に押し流される中で、セリカの脳裏から、まだ存在していないはずの『未来の対策委員会』の記憶が、世界からの拒変反応みたいに剥ぎ取られ、消えていってしまったんです」

 

なるほど、と合点のいったこちらの表情を、影は逃さず捉えていた

 

脳裏にふと浮かび上がった「次なる疑問」の気配を鋭く察知した彼女は、ふにゃりと口元を緩めると、オッドアイの瞳の奥にちりちりとした悪戯っぽい光を灯らせて不敵に微笑む

 

「……おや。その顔は……『では、何故ヘルメット団に攫われた後、気絶から目覚めたセリカちゃんがあのタイミングで記憶を取り戻せたのか』……それが聞きたい、という表情ですね?」

 

尋ねるこちらの視線を真っ向から受け止めると、影は急に決まり悪そうな顔になり、あー、えっと……と、言葉を濁しながら、難しそうに細い腕を組んでうなり始める

 

先ほどまでの達観した雰囲気はどこへやら、今の彼女の困り果てた仕草は、完全に年相応の、等指大の1年生のホシノそのものだった

 

「そこに関してはね、私……実は何一つ関与していないんです。というより……関与してあげたくても、当時の私には、もう何もできなかったんですよ」

 

影は本当に申し訳なさそうに眉を八の字に潜めると、自身の細い身体をさらに小さく丸めるようにして、組んだ腕の指先をぎゅっと痛いくらいに握りしめた

 

その白くか細い指先はかすかに震えており、大切な仲間がたった一人で暗闇の中を彷徨い、苦しんでいたその時に、何一つとして救いの手を差し伸べてあげられなかった怪異としての、そして「小鳥遊ホシノ」としてのやるせなさと、ちっぽけな無力感がその小さな拳の中に痛々しいほど凝縮されているかのようだった

 

「本当はね、私もどうにかしてあげたかったんです。大好きな彼女が苦しんでいるのを、ただ見ているなんて嫌でしたから。ですが……悲しいかな、あの時の私には、もうセリカちゃんを過去へ送り出した時のような莫大な力は残っていなくて、ただの『怪異の残滓』に戻ってしまっていた。あの状況で私に出来ることと言えば、彼女の精神世界に現れて、ただ一方的に話しかけることくらい……。そんな、突然目の前に現れたお化けの戯言だけで、失われた記憶が綺麗に戻るなんて、そんな虫のいい話……あるわけないですよね」

 

自嘲気味に力なく笑う彼女の言葉には、当時の計り知れない無力感と、胸を掻きむしられるような悔しさが、苦い澱のように滲んでいた。目の前の大切な後輩が泥泥とした絶望に呑まれかけているというのに、ただの幽霊の如き残滓と化した自分には、その境界線越しに声を枯らして呼びかけることしか許されなかったのだから

 

だが、暗い感傷に沈みかけたのもほんの一瞬のことで、次の瞬間、彼女の陰っていた表情にパッと春の木漏れ日のような温かい光が灯る。まるで、冷たく閉ざされていたその精神世界へ、暗闇を全て払いのけるほどに眩しく、とびきり優しい奇跡が舞い込んできた瞬間の感動を、その身で今一度思い出したかのように

 

「そんな絶望的な時に……私の精神世界に、私と同じような……ううん、私とはちょっと違うのかな。とっても温かくて、優しい光を放つ『人魂』たちが、あの子の元へと現れたんです。その人魂たちの導きがあったからこそ、セリカちゃんの記憶は奇跡的に元に戻り、あの幸福な結末が生まれたんですよ」

 

人魂、というあまりにもこちらの想定からかけ離れたオカルトじみた単語の響きに、思わず喉の奥で小さく息を呑む。世界を書き換えるほどの奇跡の渦中で、セリカの魂に直接語りかけ、その失われた記憶のパズルを瞬時に埋めてみせたというその超常的な光の塊

 

一体、そのあまりにも都合が良すぎる救いの手を差し伸べた存在は、誰だったのか。過去の世界に干渉し、絶望を書き換える資格を持っていた、あるいはそれを何よりも望んでいた者たちの顔ぶれが、脳裏を何パターンも過っては消えていく。それ以上は一文字たりとも聞き漏らすまいと固唾を呑んで、彼女の次の一言を、その正体を強引にでも問い詰めようと切迫した視線を向ける

 

