先生が髪飾りを引き当ててナギサにプレゼントする話です。
ヘイローに触れるって言うのはよくあるやつですね!
髪飾りを贈るのは本当に意味があるそうです。
分割のつもりだったのですが書き切れちゃった。

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まだナギサ様ガチャ出て来ないんですかね?
復帰してから見かけてないのです。


ナギサに髪飾りを贈った話

 

①〜〜〜先生sideから始まるSTORY〜〜〜

 

普段と変わらぬ休日のキヴォトスだというのに、不思議な感じがする。

 

本来であるならば、ここは銃撃音や手榴弾の一つや二つが飛び交うはずなのだが…?

いつもは騒がしい場所なのに、妙に穏やかだ。

 

……いや、逆に「今日は平和そうだなぁ」なんて思った日に限って、何かしらに巻き込まれる。

それが様式美のハズだ。

 

…その例に漏れなかっただけだろう。

そう、今思い返している。

 

それはある日のこと。

休日出勤をしていた私が、午前中の業務を終えた時だった。

ふと気付いたら、普段使っている消耗品の内、いくつか切れかけていた。

だから私は、それの補充を建前として、

午後から少しだけ外に出ることにしたんだ。

 

コピー用紙、お気に入りのフリクションペン、突発的に誰かが来た時用に簡単なお茶菓子なんかも…外に出てみれば、シャーレのオフィスに必要なものはポンポンと思い浮かぶものだ。

 

そして、ここまで考えて、

最近、書類の差し戻しをくらったとき、

リンちゃんから「最低限見えるようには押してください」と圧をかけられたのを思い出す。

そして朱肉の補充も必要か…なんて思い至るんだ。

 

先生というのは、子供たちの夢や希望、果ては大人の責任といった、抱えきれぬほどの大きなものを背負っているようでいて、実のところ200枚入りの箱ティッシュやホチキスの10号針にも日々追われる…なんと、不思議な生き物であるのだろうか。

 

そんな、ふわふわとしたセンチメンタルな気分で、手に持った買い物袋を見つめ商店街を歩いていると、前方から…。

 

「きゃっ……!」

 

声が聞こえた。

反射的に顔を上げる。

見ると…トリニティの生徒がよろめいていた。

 

両手いっぱいに買い物袋を下げていたせいか、足元がおぼつかなく、もつれてしまったらしい。

 

そして、生徒のピンチだからだろうか?

視野が狭まる感覚があり、袋のひとつは傾き、中の野菜は今にも転がりそうになっていたことまで知覚出来た。

 

「あっ――危ないっ!」

 

慌てて駆け寄り、袋から飛び出したものとその子の身体を軽く受け止めるようとする。

 

左手でナス、右手と身体で生徒の身体をポスンと優しく受け止める。

つまり…奇跡的に全てキャッチ出来た。

 

我ながら、よく動けたものだと思う。

転びかけた彼女の体勢が、変わらないが、

私に寄りかかる体重が減り、落ち着いたようだと理解する。

 

「えっと…大丈夫?ケガはない??」

 

「は、はい……ぁ、先生だったんですね!ありがとうございます!」

 

「どういたしまして。…転ばなくて良かったけど…荷物、ちょっと多かったみたいだね?」

 

ナスが出てきた彼女の持っている袋を見れば……闇鍋でもするのだろうか?根菜に葉物に調味料までぎっしり詰まっている。

その多さとカオス具合に少し、苦笑いしてしまう。

 

しかしながら…これは、一人で持つには重いだろう。

 

……うーん…時間はあるし、急ぎの仕事も無いな。

 

「よかったら、手伝わさせてくれないかい?」

 

「ぇえ!?そ、そんな悪いですし」

 

「大丈夫大丈夫。また転けたら大変だから…ね?」

 

トリニティの生徒の様子を見れば…?

……よく見れば顔が赤いじゃないか!

もしかしたら熱っぽかったのだろうか?

 

そういった理由もあり、私は引かず……。

二、三度の言葉の応酬を経て、彼女は少しだけ困ったように、

それでもちょっぴり安心したように、

 

「……じゃあ、すみません。よろしくお願いします」

 

笑って承諾してくれた。

 

私はそのまま荷物を半分ほど預かり、タクシー乗り場の近くまでを、共に歩くこととなった。

 

商店街の一角を抜けるだけの短い距離だったけれど、歩きながら気になった今日の夕飯の話を聞いた。

『こんな感じでこれを混ぜたら、結構、美味しいものが出来上がると思うんです!』と言われたが…それはついぞ、何を作るのかは分からなかったな。

 

彼女と荷物をタクシーに託し終え、商店街へ戻る途中のことだった。

 

「先生ッ!」

 

今度は八百屋の大将に呼び止められた。

とても…元気な方だ。

 

「さっき助けてたろう!いやー見てた見てた、格好良かったね!」

 

「いや、そんな大したことは……」

 

あまりのテンションの高さに後退り、

苦笑いをしてしまう。

 

「またまた!!おかげさまでうちの子も無事だったんだぜぃ?」

 

…『うちの子』?

………

…あ!転がり落ちかけたナス!

 

「食べてもらえなかったら、なんのために生まれて来たのか分からねぇだろ?…というわけで、ありがとナスってことだ!!当たりが出るまで回して行ってくれ!!」

 

「え!ちょっ!!?」

 

果てしない勢いで八百屋の主人に押されて、少し歩を進めた。

その先にあったのは商店街の福引だった。

今は見ることも珍しい、年季の入ったガラガラと回す木製の抽選機。

色とりどりの旗のシールが貼られていて、景品一覧の張り紙。

 

なるほどなるほど、まさしく休日らしく…普段よりも平和だったのは、商店街合同の感謝祭か何かのおかげらしい。

 

しかしながら、彼女を助けたことは自分の意思だ。

それで何かをもらうのは…私の主義に、反す…。

 

「遠慮しなさんな!情けは人の為ならず!人助けした人間に相応の福が来るってやつだろう?」

 

「それはちょっと、理屈が雑じゃないかと……」

 

ダメだ!

相手の勢いが強い!?

2本壊した時のイェソドの手のひらぐらい強いッ!!?

 

「いいからいいから!とりあえず回してけ!」

 

そんな訳でドンドン押されてなすがままに、

ガラガラ抽選機の前に立たされていた。

 

「じゃあ、せっかくだし…一回だけ回させていただきます…」

 

「おう!百回でも千回でも回していってくれ!」

 

ケラケラと笑う主人に、周りの人も笑顔でこちらを見てくる。

再びの愛想笑いを浮かべて、

観念して、ハンドルを回す。

からから、ことん。

 

出てきた玉は、純白だった。

よし、これでこの後は断って帰r…。

 

「おっ、ここで特等を引き当てるとはやるねぇ!!」

 

「…特等っ!!?白なのにッ!!!?」

 

「なに言ってんだいっ!普通の白とはツヤが違うだろ、ツヤが!」

 

「分かりづらッ!!?」

 

確かに当たり表を見てみると…?

いや、特等の所黒塗りされてるじゃないか…。

 

「せっかく当ててくれたんだ!絶対貰ってってくれよ!」

 

いや、主人の様子を見る限りだが、

気を遣っているだけでもなさそうだ。

周りを見ている限り本当に白(純白)が特等のようだ。

 

「「おめでとうございまーす!」」

 

店主としょうもないやり取りを交わしているうちに、商店街の係の人がベルを鳴らしつつ声をかけてくる。

後ろから“先生はやっぱり持ってるねぇ!”なんて聞こえてくるじゃないか。

…ちょっと、いや結構恥ずかしい。

 

景品棚から持ってこられたのは、小ぶりな白い箱だった。

表面には薄く金の箔押しがされている。

 

このようなものをあまり目にすることのない…そんな私でも分かる。

凄まじく、上品な仕上がりだ。

……少なくともティッシュ一年分や洗剤半年分とか…そういう生活感のある景品ではない。

 

「せっかくだから開けてみてくれよッ!先生!」

 

「アッハイ……」

 

言われるがまま、

恐る恐る箱を開ける。

 

「…これは……」

 

その瞬間、思わず息を呑んだ。

 

中に収まっていたのは、髪飾り――。

白銀の細工を花弁のように重ね、その中心に、淡い琥珀色にも紅茶色にも見える小さな石がひとつ埋め込まれている。

そこまでの派手さではなく、決して華美過ぎることはない。

 

…だけれど、その高貴な存在感から私は目が惹かれる。

清楚で、繊細で、しっかりとした品がある。

さらに留めの部分には細い白のリボンがあしらわれていて、そこにお堅い印象はカケラも無い。

 

