セリカがタイムスリップして1年生のホシノと同級生になる話   作:気弱

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2枚の写真と砂まみれの入学式

セリカとホシノの仲が深まり、お互いを「ちゃん」付けや呼び捨てで呼び合うようになってから数日が経過した。

 

アビドスの朝は、今日も抜けるような青空と、容赦なく吹き付ける砂嵐で幕を開ける。乾燥した風が窓を叩く音だけが響く校舎

 

「おはようございまーす……」

 

いつものように挨拶をして、使い古された生徒会室の重い扉を開けたセリカは、その一歩目で凍りついた

 

室内を満たす、密度を増した異様な静寂と殺気に、足を止めざるを得なかった

 

「ユメ先輩。……何か言い訳、いえ、言い残すことはありますか?」

 

冷徹な、まるで研ぎ澄まされた刃物のような声が室内に響く。声の主はホシノだ

 

「ひぃん! せめて、せめて言い訳の方にしてよぉー! まだ遺言を残す心の準備ができてないよー!」

 

「……えっ。何、この状況」

 

セリカの目に飛び込んできたのは、背後に憤怒の業火を背負っているかのような鬼の形相のホシノと、その目の前で、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせながら正座をさせられているユメの姿だった

 

「あっ、セリカちゃん! セリカちゃん助けてぇ! ホシノちゃんのお顔が般若みたいで本当に怖いのぉー!」

 

セリカの姿を見るなり、ユメは地獄で仏に会ったような顔で救いを求め、その腰に全力で縋り付いてくる

 

セリカは引きつった笑いを浮かべ、泣きじゃくるユメの頭を優しく撫でて宥めつつも、半ば確信を持って現状を察した

 

(……多分、またホシノちゃんに黙って、取り返しのつかないような何かを勝手にやらかしたわね、これ)

 

「ホシノちゃん……。とりあえず落ち着いて。ユメ先輩、今度は一体何をしたのよ?」

 

「聞いてくださいよセリカ!」

 

ホシノがセリカに向かって、勢いよく詰め寄る

 

その口調は、先程までユメに向けていた鋭利な怒声とは打って変わり、まるでお気に入りの玩具を壊された子供が、一番信頼している保護者に熱烈に言いつけるような、甘えと憤りが綯い交ぜになった独特のトーンへと変貌していた

 

「この前のセリカの詐欺事件のあと、みんなで……特にユメ先輩とは指切りする勢いで、固く誓ったじゃないですか。『今後、何か高い買い物をする時は、支払いの前に必ず私に相談すること』って!」

 

ホシノの言葉には、裏切られた悲しみと、管理責任を問う執政官のような冷徹さが同居している

 

「……うっ、耳が痛いわ……」

 

セリカは反射的に、視線を窓の外へと泳がせた

 

ホシノを「ちゃん」付けで呼び、真の同級生として歩み寄ったあの日。詐欺師から10万円を力ずくで(物理的に)奪還し、返り血か返りオイルか判別のつかない液体を薄らと浴びたまま帰還したホシノに、一時間近くも正座の状態で「防犯教育」という名の熱烈な説教を叩き込まれた記憶が、脳裏を鮮明に、かつ痛烈に横切ったからだ

 

「それで……結局のところ、ユメ先輩は何を買ったのよ? 怒らないから、正直に言いなさい」

 

セリカが仲裁を兼ねて改めて問い詰めると、地獄に仏、と言わんばかりの勢いでユメが顔を跳ね上げた

 

「じゃじゃーん! 見て見てセリカちゃん! これ、最新型の、超高性能デジタル一眼レフカメラだよぉ!」

 

ユメは、使い古された生徒会室の備品とは明らかに一線を画す、鈍い黒光りを放つ筐体と、いかにも高価そうな大口径レンズを装着したカメラを、宝物のように高く掲げた。レンズの奥に潜む絞り羽根が、室内の光を複雑に反射している

 

「『じゃじゃーん!』じゃないですよ! その重厚感、そのレンズの輝き……それが一体、私達の何か月分の食費に相当すると思ってるんですか!」

 