すると影は、こちらの気負い立った熱量を器用に受け流すようにふふっと肩を揺らし、まるでクラスの女子生徒が秘密の恋バナでも打ち明ける時のような悪戯っぽい手つきで、人差し指をそっと自分の小さな唇に当てた。そして、オッドアイの片目を愛らしく瞑ってみせながら、まるで子供を優しく諭すように、けれどとびきりチャーミングに「めっ」と微笑んだ

 

「……え? その人魂たちの正体、ですか? ふふ、それはね、本人たちからの強いお願いがあって、私の口からは絶対に教えることはできない決まりになっているんです。……でも、一つだけ、これだけは確かに言えますよ」

 

影は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、確信を込めて静かに告げた

 

「その人魂の主たちはみんな、何があっても、どんな世界線であっても……セリカちゃんのことが、心の底から大好きな人たちですよ」

 

彼女がその言葉を口にした瞬間、旧生徒会室を包んでいた灰色のがらんどうな空気が、まるで春の陽光をいっぱいに浴びたように、じんわりとした優しい熱を帯びて膨らんだ

 

窓の外の白無垢の虚無さえも、その絶対的な愛の証明を前にして、ほんの一瞬だけ柔らかな桃色に明滅したような、そんな錯覚さえ覚える

 

影は自らの言葉の余韻を慈しむように、机の上の湯呑みへと視線を落とし、愛おしそうに目を細める

 

かつて血を吐くような後悔の果てに怪異として生まれ落ち、ただ世界の終わりを特等席で見つめることしかできなかった彼女にとって、世界線を、次元を、そしてあらゆる「死」という絶対の断絶すら飛び越えて届いたその無償の愛情の輝きは、何よりも尊く、何よりも美しい、魂の救いそのものだったのだろう

 

しばらくの間、二人の間には、心地よい、けれどどこか胸の奥がツンと切なくなるような静寂が流れていた。このままこの温かい情動の海に溺れていたいとすら思わせるほどに濃厚な、幸福な記憶の残香

 

しかし、彼女はいつまでも過去の感傷に囚われているような、湿っぽい女の子ではなかった

 

「あはは……なんだか、湿っぽいお話になっちゃいましたね。よし、では気を取り直して、次のお話にいきましょうか」

 

影は自らの柔らかい頬を、小さな両手でパチンと小気味よく叩いて自らを鼓舞するように笑うと、今度はこちらの顔を正面からじっと覗き込むようにして、机の上にちょこんと両肘を乗せた

 

小さな手のひらで自身の顎を包み込み、小首を上目遣いに傾げるそのポーズは、まさに放課後の部室で気心の知れた先輩に他愛のないお喋りをねだる、いたずらっぽい後輩の仕草そのものだった。彼女のその無邪気な動きに合わせて、桃色の髪の毛がふわりと揺れ、足元の黒い霧すらも楽しげにちりちりと爆ぜる。先ほどまでの神聖な怪異としての重厚なベールをすっかり脱ぎ捨てて、ただの「1年生のホシノ」としての圧倒的な愛らしさと、等身大の距離感でこちらに肉薄してくるその姿に、思わずこちらの鼓動も小さく跳ねてしまうのだった

 

「次はそうですね……貴方もきっと、どこか胸の奥で引っかかっていたはずの疑問。セリカが本来の未来へと戻った時、それまでその『ユメ先輩が生きている世界』に元から居たはずのセリカが一体どうなってしまったのか……というお話でしょうか?」

 

その問いを口にした瞬間、部屋の片隅に置かれていた古い時計の針が、チクタクと妙に大きな音を立てて響き始める

 

過去と未来、生と死、存在と非存在。そのあまりにも巨大すぎる境界の謎を前に、世界そのものが息を潜めているかのようだった

 

「これについてはね、前にセリカや本物の私にも説明した通り、結論から言えば、何一つ消えることなく『ちゃんと存在している』んですよ。……でも、これを人間の言葉や頭で完璧に理解できるように説明するとなると、これが本当に難しくて。そうですね……分かりやすく、限界まで簡単に例えてみましょうか」

 

影は少し視線を彷徨わせ、空中にある見えない糸を指先で手繰り寄せるようなジェスチャーをしてみせた

 