「キヴォトス外から園路遥々!輸入雑貨の一点ものでプレゼントに最適だよ!!」

 

「プレゼント…ですか…」

 

プレゼントと言われ、

私の頭の中にひとりの生徒の姿が浮かんだ。

 

今日出トリニティの生徒に出会ったおかげか、

はたまた、目についた淡い紅茶色とも言えるこのワンポイントのおかげか…。

 

あの綺麗なヘイローから、彼女の全体像が思い浮かんだ。

 

「……ああ」

 

なるほど。

彼女に似合いそうだな。

 

挨拶を交わす生徒は多い。

その中から彼女だけが、私の頭に思い浮かんだことに、別に深い意味はない。

……本当にないハズだ。

 

ただ、見た目の雰囲気が合いそうだと思っただけで、たまたまだ。

 

白銀の花弁も、淡い茶色の石も、揺れる白いリボンも、全部彼女の姿にしっくりくる。

 

彼女に渡したいな。

 

「気に入ってくれたかい?」

 

「…そう、ですね…ありがとうございます。有り難く頂きますね」

 

「おうよ!気に入ってくれたなら良かったぜ!…もしかして、先生の……彼女さんにでも渡すのかい?」

 

「違いますね」

 

反射で否定してしまった。

店主は変わらずにまにましている。

 

やめてほしいのだが頂いた手前、強く言えない。

 

ひとしきり、周囲から好奇の視線に晒された。

 

「…ま、冗談はさておき…渡す子は居るのかい?」

 

「…そうですね、似合いそうな子は」

 

「そうかそうか!!そいつは良かったぜ!」

 

そうやり取りしながら、改めてもう一度飾りを見る。

 

…綺麗だ。

…うん。

 

まぁ…いずれ機会があれば渡そうか。

私は箱を閉じ、丁寧に鞄へしまった。

 

たまたま手に入った綺麗な飾りを、

似合いそうな生徒に、

機を見て渡そうと思っただけ。

たったそれだけだった。

 

まさか、私の知らないトリニティ式に解釈され、上品かつ丁寧に、後戻りしづらい意味を持つことになるとは

――その時の私は、まだ知らなかった。

 

 

②〜〜〜先生sideでトリニティ〜〜〜

 

 

明くる日のこと。

私がトリニティへと訪れる機会があった。

 

いつもと同じように、用事を済ませ学内を歩いていると…安らぎを感じさせてくれる紅茶の香りが鼻腔をくすぐってきた。

今の私にとっては、誘蛾灯のようなものだ。

 

疲れているからか、少しばかりふらふらとなった足取りで歩を進めると、

茶器一式を傍らに、トントンと書類を整えていた彼女が、こちらに気付いた。

そして静かに顔を上げ、微笑み声をかけてくる。

 

「先生。こちらまでいらしていたのですね」

 

「うん、用事が終わったからね。急いて戻らないといけないわけじゃないし、顔を見に来ちゃった」

 

「ふふ、ありがとうございます。ご足労をおかけしました。…こうして来ていただいたのですし、せっかくですし一緒に飲みませんか?」

 

彼女が整えた書類一式を遠くに置き、代わりに茶器を寄せる。

 

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて頂くよ」

 

彼女は笑って、“では”と言い

お湯を用意し始めてくれている。

どうやら淹れたてをご馳走してくれるようだ。

 

そんな彼女の姿を見ながら、前の席に座らせてもらう。

…歩き疲れたからなのか、座席からは妙な魔力を感じた。

 

ふぅ、と一息を吐き彼女の方を見ると、

ふと、目に付く。

 

彼女の髪飾りだ。

ヘイローのすぐ傍、添えられているようにも見える花の装飾のひとつが、少しだけ傷んでいるように見えたのだ。

 

「あれ……?」

 

いつも瀟洒な彼女だから、

それが目立つ、そして思わず声に出た。

 

「どうかしましたか、先生?」

 

「うーん…あのさ、その飾り……少しほつれて痛んでない?」

 

「え……?」

 

彼女は自分では見えないそれを確かめるように、そっと指先を寄せる。

 

けれど当然、位置的に自分ではどうにも分かりにくいらしい。

その指先は可愛らしく少し空中を彷徨ったあと、ようやく触れることができ、困ったように手が下りた。

 

「…たしかに言われてみれば、花弁のところが…少し引っかかったような気はします」

 

「やっぱりかぁ……うーん」

 

やはり、少し傷んでいたようだ。

ありえない話だが、仮に私が付けていたとしたら、無頓着ゆえに今すぐどうこうというほどではない。

しかし、彼女のように身だしなみに気を遣う子からすれば…気になる程度には目立つハズだ。

なにせこの私が気付けたのだから。

 

それに何より、今なら修理できるかもしれないが、ずっと付けておけば後戻り出来なくなる程度に髪飾りの花弁は痛んでしまうかもしれない。

 

…ん?

……花弁?

 

「あ」

 

その時、ふと昼間の商店街で当てた小箱のことを思い出した。

忙しさにかまけて、彼女に渡す機会を探していたことを頭の隅に追いやってしまっていたようだ。

 

「……?」

 

「ちょっと待ってね。渡したいものがあって…それがちょうど今、使えるかなって」

 

私はガサゴソと鞄の中を探る。

…あったぞ。

よかった、忘れてない。

 

淡く、金色がのされた小さな箱を取り出す。

 

中に収まっている白銀の飾りは、改めて見ても…彼女に似合う上品さを兼ね備えていると思う。

装飾としては華美すぎることはなく……ここ、トリニティ生としての雰囲気に合ってる。

……そして……なにより、彼女にもよく似合いそうだ。

 

私は、改めてそう思った。

 

箱を開けきって見せると、彼女の視線はそこに落ちる。

 

「…えっと、それは…?」

 

「商店街の抽選で特等が当たったんだ。もらった瞬間…その、君に似合いそうだなって思って」

 

「それは、その…私に、ですか?」

 

彼女の顔を見て渡すのは…、

正直、ちょっと気恥ずかしさを覚える。

 

「うん。ちょうど今の飾りも少し傷んでるみたいだし…」

 

だが、そういった感情は、努めて表情に出さず、率直に気持ちを伝える。

 

「なにより…さっきも言ったけど、ナギサに似合うと思って渡したかったんだ」

 

少しの間、ナギサは返事をしなかった。

 

いや、しなかったというより、

時が――止まった。

 

さっきまできちんと動いていた視線も、呼吸も、声音も、全てが一度そこで静かに固まったように見えた。

 

「…えーっと、ナギサ?」

 

「……え、あ……」

 

少し遅れて返ってきた声は、いつもより僅かに頼りない。

 

「……とても、綺麗ですね」

 

だが、気に入ってくれたのだろうか。

僅かに紅潮した顔で、食い入るように見つめている。

 

「でしょ? 派手すぎないし、似合ってるのはナギサかなって…気に入ってもらえそう?」

 

「そう、ですわね……」

 

また彼女の言葉が止まる。

さっきからどうにも反応がゆっくりだ。

 

…もしかして、しんどいのだろうか?

そう言えばあの子も赤かった。

トリニティでは風邪が流行っている可能性…あるかもしれないな。

ナギサの体調も悪いんだろうかと思い、私は少しだけ顔を覗き込んだ。

 

「大丈夫?なんだか…その 少し、ぼんやりしてるように見えるけど」

 

「っ……!///」

 

その一言で、ナギサの肩が小さく震えた。

そして久方ぶりに顔を上げる。

 

「だ、大丈夫です!」

 

「そう? 無理してないといいんだけど」

 

「ええ……その……問題は、ありません」

 

問題ないと言う割には、いまだ頬がほんのり赤い。

やっぱりどこか調子が悪いんじゃないかと思いつつも、本人が大丈夫だと言う以上、あまりしつこく聞くのも違うかと思い、引き下がる。

 

…だとしたら、今優先すべきは。

 

「じゃあ、これ。私がつけてあげようか?」

 

「――――え」

 

今度は本当に、石化の魔法にでもかかったかのようにぴたりと固まった。

瞬きすら一瞬止まったように見えた。

 

言葉を受け取って、

意味を理解して、

それから何か別の意味まで一緒に飲み込んでしまったような、

そんな止まり方だった。

 

いや、私の方に向いたまま固まってくれているなら、そっちの方が好都合か。

 

「うん、今なら痛んでいる部分の修理で治せるだろうし、これ以上傷む前に外したほうがいい」

 

そして何より、

付けてくれたナギサを見てみたいよ。

 

そう言葉を続けようとしたのだが、

 

「せ、先生が……?」

 

「うん?」

 

「先生が、わたくしに……?」

 

「そうだけど……?」

 

何をそんなに確認してるんだろう?

