セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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ホシノとセリカの絆

前日の嵐のような騒動から一夜明け、生徒会室には、気まずさと気怠さが同居する独特な空気が停滞していた

 

今日は、連日のドタバタで山積みとなっていた書類整理を片付けるべく、三人が顔を揃えていた。

 

「……ユメ先輩。ここ、この前も全く同じ箇所で間違えていましたよね? 支出の合計と残高の数字が合わないって、何度言えば理解してくれるんですか」

 

ホシノが、至極真面目な、けれど隠しきれない呆れを孕んだトーンで厳しく指摘する

その瞳には、徹夜明けのような鋭さと、身内に対する容赦のなさが同居していた

 

対するユメは、算盤を弾いていた手をぴたりと止め、あからさまに涙目になっていた

 

「ひぃん……ごめんね、ホシノちゃん。だって、帳簿の数字がいっぱい並んでると、だんだん砂粒が踊ってるみたいに見えて、目がチカチカしてきちゃって……」

 

「前にも同じこと言ってましたけど、その踊っている砂粒を叩き起こして、もう一度最初からやり直してください。……はぁ」

 

ホシノの重たい溜息が、埃の舞う室内に溶けていく

 

ユメは「うう、ホシノちゃんが厳しいよぉ……」とべそをかき、震える手で再び書類の山に向かい直した

 

その様子を横目に、セリカは黙々と任された会計の仕事をこなしていた。手元の帳簿には、アビドスの厳しい財政状況を示す数字が整然と並んでいる

 

昨日の「薬」による狂乱の記憶は、霧がかかったように曖昧ではあるものの、時折フラッシュバックする強烈な場面が脳裏に焼き付いて離れない。誰かを押し倒したような、誰かの名前を叫んだような……

 

二日酔いに似た、頭の中を直接金槌で叩かれるようなガンガンとする痛みに耐えながら、彼女は必死にペンを動かしていた

 

(……昨日、あんなに、あんなに皆に迷惑を掛けちゃったんだもん。これくらい、文句一つ言わずに完璧にやり遂げないと合わせる顔がないわ……)

 

痛むこめかみを指先で強く押さえ、漏れそうになる弱音を飲み込むように小さく溜息をつくセリカ

 

その細い肩は、どこか痛々しく強張っていた

 

「……」

 

その様子を、ホシノは手元の書類から一度も目を離さないまま、正確に観察していた

 

彼女は本日何度目か分からない、肺の底にある空気をすべて入れ替えるような深い溜息をつくと、カチリと音を立ててペンを置く

 

「……ユメ先輩。集中力も完全に切れて、数字がゲシュタルト崩壊を起こしているようですし、そろそろ休憩にしませんか?」

 

ホシノの静かな提案に、ユメの表情がぱあっと一瞬で輝きを取り戻す

 

「やったー! 休む休むー! さすがホシノちゃん、待ってましたー! 砂漠の天使だねぇ!」

 

「はいはい、お世辞はいいですから…ほら、セリカも。ペンを置いて」

 

先ほどまでの絶望的な涙目はどこへやら、ユメは子供のように両手を万歳させて喜びを全身で表現する。その切り替えの早さに、ホシノは呆れを通り越して感心すら覚えていた

 

セリカは昨日の負い目もあり、「私は、まだ大丈夫……これ、キリがいいところまで終わらせちゃうから……」と、意地を張って作業を続けようとした

 

しかし、ホシノの射抜くような鋭い視線と、ユメの「セリカちゃん、顔色が真っ白だよ!」「無理は禁物、倒れたらもっと迷惑がかかっちゃうんだからね!」という異口同音の制止に挟まれ、逃げ場を失った彼女は、渋々といった様子で重いペンを置いた

 

ホシノが手際よく淹れてくれた、湯気の立ち上る温かいお茶を啜りながら、三人は使い古されたソファに身を沈め、束の間の穏やかな時間を共有していた

 

茶葉の微かな香りが、張り詰めていた空気の角を丸く削っていく。そんな静寂の中で、ユメが何かに弾かれたように、ポンと自身の額を軽く叩く

 

「あ、そうだ! 私、商店街に買い出しに行く用事があったんだ! 消耗品の備品が切れそうだったの、今の今まで綺麗に忘れてたよ!」

 

「え? 買い出しくらいなら、このお茶を飲み終えてから私が――」

 

「ううん、私が気付いたんだから、責任を持って私が行ってくる! 二人はここで、ゆっくり休んでてね! はい、決定!」

 