「簡単に言えば、ユメ先輩がちゃんと生きている幸せな世界線のセリカが、ユメ先輩を失ってしまったあの絶望の世界線のセリカの、その必死に歩んできた軌跡の『跡を追う』ような形で、二つの未来が一つに統合した……ということでしょうか。セリカが過去を変えたことで、二つの異なる可能性の川が交わり、大きな一つの大河へと生まれ変わったんです。だから、どちらかが身代わりになって消えたわけでも、誰かが嘘になったわけでもないんですよ」

 

彼女の足元で蠢いていた黒い影が、まるで二つの水流が溶け合うように、一瞬だけ綺麗な桃色の光を反射して凪いでいく

 

「まぁ、これに関しては、以前私があの二人にも同じような内容を説明しましたから、その通りだと思ってくれれば間違いありません。怪異の私から見ても、あんなに綺麗に二つの魂が融け合って、一つの幸福な未来に収束した姿は、本当に、奇跡としか言いようがない美しい光景でしたよ……って…理解できて無さそうな顔ですね…」

 

そこまで語ると、影は急に「う、うーん!」と頭を抱え、自身の髪をくしゃくしゃとかき回し始めた

 

その眉間に寄せられたシワは、難しい数式を前にした学生のそれと全く同じで、彼女の持つ「1年生」としての等身大の幼さをこれ以上ないほどに物語っている

 

「む、難しい話はここまで! 私の頭が知恵熱でパンクしちゃいます! はい、次の疑問にいきましょう、次!」

 

まるで面倒な宿題を目の前にして、全力でそこから逃げ出そうとする子供のように、影はパンッと勢いよく手を叩いた

 

その慌てた様子があまりにも子供らしくて、思わずこちらの口元からも笑みがこぼれてしまうのだった

 

こほん、とわざとらしく小さな咳払いをすると、影は真面目な顔つきに戻り、オッドアイの瞳の奥にどこか冷徹な、怪異としての本質を感じさせる光を宿す

 

「次はそうですね……貴方たち観測者が最も気になっていて、そして最も恐れていたであろうあの出来事。――何故、小鳥遊ホシノはこの『ユメ先輩が生きているはずの世界』で、あんな悍ましい姿(テラー)へと反転してしまったのか……でしょうか?」

 

少女の足元から、それまで大人しくしていた黒いモヤが、まるで意思を持つ蛇のように机の脚をズブズブと 這い上がり始める。部屋の温度が、肌が痛くなるほど急激に下がっていく

 

「まずは、あの忌まわしい事件の『前提』をおさらいしておきますね。元々の世界……つまり、ユメ先輩があの冷たい砂の上で亡くなってしまった本来の歴史では、ハイランダー鉄道学園から齎された『列車砲』という巨大兵器の裏に、かつてユメ先輩が関わっていたという衝撃の事実を小鳥遊ホシノは知ってしまいました。そして、その時の彼女の動揺や絶望、怒りといったドロドロとした負の感情を、あの狡猾な『地下生活者』によって限界まで暴走させられてしまい、すべてを一人で背負って、独断で列車砲を破壊しに行くことになった……」

 

そこまで淡々と、まるで教科書の年表を読むように冷たく自分の歴史を語っていた影だったが、ある一言を口にした瞬間、その顔が目に見えて歪んだ

 

「……はぁ……ここまで自分で話しておいてアレなんですけど……あの『地下生活者』とかいう不気味な男には、思い出すだけでも心底腹が立ちますね。本当に、人の心を何だと思っているのやら……」

 

突然ムスッとした顔になり、年相応の子供のように頬を膨らませて机をトントンと叩く影。その様子は、大切な先輩を傷つけられたことに対する、純粋で激しい怒りに満ちている

 

しかし、目の前で唖然とする「あなた」の視線に気づくと、少女はハッと我に返ったように表情を和らげ、気恥ずかしそうに髪を弄った

 

「あ、すみません……つい私情が。ええと、話の途中でしたね……。そう、その後、彼女を止めようとしたゲヘナの空崎ヒナちゃんによって追い詰められるものの、絶望の臨界点を迎えた結果として、彼女は『恐怖(テラー)』へと反転してしまう……。ここまでは、貴方もよく知っている悲劇の顛末ですよね?」

 

影は湯呑みに指を添え、冷え切った部屋の空気を少しでも温めるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ

 

「では、今話した通り、あの世界線でのテラー化は『亡くなったユメ先輩』の因果が直接関与していることで起きた、どうしようもない悲劇でした」

 