ナギサはそこでまた黙り込み、それから、ほんの少しだけ視線を伏せた。

 

「……その…えっと…」

 

「…もしかして嫌だった?」

 

「ぃ、いえ!そんなこと滅相もッ!!」

 

即答だった。

ただし声は少し裏返っていて、日本語も少しおかしかった。

何をそんなに、と

思わず苦笑してしまう。

そんな私の顔を見て、再び下を向き頭を向けてくれる。

 

「嫌、では……ありません」

 

「なら良かった。少しだけじっとしててね」

 

「…………はい」

 

…大丈夫かな?

本当に、耳まで真っ赤に染まっている。

 

……手早く済ませようか。

 

私は箱から飾りを取り出した。

そして、壊れかけた花弁の部分と位置を見比べるため、さらにナギサへ近付いた。

 

その瞬間、ナギサの背筋が目に見えてピンッと強張る。

 

「……ナギサ?」

 

「っ……」

 

「ごめん、ちょっと近すぎたかな?」

 

「い、いえ……その……だ、大丈夫、です……」

 

大丈夫とは言っている。

ただ、全然大丈夫そうには見えない。

茹でたタコの様な状態だ。

 

けれど、今さら離れるのも違う。

私はなるべく驚かせないように、声を柔らかくしながら言った。

 

「すぐ終わるよ。変なふうにはしないから、安心して」

 

「……はい」

 

「…じゃあ、ちょっとだけ触るね」

 

「――――っ!?」

 

触れた。

そして、ナギサはまたまた固まった。

今度はさっきまでとは比べものにならない。

 

肩も、喉も、指先も、何もかもが静止しているみたいだった。

まるで時間そのものが、活動を忘れ、彼女の周りだけ、瞬間切り取られたかのような。

 

私はそこではじめて…自分のやってる行為を自覚し、もう少しだけ慎重になる。

 

…もしかして、私が思っていたより、ヘイローというのは繊細な部分なんだろうか。

 

「ぁ、あの…えっと……痛かったら言ってね?」

 

「……はい」

 

お互いに、かろうじて返答し合う。

距離も相まって、ほとんど息みたいだった。

 

気を取り直して、

私は壊れかけていた飾りの位置を確認しながら、そっと手を伸ばす。

…綺麗なナギサの髪を乱さないように。

壊れかけた装飾に引っかけないように。

 

そんなことを意識しながら、

自然な流れで、ヘイローのすぐ傍にある留め具へ指をかけようとする。

 

「…あ!」

 

…目測を誤ったみたいだ。

指先が、ほんの少しだけヘイローに触れる。

 

「っ?!?!」

 

その瞬間、ナギサが息を呑むのが聞こえた。

比喩ではなく、本当に。

 

「ほ、本当にごめんっ!…もしかして、痛かったかな?」

 

「い、いえ…痛くはありませんでしたので…その…」

 

今度の返事は早かった。

けれども、その後の言葉が中々続かない。

思わず尋ねる。

 

「…本当に?無理してない?」

 

「む、無理など……しておりませんので……」

 

「なら、いいんだけど…」

 

そう答えつつ、私は内心少し首を傾げていた。

 

ナギサがここまで緊張するの、珍しいな。

普段ならもう少し落ち着いているのに。

 

けれど今は、深く考えるよりも、先に手を動かす方が先だった。

 

私は元の傷んだ飾りを外し、

着けるべき位置を整え、

そこに新しい飾りを添わせた。

 

長らく私と共にいた白銀の細工は、

思った通りナギサによく似合っていて、

まるで最初からそこにあるべきものだと言わんばかりに、ぴたりとそこへ収まった。

 

「……うん」

 

固定を終えて、少しだけ離れて見る。

 

「やっぱり似合うね、ナギサ」

 

目を見て、思っていることをそのまま伝える。

 

………うん。

非常に似合っている。

我ながら良いものを渡せたと思う。

かなり、満足だ。

 

「――――」

 

しかしながら、返事がない。

 

見ると、ナギサはまっすぐ前を見たまま固まっていた。

いや、さっきから固まりがちではあったんだけど、今回はひときわ深刻だ。

耳まで赤いのに加えて、瞳もどこか潤んでいるように見える。

 

「ナギサ? 大丈夫?」

 

「…………は、い。…その、えと……ありがとうございます。こんなに素敵な物を頂けるなんて…その」

 

「ごめんね、急に。…あ、もしかして色々びっくりさせちゃったかな?」

 

「……びっくり、は……ええ……その……少し」

 

喉が渇いてしまったのだろうか。

淹れようとしていた紅茶ではなく、先ほどから作業のお供として、置いてあったティーカップに、ナギサは手を伸ばそうとしている。

 

「でも……ちゃんと似合ってるよ。これから先も、もしこういう機会があったら、私が整えてあげるからね」

 

「――――――っ」

 

その瞬間だった。

 

ナギサが、今までで一番きれいに固まったのは。

 

肩がぴたりと止まり、目も見開かれたまま動かない。

やがて少しばかり震えた。

言葉を返そうとしているのに、そのための声がどこにも見つからない。そんな顔だった。

 

しばらくしてから、ようやく、伸ばそうとしていた手が戻った。

 

「……ありがとう、ございます……先生」

 

 とても小さな声で、だけどしっかり私を見て、そう言った。

 

そしてそのまま、そっと彼女の物となった飾りに触れる。

 

まるで確かめるみたいに。

あるいは、触れられたことそのものを、忘れないようにするみたいに。

 

 

〜〜〜③ナギサside〜〜〜

 

 

先生がトリニティへいらっしゃった日。

 

用事を済ませたあと、そのままお帰りにならず、こうして私のもとへ足を向けてくださることがある。

そうした時間は私にとって非常に好ましいのだが……それが嬉しいなどと、あまり表に出すべきではないのだろう。

少なくともホストとしては。

けれど――それでも、廊下の向こうから聴こえてきた、先生の足音に気づいた瞬間、胸が少しだけ浮き立ったのは事実だった。

 

私のお気に入りの紅茶の香りは、今日も変わらず静かに落ち着く匂いを醸し出している。

 

先ほどまで処理していた書類を整えながら、前方からの気配に合わせて顔を上げると…やはり、そこまで先生が迫っていた。

 

「先生。こちらまでいらしていたのですね」

 

「うん、用事が終わったからね。急いて戻らないといけないわけじゃないし、顔を見に来ちゃった」

 

その言葉に、思わず喉が詰まりそうになる。

そういうことを、先生は本当に何でもない顔で仰るのだ。

 

「ふふ……ありがとうございます。ご足労をおかけしました。せっかくですし、ご一緒にいかがですか?」

 

そう申し上げながら、このお誘いする機会を逃すつもりもなく、整えていた書類を脇へ寄せ、代わりに茶器を引き寄せる。

 

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えていただくよ」

 

「ええ、もちろんですわ」

 

では、と伝え手早く準備を始める。

お湯を沸かし、茶葉を用意しながらも、意識の半分くらいは……どうしても先生の方へ向いてしまう。

前の席へ腰掛ける気配。

小さく吐かれた息。

歩き疲れたのか、ほんの少しだけ肩の力が抜けているようにも見えた。

 

そんな何気ない仕草ひとつでさえ、どうしてこうも目を奪われるのだろう。

 

――いけない。

紅茶に集中しなければ…。

先生に飲んで頂くのだから、

万が一にだって、

味を落とすわけにはいかない。

 

そう思い、気を引き締めた。

次の瞬間だった。

 

「あれ……?」

 

先生の小さな疑問符が聞こえた。

私は手を止めた。

 

「どうかしましたか、先生?」

 

何事でしょう?

…もしかして、今から始まる至福の時間が無くなってしまうこと?

……それは、イヤですね。

 

「うーん……あのさ、その飾り……少しほつれて痛んでない?」

 

「え……?」

 

頭で思っていた事とは、全然違った。

 

飾り………。

そう言われて、私は自分のヘイローのすぐ傍へ手を伸ばした。

けれど、不意打ち気味なことを言われたせいか、

指先は少しばかり空をさまよってから、

ようやく花の装飾へ触れる。

 

もしかして…見られていたでしょうか?