ホシノの叱責が、鋭い弾丸のようにユメの頭上をかすめる

 

「ひぃん! だって、だってぇ! ちゃんと理由があるんだよ! 納得の理由があるのに、ホシノちゃんが般若みたいな顔で全然話を聞いてくれないんだもん!」

 

ユメは飛来する叱責の弾丸を防ぐ盾にするかのように、最新型のカメラを自分の顔の前に掲げて小さく縮こまる。ファインダー越しにホシノの怒りを見つめるその姿は、あまりにも情けなく、それでいてどこかコミカルだ

 

セリカは喉元まで出かかった溜息を飲み込み、「ま、まぁ……カメラくらい、これからの活動記録とか、思い出作りに一つあってもいいんじゃない……?」とおずおずとフォローの言葉を並べようとする

 

しかし、ホシノは無言でセリカに歩み寄り、制服のポケットから丁寧に折り畳まれ、そして怒りでくしゃくしゃになった一枚の領収書を突き出した。その指先からは、静かな執念すら感じられる

 

「……これを見ても、同じことが言えますか?」

 

「どれどれ……?」

 

セリカは半信半疑で目を細め、印字された金額欄を確認する。視線がその数字を捉えた瞬間、彼女の思考は真っ白に染まった

 

そこには、数日前に自分が路地裏の自称・愛の伝道師に毟り取られたのと、小数点以下の狂いもなく全く同額――「100,000円」という、眩暈のするような数字が堂々と並んでいた。

 

「…………は?」

 

呆然と固まるセリカに、ホシノは「ね?」と、深海から響くような暗く重いため息をつく。それは納得と絶望が入り混じった、諦念の吐息だ

 

「ね、ねぇ……? セリカちゃん……セリカちゃんだけは、私の切実な言い分……ちゃんと聞いてくれるよねぇ……?」

 

ユメは消え入りそうな震える声で、縋るような上目遣いを向けてくる。だが、その期待に反して、セリカの瞳から急速に光が消え、底冷えするような暗い色に染まっていく。

 

「……そうね、ホシノちゃん。私がバカな詐欺に騙された時に『そんな高額なものに騙されるなんてセリカちゃんはおっちょこちょいだねー!』って涙を流して笑い転げていたユメ先輩を、一体どう処遇しましょうか」

 

「そうですね……。一週間、私とみっちり『砂漠縦断・不眠不休・実戦格闘訓練』の刑にしましょうか。基礎体力を底上げして、余計な購買欲を汗と共に流してもらうということで」

 

ホシノもまた、慈悲の欠片もない冷徹な笑みを口元に浮かべる

 

二人は示し合わせたかのように左右から歩幅を合わせ、逃げ場を失ったユメをジリジリと壁際まで追い詰めていく。その背後に立ち上る威圧感は、もはや砂漠の暴君そのものだった

 

「ひぃん! 二人とも、酷いよぉ!? せめて、せめて一度だけでいいから、私の訳を聞いてよー!」

 

必死の形相で涙を流すユメの姿に、ホシノは毒気を抜かれたように肩の力を抜く。眉間の皺こそ消えないが、その鋭い眼光には呆れと、わずかながら耳を貸そうという妥協の色が混じり始めた

 

ホシノは大きく一つ溜息をつき、手元の領収書を指先で弾きながら改めて問い直す。

 

「……分かりました。そこまで言うなら聞き届けましょう。それで、この高価な精密機械を一体どこで手に入れたんですか。また路地裏の胡散臭い商人から、宇宙のパワーがどうとか言われて掴まされたんじゃないでしょうね?」

 

「ち、違うよぉ! 今回はちゃーんと、駅前の大手家電量販店で、保証書もポイントカードも作って買ったんだから! それにね……これには、どうしても『今』、このカメラじゃなきゃいけない、とっても大切で譲れない理由があったんだもん……」

 

ユメは人差し指の先同士をツンツンと合わせながら、所在なげに視線を落としてモジモジと俯く。その仕草からは、単なる浪費ではないという微かな決意のようなものが滲み出ていた