「ですが、セリカが歴史を書き換えたこちらの世界でも、世界の歯車そのものを止めることは出来ず、あの『列車砲』自体は同じように製造されてしまっていました。……もちろん、こちらの世界ではユメ先輩が常に隣にいてくれましたから、彼女がたった一人で孤立することも、あの不平等な書類に署名させられるようなことも、何一つ無かったのです。アビドスの誰も、傷つく必要なんてなかった」

 

影はそこで言葉を区切り、今はもうアビドスの景色すら失われ、どこまでも虚無な真っ白な空間しか映し出さない窓を、寂しげに見上げた。

 

その瞳の奥には、ここからでは決して手の届かない、あの夕暮れ時のグラデーションのように美しい桃色と青の空が、ありありとリフレインしているようだった。窓の外に広がる絶対的な虚無とは対照的に、彼女の脳裏に焼き付いて離れないその鮮やかな色彩こそが、ここがどんなに不気味な狭間であっても、繋がった未来だけはどこまでも美しいものであるという、何よりの証明だった

 

「では、一体何故――小鳥遊ホシノは、何もかもが救われていたはずのこの世界でも、あの本来の歴史と全く同じように、狂気に呑まれてテラー化してしまったのでしょうか?」

 

彼女の問いかけが、旧生徒会室の壁に虚しく反響する。少女はオッドアイを細め、その答えを世界の深淵から引きずり出すように、低く呟いた

 

「それは……『歴史の修正力』。……とでも言っておきましょうか」

 

 

影は自分の、脈動すら感じられないほどに白く細い手首をじっと見つめながら、どこか遠い世界の、あるいは神の領域の理を淡々と語るように言葉を続ける

 

彼女が自身の細い手首に指先を添え、まるでそこにあるはずの「存在の証明」を確かめるように静かに擦るその仕草は、怪異としての底知れなさを漂わせつつも、どこか壊れ物を扱うかのような儚さと、等身大の少女としての脆さを同時に醸し出していた

 

「過去を改ざんする、歴史を書き換えるという行為はね、この大いなる世界というシステムからすれば、人間の体で言うところの『風邪のウイルス』を無理やり送り込まれたようなものらしくて。世界は、その狂ってしまった因果を元の絶望へと戻そうと、強烈な拒絶反応を起こしたんです。いえ……もっと悪質なことに、世界は歴史を書き換えた『元凶』であり、その歪みの中心にいる小鳥遊ホシノそのものを依代として使い、この優しい世界を内側から木っ端微塵に破壊しようと考えたようです」

 

影の言葉の重みに合わせるように、部屋の黒い影がさらに濃くなっていく

 

「本物の彼女も、ユメ先輩と電話中に言っていたでしょう? 『列車砲と聞いて、頭では分かっているのに体が勝手に動いた』って。それは彼女の意志じゃない。世界そのものが彼女の肉体と精神のコントロールを奪い、無理やりあの戦場へ、そして破滅へと引き摺り込もうとしたせいなんです」

 

影は静かに視線をこちらに戻すと、その小さな唇をキュッと結び、もしもの未来を幻視するように目を伏せた

 

「もしも、あのままセリカの起こした奇跡が届かなければ……。あの戦場の結末は、かつて先生たちの前に現れたクロコちゃん……つまり、シロコ・テラーが居た未来よりも、遥かに残虐で、救いようのない最悪の結果になっていたでしょうね」

 

少女の足元から蠢いていた影の触手が、まるで激しい畏怖と嫌悪に身を震わせるように、ザザッと大きく波打った

 

彼女の小さな肩がかすかに震え、そのオッドアイの瞳の奥には、実際に起こり得たかもしれない「最悪のif」――すべてを喪失し、血と硝煙の砂漠にただ一人佇む、冷徹な神格としての自身の姿が、あまりにも鮮明に投影されているかのようだった

 

「あの時はね……ただ見ていることしか出来なかった私にとって、本当に、生きた心地がしないほど辛い時間でした……。シロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんたち、あんなに彼女を慕っていた後輩たちの必死の言葉も、歴史の分厚い呪壁に遮られて何一つ届かない。……それどころか、あの日、異変を察知して息を切らせながら急いで駆けつけてくれた、あのユメ先輩の悲痛な叫びすら、テラーの闇に呑まれかけた小鳥遊ホシノの耳には届かなかった。元の歴史の時のように、対話によって小鳥遊ホシノの心に呼びかけることすら許されないほど、世界からの呪縛は強固だったんです」

 