だとしたら…ちょっと恥ずかしいですね。

 

「……たしかに、花弁のところが少し……引っかかったような気はします」

 

「やっぱりかぁ……うーん」

 

先生は困ったように首を傾げる。

 

私自身、触った感じではあるが、今すぐ見苦しいというほどではないという結論に至っていた。

けれど、先生にそう指摘されてしまうと、急にその小さな傷みが気になってくる。

トリニティのティーパーティーとして、というのは建前で――先生の前で、情けない身だしなみでい続ける。

…それが“そのまま”というのは少しだけ、嫌だった。

 

すると先生が、何かを思い出したように声を上げた。

 

「あ」

 

「……?」

 

「ちょっと待ってね。渡したいものがあって……それが、ちょうど今使えるかなって」

 

そうおっしゃって、先生は鞄の中を探り始める。

何をなされるおつもりなのだろう?

そう見つめていると…取り出されたのは淡く金の箔が押された小さな箱だった。

……こう言ってはなんだが、あまり先生が買われなさそうな印象を受ける、そんな箱だ。

 

なんだろうと思っているうちに、先生が蓋が開く。

 

思わず息を呑んだ。

 

白銀の細工を、花弁のように幾重にも重ねた飾り。

中心には、やわらかな琥珀色――紅茶にも似た色合いの石がひとつ。

派手ではないのに、目を引く。清楚で、上品で、トリニティの空気によく馴染む。

 

私でもあまり見たことがない意匠のそれは、

あまりにも、綺麗だった。

 

「……えっと、それは……?」

 

ようやく絞り出した声は、

私の淡い期待のせいか、

思っていたより頼りなかった。

 

「商店街の抽選で特等が当たったんだ。もらった瞬間……その、君に似合いそうだなって思って」

 

「それは、その……私に、ですか?」

 

期待は現実味を増す。

 

「うん。ちょうど今の飾りも少し傷んでるみたいだし……なにより、さっきも言ったけど、ナギサに似合うと思って渡したかったんだ」

 

呼吸も。

視線も。

指先の感覚すらも。

 

先ほどの言葉が私の中でリフレインし――結果、時が止まった。

 

ただ、先生の言葉だけが、ひたすらに、まっすぐに、私の胸の奥に落ちてくる。

 

私に似合うと思った。

私に渡したかった。

 

先生にそのように言われて、

平然としていられるほど、

…私はできた人間ではないようで。

 

「……えーっと、ナギサ?」

 

「……え、あ……」

 

先生の声に、ようやく意識と口が追いつく。

 

「……とても、綺麗ですね」

 

それしか言えなかった。

本当に、それだけでは全然足りなかったのに。

もっと伝えたい、それでこそ万感の思いが胸中を渦巻き続けている。

 

「でしょ? 派手すぎないし、似合ってるのはナギサかなって……気に入ってもらえそう?」

 

気に入るも何も――そんなもの、決まっています。

 

「そう、ですわね……」

 

けれど、うまく言葉に出来ず、続かない。

 

ああ…。

喉が熱い。

頬も熱い。

自分でもわかるほど、顔に血が集まっていた。

 

すると先生が、少しだけ身を乗り出すようにしてこちらを覗き込んだ。

 

「大丈夫? なんだか……その、少しぼんやりしてるように見えるけど」

 

「っ……!///」

 

あまりにも不意打ち気味に繰り出されたそれによって、私の肩が震えた。

……そんなに近くで、そんなふうに優しく覗き込まれて、平気でいられるわけがない。

 

「だ、大丈夫です!」

 

思ったより強い声…だがどこか素っ頓狂な声が出て…、このような声が出せるのかと自分でも驚いた。

 

「そう? 無理してないといいんだけど」

 

「ええ……その……問題は、ありません」

 

問題がないなど、もちろん嘘だった。

 

心臓は先ほどからうるさいほど高鳴っているし、まともに先生のお顔を見ることすら難しい。

けれど、ここで体調不良などと申し上げてしまえば、この幸せな時間は…もしかしたら別の形で続くかもしれない。

そう…先生はきっとそれ以上踏み込んでくださる。

そして、そんなことになったら、私は今度こそ本当に持たない。

 

先生は、しばらく私の様子を見て…手元の箱を見て、もう一度私を見て、穏やかにおっしゃった。

 

「じゃあ、これ。私がつけてあげようか?」

 

「――――え」

 

言われた言葉が処理しきれず、

再度固まった。

今度こそ、本当に。

瞬きすら忘れたかと思うほど、ぴたりと。

 

つけて……あげる?

 

その言葉の意味を、私が知らないはずがない。

少なくともトリニティで育った者なら、知らずに済むようなものではない。

 

…もしかして、先生はご存じないのだろうか……?

 

それならば、先生が今、何でもない顔でそれをおっしゃったのも合点が行く。

 

「うん、今なら痛んでいる部分の修理で治せるだろうし、これ以上傷む前に外したほうがいい」

 

「せ、先生が……?」

 

「うん?」

 

「先生が、私に……?」

 

「そうだけど……?」

 

私は本当に知らないのか?の意で探っている。

しかし、先生は

どうしてそんなに確認するのか、

とでも言いたげな、まっすぐな声だった。

 

それが苦しい。

…おそらくこの方は、本当に善意でしかないのだ。

 

「……その……えっと……」

 

紡ぐ言葉が出てこない。

理由を知るにしろ知らないにしろ、

先生から付けて頂けるのだ。

断る理由など…微塵もあるはずがない。

けれど、受け入れる覚悟が一瞬で整うほど、私の心は頑丈ではなかったのも事実。

 

「……もしかして嫌だった?」

 

「い、いえ! そんなこと滅相も……!」

 

思わず声が裏返る。

…ああ、なんてみっともない。

 

すると先生は、少しだけ苦笑なさった。

責めるためでもなく、困らせるためでもなく、ただただ柔らかく。

 

「なら良かった。少しだけじっとしててね」

 

「…………はい」

 

返事をした瞬間、自分でもわかる。

耳まで熱い。

 

トリニティにおいて、髪飾りは単なる装身具で留まることはない。

殊にヘイローの傍へ添えられるものは、

本人の品位や在り方そのものを象る……とされている。

制服や徽章が学籍や立場を示すのに対し、装飾品はもっと個人的で、もっと静かな意味を持つ。

誰が何を選び、どのように整えているかで、その者の趣味だけでなく、矜持や美意識までもが見えるからだ。

 

で、あるからこそ、トリニティでは昔から、他者の飾りに軽々しく触れることは慎むべき…とされてきた。

乱れているのを見つけたとしても、指摘はしても、自らの手で整えることは滅多にない。

例えば…家族や、ごく親しい付き人、あるいは『人生を共にすると定めた相手』――そういった、限られた関係にのみ許される所作だからである。

 

そういったことを知ってか知らずか、

先生が箱から飾りを取り出す。

そして、位置を確かめるために、さらに近づいてくる。

 

その瞬間、私の背筋がぴんと強張った。

 

「……ナギサ?」

 

「っ……」

 

「ごめん、ちょっと近すぎたかな?」

 

「い、いえ……その……だ、大丈夫、です……」

 

先ほどより…全然、大丈夫ではない。

けれど、大丈夫だと言うしかない。

 

先生はきっと、私を安心させようとしてくださったのだろう。

声音をさらに柔らかくして、そっと仰る。

 

「すぐ終わるよ。変なふうにはしないから、安心して」

 

「……はい」

 

その優しさに、今度は別の意味で胸が苦しくなる。

…決して意味を知らず、この様なことをやっていただいているだろう。

その事実が、イヤにハッキリと感じる。

 

「……じゃあ、ちょっとだけ触るね」

 

「――――っ!?」

 

ついに…触られた。

 

また思考が止まった。

肩も、喉も、指先も、すべてが固まる。

私の周囲だけ、時間が切り取られてしまったみたいだった。

 

先生の手とは…もう零距離です。

髪を乱さぬよう、飾りを傷つけぬよう、細心の注意を払うその指先が、あまりにも丁寧で――それがかえって、現実味を増してしまって…。

 

「ぁ、あの……えっと……痛かったら言ってね?」

 

「……はい」

 

先生も照れておられる…?