 

「カメラが必要な用事? アビドスの備品にも一応古いのはあるじゃない。一体、何に使うつもりなのよ」

 

セリカの至極真っ当な問い。それを聞いた瞬間、ユメは先程までのウジウジとした気配を一気に霧散させた

 

弾かれたように顔を上げ、花が綻ぶような満面の笑みを浮かべて高らかに宣言する

 

「それはね、全部全部、セリカちゃんのためなんだよ!」

 

「は……? わ、私のため?」

 

予想だにしない方向に名前を呼ばれ、セリカは呆気にとられて困惑の声を漏らす

 

そんな彼女の反応を余所に、ユメは演説の舞台に立つ政治家のように胸を張り、意気揚々と語り始めた

 

「そう! セリカちゃんは、これまでは言わば(仮)のアビドス生、見習い期間だったわけだけど……。ホシノちゃんにその実力と心根を認められて、お互いを名前で呼び合うようになったことで、晴れて(真)のアビドス生へと昇格したんだよ! しかもこれからは、生徒会役員としての責務も担ってもらうことになりました!」

 

「ちょっと! なんで私が認められるかどうかで生徒としてのステータスが変動するんですか!?」

 

「というか、生徒会役員になったなんて今の今まで初耳よ!?」

 

ホシノとセリカが、示し合わせたかのような完璧なタイミングで驚愕のツッコミを入れる

 

しかし、当のユメは不思議そうに首を傾げ、人ごとのように「へ? だってセリカちゃん、毎日こうして生徒会室で山積みの書類を片付けるのを手伝ってくれてるじゃない。だから、もうとっくに籍は入ってるのかなって……あはは」と、緊張感のない笑い声を漏らした。

 

ホシノは「……この人、本当に組織運営をどう考えてるんですか」と頭を抱えるが、一度火のついたユメの勢いは、もはや誰にも止められない

 

「いいのいいの、細かいことは後回し! とにかく! そんな最高に、おめでたいセリカちゃんの新しい門出の日に、みんなで写真を撮ろうと思ったんだよ。三人揃っての、初めての……何物にも代えがたい、世界でたった一つの大切な記念写真!」

 

ユメは掲げたカメラのレンズを、愛おしそうに指先でなぞった

 

「えええ……嬉しいけど、嬉しいんだけど……。だからって、活動資金が底を突きそうなうちの現状で、こんなプロ仕様のカメラを買う必要はなかったんじゃないの……? 記録ならスマホとか、それこそ部室の片隅で眠ってるボロいので十分だし……」

 

自分のためにここまでしてくれたという事実には、胸の奥が熱くなるような喜びを感じる。けれど、それ以上に「10万円」という現実的な数字が、セリカの家計簿脳を冷徹に刺激して複雑な苦笑いを作らせた

 

「だって……少しでも、綺麗なままで残しておきたかったんだもん。今、この瞬間の私たちの空気とか、笑い声とか……全部全部、永遠に色褪せない『今』を、この手の中に閉じ込めておきたくて」

 

ユメの瞳には、先ほどまでのふざけた様子は一切なく、ただ純粋で、どこか祈るような真剣な光が宿っていた

 

その視線に射抜かれたホシノは、構えていた心の防壁が音を立てて崩れ去るのを感じる

 

「はぁ……。全く、ユメ先輩のその真っ直ぐすぎるお節介には、誰も敵いませんね。……分かりました。買ってしまったものはもう、返品もきかないでしょうし仕方がありません。その代わり、フィルムが擦り切れるまで、いえ、メモリーがパンクして火を吹くまで、存分に使い倒してくださいよ。一枚でも無駄にしたら承知しませんからね」

 

「やったぁ! ありがとう、ホシノちゃん! さすが話がわかるねぇ!…あ、そうだ♪」

 

ユメは歓喜のあまりステップを踏むような足取りでセリカに歩み寄ると、ホシノに聞こえないよう手で口元を覆い、秘密を共有する共犯者のような顔で耳元に顔を寄せた

 