セリカやホシノが制止の言葉を挟む隙すら与えず、ユメは卓上の財布を素早く掴み取ると、春の嵐のような騒がしさを残して生徒会室を飛び出していった

 

バタン、と勢いよく閉まった扉の振動が、室内の埃を僅かに躍らせる。

 

後に残されたセリカとホシノは、呆然とした表情のまま、入り口を見つめるしかなかった

 

「……相変わらず、嵐のように落ち着きのない人ですね。まぁいいです、あの人が戻ってくるまでは、私達も毒気を抜かれたと思って大人しく休んでいましょう」

 

「そうね…」

 

ホシノは困ったような、けれどどこか慈しむような苦笑を漏らすと、深くソファの背もたれに体重を預けた

 

それから数分、濃密で静かな時間が過ぎていく。窓の外で吹き荒れる砂がガラスを叩く規則的な音だけが、広すぎる生徒会室に響き渡る

 

セリカにとって、この沈黙はひどく長く、そして心臓を圧迫するかのような息苦しさを伴うものに感じられた

 

昨日の失態による自己嫌悪も去ることながら、何より二日前にユメから投げかけられた一言が、抜けない棘のように胸の奥底に突き刺さっていたからだ

 

『なんだか、少しだけ距離を感じちゃうのよね……同級生っていうよりは、もっと別の……そう、私とホシノちゃんみたいな、明確な上下がある関係に見えちゃう時があって……』

 

『いつかは「ホシノちゃん」って、名前で呼んであげてほしいかな♪』

 

(どうしても、あの時のユメ先輩の優しい声が頭から離れない……。距離なんて、取ってるつもりはなかったのに……)

 

「……セリカ。何か、悩み事でもありますか?」

 

鼓膜を震わせたのは、静寂を切り裂くようなホシノの静かな声だった

 

驚いて横を向くと、黄金色に輝く右目と、深い海のような青色を湛えた左目――その神秘的なオッドアイが、射抜くような真剣な眼差しでセリカの横顔をじっと見つめていた

 

「え、ええ……? な、何言ってるのよ! 私に悩みなんて、あるわけないじゃない。ただちょっと、昨日のことが恥ずかしくてぼーっとしてただけよ……」

 

いつものように虚勢を張り、軽口で誤魔化そうとしたセリカだった。しかし、黙って、けれど逃れられないほど真っ直ぐに自分を捉え続けるホシノの瞳に、次の言葉が喉の奥で硬く凍りつく

 

その瞳には、からかいや疑念の色など微塵もなく、ただ純粋に、隣に座る一人の少女を心から案じる深い優しさだけが静かに宿っていた

 

セリカは降参したように小さく息を吐き出すと、膝の上で握りしめた拳をゆっくりと緩め、途切れ途切れに、胸の内に溜まった澱を吐き出すように言葉を紡ぎ始めた

 

「……ねぇ、ホシノ先輩。先輩と私は、同じ歳……同級生よね?」

 

唐突に投げかけられた問いに、ホシノは少しだけ面食らったように瞬きをした。湯呑みから立ち上る微かな湯気の向こう側、セリカの瞳は揺れ、その声は砂漠の夜風のようにどこか心細げに響いている

 

「? ええ、そうですね。入学した時期こそ少しだけ違いますけど、籍を置いているのは同じ一年生。紛れもなく同級生ですよ」

 

ホシノは小首を傾げつつも、一切の淀みなく肯定の言葉を返した。その当たり前の事実が、今のセリカにとっては酷く重く、そして遠いものに感じられていることに、ホシノの鋭い感性は即座に反応していた

 

「この前……ユメ先輩に言われたの。なんだか私とホシノ先輩の間には、埋められない距離を感じる気がする、って」

 

「……ユメ先輩が、そんなことを?」

 

「私は、そんなつもりは全くなかったんだけど……。でも、私以上に、ずっと昔からホシノ先輩のことを見てきたユメ先輩がそう言うのだから、きっと、そうなのよ。私が……私が無意識のうちに、どこか高い壁を作ってしまっているのよ」

 

セリカは深く視線を落とし、半分ほど残ったお茶の表面を寂しげに見つめた。揺れる水面に映る自分の顔が、ひどく情けなく見える

 

「……先輩は。私がいつまでも『先輩』って呼び続けて、一線を引いているみたいに振る舞っていること、気にしないの?」

 

その震える問いを聞いた瞬間、ホシノはふっと視線を窓の外、果てしなく続く砂の地平線へと向けた

 