いや、こういったことであまり動揺される方ではなかったはずです。

気を遣われて…きっと距離感のせいもあるのでしょうね。

お互いの声が息をするみたいな、小さい声でのやり取り。

 

そして先生の指先が、壊れかけた飾りの位置を確かめるように伸びてきて――

 

 

 

『髪飾りに触れる』という行為が如何な意味を持つものか、十全に伝わっただろう。

…しかしながら、ヘイローに触れるという行為は、それよりさらに重い。

ヘイローは生徒にとって、ただただ頭上に浮かぶ光輪ではない。

ある種の無防備さの象徴でもあり、

頭部にあるということは祈りの最も近くにある場所であり、そして他者へ容易く明け渡してよい領域ではない。

 

詰まるところ、そこへ触れるということは、

ただ指先が触れたという以上に、

相手の至極繊細な場所へ踏み込むことを意味する。

信頼なくして許される行為ではなく、

それが例え偶然であったとしても、

触れられた側には、善悪問わず深い印象を残すこととなるだろう。

 

……ゆえに、髪飾りをつけることと、ヘイローに触れること。

この二つが同時に行われたとき、

トリニティではそれを単なる手伝いや善意では済まされることは…“ほぼない”と言えるわけだ。

 

そう。

それは古来のトリニティに於ける作法の上では、

「あなたの祈りと品位を、これから先も私が傍で整える」、

という誓いに等しいということになる。

 

飾りを添えるのは、

その者に相応しい姿を自らの手で与えることに等しく。

ヘイローに触れるのは、

その者の最も神聖で繊細な領域へ、自分が受け入れられたことの証左とも言える。

 

その両方が重なれば、

それはもはや一時の親切ではなく、

ある種の継続を前提とした関係の宣言になるのだ。

 

「あ……!」

 

ほんのわずかに。

先生の指先が、私のヘイローに触れた。

 

「っ?!?!」

 

特大の息を呑む。

 

ヘイローに触れられる感覚。

それがどういう意味を持つか、

どういう関係性を示す行為か、

私は知っている。

 

……知っているからこそ、身体がまるで言うことを聞かないわけですが。

 

「ほ、本当にごめんっ! ……もしかして、痛かったかな?」

 

先生の慌てた声が聞こえてくる。

けれど、私の耳には半分ほどしか入ってこないんです。

 

「い、いえ……痛くは……ありませんでしたので……その……」

 

どうにか、そう返す。

痛みなど、あるはずがない。

あるのはただ、胸がどうしようもなく騒がしいことだけだ。

 

「……本当に? 無理してない?」

 

「む、無理など……しておりませんので……」

 

私の、嘘でした。

けれど、これ以上言えば、きっと私は耐えられない。

 

先生は、なおも不思議そうでしたが、

それ以上の追及はせず、手を動かし続けてくださった。

 

傷んだ飾りが外される。

位置が整えられる。

そして、新しい飾りが添えられる。

 

……先生の手で。

 

白銀の花弁は、思っていた以上に自然に私の装飾品として、ヘイローの傍に自然と馴染んだ。

まるで最初からそこに在るべきものだったかのように、ぴたりと。

 

「……うん」

 

先生が少しだけ離れる。

 

「やっぱり似合うね、ナギサ」

 

その一言で、また声が出なくなった。

 

いや、正確には

「ぁ」とか「ぅ」とか、呻いてはいたのだろう。

 

ただ、

似合う。

という言葉を、再び反芻していた。

 

手に入れた経緯はどうであれ、

先生があの様な高価な物を……。

私を選んでくださって、

先生が私を思いながら、

私へつけてくださった。

 

もう、どうにかなってしまいそうだった。

 

「――――」

 

何か返さなければ。

そう思うのに、うまく言葉が見つからない。

耳の先まで熱く、視界はどこか潤んでいて、

見え辛くて、自分でも少し困ってしまう。

 

「ナギサ? 大丈夫?」

 

「…………は、い。……その、えと……ありがとうございます。こんなに素敵な物を頂けるなんて……その……」

 

「ごめんね、急に。……あ、もしかして色々びっくりさせちゃったかな?」

 

「……びっくり、は……ええ……その……少し」

 

少し、どころではなかった。

けれど、それ以上は言えない。

 

…喉がカラカラに渇いて、先ほどから手元に置いてあったティーカップへ手を伸ばしかける。

何か飲まなければ、まともに言葉を発することが出来ない気がした。

 

けれどその時、先生が優しく続けた。

 

「でも……ちゃんと似合ってるよ。これから先も、もしこういう機会があったら、私が整えてあげるからね」

 

「――――――っ」

 

完全に、止まった。

 

肩がぴたりと固まり、目も開いたまま動かない。

やがて、遅れて少しだけ震える。

 

これから先も。

私が整えてあげる。

 

そんな言葉を、どうしてこの方はそんなにも無防備に口にできるのだろう。

その意味を知らないからこそなのだとわかっているのに、

それでも心は勝手に期待してしまう。

 

しばらくして、ようやく伸ばしかけていた手を元へ戻す。

 

「……ありがとう、ございます……先生」

 

とても小さな声で。

けれど、今の私に出せる精一杯で、

そう申し上げた。

 

そして、そっと新しい飾りに触れる。

 

まるで確かめるように。

あるいは、先生に触れられたその一瞬を、忘れないようにするみたいに。

 

 

 

トリニティの古い言い回しでは、これを「誓飾」と呼ぶことがある。

口約束よりも静かで、契約書よりあたたかく、それでいて曖昧には済まされないもの。

 

そしてもし、その最中あるいは直後に、

「これからも私が整えてあげる」

「またこういう機会があったら、私が傍で見るからね」

――そんな言葉まで添えられたなら。

 

それはもう、受け取る側からすればほとんど明白だった。

…そう、トリニティの感覚では、それは求婚に極めて近い。

いっそ、言外にすべてを済ませた求婚そのものだと捉える者すらいるだろう。

 

なにしろその言葉は、

 

今この瞬間だけでなく、これから先も。

一度きりではなく、幾度でも。

 

あなたの傍にいて、あなたを整え、あなたの乱れに気づき、触れ、支える。

 

そう告げているのに等しいのだから。

 

 

〜〜〜③ある日のトリニティでの一幕〜〜〜

 

 

はたまたある日。

 

いつものように、午後のティーパーティー。

そこには紅茶の香りが満ちていた。

 

淡い光にあてられながらも、

机の上には整然と並ぶ茶器類。

端から端まできっちりとした優美さで揃えられ、トリニティのおけるトップとしての気品。

そして、規律が部屋全体に染みついている。

 

 

 そのはずだった。

 

 

「……」

 

ホストであるナギサが、凡そ10分に五回目くらいの頻度で、自身のヘイローの傍へ手をやっているのだ。

 

 触れる。

 戻す。

 少し考える。

 また触れる。

 呆ける。

 

 本人は何かが気になっているようだが…、

その実、その様子を伺っている周囲の人間の方が気になっている。

 なにがって、本人が“別に気にしていませんけれど?これがいつも通りですけど??”みたいな顔をしているのに、その所作は、全然そんなことないところがである。

 

 向かいに座るミカは、ティーカップを持ったまま目だけでその動きを追っていた。

 

「……ねえセイアちゃん?」

 

「なんだいミカ」

 

「ナギちゃん、さっきからずっと頭さわってない?」

 

「さわっているね、ちょうど紅茶を一口含む毎にだ」

 

「…そんなになの?」

 

「ああ、そんなにだ」

 

即答であった。

しかも、一切の迷いがない。

この狐、この場においては観測者としての精度が高すぎる。

 

そのような二人の様子を見て、ナギサは“コホンっ”と咳払いをひとつした。

 

「お二人とも、何か言いたいことが?」

 

「別にー?」

 

「特にはないよ」

 

「…その“特に”って言い方が、怪しいのですけれど?」

 

そう言いながらも、

紅茶に伸ばそうとしていたナギサの指は行き先を変え、

6条右回りを描き、

本日何十度目か、またしても頭の飾りへ伸びる。

 

…あ、触れた。

……あ、戻した。

 

そうした二人の視線を受け、そして何でもない顔を作ろうとして失敗している。

 

その様子にミカはとうとう吹き出しかけて、

ティーカップを慌てて置いた。

 

「いやいやいや、無理があるじゃん?ナギちゃん今めちゃくちゃ気にしてるし」

 

「…気にしておりません!」

 

「じゃあさ、なんでずっと触ってるの。その髪飾り」

 

「……少し位置が気になってしまいまして」

 

「へぇ」

 

「へえ、だね」

 

そこにセイアまで乗ってきた。

いよいよティータイムの終わりで、カオスの始まりである。

 

二人の交差する視線に、

思わずナギサはほんの僅かに目を逸らした。

 

「新しい飾りなんですから、多少は気にもなりますよ、ね?」

 

やぶれかぶれで、

そうだよねーあるある…、という同意を求めたが…。

 