そこまで一気に語ると、影は喉の奥を詰まらせるようにして言葉を切り、今はもうアビドスの景色すら失われ、どこまでも虚無な真っ白な空間しか映し出さない窓を、すがるように見上げた

 

その横顔には、かつて世界の崩壊をただ特等席で眺めるしかなかった怪異としての、深い無力感と悔恨が、べっとりと張り付いている

 

「でも……その一連の地獄の中で、私にとって一番辛く、胸が締め付けられるようだったのは……他でもない、セリカの心の声が、この狭間にまでドロドロと聞こえてきた時でした。――『どうして?今目の前にいるのは、あんなに私のことが大好きだって全身でアピールしてくれて、いつも私にベタベタと甘えてくれていた、あのホシノ先輩なのに……。結局は、私の声だって、何一つ届かないの……?』って。彼女のその絶望に濡れた魂の叫びが、私の胸をナイフで滅多刺しにするみたいに、痛くて、痛くて、仕方がなかった……」

 

影は自身の胸元を骨が白く浮き出るほどの強さでギュッと掴み、溢れそうになる感情をどうにか抑え込むように深く呼吸を繰り返した

 

やがて、そのオッドアイの瞳に、不気味な絶望とは正反対の、奇跡を肯定するような眩い光がポツリと灯る

 

「……だからこそ、ここで、貴方たち観測者にとっても最大の謎である、もう一つの疑問に突き当たるわけです。――何故、この世界の、あの極限状態のセリカが、あんな突拍子もない言葉を世界に向けて叫ぶことが出来たのか」

 

少女は掴んでいた胸の制服をゆっくりと、名残惜しそうに離すと、自嘲気味に、どこかお手上げといった風に小さく小首を傾げてみせた

 

その仕草は、どんなに強大な怪異であっても世界の大きなシステムの前ではただの小さな無力な存在に過ぎないのだと、静かに受け入れているかのようだった。しかし、その顔に浮かんだ諦めの笑みは決して暗いものではなく、自らの知略や世界の理をすべて置き去りにして突き進んでいった、あの二人の理不尽なまでの絆への、最大級の賛辞と誇らしさが隠しきれずに滲み出ていた

 

「それは……本当に、本当に残念ながらね、怪異である私にすら、その明確な理由は全く分からないんです。世界そのものの強烈なシステムが、この優しい歴史を跡形もなく粉砕しようと躍起になっていたのですから、そんな状況で、因果のバグのような都合の良い偶然なんて、起きるわけがない。……そもそもね、セリカに対して、本物の私は『ホシノちゃん』なんていう、そんな愛称で呼ぶことを、周囲の誰も強制どころか、昔、セリカにそう呼ばれていたと教えることすらしていなかったんです。だから、暗闇を引き裂くようにして、セリカの口から『助けてよ、ホシノちゃん!』という叫びが飛び出してきた瞬間は、世界を観測していた私ですら、椅子から転げ落ちそうになるくらい驚きましたよ」

 

影はそう言って、あの時の衝撃を今でも信じられないといった様子で、呆れと感心が混ざり合った複雑な苦笑いを浮かべた

 

「え? それで、その一言で一体どうなったか……ですか? ふふ、そんなの、効果てきめんどころの話じゃありませんでしたよ。もちろんね、こちらの世界では、ユメ先輩も本物の私のことを『ホシノちゃん』って親しみを込めて呼んでくれています。……だけど、あのセリカから、それまで一度だって呼ばれたことのない、本人すら教えてもいないはずの、魂の最奥に眠る特別な呼び方を突然大音量でぶつけられたのですからね。あの小鳥遊ホシノという人物が、どういう反応を示すか、貴方なら容易に想像がつくでしょう?」

 

少女は含み笑いを漏らしながら、まるで目の前でその大騒ぎが今まさに再演されているかのように、楽しげに手振りを交えて語り出す

 

「それまでの歴史の修正力なんてどこへやら。あのセトの憤怒が放った、世界を消滅させかねないほどの超大火力の攻撃を、直前で笑いながら、文字通り片手間の盾で完璧に受け止めたのは良いものの……。直後、そのアビドスの象徴たる頑丈な盾すらその辺の砂漠に文字通り放り投げて、目が完全に狂信者みたいにギラギラに据わっちゃって。『ねぇ!? 今、セリカちゃん!! 私のことホシノちゃんって言ったよね!? 確かに言ったよね!?』って、もう物凄い鼻息と興奮した様子で……。ユメ先輩も後輩たちも、クロコちゃんもヒナちゃんも、全員が唖然として見守っている真っ只中だというのに、セリカをこれでもかっていう力で窒息しそうなくらい抱きしめながら、まくし立てるように話し始めるものですから……その時は私もここで笑ってしまいましたよ」