「ねぇ、知ってる? 最近のホシノちゃんってば、私への態度は相変わらず氷河期みたいに厳しいんだけど……セリカちゃんのことになると、驚くほどガードが緩くなるんだよ。もう、砂糖をぶちまけたみたいに甘いんだから!」

 

「え? ……そ、そうなの?」

 

唐突な暴露に、セリカは頬に熱が昇るのを感じながら、おそるおそるホシノの方へと視線を向けた

 

そこには、慈愛に満ちた表情……などではなく、静かに、だが確実に沸点を超えた「鬼」の姿があった。口元こそ穏やかな笑みの形を保っているが、その瞳の奥には底知れぬ暗淵が広がっており、一切の光を撥ねつけている。

 

「ユメ先輩? その最新型の高性能カメラと一緒に、アビドスの広大な砂漠の真ん中に一晩中埋めて差し上げましょうか? 砂に還るのも、きっといい経験になりますよ……」

 

「ひぃん……ごめんなさい、お口にチャックしますぅー!」

 

ホシノの静謐な脅しに、ユメは即座に直立不動の姿勢で謝罪を口にし、震える手でカメラを三脚に据え付け始めた

 

その後、三人は午後の柔らかな陽光が降り注ぐ校庭へと移動した

 

静まり返った体育館の前に着くと、ユメはどこから調達してきたのか、年季の入った立て看板を引っ張り出してきた。そこには、歪だが温かみのある筆致で「入学式」と大書された紙が、これまた歪に貼り付けられている

 

「……さ、流石にこうして形を整えられると、なんだか緊張してくるわね。本当に、今から式が始まるみたいで……」

 

セリカはどこか面映ゆい心地になり、制服の襟元を正し、赤いネクタイの結び目を何度も確認した

 

「それじゃあ撮るよー! 2人とも!ハイ、注目ー!」

 

ユメは威勢よく声を上げ、三脚の上に鎮座する「10万円の傑作」を操作しようと意気込む。しかし、最新鋭の多機能ボタンの群れを前に、彼女の指先は迷子になったように泳ぎ始める

 

「……あ、あれれ? おかしいなぁ……。シャッターのタイマーはどこかな? あれ、画面が急に真っ暗になったよ? 露出補正……? 焦点距離……? うう、設定がいっぱいありすぎて、さっぱり分かんないよぉ……!」

 

自信満々に掲げていたはずのカメラを前に、ユメの額からは脂汗が滲み出し、早くも操作のもたつきが始まり、三人の間に微妙な沈黙が流れ始めた

 

「はぁ……。もう見ていられません。私がセットし直しますから、ユメ先輩は大人しくそこに立っててくださ――」

 

ホシノが呆れ果てた溜息とともに、救いの手を差し伸べようとした

 

その瞬間だった

 

「出来たぁぁ!! セット完了! 走れーっ!!」

 

背後で電子音がピピッと短く鳴り響く。タイマーが起動したことを告げるその音に弾かれたように、ユメはカメラの設定画面すら確認せず、こちらに向かって猛然とダッシュを開始した

 

裾をひるがえし、砂を蹴立てて突進してくるその姿は、喜びのあまり周囲の状況が一切目に入っていない。

 

「ちょ、ユメ先輩、前! 前見て! 危ないわよ!?」

 

セリカが戦慄の表情で叫び、衝突を避けようと咄嗟に駆け出す。しかし、興奮で足元がおぼつかなくなっていたユメは、校庭の僅かな窪みに足を取られた。

 

「あ、あわわわっ! 止まらないよぉー!」

 

「ちょっと、こっちに来ないで――うへぁ!?」

 

「わっちょっとまーーきゃぁあ!?」

 

制止の声も虚しく、重力に逆らえなくなったユメの体が、近くにいたホシノと逃げようとしたセリカの懐へとダイブする形で激突した

 

鈍い衝撃音とともに、3人の少女は絡まり合うようにして派手に砂の上へと転がり落ちる。舞い上がる砂塵、投げ出された手足。静寂だった校庭に、バタバタという無様な音が虚しく響き渡った。

 