「ふぅん……新しい飾り、ねぇ」

 

残念、通じることはなく。

代わりと言ってはなんだが、ミカの声に、明らかに妙な艶が混ざり始めた。

 

ナギサはぴくりと肩を震わせた。

 

「な、な、なんなんですか?何が言いたいんですか、ミカ??」

 

「いやさー? 誰にもらったのか気になってねー」

 

二人の会話を尻目に、セイアは冷めぬよう紅茶を飲み続ける。

どうやらほっこりしているようだ。

耳が満足気に動いている。

 

「……別に、誰でもよろしいでしょう?」

 

「よくないよ。すっごくよくない!だってナギちゃん、今朝からその飾りつけてからずっと“私いま普通ですけれど?”みたいなお澄まし顔で普通じゃないもん!」

 

「そ、そこまでではありません!」

 

「そこまでだよ!」

 

「…うん、そこまでだね」

 

ひとしきり満足するまで飲めたようだ。

 

「セイアさんまで何をッ!!?」

 

ナギサの語尾が珍しく跳ねた。

ミカはもう駄目だった。

某便利屋社長のように、

白目を剥いたナギサの顔を見て、

ケラケラと肩を揺らして笑っている。

セイアはふと微笑み紅茶を一口飲み、

それから表情を戻し、

静かにナギサを見た。

 

「ナギサ?」

 

「……何でしょう」

 

「その飾り」

 

「…はい」

 

「先生だね?」

 

「っ!!?」

 

「分かりやすい反応だねー」

 

止まった。

 

少なくともミカとセイアが見た中…今までで一番綺麗にナギサは石化した。

 

それはまるで“正解”という言葉が物理的な一撃となって飛んできたみたいに、ナギサに突き刺さった。

 

ミカがひーこらと笑いながら机を叩く。

 

「やっぱりじゃんやっぱりじゃん!!」

 

「ち、違……その、違わなくは、ありませんけれど……」

 

「違わないんだね?」

 

「違わないね?」

 

「お願いですから!弁明の機会をっ…!」

 

ナギサがティーカップを手にしようとする。

震えのためかスカった。

仕方がないと、両手でティーカップを持つ。

だがその持ち方でも未だ僅かな震えがある。

全然冷静ではない。

むしろ沸騰している。

 

 ミカは身を乗り出した。

 

「ちょっと待ってね。んーと…色々と確認したいんだけどさ、先生がくれたの?それとも先生と選んだの?いや…それよりも気になるのは」

 

 一拍。

 

「――先生につけてもらったり?」

 

「   」

 

ナギサのカップがかちゃんと鳴った。

 

マジか、これ図星じゃん(だね)。

ミカとセイアの脳内で同時に同じ答えが導き出され、ミカは顔を、セイアは目で見合わした。

 

「ナギちゃんナギちゃん??」

 

「……そんなに呼ばなくても聞こえています、ミカ」

 

「いーから!…つけてもらったんだよね???」

 

「……ええ」

 

「先生からだよね?」

 

「……ええ」

 

「ナギちゃんさんに?」

 

「……ええ」

 

さながら魔女裁判のような問答である。

 

「へええええええぇぇぇぇ……」

 

「ううぅぅぅぅ……」

 

今度のミカは椅子ごと後ろに下がる勢いで背もたれにもたれる。

感情を隠す気がない。

この幼馴染が色々やっていたからだ。

 

セイアは目を閉じた。

 

「なるほど」

 

「何が“なるほど”なんですか…セイアさん。何が言いたいんですか??」

 

「…私の予測によれば、ナギサ…キミは先生と」

 

これ以上何を問う?

ミカもナギサも紡がれる言葉を待つ。

 

「「…」」

 

「既成事実を作ったね?」

 

「「ブフォッ!!?」」

 

「冗談さ。…しかし、当たらずとも遠からず、といった所か…ふむ」

 

あまりの予想外な一言に、ミカもナギサも吹き出す。

そして、ひとしきり咳き込んだ後、座り直す。

ナギサは一瞬この狐を引っ叩こうかとも思ったが、座るしかないからだ。

なにせ、ここはティーパーティーで暴れる訳にもいかない。

 

それなりの気品があるのである。

多分。

 

「で?」

 

「で、とは」

 

「そのさ、そういった事はなかったにしろ……やっぱりそういう雰囲気になっちゃったの?」

 

「っっ……!」

 

ナギサの顔が赤くなった。

それはもう、耳まで、見事に。

 

あちゃー、とミカが天井を仰ぐ。

 

セイアは静かにカップを置いた。

 

「トリニティ的には」

 

「セイアさんは…もうなにも、何も言わないでください」

 

「かーなーり」

 

「…あの、聞こえてます?」

 

「重いね」

 

「……何がですかっ!?何が言いたいのですかッ!!?」

 

ミカはもうケラケラと腹を抱えている。

苦しい。

色んな意味で苦しい。

 

……ひとしきり笑ったあと、ふと思い至る。

 

「いやでも待ってよ、先生だよ?あの朴念仁な先生がそこまでアプローチすると思う?」

 

「思わないね」

 

「だよね。…多分さ、絶対知らないで色々やってると思うんだけど?」

 

「…それは私も、少しばかり感じてました。確かに思うところはあるのですが、私からこれ以上を求めるのは、その……」

 

ナギサが小さくそう漏らし、また飾りに触れる。

今度はそっと、壊れ物を扱うみたいに。

 

セイアがそれを見る。

 

「大事なんだね」

 

「……とても大事、です」

 

「…わーお、ナギちゃん可愛い」

 

「ミカ、おちょくるのも大概に…!」

 

「本心からだよ。でもさあ、うーん…。あ、セイアちゃん!」

 

「なんだい?」

 

「先生に理解(わ)からさせしよ!」

 

その言葉に、ナギサの背筋が伸びた。

 

「そ、それは……!」

 

「私は賛成だ。それじゃあ今からミカとシャーレに出るから…ナギサ、キミはこの書類の束を」

 

どさり、とナギサの前に紙束を積み上げる。

 

「早い!?そして多いですわねっ!?」

 

「善は急げって言うからだよね、セイアちゃん」

 

「これは善ではありません!!ちょっ、せめて一人は残って」

 

「まあまあまあ、私たちに任せておいて!…ナギちゃんも気になるでしょ?先生が行為の意味を理解しているか」

 

「…………」

 

沈黙。

それが答えだった。

 

セイアが立ち上がる。

 

「じゃあ、よろしく頼んだよ」

 

「分かりました…では、それとなく聞いてくださいね?」

 

ミカは任せて!と言わんばかりの笑顔で、くるりと振り返った。

 

「おっけー!。“ナギちゃんのヘイローに触った上で、先生が髪飾りつけたの?意味知ってる??(迫真)”って」

 

「…もっと婉曲な言い方はありませんの!?」

 

「ないよ」

 

「ないね」

 

「この二人、今日だけ妙に息が合ってませんこと……!?」

 

 

④〜〜〜再び戻る、先生side〜〜〜

 

【シャーレ】

 

午後のシャーレというのは、当番の生徒が居なければ、わりと静かな機会も多い。

 

机の上には片付けるべき書類…マイペースながらも処理していたから、今日は早く終わる段取りがついている。

私の傍らには、もはや冷めかけたコーヒー、

…うん、これはこれで乙なものだ。

私は休憩がてらオフィス内をくるくる歩き、大きく伸びをしてから、ソファに背中を預けて、一息ついていた。

 

…うん。

束の間の平和である。

そうだ、仕事を進めていくにせよ、生徒と接し続けるにせよ、生きていく上で、たまにはこういう時間も必要なんだろう。

そう…責任を負うには、向き合う休息も必要なんだよ――と、それっぽいことを考えたところで、シャーレの扉が開いた。

 

「せんせー、おっじゃましまーす」

 

「やあ、先生」

 

どうやら束の間の平和は終了したようだ、と言うのがちょっぴりの本心。

 

入ってきたのはミカとセイアだった。

…うーん、正直……何か問題が発生しそうだ。

それこそ、終わる予定だった仕事とさらばフォーエバーするくらいには。

このようなろくな予感がしないのは、それなりの経験則があるからだろうか。

 

「いらっしゃい。ナギサは居ないのは…珍しい組み合わせだね」

 

「そうでもないよー?」

 

「そうでもあるね…?」

 

示し合わせたかのように、言われた。

言った途端、二人とも目を合わす。

そして二人は、勝手知ったる顔でそれぞれがよく座るスペースに陣取る。

 

「それで、どうしたの? 何か相談かな」

 