 

そこまで話すと、影はもう我慢できないと言わんばかりに、クスクスと、本当に少女らしい鈴の鳴るような声を上げて楽しそうに笑った

 

「当のセリカはといえば、本当にただの無意識、限界を超えた心の叫びとして出ただけだったから、そんな気恥ずかしいことを言った記憶なんて、これっぽっちも残っていなかったんですよね。だから、みんなの前で熱烈にホールドされて、何が何だか分からないまま『いい加減にしてよ、このバカ先輩!?』って、耳の先まで顔を真っ赤に染め上げながら、本気の力で、ホシノの頬にパーンッて、凄まじい乾いた音を立ててビンタを食らわせていたんですよ。……ふふ、テラー化の深刻な危機が、まさかそんな微笑ましい痴話喧嘩みたいなビンタ一発で完全に瓦解して、元の甘えん坊なホシノに戻ってしまうなんて……。世界を書き換える『絆の強度』って、本当に計算高くて、そして、とびきり理不尽で愛おしいものですね」

 

そこまで一気にまくし立てると、影は本当におかしくてたまらないといった様子で、少女らしい無邪気な笑い声を旧生徒会室に響かせた

 

足元を覆っていたドロドロとした黒い影さえも、彼女の笑声に照らされるように、心なしか小さく縮こまっているようだった

 

「と……これで、貴方が抱えていた大体の疑問の答え合わせは終わり、といったところですかね?」

 

影は満足げに胸を張り、机の上の湯呑みを両手で包み込むようにして持ち上げた。その仕草はどこか誇らしげで、自分の語った「二人が手繰り寄せた奇跡の物語」の余韻を心から楽しんでいるようだった

 

だが、あなたがなおも手帳をめくり、どこか釈然としない表情のままペンを動かしていることに気づくと、少女はオッドアイの瞳をパッと輝かせた

 

「……え?最後にもう1つだけ、どうしても訊いておきたいことがある、ですか?ふふ、いいですよ、何でも訊いてください! こうして遠い世界からの観測者さんとお話しできる機会なんて、もう二度とないんですから。さあ、どんと来いです!」

 

怪異である自分を恐れることもなく、物語の行く末を真剣に追ってくれる「あなた」の存在が純粋に嬉しいのだろう。影はまるで、学校の放課後に友達とお喋りをする女子生徒のように、椅子の上で身体を弾ませてニコニコとこちらを見つめてくる

 

しかし、あなたの口から厳かに紡がれた「その質問」を耳にした瞬間、少女の満面の笑みが、まるで時間が凍りついたかのようにピキリと凝固した

 

「……ふむふむ。アヤネちゃんが、ことあるごとに放送禁止の『ピー音』を連発するような過激な性格になってしまったのは、一体何故なのか……ですか……」

 

「………………」

 

旧生徒会室を、先ほどまでのシリアスな沈黙とは全く質の異なる、底深い「静寂」が支配する。窓の外の真っ白な空間さえ、心なしか戸惑っているかのように静まり返っていた

 

影は湯呑みをそっと机に置くと、それまで纏っていた神聖な怪異のオーラを完全に霧散させ、本気で頭を抱えて、気の毒なものを見るような目であなたを見つめた

 

「あの……その、本当に、身も蓋もないことを言ってしまうのですが……私にも、これっぽっちも、全く、一ミリも分かりません……っ! だって、元の歴史の彼女を知っている身からすれば、あの対策委員会の中でアヤネちゃんが一番、原型を留めないレベルで変わりすぎてるって思っているのは、他ならぬこの私なんですからね……!?あんな、一体どこで何をどう学んだらあんなに頭の中がピンク一色になっちゃうんですか……?アビドスの良心であり最後の砦だったはずの彼女が、あんな風になっちゃって……この先のアビドス高等学校は本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

そこまで一気にまくし立てたところで、あなたが「いや、過去を改変したあんたの力のせいで、バグが起きたんじゃ……」という視線を向けると、影は顔を真っ赤にして立ち上がり、必死に手を振って弁明し始めた

 