「いったた……。もう、ユメ先輩! ちゃんと周りの状況を確認してから走ってくださいよ!! 猪じゃないんだから!!」

 

砂まみれになった軍手を払いながら、ホシノが火を噴くような怒声で叱り飛ばす。その目の前では、セリカの下敷きになったユメが「ひぃん! ごめんなさいぃ……砂が口に入っちゃったよぉ……」と、涙目で鼻の頭を真っ赤にしながら縮こまっていた

 

その、あまりにもアビドスらしく、あまりにも締まらないドタバタ劇

 

さっきまでシリアスに「今を残したい」と語っていた先輩の無惨な姿を間近で見たセリカは、怒りを通り越して、胸の奥からこみ上げてくる熱い塊を抑えきれなくなった

 

「……ふっ、あははは! 何よそれ、ひどい顔!」

 

一度漏れ出た笑いは、もう止まらない

 

セリカが腹を抱えて笑い転げると、その釣られてしまったのか、呆れていたはずのホシノの頬も緩み、最後にはユメまでもが砂を払いながら「えへへ」と力なく笑い出した

 

その、三人の防備が完璧に解け、魂が剥き出しで共鳴した瞬間だった

 

カシャリ

 

10万円の高性能レンズが、無慈悲に、そして完璧なタイミングでシャッターを切った

 

電子制御された精密なメカニズムは、転んで砂だらけになりながらも爆笑している三人の姿を、残酷なほど鮮明にデジタルデータへと刻み込んだ

 

「…………。あーあ、撮れちゃいましたね。本当にもう、やり直しですよ、これは」

 

ホシノは砂を払いながら立ち上がり、可笑しそうに肩を揺らしたまま三脚へと歩み寄る

 

高性能ゆえの無慈悲なシャッターが切り取った「大惨事」を確認し、あやすような手つきで設定を組み直した

 

「次は失敗しませんよ。ユメ先輩、今度は静止していてくださいね」

 

ホシノの言葉に、ユメは鼻の頭の砂を拭いながら「はーい!」と元気よく返事をする

 

三人は再び、手書きの「入学式」の看板の前へと並んだ。午後の陽光が、アビドスの校舎を黄金色に染め上げ、影を長く伸ばしていく

 

「いきますよ。……はい、ちーず!」

 

セルフタイマーのカウントダウンが刻まれる。電子音が最後の一拍を告げ、レンズの絞りが動こうとしたその刹那だった

 

「えいっ!♪」

 

「わわっ!?」

 

「ちょ、ユメ先輩?!」

 

真ん中に立っていたユメが、まるで溢れ出す感情を抑えきれなくなったかのように、左右にいたホシノとセリカの肩を、その細い腕で力いっぱい引き寄せたのだ。突然の衝撃に、二人の体はユメの方へと大きく傾く

 

一瞬の驚き。けれど、ユメの腕から伝わる体温と、その柔らかな抱擁の温かさに触れた瞬間、セリカとホシノの顔から戸惑いは消えた。二人は顔を見合わせ、苦笑い混じりにその温もりへ身を委ねる

 

セリカは照れ隠しに唇を尖らせながらも、その口元には隠しきれない誇らしげな笑みがこぼれる

 

隣のホシノは、急速に縮まった二人との距離感に一瞬だけ戸惑い、カメラを前にして少しだけ表情を硬くした。けれど、その瞳にはかつてないほどの慈しみと穏やかな光が宿り、二人は重なる体温に身を委ねるようにして、精一杯の、そして最高に晴れやかなピースサインを突き出した

 

カシャリ

 

空気を震わせる心地よい機械音が響き、三人の絆が、光の粒子となって新しい記憶へと刻まれた

 

その日の夜

 

砂漠の静寂がアビドスを包み込む頃、ユメは自室の机に向かい、一人の時間を過ごしていた

 

開かれた日記帳の上を、使い慣れたペンが軽快に滑る

 

『今日はみんなで記念撮影をしたの! もちろん、相談なしで勝手に高いものを買っちゃったから、ホシノちゃんとセリカちゃんには、それはもうこっぴどく怒られちゃったけどね……。でも、二人とも最後には笑ってくれたんだ』