その瞳は、ほんの一時だけ、懐かしさと苦みの混じった遠い過去の色を帯びる

 

「……そうですね。正直に言いましょうか。最初は、少しだけ……いえ、かなりの違和感がありましたよ。同じ学年、同じ学び舎にいるはずなのに、頑なに『先輩』呼ばわりですからね」

 

「……やっぱり、そうよね」

 

セリカの肩が、目に見えて小さく落胆に揺れる。しかし、ホシノの言葉には続きがあった

 

「でも。……今はもう、一ミリだって気にしてません」

 

ホシノは、まるで春の陽だまりのような柔らかな微笑を浮かべると、セリカの隣へ、その体温を感じられるほどまで静かに腰を寄せた

 

「どうして……? 私は、あんなに失礼な態度をとっていたかもしれないのに」

 

「初めはね、セリカをどこかの組織から送り込まれたスパイじゃないかと本気で怪しんで、必要以上に冷たく当たったこともありました。覚えていますか? あの頃の私は、セリカを全く信じてませんでしたから」

 

ホシノは自嘲気味に笑い、それからセリカの目を真っ直ぐに見つめ直した

 

「でも……共に笑い、共に慌て、共にこの学校を守ろうと過ごすうちに、セリカがそんな腹黒い人じゃないなんてことは、すぐに分かりました。言葉よりもずっと雄弁に、あなたの行動が教えてくれたんです」

 

ホシノの言葉が、セリカの閉ざしかけていた心臓の鼓動をトクンと力強く跳ねさせる

 

「セリカは、誰よりも真面目で、不器用なほど素直で、ちょっとだけ怒りっぽくて……。でも、仲間のため、アビドスのために真っ先に泥を被って動ける、世界で一番優しい子だって。……私も、そして誰よりお人好しなユメ先輩も、あなたのことを心から信じています。今ではもう、欠かすことのできないアビドスの大切な仲間で……そして私にとって、何物にも代えがたい大切な同級生なんです」

 

「ほ、ホシノ先輩……っ」

 

あまりにも真っ直ぐで、飾りのない信頼の言葉。それを受け止めた瞬間、セリカの視界は急速に、熱い膜に覆われたように滲んでいった

 

昨日飲んだ変な薬のせいではない。胸の奥底、一番深い場所に大切にしまっていた孤独や不安が、ホシノの温もりに触れて一気に溢れ出してきたのだ

 

セリカの瞳から、一筋の雫が零れ落ち、畳の上に小さな染みを作った。それは、彼女がようやくアビドスという場所に、本当の意味で「居場所」を見つけた証でもあった

 

「私は、どんな呼び方でも構いませんよ。セリカが一番しっくりきて、呼びやすいと思う名前なら。……だから、そんなに捨てられた子犬みたいに泣かないでください」

 

ホシノは照れくさそうに、けれど慈しむような柔らかな苦笑を浮かべた。そして、未だに肩を震わせて泣きじゃくるセリカを包み込むように抱き寄せると、その燃えるような赤い髪を大きな手で優しく、何度も撫でた

 

その掌から伝わる確かな温かさと鼓動に、セリカの中で頑なに、そして孤独に築かれていた「先輩と後輩」という名の壁が、音を立てて崩れ去っていった気がした

 

セリカは乱暴に袖で涙を拭うと、ホシノの細い肩からゆっくりと顔を上げる。その瞳には、先ほどまでの迷いはもう微塵も残っていなかった

 

「……それじゃあ。……本当に、『ホシノちゃん』って、呼んでもいいのかしら?」

 

セリカの、本気の、けれど壊れ物を扱うような不安げな問いかけ。それに対し、ホシノは一瞬だけ驚いたように目を丸くした

 

それから、熟れた果実のように顔を真っ赤に染め、たまらずといった様子で視線を窓の外へと逸らす。

 

「……うへ。セリカが、心からそれでいいと思っているのなら。……正直、猛烈に恥ずかしいですが……まぁ、その……許可、します。……いいですよ」

 

「……ふふっ。ありがと。……それじゃあ、改めてよろしくね。今度から、ちゃんと『ホシノちゃん』って呼ぶわね!」

 

ホシノの腕から少しだけ身を引き、セリカは涙の跡がまだ光る顔で、太陽のようなとびっきりの笑顔を向けた。

 

それは、ユメが望んだ「距離」が消え去り、魂が対等に響き合った親友としての、一点の曇りもない笑顔だった

 

それを見たホシノは、さらに逃げ場を失ったかのように頬を紅潮させた。そして、指先を小刻みに震わせながら、絞り出すような小さな声で言葉を紡ぐ

 

「……そ、それなら。……私も、対等なんですから……セ、セリカ……ちゃんって……呼びます、ね……?」

 

「…………」

 

セリカの輝くような笑顔が、一瞬で石像のように固まった

 

(……え? いま、セリカ『ちゃん』って言った? ……嬉しい。ホシノちゃんが歩み寄ってくれたのは、素直にものすごく嬉しいんだけど……!)