「あ、ちょっと、待ってください!そんな白い目で見ないでくださいよ、仕方ないじゃないですか……!前例なんてどこにもない時空の跳躍なんですよ!?バグが起きるにしても、よりによって一番変化しちゃいけない、一番真面目だったはずのところが、極端な方向に突き抜けて変化しちゃったんですから!私のせいじゃありません、これはアビドスの因果の、ちょっとした、そう……不可抗力ですっ!」

 

ぷう、と膨れた顔でふてくされるように椅子に座り直す影。その等身大のコミカルな反応は、どこか微笑ましく、張り詰めていた世界の狭間の空気をすっかり和ませていた

 

「あはは……。それでは、今度こそ最後の質問も終わりましたかね?ふぅ……質問攻めにされるのも、なんだかインタビューを受けているみたいで新鮮で楽しかったです。……ですが、そうですね。私に残された時間は、まだもう少しだけあるみたいですし……」

 

本当に話を終えてしまって良いのだろうか、と影は人差し指を顎に当てて、うーんと腕を組みながら真剣に悩み始めた

 

このまま消えゆくのを待つだけの退屈な時間の中で、せっかく訪れてくれた大切な観測者。何か、もう一つくらい、彼らを喜ばせるようなお礼ができないだろうか

 

しばらくの間、静かに思考の海に沈んでいた彼女だったが、突然、名案を思いついたように、手をパン! と小気味よく叩いた

 

「そうだ!せっかくこんなところまで迷い込んできてくれたんです。私だけが知っている、この世界の誰も知らない、とっておきの秘密のお話を……貴方にだけ、特別に見せてあげますよ」

 

影は椅子から弾むように立ち上がると、部屋の隅にある古い木製の棚へと駆け寄った。そして、煤けた背表紙が並ぶ書類の山の中に両手を突っ込み、ガサゴソと音を立てて何かを探し始める

 

一心不乱に棚の奥を漁るあまり、彼女の小さな身体が大きく前傾姿勢になっていく

 

「…!」

 

影は何かを思い出したようにハッとして、上半身だけを器用に回転させ、こちらをチラリと振り返った。オッドアイの瞳に、ほんのりと悪戯っぽい、そして年相応に少し恥ずかしそうな色彩が混ざる

 

「……あ、あの、いくら私が怪異で人間じゃないからって、作業中のお尻をじっと見るのは禁止ですからね?見てたら怒りますよ?」

 

少しだけ頬を染めて釘を刺してくるその姿は、怪異の不気味さなど微塵も感じさせない、ただの可憐な女の子だった

 

あなたが慌てて視線を逸らすと、再び棚を弄る音が響き、すぐに「あ、見つけました!」という弾んだ声が上がった

 

影が棚の奥から引っ張り出してきたのは、古びた、けれど丁寧に保管されていた一盒のビデオテープだった。彼女はそれを大切そうに両手で抱え、どこからともなく取り出してきた、時代遅れのブラウン管テレビとビデオデッキの前へと歩み寄る

 

「これはね、セリカが過去の世界に居た時……みんなで一緒にあの水族館に行く、ちょうど前日の夜のお話になります。作中では描かれなかった、私たちの愛おしい日常の一幕。――ふふ、準備はいいですか?」

 

カチャ、と重々しい音を立てて、ビデオデッキがテープを吸い込んでいく

 

それを見届けた影は、いつの間にか机の上に山盛りのポップコーンと大きなボトルのコーラを用意しており、自分の席へと陣取っていた

 

工程をすっ飛ばして唐突に出現したお菓子の山を前に、彼女は「やっぱり映画鑑賞にはこれがないとですね!」と、怪異らしからぬ俗世的なはしゃぎぶりを見せている。そして何故か、レンズの真ん中に縦の境界線があり、右側が青、左側が赤に塗り分けられた、おかしなデザインの3D風サングラスを大真面目な顔で装着する

 

オッドアイの左右の色彩とは完全にテレコになっているその珍妙な姿が、妙にユーロピアンなシュールさを醸し出していた

 

「それじゃあ、上映開始です。しっかりと、その目に焼き付けていってくださいね?」

 

少女がリモコンの再生ボタンを押すと、砂嵐に包まれていたブラウン管の画面が静かに明滅を始め、懐かしくて、少しだけ騒がしい、あの「過去のアビドス」の景色を映し出し始めた




あと少しだけ続いてしまいました…今回、影を可愛く書いてみましたがどうでしょう?
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