 

短い日記を書き終え、ユメはふう、と満足げな吐息をついてペンを置いた。そして、机の傍らに立てかけられた、まだ現像されたばかりの二枚の写真へと視線を移す

 

机の傍らに立てかけられた二枚の写真は、今日という一日を象徴するかのように、それぞれ異なる輝きを放っている

 

一枚は、見事なまでの「失敗作」だ。ピントは僅かにずれ、背景の体育館も看板も大きく傾いている。

 

そこには、全力で走ってきて派手に転倒し、砂まみれのまま鼻の頭を真っ赤にして泣きべそをかいているユメと、その隣で砂埃にまみれながらも腹を抱えて爆笑しているセリカが写っている

 

そして、砂を払いながらユメを烈火のごとく叱り飛ばそうとしていたはずが、結局は耐えきれずに吹き出してしまい、顔をくしゃくしゃにして笑い転げているホシノの姿があった

 

まさに、三人の防備が完璧に解け、魂が剥き出しで共鳴した瞬間。格好悪くて、泥臭くて、けれど誰の目にも疑いようがないほど、心からの笑顔が溢れ出した決定的な一コマだった

 

そしてもう一枚は、あらゆる準備を整えてから静かにシャッターが切られた「成功作」だ。沈みゆく夕日の柔らかな残光が、三人の輪郭を黄金色の微光で優しく縁取っている

 

そこには、ユメの両腕でぐいと力いっぱい引き寄せられ、あまりの勢いに面食らいながらも、どこか誇らしげで幸せそうな笑みを浮かべるセリカが写っている。照れ隠しに唇を少し尖らせてはいるが、その瞳には「(真)アビドス生」として認められた喜びが隠しきれずに溢れ出していた

 

そして、隣に立つ二人との急激に縮まった物理的な距離感にまだ戸惑いがあり、カメラを前にして少しだけ表情を硬くしているホシノ。けれど、その瞳の奥にはかつてないほどの慈しみと、凪いだ海のような穏やかさが宿っている

 

かつてセリカを疑って見つめていた少女の面影はそこにはなく、守るべき「日常」を共有する優しさがその横顔を彩っていた

 

その二人を左右に従え、世界で一番の宝物を手に入れた子供のように、満開の笑顔を咲かせている自分

 

この一瞬の光景は、精密なレンズによって永遠の平穏として切り取られ、もう二度と戻らないかもしれない季節の記憶を、鮮やかな色彩と共に留めていた

 

「あはは……。改めて見ると、やっぱりみんな初々しいなあ。今更だけど、主役のセリカちゃんを真ん中にした方が、もっと主役っぽくて良かったかな?」

 

ユメは苦笑いを浮かべながら独り言を呟き、指先でそっと、写真の中の二人の笑顔をなぞる。その視線はどこまでも深く、慈愛に満ちている

 

彼女にとってこの写真は、単なる記録ではなく、アビドスという場所で紡がれた魂の結晶そのものだった

 

ユメは二枚の写真を丁寧にお気に入りの写真立てに収め、机の一番目立つ場所へと飾る。そして、吸い寄せられるようにベッドへダイブし、両手足を大の字に広げて天井を見上げた

 

「……こんな生活が、ずっと、ずっと続いてくれたらいいのになぁ」

 

静まり返った部屋に、彼女の小さな呟きが落ちる

 

窓の外では、止むことのない砂漠の夜風がヒュウヒュウと音を立てて吹き抜け、彼女の切なる願いをどこか遠い空へと溶かしていった

 

けれど、彼女の胸の奥底に灯った温かな光――セリカの笑い声、ホシノの照れくさそうな横顔、そして三人が共有した確かな体温――だけは、どんなに激しい砂嵐にさらされても、決して消えることはない

 

それはアビドスの未来を照らす小さな、けれど消えることのない不滅の灯火として、彼女の心の中でいつまでも強く、優しく輝き続けていた

 

 




セリカのネクタイは青ですが…借り物なので赤にしてみました
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