 

セリカの脳裏に、思考がフラッシュバックする。自分は今、勇気を出して「先輩」という敬称を捨てた。それはホシノという存在を、自分と同じ地平に立つ一人の女の子として見ようと決めたからだ。なのに、向こうからも「ちゃん」付けで呼ばれてしまうと、結局のところ、二人で同じ足踏みをしているような、妙なむず痒さが込み上げてくる

 

(せっかく、一人の女の子として向き合おうって未来のホシノ先輩とは別々に考えようとしてるのに……同じ呼び方は、なんだか……その……!)

 

「……ご、ごめん! ホシノちゃんから『ちゃん』付けで呼ばれるの……なんだか、ものすごく、こう……むず痒いわ! 鳥肌が立つっていうか、背中がゾワゾワするっていうか……。お願い、今まで通り呼び捨ての『セリカ』で通して!」

 

「えぇっ!? なんでですか! ひどいですよセリカ! 私がどれほどの勇気を振り絞って、心臓をバクバクさせながら言ったと思ってるんですか!」

 

「だって、ホシノちゃんのキャラじゃないもん! 全然合わないわよ、気持ち悪いってば!」

 

「気持ち悪いって何ですか! キャラって何ですか! 私はいつだって、精一杯仲良くなろうと努力してるんですよ!」

 

先ほどまでの神秘的で感動的な空気はどこへやら、二人はいつものように、あるいは以前よりもずっと遠慮なく騒がしく言い合いを始めた

 

けれど、その応酬の中には、かつてセリカを苦しめていた遠慮も、ホシノを孤独にさせていた壁も、もう一切存在しなかった

 

「……ふふっ。あははは!」

 

どちらからともなく吹き出し、重なり合った二人の笑い声が、埃の舞う生徒会室の隅々にまで明るく染み渡っていく

 

先ほどまで室内を支配していた、あの刺すような気まずさや、二日酔いのような濁った空気は、この笑い声と共に砂漠の彼方へと吹き飛ばされてしまった

 

「……それじゃあ、改めてよろしくね? セリカ」

 

ホシノは少しだけ照れくさそうに、けれど今度は迷いのない、芯の通った眼差しでしっかりと右手を差し出した

 

その掌は、アビドスを守り抜いてきた少女の覚悟が宿る、小さくも力強いものだった

 

「ええ、こちらこそ。……よろしくね、ホシノちゃん!」

 

セリカはその手を、一点の曇りもない、とびっきりの笑顔で握り返す

 

指先から伝わるホシノの温もりは、昨日まで感じていた「先輩としての威圧感」ではなく、同じ時代を生き、同じ砂を被って戦う「親友」の熱量として、セリカの胸に真っ直ぐに響いた

 

そこへ、「ただいまー! 商店街、すっごく賑わってたよぉ!」と、弾んだ声と共にユメが大量の荷物を抱えて帰ってきた

 

「ただいまー! って、あー! 何、何これ!? 二人して、何やら眩しすぎる青春の匂いがするー! 私がいないほんの数分の間に、一体全体、何があったのー!?」

 

ユメは入り口で立ち止まり、繋がれた二人の手と、そこから溢れ出す柔らかな空気感に目を輝かせた。まるで極上のスイーツを見つけた子供のように、鼻をクンクンさせて詰め寄ってくる

 

「青春の匂いって、一体どんな匂いなんですか。ユメ先輩こそ、買い出しと言いつつまた予算外の変なものまで買い込んできたんじゃないでしょうね?」

 

ホシノが呆れたように、けれどどこか嬉しそうに繋いでいた手を離すと、ユメは重たい荷物を机にドサリと置き、わざとらしくプンプンと両頬を膨らませて抗議した

 

「酷いよホシノちゃん! 私はホシノちゃん達のために一生懸命走ってきたのに! 私も混ぜてよー! 仲間外れしないでー! 寂しくて死んじゃうよー!」

 