「うーん、相談っていうか確認?」

 

「そう、確認だね」

 

例えるなら、こちらに覚えのない抜き打ちテストの答案用紙が今から配られる。

そんな雰囲気である。

 

「……その、なんというか……穏やかな確認だと嬉しいな?」

 

これしか言えなかった。

 

「うーん、それは先生次第だね!」

 

「………私次第なんだね」

 

「そうなるね」

 

ミカはにこにこと、セイアはニヤりと笑う。

雰囲気から察するに、また私は知らず知らずのうちに何かをやらかしてしまっているようだ…。

 

「…よし、覚悟を決めたよ。なんでも聞いて」

 

「じゃあ聞くね。先生、最近ナギちゃんと会った?」

 

「会ったね。この間トリニティ行ったときに、少しだけだけで…何もおかしなことなんてなかったハズだけど」

 

大丈夫、大丈夫だ。

やましい事は………うん、何も無かった。

 

「何かした?」

 

「何かとは」

 

「何かは何かだよ。思いつかないかい?」

 

セイアから返されたのは、妙に雑な返答である。

……だが少し考えて、私はその問いかけに対する解に思い至り、手を“ポン”と叩き答える。

 

「ああ、そういえば。ナギサの飾りが少し傷んでたから、新しいのを渡したねぇ」

 

どうだ、これだろう。

大方二人ともナギサが付けているのを見て、欲しくなった…と予測する。

……うん、今月は金銭的に辛い。

でも、待ってもらえたら、二人にも何かをプレゼントする事は可能だ。

よし、待ってもらおう…。

 

そう答えよう二人の顔を見るが、

待っていたのは、新妙な表情での沈黙。

 

…あれ?

今の、絶対当てたつもりだったんだけど。

というか、無言になるほど変な答えだったかな。

 

動き始めたのはミカだった。

 

ミカがゆっくり瞬きをした。

 

「……渡したの?」

 

「えっと…うん」

 

「新しい髪飾りを」

 

「そうだね」

 

「ナギちゃんの頭に」

 

「そこに付ける物だからね」

 

セイアが静かに聞く。

 

「…確認だが、その……それは、先生が自らナギサにつけたのかい?」

 

「うん、なんか顔真っ赤にしてぎこちなかったから…つけてあげちゃった」

 

「へえええええ」

 

「ほおおおおお」

 

「その“へえ”と“ほお”やめてもらえるかな…?」

 

二人とも怖いし、なにか傷つくから。

大人だって傷つくからね、うん。

 

その様子に、

ミカは頭を抱えた。

 

「やっぱりじゃん!しかも普通に答えちゃったよ先生ってば!」

 

「え、なにか普通じゃない要素あった?学生生活のワンシーンじゃない??」

 

「じゃないよ!普通じゃないよ!しかもかなりね!……へい、セイアちゃん。パス」

 

助けを求めるようにセイアを見ると、

セイアは静かに、そこに隠していた茶葉で紅茶を淹れていた。

 

((いつの間に淹れたんだろう…?))

 

一口飲み…口を開いた。

 

「先生…トリニティにおいて、ヘイローの傍へ添える飾りは、単なる装飾品ではないんだ」

 

「…え!?そうなの??」

 

「やっぱり知らなかったかい……。まあ、そうだね…例えば、やけに似合う髪飾りがあるとするだろう?」

 

「えらく具体的なのは気になるけど…うん」

 

「それを他者の手で新しく添えるような行為は、襟元を正すような、身だしなみを直す以上の意味を持つんだ」

 

「ほー………ん?」

 

「そしてそれは…ごく親しい者、あるいはこの先も傍にいる者にのみ許される所作だ」

 

「…あれ?」

 

なんなんだろう。

…急に地面が柔らかくなった気がする。

地震かな?揺れてるかな??

 

ミカが横から割り込んだ。

 

「ナギちゃんはもっとこう……もうちょいオブラートに包んでって言ってたのに、セイアちゃんってば…いきなりそこまで言っちゃうのね」

 

「効率を重視したんだよ」

 

セイアは気にせずに、紅茶を一口含み言葉を続けた。

 

「またヘイローに触れることは…それよりさらに重い行為だ。実情どうであれ、ヘイローは無防備さの象徴であり、誰にでも触れさせる領域じゃない」

 

「…え?そうなの??」

 

「ということは、やはり触れていたか…」

 

「あちゃー…先生、それは…どうしようもないね」

 

どうしよう。

果てしなく聞きたくなくなってきた。

…今からでも聞かなかったことにできないだろうか?

そんなことを一瞬思ったが、大人の責任として耳を傾け続ける。

 

「そこへ指先が触れるのは、偶然でも…凄まじく印象に残るんだ。まして相手の装いを整える意図の中で行われたなら、受け取る側はまず忘れないだろう」

 

「…ちょっと待って。本当に待ってね。整理が追いつかないんだけど」

 

「問題はまだ続くよ」

 

ミカが身を乗り出す。

 

「先生さ、ナギちゃんになんて言った?」

 

「なんて、って……」

 

目を瞑り、思い出す。

……飾りをつけ終えた後。

…ナギサの赤い顔。

少し震えていた声。

 

そして私は、たしかこう言った。

 

「……“これから先も、もしこういう機会があったら、私が整えてあげるからね”って……」

 

「はいアウト」

 

「早いね!?」

 

「早くない!!先生が気付くのが遅いのっ!!!」

 

なんだろう。

ひどく心外なことを言われた気がする。

これが大人が味わうべき理不尽とでも言うのか。

 

セイアが静かに頷く。

 

「髪飾りをつけることと、ヘイローに触れること。この二つが同時に起きた時点でかなり重いコトなんだ。そして、そこへ“これから先も私が整える”という継続の言葉を添えたなら――トリニティでは、ほぼ誓約と言ってもいいだろう」

 

「……誓約」

 

「というよりも、求婚かなー」

 

「……あのーミカさん、今さらっとすごい単語言わなかった?」

 

「事実だからねぇー…」

 

脳が、激しく震えた。

 

いや待て待て待て。

ステイステイ。

…ひっひっふー、ひっひっふー…落ち着こう。

落ち着いて素数を数えて…1.2.3.4.5…ヨシっ!

 

さて…今の単語を頭の中で並べよう。

 

 髪飾り。

 ヘイロー。

 継続。

 誓約。

 求婚。

 

「はい〜?」

 

「??」

 

「…杉下○京では誤魔化せないと思うよ?」

 

「…くぅん」

 

「???」

 

「捨てられた子犬みたいな反応してもダメ!」

 

ミカには伝わるのか。

ミーハーだね。

 

……はぁ。

頭を抱える。

そして呟く…。

 

「善意だったんだけどね…」

 

「そこが一番ひどいんだけどね」

 

ミカが机をばんばん叩いている。

やめてほしい。

私の心同様壊れちゃいそうだから。

 

私は思わず両手で顔を覆った。

何をしているんだろうか私は。

 

責任を取るのが大人の役目とか言いながら、自分で責任を取るべき案件を量産しているじゃないか。

 

「……なるほど。だからナギサ、あんなに固まってたんだね」

 

妙に納得がいった。

顔を覆っていた両手を下ろし、

思わず頷く。

 

「「今さらなの(かい)っ!?」」

 

「今やっと全部繋がったよ……」

 

「遅いよー……」

 

解決策をうんうんと考える。

…道筋は一つしかない。

しばらく頭を抱えたあと、私は顔を上げた。

 

「だ、大丈夫だよ!まだ間に合う!ちゃんと説明すればいいんだよね?知らなかったって」

 

「うん、色々と終わっている発言だけどね?」

 

「ヨシ!じゃあ電話するね」

 

「…えっ!今からかい!?」

 

「今だよ。こういうのは早い方がいいから」

 

「どうして…そう、変なところで思い切りが良いんだ…先生は?」

 

セイアになんか言われているが、

私は、気にせずにすぐに端末を取り出した。

コール音が数回。

やがて、少し緊張したようなナギサの声が響く。

 

『もしもし…はい。ナギサですが…どうかしましたか?先生』

 

「あ、ナギサ? ごめんね、急に」

 

『先生……どうなさいましたか?』

 

落ち着け、落ち着くんだ、私…。

ここは大人として、誠実に。

相手を傷つけず、でも誤解を解く。

目指すはパーフェクトコミュニケーションである。

 

「ええとね、先日のあれなんだけど」

 

『………はい』

 

電話口の雰囲気から、どうやら察してくれたようだ。

 

「その、私、トリニティでの意味をちゃんと知らなくて。だから、変に気を持たせるつもりでやったわけじゃないんだ」

 

電話口からは沈黙。

 

反対にミカとセイアはうんうん頷いている。

 

しかしながら…沈黙が重い。

…そうだ!