「仲間外れも何も、ユメ先輩が勝手に飛び出していったんじゃないですか。それなら、まずはその放り出したままの、溜まりに溜まった書類整理を終わらせてください。話を聞くのは、この山が消えてからですよ」

 

「ひぃん……厳しいなぁ、ホシノちゃんは……。でも、なんだか今の二人の雰囲気、すっごく素敵だから頑張れちゃうかも!」

 

ユメは「ふふ」と満足げに微笑み、再び算盤を手に取った。窓から差し込む午後の陽光が、三人の影を床に長く伸ばしていく

 

いつもの、代わり映えのしないアビドスの日常

 

けれどセリカにとっては、昨日までとは少し違う、より深く、より温かく、そして何物にも代えがたい「愛おしい日常」へと進化を遂げていた

 

「あ、そうだ! 二人に、とっておきのプレゼントがあるの!」

 

セリカは弾んだ声で自分のカバンをゴソゴソと漁ると、中から何やら尋常ではない「胡散臭いオーラ」を放つ、金色のネックレスのような物を取り出した。それも、お揃いで三つ

 

「……せ、セリカ。なんですか、その……直視すると目がチカチカする、禍々しいキラキラ感を放つ物体は」

 

ホシノが引きつった顔で、一歩後ずさりしながら尋ねる

 

「ユメ先輩に『距離がある』って言われた日、帰りの商店街の近くでたまたま見つけたのよ! 自称・愛の伝道師さんが売ってくれた『仲良くなるネックレス(宇宙のエネルギー注入済み)』よ! これを三人で着ければ、アビドスの絆は銀河レベルで永久不滅なんだから!」

 

セリカは鼻を高くし、自信満々のドヤ顔でその「黄金の物体」を掲げる

 

「………せ、セリカちゃん。……それ、商店街のどこで見つけたの?」

 

ユメが引きつった笑顔を浮かべ、頬をピクピクと震わせながら恐る恐る尋ねる

 

「それがね! たまたま路地裏を歩いていたら、すごく優しそうな商人さんが、『君には特別な宇宙の縁を感じるから』って、特別に安く譲ってくれたのよ!」

 

「……ちなみに、おいくらで?」

 

「三つセットで、なんと十万円よ! 激安でしょ!? 私のバイト代、全部注ぎ込んじゃったわ!」

 

その金額を聞いた瞬間、ユメとホシノは互いに顔を見合わせ、この日一番の、地球の裏側まで届きそうなほど重たく、深い溜息をついた

 

「……ユメ先輩二号(騙されやすい人)が、ついに爆誕してしまいましたね」

 

「わ、私だって流石に、路地裏の自称・愛の伝道師には引っかからないよぉ……! 完全に騙されてるよ、セリカちゃん!」

 

「二人とも、何をさっきからコソコソ話してるのよ? 早く着けましょうよ、絆が逃げちゃうわよ!」

 

不思議そうに首を傾げる無垢なセリカをよそに、ホシノは本日何度目か分からない深い溜息を吐き出すと、無言のまま静かに壁際のロッカーへと歩み寄った

 

ガチャリ、と冷たく重厚な金属音が室内に響く

 

「……ちょっと、路地裏まで『特別パトロール』に行ってきますね。愛の伝道師とやらに、アビドスの鉄の規律と……地獄の沙汰も金次第ではないという現実を、叩き込んでこないと」

 

ホシノはロッカーから愛用のショットガンを取り出すと、一切の迷いのない、修羅のごとき足取りで扉へと向かう

 

その背中からは、隠しきれない殺気が陽炎のように立ち上っていた

 

「え? パトロール? 書類整理はいいの? ホシノちゃん!」

 

セリカは首を傾げながら、復讐の鬼と化して廊下へと消えていくホシノの背中を、能天気に手を振って見送った

 

「あはは……。ホシノちゃん、気合入ってるねぇ……。その商人さん、明日の朝日を拝めるかな……」

 

「?」

 

ユメが乾いた笑いを浮かべながら、遠い目をして窓の外を見つめる

 

その後、返り血(のようなオイル)を薄らと浴びて帰還したホシノの手には、きっちりとセリカの十万円が握られていた

 

以来、裏路地では「アビドスの生徒に詐欺を働くと、桃色の死神に血祭りに上げられる」という恐ろしい噂が広まり、詐欺師の姿がパタリと消えたという

 

新しく生まれた「ホシノちゃん」と「セリカ」の絆は、こうして、詐欺師への容赦ない鉄槌という形で、より強固な、鉄よりも硬いものへと鍛え上げられていくのであった




詐欺師に未来はない…
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