ここからがフォローターンだ!

 

「ただ、その……ナギサに似合うと思ったのは本当だし、つけてあげたいと思ったのも本心だからね!!」

 

『……っ』

 

あ、今なんか変な間があった。

 

…でも行くしかない。

大人は止まらない、未来を目指して。

 

セイアは謎に転んで咳き込んでいるがおそらく応援してくれているのだろうし、ミカはあのぐるぐるした目で『とまるんじゃねぇぞ』って言ってくれてると思う、多分。

 

「だから、その、形式的な意味は知らなかったけど……ナギサを大事に思ってるのは本当なんだ。そこだけは誤解してほしくてなくて…」

 

必死で訴えかける

また沈黙。

 

数秒後、小さい声で返ってきたのは。

 

『……ええ、もちろん。十分、伝わりましたわ……先生』

 

よかった…。

なんとかちゃんと伝わったっぽい。

 

『その……ありがとうございます。気持ちは本当に伝わりました…あの髪飾りは…もっと大事にしますね』

 

「うん?もちろんだよ。気に入ってくれたなら嬉しいし」

 

『……はい』

 

「また何かあったら相談してね!」

 

『ええ……きっと、相談させて頂きます』

 

通話が切れる。

 

静寂に包まれる。

 

私はゆっくりと端末を下ろした。

それから、復活したミカとセイアを見て、ひとつ頷く。

 

「……今のは、完璧に勘違いを伝えられたし…結構…酷い事を伝えちゃったね、私」

 

「どこが!?」

 

「むしろ状況は悪化したね」

 

「えっ?……え"っ!?」

 

セイアの即答に思わず声が大きくなる。

なぜだろうか?完璧〜な計算だったはずなのだが。

妙に真顔で見つめる二人を見て…得心した…。

 

私は新たな解に思い至ったのだ。

 

「……なるほど、分かったよ」

 

「…なにが分かったのか、教えてもらえるかい?」

 

「…そうだね。まず問題なのは、今の私が『支える側として固定されすぎてる』ことだと思うんだ」

 

「ふむ、続けてくれるかい?」

 

「もちろん…だから、私は考えたんだ」

 

「…嫌な予感しかしないんだけど」

 

ミカが椅子の背にもたれながら顔をしかめる。

セイアも紅茶を置いた。

いよいよ本腰を入れて“先生が何かやらかす瞬間”を見る顔である。

 

…しかし、今の私は違う。

今日、学んだのだ。

同じ失敗は繰り返さない。

たぶんね。

 

「…先生?」

 

セイアに促され、私は咳払いを一つした。

 

「要するに問題は、ナギサから見た私が“支える宣言をしたように映っていること”なんだと思うんだ」

 

「まあ……うん」

 

「先生にしては珍しく、当たらずとも遠からずだと言えるね…それで、どうやってその支える宣言を撤回するんだい?」

 

「逆転の発想で…ちょっと情けない話しだけどさ、私も支えてほしいって伝えればいいと思うんだ」

 

沈黙。

あれ?どうしてかな?

今のかなり良い案だったと思うんだけど。

 

「……一応聞くけどさ」

 

ミカが恐る恐る口を開く。

 

「その心は?」

 

「対等な関係を示せるからだよ。私は大人だけど、情けない話し一人で抱え込見切れないこともある。そして、たまには誰かに支えてほしいこともある。そう伝えたら、とうてい誰かを支える側とは思われない……完璧じゃない?」

 

「理屈だけ聞くと、ギリ分から……やっぱり分からないね」

 

「どうして二人ともそんな顔をするのかなぁ……」

 

げんなりしている二人を尻目に

私は、再度端末を持ち直した。

 

「具体性を持たせるために、最近満足に食事が取れてないから、ナギサの手料理が食べたいって伝えてみるよ」

 

「「!?」」

 

「これ以上に無い不甲斐無さのアピール…もう頼れる大人像は那由多の彼方だね」

 

ピポパ、と入力しナギサへとコールし始める。

 

ミカが盛大に顔を覆った。

 

「……先生」

 

「なに?」

 

「それ、思っている結果と真逆になりそうなんだけど」

 

「大丈夫。任せて」

 

「なんなのその謎の自信…」

 

コール音が数回。

やがて、少しだけ緊張したようなナギサの声が響く。

 

『……はい。ナギサですけど』

 

「あ、ナギサ? ごめんね、何度もかけちゃって」

 

『い、いえ……先生でしたら、その……構いませんわ』

 

よし。

ここまではOKだ。

ここから正念場だよ。

 

「…その、さっきの補足なんだけどね」

 

『……はい』

 

「私は、大人という立場ではあるんだけど……その、私だってたまには誰かに支えてほしいなって思うことがあるんだ」

 

 電話口のナギサは、しばらく黙っていた。

 やがて、息を呑むような小さな音が聞こえる。

 

『……先生が、私に……そのようなことを……?』

 

「うん。だから、もし迷惑じゃなければ……少し、甘えさせてほしいなって」

 

 向かいで、ミカが顔面から机に滑り込んだ。

 セイアが静かに天井を仰ぐ。どうしたんだろう。二人とも姿勢が悪いな。

 

『……あ、甘える……??』

 

「あ、もちろん変な意味じゃないよ?例えば、その…最近ちゃんとご飯を食べれていなくて…ナギサの料理、食べてみたいな〜って」

 

ミカがゆっくり顔を上げた。

その顔は「今なんて?」と言っていた。多分聞こえていたと思う。

 

そしてセイアも咳き込んだ。

えっ、そんなにおかしかったかな。

 

『え?あの先生が…私の、料理を……?』

 

「うん」

 

ミカがずるずると椅子からから落ちている。

結構はしたない格好になっている。

 

セイアはもはや半笑いで口元を押さえている。

…いや、なぜ笑われているのだろう?

 

少しの沈黙のあと、返ってきたのは。

 

『……ええ。もちろんですわ』

 

「あ、ほんと?」

 

『先生がお望みでしたら……いくらでも。私の料理でよろしければ、何度でも作って差し上げます』

 

「何度でもは悪いよ。でも、ありがとう。すごく助かる」

 

『この間のお礼という訳ではありませんが…お役に立てるのでしたら、それ以上の喜びはありません』

 

「あ、そう?じゃあ、また日を決めようか」

 

『はい……ぜひ』

 

通話が切れる。

 

静寂。

 

私は一抹の満足感と共に端末を置いた。

今のはかなり良かったのではないだろうか?

こちらも頼ることで対等な関係を示しつつ、自然に距離感を整えられた気がする。

この間の勘違いも是正出来た…大人のコミュニケーションとしては上出来では?

 

私は二人の方を見る。

 

「……今のは完璧だったね、私」

 

「何処がなのッ!?」

 

「むしろ“これから何度でも支え合おう”って確認を取っただけだね」

 

「えっ」

 

 ミカが勢いよく立ち上がる。

 

「先生さぁ!?言葉でナギちゃんの心臓止める気なの!?」

 

「そんなつもりはないよ!?」

 

「でもなってるんだよね!!!」

 

セイアが疲れたように言う。

 

「先生は、ナギサを相手に距離を取ろうとすると、何故か一段深く踏み込むみたいだね」

 

「そんな器用な失敗ある?」

 

「現に今したね」

 

私はしばらく天井を見た。

白い。

実に白い。

現実逃避にちょうどいい色をしている。

 

深く息を吐く。

 

「どうするの?先生」

 

「……どうしよう」

 

「今さらだね」

 

「今さらだよね……」

 

私は顔を覆った。

でも仕方ない。

だって、頑張って勘違いを解こうとした結果、別角度から丁寧に“私は君を信頼しているし、頼りたいし、君の料理が食べたい”と重ね塗りしただけなのだから。

 

 ミカがふっと息を吐いた。

 

「まあ、今日はここまでにしとこっか…これ以上やると、先生たぶん本当に取り返しつかないこと言うし」

 

「もう十分言ってると思うけどね」

 

息ぴったりで私に追い討ちしてくる。

 

私はゆっくりとソファへ沈み込んだ。

机の上のコーヒーは、もう完全に冷めきった。

 

しばらく天井を見上げたあと、誰に言い聞かせるでもなく呟いた。

 

「……次にナギサと会う前に、ちゃんと勉強しておくよ、うん」

 

 




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